東方不死死 第23章 「悪霊の賢者」


 霧雨魔理沙のお店、霧雨魔法店で無事和紙を調達出来た妹紅は、用事が済んだにもかかわらず夕刻まで店の主人と語らっていた。
 妹紅は話しても差し支えのない程度の事、自分のこれまでの経緯や苦労話などを語って聞かせ、まるでお伽話のようなその内容に魔理沙は釘付けになっていた。
 妹紅はベッドを背もたれにして絨毯に片膝を立てて腰を下ろし、魔理沙はベッドの上にうつぶせになって頬杖をついて、妹紅のすぐ上で話を聞いている。
 一人の人間とこんなに長く会話したのは何年ぶりだろうかと魔理沙は自問する。いや、年ぶりというより、そもそもそんな事がこれまであったのだろうか?魔理沙は過去の記憶を辿ろうとして記憶に断片化が生じている事に気付く。今まで過去を振り返る事などほとんどしなかった魔理沙。そして何かを思い出そうするといつも記憶が混乱する。
 小さい頃、魔理沙は霊夢と一緒にいつも遊んでいた。それは今でも鮮明に覚えている。そして現在も霊夢といつも一緒にいる。しかし、10歳の「あの時」の前後の繋がりがはっきりと思い出せない。
「なぁ、妹紅?」
「ん?」
「私、時々自分がよくわからなくなる・・・。」
「・・・うん。」
 魔理沙の雰囲気が変わったのを受けて、妹紅は魔理沙から何か重要な話が出てくると直感し、その話の腰を折らないよう親身に聞く態度を見せた。
 魔理沙も恐らく霊夢と同じようにどこか記憶に整合性がない事を悩んでいると妹紅は診ている。
 昨日、八雲紫の件で霊夢の心の内を垣間見る事が出来たが、その時霊夢は、魅魔という悪霊とその配下にいた魔理沙と対決し、いずれも撃ち破っている。その経緯については詳しく分からないが、風見幽香などが隠している「あれだけのこと」と無関係ではないだろう。そして、何故魔理沙が魅魔の配下として霊夢と戦ったかその理由も知りたい。霊夢の記憶障害がその時から来ているなら、魔理沙の記憶障害もこの時に起こった何かが原因だろう。
「(それにしても・・・。)」
 妹紅は数千年から数万年という時を藍の閉鎖空間で過ごしてきたが、幻想郷の時間では昨日の出来事なのである。もう何年も前の事の様に感じる妹紅。


 これまでの無駄にも思えるとりとめのない長時間の会話は、魔理沙から重要な話を聞き出す為に、聞き手と語り手の信頼関係を構築する一つの作戦という向きもある。
 この今の変化した魔理沙の心理状態を引き出す一種の作戦ともいえるが、決してそれだけで会話を続けていたわけではない。魔理沙に対して同じ人間として大事に思う年長者としての愛情で、純粋に魔理沙を思っての事である。
「霊夢とは幼馴染みで昔も今もいつも一緒に居るけど・・・何で今も昔と同じように変わりなく一緒にいられるかわからないんだ・・・。」
 魔理沙の言葉には矛盾がある。昔も今も同じで今もそうなら何も不思議ではない。しかし、同じであることに強い違和感を感じている。具体的に説明するなら明らかに間に入るべき言葉が足りない。
「変わっていないとおかしいってことかしら?」
 寝そべっていた魔理沙はいつの間にか正座を崩した所謂女の子座りで枕を抱えていた。
「本当は変わってないとダメなんだ・・・たぶん。」
 過去の魔理沙の身に何が起こったのか具体的に知りたい妹紅だがここは敢えて質問はしない。
 魔理沙はこれまでの妹紅との会話でかなり気分が良くなっている。
 同性同士で心の悩み、異性の事、その他諸々お互いに心の内をさらけ出して何時間もおしゃべりする事は、人間であれば、特に女性なら当たり前にやることである。しかし、魔理沙は霊夢以外の同年代の同性も異性もいない里で10歳まで過ごし、その後は一人で里との積極的な交流も無く成長してきた。その唯一の同年同性の霊夢とも腹を割って悩みごとを打ち明けるような会話などする事はしなかった。
 10歳で悪い意味で達観してしまった霊夢と、10歳からほとんど精神的な成長をしていない魔理沙。話があうはずもないし、妖怪との付き合いが長いせいか、彼ら特有の個人主義に完全に毒されている。
 それでも、人間らしさを持ち続けているのは、魔理沙、霊夢に共通する友人森近霖之助のおかげかもしれない。
 魔理沙は思春期の少女なら誰でもやるようなこうしたやりとりを生まれて初めて経験し、脳が快感を覚え一種のトリップ状態になっていた。話しはじめたら止まらない止めたくない、これはある意味麻薬である。
 話のネタを妹紅から次々に出され、魔理沙も負けじと色々な話をし始める。自分の意志で話していると思っているが実は全て妹紅に操作誘導されており、操作している妹紅自身も普通に会話を楽しんでいるので魔理沙も全く気付いていない。
 話さずにはいられない心理状態だが、ふと我に返ると一気に冷めたり、しゃべった事を後悔して反動で怒りやすく突然キレたりもするので、この会話誘導は注意が必要だが、作戦として意図的にキレさせるのもありである。
 ただ、今回は魔理沙の秘密を握ってあとで強請る材料にするといった性格の案件ではなく、魔理沙の内に潜む何かを探り当てる捜査の一環でそうしているので、魔理沙を怒らせるつもりは全くない。
 魔理沙に潜む何者かが向こうから尻尾を見せるまで尋問者としての行動を隠していなければならない。
 妹紅は今、内に潜む存在を確かなものとして意識し、それらに監視されていると想定しながら、魔理沙を含め2つないしそれ以上の存在を相手に情報戦を展開していた。


