東方不死死 第20章 「特別な生まれ」
通りに面してたくさんのお店が建ち並ぶ人間の里の大通り。
大通りの南側は酒蔵を中心に大きな土蔵と店舗が建ち並び北側には各種商店の店蔵と屋敷が建ち並んでいる。
酒蔵が南側にあるのは里の南東部は田園地帯となっており、米の保存と輸送、及び加工に都合が良いためである。
通りの北側は店蔵が建ち並び、火災の際の延焼を防ぐ為に全て塗屋造になっている。その為、大通りに建ち並ぶ建物はすべて蔵造りの町並みになっている。その一方で、大通り以外の建物は基本的に真壁造りの質素な家並みである。
大通りの北側中央やや東寄りに一際大きな塗屋造りの店蔵がある。それがマルキ、霧雨道具店である。広い屋敷の奥に店蔵より更に大きな蔵があり、道具店とは建前で実際は質屋であることが見て取れる。
幻想郷内外から多くの物がマルキに集まり、取りあえず何でも買い取って、物、金の流通に一役かっている。珍し物好きな風見幽香御用達のお店でもあり、彼女が里に来るのは基本的にマルキが目当てだからである。
人間の里の住人の貧富の差は大きいものの、地主的なトップがおらず里の運営は蔵を持つ長者方が自治会のような組織を作って行っている。
農地は個人の所有ではなく収穫物は里に集積して分配される。里の運営など役割が大きい者ほど取り分が多い。階層社会ではあるが年貢の取り立てといった概念がなく、最下層の住民でも現状暮らしに困るほど困窮していない。
大通りから一歩路地に入り裏通りに出ると建物の様相は一変し、特に南側の酒蔵の裏通りは貧困層の集落となっている。
店を持っているか店で働いている者以外は基本的に農業に従事する農民で、副業をして別に収入があれば上等な酒を買って楽しむくらいの暮らしは出来る。理不尽な税制がなく真面目に働けばそれなりの暮らしが出来るのが人間の里の特徴である。
幻想郷の土地は限られており、人間の里の領内は現状が目一杯といえる。里が栄えて人間が増えれば当然土地も必要になってくる。しかし、人間がある程度増え土地の拡充の気配が見えれば妖怪が間引きをするというシステムになっており、その為里の人口は一定を保っている。
「ここよ。」
風見幽香に案内されて藤原妹紅はマルキと呼ばれる霧雨道具店の店構えを仰ぎ見る。
「なんだ、ここか・・・。」
大通りの北側に一際目立つお店は前から気になっていたが、ここが幽香の言うマルキだとは思わなかった。
「あら、知ってたの?」
「いや、目立つお店だから前から気になっていただけ・・・。」
「幻想郷中から色んな物がまずここに集まって人の手に渡っていくのよ。」
霧雨道具店の説明をする幽香の口調がどこか自慢気である。その様子から幽香はこの店の常連なのだろうと妹紅は勘ぐる。
「でも、お店閉まってるんじゃない?」
見ると戸が閉まっている。しかし、定休日で休みというより店番が急な用事で離なれて、とりあえず一時的に閉めているという雰囲気である。
「あら?今日は定休日だったかしら・・・。」
その時閉まっていた戸の奥に人の気配がした。
「あ、風見様、いらっしゃい。」
戸が開き40歳位と思われる男が顔を出し気さくな挨拶をする。恐らく番頭か、店番の者だろう。
「どうしたの今日は?」
「はぁ、何でも今日は日が悪いから半閉めにしておけと、旦那に言われて・・・。」
日が悪いという言葉を聞いて思わず幽香と妹紅は顔を見合わせる。博麗神社での一連の騒ぎを感じとった店主が何かを思ってそうさせたのだろう。
「ささ、どうぞ中へ。」
「あら、いいの?」
「ええ、常連の風見様なら大歓迎ですよ。」
その言葉に上機嫌になる幽香であるが、妹紅はこの男が幽香の喜ぶツボを熟知していると感心する。
「ささ、藤原さんもどうぞ中へ。」
嬉しそうに店の中へ入っていく幽香を見送る様に黙って立っていた妹紅を、その男は藤原さんと呼んだ。
「あれ、私・・・。」
人の顔はすぐ覚えて忘れない妹紅であったが、知らないはずのこの男は面識があるような話し方をしたので、思わず戸惑いの表情を見せてしまう。
「ええ、知ってますよ。先生のお友達でしょ?見掛けた事もありますし、娘が筍のお裾分け貰ったりで・・・。」
なるほど、慧音繋がりということである。慧音は里の守護的存在であり自治会の相談役でもある。里に住んでいてその顔を知らない者はいない。
恐縮するような感じに頭を2度、3度下げながら案内されるがままに店内に入る妹紅。
「店主は今、商談中でして・・・。」
2人を店の中に入れた後、戸を閉めてからその男は申し訳なさそうに事情を説明する。
「別に構わないわ。ねぇ?」
最初は店主に言って、妹紅にも確認する幽香。幽香が来たら必ず店主が出迎えるのがこの店の仕来りかなのだろうか?妹紅には分からなかったが、取りあえず頷いて幽香に同意する。
本業が質屋の霧雨道具店としては価値の分からない物の値段は店主が決めており、表向きの道具屋としては番頭が取り仕切っている。
