東方不死死 第23章 「悪霊の賢者」


 霧雨魔理沙のお店、霧雨魔法店で無事和紙を調達出来た妹紅は、用事が済んだにもかかわらず夕刻まで店の主人と語らっていた。
 妹紅は話しても差し支えのない程度の事、自分のこれまでの経緯や苦労話などを語って聞かせ、まるでお伽話のようなその内容に魔理沙は釘付けになっていた。
 妹紅はベッドを背もたれにして絨毯に片膝を立てて腰を下ろし、魔理沙はベッドの上にうつぶせになって頬杖をついて、妹紅のすぐ上で話を聞いている。
 一人の人間とこんなに長く会話したのは何年ぶりだろうかと魔理沙は自問する。いや、年ぶりというより、そもそもそんな事がこれまであったのだろうか?魔理沙は過去の記憶を辿ろうとして記憶に断片化が生じている事に気付く。今まで過去を振り返る事などほとんどしなかった魔理沙。そして何かを思い出そうするといつも記憶が混乱する。
 小さい頃、魔理沙は霊夢と一緒にいつも遊んでいた。それは今でも鮮明に覚えている。そして現在も霊夢といつも一緒にいる。しかし、10歳の「あの時」の前後の繋がりがはっきりと思い出せない。
「なぁ、妹紅?」
「ん?」
「私、時々自分がよくわからなくなる・・・。」
「・・・うん。」
 魔理沙の雰囲気が変わったのを受けて、妹紅は魔理沙から何か重要な話が出てくると直感し、その話の腰を折らないよう親身に聞く態度を見せた。
 魔理沙も恐らく霊夢と同じようにどこか記憶に整合性がない事を悩んでいると妹紅は診ている。
 昨日、八雲紫の件で霊夢の心の内を垣間見る事が出来たが、その時霊夢は、魅魔という悪霊とその配下にいた魔理沙と対決し、いずれも撃ち破っている。その経緯については詳しく分からないが、風見幽香などが隠している「あれだけのこと」と無関係ではないだろう。そして、何故魔理沙が魅魔の配下として霊夢と戦ったかその理由も知りたい。霊夢の記憶障害がその時から来ているなら、魔理沙の記憶障害もこの時に起こった何かが原因だろう。
「(それにしても・・・。)」
 妹紅は数千年から数万年という時を藍の閉鎖空間で過ごしてきたが、幻想郷の時間では昨日の出来事なのである。もう何年も前の事の様に感じる妹紅。


 これまでの無駄にも思えるとりとめのない長時間の会話は、魔理沙から重要な話を聞き出す為に、聞き手と語り手の信頼関係を構築する一つの作戦という向きもある。
 この今の変化した魔理沙の心理状態を引き出す一種の作戦ともいえるが、決してそれだけで会話を続けていたわけではない。魔理沙に対して同じ人間として大事に思う年長者としての愛情で、純粋に魔理沙を思っての事である。
「霊夢とは幼馴染みで昔も今もいつも一緒に居るけど・・・何で今も昔と同じように変わりなく一緒にいられるかわからないんだ・・・。」
 魔理沙の言葉には矛盾がある。昔も今も同じで今もそうなら何も不思議ではない。しかし、同じであることに強い違和感を感じている。具体的に説明するなら明らかに間に入るべき言葉が足りない。
「変わっていないとおかしいってことかしら?」
 寝そべっていた魔理沙はいつの間にか正座を崩した所謂女の子座りで枕を抱えていた。
「本当は変わってないとダメなんだ・・・たぶん。」
 過去の魔理沙の身に何が起こったのか具体的に知りたい妹紅だがここは敢えて質問はしない。
 魔理沙はこれまでの妹紅との会話でかなり気分が良くなっている。
 同性同士で心の悩み、異性の事、その他諸々お互いに心の内をさらけ出して何時間もおしゃべりする事は、人間であれば、特に女性なら当たり前にやることである。しかし、魔理沙は霊夢以外の同年代の同性も異性もいない里で10歳まで過ごし、その後は一人で里との積極的な交流も無く成長してきた。その唯一の同年同性の霊夢とも腹を割って悩みごとを打ち明けるような会話などする事はしなかった。
 10歳で悪い意味で達観してしまった霊夢と、10歳からほとんど精神的な成長をしていない魔理沙。話があうはずもないし、妖怪との付き合いが長いせいか、彼ら特有の個人主義に完全に毒されている。
 それでも、人間らしさを持ち続けているのは、魔理沙、霊夢に共通する友人森近霖之助のおかげかもしれない。
 魔理沙は思春期の少女なら誰でもやるようなこうしたやりとりを生まれて初めて経験し、脳が快感を覚え一種のトリップ状態になっていた。話しはじめたら止まらない止めたくない、これはある意味麻薬である。
 話のネタを妹紅から次々に出され、魔理沙も負けじと色々な話をし始める。自分の意志で話していると思っているが実は全て妹紅に操作誘導されており、操作している妹紅自身も普通に会話を楽しんでいるので魔理沙も全く気付いていない。
 話さずにはいられない心理状態だが、ふと我に返ると一気に冷めたり、しゃべった事を後悔して反動で怒りやすく突然キレたりもするので、この会話誘導は注意が必要だが、作戦として意図的にキレさせるのもありである。
 ただ、今回は魔理沙の秘密を握ってあとで強請る材料にするといった性格の案件ではなく、魔理沙の内に潜む何かを探り当てる捜査の一環でそうしているので、魔理沙を怒らせるつもりは全くない。
 魔理沙に潜む何者かが向こうから尻尾を見せるまで尋問者としての行動を隠していなければならない。
 妹紅は今、内に潜む存在を確かなものとして意識し、それらに監視されていると想定しながら、魔理沙を含め2つないしそれ以上の存在を相手に情報戦を展開していた。


 魔理沙は、自分の持っている誰にも言えない悩みを妹紅に話し始めようとしていた。
「何だかある日突然自分が自分じゃなくなった見たい・・・あれは夢だったのかな・・・。」
 恐らく10歳の頃の幽香らも知るとある事件の事だろう。一体何があったのだろうか。
 辺りは既に暗く窓の外は真っ暗で何も見えない。
 かなりの時間を費やしたが魔理沙に潜むものは一向にその姿を見せる気配がない。ここは精神的な揺さぶりをかけてみるべきだろうか?だが、やるとして何を材料にするかが問題である。
「今も夢を見ているのかもしれないわね・・・。」
「夢?もし今が夢なら・・・夢が覚めたら・・・どうなってるんだろう?」
 10歳のあの頃に戻りたいと思う魔理沙に、妹紅は別の角度から切り込んでみた。
「夢から覚めたら道端の髑髏(しゃれこうべ)だった・・・なんてね。」
 つまり、夢から覚めたら死体、幽霊だったというオチである。
 妹紅は冗談のつもりでおどけて見せたが、それが引き金となって魔理沙は突然キレた。
「わ、私は死んでなんかいない!」
 妹紅は突然の魔理沙の変化に背筋が凍る。先程までなりを潜めていた精神的圧迫感が一気に妹紅を襲う。妹紅は思わず身の危険を感じて魔理沙から飛び退くように立ち上がって魔理沙と正対する。
「適当な事言うな!私は絶対に死んでない!死んでないんだ!」
 ベッドから降りてゆっくり妹紅に近づく魔理沙は、口角から泡がにじみ出る程に怒り狂い、我を忘れて必至に死を否定している。完全に正気じゃないという顔になっている。
「魔理沙・・・まさかお前・・・。」
 警戒心が強くなりすぎて男口調になる妹紅。
 この強烈な否定は逆にそれを心の何処かで認めている事を意味しているのではないか?つまり、魔理沙は一度死んでいる?
「はっ!」
 妹紅に掴みかかろうとする直前に我に返る魔理沙。
「あ、あ・・・私・・・何を・・・。」
「落ち着いて。」
「私・・・死んでないよな?な?」
 妹紅は涙を流したまま放心している魔理沙に近づきそっと抱きしめる。魔理沙より背が低い妹紅は頭を横にして魔理沙の胸に耳を当てる。
「魔理沙・・・魔理沙の心臓の音、ちゃんと聞こえるよ。興奮してるからすごく速くなってる。生きてる証拠よ。」
 それを聞いた魔理沙の体から力が抜けその場に崩れ落ちる。立ったままの妹紅の足にしがみつく様に大声で泣き始める。妹紅はそんな魔理沙の頭をなでながら、事態が一筋縄でいかない事を知る。
 魔理沙は10歳の頃死んで、その後その体を誰か別の存在に乗っ取られているということだろうか?そしてそのことが「あれだけのこと」と幽香らが言っているのだろうか。
 しかし、ここで疑問が出る。幽香らは魔理沙の中身が入れ替わっていると仮定して、その事実を知っているのだろうか?完璧に理解している上で付き合っているのか、知らなくても何か違和感を感じているか・・・恐らく後者だろうが、前者も否定できない。
 そこまで考えてから妹紅は首を振る。魔理沙を死んだ事にして話を進めるのはまだ早計だろう。
 妹紅は迷う。思ったより根が深い案件なので、ここは一旦手を引いて紫の件が終わった後にじっくり調べるか、それとも今、速攻で手を打つべきか・・・。
「妹紅、今日は帰らないで・・・。」
 落ち着き始めた魔理沙が女々しくそう口にする。普段の魔理沙からは想像できない言動だが、一人でいるのは寂しいと感じるのは人間なら当たり前である。今の魔理沙には一人で何でも出来る一人前の魔法使いというプライドは消えていた。
「ええ、一緒にいるわ。」
 このまま放ってもおけないので魔理沙の願いを素直に聞き届ける。魔理沙の調査の為になんとかして泊まる算段を講じていた妹紅だったので、この申し出は願ったり叶ったりである。
 魔理沙はしがみついている妹紅から離れ、2人は並んでベッドに腰掛ける。
 見せたくない姿を人に見せてしまった魔理沙の心は必ず何処かに傷を負っている。妹紅は魔理沙が落ち着いたのを受けて彼女の心のケアを始める。
「魔理沙は昔、大怪我とかしたのかしら?」
「・・・怪我かどうかわからないけど、自分がどうなったのか分からなくて・・・って事はあった。」
「人間は大怪我や大病の後に命を取り留めると人生観が変わったりするけど、魔理沙も同じように生き残れた事で世界観や人生観が変わったんじゃない?変わりすぎると記憶が曖昧になることはあるわね。」
「そうなのかな?」
 妹紅の説明は最もらしく、実際に嘘はついていない。人間は大きな事件を受けて人生観が大きく変化する。これと魔理沙の事を関連づけて、魔理沙の記憶を補填していく。
「魔理沙はその時一人だった?」
 何かがあったことを既成事実として妹紅は語る。何かがあったことは具体的に聞かされていないが聞くまでもなく絶対何かが起こっている。
「うん、あ、でも魅魔様と一緒だった・・・あ、違う、魅魔様と別れた後だった・・・。」
「魅魔様?」
「うん、魅魔様は私の師匠だったんだ。」
 魅魔という存在は幽香や霊夢の話しなどで知っている。紫らとも古い付き合いらしい。しかし妹紅は新しい事実を知った。魔理沙は魅魔の弟子だったのだ。
 魅魔は亡くなっていると聞いたが師匠だったという過去形はそういう意味での事だろうか?妹紅は魅魔について知らないふりをしてそのことを尋ねる。
「その魅魔様は今どこにいるの?」
 生きていると想定した質問をしてみる。
「あの世じゃないかな?」
「亡くなったの?」
「亡くなった・・・っていうのは正しくないな・・・元々悪霊だし。」
 悪霊が亡くなるという表現に思わず苦笑する魔理沙。成仏すると言うのが正しいのかもしれない。
「悪霊の師匠か・・・。」
「悪霊といってももう何に恨みをもっているかも忘れた大昔の亡霊で、博麗神社と仲が良くて神社の管理とかしてたみたい。強くて怖くて優しくてすっごくイイ悪霊だったぜ!」
「へー。」
 良い悪霊というのは物凄い悪い事じゃないのかと思いつつ妹紅は感心するふりをする。
 魅魔、魔理沙、霊夢の関係は見えてきた。霊夢の話では魅魔と魔理沙を討ち倒しているとの事だが、それで魅魔が死に、恐らく魔理沙も瀕死の重傷を負ったのかもしれない。魔理沙が自分が死んだと勘違いしているのはこの時の事だろうか?そして霊夢との戦闘があったにもかかわらず、未だに友達でいることに違和感を感じているのだろう。考えてみればこのような経緯があったにも拘わらず魔理沙と霊夢の仲が良いのは少しおかしい。それとも妖怪の様に勝負があった時点で和解が成立しているのだろうか?しかし、魔理沙の話だと和解があったにしても魔理沙自身それを記憶していないようだ。
 この時の妹紅は魔理沙の言う「魅魔の弟子だった」という過去形を死に別れた事による過去形と判断していた。そして幽香らの言う「あれだけのこと」とは魅魔、魔理沙と霊夢との戦闘によって魅魔戦死、魔理沙重症という結果の事だと考えた。
 

 妹紅はひとまず魅魔らの件はこれで自己解決したと判断し話を変えた。
「魔理沙、死ぬってどういう事か知ってる?」
「その話はいいよ、もう。」
 死についてナーバスになっている魔理沙。
「ダメよ。そうやって嫌な事から目を背けるから自分自身のおかれた状況を正しく理解出来ずに無知を未知と勘違いして恐れるのよ。」
「・・・でも。」
「死を身近に感じてる人ほど、命を大切にするものなのよ。魔法だって人を殺すわ。死とは何かを考えず殺傷力だけ身に着けてあなたは何をしたいの?あなたはさっき言ったわよね。私の弾幕、強いては私を尊敬するって。死から目を背けたい人に尊敬されたくはないわね。」
「ごめん・・・話し、聞くよ。」
 妹紅の説教に魔理沙はぐうの音も出なかった。死というものを意識的に遠ざけて考えていた。
「人間が死ぬってどういう状況でそう判断する?魔理沙なら・・・。」
「心臓が止まる時?」
「心臓を押して血液の流れを人工的に作り出したら?」
「じゃー脳みそが動かなくなった時?」
「そうね、心臓が止まるというよりそっちの方が正しいわね。」
「そっちの方がって事は、正確には違うってこと?」
 妹紅はベッドに腰を掛けると足が絨毯に届かず話をしながら両足をパタパタと動かしている。
「肉体、精神、魂の三位の繋がりが断たれる事よ。一番簡単に症状が見えるのが肉体の崩壊ね。」
「その逆に場合によっては肉体が無傷で健康でも死ぬってこともあるって事か?」
「ええ。強い精神的ショックで精神が破壊されたり、魂を奪われたり・・・。」
「色んなパターンがあるんだな・・・。」
「人間はどのような形であれ、死ぬと精神と魂が肉体から離れてあの世に旅立つ準備をするの。」
「準備?」
「ええ。準備というのは生前の肉体の執着を無くす事。」
「執着?」
「これが強いと未練を残して輪廻に旅立てずに亡霊になるのよ。」
「なるほど・・・。」
「この準備をする場所を私達は『選択の間』と呼んでいるの。そこで死者の精神は自分の遺体を上から眺め、死んだ事を客観的に見てそれを受け入れるの。そこで精神は生前の情報を魂に受け渡して輪廻に旅立つのよ。」
「何で、選択なんだ?選べないだろ?もう・・・。」
「実はそれが選べるのよ。特定の条件を満たしていれば・・・。」
「条件?」
「まず、肉体が健全な状態であること。そして、死ぬ事に対してそれを防ぎたいと願う者が存在すること。」
「?」
 妹紅の言っている意味、特に後半が理解出来ず難しい顔をする魔理沙。
「最後の何言ってる分からないぜ?」
「生前縁のあった人・・・簡単に言えばご先祖様の霊よ。」
「え?」
「亡くなった母親・・・とかね。」
 魔理沙の方を向いて意味ありげに語る妹紅。
「・・・妹紅は知ってるんだ・・・私の母親とかそのへんのこと・・・。」
 そのへんというのは勘当されているという霧雨家の事情も含めての事である。
「マルキと香霖堂経由で来たから・・・マルキで見たわ、魔理沙のお母さん。」
「綺麗な人だろ?私の自慢なんだけど・・・もう何年もあの絵見てないな・・・。」
「命日とかどうしてるの?」
「お墓には行けないから・・・そっちの方角見ながら家でお祈りだけはしてるけど・・・。」
「そう・・・魔理沙も人間なんだからそういう事は忘れてはダメよ?」
「・・・うん。そういえば少し前にコーリンにオヤジからあの絵譲って貰えないか相談しにいったらえらい剣幕で怒られたっけな・・・。」
「魔理沙のお父さんにとっても大事な絵でしょ?」
「コーリンに怒られて私も流石に反省したよ・・・。」
「お父さんの事どう思っているの?」
「今は別に怒ってないっていうか、私が悪いんだから私が怒る筋合いはないし・・・でも。」
「私も、勘当の場面は何度か見てきたけど・・・よりを戻すのはとても難しいわよ?年を取れば取るほどに・・・。まぁ他人の家の事に口を挟むつもりはないけれど、恨み言がないのなら早くなんとかしたほうがいいわ。」
「分かってはいるんだよ・・・でも、ガキの頃一人前の魔法使いになったぜ!って言ってぶんなぐられたからな・・・。今思ってもあの時は全然一人前じゃないし・・・そして今も一人前になったかといえばどうもそうじゃないみたいだ・・・。やっぱ一人前になってちゃんと認めてもらえるようになってからじゃないとな・・・なんてね。」
 一見何も考えていない様でしっかりしている魔理沙。そんな魔理沙を見て純粋に彼女を応援したくなる妹紅である。
 妹紅は霧雨魔理沙という人間に魅せられている事に気付きつつ、それを悪いものとは思っていなかった。
「私・・・守られてるのかな?」
 膝を抱えながら天井を見る魔理沙の誰に言ったわけでもない独り言に妹紅の気持ちは沈む。勘当されている魔理沙はもはや霧雨家となんの縁もない孤独な存在だ。母親が霧雨家の墓にいるなら魔理沙にその加護はないだろう。
 いろいろな意味で魔理沙については早く何とかしなければならない。そう思う妹紅だった。


 夕食に茸のフルコースをご馳走になった成り行きで今日は魔理沙の家に泊まる事になった妹紅は、食事中ずっと魔理沙の茸のうんちくを聞かされ続けたが、様々な面白いエピソードも交えての話しだったので、退屈することなく楽しい時間を過ごすことが出来た。
 これらの話しによくアリス・マーガトロイドの名前が出たが、新種の茸を他の食べられる茸と混ぜて毒味役をさせられるアリスに同情すると共に、そうした無茶のせいでアリスに嫌われている事に身に覚えを感じていない魔理沙も困ったものである。
「十中八九は美味しい茸なんだぜ?只で喰わせてやってるし、1回か2回ハズレひいたのいつまでも根に持つなんて妖怪らしくないぜ、あいつ。」
 これが魔理沙の言い分であった。確かアリスは最近種族魔法使い、つまり妖怪化したばかりで未だに人間として生きてきた生活習慣が抜けておらず規則正しい生活を送っている。これに関しては人間の魔理沙以上に人間らしいアリスなのである。胃腸など肉体的な面では人間よりはるかに丈夫だろうから、毒味にはぴったりではあるが、それにしても少し可哀想である。


「ふわぁ~・・・さて、そろそろ寝るかな・・・。」
 話しも一段落した魔理沙が大口をあけてあくびをする。今日はいろいろな事がありかなり疲れているようである。
「もう寝るの?」
「妹紅も一緒に寝ようぜ!」
「悪いけど・・・。」
「ええー!帰っちゃうのか?」
「大丈夫、今日は泊まっていくわ。ただ、もう少し呪符の作成したいんだけど・・・。それにあんまり眠くないし・・・。」
「ああ、それならいいよ。あ、でもかなりうるさくなるかな?」
「だから、先に台紙作ってしまいたいのよ・・・いいかしら?」
「ああ、いいよ!寝る準備に少し時間いるし。あ、骨とかはあそこから出ればすぐに見つかるから。」
 北側の勝手口を指さす魔理沙。
「ありがと。」
 魔理沙は会話をしながら寝間着に着替える。
 魔理沙の大きなベッドは、枕から足の縦方向の敷マット半分が木枠ごと上に開ける蓋のようになっており、その裏面が衣装棚になっていた。
 木枠ごと敷マットを上に開く事でベッドの下に足を踏み入れるスペースが出来る。
 開いた敷マットの裏側の木組みには細工がなされており、幾つかの棚が水平に並んでいる。このまま閉じれば水平の棚は垂直に下を向くのでその上に置いてある衣類等が全部下に落ちてしまうが、マットが閉じている状態でも中の棚が常に水平になるよう棚の両端に可動機構が備わっており、開けば直角の壁棚に、閉じれば中で吊り棚になるという仕掛けになっている。
 その開いた敷マット枠の向かって左側に仕掛け棚で、そして右側は開き戸が付いており、魔理沙はその開き戸を開いて中から薄い大きな板のような物を取り出すと、それを本の様に左右に開いて脱いだ服をそこに綺麗に並べる。
 並べ終えると元の様に閉じて薄い一枚の板状のパネルにすると開き戸に本を本棚に差し込む様にしまう。衣類は中で軽くプレスされてシワが伸び、プレスされているのでどの方向を向いても中の衣類が動かないというわけである。
 妹紅は流れような魔理沙の一連の動作を見ながらベッドの仕掛けに感嘆する。 
「これすげーだろ?」
 妹紅の視線を感じて魔理沙が振り向いて自慢する。
「誰がこんなベッド発明したの?」
「コーリンだよ。自分で発明したかどうかわからないけど、図面書いて里の大工に部品作ってもらって、中で組み立ててもらったんだ。仕掛けが多い分無駄にでかいけどな。」
 マットも含め開く部分はかなり重くなるはずだが、女性の力でも開くようにある一定の力をかけるとバネが働いて開く工夫がなされている。
「向こう半分は開かないけど、ベッドの下が引出になってるから色々収納ぜきるぜ。」
「へー。」
 香霖堂の建物の採光なども工夫されており、店主には創作能力もあるようである。
 魔理沙が寝る準備をしている間に、妹紅は骨などの使えそうな有機素材を集めて、先程と同じように呪符の台紙の作成を続ける。


