東方不死死 第22章 「魔法使いの憂鬱」
藤原妹紅は霧雨魔理沙の家に入る前から続いている体の違和感を頭の隅に置きながら、魔理沙の様子を眺めながらサインを書いたその場所にずっと立ったままだった。こうなった理由は気の利かない魔理沙のせいで腰を落ち着ける場所を提供されずにいたのが主な原因だが、鳥肌や冷や汗が止まらず、更にその原因が不明で今はあまり動きたくないという心情の現れでもある。
「ああ、その辺適当にくつろいでて。」
自分の用事が済んだ魔理沙はようやく妹紅を客扱いしはじめる。
魔理沙はざっくばらんな性格で、妹紅が家の中を自由気ままに好きな事をしていても恐らく何も言わないだろう。むしろじっと立っているのを見て不思議に思っていたのかもしれない。人里を離れて自分の決めたルールにそって暮らしているのだからある意味それが自然なのかもしれない。
人間という種族に強くこだわる妹紅としては、そんな魔理沙に常識が欠けているとは思う反面、妹紅のルールを押し付けるのも良くないとも思う。郷に入っては郷に従えというように魔理沙の家に来たら魔理沙のルールに従うべきだろう。
魔理沙は妹紅のサインを本棚に飾った後、こちらに戻り妹紅の後ろを通って暖炉に行くと、釜の下から釜を加熱している道具を取り出す。その加熱器として使っていた道具はミニ八卦炉という魔法の道具である。
そのまま台所と思われる場所に行くと縦に長く注ぎ口が細長い面白い形をしたヤカンと細い針金のような金属を折り曲げて作ったヤカンを乗せると思われる手作りの台を持ってテーブルにやってくる。
何やら鼻歌を歌いながらミニ八卦炉をテーブルの真ん中に置き、その上に台を置いてさらにヤカンを置く。お湯を沸かしてお茶をいれるということだろう。
「良かったら座って。」
テーブルのデザインとは異なる椅子が2つ、それぞれ別の場所で拾ってきたものだろう。その一方を勧める魔理沙だがその椅子は小さな妹紅の体には少し大き過ぎてくつろげそうにない。
妹紅はサインをするために来たわけはなく、またお茶を飲みにきたわけでもない。ここでようやく本題を思い出した。
「あ、あの・・・魔理沙?」
「ん?ちょっと待ってて今お茶入れるから。コーヒーでいい?紅茶?あ、日本茶はないんだよね。」
「そうじゃなくて、実は香霖堂の紹介で紙を買いに来たの。」
「コーリンの?」
「いえ、香霖堂。」
「だから、コーリンだろ?」
コーリンは森近霖之助の妖怪ネームでお店の名前の元になっているので非常に紛らわしい。魔理沙は霖之助がコーリンと呼ばれていた時代から知っているのでずっとその名前で呼んでいる。
妹紅は意味不明な会話を止めるため霖之助にもらった紹介状をポケットから出して魔理沙に手渡す。
「ふむふむ・・・霊夢にやっているあの紙か・・・。」
紹介状を読んで指定の物を確認する魔理沙。
「霊夢に売るためのものって聞いたけど?少し分けて貰えないかしら?」
「別に霊夢に売ってるわけじゃないよ。」
「転売してるって聞いたけど。」
「おいおい、私はそこまでセコくないぜ!あいつさ、貧乏なくせにプライドだけは高いからさ、借金とかツケとか絶対しないんだよ。知り合いにも。」
あいつというのは霊夢のことである。そこまでセコくないとの自己評価だが、ある程度はセイいという自覚があるということだろうか。
「まーそんな感じはするわね。」
貸し借りはしない性格だと妹紅は霊夢について魔理沙に同意する。
「私はいっつも神社で飲んだり喰ったりしてるからさ、だからあいつも私からはただで物はもらうんだよ。あいこってことで。でも香霖堂とか行けば全部銭出して買おうとするからさ、必要な物は先回りして買い占めておくというわけさ。」
銭を払って物を買う事は別におかしいことではないが、ようするに魔理沙が言いたいのは霊夢に払うべき自分の飲食代のツケを香霖堂の品物で返そうとしているというわけである。霊夢の必需品ともえいる和紙を買い占め、いや只で引き取ってしまえば自ずと霊夢は魔理沙から引き取るしかない。そして魔理沙には普段貸しがあるので霊夢は気兼ねなく紙を只で受け取る事が出来る。
一見すると紙代が只な魔理沙一人が得をしているように見えるが、森で拾った珍しい物を香霖堂に格安で売っているので霖之助としては魔理沙にツケがあるのと同じ事になる。誰かが一方的に損をしているわけではないのだ。
根本的な問題として魔理沙が神社で只酒只飯をしなければいいわけであるが・・・。
妹紅はそれを当たり障り無く指摘してみたが、そこで意外な答えが返ってきた。
「でも、そうすると私神社に行く理由が無くなるんだよね。霊夢だって私が来るのわかってて、いろいろ用意してくれてるわけだから・・・。来たら来たでウザそうな顔するくせにちゃんと私の分を用意してるんだから。紫とか私とかには専用の湯呑みとか茶碗があるんだぜ?」
「なるほど・・・距離は離れてるけどご近所付き合いってわけね。」
「ま、そんな感じ。」
一見天真爛漫に見える魔理沙も霊夢の事を強く意識し人情味のある行動をしていたのだ。
「・・・。」