先程番頭が言った商談というのは、マルキに集まる各種珍しい品々を各店の店主など金持ちに先行販売する会合で、予め品物を目利きの香霖堂の店主に見てもらいそこで作成した目録を回し読みしながら参加者全員が品物の価値を見出して値を付けて取引するわけである。今でいうところのオークションである。
幻想郷に流れ込んでくる「物」には大きく分けて2つある。それは向こうの世界で忘れられて幻想となった物と、幻想郷に迷い込んでくる人間といっしょに流れてくる最新の道具類とである。
前者は幻想郷のどこに現れるかわからないが、後者はほとんどが幻想郷の東側である。その迷い人を目当てに食人妖怪が東側に集結し、その残飯として衣服、持ち物がそれを目当てにした回収専門の妖怪達によって収拾され、マルキに運ばれてくるのである。そうした運び屋妖怪はスカベンジャーと呼ばれ、体格は小さく体力的にも人間並に弱いがずる賢く、人間の里で得た僅かなお金で酒を買い楽しんでいる。こうしたスカベンジャーの中には人間を騙して外に連れ出すような輩もおり注意が必要である。
幻想郷では利用価値のない携帯電話も豊富な種類があるため、コレクションして楽しむ奇特な者もおり金持ちの道楽として「商談」は欠かせない催しとなっていた。
立派な店構えに相応しく外壁だけでなく内壁まで塗屋造りになっている店舗は、通りに対して垂直方向、南北に伸びて奥まで続いており、様々な品物が陳列されている。入口にある会計などをする番台付近は日用雑貨で、奥には用途不明の珍品が大量に並んでいる。一見すると土産物屋にも見える。
一番奥に、自動車と呼ばれる4つの車輪に乗せられた鉄の乗り物に興味が惹かれるが、壁や天井にも様々な物がつり下がっており、妹紅は空いた口が塞がらないといった様子で店中を眺め回す。
初めてマルキに来る客が見せるお手本通りの妹紅の反応に、思わず幽香と番頭はニヤリとしてしまう。
「それで、今日は何を?」
入り用の物があれば用意しますよという番頭の申し出を受けて幽香は妹紅に目をやる。常に一歩幽香より下がって立っていた妹紅が番頭の前に出て要件を告げる。
「紙が欲しいんだけど・・・何て言うか、お札とかに使えそうな少し硬くて厚いやつを・・・。」
「薬紙じゃなくて、和紙ですかね?最近和紙をお求めの人はあんまりいないんですよね・・・。」
薬紙とは向こう側の世界で一般的に普及している腐らない紙で、清流のない里では良い紙が作れず、紫が特別に向こうの世界から意識的に流入させているコピー用紙である。薬と称するのは、紙を食べた妖怪がまずくてはき出したことから苦い紙が薬に比喩されてそう呼ばれるようになったのである。
「店頭にはおいてませんが、在庫が蔵にあるかもしれませんので調べさせますよ。」
「すみません、お手数かけます。」
妹紅は恐縮したが、客なのだからもっと偉そうにしていればいいと思う幽香。
その時、下働きの少女がお茶を持ってやってきて、番台の小さな座敷にどうぞと並べる。
幽香はいつもそうしているように、茶屋で一休みするような物腰で座敷に腰掛け出されたお茶を飲む。妹紅に出された湯呑みと絵柄が違うことから、恐らく幽香専用の湯呑みだろう。
番頭は伝票のような物を懐から取り出し、美しい光沢をもつ筆とは違う書き物で何やら書き始める。
その書き物は万年筆と呼ばれる墨が途切れない万年使えるという筆で、幽香はそれに気付いて番頭に食いつく。
「あら、綺麗なペンね。」
「旦那から頂いたんですよ。」
「それって、向こうの世界の?」
妹紅も興味を示して尋ねる。
「ええ、色んな物が流れてくるんですよ。前の持ち主はご愁傷様ですが、仏様の道具はこうやって使って供養してやるのが一番なんですよ。」
現代の道具が幻想郷に流れてくるのは、人間が身につけているものがほとんどである。携帯電話、ノートパソコン、財布、お金、各種カード、ハンカチ、衣服、下着、靴、カバン、帽子その他諸々。
今着ている妹紅の服や幽香の服もそうやって流れてきたものである。
年間多い時で200人近い人が世界各地から流れ込んでくる。そんなことが幻想郷隔離から500年も続いているのである。累計で考えると相当な量になる。
番頭は入り用の物を伝票に書いて、住み込みで働いている丁稚奉公の少年を呼んで蔵に手配をする。
蔵は蔵守という役職の蔵専属の霧雨の一族の管理人がおり、道具屋の番頭といえど蔵に勝手に入ることはできない。蔵の物がいつ誰が何を持ち出したかを記録するために伝票に記載して残す事が義務付けられている。これは質屋としての責任と信頼の為であり、他の蔵ではこのようなことはしない。
「少し時間かかると思いますけど、ごゆっくりしていってください。」
「あ、あの・・・店内見て回ってもいいですか?」
妹紅は店の珍品に興味があり、じっくり見てみたい衝動に駆られてそう質問する。
「どうぞ、どうぞ、手にとってみても構いませんよ。」
その言葉を聞いて妹紅の顔が子供の様に明るくなる。肉体的な年齢は12歳前後なのだが、醸し出す雰囲気がおよそ子供のものとは思えないので年齢相応にはみられない妹紅。そんな童心に返る妹紅を見て、昔の自分を見ているようで恥ずかしくて見てられない幽香であった。
