1月7日のこのブログで、
遊庵ひでさんの言葉、

「NO THINK 、考えない」


が頭からは離れない。


何かに怖れていたり
何かに悩まされたり

出口が見つからなかったり
どうなるかわからないことに
怖れを持ったり


私たちはずっと考える。


そしてこういうのだ、


「考えたくないけど 考えてしまう」


自分の思考に照らし合わせても
それはある意味ウソだ。


いつも頭の何処かにあることはあっても、わざわざその悩みを心のカゴの中に入れてモヤモヤさせるのは自分自身なのだ。


いっときでも心のカゴの中に
その悩みが入ってないと気になって
また、わざわざ入れてしまう。


そう考えると
私たちは好きで悩んでいる。


異論はあろう、
もちろん。


でも、どこかにそうしてないと不安な自分がいやしないかい。

悩んでおかないと
不安でないかい。


ひでさんはこういう。


「歴史的に人類はずっと考えてきた。

でも、その結果幸せになりましたか?」



結論を出すために考えること。
ずるずるとひきずること。
ただ、クヨクヨすること。


いまの僕らはどこにいるんだろう。



勇気を持って「考えない」
自分を作ってみたらどうだろう。


そう、
みむらしんじに問うのである。

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多弁であることと、
話の内容に無駄があることは
大きく違う。



中には喋っていて
自分の着地を見つけられなくて
終われない人、



自分の頭の中にある単語を
整理しきれないままに話し出して
あれもこれも喋ってしまう人。




革命戦士としては
歴史上に残る
キューバ独立の英雄である
故・カストロ首相は演説で


5~6時間喋ることはザラだったようで、これは演説ではなく「洗脳」と日本では呼ばれるかもしれない。




日本ではその昔より

「シンプル」ということを
とても本質的なこととして評価する。


無駄を省く


という精神性と
本質を見極める上で何が大切かということを大事にしてきた。


ひとつのことで
すべてを表す。


ひとつのことで
すべてを理解する。




これは間違いなく



日本の文化である。




お茶やお華でもそうであり、
能に至っては、ゆっくりと手を間の目の前に持っていくだけで、哀しみや涙を表す。

所作

言葉

それをもっていかにその人の人生観や
表現者としての人間を見極める。


そんな日本文化は
これからもっともっと遠ざかるのだろうな。



壊しているのは
私たちである。



いや、






私である(笑)

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日本の伝統芸能と言っても、それに触れる機会はごく僅かなものだが、その中で私の大好きな「落語」は庶民の伝統芸能の筆頭であろう。


その落語も、現代ではそこそこのわけ知り顔をした人間がたしなむ高尚なもののように勘違いをしておられる傾向がある。


落語の噺(はなし)の中には大きく分けて二つの内容がある。

落とし噺と人情噺だ。


この二つの最高の噺にふれると、そのストーリーといい、登場人物といい、間の取り方といい、単純な構成のようで奥の深さを感じるものだ。


落語しかり、クラシック音楽しかり、歌舞伎しかり、数百年をかけて同じ題材を練りこんで役者が自分のものにして行く様は、何度聴いても飽きないから不思議だ。


いま、その落語も
大きなホールや寄席でしか聴けないのではなくて、こじんまりとした落語会に落語家さんが積極的に出てくださるようになった。



上方落語の実力派、
桂梅團治(かつら うめだんじ)師匠も
きめ細やかに小さな落語会を大事になさる落語家の一人だ。

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彼の実力は、「古典」を大事に大事に積み重ねてこられたものが聴くものを引きつけて行く力となっている。


いまやテレビでの落語も少なくなり、仮にあったとしても時間と内容が厳しく制限されたそれは、すでに市民の落語ではない。


言うなれば
楷書ではなく、匂いのない活字だ。


落語を知らずに一生を終えていくとすれば、これはこの日本に生まれての痛恨の一大事である。


来たる1月17日金曜日、
その桂梅團治師匠が福山の地で
我々の要請で小さな落語会に来てくださることになった。

今回は
晴れて落語家になられた息子さんの
桂小梅さんとの「親子会」。


2~30人で膝を寄せ合って聴く落語会は、味わった人でしか分からない素晴らしさがある。


お二人の落語を聴いて
そのあとご一緒にみんなで宴会を催します。


素晴らしい落語会になること、間違いないです。



1月17日金曜日,
よるの7時から

福山市元町の「むてき」さん。
食事代込みで8,000円です。


予約制ですので、
私のメールにご連絡をくだされば
どなたでもご参加いただけます。

どうぞ足をお運びください。

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自分が動いている。
時代は動いている。




他人が動いている。
電車が通るホームにその時僕は
たたずんでいるようだ。




ホームにたたずむ他人を見ながら
動く電車にいるのか。



目の前を通り過ぎる何本もの
電車を眺める人になるのか。



その両者が同じ時間なわけはない。
時を刻むのはカレンダーのためにあるだけではないか。


決まったスペースのホームの上を
行ったり来たりして
人生を生きてる気になってはないか。



時代は動いているのか。
それとも動いてないのか。



僕らはどっちから
眺めてるんだろう。

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さてさて、
いやはや、

スケジュールに追われるように
過ごす新年です。


今年のテーマは

「不動心」かな。


予定通りにいかない。

急に展開が変わる。

そんなことの連続になりそうです。


そこでいちいち慌てない。

予定通りに行かないから慌てるだけで、策はなんとかあるはず。


そんなことで、いま博多です(笑)

スケジュールが変わりに変わりに
中途半端な時間になったので、
主催者に変わって


黒田アーサーさんの
リハーサルに一人立ち会ってます(笑)

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ことあと、時間が少しあるので
久しぶりに


ってひと月ぶりなんだけど(笑)

久しぶりだねーーー、って(笑)



つもる話をしますか。


これも、予定外。

みなさんに助けられながら。
ありがとう。

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