東方不死死 第21章 「人間の魔法使い」
人間の里を東に出てそのまま少し歩くと北に向かう道との三叉路になる。この道を北上して魔法の森へ向かう途中に香霖堂という古道具屋がある。
その香霖堂前に2つの人影あった。藤原妹紅と風見幽香である。
妹紅の求めに応じ幽香が案内した先のマルキ、霧雨道具店から紹介されたお店である。
「さ、行きましょう。」
「あ、うん。」
幽香に促され、木々を分け入るように香霖堂に近づく妹紅。
「しかし、なんでこんなわかりずらい場所に・・・。」
真っ当なお店なら客が来易い様に目立つ場所や目立つ看板を置くものだが、このお店は人の寄り付かない里の結界の外にあり、しかも看板もなく、更に意識的に人目につかないような場所に建っている。このことから真っ先に想像できるのは、「まっとうな商売」をしていないということであった。
しかし、先程マルキの番頭や幽香の話から、店の主はそのような妖しげな商売をする人物には思えない。
「どうしたの?」
立ち止まって看板を眺めていた妹紅に香霖堂のドアを既に半分開けている幽香が振り向いて訝しげに尋ねる。
「いや、なんでも・・・。」
考えてもしかたがないと、呪符に必要な和紙が調達できることを祈りながら幽香の後に続いて香霖堂の玄関に入る。
明るい外から急に薄暗い屋内に入った事で目が暗闇に慣れず店内がとても暗く感じる。
「店主いる?」
「ああ、いらっしゃい、幽香さん。」
奥のほうから香霖堂の店主と思われる若い男性の声が聞こえる。
幽香に続いて香霖堂に入った妹紅は、建物周辺が木々に取り囲まれている理由が理解できた。
店内は陳列棚に光が効果的に差し込むように天窓や小さな採光窓に細工がされており、部分的に目立たせると同時に薄暗い部屋をより暗く強調させている。
雨戸で完全に暗くすると歩けない程になるので、窓を開けていても店内全体が薄暗くなるように建物の周囲を木々で囲っていたのだ。
明るい外から店内に入ると薄暗い場所はほとんど見えない工夫がなされている。その為、店主の声は聞こえど、姿が影の中にあって最初は見えない。妹紅は思わず「なるほど」と心の中で唸った。不審者が来ても店主の姿は見ることはできず、先に動けるのは店主の方である。
会計所は入り口正面奥にあり、会計台とその上に奇妙な四角い機械が置いてあるのは差し込んだ光で照らし出されているのでわかる。
声はその会計台の置くから聞こえ、店主らしき人物が立ち上がると暗闇の中からすっと大柄の男性の上半身がが現れた。
「ああ、藤原さんもいらしゃい。初めてですよね、ここは。」
「!」
マルキの番頭と同じように香霖堂の店主も何故かこちらを知っている口ぶりであるが、妹紅は初めて見た顔である。
「あら、知り合いだったの?」
幽香が意外そうに妹紅に振り向くが、妹紅が否定をする前に店主の方から謝罪があった。
「あ、すみません。僕が一方的に知っているだけで、藤原さんは僕の事は恐らく知りませんね。」
あははと笑いながら頭を掻く一人称が「僕」の店主。霖之助は入店してきた幽香と妹紅の組み合わせを意外に思ったがそれは顔に出さない。
「はじめまして、香霖堂の店主をしてます森近霖之助と申します。以後ご贔屓にどうぞ。」
頭を掻きながらペコペコと腰低く挨拶をする森近霖之助。
「あ、はじめまして、藤原妹紅です。」
霖之助と同じようにペコペコと恐縮し頭を掻きながら挨拶をする妹紅。そして、人間と妖怪で対応が全く違う妹紅と霖之助の態度が気に入らない幽香。
挨拶を終えた霖之助は会計台の奥から出て妹紅の前に来ると名刺を差し出す。受け取った妹紅は改めて森近霖之助の全体像を見る。
爽やかな好青年的な声とは裏腹に背丈は6尺(180cm)以上、骨太の頑丈な体型をしており見た目は力仕事をしていそうな感じで、とても古道具屋の店主にはみえない。
妹紅はもっと小柄で痩せた人だと勝手に思い込んでいたので少し驚いた表情をしてしまう。
その表情に気づいた霖之助は、妹紅が何も言っていないにも関わらず初対面の人は自分を見てとても驚くのだと笑いながら席に戻った。霖之助が席に戻った時にはすっかり店内の暗さに目がなれ、ほとんどのものが識別できるようになっていた。
人間と妖怪の混血という話だが、身体的には妖怪の父親の血を強く引き継いだのだろう。温和な雰囲気、性格は母親ゆずりと言うことだろうか?