ニカっと笑っていた魔理沙であったが、ふと表情に影が入った。
「・・・でも・・・。」
魔理沙の表情が見る見る陰り、ぼそっと何かを言った時、今まで妹紅の体だけの変調が感覚的なものにまで及ぶ様になる。
ぞぞぞっと背筋が凍り、心臓が締め付けられる様な息苦しさが襲う。魔理沙から一刻も早く離れた方が良いと体の中の何かがそう脳に訴えかけ脳もそれに賛成している。
魔理沙の思考に同調するように隠れていた何かが表面に出て来ている。そんな印象を受けた妹紅は、咄嗟に話題を変えて魔理沙の後ろ向きな思考を正そうとした。
「と、ところで、紙は売って貰えるかしら?」
少し声が上擦ってしまい、「と」のところで声が裏返った妹紅だが、それが幸いして魔理沙の意識が変わる。
「ん?どうしたんだ妹紅。おかしな声出して?」
「ご、ごめん、ちょっと喉が渇いたのかしら?」
「あはは。ちょっと待っててそろそろお湯が沸くから。」
「ありがと。」
「今のうち紙取ってくるよ。」
魔理沙は席を立つといつ履き替えたのか分からないがスリッパの踵をパタパタと鳴らしながら西隅にある扉に消えた。
妹紅は魔理沙を見送りながら今の現象をこう分析する。
魔理沙の中に何らかの存在がいるのは間違い無いだろう。では何故そうなったのか?妹紅は過去の経験を踏まえながら理由を考えた。
勘当されているということだが、それは霧雨家の先祖の加護から切り離され、その守護霊の恩恵が得られなくなっているはずである。先祖の加護は常に何かを取り込もうと蠢く残留思念や低級霊から身を守ってくれている。加護の無い者は必然的にそうした「悪いもの」を引き寄せ体の中で魍魎(もうりょう)を育ててしまいやすい。
妹紅が駆け出しの頃、当時名前は知らなかったが西行法師の魍魎を捕り祓った事があったが、ああいった物が魔理沙の中で育っている可能性が高い。ネガティブな思考が鬱積して、それを吐き出さずに自身の中に溜め込んで自分自身で育ててしまう。
思考と同調して表に出る魍魎は放置しておくと魑魅(ちみ)へと変態していく。そう、魑魅魍魎というやつである。
魍魎(もうりょう)は自然界の怪奇現象であり、自然と同居して暮らす人々にとっては常に隣り合わせの存在である。そして魑魅(ちみ)とは実体のない幻のような魍魎(もうりょう)が異形化し怪物となったものをいう。
生きた人間がそこまで変化するにはとんでもない数の魍魎を体の中で育て、魑魅となる動機が必要となる。その動機は普通は怨念といった強い恨みの力がそれにあたる。
獣の姿となった名もない山の神様などが殺され祟り神になったりするが、これは魑魅魍魎と同じである。
これまでの経験から魔理沙の中にそうした何かが生じてしまっているのは間違いないと思う妹紅だが、単なる魍魎の段階ではあそこまで強く表にはでない。妹紅程の実力者が恐怖を感じるほどの力はそうそうあるわけではない。
では、既に魑魅となった何者かが魔理沙の中にいて、そして魔理沙の力によって押さえ込まれているという可能性はあるだろうか?しかし魑魅魍魎を身に宿して押さえ込める生身の人間など妹紅は見たことも聞いたこともない。
この謎を解く一つの手がかりが風見幽香と森近霖之助の態度になるだろうと妹紅は思い至る。2人の様子から魔理沙は過去に何かとんでもないことをしでかしている。
子供が悪戯で社を壊して祟りを貰うという事があるが、恐らく魔理沙は10歳前後に神様などを祀った社を悪戯して壊し祟りを貰っている可能性がある。弱い祟りならありえるだろう。しかし、祟りともなればその大小にかかわらず妹紅なら一目で分かるはずだが最初は全く気付いていなかった。
「・・・。」
妹紅は初めてのケースに困惑した。何かが居るのは間違いない。
様々な妖事を解決してきた妖術使いの血が騒ぐ妹紅だが、推理に没頭しようとした時に魔理沙が戻ってきてしまう。
「こんなもんでいいかな?」
顔が隠れる程の大量の和紙の束を抱え込んで重そうにしながらヨロヨロと散らかった部屋の隙間を縫って近づいてくる魔理沙。歩くスペースが限られている散らかった部屋の状態にもかかわらず何処にもぶつからないのは何処に何があるか完全に把握しているから出来る芸当だろう。
手を貸そうにも微妙なバランスで紙の束を抱えているので手が出せない。そして、やっと妹紅の前に来た時、その微妙なバランスが崩れテーブル周辺にバラバラと雪崩のようにぶちまけてしまう。
「もう少しだったのにぃ!」
悔しがる魔理沙だが、状況はそれほど深刻ではない。紙は手で掴んで持てる位の量を紐で縛って纏めているので、その塊を拾い集めればいいのだ。一枚一枚バラバラなら大変な事になっていただろうが、纏めたのは恐らく魔理沙ではなく香霖堂かマルキの者だろう。
妹紅は紙の束を拾い集めるのを手伝いながら、どうやってこれを両手に抱え込んだのか不思議に思いつつ、紙の質が予想以上に良い事に満足する。
そして拾い集めながら魔理沙をチラ見して様子を伺う。今はこれといって何も感じない。ただ鳥肌は収まっていないかった。
「こんなにたくさん?」
「まだまだあるぜ?」
「いくらになるかしら?」