妹紅はさっそく店内を見て回る。
人の顔が描かれた長方形の紙を手にとる。質の良い紙で思わず呪符に使いたくなる一品だが、その紙の置いてあった棚の説明書きを見てそれが向こうの世界のある年代に流通した紙幣であることわかった。説明はかなり詳細に書かれており、これは現在香霖堂の店主が霧雨道具店で働いていた時に書き記したものである。
硬貨などもあり、金色で穴のあいたものがお守りとして人気があるらしい。
最近なって流入するようになった携帯電話もたくさんの種類があり、河童がよく買い付けにくるそうである。
妹紅はそれらの品々を恐る恐る手に取って見ながら初めて触れるそれら向こうの世界の物を見て、感心すると同時に危機感も覚える。
幻想郷入りした約300年前とは恐ろしく変化しており、妹紅が生まれて幻想郷入りするまでの約1000年と幻想郷入りした後の300年を比べても加速度的に時代が進歩していると感じる。自力で月まで行ったという話もこの店に来て実際に物を手に触れてみると眉唾には思えなくなった。
このまま突き進めばやがてどこかで行き詰まるかもしれない。そして、長い平和が時代の暴走を許していると思うと同時に、その平和を生み出しているのが不死鳥が不在だからだろうと思うのである。
不死鳥の転生による世界の異変は進歩に一定の足かせとなると同時に「このままではいけない」「生き方を変えなければならない」といった精神的な改革をもたらす。
常識の転換による生き方の変化が世界との共存繁栄になるはずである。しかし、このまま世界を置き去りにして進歩を続ければどこかで必ずツケを払わなければならなくなる。
妹紅はマルキの店内を見て回っているうちに、紫の起こそうとしている異変を忘れてしまったが、再びそれを思い出してブルーな気持ちになる。
気持ちが入れ替わると手に取った美しく装飾された派手な携帯電話が虚無に思えてくる。
足取りの重くなった妹紅はゆっくりとその幻達を眺めながら店の北東の角にやってくる。北西の角にある自動車とよばれる鉄の塊をどうやって店内にいれたのか不思議に思いつつそれにばかり気を取られていたが、北東の角の東側から誰かに見られているような感覚を覚えて振り向くと、その壁に大きな肖像画が掛けられている事に気付く。絵の下には小さな机と椅子があり絵と併せて一式非売品の札がかけられている。
先程まで興味を示していた自動車の事はすっかり忘れ、その肖像画から目が離せなくなっていた。
金色の髪の女性が描かれており、絵の前にある机と同じ机が描かれており、それを前に、同じく絵の前にあるものと同じ椅子に座っており、机の上の本に右手を置いている。名前を呼ばれて本を置き振り向いて微笑んでいる。そんな場面が描かれているようであった。
恐らく5分以上そうしていたのだろう、動きの止まった妹紅の様子を見に風見幽香が近づいてくる。妹紅はその様子を背中に感じながらも絵から目を離す事が出来ずにいた。
妹紅の斜め後ろに立った幽香は、懐かしそうにその絵を見て口を開く。
「霧雨サリア・・・みんはサーヤと呼んでいたわね・・・。」
「・・・サリマン・クロォイツ」
「何それ?」
「この人の本名・・・かな?」
「本名?あなた知り合いだったの?」
「いや、この人がそう言ってる・・・。」
「え?」
幽香は妹紅の後ろ姿を一瞬見てもう一度絵に向き直る。
「この絵が・・・言ってるの?」
「そう。」
「・・・。」
幽香は黙り込み絵の人物を思わず凝視する。妹紅が妖術使いとして様々な問題を解決する仕事をしていたことは本人の口から聞いており、さらに自分を倒した事なども含めてその実力を今更疑うものは何もない。
どこぞの馬の骨が語るのなら殴ってやるところであるが、その妹紅が言うのなら間違いないと幽香はすんなりと今の会話を受け入れていた。
「何て言うの?所謂、幽霊がいるってこと?」
「いや、霊はいないわね・・・思念みたいなものね。誰かに伝えようとしている感じ・・・。」
「何を?」
「娘を助けて・・・って言ってる。」
「娘?魔理沙の事?」
「魔理沙?魔理沙はこの人の娘なの?」
「そうよ。」
「ああ、そうか!霧雨ってあの子ここの娘か。」
「気付いてなかったの?霧雨っていったらここしかないでしょ。」
「こんなでかい家が実家なんて、あいつの雰囲気から全然想像できなくて・・・。」
「魔理沙は10歳の時に勘当されてるの。およそお嬢様的な暮らしはしてないわ。」
「勘当?そうか・・・それで助けてって言ってるのか?」
「どういうこと?」
「さっき幽霊とかいってたけど、つまりこの人亡くなってるんでしょ?」
「ええ。」
「母親なら誰かに助けを求めなくても守護霊になれる。でも、勘当されてるってことは一族との縁が切れてるから守護霊にはなれない。守護霊にさせるなら、この人も一族から外してお墓を移さないと・・・。」
「・・・。」
「それより、助けが必要な何かやばいものを魔理沙はかかえてるのかしら・・・。」