霖之助の父と母は異種族でありながら正式な結婚という手続きを経て戸籍にも登録して夫婦になったもので、外の世界では考えられない事である。人間の女性が鬼や妖怪の子を孕むのは決して珍しい事ではなかったが、それは愛し合った結果ではなく乱暴の果ての副産物のようなものである。
父親は定職には就かず力仕事の日雇いが主で母親はマルキに勤めていた。母親が歳を取り寝たきりになると家事の出来ない両親の代わりに霖之助が家の仕事をしたが母親が老衰で死ぬと父親は酒浸りになってしまった。
当時のマルキの主人が家の事情に同情して霖之助をマルキで雇い暮らしは安定したが、父親が酒代の莫大なツケを残して家を出てしまい、その後借金返済の為に死に物狂いでマルキに奉公する。その時の働きが評価され、今の森近霖之助があるのは皮肉なものである。
母親は病気などではなく天寿を全うしたそうで、母親にとっては幸福な人生だったかもしれない。しかし、姿が変わらない一人息子の霖之助と夫を残して先に逝かなければならない彼女は本当に幸福といえるのか本人にしかわからないだろう。
人妖の交配は人間同士のそれと違い、バランス良く特徴を引き継ぐ事は少なく、特に外見は両親どちらかに大きく偏る傾向がある。そして混血はほとんどが父親が男性で母親が女性である。
母親が妖怪の場合、母体が強すぎて子供が生まれない。子供を産める年齢というのは妖怪も人間も若い時に限られており、軽く100年以上生きる妖怪でも出産適齢期は人間とあまりかわらないのである。
「さっきマルキに顔を出してきたのよ。」
「ああ、そうですか・・・あ、でも、確か今日は商談ですよね?」
「あなたは何故行かないの?」
「目録を書くのが僕の仕事ですし、それに欲しいものは先に頂けますからね。役得というやつです。」
香霖堂の店舗収入は赤字といっていいが、目録の編集という副業は良い金になり実質香霖堂を支えているのはこの副収入である。ちなみに香霖堂の少ない収入に風見幽香が大きく貢献しているので、霖之助としてはいろいろな意味で幽香に頭が上がらない。
「妹紅、用件あるんじゃないの?」
陳列されている珍しい品々に気をとられている妹紅をたしなめる幽香。
霖之助と幽香の会話の声に反応してうねうねと動く花をモチーフにした像に気をとられていた妹紅は、はっとなって用事を思い出す。
「ああ、そうだ。神社の護符とかにも使える和紙が欲しいんだけど・・・。」
「マルキに行って来たという事はそっちには在庫無しってことですよね?」
「ええ・・・。」
「・・・うーん。」
それを聞いて霖之助の表情が曇る。
「まさか、無いって事はないわよね?」
幽香は妹紅をマルキに案内し、さらに香霖堂にも案内した手前、ここでも在庫切れでは紹介者としての立場がないので凄んで見せる。凄んだところで無いものは無いのだが・・・。
「ちょっと待ってください、幽香さん!」
詰め寄る幽香に両手を振ってあたふたする霖之助。幽香の凄みは本物だが霖之助のほうは余裕がある感じだ。こういうことは今回だけじゃなく、何度も経験しているのだろう。本当に困った客だ。
「朝方、魔理沙が来て在庫丸ごと持っていってしまったんですよ。」
「何で魔理沙が?」
「霊夢さんに転売するためじゃないですか?」
「なんてセコイことを・・・って、魔理沙はちゃんとお金払ったの?」
「まさか!」
ケラケラと笑いながら答える霖之助。
その様子にキレた幽香はとうとう霖之助の胸座を掴んで会計台越しに席から上半身を引きずり出し恐ろしい顔を近づけて脅しをかける。
「そうやって甘やかすから、調子にのるんでしょーが!」
「いや、別に甘やかしてるわけじゃないですよ。色んな珍しいものをこっちも格安で引き取ってますし。」
幽香は手を離し、霖之助冷や汗を拭きながら着物を整える。
「ったっく!魔理沙め・・・人のもの勝手に持っていくし、魔法の実験を花畑でやるし・・・。」
話を聞く限り魔理沙はかなりやんちゃをしているようで意外だと思う妹紅。魔理沙を良く知るものならそっちが普通なのだろうが、妹紅が知る魔理沙は、純粋にスペルカード戦を楽しむ子供っぽいが普通の魔法使いである。
「ほんと、幽香さんは魔理沙が心配でしかたがないんですねー。」
「だーれーが心配だって?」
黒いオーラをまとった幽香が霖之助の首を両手で締め上げる。
悶絶した霖之助は言葉が出せず必死に幽香の締めている腕を軽く叩き続けて降参を示す合図を送る。
妹紅は顔見知り同士のいつもの事?のように最初それを笑いながら見ていたが、霖之助の顔が酸欠で紫色に変色していく様子を見て慌てて幽香を止める。
「ちょっと!殺す気?」
「ふん!」
「た、助かったぁ~・・・ふはー。」
「この位で死ぬような男ではないわよ。」
「いや、死にますって!」
「実際心配してるんだから、照れる事ないじゃない?」
妹紅は幽香がムキになった理由が「魔理沙を心配している」というキーワードだと分かった。口では魔理沙の事を悪く言っているが、それは心配している事の裏返しであるのは妹紅も霖之助も分かっていた。
ただ、幽香としてはそういうところを他人に知られたくないという思いがある。そして、霖之助は既にそれは分かっていたにもかかわらず、口を滑らせてしまったのだ。
他人に知られたくない感情が、既に知られていたという恥ずかしさが照れ隠しの行動となって霖之助に災難をもたらしたわけであるが、口は災いの元とはよく言ったものである。
幽香は感情の起伏が激しく、それが半端ではないので里の人間は怒らせれば殺されかねないという恐怖心を持ってしまっている。その為、幽香が里に頻繁に現れて知り合いもそれなりに多いにも関わらず、里全体で見たときに住人との間に精神的な溝が生じるのである。
その一方で人間に精神的な安心感を与える上白沢慧音という存在があるので、幽香はなおさら里に近いのに遠い存在となっているのだ。
「な!」
妹紅にまで言われて幽香は頭が瞬間沸騰し一気に沸点を突き抜けた。一度キレたらこの後、妖怪は急に冷静になる。
大きく息を吐いた幽香は肩をすくめ、そばにおいてある椅子に腰掛ける。