「んー・・・お金はいいよ。サイン貰ったし・・・。」
「え?でも・・・。」
いくら何でも只では貰えない。
「ところで妹紅はこの紙何に使うんだ?」
「妖術用の呪符だけど・・・。」
「ようじゅつぅ?」
妖術と聞いた魔理沙が驚いて大声を上げる。
「妖術使えるのか?」
「ええ、まぁ・・・昔は妖術使いの仕事にしていたの。」
「へぇー・・・人間でも妖術使えるんだ・・・。」
「呪符に様々な効果を閉じこめておいて使いたい時にいつでも使える様にしておくの。あやしい術とかいて妖術。妖怪の術という意味ではないわ。」
「なるほどー霊夢もそんな感じで呪符をたくさん使うけど、似た様なものか。」
「力の源が違うだけで原理は似た様なものからしらね、たぶん。」
厳密に言えばかなり違うが使う動作に関してはだいたい合っている。
魔理沙は感心したように妹紅を見つめる。思考がそのまま表情に出るタイプで賭け事には向いてないと、関係ない事を考える妹紅。
「なーなー、さっきのお代の件だけどさ・・・お金はいいから、その代わり何か妖術見せてくれない?」
先程金はいらないと言っていたが、妖術に興味を示して前言撤回する魔理沙。
「いいけど・・・どんなのがいいかしら・・・。」
紙を拾い集めそれをテーブルとテーブルに乗せきれない分を自分に宛がわれた椅子に乗せながら妹紅は戸惑いの表情を見せる。
「妹紅が得意なやつ。」
「得意か・・・特にないけど、好んで使うのは分身かしらね?」
「分身かー。」
分身と聞いて魔理沙は少しがっかりした表情をする。
「分身なんて珍しくないからなー。」
分身は妖怪のもっともポピュラーな技の一つで、妖怪とばかり弾幕をする魔理沙にとって分身は珍しくもなんともないのである。更に言えば分身は相手にする場合は面倒な事この上ないので見たくもない。
「あら、人間が使う分身は珍しくない?」
その魔理沙の言葉に反論する妹紅。
「分身なら私にも出来るぜ?」
「でも、それは幻影分身でしょ?」
妖怪の様に完全に分離する分身は流石に人間には使えない。特に魔法使いが使う分身は幻を作り出す、または、もう一人居ると思わせる。くらいである。
「まーそうだけど・・・妹紅の分身はそうじゃないのか?」
「まあね。」
「へー見せて見せて!」
幻影ではない分身と聞いて魔理沙が喰いついてきた。
「一つ材料が必要なんだけど・・・何か骨・・・人間でも動物でもいいから骨ないかしら?」
「流石に人間の骨はないけど、兎の骨なら腐る程あるぜ。」
幻想郷には兎を捕食する肉食動物がほとんどいない。野犬、狐、熊、狼は天狗の狛として妖怪の山に連れて行かれているので幻想郷東部にはそれらがいないのである。
そうした肉食動物を天敵とする小動物にとっては幻想郷東側は非常に安全な場所で野ネズミや野ウサギが大量に生息している。野ネズミは猛禽や弱い妖怪、妖獣の餌となるが、兎は大きすぎるのとネズミが豊富なのでそれらからは相手にさる順位が低く、主に人間の食料として消費されている。
恐らくどこの家に行っても兎の骨はゴミ捨て場で拾えるはずである。
兎の骨を取りに勝手口から出て、すぐに戻ってきた魔理沙は大きめのものを選んで両手一杯に持ってくる。
捨ててから暫くたっているので完全に乾いている。妹紅はその骨の状態に満足して、紙の束の一つを取り出して紐をほどき、その何十枚も重ねた紙の上に骨を置く。
妹紅は両手でパンと音を立てて重ね合わせ、そのままこすりつける様に交互に手首を捻る。
「おお!」
妹紅の掌を重ねた隙間から淡い光が溢れ、合わせた掌を離すと右手の掌に何かの紋様が浮かび上がり妖しく光を放っていた。
「はっ!」
気合いの声と共にその右手をテーブルの上の紙と骨に勢いよく叩きつける。一瞬炎のようにボワっと何かが燃え上がり、顔を近づけてその様子を凝視していた魔理沙は驚いて尻餅をつく。
魔理沙が腰を上げて妹紅の振り下ろした右手と紙と骨を見ると、骨は何処にもなく紙だけしか見えなかった。しかし、良く見ると若干濁っていた和紙が真っ白になって表面がツルツルの質感になっていた。
「すげー!」
思わず感動して声を上げる魔理沙。
妹紅は身に着けている呪符を全部消失させてしまい、別所に保管している物以外では今現在一枚も呪符を持っていない。その妹紅の呪符は基本的な台紙を作成し、そこに様々な術を書き込んで使用するのである。
今行った動作は台紙造りで妹紅の術の基本中の基本である。霊夢が呪符となる和紙をお払いして神気を付与するのと仕組みは同じである。
「紙の中に動物とかの有機成分を練り込む事によって分身となる存在に肉付けがされるの。」
有機成分は別に骨である必要はないのだが、骨は紙を丈夫にし長期間保存出来るコーティングの役目も果たし一石二鳥の材料である。
妹紅は次にコーティングした紙の束の両端を揃えその上で手刀を切る。真空刃によって使い勝手の良い大きさに切りそろえ呪符の台紙が完成した。
妹紅は一枚それをとって魔理沙に手渡す。
「おお、まるでカードみたいだ・・・。」
最近よく森に落ちているテレホンカードに近い質感がある。