 寝間着に着替え、妹紅の様子をあくびをしながら美しい金髪をブラッシングする魔理沙。終えると何箇所かリボンで髪の毛を縛って纏める。何故そうするのか妹紅が尋ねると、朝になると髪の毛が爆発してしまうから・・・とのことで、癖毛の魔理沙にとって身支度で一番手間なのが寝癖の始末とのことである。
 いつのまにか髪の毛のブラッシングから歯のブラッシングになっていた魔理沙は眠い目を擦りながら、夕食の準備に使ったミニ八卦炉を暖炉の鍋の下に戻し、そのまま台所に向かうと水瓶からコップで水をすくってうがいをしてそのまま飲み込む。そして、ベッドに移動しベッドを椅子替わりにして足をパタパタ交互に振りながらしばらく妹紅の作業を眺める。
 テーブルを叩く音や妹紅の気合いの声がうるさいものの、魔理沙は睡魔に負けてコロンとベッドに横になり間もなく寝息をたてはじめる。
 その様子を横目に作業を続けていた妹紅は一段落して手を休める。
 魔理沙の部屋に静寂が訪れる。
 妹紅は足音を立てず魔理沙に近づく。
 穏やかな表情で寝ている魔理沙を見下ろす妹紅の表情は険しく、まるで戦いに挑む時の様である。
 魔理沙の中に何かが潜んでいる・・・妹紅はそう断定している。それが風見幽香らの言う「あれだけのこと」と関係するかは今の段階では分からない。魅魔と霊夢との戦いとの関連性も想像の域を出ない。全てはこれから解明していく。
 魔理沙の中にいる存在がなんらかの意図を持って隠れているなら、魔理沙が眠りについたときになんらかのシグナルを送ってくるはずだと妹紅は予測する。しかし、そうしたものは何も感じない。
 このまま隠れ続けるつもりなら無理矢理引きずり出すしかない。妹紅は魔理沙に背を向けてテーブルの方に戻る。そして、悪い物を取り除く退魔除霊の呪符など必要なものを作り始める。
 戦闘になっても対応出来る様に、様々な状況を想定して分身に予め命令を書き込み、新たに命令を上書きできるようにもしておく。先程魔理沙に見せた様な簡単な呪符ではなく、1枚作るのに10分以上かかる様な高度な術ばかりである。複製は簡単に出来るので量を作るのは大変ではないが数多くの種類を用意しようとすればおのずと時間はかかる。
 部屋の隅や天井にある魔法の発光体によって部屋は明るく寝ている魔理沙はその光を嫌がる様子もない。恐らく明るくして寝るのはいつもの事なのだろう。憑き物を静かにさせるにはいい方法なのであるが、魔理沙は闇夜を恐れてそうしているのか、単なる好みで無意識にそうしているのかはわからない。
 部屋をもう少し暗くしたいと思うのだが、この発光体の光度の調整をどうやるのかわからない妹紅。
「部屋をこのままにしておくなら・・・魔理沙を一旦昏睡させてしまうか・・・。」
 魔理沙の意識を奪い一種の仮死状態にしてしまえば潜む者に隠れる場所がなくなる。
「それを待っているのかもね・・・蛇(じゃ)が出るか、ヘビが出るか・・・。」
 妹紅は1枚の呪符を新たに作り、その完成を合図にして行動に出た。


 妹紅は先程作った呪符を魔理沙の胸にそっと置くと、少し離れて指を組んで印を結び通常は投げて発動させる呪符を遠隔操作によって発動させる。近づき過ぎて思わぬ不意打ちがくるかもしれないためにこうするのである。
 魔理沙は静かに寝息をたてながら呼吸で胸を上下させていたが、術の発動とともに魔理沙のそうした動きが止まる。
 妹紅は静かに魔理沙に近づき首筋に指を当て脈を診る。ほとんど脈がなく魔理沙の肉体は生命維持ギリギリまで活動が弱まった。この呪符は元々仮死状態にする事を目的とした呪符ではなく、負傷して危険な状態になった肉体の症状の悪化を極限まで抑える遅滞の効果を持つ呪符である。血流を止める即効性があり出血の多い傷に対して治療までの時間稼ぎが出来、生存率をかなり上げる事が出来る。
 前戦の戦闘員はこれを必ず携帯して付近に負傷者が出れば貼って任務は継続しながら後続に負傷者を任せるという使い方をする。


 仮死に近い状態になった魔理沙を観察しながら、何らかの事態が起こる事を静かに待つ妹紅。
「・・・。」
 変化はすぐに現れた。突然耳鳴りがして気圧の急激な変化を確認した。
 部屋を照らす魔法の光が消え完全な闇になる。妹紅は咄嗟に瞳孔を開いて暗視モードに眼球を切り替えすぐに視界を回復させた。
 魔理沙の体にも異変が起こっていた。体から何かが噴き出している。妹紅は警戒しながらその様子を伺う。
 体から噴き出すものは最初煙の様な気体に見えたが、よく見るとゲル状の粘性の高い流体物の様にも見える。全身から少しずつそれらの物質が魔理沙から抜け出る様にして天井方向のある一点に集束していく。
 小さな塊から次第に大きな塊へと成長していくその流体物質は高速に回転して球形に安定し始める。魔理沙の体から無数に発生する小さな物体がその球状の物体に飛び込み混ざり合う。そしてどんどん大きくなっていく。
 妹紅はその様子を固唾を呑んで見守っていたが、次第に焦りが出てくる。
 部屋の内側が結界の中にあるように完全に外界と遮断され、この場から逃げる事が出来なくなっているのに気付く。
 そしてその球状の物体が成長するごとに、邪悪な気が加速度的に上昇していく。冷や汗が氷の様に冷たく全身を襲い体が震え出す。凍える様に寒く感じるのは、気温が下がった為ではなく完璧にびびってしまっているからだ。
 妹紅は後悔した。魔理沙の中に居る存在は自分の手に負える相手ではなかった。
 逃げなければと思ってもどこにも逃げる場所などなかった。しかも体が全く動かない。物理的にも精神的にも何もかも完全に場に呑まれている。
「魔理沙・・・すまん・・・。」
 妹紅は動かない口の中でそう呟き魔理沙に謝罪しながらその姿を見る。
 魔理沙を見た時何故か体の中に不思議と力が沸く。このまま魔理沙を放ってはおけない。自分の身に変えても魔理沙を守らなければ。そう思うと恐怖心が消えた。
「クソがっ!」
 妹紅は自分自身を罵った。気圧されて完全に萎縮し、魔理沙を見捨てようとした自分が情けなく、そして激しく憤った。
 気持ちがリセットされ状況が正確に把握出来る様になると、今起こっている事に対して冷静に判断出来る様になった。
 強い邪悪な力を感じる。しかし邪悪な力の根拠になる強い怨念がまったく見えてこない。自分でそう決めつけた邪悪とは何を以て邪悪なのかと妹紅は思わず自問する。強い怨念によって生じる邪悪な気と同じ感覚。でも怨念は全く感じない。邪悪なのに邪悪ではないという初めての感覚。今までの経験の中で邪悪な存在は強い負、陰の力を持っていた。陰の力といのは「表」に対して「裏」という対立構造の一方であり、怨念とは基本的に別物である。
 怨念の力は強い負の力が基礎になる。負の力を感じた時は、それはほとんどの場合邪悪な存在がそこにあったため、負の力=邪悪と勝手に思い込んでしまう。
 妹紅は強い陰の力を邪悪な力と勘違いしてしまい、自分で勝手に恐怖して絶望していたのである。


 妹紅は身構えながら目の前の球状の物体を凝視していると、やがてその球形が人型へと変化していく。
 強い陰の力は膨らみ続ける。体は強く警戒するが妹紅の心は何故か危機感を感じない。魔理沙と同じ感覚。
 やがてその人型は顔の輪郭から服装、髪型まで人間と同じになっていく。濃い緑色の髪、整った彫りの深い顔立ち、肌がほとんど露出しない異国の服、その服装によって体型が見れなかった為、最初は男性かと思っていたが胸の膨らみから女性と判断出来た。
 完全にそれが人間と同じ姿になったが、表面が濡れたゴムの様な質感に見える。
 空気が完全に入れ替わった。それと同時に妹紅の視界が白い闇に包まれ目に激痛が走る。部屋の明かりが戻った事で全開の瞳孔に大量の光がなだれ込んで網膜を焼き潰した事を理解し、損傷を受けた網膜を瞬時に修復し瞳孔の絞りを調整する。
 引き続き強力な結界の中に閉じこめられてはいるが穏やかな雰囲気で、魔法の発光体が何事もなかったかのように部屋を暖かく照らしている。
 魔理沙の上に宙に浮いた状態の謎の人物は天井すれすれに頭を置いて妹紅を注意深く見下ろし、やがて静かに移動して妹紅と魔理沙の間に立つ。まるで魔理沙を外敵から守ろうとしているかのようだ。
 衣服の形状で手足も胴体も完全に隠れて見えないが、地に足を着けて立っている様子はない。荷重による床の僅かな軋みが感じられないのは、宙に浮いたままか、あるいは体重がないからだ。
 先程みっともなく取り乱して一人で勝手に絶望した妹紅だが、今は別の意味で絶望を感じている。この目の前の存在にどうあがいても勝てる気がしないのだ。戦闘、知恵比べ、話術、経験・・・全てで。
 妹紅と謎の女性は1分ほど見つめ合っていたが、その女性が体ごとゆっくり傾け魔理沙を見た後、向き直って恭しく妹紅に頭を下げる。
 すると、濡れたゴムのような質感を持つその姿が一気にリアルになる。服の生地、髪の一本一本、瞳の潤い、唇の艶、全てが妹紅や魔理沙と同じ現実の質感になる。そして、それと同時に絨毯に何かが着地する感触が妹紅の足の裏に伝わる。恐らくこの女性が絨毯に接地し荷重が床にかかったからだろう。
 この現象は幽体から実体に変化したといえばいいのだろうか?
「驚かせて済まなかった。名のある賢者とお見受けする。お名前を伺ってもよろしいだろうか?」
 威厳に満ちた低めの声で謎の女性は賢者と呼んで妹紅に敬意を示す。しかしその口調から上位存在が格下の相手を持ち上げるためにへりくだっている態度にも見える。これは存在としての格は向こうが上だが、状況を進める立場はこちらにあることを示している。
「貴女は?」
 妹紅はここは敢えて立場が上であることを意識して格上の相手に対して少し無礼に振る舞う。下手に下手に出ると付け入られる可能性が高いからだ。あらゆる妖事に精通している妹紅は、過剰な腰の低さは相手を増長させ問題をややこしくする事を知っていた。
「これは失礼した。私は魅魔と申す者。」
 名を名乗るべきはこちらと判断した謎の女性は、一言詫びて衝撃的な名前を告げる。妹紅は一瞬頭が真っ白になった。
「魅魔?」
 妹紅はその名前を聞いて思わず上擦った変な声で聞き返してしまう。まさか、魔理沙の中にいた存在が魅魔だとは全く想像していなかった。
「どうやら私の事を知っているようだな・・・しかし、私の記憶を辿ってもそなたの顔に該当するものがない・・・。」
 会ってはいないが良く知っている。幽香や魔理沙、霊夢と深い関係があり、そして500年前、八雲藍を討伐したその藍の仲間の一人。
「(こいつが魅魔か!)」
 幻想郷最強の一角と誉れ高いその噂に違わぬ圧倒的な存在感。それが目の前にいる。死んだとされた存在が今目の前にいる。ずっと魔理沙の中で生き続けている。何か理由があるに違いない。しかし、なぜ?
 妹紅は混乱していた。どのように名乗ればいいか迷った。妖の狩人と名乗れば藍を討ち取った妹紅を魅魔はどう思うだろうか。
「私は・・・藤原妹紅・・・かつて、妖の狩人と呼ばれていた。」
 妹紅は敢えて自分の正体を明かした。そして、その通り名を聞いた瞬間、魅魔の目が細くなる。
「ほう・・・。」
 その後しばらく見つめ合う2人。魅魔の見る目が先程とだいぶ違う事に気付く。名乗る前は明らかに様子見の顔だったが、名乗ってからはこちらに強い興味を示している感じである。
「一つ教えてもらえないだろうか?」
「何を?」
「八雲藍を殺したのはそなたか?」
「ええ、そうよ。」
 妹紅はやはりそうきたかと、気を強く持ちつつ恨み辛みの言葉を浴びる覚悟をした。しかし、魅魔からは意外な返答が来た。
「そうか・・・先に礼を言わねばならなかったな。博麗に変わって礼を言おう。」
 魅魔はそう言うと、妹紅に恭しく頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、どういうこと?私は藍を殺したのよ?」
 深々と頭を下げられた妹紅は狼狽えた。
「その事で歴史は動き、幻想郷が生まれた。八雲藍の力は歴史の流れすら強固に止めてしまうからな・・・。」
「でも・・・。」
 ポケットに手を入れ戦闘体勢を崩していなかった妹紅は、思わず一歩足を踏み出しポケットから手を抜く。
「幻想郷を創ろうとする博麗神社側にしてみれば、結束し変化を嫌う八雲藍の能力が足かせになっていたのだ。」
 ベッドを背にして妹紅と正対する魅魔は当時の情勢を八雲一家の視点ではなく博麗神社の立場から語る。
「八雲と博麗は仲間ではなかったの?」
「目的を同じにする一蓮托生の間柄ではあったが、完成品のイメージにはそれぞれに希望や主張があり、それは考案者と実行者の意見の食い違いからくる対立関係になっていた。そして私の立場は完全なる博麗の僕なのだ。」
「しもべ?」
「元々私は、八雲紫と博麗神社の対立の中で、紫の切り札として異国から召喚された悪霊魔法使いなのだ。しかし、紫の尖兵となって攻め滅ぼすべき博麗神社によって私は悪霊となった怨念の根源を正され改心出来たのだ。当時は何に恨みをもっていたかも忘れる程激しい憎悪に駆られ悪鬼悪霊となっていたが、このことで正気を取り戻した私はそのまま成仏することをよしとせず恩に報いる為に博麗神社に仕える守護者としての道を選んだのだ。召喚されただけなのでその気が無かったが、私は多くの博麗の命を奪ったのは事実。この罪は死んで許されるものではない。私は博麗の元で善行を詰むことで贖罪とすることを選んだのだ。」
「・・・。」
 幽香などから聞いた昔話は基本的に八雲一家の更に言えば幽香視点で語られていたため、それぞれの立場は単純に仲間というシンプルなものと感じた。しかし、魅魔の立場から聞く話はそれとは多少意味が異なっている。興味深い事である。
 妹紅は魅魔の経緯を興味深く聞く反面、内部事情を語る魅魔を少し警戒する。
 敵対及び中立的な側から積極的に情報が提供される事にはなんらかの意図があるものである。普通は知らない相手に対して余計な事は語らない。
 そして、そういった事があるその後は、決まって無理難題を押し付けられるのだ。
 妹紅は相手に分かるように敢えて表情を硬く見せ魅魔の反応を待った。
 妹紅の目に警戒心が見えた事に気付いた魅魔は、心の内を素直に告げる。
「そなたとは因縁がある。この危機的状況にこうして再び私の前に妖の狩人が現れた。最初の件もそなたが解決してくれた。ならば次も・・・そなた以外に頼れる者はいない。」
 危機的状況と頼れる者というキーワードに妹紅はやはり何か頼まれるのだと内心うんざりする。魔理沙の秘密、霊夢の秘密、幻想郷の秘密、様々な情報が得られるチャンスではあるが、八雲紫の起こす異変と時期的に重なる恐れがあり悩みどころである。個別に対処出来るなら魅魔の頼みは吝かではないが・・・。
 この時妹紅は魅魔の頼みが何であるか言われなくても理解できていた。もちろん魔理沙の事である。
 妹紅としては魔理沙を助けるという事に関しては既に確定事項だったが、魅魔という存在が現れた事で簡単に終わらないだろうと容易に想像出来、頭を切り換えざるを得ない。
「妹紅でいいわ。それにしてもその危機的状況ってのはどういう事?」
 そなたなどと言われると何だかくすぐったい妹紅。
「魔理沙の件だ。この娘をどうか救って欲しい。」
 やはり魔理沙の件である。
「救う?」
 今すぐ助けが必要な状況ではないと見立てをする妹紅。
「そなたの・・・妹紅殿の術によって今魔理沙はほとんど停止している状態だが、普通の状態で私が魔理沙から離れればたちまち魔理沙の魂は輪廻に旅立ってしまうのだ・・・。」
「え?」
 妹紅はその話を聞いてベッドで寝ている魔理沙に近づこうとする。それを受けて魅魔は場所を譲る。
「全然気付かなかったわ・・・。」
 魔理沙の額に手をあてて、魔理沙の様子を見る。確かに魂との結びつきが希薄になっている。先程まではまったく気付かなかった。
「私は肉体と魂を繋ぐ鎖の役目を果たしていた。私は、私という存在を外部に知られないために魔理沙から出る私の気を極限まで抑えていたのだ。だから気付かなくて当然といえば当然・・・いや、本来なら気付かれてはならない事だった。しかし、そなた・・・妹紅殿は気付かれた。八雲紫や博麗霊夢ですら気付かなかったのに・・・。」
 褒められているのか責められているのかわからない言い様だが、気付いた事を称賛する一方で自らの渾身の術が見破られてプライドが傷ついたという事だろう。
「救いたいのはやまやまだけど・・・でも、原因がわからないとなんともしようがないわね・・・。」
 そう言って妹紅は魔理沙から目を離し横にいる魅魔を見る。
「もちろん、こうなった経緯は全て話す。その上で改めて頼みたい。」
「先ずは話して。」
 頷く魅魔。


 ベッドに腰を下ろした魅魔は魔理沙の頭を優しくなでている。その横顔は母親のそれである。魅魔もまた魔理沙に魅せられてしまったのだろう。自分にはこんな顔は出来ないと思う妹紅には、魅魔との差は出産の経験の有無かもしれないと思い至る。妹紅は出産の経験はなく、魅魔には生前出産の経験があったのだろう。
「魔理沙と霊夢の出生に関しては知っておるか?」
 魔理沙の頭をなでながら妹紅に向き直って話を始める魅魔。
「ええ、10歳以前までは・・・。」
 マルキの番頭や幽香、香霖堂の店主などからそのあたりは聞いている妹紅。
「そうか、だが10歳の時に起こった事は何も聞いてなさそうだな・・・。」
「ええ、みんな言いずらそうにしてたわ。」
「そうか・・・では、そこから話そう。」