「サーヤに頼まれたのよ。死ぬ間際に魔理沙達を頼むってね。あんな事を言われたら気に掛けないわけにはいかないでしょ?」
「それは霖之助さんも同じでしょ?」
「・・・。」
「まー、魔理沙が普通に成長していれば、こんな心配はしなくていいんですけどね・・・あんなことがあったから尚更心配なんですよ・・・。」
霖之助がそう応じた時、後半の言葉に幽香は反応して霖之助を睨みつける。霖之助もしゃべり過ぎた事に気づいて慌てて態度を改める。
「あんなこと?」
「あ、いや、魔理沙は無茶してよく怪我とか病気が多くて・・・あはは。」
香霖堂に来る途中、幽香が魔理沙について尋ねてきた。その時「あれだけのこと」と口にした。それと同じ様な事を香霖堂の店主も口にした。
明らかに魔理沙には何か重大な過去があり、それは魔理沙の知り合いの間ではそれなりに有名な事のようだ。魔理沙の勘当の件も含め何か重大な事件が過去にあったことを確信する妹紅。しかし、今はそれに関わる時間も理由もなかった。
正式に解決を頼まれるのならまだしも、妹紅と魔理沙はただの顔見知りである。
この時の妹紅は魔理沙から特別な感情を抱かれている事を知らなかった。
「藤原さん、魔理沙の店に行ってみてはどうです?紹介状書きますよ。」
「店?」
重苦しい雰囲気の中、香霖堂の店主は話を本題に戻す。そこでまた意外な言葉を聞いた。
「魔理沙も一応お店を開いてるのよ。名前だけだけどね。」
霖之助の替わりに幽香が答える。
「霧雨魔法店って言うんですよ。僕の店共々よろしくお願いしますね。」
「へぇー。」
マルキでは魔法に関する道具は一切取り扱っていない。それらは替わりに香霖堂で取り扱っている。
マルキで魔法の道具の取り扱いをやめたのは、母親の血を強く受け継いだ魔理沙の恐ろしい潜在能力に父親が気づいたからで、サーヤの遺品や商品としておかれている魔法の道具が、幼い魔理沙の手によって重大な事故に繋がる可能性を考慮したからである。
親の思い子知らずとは正にこれで、そんな父親の思いも知らず魔理沙は自分への当て付けで魔法の道具を撤去したと思っている。その反動が自分の家を魔法店と命名した理由の一つになっているのだろう。
香霖堂の店主はなにやら紙に書いてそれを封筒に入れ、その封筒にも何かを書いて妹紅に渡した。封筒の表には紹介状と。裏には森近霖之助と書かれている。
「ありがとう・・・。」
妹紅は礼を言って受け取るが、その表情に困惑の色が伺えたので幽香が尋ねた。
「どうしたの?」
「・・・魔理沙の家どこ?」
当然の疑問である。
「ああ、えーと・・・どこだっけ?」
幽香は魔理沙の家に行ったことはあるが、具体的に場所を聞かれると正確な位置は答えられない。空から空き地が見えてそこに家があった・・・としか覚えていない。
「藤原さんは空は飛べますよね?」
霖之助の問いに頷く妹紅。
「なら、店を出たらそのまま空に飛んで、博麗神社に向かって飛んでください。下を見て飛んでいれば少し開けた場所があって上からなら家が見えますよ。あ、魔理沙が家に居るときはたいてい炊煙のような煙が立ってるからすぐ分かると思います。」
「魔理沙家にいるの?ほとんど家にいないんじゃない?」
「さっき来たとき何かやばい事が起きそうだから準備をするとか何とか言ってましたからね。恐らく家にいるでしょう。」
幽香と妹紅はまた見詰め合う。今日2度目である。皆昨日の博麗神社の大きな力の発生を感じとっているのだ。
「?」
霖之助は幽香と妹紅の様子にキョトンとする。
「実は私もなんとなく嫌な予感がしてて、いろいろ準備をしようと思って・・・。」
「なるほど、藤原さんは呪符とか使うんですねー。やっぱ、向こうから来た新しい紙じゃだめなんです?」
「試したことあるんだけど、全然術が練りこめないの。」
「ほほー。練りこむという表現なんですねー。確かにあの紙は密度が高すぎますよね。水も通らないし。」
他業種でも専門用語を聞くと何故か目が輝く霖之助。
「何か他に入用なものはあります?探している物とかあれば調達できますけど?」
商売っ気のない霖之助だが妹紅がその筋のプロらしい雰囲気を感じ取り眠っていた商売人の血が騒ぐ。霖之助は商品をただ並べてそれを買ってもらうのではなく、必要な人に必要な物を見つけ出し喜んでもらう事に意義を感じている。そしてそれにふさわしい能力を持っていると自負している霖之助である。
「今はとりあえず和紙が欲しいだけ・・・でも、また今度来て、ゆっくり見させてもらいます。」
「今後もご贔屓にお願いします。」
妹紅の丁寧な言葉に思わず破顔してしまう霖之助。久々に人間相手に商売した感じがして嬉しいのである。ひたすら腰を低くして妹紅の次の来店に期待する。そして、その態度で幽香の機嫌が当然悪くなる。
「妹紅、私はしばらくここで店主と遊んでから帰るわ。」
霖之助の引きつった顔をニヤリと見ながらひとまず妹紅に別れの挨拶をする幽香。
「帰るってどこへ?」
「自分の家に決まってるでしょ。怪我も治ったことだし・・・久しぶりに誰か苛めてやろうかしら。」
本当に嬉しそうな顔をする幽香。
「その事なんだけど・・・もうしばらく家にいない?」
意外な妹紅の申し出に幽香は思わず動きが止まってしまった。願ってもない申し出なのだがその真意が図りかねる。
「・・・さっきは、さっさと帰れって言ってたけど・・・。」
真顔になった幽香が妹紅の言動の矛盾を指摘する。
「・・・さっきは悪かったわ・・・冷静に考えてみたら、状況をひとまずそのままにしておいたほうがいいと思うの・・・わかるでしょ?」
「・・・なるほど。大怪我しているはずの私が急に元気に動き回ってたらどっかの誰かさんがいろいろ勘ぐりそうね・・・分かったわ。あなたの家にもうしばらくやっかいになるわ。」
幽香にしてみれば、妹紅のそばを離れたくなかったのでこの申し出は大歓迎であった。
「・・・えーと。」
途中から話が見えなくなった霖之助は完全に蚊帳の外になっていた。
妹紅が外に出るまで無言で固まっていた霖之助に、見送った幽香が向き直る。
「何か言いたそうな顔ね。」
