読書会・呑読会の指定図書、
渡辺淳一の「秘すれば花」を読了した。



ご存知、能を歴史上で大成させた世阿弥が、その一子相伝の「秘中の秘」をまとめた「風姿花伝」からの解説書がこの「秘すれば花」である。



この本は現代でも色あせぬ光を燦然と放ち、むしろ今日での忘れられたる核心を要点を丁寧に解説したものである。



「風姿花伝」は室町前期、1400年頃というから驚くなかれ600年前の書である。




ここでは繰り返し、



花、



秘、



初心、


といったキーワードが出てくることになるが、その簡単な単語が目に触れるほどに奥深い味わいとなって私の頭に叩き込まれる。




単に芸事の論述にとどまることではなく、人の見方といった基本的な考え方もよくよく述べられていて、その時代を超えた時という壁を感じるもどかしさすらない。




「年々去来の花を忘るべからず」




仕事を始めて責任感と夢中で先輩に追いつこうとしたあの頃。



それなりの経験も積み、責任感が自分の仕事人生の中心であろう壮年期。



そして年を取ってからの心の在り方。




年々去来の花こそ、



その時その時の
「初心忘るべからず」なのである。





副会頭の山田哲矢氏も言うように、このような他人からの課題図書でなければ出逢えない喜びに感謝するところである。



次回、「呑読会」での意見交換が楽しみな読了であった。

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「うまいアイラ(島)のシングルモルトがそこにあるのに、どうしてわざわざブレンディッド・ウィスキーなんてものを飲まなくちゃいけない?

それは天使が空から降りてきて美しい音楽を奏でようとしているときに、テレビの再放送番組をつけるようなもよじゃないか」



著者の村上春樹がシングルモルト・ウィスキーのルーツを訪ねて、スコットランドはアイラ島と、アイルランドに妻と二人で訪れた紀行文であり、秀逸なウィスキーに想いを寄せた短文を読み終えた。

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冒頭の言葉は、村上春樹がアイラの人間に、スコッチ・ウィスキーでもブレンディッド・ウィスキーは飲まないのか?と尋ねた時の彼らの答えである。




村上春樹の作品の中には、よく効果的にウィスキーの話が出てくる。そして、それは人物の性格描写を表すのに用いられることが多い。



ことさら左様に、お酒を飲むポリシーとは、その人のことを表すのに売ってつけなのだ。




「みんなはアイラ・ウィスキーの特別な味についてあれこれと細かい分析をする。

それは確かだ。
でも、それどけじゃない。

いちばん大事なのはね、ムラカミさん。

ここに住んで、ここに暮らしている俺たちが、このウィスキーの味を作っているんだよ。
それがこの味をつくりあげている。
それが一番大事なことなんだ。

だからどうか、日本に帰ってそう書いてくれ。俺たちはこの小さな島でとてもいいウィスキーをつくっていると」




村上春樹は、惜しみなく自分の好みのウィスキーやそのテイストまで書き綴っている。


ある意味で、ぼくはこの
「何も足さない、何も引かない」シングルモルトウィスキーの彼の飲み方のように本が彼の作品の中でも大好きだ。




妻の村上陽子のスコットランドやアイルランドの写真が潮風を運んでくれる気分になる。



間違いなくその潮と丹田(ピート)と水の作り出す芸術にこれらの写真は息吹を与えてくれる。



いつも手元に置いて、毎晩シングルモルト・ウィスキーのグラスを傾けるときにパラパラとめくってみたい一冊だ。




「人生とはかくも単純なことで、
かくも美しく輝くものなのだ」
(村上春樹)


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義母が亡くなった。
小さい時から苦労ばかりの母だった。


6年前に亭主に先立たれ
二年半前には頼みの娘が
こともあろうことか逝ってしまう。


失意のうちに晩年には
入退院を繰り返して最期は
あっという間に亭主と娘のところに
逝ってしまった。


昨晩、葬式の後に近い親族だけで
食事会をした。



その後、
私の長男はそそくさと家路に着いたが
「あの」飲むと終わらない次男を連れて、ちいさな隠れ家のJAZZのお店に
シングルモルトを飲みに連れて行った。


そのお店はJAZZとお酒の隠れ家なのに、煙草を吸う時だけは隠れ家から出て、身を潜めてライターをつけなくてはならない。


この季節は、
夜風が辛くて辛くて哀しい。


煙草の煙なのか
吐く息が白いのか分からないくらいに
寒い。


アイラのシングルモルトの話を
してやった。いい加減に飲むんじゃないよ、と次男に教えてやった。


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これはどうですか、と
マスターが持ってきたのは
アイラのシングルモルトではないが、
スコットランドのスカイ地方のシングルモルトだった。