 妹紅の知らない霊夢と魔理沙と魅魔の関係が明らかにされようとしていた。

東方不死死 第22章 「魔法使いの憂鬱」


 藤原妹紅は霧雨魔理沙の家に入る前から続いている体の違和感を頭の隅に置きながら、魔理沙の様子を眺めながらサインを書いたその場所にずっと立ったままだった。こうなった理由は気の利かない魔理沙のせいで腰を落ち着ける場所を提供されずにいたのが主な原因だが、鳥肌や冷や汗が止まらず、更にその原因が不明で今はあまり動きたくないという心情の現れでもある。
「ああ、その辺適当にくつろいでて。」
 自分の用事が済んだ魔理沙はようやく妹紅を客扱いしはじめる。
 魔理沙はざっくばらんな性格で、妹紅が家の中を自由気ままに好きな事をしていても恐らく何も言わないだろう。むしろじっと立っているのを見て不思議に思っていたのかもしれない。人里を離れて自分の決めたルールにそって暮らしているのだからある意味それが自然なのかもしれない。
 人間という種族に強くこだわる妹紅としては、そんな魔理沙に常識が欠けているとは思う反面、妹紅のルールを押し付けるのも良くないとも思う。郷に入っては郷に従えというように魔理沙の家に来たら魔理沙のルールに従うべきだろう。
 魔理沙は妹紅のサインを本棚に飾った後、こちらに戻り妹紅の後ろを通って暖炉に行くと、釜の下から釜を加熱している道具を取り出す。その加熱器として使っていた道具はミニ八卦炉という魔法の道具である。
 そのまま台所と思われる場所に行くと縦に長く注ぎ口が細長い面白い形をしたヤカンと細い針金のような金属を折り曲げて作ったヤカンを乗せると思われる手作りの台を持ってテーブルにやってくる。
 何やら鼻歌を歌いながらミニ八卦炉をテーブルの真ん中に置き、その上に台を置いてさらにヤカンを置く。お湯を沸かしてお茶をいれるということだろう。
「良かったら座って。」
 テーブルのデザインとは異なる椅子が2つ、それぞれ別の場所で拾ってきたものだろう。その一方を勧める魔理沙だがその椅子は小さな妹紅の体には少し大き過ぎてくつろげそうにない。
 妹紅はサインをするために来たわけはなく、またお茶を飲みにきたわけでもない。ここでようやく本題を思い出した。
「あ、あの・・・魔理沙?」
「ん?ちょっと待ってて今お茶入れるから。コーヒーでいい?紅茶?あ、日本茶はないんだよね。」
「そうじゃなくて、実は香霖堂の紹介で紙を買いに来たの。」
「コーリンの?」
「いえ、香霖堂。」
「だから、コーリンだろ?」
 コーリンは森近霖之助の妖怪ネームでお店の名前の元になっているので非常に紛らわしい。魔理沙は霖之助がコーリンと呼ばれていた時代から知っているのでずっとその名前で呼んでいる。
 妹紅は意味不明な会話を止めるため霖之助にもらった紹介状をポケットから出して魔理沙に手渡す。
「ふむふむ・・・霊夢にやっているあの紙か・・・。」
 紹介状を読んで指定の物を確認する魔理沙。
「霊夢に売るためのものって聞いたけど?少し分けて貰えないかしら?」
「別に霊夢に売ってるわけじゃないよ。」
「転売してるって聞いたけど。」
「おいおい、私はそこまでセコくないぜ!あいつさ、貧乏なくせにプライドだけは高いからさ、借金とかツケとか絶対しないんだよ。知り合いにも。」
 あいつというのは霊夢のことである。そこまでセコくないとの自己評価だが、ある程度はセイいという自覚があるということだろうか。
「まーそんな感じはするわね。」
 貸し借りはしない性格だと妹紅は霊夢について魔理沙に同意する。
「私はいっつも神社で飲んだり喰ったりしてるからさ、だからあいつも私からはただで物はもらうんだよ。あいこってことで。でも香霖堂とか行けば全部銭出して買おうとするからさ、必要な物は先回りして買い占めておくというわけさ。」
 銭を払って物を買う事は別におかしいことではないが、ようするに魔理沙が言いたいのは霊夢に払うべき自分の飲食代のツケを香霖堂の品物で返そうとしているというわけである。霊夢の必需品ともえいる和紙を買い占め、いや只で引き取ってしまえば自ずと霊夢は魔理沙から引き取るしかない。そして魔理沙には普段貸しがあるので霊夢は気兼ねなく紙を只で受け取る事が出来る。
 一見すると紙代が只な魔理沙一人が得をしているように見えるが、森で拾った珍しい物を香霖堂に格安で売っているので霖之助としては魔理沙にツケがあるのと同じ事になる。誰かが一方的に損をしているわけではないのだ。
 根本的な問題として魔理沙が神社で只酒只飯をしなければいいわけであるが・・・。
 妹紅はそれを当たり障り無く指摘してみたが、そこで意外な答えが返ってきた。
「でも、そうすると私神社に行く理由が無くなるんだよね。霊夢だって私が来るのわかってて、いろいろ用意してくれてるわけだから・・・。来たら来たでウザそうな顔するくせにちゃんと私の分を用意してるんだから。紫とか私とかには専用の湯呑みとか茶碗があるんだぜ?」
「なるほど・・・距離は離れてるけどご近所付き合いってわけね。」
「ま、そんな感じ。」
 一見天真爛漫に見える魔理沙も霊夢の事を強く意識し人情味のある行動をしていたのだ。
「・・・。」
 ニカっと笑っていた魔理沙であったが、ふと表情に影が入った。
「・・・でも・・・。」
 魔理沙の表情が見る見る陰り、ぼそっと何かを言った時、今まで妹紅の体だけの変調が感覚的なものにまで及ぶ様になる。
 ぞぞぞっと背筋が凍り、心臓が締め付けられる様な息苦しさが襲う。魔理沙から一刻も早く離れた方が良いと体の中の何かがそう脳に訴えかけ脳もそれに賛成している。
 魔理沙の思考に同調するように隠れていた何かが表面に出て来ている。そんな印象を受けた妹紅は、咄嗟に話題を変えて魔理沙の後ろ向きな思考を正そうとした。
「と、ところで、紙は売って貰えるかしら?」
 少し声が上擦ってしまい、「と」のところで声が裏返った妹紅だが、それが幸いして魔理沙の意識が変わる。
「ん?どうしたんだ妹紅。おかしな声出して?」
「ご、ごめん、ちょっと喉が渇いたのかしら?」
「あはは。ちょっと待っててそろそろお湯が沸くから。」
「ありがと。」
「今のうち紙取ってくるよ。」
 魔理沙は席を立つといつ履き替えたのか分からないがスリッパの踵をパタパタと鳴らしながら西隅にある扉に消えた。
 妹紅は魔理沙を見送りながら今の現象をこう分析する。
 魔理沙の中に何らかの存在がいるのは間違い無いだろう。では何故そうなったのか?妹紅は過去の経験を踏まえながら理由を考えた。
 勘当されているということだが、それは霧雨家の先祖の加護から切り離され、その守護霊の恩恵が得られなくなっているはずである。先祖の加護は常に何かを取り込もうと蠢く残留思念や低級霊から身を守ってくれている。加護の無い者は必然的にそうした「悪いもの」を引き寄せ体の中で魍魎(もうりょう)を育ててしまいやすい。
 妹紅が駆け出しの頃、当時名前は知らなかったが西行法師の魍魎を捕り祓った事があったが、ああいった物が魔理沙の中で育っている可能性が高い。ネガティブな思考が鬱積して、それを吐き出さずに自身の中に溜め込んで自分自身で育ててしまう。
 思考と同調して表に出る魍魎は放置しておくと魑魅(ちみ)へと変態していく。そう、魑魅魍魎というやつである。
 魍魎(もうりょう)は自然界の怪奇現象であり、自然と同居して暮らす人々にとっては常に隣り合わせの存在である。そして魑魅(ちみ)とは実体のない幻のような魍魎(もうりょう)が異形化し怪物となったものをいう。
 生きた人間がそこまで変化するにはとんでもない数の魍魎を体の中で育て、魑魅となる動機が必要となる。その動機は普通は怨念といった強い恨みの力がそれにあたる。
 獣の姿となった名もない山の神様などが殺され祟り神になったりするが、これは魑魅魍魎と同じである。
 これまでの経験から魔理沙の中にそうした何かが生じてしまっているのは間違いないと思う妹紅だが、単なる魍魎の段階ではあそこまで強く表にはでない。妹紅程の実力者が恐怖を感じるほどの力はそうそうあるわけではない。
 では、既に魑魅となった何者かが魔理沙の中にいて、そして魔理沙の力によって押さえ込まれているという可能性はあるだろうか?しかし魑魅魍魎を身に宿して押さえ込める生身の人間など妹紅は見たことも聞いたこともない。
 この謎を解く一つの手がかりが風見幽香と森近霖之助の態度になるだろうと妹紅は思い至る。2人の様子から魔理沙は過去に何かとんでもないことをしでかしている。
 子供が悪戯で社を壊して祟りを貰うという事があるが、恐らく魔理沙は10歳前後に神様などを祀った社を悪戯して壊し祟りを貰っている可能性がある。弱い祟りならありえるだろう。しかし、祟りともなればその大小にかかわらず妹紅なら一目で分かるはずだが最初は全く気付いていなかった。
「・・・。」
 妹紅は初めてのケースに困惑した。何かが居るのは間違いない。
 様々な妖事を解決してきた妖術使いの血が騒ぐ妹紅だが、推理に没頭しようとした時に魔理沙が戻ってきてしまう。
「こんなもんでいいかな?」
 顔が隠れる程の大量の和紙の束を抱え込んで重そうにしながらヨロヨロと散らかった部屋の隙間を縫って近づいてくる魔理沙。歩くスペースが限られている散らかった部屋の状態にもかかわらず何処にもぶつからないのは何処に何があるか完全に把握しているから出来る芸当だろう。
 手を貸そうにも微妙なバランスで紙の束を抱えているので手が出せない。そして、やっと妹紅の前に来た時、その微妙なバランスが崩れテーブル周辺にバラバラと雪崩のようにぶちまけてしまう。
「もう少しだったのにぃ!」
 悔しがる魔理沙だが、状況はそれほど深刻ではない。紙は手で掴んで持てる位の量を紐で縛って纏めているので、その塊を拾い集めればいいのだ。一枚一枚バラバラなら大変な事になっていただろうが、纏めたのは恐らく魔理沙ではなく香霖堂かマルキの者だろう。
 妹紅は紙の束を拾い集めるのを手伝いながら、どうやってこれを両手に抱え込んだのか不思議に思いつつ、紙の質が予想以上に良い事に満足する。
 そして拾い集めながら魔理沙をチラ見して様子を伺う。今はこれといって何も感じない。ただ鳥肌は収まっていないかった。
「こんなにたくさん?」
「まだまだあるぜ?」
「いくらになるかしら?」
「んー・・・お金はいいよ。サイン貰ったし・・・。」
「え?でも・・・。」
 いくら何でも只では貰えない。
「ところで妹紅はこの紙何に使うんだ?」
「妖術用の呪符だけど・・・。」
「ようじゅつぅ?」
 妖術と聞いた魔理沙が驚いて大声を上げる。
「妖術使えるのか?」
「ええ、まぁ・・・昔は妖術使いの仕事にしていたの。」
「へぇー・・・人間でも妖術使えるんだ・・・。」
「呪符に様々な効果を閉じこめておいて使いたい時にいつでも使える様にしておくの。あやしい術とかいて妖術。妖怪の術という意味ではないわ。」
「なるほどー霊夢もそんな感じで呪符をたくさん使うけど、似た様なものか。」
「力の源が違うだけで原理は似た様なものからしらね、たぶん。」
 厳密に言えばかなり違うが使う動作に関してはだいたい合っている。
 魔理沙は感心したように妹紅を見つめる。思考がそのまま表情に出るタイプで賭け事には向いてないと、関係ない事を考える妹紅。
「なーなー、さっきのお代の件だけどさ・・・お金はいいから、その代わり何か妖術見せてくれない?」
 先程金はいらないと言っていたが、妖術に興味を示して前言撤回する魔理沙。
「いいけど・・・どんなのがいいかしら・・・。」
 紙を拾い集めそれをテーブルとテーブルに乗せきれない分を自分に宛がわれた椅子に乗せながら妹紅は戸惑いの表情を見せる。
「妹紅が得意なやつ。」
「得意か・・・特にないけど、好んで使うのは分身かしらね?」
「分身かー。」
 分身と聞いて魔理沙は少しがっかりした表情をする。
「分身なんて珍しくないからなー。」
 分身は妖怪のもっともポピュラーな技の一つで、妖怪とばかり弾幕をする魔理沙にとって分身は珍しくもなんともないのである。更に言えば分身は相手にする場合は面倒な事この上ないので見たくもない。
「あら、人間が使う分身は珍しくない?」
 その魔理沙の言葉に反論する妹紅。
「分身なら私にも出来るぜ?」
「でも、それは幻影分身でしょ?」
 妖怪の様に完全に分離する分身は流石に人間には使えない。特に魔法使いが使う分身は幻を作り出す、または、もう一人居ると思わせる。くらいである。
「まーそうだけど・・・妹紅の分身はそうじゃないのか?」
「まあね。」
「へー見せて見せて!」
 幻影ではない分身と聞いて魔理沙が喰いついてきた。
「一つ材料が必要なんだけど・・・何か骨・・・人間でも動物でもいいから骨ないかしら?」
「流石に人間の骨はないけど、兎の骨なら腐る程あるぜ。」
 幻想郷には兎を捕食する肉食動物がほとんどいない。野犬、狐、熊、狼は天狗の狛として妖怪の山に連れて行かれているので幻想郷東部にはそれらがいないのである。
 そうした肉食動物を天敵とする小動物にとっては幻想郷東側は非常に安全な場所で野ネズミや野ウサギが大量に生息している。野ネズミは猛禽や弱い妖怪、妖獣の餌となるが、兎は大きすぎるのとネズミが豊富なのでそれらからは相手にさる順位が低く、主に人間の食料として消費されている。
 恐らくどこの家に行っても兎の骨はゴミ捨て場で拾えるはずである。


 兎の骨を取りに勝手口から出て、すぐに戻ってきた魔理沙は大きめのものを選んで両手一杯に持ってくる。
 捨ててから暫くたっているので完全に乾いている。妹紅はその骨の状態に満足して、紙の束の一つを取り出して紐をほどき、その何十枚も重ねた紙の上に骨を置く。
 妹紅は両手でパンと音を立てて重ね合わせ、そのままこすりつける様に交互に手首を捻る。
「おお!」
 妹紅の掌を重ねた隙間から淡い光が溢れ、合わせた掌を離すと右手の掌に何かの紋様が浮かび上がり妖しく光を放っていた。
「はっ!」
 気合いの声と共にその右手をテーブルの上の紙と骨に勢いよく叩きつける。一瞬炎のようにボワっと何かが燃え上がり、顔を近づけてその様子を凝視していた魔理沙は驚いて尻餅をつく。
 魔理沙が腰を上げて妹紅の振り下ろした右手と紙と骨を見ると、骨は何処にもなく紙だけしか見えなかった。しかし、良く見ると若干濁っていた和紙が真っ白になって表面がツルツルの質感になっていた。
「すげー!」
 思わず感動して声を上げる魔理沙。
 妹紅は身に着けている呪符を全部消失させてしまい、別所に保管している物以外では今現在一枚も呪符を持っていない。その妹紅の呪符は基本的な台紙を作成し、そこに様々な術を書き込んで使用するのである。
 今行った動作は台紙造りで妹紅の術の基本中の基本である。霊夢が呪符となる和紙をお払いして神気を付与するのと仕組みは同じである。
「紙の中に動物とかの有機成分を練り込む事によって分身となる存在に肉付けがされるの。」
 有機成分は別に骨である必要はないのだが、骨は紙を丈夫にし長期間保存出来るコーティングの役目も果たし一石二鳥の材料である。
 妹紅は次にコーティングした紙の束の両端を揃えその上で手刀を切る。真空刃によって使い勝手の良い大きさに切りそろえ呪符の台紙が完成した。
 妹紅は一枚それをとって魔理沙に手渡す。
「おお、まるでカードみたいだ・・・。」
 最近よく森に落ちているテレホンカードに近い質感がある。
 妹紅は呪符の基本をレクチャーするように魔理沙に見せていたが、そこで重大な事に気づいた。
「(・・・私、何やってるんだろ・・・。)」
 呪符の作成は人に見せるようなものではなく、いや、見せては行けない事である。
 しかし、何故か魔理沙には教えてやりたい、面倒を見たいと無意識に行動してしまい気付いたらこんなことをしていた。
「(ま、いいか・・・。)」
 妹紅の中で霧雨魔理沙の存在は何時の間にか特別な存在になっていた。そして、呪符の秘密保持よりも魔理沙の内に潜む何かに興味があった。それを探るためにももうしばらく魔理沙を観察しなければならない。
 その意味で呪符造りを見せる作業は時間稼ぎにもなるし魔理沙の様々な感情を引き出し、魔理沙を良く知るための観察時間にもなる。
「次に・・・。」
 一人納得した妹紅はそう言って作業を続ける。
 綺麗にコーティングした呪符の台紙を綺麗に重ねる。一束約30枚あった正方形の和紙は長方形に3分割にされ100枚程の紙束になった。
 魔理沙はこれだけでもメッセージカードに使えそうだなと思いつつ目を離さず見つめている。恐らくそのメッセージカードにはこう書くのだろう。「この本は頂いていくぜ!」と。
 妹紅は次に、右手の掌に左指の爪で何かをなぞる様に傷を付け血を滲ませる。
 眉をひそめる魔理沙を尻目にその右手をまた紙の上に叩きつける。バンという激しい音と共に妹紅の掌はテーブルまで一気に到達する。
 魔理沙は先程は驚いて尻餅をついたが、今度は最後までしっかり見ることができた。
「おお!」
 魔理沙はまた驚きの声をあげた。薄く綺麗にコーティングされた紙も100枚束ねれば魔理沙の片手では掴みきれない厚さになる。それが、たった1枚の厚さに圧縮されてしまったのである。
「あ、これ・・・。」
 更に魔理沙は声を上げた。圧縮された台紙の表面に見覚えのある赤と白の地紋に気付いたからである。魔理沙は妹紅のトレードマークともいえる赤いモンペを見た。
「モンペの柄が・・・。」
「気付いた?」
 妹紅の赤いモンペには長方形の中に鉤型の印がついた模様があったはずだが、今履いている妹紅のモンペは無地の赤いモンペである。
 妹紅は圧縮した地紋入りの台紙を取ってモンペに軽く叩くように貼り付けると、まるでモンペの生地に最初から染め付けた様に自然な絵柄となってそこに残ってしまう。
「おおおお!」
 魔理沙はさらに大きな声を上げる。先程から驚きっぱなしである。
「すげー!」
 モンペの模様を上から手でなぞる魔理沙。凹凸はあるもの完全にモンペと一体化している呪符に感動している。
 しゃがみこんで妹紅のモンペを観察しているが、そこで妹紅が一枚呪符を剥がす。まるでシールの様に綺麗に剥がれる呪符を見て魔理沙がまた「すげー!」と声を上げる。魔理沙からは手品かなにかに見えているのかもしれない。
 妹紅はおしりをポンポンと軽く二回叩いた後、三度目強く叩いて貼り付けた呪符をパージする。床に散らばった100枚程の空呪符は、妹紅が掌を下にして手を前に差し出すとそこに引き寄せられる様に呪符が綺麗に集まっていく。そして妹紅は集めた呪符をまたテーブルに置く。
「この模様は私個人の識別印で呪符は私専用に初期化したって事なの。この素符に今度は呪文を練り込むのよ。」
「へー。」
 魔理沙はしゃがんだまま妹紅を見上げる様に見つめる。聞いたことのない単語がいくつか出たが、魔理沙は何故かすぐに理解できた。
「えーと、そうね。私の分身を作っても面白くないか・・・。」
 妹紅はぽつりとつぶやき魔理沙を見下ろす。視線があった合った魔理沙はキョトンとして自分を指さす。
 妹紅は山積みの紙束から一つ取って梱包を解き、三枚ほど上から選んで、先程全て使わずに余った骨を使って同じように台紙を作る。
「魔理沙は・・・黒でいいわね。」
 そう言って魔理沙の了承を得ないまま背中に手をやってポンと一回叩く。されるがままにじっとしていた魔理沙から手を離した妹紅の右手の掌が真っ黒に染まっており、魔理沙は思わずギョッとして背中を確かめようとして必至にもがく。いくら体が軟らかくても背中を直視出来る程首は曲がらない。
 妹紅は魔理沙に触れて体型情報を抽出し、着ているベストから魔理沙を示す印を得るために黒という色を選んだ。そして、先程と同じように台紙にそのまま叩き付ける。
 妹紅の白地に赤の鉤型模様とは違い、真っ黒に初期化された魔理沙カードが出来上がる。
 魔理沙はしゃがんだままテーブルに半分顔を出しながら呪符を恐る恐る触れる。
「取ってみて。」
 魔理沙は言われた通りその呪符をテーブルからはがすように取り上げる。
「裏は白だな・・・。」
「表は使う人の情報、裏に術が書き込まれるのよ。ちょっと貸して。」
 妹紅は説明した後に呪符を受け取りまた束に戻す。
「それから髪の毛一本ちょうだい。」
 手を出す妹紅に魔理沙は後ろ髪を無造作に掴んで妹紅の前に差し出す。妹紅は一本たぐって指に2、3回巻き付けると強く引っ張って髪の毛を抜く。髪の毛は抜ける前に途中から切れ一尺ほど残る。量はそれほど必要ないのでこれで十分である。
 妹紅は抜いた金色の髪の毛の細さを見て日本人の髪の毛とはだいぶ違うなと心の中で思いながらひとまずテーブルにそれを置く。
 次に3枚の和紙を三等分して九枚重なっている呪符の束から一枚めくり裏面の白地を上にしてテーブルに置くと、サインをしたときのように掌をその上に置いて擦りつける動作をする。
 先程と同じように焦げる匂いと音、そして白い煙が立ち、手が通過した後に見たこともない紋様が浮かび上がる。長方形の辺にそって飾り罫のような模様枠と中央に親指ほどの小さな丸い黒点が見える。
 妹紅は先程抜いた髪の毛を適当な長さに短く気ってその1本を指でつまんで垂直に垂らしその黒点に近づける。髪の毛と黒点が触れ合った時、チリチリという音と匂いと煙をあげて髪の毛が呪符に吸い込まれた。魔理沙は固唾を呑んでじっと見守る。
「よしと・・・。」
 出来た呪符を魔理沙に渡す妹紅。魔理沙は何も説明されていないので少しびびっている。
「これは投げて発動させるんだけど、投げる前に呪符の角で指を引っ掻いて。」
 魔理沙は言われた通り、とがっている呪符の角に親指をあてカリと引っ掻く。血は出なかったが痕が少し残って腫れる。皮膚の角質や血液から本人情報と呪符の体型情報と照合させる為のいわゆるセキュリティチェックである。盗まれても他人には使えないようにするための工夫である。
「そのまま気合い入れて投げてみて。」
「・・・てや!」
 魔理沙は素直に気合いの声を上げて適当にベッドの方に投げる。
「うおっ!」
 2メートル程の距離で音もなく呪符が停止すると、人の姿に一瞬で変わる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!私の分身だ!」
 そこに立っている人影はまさしく魔理沙本人である。魔理沙はダッシュでその自分の分身に近づく。
「あ、待って触らないで!」
「ぼんっ!」
 妹紅の制止も空しく魔理沙は自分の分身に触れてしまい、あっという間に分身が音を立てて消える。
「うわああああああああああああああああ!」
 頭を抱えて座り込む魔理沙のオーバーアクションに苦笑しながら、術者本人が触ると分身が解ける様に初期設定してあることを告げる妹紅。
「そういうことはもっと早く言ってくれよ・・・とほほ。」
「しょうがないわね。」
 妹紅はそう言いつつ言い終えた時には既に二枚目が完成していた。
「はい。」
 新しい呪符を渡された魔理沙は、先程の妹紅の説明通りに気合いの声を上げて呪符を投げる。
 現れた分身に触らないようにギリギリまで近づいて値踏みするように唸る魔理沙。
「すげー・・・こんなに近づいて見てるのに全然偽物ってわかんねー。」
「見てくれだけなら完璧に写せるわ。」
 妹紅はそう言って魔理沙の分身に近づきその肩に手を置く。
「そして、この通りちゃんと実体なの。」
「これ、身代わりとか囮とか何にでも使えんじゃん!」
「まあね。」
「くぅうー触りてー!」
「手袋とか布ごしならだいじょうぶよ。」
「おお!」
 魔理沙はさっそくハンカチを取り出して指に巻くと、分身の魔理沙のほっぺにつんつんと突っつく。
「うほー!柔らけー!」
 幻影分身とは違い質感のある実体分身を触りテンションが一気に上がる魔理沙。
「残念だけど服ははずせないわよ。」
「あ、ほんとだ肌とくっついてるな。」
 何を目的に真っ先にそれを試そうと思ったのか分からないが、妹紅が言うより先に襟首に指を突っ込もうとして肌と服に隙間がない事に気づく魔理沙。
「空気と触れている境目で造形されているだけだからね。」
 もっと時間をかけて高度な術に練り上げていけば各種部品を分離するように出来るが、そこまで教える必要はないだろう。それに教えれば作って見せる羽目になるだろうから。
「なるほど・・・で、何か芸はできないの?」
 妹紅はそうくると思って魔理沙に説明しながら自分の分身を既に作成していた。魔理沙が質問の為に振り向くと同時に魔理沙の分身の横に妹紅の分身を並べる。
「そいつを倒せ!」
 妹紅が魔理沙の分身を指さして命令すると、妹紅の分身は魔理沙の分身に殴りかかり、殴り飛ばすと同時に魔理沙の分身が消滅する。
「うわ!ひでー!」
「分身は強い衝撃を受けたり、術者が触ったり、消す呪文を唱えれば消えるわ。」
「命令もできるのか?」
「命令の仕方には2種類あるわ。呪符の状態の時に予め命令を入力しておくのと、分身に直接命令を下すこと。でもその為には呪符の段階で命令を聞いて行動できるように下準備は必要だけど・・・。今作ったような簡単な呪符には「倒せ!」とか簡単な事しか命令できないわ。」
 説明を聞いている魔理沙の様子が何故か次第に暗くなっていくのがわかった。思考が後ろ向きになったことで先程まで収まっていた嫌な気が魔理沙から吹き出し、妹紅の感覚を不快にする。 
「なぁ妹紅・・・何で妹紅はそんな大事な術の事を私なんかに教えるんだ?」
「紙代でしょ?そう魔理沙が言ったんでしょ?」
「うん、でも・・・そこまで詳しく教えてもらえるとは思って無くて・・・つい、バカみたいに何でも聞いちゃった・・・。」
 魔理沙は親切な妹紅の態度が少し怖くなっていた。これまで同業のアリスやパチュリーといった魔法使いに何かを教わろうと思っても、自分の手の内を見せないガードの堅さと、人間を見下す種族魔法使いの性格といった様々な障害が魔理沙を孤独にしていた。
 一緒にお酒を飲んだり騒いだりするだけなら皆仲良くやれた。しかし、職業的な話になると完全に壁が生じるのだ。一緒に研究したり教え合ったり出来れば良いと思っても彼女たちはこう言うのだ。「貴女ごときに教わる魔法は何もない。」と・・・。
 魔理沙は一方的に学習出来ても、アリスやパチュリーなどからしてみれば魔理沙から有益な物は得られないのである。
 その事と妹紅の事を重ね合わせた時、一方的に教わるだけで自分には何も教える事が無いことに改めて気付かされる。妹紅に教われば教わるほどに、自分と妹紅との間に埋められない差を感じ打ちのめされる。
 1000年以上生きている妹紅と20年も生きていない魔理沙を比較するのはそもそもの間違いかもしれないが、魔理沙が1000年生きた時果たして今の妹紅と同じレベルになっているかと問われれば自信がない。