幽香としては魔理沙に問題がある事について心当りがないわけでもない。10歳の時の勘当がそれだ。しかし、この話は魅魔の件と重なり今はあまり言いたくは無いので話を変える幽香。
「妹紅、あなたは魔理沙とどういった関係?」
「永夜事件の後、私は永遠亭から指名手配されて、沢山の人間や妖怪が私を討伐に来たわ。その時の一人だけど・・・。」
「だけど?」
「魔理沙は私と純粋な弾幕勝負を挑んできたわ。他は私を殺しにきてたのに・・・。」
「あの子はそういう子よ。」
「だから・・・というわけじゃないけど、印象に残ってるし、気に入ってもいるわ。ただ、会って仲良く話すような仲ではないわ。」
妹紅の魔理沙の印象を聞いて幽香は顔が少しほころぶ。
「サーヤは、幻想郷入りした時に東側で大暴れしててね。あの辺にいる妖怪はサーヤに太刀打ち出来なくて。私的にはその辺の妖怪がどうなろうと知った事じゃなかったんだけど、サーヤが太陽の畑あたりにきたから私も普通に戦ったの。ものすごく強くてね。まるで魅魔を少しスケールダウンしたような感じで。」
「それで?」
しゃべりながら思い出にふける様な様子を幽香が見せたので、話の続きをせがむ妹紅。
「私が勝ってというか向こうが降伏してね、そのまま里に連れて行ったの。妖怪もいる里でもやっぱり外国人は珍しいらしくて、みんな怖がってて・・・で、私はマルキによく出入りしてるし、外から来た物はとりあえずマルキってことでここに案内したのよ。」
その時、番頭も近づいてきて話しに加わる。
「旦那はその時、御上さんに一目惚れしましてね。風見様の仲人で夫婦になったんですよ。」
「妖怪が仲人ねぇ~。」
妹紅は信じられないという表情でそうつぶやく。
「ここは、御上さんのお気に入りの場所で、いつもここで店の奥を見てくれてたんです。」
3人はしんみりとその机と椅子を見つめる。
「でも、待てよ・・・この人亡くなったのいつ?」
「お嬢を生んでから乳離れするくらいですかね?」
「魔理沙は今、17か18歳?」
「そのくらいですね。」
幽香の問いに番頭が答える。妹紅は17歳にしてはずいぶんと子供だなと内心で思いながら話を聞く。
「と、いうことは15年くらい前か・・・思念は比較的最近のだけど・・・つまり、魔理沙が勘当された後に絵にメッセージの残したのか・・・。」
思念についての話は番頭がここに来る前の話しだったので、彼にはまったく意味がわからなかったが、番頭もマルキの一人娘である魔理沙を心配しており、話をすれば助けが得られそうな雰囲気だったので当時の事を話し始める。
「本当はここでお嬢の話は御法度なんですがね・・・。」
番頭はそう最初に断りを入れる。
「お嬢と巫女さんは同じ日に生まれたんですよ。で、その10年くらい前から里に子供が一人も生まれなくて、そんな折りに急に2人も生まれたんです。」
「ああ、確かにその時そうだったわね。」
幽香もその番頭の話を聞いて当時を思い出す。
「生まれる10年前というと・・・今から30年くらい前の話しね・・・。」
妹紅は乏しい里の住人の記憶をたぐってみたが、確かに霊夢くらいの年頃から30歳くらいの所謂若者の姿が少ない事を思い出す。
それと同時に子供が出来ないと言うことに関して妹紅には心当たりがあったので、それについて尋ねる。
「子供が生まれなかった時期って、死人も少なくなかった?」
妹紅の突然の問いに番頭と幽香は一瞬キョトンとしたが、番頭の顔色が見る見る変わるのを見て妹紅の予測が当たっている事を確信する。
「ええ!ええ!あの当時通りの蔵持は長生きで長寿祝いが盛んでした。」
現在40代くらいの番頭が20代の時は、子供がいなかったが老人が長生きしていた。ちなみに幽香はそこまで覚えていない。
「お嬢たちが生まれてすぐ、御上さんが亡くなって、その後大旦那と大御上も亡くなって・・・。それだけじゃなく、通りの蔵持のご長寿が示し合わせた様に次々と亡くなって大騒ぎになったんですよ!そのせいで呪われてる巫女だとか、悪巫女って呼ばれて、通りから追い出されたんですよ。巫女さんが・・・。」
大旦那、大御上とは魔理沙の父親の両親のことで当時は50歳くらいである。人間の里では60歳も過ぎればご長寿扱いなので、50歳だとそれなりにいい歳である。
「確かにお葬式が多かった時期があったわね・・・こっちは大繁盛だったけど・・・。」
人間の里の葬儀は、当時の向こうの世界と同じで仏教式の火葬で、従来の土葬から早めに切り替えている。
平安時代あたりまでは、仏教が現在の様に主流となっていなかったので、弔う方式が様々で平民レベルでは普通に土葬が主流だった。西暦1000年前後の博麗の里では平民レベルでも火葬を取り入れていた。埋葬した遺体を妖怪などに悪戯されないようにという目的もあったが、人が死ぬと穢れになるという思想を早期に廃滅するために博麗神社主導でそうしたのである。
「それはきっと妖の力が強くなったせいね。」
「あやかし?」
番頭は妖と聞いて思わず妖怪の幽香を見てしまい、慌てて妹紅に向き直る。