先程の意味深な2人の会話を聞いていた霖之助に妖しく微笑みながら意地悪く質問する幽香。
「いえ、あーその、なんていうか、藤原さんとそういう関係だったんですね、なんて、ははは・・・。」
聞きたいことが山程ある霖之助だったが、確信に迫りたい衝動を抑えてあえてふざけてみせる。この件は首を突っ込み過ぎると命が危ないかもしれない。
「ふふ、店主は賢くていいわ。いい?この事は誰にも言っちゃだめよ?」
「ええ、それはもう!」
幽香の微笑みを受けた霖之助は、背筋に冷たいものが走り生きた心地がしなかった。
「ま、それは冗談として・・・サリマン。」
脅しが効いたと見て幽香は気を抜き話題を変える。そのサリマンの言葉に霖之助の顔も真顔になる。
「あの娘、あの絵を見ただけで本名を見破ったわ。」
「それは本当ですか?」
サリマンはサーヤの本名であり、余程近しい存在にしか知らされていない大切な名前である。夫婦共々恩人と敬っている霖之助はサーヤの名も知っていた。ちなみに戸籍上は霧様沙理亜で、サーヤは愛称である。
幽香はこの言葉を妹紅から聞いた時、とぼけて知らないふりをしていたが内心おだやかではなかった。
「藤原妹紅はただ不死身なだけの人間ではないわ。妖事(あやかしごと)に関して正規の訓練を受けたプロよ。弾幕はともかく実力は霊夢や魔理沙の比ではないわ。私も殺されかけたのよ・・・。」
「うそでしょ?」
最強の妖怪のショッキングな発言に最初は冗談交じり驚いたフリをした霖之助だが、表情を変えない幽香の態度に嘘は無いと見て押し黙る。そして妹紅が消えた玄関のドアに鋭い視線を向ける。
「博麗の神主や巫女、魅魔が幻想郷にいない今となっては、正しい選択を出来る唯一の存在かもしれない。妹紅は博麗とは関係ないにしても、日本の国の古来の習慣や風習に精通している。今の幻想郷、特に里にとって必要な知識は今あの娘がもっているでしょうから紫にとってもいい勉強になるでしょうね。」
霊夢も巫女であるが、巫女として機能していない霊夢は数に含まれていない。
「紫さんは幻想郷にかなりのブランクがありますからね・・・。」
八雲紫は博麗大結界で力を使い果たし100年程休眠していた。肉体の再生までの間地上の人間に転生していたのである。魅魔と入れ替えのように最近になって戻ってきた紫は博麗の衰退に驚愕し、博麗神社の復権、復興の為に唯一残った博麗霊夢に肩入れしてるのである。
「出来る限り協力してあげて。」
「それはもう・・・ところで、幽香さんは魔理沙の件は藤原さんを頼るつもりなんですか?」
霖之助は幽香の態度を見て全幅の信頼を妹紅に寄せているように見えた。目聡い霖之助の言葉に幽香は一瞬考えた後答える。
「あなたには言っておくけど、もうじき幻想郷にはある異変が起きるわ。魔理沙の件はその後よ。」
「・・・わかりました。」
2人はしばらく玄関を無言で眺めていた。
香霖堂を出た妹紅は店内で自分を話題にしている事も知らず、森近霖之助に言われた通り空に上昇すると体を回転して博麗神社を探す。
入り口が西に向いている香霖堂から出てそのまま空に上昇したので、北周りで約160度回って東を向く。そして遠くに博麗神社の大鳥居を見つける。
「このまままっすぐいけば・・・。」
妹紅はそう言い掛けて森の中から立ち上る煙の細い筋を発見した。
「あっ、あれか。」
妹紅は目印の煙に向かって炎の翼を羽ばたかせた。
香霖堂から博麗神社までの距離を1とするなら、霧雨魔法店までの距離はその3分の1程度だろう。思っていたより近い。
魔法の森から立ち昇る一筋の煙はほぼ無風状態であることを示しているが、妹紅は周囲に空気の流れを感じ無風ではないことを確認する。
「やっぱり、あの森変よね・・・。」
妖怪さえも住まない森である。普通であるはずがない。
妹紅はゆっくりと羽ばたきながら、やがて霧雨魔法店上空に差し掛かる。
霖之助が言う様に上から見ると木々で地面が全く見えない魔法の森の中に小さく開けた場所が見て取れ、そこに煙突から煙を上げる建物を見ることができた。
妹紅はそのまま羽ばたきを止めて自由落下する。そして地面に着地する寸前に1度大きく羽ばたいて落下速度を落としそのまま音も無く地面に右足から着地する。
「ここか・・・。」
魔理沙の家、霧雨魔法店は明らかに日本の建物ではなかった。
壁が全てレンガを積み重ねた堅い壁で数百年の歴史を感じる。しかし、屋根は板張りの上に薄く茅かなにかで葺かれており、後から屋根を葺き替えた形跡がある。
恐らくこの家は幻想郷入りした当時はレンガ部分だけが残った廃屋で、神社への参拝途中の目印兼休憩小屋にするために住める様に修復したと思われる。窓や玄関なども後から作られたのだろう。
古いが手入れされた良い家であるのは間違いないのだが気になる点がある。家の周囲にいろいろなものが無造作に置かれているのである。
数字や文字が書かれた金属の丸や三角形の看板とそれについている同じく金属の丸い棒、陶器の置物、割れた大瓶、そして、家の裏手には堆く様々な物が積み重なっていた。意味があって置かれているかはわからないが、妹紅からはガラクタにしか見えない。はっきりいって景観はよろしくない。
香霖堂の周囲にも様々な物が置かれていたが、どれも売り物らしくそれなりに綺麗に並べられていたが、霧雨魔法店にはそういった売り物らしき取り扱いがなされていない感じがする。
魔理沙に蒐集癖がある事を知っていれば納得の光景だが魔理沙の性質を知らない妹紅にしてみれば魔法使いというイメージが先行していたので妖しげではあるが不要な物を置かない家かと思っていただけに少し意外だった。
「・・・。」
一通り家の概観を眺めて建物の中に意識を集中する。一人、いや二人?中に誰かがいるのはすぐに分かった。
妹紅はこの時、何かに見張られているような気配を感じ、玄関の隣にある大きな窓を見る。
「いた・・・。」
窓の近くで何かしきりに動いている影を発見し、それが霧雨魔理沙だと確認できた。しかし、こちらに気づいている様子は全く無い。見張られている気配は魔理沙からではないとしたら誰だろうか?