妹紅は呪符の基本をレクチャーするように魔理沙に見せていたが、そこで重大な事に気づいた。
「(・・・私、何やってるんだろ・・・。)」
呪符の作成は人に見せるようなものではなく、いや、見せては行けない事である。
しかし、何故か魔理沙には教えてやりたい、面倒を見たいと無意識に行動してしまい気付いたらこんなことをしていた。
「(ま、いいか・・・。)」
妹紅の中で霧雨魔理沙の存在は何時の間にか特別な存在になっていた。そして、呪符の秘密保持よりも魔理沙の内に潜む何かに興味があった。それを探るためにももうしばらく魔理沙を観察しなければならない。
その意味で呪符造りを見せる作業は時間稼ぎにもなるし魔理沙の様々な感情を引き出し、魔理沙を良く知るための観察時間にもなる。
「次に・・・。」
一人納得した妹紅はそう言って作業を続ける。
綺麗にコーティングした呪符の台紙を綺麗に重ねる。一束約30枚あった正方形の和紙は長方形に3分割にされ100枚程の紙束になった。
魔理沙はこれだけでもメッセージカードに使えそうだなと思いつつ目を離さず見つめている。恐らくそのメッセージカードにはこう書くのだろう。「この本は頂いていくぜ!」と。
妹紅は次に、右手の掌に左指の爪で何かをなぞる様に傷を付け血を滲ませる。
眉をひそめる魔理沙を尻目にその右手をまた紙の上に叩きつける。バンという激しい音と共に妹紅の掌はテーブルまで一気に到達する。
魔理沙は先程は驚いて尻餅をついたが、今度は最後までしっかり見ることができた。
「おお!」
魔理沙はまた驚きの声をあげた。薄く綺麗にコーティングされた紙も100枚束ねれば魔理沙の片手では掴みきれない厚さになる。それが、たった1枚の厚さに圧縮されてしまったのである。
「あ、これ・・・。」
更に魔理沙は声を上げた。圧縮された台紙の表面に見覚えのある赤と白の地紋に気付いたからである。魔理沙は妹紅のトレードマークともいえる赤いモンペを見た。
「モンペの柄が・・・。」
「気付いた?」
妹紅の赤いモンペには長方形の中に鉤型の印がついた模様があったはずだが、今履いている妹紅のモンペは無地の赤いモンペである。
妹紅は圧縮した地紋入りの台紙を取ってモンペに軽く叩くように貼り付けると、まるでモンペの生地に最初から染め付けた様に自然な絵柄となってそこに残ってしまう。
「おおおお!」
魔理沙はさらに大きな声を上げる。先程から驚きっぱなしである。
「すげー!」
モンペの模様を上から手でなぞる魔理沙。凹凸はあるもの完全にモンペと一体化している呪符に感動している。
しゃがみこんで妹紅のモンペを観察しているが、そこで妹紅が一枚呪符を剥がす。まるでシールの様に綺麗に剥がれる呪符を見て魔理沙がまた「すげー!」と声を上げる。魔理沙からは手品かなにかに見えているのかもしれない。
妹紅はおしりをポンポンと軽く二回叩いた後、三度目強く叩いて貼り付けた呪符をパージする。床に散らばった100枚程の空呪符は、妹紅が掌を下にして手を前に差し出すとそこに引き寄せられる様に呪符が綺麗に集まっていく。そして妹紅は集めた呪符をまたテーブルに置く。
「この模様は私個人の識別印で呪符は私専用に初期化したって事なの。この素符に今度は呪文を練り込むのよ。」
「へー。」
魔理沙はしゃがんだまま妹紅を見上げる様に見つめる。聞いたことのない単語がいくつか出たが、魔理沙は何故かすぐに理解できた。
「えーと、そうね。私の分身を作っても面白くないか・・・。」
妹紅はぽつりとつぶやき魔理沙を見下ろす。視線があった合った魔理沙はキョトンとして自分を指さす。
妹紅は山積みの紙束から一つ取って梱包を解き、三枚ほど上から選んで、先程全て使わずに余った骨を使って同じように台紙を作る。
「魔理沙は・・・黒でいいわね。」
そう言って魔理沙の了承を得ないまま背中に手をやってポンと一回叩く。されるがままにじっとしていた魔理沙から手を離した妹紅の右手の掌が真っ黒に染まっており、魔理沙は思わずギョッとして背中を確かめようとして必至にもがく。いくら体が軟らかくても背中を直視出来る程首は曲がらない。
妹紅は魔理沙に触れて体型情報を抽出し、着ているベストから魔理沙を示す印を得るために黒という色を選んだ。そして、先程と同じように台紙にそのまま叩き付ける。
妹紅の白地に赤の鉤型模様とは違い、真っ黒に初期化された魔理沙カードが出来上がる。
魔理沙はしゃがんだままテーブルに半分顔を出しながら呪符を恐る恐る触れる。
「取ってみて。」
魔理沙は言われた通りその呪符をテーブルからはがすように取り上げる。
「裏は白だな・・・。」
「表は使う人の情報、裏に術が書き込まれるのよ。ちょっと貸して。」
妹紅は説明した後に呪符を受け取りまた束に戻す。
「それから髪の毛一本ちょうだい。」
手を出す妹紅に魔理沙は後ろ髪を無造作に掴んで妹紅の前に差し出す。妹紅は一本たぐって指に2、3回巻き付けると強く引っ張って髪の毛を抜く。髪の毛は抜ける前に途中から切れ一尺ほど残る。量はそれほど必要ないのでこれで十分である。