 妹紅もそんな魔理沙の心の動きを感じ取っていた。
 博麗神社の博麗霊夢、香霖堂の森近霖之助、人形使いのアリス・マーガトロイド、そして霧雨魔法店の霧雨魔理沙。この周辺に住んでいる人妖達の間で辛うじて近所付き合いと思しき交流はあるのだろう。
 魔理沙とアリスの関係は敵対的中立という険悪ではないが仲良く話す間柄でもない。共通の目的でもあれば共同戦線をはれるくらいの仲ではあるが・・・。
 そんな彼らは人間としての社会からは既に隔絶されており、基本的に妖怪を基準にした社会ルールに沿って生活が営まれている。
 妖怪を基準にした社会ルールとは、個人主義と実力主義の社会である。共同体による集団的行動理念はない。
 これは魔理沙も霊夢も同様で、会話にも現れているが互いの妥協点を求める思考が一切前に出てこない。勝った方が正しいという発想で、その為、立場を「譲る」という行動は絶対にしない。人間社会から切り離され妖怪中心の幻想郷のルールに沿って生きているのだ。
 妹紅は人間の社会と接点を持ちつつ、幻想郷のルールを無視して竹林に潜んでいた。妹紅が魔理沙に親切に接したのは、魔理沙の秘密を探るという目的もあったが、裏表のない単純な善意があったからである。
 妹紅にとって当たり前な何気ない善意ですら魔理沙にとっては未知の体験だったのである。
 人間であり続ける事を願い妖怪達と離れていた妹紅。その一方で人間から離れ妖怪と共に生きようとする魔理沙。
 魔理沙もそして霊夢も人間の社会に返さなければならない。博麗霊夢がいくら活躍しても人間としてではなく妖怪の仲間としてなら人間はそれを認めず、博麗の信仰は復活しないだろう。
 八雲紫にも考えがあるのだろうが、霊夢に異変の解決者としての肩書きを与える事ではないと妹紅は思う。それよりも先にしなければならないのは人間博麗霊夢であることを幻想郷に知らしめなければならないということだ。
 恐らく慧音はそれをやろうとしているのだろう。


「私は向こうの世界にいた頃、妖術使いの里で拾われ厄介になって、何百年も生きている関係でその里でも指導者的な立場に自然となっていってしまったの。長く生きる分、たくさん学んでそれを誰かに教えていく。私は人に教えるのが好きというかそうする以外に自分に価値は無いと思っていたわ。」
 沈んだ表情の魔理沙だったが、妹紅の話を顔を上げて聞き始めた。
「この家も最初に入った時の酔いそうなこの甘い変な匂い・・・何だかとても懐かしいって思ったの・・・。」
「みんなこの匂いは嫌いって言ってる・・・。」
「まぁ、慣れの問題もあるのでしょうけど・・・匂いもそうだけど、散らかった家の感じとかも含めて・・・ね。」
「・・・。」
「つい昔の事を思い出して、余計な事をしてしまったようね。ごめんなさい・・・。」
「あ、別に、謝らなくていいよ・・・私も教えて貰って嬉しかったし・・・。この辺じゃ誰かに何かを教わるってことは、そいつの下に就くみたいなのがあってさ・・・。」
「安心して、私は妖怪ではないわ。妖怪じみた体を持ってるけどね。」
 妖怪ではない。つまり人間であるという妹紅のメッセージで魔理沙の中で何かがかわった。沈んでいた心が一転するのがすぐにわかる。鳥肌は収まらないが魔理沙から出る精神的圧力が消える。
「なぁ妹紅?変な事聞くけどさ・・・怒らないで聞いて?」
「ん?うん。」
「私ってどっちかって言うなら天才に見える?それとも秀才に見える?」
 突然の魔理沙の問いかけに、何かの謎掛けでもされたのかと一瞬キョトンとする妹紅。
「ほんとはどっちでもないけど、ぱっと見でいいからさ。」
 先程の沈んだ雰囲気とは打って変わって照れくさく笑う魔理沙。
 妹紅はある程度魔理沙の真意を理解し、すぐには答えず部屋を見渡す動作の後で答える。
「今日ここで魔理沙と話すまでは、すぐに何でも出来ちゃう天才タイプと思っていたけど・・・。」
 妹紅は開いた本の積み重なった魔理沙の机の上を見ながら、その周囲のメモ書き、作業台の実験の跡と順に見て魔理沙に向き直る。
「貴女はとても努力家なのね・・・。」
「作業してるとこは誰にも見せた事ないんだけど・・・妹紅は特別だからな?誰にも言うんじゃないぜ?」
「ええ、でも何で影で努力している事は秘密にしたいの?」
「だってカッコ悪いじゃん?」
「そうかしら?人間から見たら尊敬に値することよ?」
「人間ってだけでバカにされる幻想郷で、人間と同じように影でコソコソ努力してたらバカにされるどころかコケにされるよ。」
 バカにされるのとコケにされるのとでどっちが上か下かいまいちわからない妹紅だが、魔理沙的にコケにされるほうが下らしい。
「いいじゃない人間なんだから。それより、そのコケにした人間に敗れる妖怪が哀れでしょうに・・・。」
「まぁ、最近はバカにされたりコケにもされないけどさ・・・でも連中はそれでも人間って事にしてバカにしないと気が済まないんだよな。」
「それにしても、どうして天才に見られたいの?」
 天才に見られたいとは魔理沙の口からは出ていないが、努力する姿がカッコ悪いと決めつけるならば、その逆の天才が理想形なのだろうと判断する妹紅。
「やっぱ、普段何もしてないのにいざとなったらズバっと解決するのがカッコいいぜ!」
 そのフレーズにどこか見覚えのある妹紅。
「それってまるで霊夢ね。」
「うん、まー、ぶっちゃけるとそうなんだよな。くやしいけどそれは認める。」
 魔理沙にとって霊夢はとても大きな存在なのだろう。そしてその霊夢への強い思いが、幽香等が言う「あれだけのこと」を引き起こしてしまう要因となったのである。
 この全容はもうじき解き明かされるが、この時の妹紅はまだそのことを予見できてはいなかった。


 部屋の南側机周辺の絨毯の上に移動した魔理沙と妹紅。
 妹紅は細かく調べられた茸(きのこ)関係の資料の山に驚きの表情を見せる。
「これは妹紅だけにみせるんだからな?誰にもいうんじゃないぜ?」
「分かってるわ。それにしても凄い資料ね。」
「魔法の森には『魔法茸』(まほうだけ)って私が呼んでる特別な茸があるんだ。強い魔法の属性を持ってて、生えてる場所や時期によって属性がマチマチで、ある程度の法則性があるんだけど、完全にまだわかっていないんだ。」
「属性っていうのは、陰陽?」
「それもあるけど、元素の方。」
「へー・・・。」
 火、水、風、地の世界を構成する基本元素は、全ての万物に宿りその物に様々な傾向を与えている。基本的に同じ種類の物なら同じ属性である。
「この魔法茸の特徴は見た目は同じでも場所時期によって属性が大きく片寄ってしかも1株あたり必ず1つの属性になっているんだ。」
「ありえないわね。」
「だろ?ありえないのにありえてしまうのがこの魔法茸さ。」
「どうやってみわけているの?」
「1こづつ叩いたり、切ったり、加熱したり、冷やしたり、煮込んだり、薬に付けたり、酒に漬けたり。あとは喰ってみたり。」
「1こ1こ調べてるの?」
「だって、1こづつみんな違うんだぜ?水属性の茸の隣に火属性がはえてたりするんだ。しかも、水属性の群生地にぽっと1つだけ火とか。どんないやがらせかよ!って感じだぜ。」
「で、その茸で何をしているの?」
 根本的でありながらとても重要な問題である。
「スペカって自分が使えるもの以外は使えないのはしってるよな?想像だけじゃだめ。自分で使えて初めてスペカとして使用出来る。」
「うん。」
「私はマスパとかは使えるけど細かい魔法とかはあんまり知らないんだ。だから弾幕のバリエーションを増やすためには実際にそれらを使える様に身につけなければならない。」
 マスパとはマスタースパークという高火力超極太レーザーを放つ魔法で、霧雨魔理沙の代表的な魔法の一つで、魔理沙=マスパともいえるものである。
「それで茸なの?」
「強い属性を持っている魔法茸は何かをやると何らかの反応がある。その反応には私の能力じゃ生み出せない様々な形を提供してくれるんだ。金平糖みたいな星くず弾幕とかもこれから抽出してるんだぜ?」
 魔理沙はそう言って妹紅の来訪で中断していた作業の続きをして見せる。
 乾燥させてから粉末にした魔法茸が入っている乳鉢を取り出し、実験用の小さな匙で少量すくい取ると正方形の薄い紙の上にそっと落とす。
 紙を折り畳んで小さくし、それを机の端にある透明の液体が入ったビーカーにそっと落とす。
 液体が紙に浸透し中の微粉状の魔法茸に影響を与える。シュワシュワと音を立てて泡を出しビーカーから無数のシャボン玉が飛び出す。妹紅は思わず声を上げて驚いたが魔理沙は顔をしかめる。
「ダメだな・・・。」
「何がだめなの?」
「この効果は前にも見ているし、丸い無色の泡なんて何にもつかえない。」
 確かに水に反応して特殊な効果が出たことは驚く事だが、エフェクトとしては微妙である。
 魔理沙はすぐに先程と同じように包みを作る。
「えーと、マッチどこだっけ・・・。」
 火を探していると思われる魔理沙に妹紅は指を差し出す。
「ん?おお!すげー!」
 指先から小さな炎を出した妹紅に、先程見せた分身の時よりも驚く魔理沙。大げさに見せているのではなく心底感動している様子である。
「魔理沙には出せない?」
「でかいのなら出来るけど、小さくて弱い火は無理だよ。しかし、すげーな、こんなに安定してる・・・。」
 妹紅は少し鼻が高かった。こういった小さな火は生活の中でよく使い、慧音なども火が欲しい時に咄嗟に妹紅をマッチ代わりに使う。皆小さい火など簡単に出来ると考えているのだ。
 しかし、魔理沙が言う様に小さい火は実際はかなり難しい。この難しさを理解できる魔理沙に同業意識が湧く妹紅。
「どうぞ。」
 しばらくその火に見とれていた魔理沙だがすぐに我に返って、ピンセットにつまんだ紙の包みを妹紅の火に重なる。
 最初は包み紙だけが燃えてやがて中の粉末を焼き始める。パチパチと音を立てて始め、次の瞬間一気に炎が加速する。赤い炎を上げて激しく燃焼するのを見て魔理沙はそれを上下左右に小刻みに振る。焼け残った包みの燃えかすから開放された魔法茸の粉末が飛び散り不思議な赤い光跡を生む。炎の小さな塊が真っ直ぐ重力に従って落ちるかと思われたが、燃焼して軽くなった炎の塊が今度は重力に逆らうように天井方向へ昇りはじめる。
 上下運動する赤い光跡を天井に到達する前に魔理沙が掴み取るように手を重ねる。それと同時に炎は魔理沙の手に吸い込まれる様にして一瞬で消えて無くなった。
「へー。」
 妹紅は思わず感心する。こうやって特殊なエフェクトを体に覚えさせて自分のものにしているのだ。
「へへ!新エフェクトゲットだぜ!いやーかなりレアなのが出たよ!!Vターン弾幕!」
 落ちた後にV字にターンして戻る光跡のエフェクトにそう名付ける魔理沙は、暖炉の方向に手をかざしてさっそく先程のエフェクトを試す。
「おわああ!」
 出したエフェクトが手から離れてすぐに自分に向かってターンしてきたので慌てる魔理沙。
「遅効性にすればいいんじゃない?」
「うん、私も今そう思った。そうすれば避けた相手の後ろを取れるしな。うひひ。自分の後ろに放って他の弾幕と合わせた時間差攻撃にも使えるな・・・。」
「そうやってエフェクトを身に付けて弾幕に反映させているのね。」
「こんなレアなエフェクトはかなり稀なんだぜ?何百回何千回やってやっと「おお?」って思う様なのが出るんだ。レアなやつになるとそれこそ万単位かもしれないぜ!」
 回数の数値は少し大げさだとは思うが、途方もない回数の単純作業の繰り返しが必要なことは理解できる。
「自分で小さな力を制御出来ればいいんだけど、デカイのは得意なのに細かい小さい力は難しいんだよな・・・。」
 机の上に瓶詰めの粉末、液体、そのまま乾燥した茸など様々な状態のサンプルが保管され並べられている。試験管なども乱雑に並んでいるが、どれにもラベルが貼られ恐らく魔理沙にだけ分かる暗号で何かが表記されているのだろう。
 妹紅は一時期永遠亭で過ごしていた事があったので、それら実験器具はレイセンが何かの調合中によく爆発させていたのでよく覚えている。何度も同じミスをしているレイセンは恐らくこうした実験の類が合わない性格なのだろう。魔理沙が永遠亭の実験室を見たら喜ぶかも知れない。
 それにしても、非常に効率が悪い方法である。見た目でどんな属性かを判断できない以上総当たりになるのはしかたがないが、事前に属性を見分けられたら少しは作業がはかどるかも知れない・・・。
「あ・・・。」
 妹紅はそこで何かを思いだした。
「アレがあれば・・・。」
「ん?」
「いや、なんでも・・・。(アレってどこにしまったっけ・・・あの呪符と一緒に消えちゃったかな・・・。)」
 属性を見分ける事が出来る特殊な目を持って生まれた妖術使いがこの特殊性を自分一代で失うにはもったいないと、生きている間に両目をくり抜いて他人にも使えるよう細工した属性眼鏡を妹紅は岩老郷解体の際に受け継いでいた。
 この目は主に薬剤の作成に重宝したが、妹紅はあまり薬剤関係に明るくなく、ほとんど使った事が無かった。
 この貴重な品はこの目の持ち主の一族間で継承権争いが発生し中立である妹紅が管理し必要な時に貸す出すという形で保管していた結果、岩老郷解体時にそのまま妹紅が引き継いでしまったのである。
 こうした非常に貴重な妖具を妹紅はいくつか保存の意味で一族から家宝を託されて、不滅の妹紅は貯蔵庫にもなっていたのである。
 貴重な品々のほとんどは竹林の隠れ家に保存しており地上の兎の長である因幡てゐに管理を任せている。
 因幡てゐは永遠亭に従属しているが基本的に地上の民の味方で妹紅に対しても非常に友好的であり、表向き妹紅と敵対しているが実は裏で永遠亭との和解の為に何かと心を砕いている。
 妹紅の隠れ家は強力な結界で守られ何者かが侵入すればすぐに兎達の情報網を通じて妹紅に伝達される。永遠亭では妹紅の隠れ家を襲うと報復に妖怪を引き連れて永遠亭に攻め込まれる可能性があるので互いの陣地では戦闘しない事を不死人狩りの終息後に取り決めている。
 その約束が締結される以前に慧音に預かってもらっていたそれらお宝の数々をその後に隠れ家に移動させて今はてゐに管理してもらっているのだ。
 妹紅は八雲紫の件が終わったらこれを魔理沙に貸し出そうと考えていた。