妹紅はなにやらヘソのあたりがむずむずしてきた。妖術使いとしてならしていた時代、危険は自然と感じる事が出来るようになっていた。その時身体的に自覚できる症状がこのヘソのむずむずである。
妹紅は意味がわからなかった。何か悪い気を感じているわけではないのに体がしきりに「気をつけろ」と訴えている。妹紅は自分の体の中に蓬莱の薬や不死鳥やら別の存在が複数同居していることは分かっている。しかし、その存在を自覚することは出来ない。その体の中の誰かが何かを感じているのだろうか?
妹紅はしばらく考えながら家の前で立ち尽くしていた。
どのくらい時間が経ったのかわからないが、家の中の魔理沙が外で立ち尽くす妹紅の存在に気づいて目が合った。そしてそのまま魔理沙が玄関に移動してきた。壁の奥の事なので目では見えないがだいたい感覚でわかる。
玄関の開き戸がほんの少しだけ開き、魔理沙が顔を少しだけ見せる。
「誰だ?」
警戒心の込められた声が掛けられる。
「えーと・・・。」
妹紅はその呼びかけに応じ返答をしようとした瞬間だった。
「あ!ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
突然大声を上げた魔理沙が玄関を乱暴に開けて外に飛び出し、妹紅の前2メートルまで近づき右手の人差し指で指しながら、落ち着き無い動作でわーわーと騒ぎ出す。
妹紅は呆気にとられてリアクションがとれず固まる。
「あ!」
その自分のおかしな様に気づいたのか急に冷静になった魔理沙は逃げるように家に飛び込むと玄関の戸をバタンと閉める。
「あの・・・。」
妹紅は予想外の魔理沙の行動にどうしていいかわからず、何かを言いかけてその後に言葉が続かない。
それから30秒程して玄関の戸が少し開き、先程と同じように魔理沙がこちらの様子を伺う。
「あ、あのー・・・。」
妹紅はもう一度声をかける。
「ふ、藤原の・・・妹紅・・・さん?」
何故かさん付け呼ばれる妹紅。敵としてしか対面したことがない妹紅としても、こうして面と向かうとどう呼べばいいか戸惑う。「魔理沙」と馴れ馴れしく言えばいいのか、それとも「霧雨さん」とでもいえばいいのか。それとも何か通り名で呼ぶのがいいのだろうか?
「ええ・・・久しぶり・・・ね。霧雨魔理沙。」
右手を上げて作り笑顔で友好の態度を示す妹紅。
妹紅の「久しぶり」という言葉に反応して魔理沙がまた飛び出してきた。今度は満面の笑みで。
「あ、私の事覚えてくれてたんだ!」
「ええ、もちろんよ。」
忘れたくても忘れられないタイプの魔理沙。
「な、中に入って!」
妹紅は腕を引っ張られ無理やり家の中に案内される。途中で止まって魔理沙がなにやら思案していたが「ま、いっか」とまた腕を引く。恐らく家の中が散らかっていて客を招き入れるのに一瞬戸惑ったのだろう。
しかし、この魔理沙の友好的な態度はどういうことだろうか?
妹紅は魔理沙に好感を持っているが、魔理沙が妹紅に好感を持っているかどうかは分からない。ただ、何度も弾幕勝負を挑んできたのは、憎くてそうしているというわけではなく純粋に弾幕勝負がやりたくてそうしていたのだと理解している。向こうも悪い印象を持っていないと確信はしているが、それがそのまま友好に繋がるわけでもないだろう。
妹紅は必死に魔理沙の事を考えていたが、その時、魔理沙に掴まれた腕に鳥肌が立っている事に気づいた。
「(何故?)」
先程から体だけが何故か反応している。魔法使いは陰陽で区別するなら陰の力である。妹紅は妖力を持っており妖力は陽の力である。つまり属性の違いによる反発が無意識に起こっているのだろうか?
ただ、不思議なのは体は反応しているのに、感覚的に魔理沙に何も危険を感じないのだ。普通は体より第6感のようなものが先に働くのだが・・・。
強引に家に招き入れられた妹紅は靴を脱ごうとして入り口で立ち止まるが、魔理沙はそのまま土足で入っていく。
「あ、そのままでいいよ。」
そう言う魔理沙自信は途中絨毯のところで靴を脱いでいる。
白いタートルネックのパフスリーブブラウスの上に大きな丸いボタンがついた黒いベスト。下は黒いスカートで裾に白いフリルがはみ出るように見えている。下にもう1枚履いているのだろうか?