「妖が強いと人が死ぬの?」
番頭の態度を気に留める様子もなく幽香は妹紅に尋ねる。
「その逆よ。人間は健康になるの。」
「健康?」
「というより、妖怪化するといえばいいのかしらね。体が丈夫になる。」
強すぎる妖の力は妖怪にも人間にも毒となるが、弱い妖の力は体の強くする働きがある。
「体が丈夫になるんでしたら子供も生まれるのでは?」
番頭も妹紅の言葉に納得が出来ない様子である。
「番頭さんの奥さん、お腹に子供が出来た時、つわりはあった?」
「ええ、うちのは少しひどかったようですが・・・。」
「つわりは何で起こるか知ってる?」
「それは・・・子供が出来たぞって知らせるためでしょ?」
「それはあくまで結果論ね。つわりは一種の異物を排除するための拒絶反応よ。」
「はぁ?子供が異物だっていうの?」
その妹紅の言葉に幽香が急に反応する。
「肉体は人間の心とは関係なく健康な状態を維持しようと常に働いてるの。異物が入ればそれを排除するために、熱を出して病原菌を焼き殺そうとしたり、毒となる物ははき出そうとする。お腹の子供も最初は体は異物と間違えるのよ。」
「はーそりゃー初耳ですね。」
「お酒も常時飲んでると中毒になって酒が抜けると酷くなるでしょ?体は常時その状態が続くとそれを普通と思い込んで、今度はその異常を維持しようと働くの。子供もそうやって最初はつわりという拒絶反応で排除しようとするものの、そんな程度では排除出来ず、時間がたつとそれが普通になって母親の健康も戻るの。」
「ということは・・・丈夫になりすぎることで・・・」
「そう、本当に排除しちゃうのよ。」
「はー・・・。」
番頭は空いた口が塞がらないという状態になっていたが、そこで何かに気付いて手をポンと叩く。
「子供が生まれないのと長生きは、つまりセットなんですね!」
「ええ、そして巫女が生まれた事で、妖の力が弱められた。たぶん、その前に妖が強くなったのは神主が出奔したからじゃないかしら?」
その妹紅の予想に幽香も番頭も首をかしげて当時を思い起こす。番頭にとって約30年前は10歳前後であるのでいまいち記憶が確かではない。幽香は神主の出奔は知っているがそれが具体的に何年前かはすっかり忘れているし、幽香くらい長生きしていると10年と50年の区別があまりつかない。
具体的な返答が得られなかったのでたぶんそうだろうということでその場はそれで収まる。
「巫女の存在が妖を祓い普通になった。そして、普通になったから長生きし過ぎていた人達が一斉に亡くなった。考えてみればあたりまえですよね・・・。」
番頭が腕組みをして頭をひねりながらしみじみと語る。
「霊夢は、まー博麗の血として特別なのはわからなくもないだけど・・・魔理沙はどうなの?」
幽香が魔理沙の生まれを不思議に思う。
「その前に聞きたいのだけれど、霊夢、巫女の生みの親って今は?」
「生んですぐ亡くなったみたいです。私の方はお嬢が生まれてそれどこじゃなかったから、あっちがどうなってるかいまいち分からなくて・・・。」
「あっちって?」
「ああ、農民の方って意味です。」
「里は北の大通り側の上地区と、南の農家側の下地区とだいぶ違うのよ。」
幽香のフォロー。ようするに富裕層と貧困層という区別である。霊夢は南の貧困層の生まれで、魔理沙は富裕層の生まれということである。
博麗神社移設後、里では博麗の有難味が薄れ、巫女の誕生が大きな話題にはなっておらず、寧ろ老舗のマルキで生まれた魔理沙の方が里では大きな話題になっていた。
この時期里の住人のほとんどが博麗の一族と混血が進み、閉鎖的な土地でその血が受け継がれていたので巫女や神主の有資格者はどの家からも生まれる可能性があった。博麗の血が誰かに宿ると妊娠中に胎児の影響を受けて母親に不思議な力が宿るなどすぐに分かる。霊夢の時は母親が勝手に宙に浮くので家の中にしばりつけていたそうである。
北と南で同時に子供が生まれたが、霊夢の母親は霊夢を生むと同時に亡くなり、魔理沙の母親も難産で死にかけたが、かろうじて命を取り留めた。
母乳をもらえない霊夢はすぐにマルキで引き取り、魔理沙と霊夢は同じ母親の乳で育った。不吉の始まりは乳離れをする2歳前の時で、魔理沙を生んで以後極端に体が弱くなったサーヤが亡くなり、その後立て続けに一家に不幸が訪れる。
妹紅の言う様にこれは平常に戻った事で霊夢に罪はないのだが、当時は下地区からきた巫女が悪い物を運んできたと噂され、呪い巫女、悪巫女として下地区に戻されてしまう。
北と南にわけられても同じ歳の子供同士、しかも子供といえば里にはこの2人しかいないので魔理沙と霊夢はすぐに友だちになって毎日の様に会って遊んでいた。
このことは上地区では快く思っていなかったのだが、霊夢らが5歳くらいに成長してから下地区でベビーラッシュが始まり、下地区側では霊夢は子宝の神の使いと可愛がられた。霊夢の成長で次第に妖の力が祓われいったおかげである。