東方不死死 第21章 「人間の魔法使い」


 人間の里を東に出てそのまま少し歩くと北に向かう道との三叉路になる。この道を北上して魔法の森へ向かう途中に香霖堂という古道具屋がある。
 その香霖堂前に2つの人影あった。藤原妹紅と風見幽香である。
 妹紅の求めに応じ幽香が案内した先のマルキ、霧雨道具店から紹介されたお店である。
「さ、行きましょう。」
「あ、うん。」
 幽香に促され、木々を分け入るように香霖堂に近づく妹紅。
「しかし、なんでこんなわかりずらい場所に・・・。」
 真っ当なお店なら客が来易い様に目立つ場所や目立つ看板を置くものだが、このお店は人の寄り付かない里の結界の外にあり、しかも看板もなく、更に意識的に人目につかないような場所に建っている。このことから真っ先に想像できるのは、「まっとうな商売」をしていないということであった。
 しかし、先程マルキの番頭や幽香の話から、店の主はそのような妖しげな商売をする人物には思えない。
「どうしたの?」
 立ち止まって看板を眺めていた妹紅に香霖堂のドアを既に半分開けている幽香が振り向いて訝しげに尋ねる。
「いや、なんでも・・・。」
 考えてもしかたがないと、呪符に必要な和紙が調達できることを祈りながら幽香の後に続いて香霖堂の玄関に入る。
 明るい外から急に薄暗い屋内に入った事で目が暗闇に慣れず店内がとても暗く感じる。
「店主いる?」
「ああ、いらっしゃい、幽香さん。」
 奥のほうから香霖堂の店主と思われる若い男性の声が聞こえる。
 幽香に続いて香霖堂に入った妹紅は、建物周辺が木々に取り囲まれている理由が理解できた。
 店内は陳列棚に光が効果的に差し込むように天窓や小さな採光窓に細工がされており、部分的に目立たせると同時に薄暗い部屋をより暗く強調させている。
 雨戸で完全に暗くすると歩けない程になるので、窓を開けていても店内全体が薄暗くなるように建物の周囲を木々で囲っていたのだ。
 明るい外から店内に入ると薄暗い場所はほとんど見えない工夫がなされている。その為、店主の声は聞こえど、姿が影の中にあって最初は見えない。妹紅は思わず「なるほど」と心の中で唸った。不審者が来ても店主の姿は見ることはできず、先に動けるのは店主の方である。
 会計所は入り口正面奥にあり、会計台とその上に奇妙な四角い機械が置いてあるのは差し込んだ光で照らし出されているのでわかる。
 声はその会計台の置くから聞こえ、店主らしき人物が立ち上がると暗闇の中からすっと大柄の男性の上半身がが現れた。
「ああ、藤原さんもいらしゃい。初めてですよね、ここは。」
「!」
 マルキの番頭と同じように香霖堂の店主も何故かこちらを知っている口ぶりであるが、妹紅は初めて見た顔である。
「あら、知り合いだったの?」
 幽香が意外そうに妹紅に振り向くが、妹紅が否定をする前に店主の方から謝罪があった。
「あ、すみません。僕が一方的に知っているだけで、藤原さんは僕の事は恐らく知りませんね。」
 あははと笑いながら頭を掻く一人称が「僕」の店主。霖之助は入店してきた幽香と妹紅の組み合わせを意外に思ったがそれは顔に出さない。
「はじめまして、香霖堂の店主をしてます森近霖之助と申します。以後ご贔屓にどうぞ。」
 頭を掻きながらペコペコと腰低く挨拶をする森近霖之助。
「あ、はじめまして、藤原妹紅です。」
 霖之助と同じようにペコペコと恐縮し頭を掻きながら挨拶をする妹紅。そして、人間と妖怪で対応が全く違う妹紅と霖之助の態度が気に入らない幽香。
 挨拶を終えた霖之助は会計台の奥から出て妹紅の前に来ると名刺を差し出す。受け取った妹紅は改めて森近霖之助の全体像を見る。
 爽やかな好青年的な声とは裏腹に背丈は6尺(180cm)以上、骨太の頑丈な体型をしており見た目は力仕事をしていそうな感じで、とても古道具屋の店主にはみえない。
 妹紅はもっと小柄で痩せた人だと勝手に思い込んでいたので少し驚いた表情をしてしまう。
 その表情に気づいた霖之助は、妹紅が何も言っていないにも関わらず初対面の人は自分を見てとても驚くのだと笑いながら席に戻った。霖之助が席に戻った時にはすっかり店内の暗さに目がなれ、ほとんどのものが識別できるようになっていた。
 人間と妖怪の混血という話だが、身体的には妖怪の父親の血を強く引き継いだのだろう。温和な雰囲気、性格は母親ゆずりと言うことだろうか?
 霖之助の父と母は異種族でありながら正式な結婚という手続きを経て戸籍にも登録して夫婦になったもので、外の世界では考えられない事である。人間の女性が鬼や妖怪の子を孕むのは決して珍しい事ではなかったが、それは愛し合った結果ではなく乱暴の果ての副産物のようなものである。
 父親は定職には就かず力仕事の日雇いが主で母親はマルキに勤めていた。母親が歳を取り寝たきりになると家事の出来ない両親の代わりに霖之助が家の仕事をしたが母親が老衰で死ぬと父親は酒浸りになってしまった。
 当時のマルキの主人が家の事情に同情して霖之助をマルキで雇い暮らしは安定したが、父親が酒代の莫大なツケを残して家を出てしまい、その後借金返済の為に死に物狂いでマルキに奉公する。その時の働きが評価され、今の森近霖之助があるのは皮肉なものである。
 母親は病気などではなく天寿を全うしたそうで、母親にとっては幸福な人生だったかもしれない。しかし、姿が変わらない一人息子の霖之助と夫を残して先に逝かなければならない彼女は本当に幸福といえるのか本人にしかわからないだろう。
 人妖の交配は人間同士のそれと違い、バランス良く特徴を引き継ぐ事は少なく、特に外見は両親どちらかに大きく偏る傾向がある。そして混血はほとんどが父親が男性で母親が女性である。
 母親が妖怪の場合、母体が強すぎて子供が生まれない。子供を産める年齢というのは妖怪も人間も若い時に限られており、軽く100年以上生きる妖怪でも出産適齢期は人間とあまりかわらないのである。


「さっきマルキに顔を出してきたのよ。」
「ああ、そうですか・・・あ、でも、確か今日は商談ですよね?」
「あなたは何故行かないの?」
「目録を書くのが僕の仕事ですし、それに欲しいものは先に頂けますからね。役得というやつです。」
 香霖堂の店舗収入は赤字といっていいが、目録の編集という副業は良い金になり実質香霖堂を支えているのはこの副収入である。ちなみに香霖堂の少ない収入に風見幽香が大きく貢献しているので、霖之助としてはいろいろな意味で幽香に頭が上がらない。
「妹紅、用件あるんじゃないの?」
 陳列されている珍しい品々に気をとられている妹紅をたしなめる幽香。
 霖之助と幽香の会話の声に反応してうねうねと動く花をモチーフにした像に気をとられていた妹紅は、はっとなって用事を思い出す。
「ああ、そうだ。神社の護符とかにも使える和紙が欲しいんだけど・・・。」
「マルキに行って来たという事はそっちには在庫無しってことですよね?」
「ええ・・・。」
「・・・うーん。」
 それを聞いて霖之助の表情が曇る。
「まさか、無いって事はないわよね?」
 幽香は妹紅をマルキに案内し、さらに香霖堂にも案内した手前、ここでも在庫切れでは紹介者としての立場がないので凄んで見せる。凄んだところで無いものは無いのだが・・・。
「ちょっと待ってください、幽香さん!」
 詰め寄る幽香に両手を振ってあたふたする霖之助。幽香の凄みは本物だが霖之助のほうは余裕がある感じだ。こういうことは今回だけじゃなく、何度も経験しているのだろう。本当に困った客だ。
「朝方、魔理沙が来て在庫丸ごと持っていってしまったんですよ。」
「何で魔理沙が?」
「霊夢さんに転売するためじゃないですか?」
「なんてセコイことを・・・って、魔理沙はちゃんとお金払ったの?」
「まさか!」
 ケラケラと笑いながら答える霖之助。
 その様子にキレた幽香はとうとう霖之助の胸座を掴んで会計台越しに席から上半身を引きずり出し恐ろしい顔を近づけて脅しをかける。
「そうやって甘やかすから、調子にのるんでしょーが!」
「いや、別に甘やかしてるわけじゃないですよ。色んな珍しいものをこっちも格安で引き取ってますし。」
 幽香は手を離し、霖之助冷や汗を拭きながら着物を整える。
「ったっく!魔理沙め・・・人のもの勝手に持っていくし、魔法の実験を花畑でやるし・・・。」
 話を聞く限り魔理沙はかなりやんちゃをしているようで意外だと思う妹紅。魔理沙を良く知るものならそっちが普通なのだろうが、妹紅が知る魔理沙は、純粋にスペルカード戦を楽しむ子供っぽいが普通の魔法使いである。
「ほんと、幽香さんは魔理沙が心配でしかたがないんですねー。」
「だーれーが心配だって?」
 黒いオーラをまとった幽香が霖之助の首を両手で締め上げる。
 悶絶した霖之助は言葉が出せず必死に幽香の締めている腕を軽く叩き続けて降参を示す合図を送る。
 妹紅は顔見知り同士のいつもの事?のように最初それを笑いながら見ていたが、霖之助の顔が酸欠で紫色に変色していく様子を見て慌てて幽香を止める。
「ちょっと!殺す気?」
「ふん!」
「た、助かったぁ~・・・ふはー。」
「この位で死ぬような男ではないわよ。」
「いや、死にますって!」
「実際心配してるんだから、照れる事ないじゃない?」
 妹紅は幽香がムキになった理由が「魔理沙を心配している」というキーワードだと分かった。口では魔理沙の事を悪く言っているが、それは心配している事の裏返しであるのは妹紅も霖之助も分かっていた。
 ただ、幽香としてはそういうところを他人に知られたくないという思いがある。そして、霖之助は既にそれは分かっていたにもかかわらず、口を滑らせてしまったのだ。
 他人に知られたくない感情が、既に知られていたという恥ずかしさが照れ隠しの行動となって霖之助に災難をもたらしたわけであるが、口は災いの元とはよく言ったものである。
 幽香は感情の起伏が激しく、それが半端ではないので里の人間は怒らせれば殺されかねないという恐怖心を持ってしまっている。その為、幽香が里に頻繁に現れて知り合いもそれなりに多いにも関わらず、里全体で見たときに住人との間に精神的な溝が生じるのである。
 その一方で人間に精神的な安心感を与える上白沢慧音という存在があるので、幽香はなおさら里に近いのに遠い存在となっているのだ。
「な!」
 妹紅にまで言われて幽香は頭が瞬間沸騰し一気に沸点を突き抜けた。一度キレたらこの後、妖怪は急に冷静になる。
 大きく息を吐いた幽香は肩をすくめ、そばにおいてある椅子に腰掛ける。
「サーヤに頼まれたのよ。死ぬ間際に魔理沙達を頼むってね。あんな事を言われたら気に掛けないわけにはいかないでしょ?」
「それは霖之助さんも同じでしょ?」
「・・・。」
「まー、魔理沙が普通に成長していれば、こんな心配はしなくていいんですけどね・・・あんなことがあったから尚更心配なんですよ・・・。」
 霖之助がそう応じた時、後半の言葉に幽香は反応して霖之助を睨みつける。霖之助もしゃべり過ぎた事に気づいて慌てて態度を改める。
「あんなこと?」
「あ、いや、魔理沙は無茶してよく怪我とか病気が多くて・・・あはは。」
 香霖堂に来る途中、幽香が魔理沙について尋ねてきた。その時「あれだけのこと」と口にした。それと同じ様な事を香霖堂の店主も口にした。
 明らかに魔理沙には何か重大な過去があり、それは魔理沙の知り合いの間ではそれなりに有名な事のようだ。魔理沙の勘当の件も含め何か重大な事件が過去にあったことを確信する妹紅。しかし、今はそれに関わる時間も理由もなかった。
 正式に解決を頼まれるのならまだしも、妹紅と魔理沙はただの顔見知りである。
 この時の妹紅は魔理沙から特別な感情を抱かれている事を知らなかった。


「藤原さん、魔理沙の店に行ってみてはどうです?紹介状書きますよ。」
「店?」
 重苦しい雰囲気の中、香霖堂の店主は話を本題に戻す。そこでまた意外な言葉を聞いた。
「魔理沙も一応お店を開いてるのよ。名前だけだけどね。」
 霖之助の替わりに幽香が答える。
「霧雨魔法店って言うんですよ。僕の店共々よろしくお願いしますね。」
「へぇー。」
 マルキでは魔法に関する道具は一切取り扱っていない。それらは替わりに香霖堂で取り扱っている。
 マルキで魔法の道具の取り扱いをやめたのは、母親の血を強く受け継いだ魔理沙の恐ろしい潜在能力に父親が気づいたからで、サーヤの遺品や商品としておかれている魔法の道具が、幼い魔理沙の手によって重大な事故に繋がる可能性を考慮したからである。
 親の思い子知らずとは正にこれで、そんな父親の思いも知らず魔理沙は自分への当て付けで魔法の道具を撤去したと思っている。その反動が自分の家を魔法店と命名した理由の一つになっているのだろう。


 香霖堂の店主はなにやら紙に書いてそれを封筒に入れ、その封筒にも何かを書いて妹紅に渡した。封筒の表には紹介状と。裏には森近霖之助と書かれている。
「ありがとう・・・。」
 妹紅は礼を言って受け取るが、その表情に困惑の色が伺えたので幽香が尋ねた。
「どうしたの?」
「・・・魔理沙の家どこ?」
 当然の疑問である。
「ああ、えーと・・・どこだっけ?」
 幽香は魔理沙の家に行ったことはあるが、具体的に場所を聞かれると正確な位置は答えられない。空から空き地が見えてそこに家があった・・・としか覚えていない。
「藤原さんは空は飛べますよね?」
 霖之助の問いに頷く妹紅。
「なら、店を出たらそのまま空に飛んで、博麗神社に向かって飛んでください。下を見て飛んでいれば少し開けた場所があって上からなら家が見えますよ。あ、魔理沙が家に居るときはたいてい炊煙のような煙が立ってるからすぐ分かると思います。」
「魔理沙家にいるの?ほとんど家にいないんじゃない?」
「さっき来たとき何かやばい事が起きそうだから準備をするとか何とか言ってましたからね。恐らく家にいるでしょう。」
 幽香と妹紅はまた見詰め合う。今日2度目である。皆昨日の博麗神社の大きな力の発生を感じとっているのだ。
「?」
 霖之助は幽香と妹紅の様子にキョトンとする。
「実は私もなんとなく嫌な予感がしてて、いろいろ準備をしようと思って・・・。」
「なるほど、藤原さんは呪符とか使うんですねー。やっぱ、向こうから来た新しい紙じゃだめなんです?」
「試したことあるんだけど、全然術が練りこめないの。」
「ほほー。練りこむという表現なんですねー。確かにあの紙は密度が高すぎますよね。水も通らないし。」
 他業種でも専門用語を聞くと何故か目が輝く霖之助。
「何か他に入用なものはあります?探している物とかあれば調達できますけど?」
 商売っ気のない霖之助だが妹紅がその筋のプロらしい雰囲気を感じ取り眠っていた商売人の血が騒ぐ。霖之助は商品をただ並べてそれを買ってもらうのではなく、必要な人に必要な物を見つけ出し喜んでもらう事に意義を感じている。そしてそれにふさわしい能力を持っていると自負している霖之助である。
「今はとりあえず和紙が欲しいだけ・・・でも、また今度来て、ゆっくり見させてもらいます。」
「今後もご贔屓にお願いします。」
 妹紅の丁寧な言葉に思わず破顔してしまう霖之助。久々に人間相手に商売した感じがして嬉しいのである。ひたすら腰を低くして妹紅の次の来店に期待する。そして、その態度で幽香の機嫌が当然悪くなる。
「妹紅、私はしばらくここで店主と遊んでから帰るわ。」
 霖之助の引きつった顔をニヤリと見ながらひとまず妹紅に別れの挨拶をする幽香。
「帰るってどこへ?」
「自分の家に決まってるでしょ。怪我も治ったことだし・・・久しぶりに誰か苛めてやろうかしら。」
 本当に嬉しそうな顔をする幽香。
「その事なんだけど・・・もうしばらく家にいない?」
 意外な妹紅の申し出に幽香は思わず動きが止まってしまった。願ってもない申し出なのだがその真意が図りかねる。
「・・・さっきは、さっさと帰れって言ってたけど・・・。」
 真顔になった幽香が妹紅の言動の矛盾を指摘する。
「・・・さっきは悪かったわ・・・冷静に考えてみたら、状況をひとまずそのままにしておいたほうがいいと思うの・・・わかるでしょ?」
「・・・なるほど。大怪我しているはずの私が急に元気に動き回ってたらどっかの誰かさんがいろいろ勘ぐりそうね・・・分かったわ。あなたの家にもうしばらくやっかいになるわ。」
 幽香にしてみれば、妹紅のそばを離れたくなかったのでこの申し出は大歓迎であった。
「・・・えーと。」
 途中から話が見えなくなった霖之助は完全に蚊帳の外になっていた。


 妹紅が外に出るまで無言で固まっていた霖之助に、見送った幽香が向き直る。
「何か言いたそうな顔ね。」
 先程の意味深な2人の会話を聞いていた霖之助に妖しく微笑みながら意地悪く質問する幽香。
「いえ、あーその、なんていうか、藤原さんとそういう関係だったんですね、なんて、ははは・・・。」
 聞きたいことが山程ある霖之助だったが、確信に迫りたい衝動を抑えてあえてふざけてみせる。この件は首を突っ込み過ぎると命が危ないかもしれない。
「ふふ、店主は賢くていいわ。いい?この事は誰にも言っちゃだめよ?」
「ええ、それはもう!」
 幽香の微笑みを受けた霖之助は、背筋に冷たいものが走り生きた心地がしなかった。
「ま、それは冗談として・・・サリマン。」
 脅しが効いたと見て幽香は気を抜き話題を変える。そのサリマンの言葉に霖之助の顔も真顔になる。
「あの娘、あの絵を見ただけで本名を見破ったわ。」
「それは本当ですか?」
 サリマンはサーヤの本名であり、余程近しい存在にしか知らされていない大切な名前である。夫婦共々恩人と敬っている霖之助はサーヤの名も知っていた。ちなみに戸籍上は霧様沙理亜で、サーヤは愛称である。
 幽香はこの言葉を妹紅から聞いた時、とぼけて知らないふりをしていたが内心おだやかではなかった。
「藤原妹紅はただ不死身なだけの人間ではないわ。妖事(あやかしごと)に関して正規の訓練を受けたプロよ。弾幕はともかく実力は霊夢や魔理沙の比ではないわ。私も殺されかけたのよ・・・。」
「うそでしょ?」
 最強の妖怪のショッキングな発言に最初は冗談交じり驚いたフリをした霖之助だが、表情を変えない幽香の態度に嘘は無いと見て押し黙る。そして妹紅が消えた玄関のドアに鋭い視線を向ける。
「博麗の神主や巫女、魅魔が幻想郷にいない今となっては、正しい選択を出来る唯一の存在かもしれない。妹紅は博麗とは関係ないにしても、日本の国の古来の習慣や風習に精通している。今の幻想郷、特に里にとって必要な知識は今あの娘がもっているでしょうから紫にとってもいい勉強になるでしょうね。」
 霊夢も巫女であるが、巫女として機能していない霊夢は数に含まれていない。
「紫さんは幻想郷にかなりのブランクがありますからね・・・。」
 八雲紫は博麗大結界で力を使い果たし100年程休眠していた。肉体の再生までの間地上の人間に転生していたのである。魅魔と入れ替えのように最近になって戻ってきた紫は博麗の衰退に驚愕し、博麗神社の復権、復興の為に唯一残った博麗霊夢に肩入れしてるのである。
「出来る限り協力してあげて。」
「それはもう・・・ところで、幽香さんは魔理沙の件は藤原さんを頼るつもりなんですか?」
 霖之助は幽香の態度を見て全幅の信頼を妹紅に寄せているように見えた。目聡い霖之助の言葉に幽香は一瞬考えた後答える。
「あなたには言っておくけど、もうじき幻想郷にはある異変が起きるわ。魔理沙の件はその後よ。」
「・・・わかりました。」
 2人はしばらく玄関を無言で眺めていた。


 香霖堂を出た妹紅は店内で自分を話題にしている事も知らず、森近霖之助に言われた通り空に上昇すると体を回転して博麗神社を探す。
 入り口が西に向いている香霖堂から出てそのまま空に上昇したので、北周りで約160度回って東を向く。そして遠くに博麗神社の大鳥居を見つける。
「このまままっすぐいけば・・・。」
 妹紅はそう言い掛けて森の中から立ち上る煙の細い筋を発見した。
「あっ、あれか。」
 妹紅は目印の煙に向かって炎の翼を羽ばたかせた。
 香霖堂から博麗神社までの距離を1とするなら、霧雨魔法店までの距離はその3分の1程度だろう。思っていたより近い。
 魔法の森から立ち昇る一筋の煙はほぼ無風状態であることを示しているが、妹紅は周囲に空気の流れを感じ無風ではないことを確認する。
「やっぱり、あの森変よね・・・。」
 妖怪さえも住まない森である。普通であるはずがない。
 妹紅はゆっくりと羽ばたきながら、やがて霧雨魔法店上空に差し掛かる。
 霖之助が言う様に上から見ると木々で地面が全く見えない魔法の森の中に小さく開けた場所が見て取れ、そこに煙突から煙を上げる建物を見ることができた。
 妹紅はそのまま羽ばたきを止めて自由落下する。そして地面に着地する寸前に1度大きく羽ばたいて落下速度を落としそのまま音も無く地面に右足から着地する。
「ここか・・・。」
 魔理沙の家、霧雨魔法店は明らかに日本の建物ではなかった。
 壁が全てレンガを積み重ねた堅い壁で数百年の歴史を感じる。しかし、屋根は板張りの上に薄く茅かなにかで葺かれており、後から屋根を葺き替えた形跡がある。
 恐らくこの家は幻想郷入りした当時はレンガ部分だけが残った廃屋で、神社への参拝途中の目印兼休憩小屋にするために住める様に修復したと思われる。窓や玄関なども後から作られたのだろう。
 古いが手入れされた良い家であるのは間違いないのだが気になる点がある。家の周囲にいろいろなものが無造作に置かれているのである。
 数字や文字が書かれた金属の丸や三角形の看板とそれについている同じく金属の丸い棒、陶器の置物、割れた大瓶、そして、家の裏手には堆く様々な物が積み重なっていた。意味があって置かれているかはわからないが、妹紅からはガラクタにしか見えない。はっきりいって景観はよろしくない。
 香霖堂の周囲にも様々な物が置かれていたが、どれも売り物らしくそれなりに綺麗に並べられていたが、霧雨魔法店にはそういった売り物らしき取り扱いがなされていない感じがする。
 魔理沙に蒐集癖がある事を知っていれば納得の光景だが魔理沙の性質を知らない妹紅にしてみれば魔法使いというイメージが先行していたので妖しげではあるが不要な物を置かない家かと思っていただけに少し意外だった。
「・・・。」
 一通り家の概観を眺めて建物の中に意識を集中する。一人、いや二人?中に誰かがいるのはすぐに分かった。
 妹紅はこの時、何かに見張られているような気配を感じ、玄関の隣にある大きな窓を見る。
「いた・・・。」
 窓の近くで何かしきりに動いている影を発見し、それが霧雨魔理沙だと確認できた。しかし、こちらに気づいている様子は全く無い。見張られている気配は魔理沙からではないとしたら誰だろうか?
 妹紅はなにやらヘソのあたりがむずむずしてきた。妖術使いとしてならしていた時代、危険は自然と感じる事が出来るようになっていた。その時身体的に自覚できる症状がこのヘソのむずむずである。
 妹紅は意味がわからなかった。何か悪い気を感じているわけではないのに体がしきりに「気をつけろ」と訴えている。妹紅は自分の体の中に蓬莱の薬や不死鳥やら別の存在が複数同居していることは分かっている。しかし、その存在を自覚することは出来ない。その体の中の誰かが何かを感じているのだろうか?
 妹紅はしばらく考えながら家の前で立ち尽くしていた。