粋がって頼んだのはいいけれど、
口を近づけるたびにその薬品くささにのけぞらなければならなかった。



とてもよくできた義母だった。
いつも朗らかで芯の強い人だった。



娘の絶望的な診断を伝える時も、
いつも「ああ、そうですか」とだけ
短く悲しみを押し殺して答える人だった。



派手なこともできず、
几帳面にただ真面目に生きてきた
この女性の人生のささやかな誇りが
婿の会社が長く続く老舗であったと
死後に聞かされた。



マスターが、話の合間に
レモンハートの75.5という度数の
ラムをテーブルに出してきた。


うまいのである。
こくがあるし、度数の強さなど
感じないのだ。


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これを飲んで息子と僕は
振りがついた。


そのあと、
このJAZZのお店を含めて四軒を
ハシゴして回った。


最初の食事会でかなりのビールを飲んでた僕は、二軒目のJAZZのレモンハートでしたたかに酔ってしまいそうだった。


それ以降は、


カブロさん、

ブロッサムさん、

ブギーバンズくん。


みんな、声高に親父に話をする息子に苦笑しながら温かく迎えてくれた。



夜中の二時半過ぎ、
僕はついにギブアップ宣言をして
お店から帰ることにした。


息子は残念そうな顔で、
僕にハイタッチのような握手のような
手を差し出して別れを告げた。


また、最後は息子のご馳走になってしまった。


大学生の息子に。



義母はこの孫たちの成長が
なによりの楽しみだった。


福山に帰ってくるのを
いつも楽しみに待っていた。


今度は孫が二人とも帰ってきて
義母を励まそうとスケジュールを
調整していた。


その、ほんの一週間前に
日本の母親の典型である
優しい穏やかな女性は逝ってしまった。


みんなで顔を揃えたのは
彼女の別れのためだった。


ありがとうございました。

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「ストレート ノーチェイサー」


ジャズファンの間では、知る人ぞ知る
セロニアス・モンクの名曲である。


一般的には、ウイスキーなりのお酒を何も無しでそのまま飲むという意味だが、お酒の味が分かるようになると、「水割り」で飲むという意味が分からなくなる。



強いお酒なら少しづつ口に含みながら、お水を飲み足す方がよほどウイスキーなりの味が楽しめると思うのだが。


水割りとは、「ウイスキー味の水」だからだ。


人間はなんでもそうだ。
薄めたことをやってるようで、その気になる時間を過ごして満足感を得たような気になる。


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話は戻るが、
僕は酒の味がわかる気になってからというもの、出来るだけシングルモルトのスコッチウイスキーを味わいながらいただく。


この素晴らしいシングルモルトには、氷を入れると香りが飛んでしまう。


かと言って、ストレートでは
風味が上がらない。



常温のお水を少しだけ足して
シングルモルトを少しづつ口に含むのが僕のお気に入りだ。


口の中の温度で樽の中に閉じ込められていたこいつが大きくなる。
アラジンの魔法のランプから出てきたようだ。




ストレートのウイスキーが、常温のお水を少しだけ足したとき瞬間から、グンと生命力を発揮する。この変わりようには驚くしかない。


この場合、お水を足しすぎると
哀しいくらいにシングルモルトの生命力が奪い取られ、人生に折り合いをつけすぎて妥協した、壮年のような物足りなさになる。


ウィスキーの飲み方も、
人生も同じことだ。


真っ直ぐ生きて、
言い訳も、まぁいいかも足さない。


ストレート・ノー・チェイサー。



男が憧れるわけだ。

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「聖書を語る」
佐藤優・中村うさぎ 共著
文春文庫


を読了した。



元外務省外交官であり現在作家の佐藤優は、キリスト教プロテスタントでカルヴァン派と呼ばれるクリスチャンである。


このカルヴァン派の教えとしては


「正しい生活をしたからと言って、キリスト教の洗礼を受けたからと言って救われるとは限らない。
どの人間が救われるのかは神様しか知らない。

あなたは、自分が前もってそのノートに名前が書いてあると信じて、選ばれた人間と信じて、神様の前で正しい行動をしているか、いつも悔い改め、反省することが重要です」



とずっと幼い頃から言われてきたという。




それに対して、中村うさぎは噛み付くのだ(笑)いや、この人がまさかのキリスト教クリスチャンで、これほどのキリスト教に対する教養があるとは驚いたが(笑)



「どんなに真面目に生きたって天国に行けないなんてフェアじゃないじゃん!

そりゃ、またひどい話じょないか!

救われる人が最初から決まってるなんて、それじゃ、そうでない人たちは何のために生まれてくるのよ!」




佐藤優氏は、国策によって不当とも思える選別を受けて逮捕された。そして512日間に渡り東京拘置所の独房に留置された。




その時に思ったのは
「いまここで起きていることは神からの試練なので、これを乗り越えなくてはならない」と考えた。



佐藤優は、自分が選ばれた人間だと信じて生きていかざるを得ないから、どんなに苦しいことにも耐えられた、と。



それに対して、中村うさぎはは、
「そんなインチキくさいこと信じないよ、私は(笑)!」
と斬って捨てる。




こんな彼を惹きつけたのが作家の中村うさぎだというのだから面白い。



中村うさぎが遍歴した、
ブランドあさり、美容整形、ホストクラブ通い、風俗体験など、それらは彼女のピューリタニズム(清い生活を重視する流れ)の強く影響を受けているからだと直観したらしい(笑)



人間の弱さの様々から、キリスト教はそれらを遠ざけようと教えるが、中村うさぎはどのような人間の弱さの経験をしても崩れない、




むしろ、
中村うさぎは人間の内側と外側を区別する輪郭を確認しようとしているのだ。




この輪郭において
人間は神に触れることができるのである。



と、見立てたのだ。



そんなクリスチャン同士のバトルから
哲学、人類学、そして、東日本大震災やオウム事件などの近年の事件を踏まえて、二人が時には仲良く、時にはバトルしながら宗教観を語る対談である。




しかし、
いまやノーベル賞候補の作家である村上春樹をケチョンケチョンに罵倒する中村うさぎの奔放さは読み応えがある(笑)

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