黒いスカートの上に白のエプロン。白と黒のコントラストが特徴的な衣装を身にまとっている。
一見地味に見えるが、ボリュームのある美しい金髪を引き立たせている。
髪の毛と同じ金色の大きな瞳。そしていつも笑顔な明るい性格。
妹紅は魔理沙とスペルカードで戦う時はほとんど夜間で、白と黒の衣装よりもその美しい金髪が印象に残っていた。発光しているわけではないのに、光を放っているような錯覚を覚えてしまう。
外ではいつもかぶっている三角形の黒い帽子は部屋の中では取っているようだ。
霧雨魔法店は、玄関は建物の南東の角にあり、中に入ると敷居の無い大きな一つの部屋になっているのがわかった。床は土間のような場所はなく玄関から部屋一面同じ板張りで、魔理沙の生活空間と思われる一帯に絨毯が敷かれている。先程魔理沙がそこで靴を脱いだが、その空間が魔理沙にとっての部屋という認識なのだろう。
玄関が南を向いており入った正面に小さなホールの様なスペースがあり中央に丸いテーブルと背もたれのある比較的大きめの椅子が2つテーブルをはさんで向かい合わせて置いてある。その奥北側に台所の様な水場が見え勝手口と思しき扉が北側の壁の東角にある。
玄関の正面スペースの真ん中、テーブルのある東側の壁に暖炉がありそこに丸い大きな鍋が掛かっている。煙が煙突から出ていたが、この鍋から出ているものだろう。湯気にしてはかなり濃い。何か特別な薬のようなものを煮込んでいるものと思われた。
薪で火を起こしているのではなく小さな完全な円ではない短い筒状の道具が鍋の下に置いてあり、それが熱を発して加熱しているようだ。どこかで見たことがあると思ったが思い出せなかった。
家の中の独特の匂いはこの鍋から出てるようである。
この薬に近い甘い独特の匂いは嫌いな人はもの凄く嫌だろうと思われるが、この匂いは妖術使いの里と同じ様な匂いで思わず懐かしさが込み上げ一瞬で魔理沙の家が気に入ってしまう妹紅。可能なら自分の家と取り替えて欲しいとさえ思ってしまう。
玄関のすぐ隣に南向きの大きな窓があり、その前に大きな机がある。机の向こう側すぐ隣に大きなベッドがありこの大きさだと女性の体格なら3人同時に寝れるだろう。ほぼ正方形に近いベッドは枕が南側にあり北に足を向けて寝るようだ。ベッドの隣の西側は壁で、そこに壁の横幅半分を占める程の大きな本棚がある。本棚には本以外にも色々な小物が置かれている。本と小物を意識的に魅せる配置しているようで、そのへんは女の子らしいと思う妹紅。
天井は天板が貼られ部屋が四角形の空間になってる。里の家では大きなお屋敷の客間などが天井貼りになっているくらいで普通の家では見られない。妹紅の家、藤原亭にも天井があるが、この家は博麗神社の母屋とそっくりでとても良い家である。何故今の場所にあるのか分からないが、恐らくそれなりに由緒ある家なのだろう。
西壁の北側に扉が見える。外から見た家の大きさから隣に小さな部屋があるのは間違いないだろう。扉周辺の物の配置や汚れの具合、埃の厚さから見て隣室との往来は少なくあまり使われてない部屋だと伺える。恐らく物置だろう。
部屋全体は色々な物で散らかっており、部屋の広さのわりに動けるスペースが限られている。机の後ろに作業台のような大きなテーブルがあるが、その上にも下にも色々な物が無秩序に置いてある。
絨毯が敷かれている机、ベッドの周辺が魔理沙の主な生活空間だと伺え、その周辺は比較的片づいている方である。勿論、他の乱雑な所と比較してという前置きがあった上で・・・。
初めて入る場所、家、部屋などは注意深く観察して記憶にとどめておく癖がある妹紅は、しばらく玄関の付近で立ち止まっていた。
「(それにしても・・・。)」
魔法店とは聞いていたが商品らしきものは陳列されていない。後で聞いた話では、物を売って商売するのではなく何か仕事を引き受けてこなす何でも屋らしい。といってもほとんど依頼を受けたことがないそうだ。
そんな妹紅に目もくれず、魔理沙は家に入って絨毯の前で靴を脱ぐと飛び込み前転するように回転してベッド上を転がって飛び越し、本棚の前に両足を着地させ立ち上がるとその本棚から何かを探し始めていた。
「あれぇ~どこだったかなー・・・あ、あった!あった!」
そう言って真四角の厚紙を本の間から抜き出し、その様子を見られているにもかかわらず何故か体の後ろにそれを隠して妹紅の前にニコニコしながらやってくる。
「あの、えっと・・・。」
何が始まるのかと妹紅は期待よりも不安がはるかに勝り風見幽香の微笑みよりも強い恐怖を感じ息を呑んだ。そして、次の魔理沙の予想外の行動に頭の中が真っ白になった。
「藤原さん!さ、サインください!」
藤原さんと呼ばれた妹紅は思わず目が点になり、次にオロオロと狼狽える。
「さ、サインって?」
「名前、真ん中に大きくね。で、横に小さく魔理沙へって書いて。あ、軽く挿絵とかあれば最高だな!」
紙を渡された妹紅は意図を確かめるために魔理沙の顔を見る。ニヒヒと無邪気な笑みを浮かべる魔理沙。その意図に邪なものはないと確認する。名前を書くというのは契約など重要な場面で使うもので、ほいほいと書き与えるようなものではないと思う妹紅。