このことを受けた上地区でも子宝に預かるため、霊夢をあずかろうとする動きが出て一旦霊夢は魔理沙の家マルキに戻る。そこで子宝に預かろうと沢山の人が訪れ霊夢は神様の様に崇められて立派な祭壇に祀られる始末。
それまでちやほやされていた魔理沙の立場が一転して、霊夢にばかり注目が集まる事を不満に思った魔理沙は、当時霊感が強く普通の人には見えないものがよく見えて怖がっていた霊夢の性質を利用して、現在妹紅が住んでいる藤原邸、当時のお化け屋敷に拉致して閉じこめ苛めるが、そこで現状の扱いに戸惑い悲しみを覚え、昔の様に魔理沙と一緒に遊びたいだけという霊夢の本心を知った魔理沙は、以後霊夢を守る為に無理矢理祭壇に祭り上げられる霊夢をさらってどこかに遊びに連れ出す様になった。魔理沙の盗み癖はこの時が始まりといえる。
魔理沙の誕生とサーヤの葬儀で延び延びになっていた森近霖之助の独立と香霖堂の開店は魔理沙が4歳の時に無事に成され、以後そこは霊夢と魔理沙の恰好の隠れ家となる。
魔理沙の母親サーヤが魔法使いであることは魔理沙に秘密にされてきたが、口をすべらせた森近霖之助の言葉から魔理沙は母親と同じ魔法使いを志す様になる。魔理沙6歳の時である。
押入の奥に隠されたサーヤの遺品から魔導書を探し当て独学で魔法を身につける魔理沙。異国の文字の解読を始めるなど、6歳にして魔法使いの片鱗を見せる魔理沙は、7歳になると自分の魔力を基にホウキを使って空を飛び始めるようになっていた。
霊夢の母親は既に亡く、どこの誰が生んだのかすら記録がない。その時の事を覚えている近所の住人の話によると当時16、17歳くらいの女性で結婚していたかどうかは定かではないらしい。ちなみに16歳で出産は里では普通である。下地区では結婚をしていても特に記録を残しているわけではなく、何世帯も軒を連ねて暮らしている長屋住まいだと、誰が父親かも分からない子供も多く、子供は地区全体で面倒を見るのが普通であった。誰の家の子供といった区別なく、まんべんなく公平な躾がされるので、下地区の子供はみんないい子だと慧音はよくいっていた。
妹紅は番頭の話を頼りに後で慧音に尋ねようとも思ったが、今の2人の関係では無理な話で頭が痛い。
「私が昔いた妖術使いの里は、里自体がもの凄い妖の力に覆われていて同じように子供が出来ないの。で、結婚したら里の外で子供をお腹に宿して戻ってくるのよ。」
「なるほどね。」
「で、極々稀に里で妊娠する人がいて、それで生まれた子供は所謂鬼子で、もの凄い力を持って生まれるのだけれど・・・。」
「けど?」
「母親は出産後3年以内に死んだわ。」
「!」
幽香と番頭は顔を見合わせた。
「それって、サーヤと同じよね。」
「原因は、子供が母親の力を根こそぎ吸い取って生まれてしまうから。母親の能力が高いとすごい子供が生まれるのよね。さらに父親もすごければとんでもないわ。」
「生き写しのようなものね。そこに父親の才能を加わると・・・。」
「魔理沙のお父さんはどんな方?」
「どんなって・・・ものすごく頭のいい人で、目利きだし、人を見目もあるし・・・こんな商売してますけど、お金にぜんぜん執着しないどころか、金になるコーリンの力を外に出して独立させちまうしで、なんだかんだで凄いお人ですよ。」
コーリンというのは、森近霖之助の妖怪名である。
森近霖之助は父親が妖怪で母親が人間のハーフで、見た目30歳前後であるが既に200歳を超えており、まだまだ老ける様子が見られない。
誕生後40年程経って母親が寿命で亡くなり父親と暮らしていたが、酒癖の悪い父親は妖怪ということもありほとんど働かず、母親が生前勤めていたマルキの当時の店主がコーリンに同情して店で働けるように世話してもらい父親を養っていた。
その後父親は多額の借金を残したまま行方不明となりコーリンはそのままマルキで働いて借金返済をしていた。父親と違って母親に似たのか真面目で頭も良く計算も速いので100歳を越える頃には借金も返済し終え、マルキでもそれなりに出世し番頭付きにまでなった。
マルキに三代にもわたって務めていたコーリンには特殊な能力があり、それは誰にも知られていなかったが、現在の店主になってサーヤがマルキに嫁いだ事で転機が訪れた。
陳列する品物棚の説明にさりげなく用途が書き込まれている事に気づいたサーヤは、コーリンを問い質してその能力の存在を知ると、それを主人に告げた。
コーリンはこの能力を金儲けの為だけに使われたくなく自分だけの楽しみに使いたかった。この力を知られてこき使われることを恐れたコーリンはマルキを出ようと決心し、店主に辞表を出すがそこで猛烈に叱られ、その力は道具屋として天性のもの、でもそれを誰かに利用されたくなければ独立しろ、店舗の費用はマルキで出すと言われ、口に出せず内に秘めていた独立の夢がサーヤのおかげで現実になった。
森近霖之助はマルキの店主を尊敬し、サーヤ共々恩人と敬っており、彼らの一人娘の魔理沙を自分の妹のように可愛がった。