妹紅は抜いた金色の髪の毛の細さを見て日本人の髪の毛とはだいぶ違うなと心の中で思いながらひとまずテーブルにそれを置く。
次に3枚の和紙を三等分して九枚重なっている呪符の束から一枚めくり裏面の白地を上にしてテーブルに置くと、サインをしたときのように掌をその上に置いて擦りつける動作をする。
先程と同じように焦げる匂いと音、そして白い煙が立ち、手が通過した後に見たこともない紋様が浮かび上がる。長方形の辺にそって飾り罫のような模様枠と中央に親指ほどの小さな丸い黒点が見える。
妹紅は先程抜いた髪の毛を適当な長さに短く気ってその1本を指でつまんで垂直に垂らしその黒点に近づける。髪の毛と黒点が触れ合った時、チリチリという音と匂いと煙をあげて髪の毛が呪符に吸い込まれた。魔理沙は固唾を呑んでじっと見守る。
「よしと・・・。」
出来た呪符を魔理沙に渡す妹紅。魔理沙は何も説明されていないので少しびびっている。
「これは投げて発動させるんだけど、投げる前に呪符の角で指を引っ掻いて。」
魔理沙は言われた通り、とがっている呪符の角に親指をあてカリと引っ掻く。血は出なかったが痕が少し残って腫れる。皮膚の角質や血液から本人情報と呪符の体型情報と照合させる為のいわゆるセキュリティチェックである。盗まれても他人には使えないようにするための工夫である。
「そのまま気合い入れて投げてみて。」
「・・・てや!」
魔理沙は素直に気合いの声を上げて適当にベッドの方に投げる。
「うおっ!」
2メートル程の距離で音もなく呪符が停止すると、人の姿に一瞬で変わる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!私の分身だ!」
そこに立っている人影はまさしく魔理沙本人である。魔理沙はダッシュでその自分の分身に近づく。
「あ、待って触らないで!」
「ぼんっ!」
妹紅の制止も空しく魔理沙は自分の分身に触れてしまい、あっという間に分身が音を立てて消える。
「うわああああああああああああああああ!」
頭を抱えて座り込む魔理沙のオーバーアクションに苦笑しながら、術者本人が触ると分身が解ける様に初期設定してあることを告げる妹紅。
「そういうことはもっと早く言ってくれよ・・・とほほ。」
「しょうがないわね。」
妹紅はそう言いつつ言い終えた時には既に二枚目が完成していた。
「はい。」
新しい呪符を渡された魔理沙は、先程の妹紅の説明通りに気合いの声を上げて呪符を投げる。
現れた分身に触らないようにギリギリまで近づいて値踏みするように唸る魔理沙。
「すげー・・・こんなに近づいて見てるのに全然偽物ってわかんねー。」
「見てくれだけなら完璧に写せるわ。」
妹紅はそう言って魔理沙の分身に近づきその肩に手を置く。
「そして、この通りちゃんと実体なの。」
「これ、身代わりとか囮とか何にでも使えんじゃん!」
「まあね。」
「くぅうー触りてー!」
「手袋とか布ごしならだいじょうぶよ。」
「おお!」
魔理沙はさっそくハンカチを取り出して指に巻くと、分身の魔理沙のほっぺにつんつんと突っつく。
「うほー!柔らけー!」
幻影分身とは違い質感のある実体分身を触りテンションが一気に上がる魔理沙。
「残念だけど服ははずせないわよ。」
「あ、ほんとだ肌とくっついてるな。」
何を目的に真っ先にそれを試そうと思ったのか分からないが、妹紅が言うより先に襟首に指を突っ込もうとして肌と服に隙間がない事に気づく魔理沙。
「空気と触れている境目で造形されているだけだからね。」
もっと時間をかけて高度な術に練り上げていけば各種部品を分離するように出来るが、そこまで教える必要はないだろう。それに教えれば作って見せる羽目になるだろうから。
「なるほど・・・で、何か芸はできないの?」
妹紅はそうくると思って魔理沙に説明しながら自分の分身を既に作成していた。魔理沙が質問の為に振り向くと同時に魔理沙の分身の横に妹紅の分身を並べる。
「そいつを倒せ!」
妹紅が魔理沙の分身を指さして命令すると、妹紅の分身は魔理沙の分身に殴りかかり、殴り飛ばすと同時に魔理沙の分身が消滅する。
「うわ!ひでー!」
「分身は強い衝撃を受けたり、術者が触ったり、消す呪文を唱えれば消えるわ。」
「命令もできるのか?」
「命令の仕方には2種類あるわ。呪符の状態の時に予め命令を入力しておくのと、分身に直接命令を下すこと。でもその為には呪符の段階で命令を聞いて行動できるように下準備は必要だけど・・・。今作ったような簡単な呪符には「倒せ!」とか簡単な事しか命令できないわ。」
説明を聞いている魔理沙の様子が何故か次第に暗くなっていくのがわかった。思考が後ろ向きになったことで先程まで収まっていた嫌な気が魔理沙から吹き出し、妹紅の感覚を不快にする。
「なぁ妹紅・・・何で妹紅はそんな大事な術の事を私なんかに教えるんだ?」
「紙代でしょ?そう魔理沙が言ったんでしょ?」
「うん、でも・・・そこまで詳しく教えてもらえるとは思って無くて・・・つい、バカみたいに何でも聞いちゃった・・・。」