 どのくらい時間が経ったのかわからないが、家の中の魔理沙が外で立ち尽くす妹紅の存在に気づいて目が合った。そしてそのまま魔理沙が玄関に移動してきた。壁の奥の事なので目では見えないがだいたい感覚でわかる。
 玄関の開き戸がほんの少しだけ開き、魔理沙が顔を少しだけ見せる。
「誰だ?」
 警戒心の込められた声が掛けられる。
「えーと・・・。」
 妹紅はその呼びかけに応じ返答をしようとした瞬間だった。
「あ!ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 突然大声を上げた魔理沙が玄関を乱暴に開けて外に飛び出し、妹紅の前2メートルまで近づき右手の人差し指で指しながら、落ち着き無い動作でわーわーと騒ぎ出す。
 妹紅は呆気にとられてリアクションがとれず固まる。
「あ!」
 その自分のおかしな様に気づいたのか急に冷静になった魔理沙は逃げるように家に飛び込むと玄関の戸をバタンと閉める。
「あの・・・。」
 妹紅は予想外の魔理沙の行動にどうしていいかわからず、何かを言いかけてその後に言葉が続かない。
 それから30秒程して玄関の戸が少し開き、先程と同じように魔理沙がこちらの様子を伺う。
「あ、あのー・・・。」
 妹紅はもう一度声をかける。
「ふ、藤原の・・・妹紅・・・さん?」
 何故かさん付け呼ばれる妹紅。敵としてしか対面したことがない妹紅としても、こうして面と向かうとどう呼べばいいか戸惑う。「魔理沙」と馴れ馴れしく言えばいいのか、それとも「霧雨さん」とでもいえばいいのか。それとも何か通り名で呼ぶのがいいのだろうか?
「ええ・・・久しぶり・・・ね。霧雨魔理沙。」
 右手を上げて作り笑顔で友好の態度を示す妹紅。
 妹紅の「久しぶり」という言葉に反応して魔理沙がまた飛び出してきた。今度は満面の笑みで。
「あ、私の事覚えてくれてたんだ!」
「ええ、もちろんよ。」
 忘れたくても忘れられないタイプの魔理沙。
「な、中に入って!」
 妹紅は腕を引っ張られ無理やり家の中に案内される。途中で止まって魔理沙がなにやら思案していたが「ま、いっか」とまた腕を引く。恐らく家の中が散らかっていて客を招き入れるのに一瞬戸惑ったのだろう。
 しかし、この魔理沙の友好的な態度はどういうことだろうか?
 妹紅は魔理沙に好感を持っているが、魔理沙が妹紅に好感を持っているかどうかは分からない。ただ、何度も弾幕勝負を挑んできたのは、憎くてそうしているというわけではなく純粋に弾幕勝負がやりたくてそうしていたのだと理解している。向こうも悪い印象を持っていないと確信はしているが、それがそのまま友好に繋がるわけでもないだろう。
 妹紅は必死に魔理沙の事を考えていたが、その時、魔理沙に掴まれた腕に鳥肌が立っている事に気づいた。
「(何故?)」
 先程から体だけが何故か反応している。魔法使いは陰陽で区別するなら陰の力である。妹紅は妖力を持っており妖力は陽の力である。つまり属性の違いによる反発が無意識に起こっているのだろうか?
 ただ、不思議なのは体は反応しているのに、感覚的に魔理沙に何も危険を感じないのだ。普通は体より第6感のようなものが先に働くのだが・・・。


 強引に家に招き入れられた妹紅は靴を脱ごうとして入り口で立ち止まるが、魔理沙はそのまま土足で入っていく。
「あ、そのままでいいよ。」
 そう言う魔理沙自信は途中絨毯のところで靴を脱いでいる。
 白いタートルネックのパフスリーブブラウスの上に大きな丸いボタンがついた黒いベスト。下は黒いスカートで裾に白いフリルがはみ出るように見えている。下にもう1枚履いているのだろうか?
 黒いスカートの上に白のエプロン。白と黒のコントラストが特徴的な衣装を身にまとっている。
 一見地味に見えるが、ボリュームのある美しい金髪を引き立たせている。
 髪の毛と同じ金色の大きな瞳。そしていつも笑顔な明るい性格。
 妹紅は魔理沙とスペルカードで戦う時はほとんど夜間で、白と黒の衣装よりもその美しい金髪が印象に残っていた。発光しているわけではないのに、光を放っているような錯覚を覚えてしまう。
 外ではいつもかぶっている三角形の黒い帽子は部屋の中では取っているようだ。


 霧雨魔法店は、玄関は建物の南東の角にあり、中に入ると敷居の無い大きな一つの部屋になっているのがわかった。床は土間のような場所はなく玄関から部屋一面同じ板張りで、魔理沙の生活空間と思われる一帯に絨毯が敷かれている。先程魔理沙がそこで靴を脱いだが、その空間が魔理沙にとっての部屋という認識なのだろう。
 玄関が南を向いており入った正面に小さなホールの様なスペースがあり中央に丸いテーブルと背もたれのある比較的大きめの椅子が2つテーブルをはさんで向かい合わせて置いてある。その奥北側に台所の様な水場が見え勝手口と思しき扉が北側の壁の東角にある。
 玄関の正面スペースの真ん中、テーブルのある東側の壁に暖炉がありそこに丸い大きな鍋が掛かっている。煙が煙突から出ていたが、この鍋から出ているものだろう。湯気にしてはかなり濃い。何か特別な薬のようなものを煮込んでいるものと思われた。
 薪で火を起こしているのではなく小さな完全な円ではない短い筒状の道具が鍋の下に置いてあり、それが熱を発して加熱しているようだ。どこかで見たことがあると思ったが思い出せなかった。
 家の中の独特の匂いはこの鍋から出てるようである。
 この薬に近い甘い独特の匂いは嫌いな人はもの凄く嫌だろうと思われるが、この匂いは妖術使いの里と同じ様な匂いで思わず懐かしさが込み上げ一瞬で魔理沙の家が気に入ってしまう妹紅。可能なら自分の家と取り替えて欲しいとさえ思ってしまう。
 玄関のすぐ隣に南向きの大きな窓があり、その前に大きな机がある。机の向こう側すぐ隣に大きなベッドがありこの大きさだと女性の体格なら3人同時に寝れるだろう。ほぼ正方形に近いベッドは枕が南側にあり北に足を向けて寝るようだ。ベッドの隣の西側は壁で、そこに壁の横幅半分を占める程の大きな本棚がある。本棚には本以外にも色々な小物が置かれている。本と小物を意識的に魅せる配置しているようで、そのへんは女の子らしいと思う妹紅。
 天井は天板が貼られ部屋が四角形の空間になってる。里の家では大きなお屋敷の客間などが天井貼りになっているくらいで普通の家では見られない。妹紅の家、藤原亭にも天井があるが、この家は博麗神社の母屋とそっくりでとても良い家である。何故今の場所にあるのか分からないが、恐らくそれなりに由緒ある家なのだろう。
 西壁の北側に扉が見える。外から見た家の大きさから隣に小さな部屋があるのは間違いないだろう。扉周辺の物の配置や汚れの具合、埃の厚さから見て隣室との往来は少なくあまり使われてない部屋だと伺える。恐らく物置だろう。
 部屋全体は色々な物で散らかっており、部屋の広さのわりに動けるスペースが限られている。机の後ろに作業台のような大きなテーブルがあるが、その上にも下にも色々な物が無秩序に置いてある。
 絨毯が敷かれている机、ベッドの周辺が魔理沙の主な生活空間だと伺え、その周辺は比較的片づいている方である。勿論、他の乱雑な所と比較してという前置きがあった上で・・・。
 初めて入る場所、家、部屋などは注意深く観察して記憶にとどめておく癖がある妹紅は、しばらく玄関の付近で立ち止まっていた。
「(それにしても・・・。)」
 魔法店とは聞いていたが商品らしきものは陳列されていない。後で聞いた話では、物を売って商売するのではなく何か仕事を引き受けてこなす何でも屋らしい。といってもほとんど依頼を受けたことがないそうだ。


 そんな妹紅に目もくれず、魔理沙は家に入って絨毯の前で靴を脱ぐと飛び込み前転するように回転してベッド上を転がって飛び越し、本棚の前に両足を着地させ立ち上がるとその本棚から何かを探し始めていた。
「あれぇ~どこだったかなー・・・あ、あった!あった!」
 そう言って真四角の厚紙を本の間から抜き出し、その様子を見られているにもかかわらず何故か体の後ろにそれを隠して妹紅の前にニコニコしながらやってくる。
「あの、えっと・・・。」
 何が始まるのかと妹紅は期待よりも不安がはるかに勝り風見幽香の微笑みよりも強い恐怖を感じ息を呑んだ。そして、次の魔理沙の予想外の行動に頭の中が真っ白になった。
「藤原さん!さ、サインください!」
 藤原さんと呼ばれた妹紅は思わず目が点になり、次にオロオロと狼狽える。
「さ、サインって?」
「名前、真ん中に大きくね。で、横に小さく魔理沙へって書いて。あ、軽く挿絵とかあれば最高だな!」
 紙を渡された妹紅は意図を確かめるために魔理沙の顔を見る。ニヒヒと無邪気な笑みを浮かべる魔理沙。その意図に邪なものはないと確認する。名前を書くというのは契約など重要な場面で使うもので、ほいほいと書き与えるようなものではないと思う妹紅。
「あ、あの・・・。」
 戸惑う妹紅の表情を見て魔理沙が答える。
「私さぁ、藤原妹紅の大ファンなんだ!だから・・・サイン・・・貰えないかな?」
「ファンって・・・私を?私自身というより私のスペルカードのファンではないの?」
 魔理沙が執拗に妹紅に挑戦しに来たのは知っている。妹紅自身というより戦闘やスペルカードと言ったものに強い興味を示している事は対戦していて理解していた。
「何言ってるんだ、スペルカードを見ればその本人がどんなやつかってのは判るんだぜ!最高のスペカ!だから藤原妹紅も最高なんだよ!」
「そ、そう?」
 何故か怒られた妹紅。
「まぁ、でも、そういう風に思えるようになった最初の弾幕が藤原さんの弾幕だったんだけどな・・・。」
「妹紅でいいわ。」
 魔理沙も相手の名前をどう呼んで良いのかいまいち判らなくぎこちないので名前で呼ぶ事を許可する。
「なんていうか憧れの人に馴れ馴れしく名前で呼んでいいのかなーって思ってたけど、やっぱ藤原さんより妹紅って呼んだ方がいいよな!その方が絶対可愛いし!」
 やたらテンションが高い魔理沙。憧れているというキーワードを受けてようやく魔理沙から妹紅がどう見られているかわかった。
 しかし、可愛いとか言われるのは1300年ぶりくらいじゃないだろうか?見た目は子供でも1300歳、実質もっと年をとっている妹紅としても可愛いとか言われると気恥ずかしいが、やっぱり嬉しいものである。そして、妹紅という名前は妹紅自身とても気に入っている。
 気分も良いのでささっとサインを書いてしまおうかと思った妹紅だが、書く物を渡されていない事に気づく。魔理沙はその事に気付かずわくわくしながらサインを待っている。
 ここで書く物を要求するのは何だか傲慢そうな感じがしたので向こうが気付くまで待つ事にし、その間、聞きたい事があったのでそれを尋ねる事にした。
「でも、どうして私の弾幕が?」
 その問いに魔理沙の表情が少しだけ曇る。曇るというより笑顔が消えたというほうが適当かもしれない。
「・・・永夜事件の後、宇宙人達が妹紅を指名手配しただろ?不死身で極悪人だから何やってもいいって言われてみんな躍起になってた・・・。痛めつけて降参させれば報奨金も出るとか言うから、それ聞いて霊夢も目の色変えてたし・・・。」
「うん。」
「霊夢とか紫とか、亡霊から吸血鬼、その後他の妖怪達も次々に竹林に入って不死人狩りが大流行したよな?」
 夜が終わらない異変永夜事件の後、この異変に一枚噛んでいた永遠亭の面々が隠れ住んでいた迷いの竹林から幻想郷の表舞台に出た。
 その後、永遠亭への関心を逸らす目的も兼ねて宿敵である藤原妹紅の存在を公にして賞金を賭けるという竹林の不死人狩りが妖怪の間で一時大流行したことがある。
 最初は霊夢とたまたまその場に居合わせた魔理沙だけがその話を神社にやってきた蓬莱山輝夜から聞いたのだが、霊夢から知らされた八雲紫がこれを幻想郷東部に広めて大規模な討伐活動に発展させてしまう。
 紫は当時、妹紅自身に興味は無かったが、不死身で何度でも殺せるという事から派手な戦闘が出来ずストレスの溜まった妖怪達の欲求不満解消の為に利用出来ると判断しこれを公にてしまったのである。
 妹紅はこの事実を魔理沙から今初めて聞き、先日の紫との対面の事を思い出し苦笑した。紫は恐らくこの時の事を後悔しており妹紅に対して正式に謝罪でもするつもりだったのだろう。そうしなければ異変の協力を取り付けられないからだ。
 最初は意地悪く振る舞い、ネガティブな感情で挑む会見で謝罪することで感情を一気に反転させて好意的に話を進めようとする策士の紫らしい計画となったはずである。しかし、妹紅にはあの時既にネガティブな感情がなく、会見前に結論を出してしまったので紫は見事な肩すかしをくらったわけである。
 協力を申し出たのに突然怒り出したのは、やり場のない複雑な感情を持てあましての事だろう。


 スペルカードルール適用外のこの戦いに対して、妹紅は終始スペルカードで応戦したが殺傷力をゼロにしていた妹紅の弾幕は喰らっても無傷であるため妖怪の間では「死ぬ程弱いが死なない人間」というレッテルが貼られ、弱い妖怪達も次々に竹林に呼び込んで事態がエスカレートする。
「私は最初、みんなと同じように妹紅を倒す為にスペカルールなしで弾幕を撃ちまくってた。妹紅の弾幕喰らっても痛くも痒くもないし、調子に乗ってさんざん妹紅を痛めつけてた・・・。」
「スペカ戦ってそういうものなんじゃないの?」
 そういうものというのは、スペカに殺傷力を持たせないという意味である。
「全然違うよ!死ぬ様な殺傷力はなくても当たればスゲー痛いし、当たり所が悪ければ大怪我だってする。空から落ちれば無事では済まないし。元々体が丈夫な妖怪達に合わせたルールだから私ら人間には少しリスクが大きいんだ。それに無傷で無痛なら妖怪達はこんな退屈な戦いはしないだろ?」
 危険だからこそ楽しめると考えるのが妖怪である。考えて見れば確かにその通りだ。しかし、妹紅は妖怪も人間も関係なかった。押し付けられたルールにそってただこなしていくだけである。
「・・・それで?」
 話が少し逸れたので引き戻す妹紅。
「2回目か3回目の対戦の時に、デカイ火の鳥みたいな弾幕に直撃しちゃったんだけど・・・私その時、3日はベッドから出られないと覚悟したんだけど、その弾幕は何故か暖かかったんだ・・・。」
「火だから暖かいのは当たり前でしょ?」
「いや、火はもっと熱いだろ!火傷するって!・・・でも妹紅の火はぽかぽか暖かかった。その時気付いたんだ。あんだけ痛めつけている私やその他の連中に恨みの一つぐらいあってもいいのに、弾幕にそれは込めずに喰らった奴が痛まない様に気を使っていたんだって・・・圧倒的強者の余裕というか慈悲というか・・・。」
「そんな大層なものではないわ。私にとって敵は永遠亭だけだし、襲ってくる敵を永遠亭に誘導して連中に一泡吹かせたしね。私は魔理沙が思うような人間ではないわ。」
 妹紅は襲いかかる妖怪を誘導して永遠亭内に侵入させ輝夜らを巻き込んで永遠亭内部を破壊し仕返しをしていた。
 永遠亭では当初、霊夢や魔理沙といった一部の者と妹紅を戦わせるだけの予定だったが、八雲紫によって妖怪全体に事が及んでしまい予想外の結果を生んでしまう。
 妹紅は永遠亭の企みを逆手にとって妖怪達を永遠亭に引き寄せ、永遠亭も防衛の為に戦闘に参加せざるを得ない状況に追い込んだ。
 相当な被害が出て、さらに終息の気配が見えない不毛な戦闘に嫌気がさした永遠亭は、妹紅に頭を下げて休戦を申し出てたのである。ほとぼりが冷める間妹紅は永遠亭で匿われ3ヶ月程同居生活を送ったのである。
 妹紅を追跡し率いられる様に永遠亭に侵入していた妖怪達は、先導役の妹紅が永遠亭入り行方不明となったことでカモフラージュしている永遠亭を単独で探し当てる事ができなくなった。これによって数カ月続いた不死人狩りは終息に向かったのである。実質藤原妹紅一人勝ちだった。
 そしてこの休戦状態は今も続いている。
「私は妹紅の弾幕を見た時これだ!って思ったんだ。」
「・・・」
「私は結局のところ、霊夢や妖怪達の真似事をしていたに過ぎないってね。妹紅が一貫して戦い方を替えなかった様に、私も誰に対してじゃなくて私だけのポリシーとルールを決めてやろうって思ったんだ。」
 目をキラキラさせながら力説する魔理沙を見て思わず苦笑する妹紅。
「で、そのあなただけの弾幕は見つかったの?」
「まだ、考え中。手っ取り早くやりたいから誰かの真似ばかりしてたけど、今度からはなるべく自分であみ出していこうと思うんだ!」
「あのキラキラした可愛い弾幕は魔理沙らしいんじゃない?」
「あれはオリジナルがあるんだよ。」
「オリジナル?」
「ま、その話はもういいよ。それより早くサインしてくれよ!」
 ぶーたれた顔で抗議する魔理沙だが、妹紅は魔理沙が話を逸らした事に気付いていた。幽香といい香霖堂の店主といい、何かを隠している。そして今魔理沙が口にしたオリジナル。恐らくあの星形弾幕を考案したか存在がいるのだろう。その存在は知られてはまずいものなのだろうか?
「あ、書くもの!」
 魔理沙は妹紅の右手が遊んでいる事に気づいて声を上げた。そして、書く物を探すために机の方に向かって走り出そうとする。
「あ、待って!」
 妹紅はそんな魔理沙を呼び止め、すぐ横にあった暖炉の前のテーブルに近づき正方形の厚紙をそこに置いた。
 何かを始めようとする妹紅の雰囲気を感じて魔理沙は興味を示して妹紅の横に歩み寄る。
「見てて。」
 妹紅はテーブルに置いた紙の上に右手の掌を合わせて押し付け、擦る様に紙の天から地へゆっくりと動かす。
 チリチリという紙の焦げる音がし、指の間から白く細い煙が立ち上る。それと同時に焦げた匂いが鼻をつく。
 魔理沙は「おおっ」っと声を上げてテーブルに身を乗り出しその様子を凝視していた。
 「藤原妹紅」と縦書きに焦げ文字で描き、その横に同じようにして「魔理沙へ」と焼き込んだ。
 手渡された紙を両手で天井の方に掲げて眺めると、次にそれを胸に抱きしめる様な仕草をする魔理沙。よほど嬉しいのだろうと自分のサインにもかかわらず他人事の様に魔理沙を見る。
「懐かしいな・・・。」
 はしゃいでいる魔理沙には聞こえない小さな声でそう呟く妹紅。
 妖術使いの里、岩老郷で何百年も過ごし実質的なトップに登り詰めていた妹紅は小さな子供達からは英雄視され、その一挙手一投足が注目されていた。
 頭を撫でられただけで歓喜して誇らしげに駆け回っていた子供達。その子らが大人になって里の英雄となっていく。 人は無意識に誰かを目標としその背中を追う。魔理沙の母親が存命なら魔理沙にとって追うべき背中は彼女なのだろう。森の中で一人暮らす少女にとって、こんな紙切れでも相当な勇気となるのかもしれない。
 沢山の人と妖怪を殺してきた妹紅はそのような人の目標となる資格はないと自覚はしている。しかし、人間である以上妖怪など人外の存在を目標とするのは好ましいものではない。魔理沙が人の道を外さないためにも偽りの英雄を演じるべきなのだろうと思う妹紅。
 そんな妹紅の思いも知らず魔理沙は妹紅のサインを本棚の空いているスペースに飾って満足そうに頷いていた。

