今朝、ラジオで遊庵ひでさんと対談をしたのですが、その話が興味深い。


ひでさんは、ご存知かどうか、
タロットカードと筆を引っさげて全国各地を飛び回り


東に愛に泣く乙女がおれば
二人で自分を見つめ直し


西に自己嫌悪に陥る男子あれば
しっかりせいよと抱き上げて


まさに年間数千人の明日に
活力と愛を与える男なのだ。


そのひでさんに
「来年の抱負」を尋ねたところ
彼は一刀両断に斬って捨てるように
こう言った。


「NO THINK」


つまり、考えない、
と彼は断言したのだ。


この感覚はチト難しいが、
あらゆることを身につけてきた彼の
いまのところの最終ページは

NO THINK



だということに
ぼくらもよくよく考えてみる必要がある。



それでは、
お主は考えずともどうするのじゃ



とさらに問いかけると
ひでさんは、



「喜びで頭を満たす」


とも言った。



ぼくらはずっと
西洋哲学にせきたてられて
せねばならない、あらねばならない
と考えさせられ続け


東洋哲学においては
無為の為
ともいうべきあるがままの有用を考えさせられ


そして
金縛りのごとく


あるべき姿に
がんじがらめになってしまい


本来の自由で喜びに包まれるエネルギーを失うことさえわからなくなってきた。


考えずして
喜びに満たされた僕たち。


ひでさん一人の抱負とせず
われわれも共有させていただこうでは


ないかいな。

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新年というのは、大体にして
新しく決意を固めるとか、
改めて自分の方向性をつくるとか
申しますが。


やってしまった。


年末年始にさんざん息子と呑んできたので、昨日は休肝日。


いろいろ考えて
今日も二日連続の休肝日にしよう、と。


でも、
休肝日と言うと、夜の晩酌ばかりを
気にしてた。





今日は、私が役員をしている会社と
百貨店さんとの互礼会が朝から。

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朝いちばんに、他の役員さんと
百貨店の屋上にある稲荷神社に参拝。



一般の人は立ち入れぬ屋上に乱入して、パンパンと柏手を打ちます。

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やってしまった、と気づいたのはその直後。


百貨店さんの幹部の方との互礼会。


テーブルに並んだビールを見て
生唾ごくり(笑)



休肝日は忘れていました(笑)



約30分。


飲むだけ飲んで中座して
会議のために新幹線に飛び乗る。


今年も
休肝日は大変だぞ、おい(笑)




それと、それと。



新幹線に乗るので
スマホの充電が気になって
途中で充電していいのかどうなのか
周りに尋ねたら


こまめな充電は良くない、と。


???
そうでしたっけ?

調べてみると違うんだな。


いまは昔とバッテリーの種類が違うんで、こまめな充電はオッケーなんですよ!


こまめに充電してくださいよ。



ただし、
やり過ぎると良くないみたい。


だから、
寝る前に必ず充電して寝ているあなた。


そうそう、僕も。


100%充電は、バッテリーの寿命を
縮めるみたいだ。


10-80%のバッテリーがいい、
というんだからややこしいのだ。

詳しくは、こちら☟
http://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/mobile_phone_battery/

年末年始の休みが終わり、
二人の息子がそれぞれの人生の立ち位置に帰っていく。


しかし、よく飲んだ。
毎晩が大宴会である。


朝起きた時からコンディションを
夜のために整えることが自然と身について行く。


長男はあまり飲まず
マイペースで部屋に引き上げて行くのだが、次男はとにかく飲む。


体力が落ちて(笑)
何度かそこそこに引き上げると
あからさまにお小言を頂戴してしまう。


息子とこんなに飲むなんてことは
一年のうちの夏休みとお正月休みだけだから、その間の空白を一気に埋めるかのごとく、とにかくグラスを傾ける。


本当に大散財だ。




しかし、その犠牲をおぎなって余りあるほどの喜びに包まれる。


よく飲んだ。
最後の夜は、
いや朝は(笑)
学生の次男にご馳走になって


脇を抱えられてのご帰還だ。
新聞配達と何人もすれ違う。




財布がスッカラカンになったので
帰るぞ、と言ったら


俺が持ってるから、と息子が
素晴らしいことを言うので(笑)
ほぉーっ、と感心したな。



しかし、
朝起きて思う。


ここはこのままご馳走になったままで感謝すべきなのか


学生の息子の財布にお金を戻してやるのが親なのか、それは無粋なことなのか。


どうしたもんだろうかね。
あなたならどうしますかい。

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「人生は冗談の連続である」


僕はこの言葉が好きだ。
こう考えられるようになりたいとも思う。


予想だにしない不幸が身に降りかかっても、有頂天になりそうな時でも、
この言葉が心の支えにならないだろうか。


ならない?(笑)


いや、ぜひとも深く考えてほしい。
かのチャップリンも言ってるではないか


「人生はクローズド ショットで見ると悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇だ」


これをクローズド ショットでも
冗談と思えるような人間になれば
人生はもっと楽に生きていけるような気さえするのだ。



一方で、
その冗談とさえ思えるような一瞬も奇跡であると愛おしくなれば、これはもう人生の免許皆伝ではなかろうか。


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去年は会社の百周年ということもあり、かなり突っ走ってきた一年だったように思う。


これまた不思議なもので、行動もさることながら、常に頭のアンテナというか、私の場合は触角までもが「行きなさい」状態であったようだ。


となるとどうなるかというと、


いろんな話に対していつも積極的に物事をとらえてしまう、という実に厄介なことになってしまうのだ。


そして、

身体はしんどいのに、
頭が「前向きに」反応していまう。



ついには、


「三村さんて、いつも情熱的で前向きで凄いですよね」


という錯覚にとらわれる人たちを周りにたくさん作ってしまう



という坂道を誰も止められない石のごとく


そう
ライク ア ローリング ストーン

と化してしまったり
しちゃったりなんかしたりするのだ。



いやいや、
私は情熱的でもなんでもない。



考えてみれば


その元々の発端となる単語は


「創業百周年」


という五文字のためにそれだけ周りを巻き込んでしまうのだから、考えてみれば脳というのは空恐ろしい装置であるのだ。



今年はさすがにゆっくりしよう


百周年行事が全て終わったときに
私はつくづくそう考えた。


あれは
自分を無理に走らせた
悪い夢だったのだ、と。


私が走り続けたために
どれだけの人が巻き添えをくらったか。




黒田アーサーなんか
その大いなる被害者の筆頭といっていいだろう。




山田の邦ちゃんも
「この人なんだか大丈夫かしら」なんて感じながらも、考えさせるヒマも与えられずに付き合わされたかもしれない。


百周年のために
と思って作り始めた人間関係が
気がついたら濃厚になっていた。



なにせ
こちらは必死に本気に付き合おうとしたわけだから、周りが見るほど浮ついた気持ちはないのである。


今年はもうその足を緩めよう。


そう考えてきたのだけども



そうも神様はゆるさない。



毎週火曜日に2時間以上のラジオ番組を構成して話をすることになった。


人間は苦しいと思った時に
手を離すといっ時楽になり
幸せを感じるんだそうだ。


それは、
ひと時。



やると決めたら
後ろ指を刺されたくないから
仕事に余計に気合が入りそうだ。


で、
また社員が被害者となるかもしれない。




いや、
なるだろう。





いや、
なるな。






ま、
ちょっと覚悟はしておけ。
(さだまさし)

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