魔理沙は親切な妹紅の態度が少し怖くなっていた。これまで同業のアリスやパチュリーといった魔法使いに何かを教わろうと思っても、自分の手の内を見せないガードの堅さと、人間を見下す種族魔法使いの性格といった様々な障害が魔理沙を孤独にしていた。
一緒にお酒を飲んだり騒いだりするだけなら皆仲良くやれた。しかし、職業的な話になると完全に壁が生じるのだ。一緒に研究したり教え合ったり出来れば良いと思っても彼女たちはこう言うのだ。「貴女ごときに教わる魔法は何もない。」と・・・。
魔理沙は一方的に学習出来ても、アリスやパチュリーなどからしてみれば魔理沙から有益な物は得られないのである。
その事と妹紅の事を重ね合わせた時、一方的に教わるだけで自分には何も教える事が無いことに改めて気付かされる。妹紅に教われば教わるほどに、自分と妹紅との間に埋められない差を感じ打ちのめされる。
1000年以上生きている妹紅と20年も生きていない魔理沙を比較するのはそもそもの間違いかもしれないが、魔理沙が1000年生きた時果たして今の妹紅と同じレベルになっているかと問われれば自信がない。
妹紅もそんな魔理沙の心の動きを感じ取っていた。
博麗神社の博麗霊夢、香霖堂の森近霖之助、人形使いのアリス・マーガトロイド、そして霧雨魔法店の霧雨魔理沙。この周辺に住んでいる人妖達の間で辛うじて近所付き合いと思しき交流はあるのだろう。
魔理沙とアリスの関係は敵対的中立という険悪ではないが仲良く話す間柄でもない。共通の目的でもあれば共同戦線をはれるくらいの仲ではあるが・・・。
そんな彼らは人間としての社会からは既に隔絶されており、基本的に妖怪を基準にした社会ルールに沿って生活が営まれている。
妖怪を基準にした社会ルールとは、個人主義と実力主義の社会である。共同体による集団的行動理念はない。
これは魔理沙も霊夢も同様で、会話にも現れているが互いの妥協点を求める思考が一切前に出てこない。勝った方が正しいという発想で、その為、立場を「譲る」という行動は絶対にしない。人間社会から切り離され妖怪中心の幻想郷のルールに沿って生きているのだ。
妹紅は人間の社会と接点を持ちつつ、幻想郷のルールを無視して竹林に潜んでいた。妹紅が魔理沙に親切に接したのは、魔理沙の秘密を探るという目的もあったが、裏表のない単純な善意があったからである。
妹紅にとって当たり前な何気ない善意ですら魔理沙にとっては未知の体験だったのである。
人間であり続ける事を願い妖怪達と離れていた妹紅。その一方で人間から離れ妖怪と共に生きようとする魔理沙。
魔理沙もそして霊夢も人間の社会に返さなければならない。博麗霊夢がいくら活躍しても人間としてではなく妖怪の仲間としてなら人間はそれを認めず、博麗の信仰は復活しないだろう。
八雲紫にも考えがあるのだろうが、霊夢に異変の解決者としての肩書きを与える事ではないと妹紅は思う。それよりも先にしなければならないのは人間博麗霊夢であることを幻想郷に知らしめなければならないということだ。
恐らく慧音はそれをやろうとしているのだろう。
「私は向こうの世界にいた頃、妖術使いの里で拾われ厄介になって、何百年も生きている関係でその里でも指導者的な立場に自然となっていってしまったの。長く生きる分、たくさん学んでそれを誰かに教えていく。私は人に教えるのが好きというかそうする以外に自分に価値は無いと思っていたわ。」
沈んだ表情の魔理沙だったが、妹紅の話を顔を上げて聞き始めた。
「この家も最初に入った時の酔いそうなこの甘い変な匂い・・・何だかとても懐かしいって思ったの・・・。」
「みんなこの匂いは嫌いって言ってる・・・。」
「まぁ、慣れの問題もあるのでしょうけど・・・匂いもそうだけど、散らかった家の感じとかも含めて・・・ね。」
「・・・。」
「つい昔の事を思い出して、余計な事をしてしまったようね。ごめんなさい・・・。」
「あ、別に、謝らなくていいよ・・・私も教えて貰って嬉しかったし・・・。この辺じゃ誰かに何かを教わるってことは、そいつの下に就くみたいなのがあってさ・・・。」
「安心して、私は妖怪ではないわ。妖怪じみた体を持ってるけどね。」
妖怪ではない。つまり人間であるという妹紅のメッセージで魔理沙の中で何かがかわった。沈んでいた心が一転するのがすぐにわかる。鳥肌は収まらないが魔理沙から出る精神的圧力が消える。
「なぁ妹紅?変な事聞くけどさ・・・怒らないで聞いて?」
「ん?うん。」
「私ってどっちかって言うなら天才に見える?それとも秀才に見える?」
突然の魔理沙の問いかけに、何かの謎掛けでもされたのかと一瞬キョトンとする妹紅。
「ほんとはどっちでもないけど、ぱっと見でいいからさ。」
先程の沈んだ雰囲気とは打って変わって照れくさく笑う魔理沙。
妹紅はある程度魔理沙の真意を理解し、すぐには答えず部屋を見渡す動作の後で答える。
「今日ここで魔理沙と話すまでは、すぐに何でも出来ちゃう天才タイプと思っていたけど・・・。」
妹紅は開いた本の積み重なった魔理沙の机の上を見ながら、その周囲のメモ書き、作業台の実験の跡と順に見て魔理沙に向き直る。