「あ、あの・・・。」
戸惑う妹紅の表情を見て魔理沙が答える。
「私さぁ、藤原妹紅の大ファンなんだ!だから・・・サイン・・・貰えないかな?」
「ファンって・・・私を?私自身というより私のスペルカードのファンではないの?」
魔理沙が執拗に妹紅に挑戦しに来たのは知っている。妹紅自身というより戦闘やスペルカードと言ったものに強い興味を示している事は対戦していて理解していた。
「何言ってるんだ、スペルカードを見ればその本人がどんなやつかってのは判るんだぜ!最高のスペカ!だから藤原妹紅も最高なんだよ!」
「そ、そう?」
何故か怒られた妹紅。
「まぁ、でも、そういう風に思えるようになった最初の弾幕が藤原さんの弾幕だったんだけどな・・・。」
「妹紅でいいわ。」
魔理沙も相手の名前をどう呼んで良いのかいまいち判らなくぎこちないので名前で呼ぶ事を許可する。
「なんていうか憧れの人に馴れ馴れしく名前で呼んでいいのかなーって思ってたけど、やっぱ藤原さんより妹紅って呼んだ方がいいよな!その方が絶対可愛いし!」
やたらテンションが高い魔理沙。憧れているというキーワードを受けてようやく魔理沙から妹紅がどう見られているかわかった。
しかし、可愛いとか言われるのは1300年ぶりくらいじゃないだろうか?見た目は子供でも1300歳、実質もっと年をとっている妹紅としても可愛いとか言われると気恥ずかしいが、やっぱり嬉しいものである。そして、妹紅という名前は妹紅自身とても気に入っている。
気分も良いのでささっとサインを書いてしまおうかと思った妹紅だが、書く物を渡されていない事に気づく。魔理沙はその事に気付かずわくわくしながらサインを待っている。
ここで書く物を要求するのは何だか傲慢そうな感じがしたので向こうが気付くまで待つ事にし、その間、聞きたい事があったのでそれを尋ねる事にした。
「でも、どうして私の弾幕が?」
その問いに魔理沙の表情が少しだけ曇る。曇るというより笑顔が消えたというほうが適当かもしれない。
「・・・永夜事件の後、宇宙人達が妹紅を指名手配しただろ?不死身で極悪人だから何やってもいいって言われてみんな躍起になってた・・・。痛めつけて降参させれば報奨金も出るとか言うから、それ聞いて霊夢も目の色変えてたし・・・。」
「うん。」
「霊夢とか紫とか、亡霊から吸血鬼、その後他の妖怪達も次々に竹林に入って不死人狩りが大流行したよな?」
夜が終わらない異変永夜事件の後、この異変に一枚噛んでいた永遠亭の面々が隠れ住んでいた迷いの竹林から幻想郷の表舞台に出た。
その後、永遠亭への関心を逸らす目的も兼ねて宿敵である藤原妹紅の存在を公にして賞金を賭けるという竹林の不死人狩りが妖怪の間で一時大流行したことがある。
最初は霊夢とたまたまその場に居合わせた魔理沙だけがその話を神社にやってきた蓬莱山輝夜から聞いたのだが、霊夢から知らされた八雲紫がこれを幻想郷東部に広めて大規模な討伐活動に発展させてしまう。
紫は当時、妹紅自身に興味は無かったが、不死身で何度でも殺せるという事から派手な戦闘が出来ずストレスの溜まった妖怪達の欲求不満解消の為に利用出来ると判断しこれを公にてしまったのである。
妹紅はこの事実を魔理沙から今初めて聞き、先日の紫との対面の事を思い出し苦笑した。紫は恐らくこの時の事を後悔しており妹紅に対して正式に謝罪でもするつもりだったのだろう。そうしなければ異変の協力を取り付けられないからだ。
最初は意地悪く振る舞い、ネガティブな感情で挑む会見で謝罪することで感情を一気に反転させて好意的に話を進めようとする策士の紫らしい計画となったはずである。しかし、妹紅にはあの時既にネガティブな感情がなく、会見前に結論を出してしまったので紫は見事な肩すかしをくらったわけである。
協力を申し出たのに突然怒り出したのは、やり場のない複雑な感情を持てあましての事だろう。
スペルカードルール適用外のこの戦いに対して、妹紅は終始スペルカードで応戦したが殺傷力をゼロにしていた妹紅の弾幕は喰らっても無傷であるため妖怪の間では「死ぬ程弱いが死なない人間」というレッテルが貼られ、弱い妖怪達も次々に竹林に呼び込んで事態がエスカレートする。
「私は最初、みんなと同じように妹紅を倒す為にスペカルールなしで弾幕を撃ちまくってた。妹紅の弾幕喰らっても痛くも痒くもないし、調子に乗ってさんざん妹紅を痛めつけてた・・・。」
「スペカ戦ってそういうものなんじゃないの?」
そういうものというのは、スペカに殺傷力を持たせないという意味である。
「全然違うよ!死ぬ様な殺傷力はなくても当たればスゲー痛いし、当たり所が悪ければ大怪我だってする。空から落ちれば無事では済まないし。元々体が丈夫な妖怪達に合わせたルールだから私ら人間には少しリスクが大きいんだ。それに無傷で無痛なら妖怪達はこんな退屈な戦いはしないだろ?」
危険だからこそ楽しめると考えるのが妖怪である。考えて見れば確かにその通りだ。しかし、妹紅は妖怪も人間も関係なかった。押し付けられたルールにそってただこなしていくだけである。