コーリンはその後母親の姓と元の名前からリンを取って人間様式に森近霖之助と改名し、店の名前を元の自分の名前を基にしてマルキの店主が香霖と漢字をあてて「香霖堂」と命名してくれた。
魔理沙が森近霖之助をコーリンと呼ぶのは改名前から本名を知っているためで、霊夢が「霖之助さん」と新しい名前で呼ぶのはコーリン時代にほとんど面識がなく、よく話す様になったのが霖之助と改名し独立して今の店舗を構えた後だからである。
ちなみに古くから森近霖之助と面識のある里の人はほぼ全員コーリンと呼んでいるが、改名後に知り合った人には新しい今の名前で呼んで貰う様にしている。
番頭の話しぶりからすると、番頭自身店主をいたく尊敬しているような話しぶりである。
父親と母親の能力をダイレクトに引き継いだ霧雨魔理沙。しかし、今現在勘当されているとのことだが、その原因が気になる。
「(・・・でも。)」
問題があれば解決してあげたいとは思うものの、先ずは紫の起こす異変と、それに対応出来る準備をしておく事が先である。そして、マルキに来た理由がその準備としての呪符の材料の調達であった。
「ところで在庫はありました?」
これ以上話し込んで時間を潰すのは勿体ないと思った妹紅は後ろ髪引かれる思いで話を現実に戻した。
「ああ!そうだ、話し込んですっかりわすれてました!」
大事な事に気づいた番頭は妹紅の問いに深々と頭を下げ、残念ながら在庫切れだと告げる。
「先日香霖堂に卸したとのことで、早急の要件なら香霖堂に行ってみてはどうです?紹介状書きますから。」
「香霖堂か、丁度良いわ。この後そっちに寄って帰るつもりだったから、ついでに案内するわ。」
「幽香は常連なの?香霖堂の。」
「まぁね。」
店を出て東に向かう妹紅と幽香。番頭との別れ際に為になる話をして貰ったと感謝された妹紅だが、博麗神社が健在の時は里の連中も常識として妖の本質を知っていただろうと予想する。それだけ里と神社が距離的にも精神的にも離れてしまったということだろう。
妹紅としても博麗神社の重要性はわかる。博麗神社の再建は八雲紫も上白沢慧音も考えているはずだ。そして、この2人は別のやり方でそれを行おうとしていると妹紅は予想する。
「・・・。」
少し黙っていると自分の考えに没頭する妹紅を見て、これから紫が起こそうとする異変に幽香も思いがいく。
紫に当てにされていない幽香としては他人事で済ましても良いのだが、間違えれば幻想郷消失という事態にもなりかねないので無関心ではいられない。紫に当てにされていないのなら妹紅に当てにしてもらいと思う幽香である。
妹紅に敗れてから興味本意で付き合ううちに隠されていた妹紅の様々な秘密に幽香は衝撃を受けた。やがて幽香は妹紅に釘付けになり、妹紅から目が離せなくなった。
ケガが治った事で藤原邸に居座る口実がなくなったのが残念である。
2人はしばらく思い思いの考えにふけりながら里の大通りを東に向かって歩いていた。
「さっきの話だけど・・・。」
里の東門を抜けて街道に出て人目が無くなった時、幽香が少し神妙な顔で話しかけてくる。
「ん?」
「サーヤの事だけど、魔理沙を助けてというのはどういう事?」
「言葉通りじゃないの?」
「・・・。」
「何か心当たりあるの?」
「・・・別に。」
本人はそれで誤魔化しているつもりだろうが、明らかに何かを知っている様なそぶりをする幽香。
「何をもって救われた事になるかは、その時々で違うから・・・。例えば、憑き物を取ることも救う事になるし、苦しみから開放するために命を奪う事も救いと言える。」
「私は、霊夢や魔理沙が小さい時から知ってるけど・・・。」
「けど?」
「今の2人を見ていると、小さい頃のあの子達と別人みたいなのよね。」
「そりゃー人間だもの大人になればいろいろ変わるんじゃない?」
「それはそうだけど・・・ただ・・・。」
「けど、とか、ただが多いわね今日は。」
幽香の言動にいつもの歯切れがないと感じる妹紅。
「あの子達、小さい頃私と話をしていることとか覚えているのかしら・・・。」
「霊夢は明らかに忘れている感じね。魔理沙もそうなの?」
「魔理沙は・・・むしろ逆かな・・・あれだけの事があったのに全く変わってない・・・。」
「あれだけのこと?」
「・・・ん、なんでもないわ。あの子は無茶ばかりするから・・・。」
何かを言いかけて急に話をそらしたと妹紅は思った。「あれだけのこと」が原因で家から勘当されて、その事に幽香が一枚噛んでいる。と予想は出来る。
サーヤと呼ばれている魔理沙の母親は幽香と一戦交えており、サーヤは幽香に気に入られて里に連れてこられたと思われる。友好的な交流はその後も継続したと思われるが、その一人娘の魔理沙や引き取って乳を飲ませた霊夢らを幽香がよく知っているのは別に不思議ではない。本人等が忘れているだけで、赤ん坊の時に幽香に2人はおもちゃにされたことだろう。
霊夢に軽い記憶障害があるのは妹紅も感じ取れており「あれだけのこと」に、もしかしたら霊夢も絡んでいるということだろうか?だとすれば、それは魅魔と呼ばれる悪霊とも関係するのだろうか?