「貴女はとても努力家なのね・・・。」
「作業してるとこは誰にも見せた事ないんだけど・・・妹紅は特別だからな?誰にも言うんじゃないぜ?」
「ええ、でも何で影で努力している事は秘密にしたいの?」
「だってカッコ悪いじゃん?」
「そうかしら?人間から見たら尊敬に値することよ?」
「人間ってだけでバカにされる幻想郷で、人間と同じように影でコソコソ努力してたらバカにされるどころかコケにされるよ。」
バカにされるのとコケにされるのとでどっちが上か下かいまいちわからない妹紅だが、魔理沙的にコケにされるほうが下らしい。
「いいじゃない人間なんだから。それより、そのコケにした人間に敗れる妖怪が哀れでしょうに・・・。」
「まぁ、最近はバカにされたりコケにもされないけどさ・・・でも連中はそれでも人間って事にしてバカにしないと気が済まないんだよな。」
「それにしても、どうして天才に見られたいの?」
天才に見られたいとは魔理沙の口からは出ていないが、努力する姿がカッコ悪いと決めつけるならば、その逆の天才が理想形なのだろうと判断する妹紅。
「やっぱ、普段何もしてないのにいざとなったらズバっと解決するのがカッコいいぜ!」
そのフレーズにどこか見覚えのある妹紅。
「それってまるで霊夢ね。」
「うん、まー、ぶっちゃけるとそうなんだよな。くやしいけどそれは認める。」
魔理沙にとって霊夢はとても大きな存在なのだろう。そしてその霊夢への強い思いが、幽香等が言う「あれだけのこと」を引き起こしてしまう要因となったのである。
この全容はもうじき解き明かされるが、この時の妹紅はまだそのことを予見できてはいなかった。
部屋の南側机周辺の絨毯の上に移動した魔理沙と妹紅。
妹紅は細かく調べられた茸(きのこ)関係の資料の山に驚きの表情を見せる。
「これは妹紅だけにみせるんだからな?誰にもいうんじゃないぜ?」
「分かってるわ。それにしても凄い資料ね。」
「魔法の森には『魔法茸』(まほうだけ)って私が呼んでる特別な茸があるんだ。強い魔法の属性を持ってて、生えてる場所や時期によって属性がマチマチで、ある程度の法則性があるんだけど、完全にまだわかっていないんだ。」
「属性っていうのは、陰陽?」
「それもあるけど、元素の方。」
「へー・・・。」
火、水、風、地の世界を構成する基本元素は、全ての万物に宿りその物に様々な傾向を与えている。基本的に同じ種類の物なら同じ属性である。
「この魔法茸の特徴は見た目は同じでも場所時期によって属性が大きく片寄ってしかも1株あたり必ず1つの属性になっているんだ。」
「ありえないわね。」
「だろ?ありえないのにありえてしまうのがこの魔法茸さ。」
「どうやってみわけているの?」
「1こづつ叩いたり、切ったり、加熱したり、冷やしたり、煮込んだり、薬に付けたり、酒に漬けたり。あとは喰ってみたり。」
「1こ1こ調べてるの?」
「だって、1こづつみんな違うんだぜ?水属性の茸の隣に火属性がはえてたりするんだ。しかも、水属性の群生地にぽっと1つだけ火とか。どんないやがらせかよ!って感じだぜ。」
「で、その茸で何をしているの?」
根本的でありながらとても重要な問題である。
「スペカって自分が使えるもの以外は使えないのはしってるよな?想像だけじゃだめ。自分で使えて初めてスペカとして使用出来る。」
「うん。」
「私はマスパとかは使えるけど細かい魔法とかはあんまり知らないんだ。だから弾幕のバリエーションを増やすためには実際にそれらを使える様に身につけなければならない。」
マスパとはマスタースパークという高火力超極太レーザーを放つ魔法で、霧雨魔理沙の代表的な魔法の一つで、魔理沙=マスパともいえるものである。
「それで茸なの?」
「強い属性を持っている魔法茸は何かをやると何らかの反応がある。その反応には私の能力じゃ生み出せない様々な形を提供してくれるんだ。金平糖みたいな星くず弾幕とかもこれから抽出してるんだぜ?」
魔理沙はそう言って妹紅の来訪で中断していた作業の続きをして見せる。
乾燥させてから粉末にした魔法茸が入っている乳鉢を取り出し、実験用の小さな匙で少量すくい取ると正方形の薄い紙の上にそっと落とす。
紙を折り畳んで小さくし、それを机の端にある透明の液体が入ったビーカーにそっと落とす。
液体が紙に浸透し中の微粉状の魔法茸に影響を与える。シュワシュワと音を立てて泡を出しビーカーから無数のシャボン玉が飛び出す。妹紅は思わず声を上げて驚いたが魔理沙は顔をしかめる。
「ダメだな・・・。」
「何がだめなの?」
「この効果は前にも見ているし、丸い無色の泡なんて何にもつかえない。」
確かに水に反応して特殊な効果が出たことは驚く事だが、エフェクトとしては微妙である。
魔理沙はすぐに先程と同じように包みを作る。
「えーと、マッチどこだっけ・・・。」
火を探していると思われる魔理沙に妹紅は指を差し出す。
「ん?おお!すげー!」
指先から小さな炎を出した妹紅に、先程見せた分身の時よりも驚く魔理沙。大げさに見せているのではなく心底感動している様子である。