「・・・それで?」
話が少し逸れたので引き戻す妹紅。
「2回目か3回目の対戦の時に、デカイ火の鳥みたいな弾幕に直撃しちゃったんだけど・・・私その時、3日はベッドから出られないと覚悟したんだけど、その弾幕は何故か暖かかったんだ・・・。」
「火だから暖かいのは当たり前でしょ?」
「いや、火はもっと熱いだろ!火傷するって!・・・でも妹紅の火はぽかぽか暖かかった。その時気付いたんだ。あんだけ痛めつけている私やその他の連中に恨みの一つぐらいあってもいいのに、弾幕にそれは込めずに喰らった奴が痛まない様に気を使っていたんだって・・・圧倒的強者の余裕というか慈悲というか・・・。」
「そんな大層なものではないわ。私にとって敵は永遠亭だけだし、襲ってくる敵を永遠亭に誘導して連中に一泡吹かせたしね。私は魔理沙が思うような人間ではないわ。」
妹紅は襲いかかる妖怪を誘導して永遠亭内に侵入させ輝夜らを巻き込んで永遠亭内部を破壊し仕返しをしていた。
永遠亭では当初、霊夢や魔理沙といった一部の者と妹紅を戦わせるだけの予定だったが、八雲紫によって妖怪全体に事が及んでしまい予想外の結果を生んでしまう。
妹紅は永遠亭の企みを逆手にとって妖怪達を永遠亭に引き寄せ、永遠亭も防衛の為に戦闘に参加せざるを得ない状況に追い込んだ。
相当な被害が出て、さらに終息の気配が見えない不毛な戦闘に嫌気がさした永遠亭は、妹紅に頭を下げて休戦を申し出てたのである。ほとぼりが冷める間妹紅は永遠亭で匿われ3ヶ月程同居生活を送ったのである。
妹紅を追跡し率いられる様に永遠亭に侵入していた妖怪達は、先導役の妹紅が永遠亭入り行方不明となったことでカモフラージュしている永遠亭を単独で探し当てる事ができなくなった。これによって数カ月続いた不死人狩りは終息に向かったのである。実質藤原妹紅一人勝ちだった。
そしてこの休戦状態は今も続いている。
「私は妹紅の弾幕を見た時これだ!って思ったんだ。」
「・・・」
「私は結局のところ、霊夢や妖怪達の真似事をしていたに過ぎないってね。妹紅が一貫して戦い方を替えなかった様に、私も誰に対してじゃなくて私だけのポリシーとルールを決めてやろうって思ったんだ。」
目をキラキラさせながら力説する魔理沙を見て思わず苦笑する妹紅。
「で、そのあなただけの弾幕は見つかったの?」
「まだ、考え中。手っ取り早くやりたいから誰かの真似ばかりしてたけど、今度からはなるべく自分であみ出していこうと思うんだ!」
「あのキラキラした可愛い弾幕は魔理沙らしいんじゃない?」
「あれはオリジナルがあるんだよ。」
「オリジナル?」
「ま、その話はもういいよ。それより早くサインしてくれよ!」
ぶーたれた顔で抗議する魔理沙だが、妹紅は魔理沙が話を逸らした事に気付いていた。幽香といい香霖堂の店主といい、何かを隠している。そして今魔理沙が口にしたオリジナル。恐らくあの星形弾幕を考案したか存在がいるのだろう。その存在は知られてはまずいものなのだろうか?
「あ、書くもの!」
魔理沙は妹紅の右手が遊んでいる事に気づいて声を上げた。そして、書く物を探すために机の方に向かって走り出そうとする。
「あ、待って!」
妹紅はそんな魔理沙を呼び止め、すぐ横にあった暖炉の前のテーブルに近づき正方形の厚紙をそこに置いた。
何かを始めようとする妹紅の雰囲気を感じて魔理沙は興味を示して妹紅の横に歩み寄る。
「見てて。」
妹紅はテーブルに置いた紙の上に右手の掌を合わせて押し付け、擦る様に紙の天から地へゆっくりと動かす。
チリチリという紙の焦げる音がし、指の間から白く細い煙が立ち上る。それと同時に焦げた匂いが鼻をつく。
魔理沙は「おおっ」っと声を上げてテーブルに身を乗り出しその様子を凝視していた。
「藤原妹紅」と縦書きに焦げ文字で描き、その横に同じようにして「魔理沙へ」と焼き込んだ。
手渡された紙を両手で天井の方に掲げて眺めると、次にそれを胸に抱きしめる様な仕草をする魔理沙。よほど嬉しいのだろうと自分のサインにもかかわらず他人事の様に魔理沙を見る。
「懐かしいな・・・。」
はしゃいでいる魔理沙には聞こえない小さな声でそう呟く妹紅。
妖術使いの里、岩老郷で何百年も過ごし実質的なトップに登り詰めていた妹紅は小さな子供達からは英雄視され、その一挙手一投足が注目されていた。
頭を撫でられただけで歓喜して誇らしげに駆け回っていた子供達。その子らが大人になって里の英雄となっていく。 人は無意識に誰かを目標としその背中を追う。魔理沙の母親が存命なら魔理沙にとって追うべき背中は彼女なのだろう。森の中で一人暮らす少女にとって、こんな紙切れでも相当な勇気となるのかもしれない。
沢山の人と妖怪を殺してきた妹紅はそのような人の目標となる資格はないと自覚はしている。しかし、人間である以上妖怪など人外の存在を目標とするのは好ましいものではない。魔理沙が人の道を外さないためにも偽りの英雄を演じるべきなのだろうと思う妹紅。
そんな妹紅の思いも知らず魔理沙は妹紅のサインを本棚の空いているスペースに飾って満足そうに頷いていた。