霊夢の話しによると、魅魔と霊夢は一戦交えており魅魔はそこで戦死している。
「(そういえば・・・。)」
妹紅は幽香が魅魔に対して何か特別な感情があるような言動と印象を覚えている。魅魔、幽香、魔理沙、霊夢。この4人の間で何かあったのだろうか?そして、その時八雲紫は何をしていたのだろうか?
「(しかし・・・。)」
妹紅は首を軽く振った。今はそれどころではない。問題を解決する事に妹紅としては吝かではないのだが、今は時期が悪い。優先してすべき事がある以上今はそれに集中したいと思う妹紅である。
そして、その事は幽香も承知しているから、これ以上妹紅に突っ込んだ相談が出来ず話を止めたのだろう。
里の東の門を抜け数分歩くと北の魔法の森に向かう細い道と交わる三叉路に出る。ここからさらに歩くと妹紅と幽香の戦った場所にでる。
幽香は三叉路から北に向かう際に横にいる妹紅に一瞥だけいれて、無言で進路の変更を告げる。
妹紅はこんなところに店があるのかと不思議に思う。普通商売しているなら案内の看板の一つも三叉路あたりに出して置いてもいいと思うのだが・・・。
道をさらに数分北上すると道はそのまま森の中に続いていた。
「森に入るの?」
妹紅の問いに笑みだけで返す幽香は、そこで立ち止まって少し後ろにいた妹紅に振り向く。
「ここよ。」
「どこ?」
幽香は香霖堂に着いた事を告げるが妹紅には店らしきものはどこにも見えなかった。
そんな妹紅を尻目に南北に伸びる小道から道のない東側の木々の間に入っていく幽香。妹紅もそれにならって木々に間に入る。
「あっ。」
妹紅は急に目の前に現れた建物に驚いて思わず口を開いた。ほんの数十歩の距離だが木々の重なり具合で道からまったく店舗が見れない状態だったのだ。隠れて見えなかったというより、わざと隠しているようにも思える。
「香霖堂」と横書きの大きな看板が入口の上にかかっている。建物の形状は真壁造りの平屋だが、里に普通にみられる家とは違い、かなり頑丈に作られている。
屋根が銅の様な質感を持つ金属の薄い板が貼られ、こまめに修繕する必要がないように初めから何十年、何百年持つ建物として作られているようだ。
こぢんまりとした建物だが建材など作りはしっかりしておりかなり金がかかっているだろう。
周囲の木々は奥に見える魔法の森とは別の種類の樹木で、香霖堂の位置はちょうど魔法の森の境界に立っている感じである。
魔法の森は大陸のはるか西のヨーロッパ方面から土地ごと幻想郷に移動させた森で、「豊穣の森」といった名前のある単一の森林地帯ではなく、ヨーロッパ全域の複数の小さな土地をつなぎ合わせて一つの森として形成してからパズルのピースの様に幻想郷の予め予定していた土地にすっぽりとはめ込んだものである。
その為、森とその他の土地との自然な地続き感がなく壁の様に立ちはだかる不自然な圧迫感がある。
魔法の森は常に異様な気を放っており、実際に森の中には有毒ガスが発生する場所があり風向きによって危険な場所が日によって変わる。森の東側、つまり神社側は比較的安全で、香霖堂前から森に入る獣道は安全なルートを探り当てる様に蛇行して魔理沙の家を経由して神社の裏に出る。元々魔理沙の家は神社に参拝が行われていた当時、目印兼休憩所のように使われていた建物である。神社の参拝客が完全に途絶えた今は空き家になっており、魔理沙が住み着いたというわけである。
魔法の森中央やや湖寄りに西洋墓地と呼ばれる吸血鬼戦争における吸血鬼勢力側の戦死者の墓地がある。ここは未だに悪霊の巣窟で幻想郷でも1、2を争う危険地帯である。妖怪の間では、魔法の森は吸血鬼の墓場という印象を持っている者が多く、その為妖怪はこの森にほとんど近づかず、里ですら妖怪の住みかの一つであるにもかかわらず、魔法の森は幻想郷でも唯一妖怪の住まない場所となっている。
妖怪のいるところ必ず騒ぎになる関係上、外の喧騒を離れ静かに研究に没頭したい一部の変わり者が魔法の森に住み着いているが、これは例外中の例外である。
「さ、行きましょう。」
「あ、うん。」
新しい運命の連鎖はここから始まる。