「魔理沙には出せない?」
「でかいのなら出来るけど、小さくて弱い火は無理だよ。しかし、すげーな、こんなに安定してる・・・。」
妹紅は少し鼻が高かった。こういった小さな火は生活の中でよく使い、慧音なども火が欲しい時に咄嗟に妹紅をマッチ代わりに使う。皆小さい火など簡単に出来ると考えているのだ。
しかし、魔理沙が言う様に小さい火は実際はかなり難しい。この難しさを理解できる魔理沙に同業意識が湧く妹紅。
「どうぞ。」
しばらくその火に見とれていた魔理沙だがすぐに我に返って、ピンセットにつまんだ紙の包みを妹紅の火に重なる。
最初は包み紙だけが燃えてやがて中の粉末を焼き始める。パチパチと音を立てて始め、次の瞬間一気に炎が加速する。赤い炎を上げて激しく燃焼するのを見て魔理沙はそれを上下左右に小刻みに振る。焼け残った包みの燃えかすから開放された魔法茸の粉末が飛び散り不思議な赤い光跡を生む。炎の小さな塊が真っ直ぐ重力に従って落ちるかと思われたが、燃焼して軽くなった炎の塊が今度は重力に逆らうように天井方向へ昇りはじめる。
上下運動する赤い光跡を天井に到達する前に魔理沙が掴み取るように手を重ねる。それと同時に炎は魔理沙の手に吸い込まれる様にして一瞬で消えて無くなった。
「へー。」
妹紅は思わず感心する。こうやって特殊なエフェクトを体に覚えさせて自分のものにしているのだ。
「へへ!新エフェクトゲットだぜ!いやーかなりレアなのが出たよ!!Vターン弾幕!」
落ちた後にV字にターンして戻る光跡のエフェクトにそう名付ける魔理沙は、暖炉の方向に手をかざしてさっそく先程のエフェクトを試す。
「おわああ!」
出したエフェクトが手から離れてすぐに自分に向かってターンしてきたので慌てる魔理沙。
「遅効性にすればいいんじゃない?」
「うん、私も今そう思った。そうすれば避けた相手の後ろを取れるしな。うひひ。自分の後ろに放って他の弾幕と合わせた時間差攻撃にも使えるな・・・。」
「そうやってエフェクトを身に付けて弾幕に反映させているのね。」
「こんなレアなエフェクトはかなり稀なんだぜ?何百回何千回やってやっと「おお?」って思う様なのが出るんだ。レアなやつになるとそれこそ万単位かもしれないぜ!」
回数の数値は少し大げさだとは思うが、途方もない回数の単純作業の繰り返しが必要なことは理解できる。
「自分で小さな力を制御出来ればいいんだけど、デカイのは得意なのに細かい小さい力は難しいんだよな・・・。」
机の上に瓶詰めの粉末、液体、そのまま乾燥した茸など様々な状態のサンプルが保管され並べられている。試験管なども乱雑に並んでいるが、どれにもラベルが貼られ恐らく魔理沙にだけ分かる暗号で何かが表記されているのだろう。
妹紅は一時期永遠亭で過ごしていた事があったので、それら実験器具はレイセンが何かの調合中によく爆発させていたのでよく覚えている。何度も同じミスをしているレイセンは恐らくこうした実験の類が合わない性格なのだろう。魔理沙が永遠亭の実験室を見たら喜ぶかも知れない。
それにしても、非常に効率が悪い方法である。見た目でどんな属性かを判断できない以上総当たりになるのはしかたがないが、事前に属性を見分けられたら少しは作業がはかどるかも知れない・・・。
「あ・・・。」
妹紅はそこで何かを思いだした。
「アレがあれば・・・。」
「ん?」
「いや、なんでも・・・。(アレってどこにしまったっけ・・・あの呪符と一緒に消えちゃったかな・・・。)」
属性を見分ける事が出来る特殊な目を持って生まれた妖術使いがこの特殊性を自分一代で失うにはもったいないと、生きている間に両目をくり抜いて他人にも使えるよう細工した属性眼鏡を妹紅は岩老郷解体の際に受け継いでいた。
この目は主に薬剤の作成に重宝したが、妹紅はあまり薬剤関係に明るくなく、ほとんど使った事が無かった。
この貴重な品はこの目の持ち主の一族間で継承権争いが発生し中立である妹紅が管理し必要な時に貸す出すという形で保管していた結果、岩老郷解体時にそのまま妹紅が引き継いでしまったのである。
こうした非常に貴重な妖具を妹紅はいくつか保存の意味で一族から家宝を託されて、不滅の妹紅は貯蔵庫にもなっていたのである。
貴重な品々のほとんどは竹林の隠れ家に保存しており地上の兎の長である因幡てゐに管理を任せている。
因幡てゐは永遠亭に従属しているが基本的に地上の民の味方で妹紅に対しても非常に友好的であり、表向き妹紅と敵対しているが実は裏で永遠亭との和解の為に何かと心を砕いている。
妹紅の隠れ家は強力な結界で守られ何者かが侵入すればすぐに兎達の情報網を通じて妹紅に伝達される。永遠亭では妹紅の隠れ家を襲うと報復に妖怪を引き連れて永遠亭に攻め込まれる可能性があるので互いの陣地では戦闘しない事を不死人狩りの終息後に取り決めている。
その約束が締結される以前に慧音に預かってもらっていたそれらお宝の数々をその後に隠れ家に移動させて今はてゐに管理してもらっているのだ。
妹紅は八雲紫の件が終わったらこれを魔理沙に貸し出そうと考えていた。