東方不死死における、博麗神社の設定資料です。(作業用)

家のすぐ近くにある神社を参考にしました。

ルーツを調べると西暦550年くらいまで遡るらしく、建物は江戸中期に現在の位置に移動して建てられたとか。

荘厳な有名神社仏閣と違いかなりおんぼろ神社ですが、東方不死死における博麗神社も近所の神社のような「田舎のどこにでもある神社」をイメージしています。


博麗神社の向きは東向きですが、イメージ的に神社の正面が幻想郷の内側に向いているように思ってしまいます。

東方不死死では、里の東門から伸びる道がまっすぐ博麗神社の建つ山の裾野まで続き、山の南側を迂回するように東側に出て、西向きに階段を登るようになっております。

魔法の森の獣道を抜けると、神社の母屋側に出ます。


ある程度設定決めておかないと、時間がたつと忘れてしまいますので・・・。


Atelier Milly 書きモノ倉庫-博麗神社正面


Atelier Milly 書きモノ倉庫-博麗神社敷地図





東方不死死 第20章 「特別な生まれ」


 通りに面してたくさんのお店が建ち並ぶ人間の里の大通り。
 大通りの南側は酒蔵を中心に大きな土蔵と店舗が建ち並び北側には各種商店の店蔵と屋敷が建ち並んでいる。
 酒蔵が南側にあるのは里の南東部は田園地帯となっており、米の保存と輸送、及び加工に都合が良いためである。
 通りの北側は店蔵が建ち並び、火災の際の延焼を防ぐ為に全て塗屋造になっている。その為、大通りに建ち並ぶ建物はすべて蔵造りの町並みになっている。その一方で、大通り以外の建物は基本的に真壁造りの質素な家並みである。
 大通りの北側中央やや東寄りに一際大きな塗屋造りの店蔵がある。それがマルキ、霧雨道具店である。広い屋敷の奥に店蔵より更に大きな蔵があり、道具店とは建前で実際は質屋であることが見て取れる。
 幻想郷内外から多くの物がマルキに集まり、取りあえず何でも買い取って、物、金の流通に一役かっている。珍し物好きな風見幽香御用達のお店でもあり、彼女が里に来るのは基本的にマルキが目当てだからである。


 人間の里の住人の貧富の差は大きいものの、地主的なトップがおらず里の運営は蔵を持つ長者方が自治会のような組織を作って行っている。
 農地は個人の所有ではなく収穫物は里に集積して分配される。里の運営など役割が大きい者ほど取り分が多い。階層社会ではあるが年貢の取り立てといった概念がなく、最下層の住民でも現状暮らしに困るほど困窮していない。
 大通りから一歩路地に入り裏通りに出ると建物の様相は一変し、特に南側の酒蔵の裏通りは貧困層の集落となっている。
 店を持っているか店で働いている者以外は基本的に農業に従事する農民で、副業をして別に収入があれば上等な酒を買って楽しむくらいの暮らしは出来る。理不尽な税制がなく真面目に働けばそれなりの暮らしが出来るのが人間の里の特徴である。


 幻想郷の土地は限られており、人間の里の領内は現状が目一杯といえる。里が栄えて人間が増えれば当然土地も必要になってくる。しかし、人間がある程度増え土地の拡充の気配が見えれば妖怪が間引きをするというシステムになっており、その為里の人口は一定を保っている。


「ここよ。」
 風見幽香に案内されて藤原妹紅はマルキと呼ばれる霧雨道具店の店構えを仰ぎ見る。
「なんだ、ここか・・・。」
 大通りの北側に一際目立つお店は前から気になっていたが、ここが幽香の言うマルキだとは思わなかった。
「あら、知ってたの?」
「いや、目立つお店だから前から気になっていただけ・・・。」
「幻想郷中から色んな物がまずここに集まって人の手に渡っていくのよ。」
 霧雨道具店の説明をする幽香の口調がどこか自慢気である。その様子から幽香はこの店の常連なのだろうと妹紅は勘ぐる。
「でも、お店閉まってるんじゃない?」
 見ると戸が閉まっている。しかし、定休日で休みというより店番が急な用事で離なれて、とりあえず一時的に閉めているという雰囲気である。
「あら?今日は定休日だったかしら・・・。」
 その時閉まっていた戸の奥に人の気配がした。
「あ、風見様、いらっしゃい。」
 戸が開き40歳位と思われる男が顔を出し気さくな挨拶をする。恐らく番頭か、店番の者だろう。
「どうしたの今日は?」
「はぁ、何でも今日は日が悪いから半閉めにしておけと、旦那に言われて・・・。」
 日が悪いという言葉を聞いて思わず幽香と妹紅は顔を見合わせる。博麗神社での一連の騒ぎを感じとった店主が何かを思ってそうさせたのだろう。
「ささ、どうぞ中へ。」
「あら、いいの?」
「ええ、常連の風見様なら大歓迎ですよ。」
 その言葉に上機嫌になる幽香であるが、妹紅はこの男が幽香の喜ぶツボを熟知していると感心する。
「ささ、藤原さんもどうぞ中へ。」
 嬉しそうに店の中へ入っていく幽香を見送る様に黙って立っていた妹紅を、その男は藤原さんと呼んだ。
「あれ、私・・・。」
 人の顔はすぐ覚えて忘れない妹紅であったが、知らないはずのこの男は面識があるような話し方をしたので、思わず戸惑いの表情を見せてしまう。
「ええ、知ってますよ。先生のお友達でしょ?見掛けた事もありますし、娘が筍のお裾分け貰ったりで・・・。」
 なるほど、慧音繋がりということである。慧音は里の守護的存在であり自治会の相談役でもある。里に住んでいてその顔を知らない者はいない。
 恐縮するような感じに頭を2度、3度下げながら案内されるがままに店内に入る妹紅。
「店主は今、商談中でして・・・。」
 2人を店の中に入れた後、戸を閉めてからその男は申し訳なさそうに事情を説明する。
「別に構わないわ。ねぇ?」
 最初は店主に言って、妹紅にも確認する幽香。幽香が来たら必ず店主が出迎えるのがこの店の仕来りかなのだろうか?妹紅には分からなかったが、取りあえず頷いて幽香に同意する。
 本業が質屋の霧雨道具店としては価値の分からない物の値段は店主が決めており、表向きの道具屋としては番頭が取り仕切っている。
 先程番頭が言った商談というのは、マルキに集まる各種珍しい品々を各店の店主など金持ちに先行販売する会合で、予め品物を目利きの香霖堂の店主に見てもらいそこで作成した目録を回し読みしながら参加者全員が品物の価値を見出して値を付けて取引するわけである。今でいうところのオークションである。


 幻想郷に流れ込んでくる「物」には大きく分けて2つある。それは向こうの世界で忘れられて幻想となった物と、幻想郷に迷い込んでくる人間といっしょに流れてくる最新の道具類とである。
 前者は幻想郷のどこに現れるかわからないが、後者はほとんどが幻想郷の東側である。その迷い人を目当てに食人妖怪が東側に集結し、その残飯として衣服、持ち物がそれを目当てにした回収専門の妖怪達によって収拾され、マルキに運ばれてくるのである。そうした運び屋妖怪はスカベンジャーと呼ばれ、体格は小さく体力的にも人間並に弱いがずる賢く、人間の里で得た僅かなお金で酒を買い楽しんでいる。こうしたスカベンジャーの中には人間を騙して外に連れ出すような輩もおり注意が必要である。
 幻想郷では利用価値のない携帯電話も豊富な種類があるため、コレクションして楽しむ奇特な者もおり金持ちの道楽として「商談」は欠かせない催しとなっていた。


 立派な店構えに相応しく外壁だけでなく内壁まで塗屋造りになっている店舗は、通りに対して垂直方向、南北に伸びて奥まで続いており、様々な品物が陳列されている。入口にある会計などをする番台付近は日用雑貨で、奥には用途不明の珍品が大量に並んでいる。一見すると土産物屋にも見える。
 一番奥に、自動車と呼ばれる4つの車輪に乗せられた鉄の乗り物に興味が惹かれるが、壁や天井にも様々な物がつり下がっており、妹紅は空いた口が塞がらないといった様子で店中を眺め回す。
 初めてマルキに来る客が見せるお手本通りの妹紅の反応に、思わず幽香と番頭はニヤリとしてしまう。


「それで、今日は何を?」
 入り用の物があれば用意しますよという番頭の申し出を受けて幽香は妹紅に目をやる。常に一歩幽香より下がって立っていた妹紅が番頭の前に出て要件を告げる。
「紙が欲しいんだけど・・・何て言うか、お札とかに使えそうな少し硬くて厚いやつを・・・。」
「薬紙じゃなくて、和紙ですかね?最近和紙をお求めの人はあんまりいないんですよね・・・。」
 薬紙とは向こう側の世界で一般的に普及している腐らない紙で、清流のない里では良い紙が作れず、紫が特別に向こうの世界から意識的に流入させているコピー用紙である。薬と称するのは、紙を食べた妖怪がまずくてはき出したことから苦い紙が薬に比喩されてそう呼ばれるようになったのである。
「店頭にはおいてませんが、在庫が蔵にあるかもしれませんので調べさせますよ。」
「すみません、お手数かけます。」
 妹紅は恐縮したが、客なのだからもっと偉そうにしていればいいと思う幽香。
 その時、下働きの少女がお茶を持ってやってきて、番台の小さな座敷にどうぞと並べる。
 幽香はいつもそうしているように、茶屋で一休みするような物腰で座敷に腰掛け出されたお茶を飲む。妹紅に出された湯呑みと絵柄が違うことから、恐らく幽香専用の湯呑みだろう。
 番頭は伝票のような物を懐から取り出し、美しい光沢をもつ筆とは違う書き物で何やら書き始める。
 その書き物は万年筆と呼ばれる墨が途切れない万年使えるという筆で、幽香はそれに気付いて番頭に食いつく。
「あら、綺麗なペンね。」
「旦那から頂いたんですよ。」
「それって、向こうの世界の?」
 妹紅も興味を示して尋ねる。
「ええ、色んな物が流れてくるんですよ。前の持ち主はご愁傷様ですが、仏様の道具はこうやって使って供養してやるのが一番なんですよ。」
 現代の道具が幻想郷に流れてくるのは、人間が身につけているものがほとんどである。携帯電話、ノートパソコン、財布、お金、各種カード、ハンカチ、衣服、下着、靴、カバン、帽子その他諸々。
 今着ている妹紅の服や幽香の服もそうやって流れてきたものである。
 年間多い時で200人近い人が世界各地から流れ込んでくる。そんなことが幻想郷隔離から500年も続いているのである。累計で考えると相当な量になる。


 番頭は入り用の物を伝票に書いて、住み込みで働いている丁稚奉公の少年を呼んで蔵に手配をする。
 蔵は蔵守という役職の蔵専属の霧雨の一族の管理人がおり、道具屋の番頭といえど蔵に勝手に入ることはできない。蔵の物がいつ誰が何を持ち出したかを記録するために伝票に記載して残す事が義務付けられている。これは質屋としての責任と信頼の為であり、他の蔵ではこのようなことはしない。
「少し時間かかると思いますけど、ごゆっくりしていってください。」
「あ、あの・・・店内見て回ってもいいですか?」
 妹紅は店の珍品に興味があり、じっくり見てみたい衝動に駆られてそう質問する。
「どうぞ、どうぞ、手にとってみても構いませんよ。」
 その言葉を聞いて妹紅の顔が子供の様に明るくなる。肉体的な年齢は12歳前後なのだが、醸し出す雰囲気がおよそ子供のものとは思えないので年齢相応にはみられない妹紅。そんな童心に返る妹紅を見て、昔の自分を見ているようで恥ずかしくて見てられない幽香であった。


 妹紅はさっそく店内を見て回る。
 人の顔が描かれた長方形の紙を手にとる。質の良い紙で思わず呪符に使いたくなる一品だが、その紙の置いてあった棚の説明書きを見てそれが向こうの世界のある年代に流通した紙幣であることわかった。説明はかなり詳細に書かれており、これは現在香霖堂の店主が霧雨道具店で働いていた時に書き記したものである。
 硬貨などもあり、金色で穴のあいたものがお守りとして人気があるらしい。
 最近なって流入するようになった携帯電話もたくさんの種類があり、河童がよく買い付けにくるそうである。
 妹紅はそれらの品々を恐る恐る手に取って見ながら初めて触れるそれら向こうの世界の物を見て、感心すると同時に危機感も覚える。
 幻想郷入りした約300年前とは恐ろしく変化しており、妹紅が生まれて幻想郷入りするまでの約1000年と幻想郷入りした後の300年を比べても加速度的に時代が進歩していると感じる。自力で月まで行ったという話もこの店に来て実際に物を手に触れてみると眉唾には思えなくなった。
 このまま突き進めばやがてどこかで行き詰まるかもしれない。そして、長い平和が時代の暴走を許していると思うと同時に、その平和を生み出しているのが不死鳥が不在だからだろうと思うのである。
 不死鳥の転生による世界の異変は進歩に一定の足かせとなると同時に「このままではいけない」「生き方を変えなければならない」といった精神的な改革をもたらす。
 常識の転換による生き方の変化が世界との共存繁栄になるはずである。しかし、このまま世界を置き去りにして進歩を続ければどこかで必ずツケを払わなければならなくなる。
 妹紅はマルキの店内を見て回っているうちに、紫の起こそうとしている異変を忘れてしまったが、再びそれを思い出してブルーな気持ちになる。
 気持ちが入れ替わると手に取った美しく装飾された派手な携帯電話が虚無に思えてくる。
 足取りの重くなった妹紅はゆっくりとその幻達を眺めながら店の北東の角にやってくる。北西の角にある自動車とよばれる鉄の塊をどうやって店内にいれたのか不思議に思いつつそれにばかり気を取られていたが、北東の角の東側から誰かに見られているような感覚を覚えて振り向くと、その壁に大きな肖像画が掛けられている事に気付く。絵の下には小さな机と椅子があり絵と併せて一式非売品の札がかけられている。
 先程まで興味を示していた自動車の事はすっかり忘れ、その肖像画から目が離せなくなっていた。
 金色の髪の女性が描かれており、絵の前にある机と同じ机が描かれており、それを前に、同じく絵の前にあるものと同じ椅子に座っており、机の上の本に右手を置いている。名前を呼ばれて本を置き振り向いて微笑んでいる。そんな場面が描かれているようであった。
 恐らく5分以上そうしていたのだろう、動きの止まった妹紅の様子を見に風見幽香が近づいてくる。妹紅はその様子を背中に感じながらも絵から目を離す事が出来ずにいた。
 妹紅の斜め後ろに立った幽香は、懐かしそうにその絵を見て口を開く。
「霧雨サリア・・・みんはサーヤと呼んでいたわね・・・。」
「・・・サリマン・クロォイツ」
「何それ?」
「この人の本名・・・かな?」
「本名?あなた知り合いだったの?」
「いや、この人がそう言ってる・・・。」
「え?」
 幽香は妹紅の後ろ姿を一瞬見てもう一度絵に向き直る。
「この絵が・・・言ってるの?」
「そう。」
「・・・。」
 幽香は黙り込み絵の人物を思わず凝視する。妹紅が妖術使いとして様々な問題を解決する仕事をしていたことは本人の口から聞いており、さらに自分を倒した事なども含めてその実力を今更疑うものは何もない。
 どこぞの馬の骨が語るのなら殴ってやるところであるが、その妹紅が言うのなら間違いないと幽香はすんなりと今の会話を受け入れていた。
「何て言うの?所謂、幽霊がいるってこと?」
「いや、霊はいないわね・・・思念みたいなものね。誰かに伝えようとしている感じ・・・。」
「何を?」
「娘を助けて・・・って言ってる。」
「娘?魔理沙の事?」
「魔理沙?魔理沙はこの人の娘なの?」
「そうよ。」
「ああ、そうか!霧雨ってあの子ここの娘か。」
「気付いてなかったの?霧雨っていったらここしかないでしょ。」
「こんなでかい家が実家なんて、あいつの雰囲気から全然想像できなくて・・・。」
「魔理沙は10歳の時に勘当されてるの。およそお嬢様的な暮らしはしてないわ。」
「勘当?そうか・・・それで助けてって言ってるのか?」
「どういうこと?」
「さっき幽霊とかいってたけど、つまりこの人亡くなってるんでしょ?」
「ええ。」
「母親なら誰かに助けを求めなくても守護霊になれる。でも、勘当されてるってことは一族との縁が切れてるから守護霊にはなれない。守護霊にさせるなら、この人も一族から外してお墓を移さないと・・・。」
「・・・。」
「それより、助けが必要な何かやばいものを魔理沙はかかえてるのかしら・・・。」
 幽香としては魔理沙に問題がある事について心当りがないわけでもない。10歳の時の勘当がそれだ。しかし、この話は魅魔の件と重なり今はあまり言いたくは無いので話を変える幽香。
「妹紅、あなたは魔理沙とどういった関係?」
「永夜事件の後、私は永遠亭から指名手配されて、沢山の人間や妖怪が私を討伐に来たわ。その時の一人だけど・・・。」
「だけど?」
「魔理沙は私と純粋な弾幕勝負を挑んできたわ。他は私を殺しにきてたのに・・・。」
「あの子はそういう子よ。」
「だから・・・というわけじゃないけど、印象に残ってるし、気に入ってもいるわ。ただ、会って仲良く話すような仲ではないわ。」
 妹紅の魔理沙の印象を聞いて幽香は顔が少しほころぶ。
「サーヤは、幻想郷入りした時に東側で大暴れしててね。あの辺にいる妖怪はサーヤに太刀打ち出来なくて。私的にはその辺の妖怪がどうなろうと知った事じゃなかったんだけど、サーヤが太陽の畑あたりにきたから私も普通に戦ったの。ものすごく強くてね。まるで魅魔を少しスケールダウンしたような感じで。」
「それで?」
 しゃべりながら思い出にふける様な様子を幽香が見せたので、話の続きをせがむ妹紅。
「私が勝ってというか向こうが降伏してね、そのまま里に連れて行ったの。妖怪もいる里でもやっぱり外国人は珍しいらしくて、みんな怖がってて・・・で、私はマルキによく出入りしてるし、外から来た物はとりあえずマルキってことでここに案内したのよ。」
 その時、番頭も近づいてきて話しに加わる。
「旦那はその時、御上さんに一目惚れしましてね。風見様の仲人で夫婦になったんですよ。」
「妖怪が仲人ねぇ~。」
 妹紅は信じられないという表情でそうつぶやく。
「ここは、御上さんのお気に入りの場所で、いつもここで店の奥を見てくれてたんです。」
 3人はしんみりとその机と椅子を見つめる。
「でも、待てよ・・・この人亡くなったのいつ?」
「お嬢を生んでから乳離れするくらいですかね?」
「魔理沙は今、17か18歳?」
「そのくらいですね。」
 幽香の問いに番頭が答える。妹紅は17歳にしてはずいぶんと子供だなと内心で思いながら話を聞く。
「と、いうことは15年くらい前か・・・思念は比較的最近のだけど・・・つまり、魔理沙が勘当された後に絵にメッセージの残したのか・・・。」
 思念についての話は番頭がここに来る前の話しだったので、彼にはまったく意味がわからなかったが、番頭もマルキの一人娘である魔理沙を心配しており、話をすれば助けが得られそうな雰囲気だったので当時の事を話し始める。
「本当はここでお嬢の話は御法度なんですがね・・・。」
 番頭はそう最初に断りを入れる。
「お嬢と巫女さんは同じ日に生まれたんですよ。で、その10年くらい前から里に子供が一人も生まれなくて、そんな折りに急に2人も生まれたんです。」
「ああ、確かにその時そうだったわね。」
 幽香もその番頭の話を聞いて当時を思い出す。
「生まれる10年前というと・・・今から30年くらい前の話しね・・・。」
 妹紅は乏しい里の住人の記憶をたぐってみたが、確かに霊夢くらいの年頃から30歳くらいの所謂若者の姿が少ない事を思い出す。
 それと同時に子供が出来ないと言うことに関して妹紅には心当たりがあったので、それについて尋ねる。
「子供が生まれなかった時期って、死人も少なくなかった?」
 妹紅の突然の問いに番頭と幽香は一瞬キョトンとしたが、番頭の顔色が見る見る変わるのを見て妹紅の予測が当たっている事を確信する。
「ええ!ええ!あの当時通りの蔵持は長生きで長寿祝いが盛んでした。」
 現在40代くらいの番頭が20代の時は、子供がいなかったが老人が長生きしていた。ちなみに幽香はそこまで覚えていない。
「お嬢たちが生まれてすぐ、御上さんが亡くなって、その後大旦那と大御上も亡くなって・・・。それだけじゃなく、通りの蔵持のご長寿が示し合わせた様に次々と亡くなって大騒ぎになったんですよ!そのせいで呪われてる巫女だとか、悪巫女って呼ばれて、通りから追い出されたんですよ。巫女さんが・・・。」
 大旦那、大御上とは魔理沙の父親の両親のことで当時は50歳くらいである。人間の里では60歳も過ぎればご長寿扱いなので、50歳だとそれなりにいい歳である。
「確かにお葬式が多かった時期があったわね・・・こっちは大繁盛だったけど・・・。」
 人間の里の葬儀は、当時の向こうの世界と同じで仏教式の火葬で、従来の土葬から早めに切り替えている。
 平安時代あたりまでは、仏教が現在の様に主流となっていなかったので、弔う方式が様々で平民レベルでは普通に土葬が主流だった。西暦1000年前後の博麗の里では平民レベルでも火葬を取り入れていた。埋葬した遺体を妖怪などに悪戯されないようにという目的もあったが、人が死ぬと穢れになるという思想を早期に廃滅するために博麗神社主導でそうしたのである。
「それはきっと妖の力が強くなったせいね。」
「あやかし?」
 番頭は妖と聞いて思わず妖怪の幽香を見てしまい、慌てて妹紅に向き直る。
「妖が強いと人が死ぬの?」
 番頭の態度を気に留める様子もなく幽香は妹紅に尋ねる。
「その逆よ。人間は健康になるの。」
「健康?」
「というより、妖怪化するといえばいいのかしらね。体が丈夫になる。」
 強すぎる妖の力は妖怪にも人間にも毒となるが、弱い妖の力は体の強くする働きがある。
「体が丈夫になるんでしたら子供も生まれるのでは?」
 番頭も妹紅の言葉に納得が出来ない様子である。
「番頭さんの奥さん、お腹に子供が出来た時、つわりはあった?」
「ええ、うちのは少しひどかったようですが・・・。」
「つわりは何で起こるか知ってる?」
「それは・・・子供が出来たぞって知らせるためでしょ?」
「それはあくまで結果論ね。つわりは一種の異物を排除するための拒絶反応よ。」
「はぁ?子供が異物だっていうの?」
 その妹紅の言葉に幽香が急に反応する。
「肉体は人間の心とは関係なく健康な状態を維持しようと常に働いてるの。異物が入ればそれを排除するために、熱を出して病原菌を焼き殺そうとしたり、毒となる物ははき出そうとする。お腹の子供も最初は体は異物と間違えるのよ。」
「はーそりゃー初耳ですね。」
「お酒も常時飲んでると中毒になって酒が抜けると酷くなるでしょ?体は常時その状態が続くとそれを普通と思い込んで、今度はその異常を維持しようと働くの。子供もそうやって最初はつわりという拒絶反応で排除しようとするものの、そんな程度では排除出来ず、時間がたつとそれが普通になって母親の健康も戻るの。」
「ということは・・・丈夫になりすぎることで・・・」
「そう、本当に排除しちゃうのよ。」
「はー・・・。」
 番頭は空いた口が塞がらないという状態になっていたが、そこで何かに気付いて手をポンと叩く。
「子供が生まれないのと長生きは、つまりセットなんですね!」
「ええ、そして巫女が生まれた事で、妖の力が弱められた。たぶん、その前に妖が強くなったのは神主が出奔したからじゃないかしら?」
 その妹紅の予想に幽香も番頭も首をかしげて当時を思い起こす。番頭にとって約30年前は10歳前後であるのでいまいち記憶が確かではない。幽香は神主の出奔は知っているがそれが具体的に何年前かはすっかり忘れているし、幽香くらい長生きしていると10年と50年の区別があまりつかない。
 具体的な返答が得られなかったのでたぶんそうだろうということでその場はそれで収まる。
「巫女の存在が妖を祓い普通になった。そして、普通になったから長生きし過ぎていた人達が一斉に亡くなった。考えてみればあたりまえですよね・・・。」
 番頭が腕組みをして頭をひねりながらしみじみと語る。
「霊夢は、まー博麗の血として特別なのはわからなくもないだけど・・・魔理沙はどうなの?」
 幽香が魔理沙の生まれを不思議に思う。
「その前に聞きたいのだけれど、霊夢、巫女の生みの親って今は?」
「生んですぐ亡くなったみたいです。私の方はお嬢が生まれてそれどこじゃなかったから、あっちがどうなってるかいまいち分からなくて・・・。」
「あっちって?」
「ああ、農民の方って意味です。」
「里は北の大通り側の上地区と、南の農家側の下地区とだいぶ違うのよ。」
 幽香のフォロー。ようするに富裕層と貧困層という区別である。霊夢は南の貧困層の生まれで、魔理沙は富裕層の生まれということである。
 博麗神社移設後、里では博麗の有難味が薄れ、巫女の誕生が大きな話題にはなっておらず、寧ろ老舗のマルキで生まれた魔理沙の方が里では大きな話題になっていた。
 この時期里の住人のほとんどが博麗の一族と混血が進み、閉鎖的な土地でその血が受け継がれていたので巫女や神主の有資格者はどの家からも生まれる可能性があった。博麗の血が誰かに宿ると妊娠中に胎児の影響を受けて母親に不思議な力が宿るなどすぐに分かる。霊夢の時は母親が勝手に宙に浮くので家の中にしばりつけていたそうである。
 北と南で同時に子供が生まれたが、霊夢の母親は霊夢を生むと同時に亡くなり、魔理沙の母親も難産で死にかけたが、かろうじて命を取り留めた。
 母乳をもらえない霊夢はすぐにマルキで引き取り、魔理沙と霊夢は同じ母親の乳で育った。不吉の始まりは乳離れをする2歳前の時で、魔理沙を生んで以後極端に体が弱くなったサーヤが亡くなり、その後立て続けに一家に不幸が訪れる。
 妹紅の言う様にこれは平常に戻った事で霊夢に罪はないのだが、当時は下地区からきた巫女が悪い物を運んできたと噂され、呪い巫女、悪巫女として下地区に戻されてしまう。
 北と南にわけられても同じ歳の子供同士、しかも子供といえば里にはこの2人しかいないので魔理沙と霊夢はすぐに友だちになって毎日の様に会って遊んでいた。
 このことは上地区では快く思っていなかったのだが、霊夢らが5歳くらいに成長してから下地区でベビーラッシュが始まり、下地区側では霊夢は子宝の神の使いと可愛がられた。霊夢の成長で次第に妖の力が祓われいったおかげである。
 このことを受けた上地区でも子宝に預かるため、霊夢をあずかろうとする動きが出て一旦霊夢は魔理沙の家マルキに戻る。そこで子宝に預かろうと沢山の人が訪れ霊夢は神様の様に崇められて立派な祭壇に祀られる始末。
 それまでちやほやされていた魔理沙の立場が一転して、霊夢にばかり注目が集まる事を不満に思った魔理沙は、当時霊感が強く普通の人には見えないものがよく見えて怖がっていた霊夢の性質を利用して、現在妹紅が住んでいる藤原邸、当時のお化け屋敷に拉致して閉じこめ苛めるが、そこで現状の扱いに戸惑い悲しみを覚え、昔の様に魔理沙と一緒に遊びたいだけという霊夢の本心を知った魔理沙は、以後霊夢を守る為に無理矢理祭壇に祭り上げられる霊夢をさらってどこかに遊びに連れ出す様になった。魔理沙の盗み癖はこの時が始まりといえる。
 魔理沙の誕生とサーヤの葬儀で延び延びになっていた森近霖之助の独立と香霖堂の開店は魔理沙が4歳の時に無事に成され、以後そこは霊夢と魔理沙の恰好の隠れ家となる。
 魔理沙の母親サーヤが魔法使いであることは魔理沙に秘密にされてきたが、口をすべらせた森近霖之助の言葉から魔理沙は母親と同じ魔法使いを志す様になる。魔理沙6歳の時である。
 押入の奥に隠されたサーヤの遺品から魔導書を探し当て独学で魔法を身につける魔理沙。異国の文字の解読を始めるなど、6歳にして魔法使いの片鱗を見せる魔理沙は、7歳になると自分の魔力を基にホウキを使って空を飛び始めるようになっていた。


 霊夢の母親は既に亡く、どこの誰が生んだのかすら記録がない。その時の事を覚えている近所の住人の話によると当時16、17歳くらいの女性で結婚していたかどうかは定かではないらしい。ちなみに16歳で出産は里では普通である。下地区では結婚をしていても特に記録を残しているわけではなく、何世帯も軒を連ねて暮らしている長屋住まいだと、誰が父親かも分からない子供も多く、子供は地区全体で面倒を見るのが普通であった。誰の家の子供といった区別なく、まんべんなく公平な躾がされるので、下地区の子供はみんないい子だと慧音はよくいっていた。
 妹紅は番頭の話を頼りに後で慧音に尋ねようとも思ったが、今の2人の関係では無理な話で頭が痛い。


「私が昔いた妖術使いの里は、里自体がもの凄い妖の力に覆われていて同じように子供が出来ないの。で、結婚したら里の外で子供をお腹に宿して戻ってくるのよ。」
「なるほどね。」
「で、極々稀に里で妊娠する人がいて、それで生まれた子供は所謂鬼子で、もの凄い力を持って生まれるのだけれど・・・。」
「けど?」
「母親は出産後3年以内に死んだわ。」
「!」
 幽香と番頭は顔を見合わせた。
「それって、サーヤと同じよね。」
「原因は、子供が母親の力を根こそぎ吸い取って生まれてしまうから。母親の能力が高いとすごい子供が生まれるのよね。さらに父親もすごければとんでもないわ。」
「生き写しのようなものね。そこに父親の才能を加わると・・・。」
「魔理沙のお父さんはどんな方?」
「どんなって・・・ものすごく頭のいい人で、目利きだし、人を見目もあるし・・・こんな商売してますけど、お金にぜんぜん執着しないどころか、金になるコーリンの力を外に出して独立させちまうしで、なんだかんだで凄いお人ですよ。」
 コーリンというのは、森近霖之助の妖怪名である。
 森近霖之助は父親が妖怪で母親が人間のハーフで、見た目30歳前後であるが既に200歳を超えており、まだまだ老ける様子が見られない。
 誕生後40年程経って母親が寿命で亡くなり父親と暮らしていたが、酒癖の悪い父親は妖怪ということもありほとんど働かず、母親が生前勤めていたマルキの当時の店主がコーリンに同情して店で働けるように世話してもらい父親を養っていた。
 その後父親は多額の借金を残したまま行方不明となりコーリンはそのままマルキで働いて借金返済をしていた。父親と違って母親に似たのか真面目で頭も良く計算も速いので100歳を越える頃には借金も返済し終え、マルキでもそれなりに出世し番頭付きにまでなった。
 マルキに三代にもわたって務めていたコーリンには特殊な能力があり、それは誰にも知られていなかったが、現在の店主になってサーヤがマルキに嫁いだ事で転機が訪れた。
 陳列する品物棚の説明にさりげなく用途が書き込まれている事に気づいたサーヤは、コーリンを問い質してその能力の存在を知ると、それを主人に告げた。
 コーリンはこの能力を金儲けの為だけに使われたくなく自分だけの楽しみに使いたかった。この力を知られてこき使われることを恐れたコーリンはマルキを出ようと決心し、店主に辞表を出すがそこで猛烈に叱られ、その力は道具屋として天性のもの、でもそれを誰かに利用されたくなければ独立しろ、店舗の費用はマルキで出すと言われ、口に出せず内に秘めていた独立の夢がサーヤのおかげで現実になった。
 森近霖之助はマルキの店主を尊敬し、サーヤ共々恩人と敬っており、彼らの一人娘の魔理沙を自分の妹のように可愛がった。
 コーリンはその後母親の姓と元の名前からリンを取って人間様式に森近霖之助と改名し、店の名前を元の自分の名前を基にしてマルキの店主が香霖と漢字をあてて「香霖堂」と命名してくれた。
 魔理沙が森近霖之助をコーリンと呼ぶのは改名前から本名を知っているためで、霊夢が「霖之助さん」と新しい名前で呼ぶのはコーリン時代にほとんど面識がなく、よく話す様になったのが霖之助と改名し独立して今の店舗を構えた後だからである。
 ちなみに古くから森近霖之助と面識のある里の人はほぼ全員コーリンと呼んでいるが、改名後に知り合った人には新しい今の名前で呼んで貰う様にしている。
 
 
 番頭の話しぶりからすると、番頭自身店主をいたく尊敬しているような話しぶりである。
 父親と母親の能力をダイレクトに引き継いだ霧雨魔理沙。しかし、今現在勘当されているとのことだが、その原因が気になる。
「(・・・でも。)」
 問題があれば解決してあげたいとは思うものの、先ずは紫の起こす異変と、それに対応出来る準備をしておく事が先である。そして、マルキに来た理由がその準備としての呪符の材料の調達であった。
「ところで在庫はありました?」
 これ以上話し込んで時間を潰すのは勿体ないと思った妹紅は後ろ髪引かれる思いで話を現実に戻した。
「ああ!そうだ、話し込んですっかりわすれてました!」
 大事な事に気づいた番頭は妹紅の問いに深々と頭を下げ、残念ながら在庫切れだと告げる。
「先日香霖堂に卸したとのことで、早急の要件なら香霖堂に行ってみてはどうです?紹介状書きますから。」
「香霖堂か、丁度良いわ。この後そっちに寄って帰るつもりだったから、ついでに案内するわ。」
「幽香は常連なの?香霖堂の。」
「まぁね。」


 店を出て東に向かう妹紅と幽香。番頭との別れ際に為になる話をして貰ったと感謝された妹紅だが、博麗神社が健在の時は里の連中も常識として妖の本質を知っていただろうと予想する。それだけ里と神社が距離的にも精神的にも離れてしまったということだろう。
 妹紅としても博麗神社の重要性はわかる。博麗神社の再建は八雲紫も上白沢慧音も考えているはずだ。そして、この2人は別のやり方でそれを行おうとしていると妹紅は予想する。
「・・・。」
 少し黙っていると自分の考えに没頭する妹紅を見て、これから紫が起こそうとする異変に幽香も思いがいく。
 紫に当てにされていない幽香としては他人事で済ましても良いのだが、間違えれば幻想郷消失という事態にもなりかねないので無関心ではいられない。紫に当てにされていないのなら妹紅に当てにしてもらいと思う幽香である。
 妹紅に敗れてから興味本意で付き合ううちに隠されていた妹紅の様々な秘密に幽香は衝撃を受けた。やがて幽香は妹紅に釘付けになり、妹紅から目が離せなくなった。
 ケガが治った事で藤原邸に居座る口実がなくなったのが残念である。
 2人はしばらく思い思いの考えにふけりながら里の大通りを東に向かって歩いていた。 


「さっきの話だけど・・・。」
 里の東門を抜けて街道に出て人目が無くなった時、幽香が少し神妙な顔で話しかけてくる。
「ん?」
「サーヤの事だけど、魔理沙を助けてというのはどういう事?」
「言葉通りじゃないの?」
「・・・。」
「何か心当たりあるの?」
「・・・別に。」
 本人はそれで誤魔化しているつもりだろうが、明らかに何かを知っている様なそぶりをする幽香。
「何をもって救われた事になるかは、その時々で違うから・・・。例えば、憑き物を取ることも救う事になるし、苦しみから開放するために命を奪う事も救いと言える。」
「私は、霊夢や魔理沙が小さい時から知ってるけど・・・。」
「けど?」
「今の2人を見ていると、小さい頃のあの子達と別人みたいなのよね。」
「そりゃー人間だもの大人になればいろいろ変わるんじゃない?」
「それはそうだけど・・・ただ・・・。」
「けど、とか、ただが多いわね今日は。」
 幽香の言動にいつもの歯切れがないと感じる妹紅。
「あの子達、小さい頃私と話をしていることとか覚えているのかしら・・・。」
「霊夢は明らかに忘れている感じね。魔理沙もそうなの?」
「魔理沙は・・・むしろ逆かな・・・あれだけの事があったのに全く変わってない・・・。」
「あれだけのこと?」
「・・・ん、なんでもないわ。あの子は無茶ばかりするから・・・。」
 何かを言いかけて急に話をそらしたと妹紅は思った。「あれだけのこと」が原因で家から勘当されて、その事に幽香が一枚噛んでいる。と予想は出来る。
 サーヤと呼ばれている魔理沙の母親は幽香と一戦交えており、サーヤは幽香に気に入られて里に連れてこられたと思われる。友好的な交流はその後も継続したと思われるが、その一人娘の魔理沙や引き取って乳を飲ませた霊夢らを幽香がよく知っているのは別に不思議ではない。本人等が忘れているだけで、赤ん坊の時に幽香に2人はおもちゃにされたことだろう。
 霊夢に軽い記憶障害があるのは妹紅も感じ取れており「あれだけのこと」に、もしかしたら霊夢も絡んでいるということだろうか?だとすれば、それは魅魔と呼ばれる悪霊とも関係するのだろうか?
 霊夢の話しによると、魅魔と霊夢は一戦交えており魅魔はそこで戦死している。
「(そういえば・・・。)」
 妹紅は幽香が魅魔に対して何か特別な感情があるような言動と印象を覚えている。魅魔、幽香、魔理沙、霊夢。この4人の間で何かあったのだろうか?そして、その時八雲紫は何をしていたのだろうか?
「(しかし・・・。)」
 妹紅は首を軽く振った。今はそれどころではない。問題を解決する事に妹紅としては吝かではないのだが、今は時期が悪い。優先してすべき事がある以上今はそれに集中したいと思う妹紅である。
 そして、その事は幽香も承知しているから、これ以上妹紅に突っ込んだ相談が出来ず話を止めたのだろう。


 里の東の門を抜け数分歩くと北の魔法の森に向かう細い道と交わる三叉路に出る。ここからさらに歩くと妹紅と幽香の戦った場所にでる。
 幽香は三叉路から北に向かう際に横にいる妹紅に一瞥だけいれて、無言で進路の変更を告げる。
 妹紅はこんなところに店があるのかと不思議に思う。普通商売しているなら案内の看板の一つも三叉路あたりに出して置いてもいいと思うのだが・・・。
 道をさらに数分北上すると道はそのまま森の中に続いていた。
「森に入るの?」
 妹紅の問いに笑みだけで返す幽香は、そこで立ち止まって少し後ろにいた妹紅に振り向く。
「ここよ。」
「どこ?」
 幽香は香霖堂に着いた事を告げるが妹紅には店らしきものはどこにも見えなかった。
 そんな妹紅を尻目に南北に伸びる小道から道のない東側の木々の間に入っていく幽香。妹紅もそれにならって木々に間に入る。
「あっ。」
 妹紅は急に目の前に現れた建物に驚いて思わず口を開いた。ほんの数十歩の距離だが木々の重なり具合で道からまったく店舗が見れない状態だったのだ。隠れて見えなかったというより、わざと隠しているようにも思える。
 「香霖堂」と横書きの大きな看板が入口の上にかかっている。建物の形状は真壁造りの平屋だが、里に普通にみられる家とは違い、かなり頑丈に作られている。
 屋根が銅の様な質感を持つ金属の薄い板が貼られ、こまめに修繕する必要がないように初めから何十年、何百年持つ建物として作られているようだ。
 こぢんまりとした建物だが建材など作りはしっかりしておりかなり金がかかっているだろう。
 周囲の木々は奥に見える魔法の森とは別の種類の樹木で、香霖堂の位置はちょうど魔法の森の境界に立っている感じである。


 魔法の森は大陸のはるか西のヨーロッパ方面から土地ごと幻想郷に移動させた森で、「豊穣の森」といった名前のある単一の森林地帯ではなく、ヨーロッパ全域の複数の小さな土地をつなぎ合わせて一つの森として形成してからパズルのピースの様に幻想郷の予め予定していた土地にすっぽりとはめ込んだものである。
 その為、森とその他の土地との自然な地続き感がなく壁の様に立ちはだかる不自然な圧迫感がある。
 魔法の森は常に異様な気を放っており、実際に森の中には有毒ガスが発生する場所があり風向きによって危険な場所が日によって変わる。森の東側、つまり神社側は比較的安全で、香霖堂前から森に入る獣道は安全なルートを探り当てる様に蛇行して魔理沙の家を経由して神社の裏に出る。元々魔理沙の家は神社に参拝が行われていた当時、目印兼休憩所のように使われていた建物である。神社の参拝客が完全に途絶えた今は空き家になっており、魔理沙が住み着いたというわけである。
 魔法の森中央やや湖寄りに西洋墓地と呼ばれる吸血鬼戦争における吸血鬼勢力側の戦死者の墓地がある。ここは未だに悪霊の巣窟で幻想郷でも1、2を争う危険地帯である。妖怪の間では、魔法の森は吸血鬼の墓場という印象を持っている者が多く、その為妖怪はこの森にほとんど近づかず、里ですら妖怪の住みかの一つであるにもかかわらず、魔法の森は幻想郷でも唯一妖怪の住まない場所となっている。
 妖怪のいるところ必ず騒ぎになる関係上、外の喧騒を離れ静かに研究に没頭したい一部の変わり者が魔法の森に住み着いているが、これは例外中の例外である。


「さ、行きましょう。」
「あ、うん。」
 新しい運命の連鎖はここから始まる。