 魔理沙は、自分の持っている誰にも言えない悩みを妹紅に話し始めようとしていた。
「何だかある日突然自分が自分じゃなくなった見たい・・・あれは夢だったのかな・・・。」
 恐らく10歳の頃の幽香らも知るとある事件の事だろう。一体何があったのだろうか。
 辺りは既に暗く窓の外は真っ暗で何も見えない。
 かなりの時間を費やしたが魔理沙に潜むものは一向にその姿を見せる気配がない。ここは精神的な揺さぶりをかけてみるべきだろうか?だが、やるとして何を材料にするかが問題である。
「今も夢を見ているのかもしれないわね・・・。」
「夢?もし今が夢なら・・・夢が覚めたら・・・どうなってるんだろう?」
 10歳のあの頃に戻りたいと思う魔理沙に、妹紅は別の角度から切り込んでみた。
「夢から覚めたら道端の髑髏(しゃれこうべ)だった・・・なんてね。」
 つまり、夢から覚めたら死体、幽霊だったというオチである。
 妹紅は冗談のつもりでおどけて見せたが、それが引き金となって魔理沙は突然キレた。
「わ、私は死んでなんかいない!」
 妹紅は突然の魔理沙の変化に背筋が凍る。先程までなりを潜めていた精神的圧迫感が一気に妹紅を襲う。妹紅は思わず身の危険を感じて魔理沙から飛び退くように立ち上がって魔理沙と正対する。
「適当な事言うな!私は絶対に死んでない!死んでないんだ!」
 ベッドから降りてゆっくり妹紅に近づく魔理沙は、口角から泡がにじみ出る程に怒り狂い、我を忘れて必至に死を否定している。完全に正気じゃないという顔になっている。
「魔理沙・・・まさかお前・・・。」
 警戒心が強くなりすぎて男口調になる妹紅。
 この強烈な否定は逆にそれを心の何処かで認めている事を意味しているのではないか?つまり、魔理沙は一度死んでいる?
「はっ!」
 妹紅に掴みかかろうとする直前に我に返る魔理沙。
「あ、あ・・・私・・・何を・・・。」
「落ち着いて。」
「私・・・死んでないよな?な?」
 妹紅は涙を流したまま放心している魔理沙に近づきそっと抱きしめる。魔理沙より背が低い妹紅は頭を横にして魔理沙の胸に耳を当てる。
「魔理沙・・・魔理沙の心臓の音、ちゃんと聞こえるよ。興奮してるからすごく速くなってる。生きてる証拠よ。」
 それを聞いた魔理沙の体から力が抜けその場に崩れ落ちる。立ったままの妹紅の足にしがみつく様に大声で泣き始める。妹紅はそんな魔理沙の頭をなでながら、事態が一筋縄でいかない事を知る。
 魔理沙は10歳の頃死んで、その後その体を誰か別の存在に乗っ取られているということだろうか?そしてそのことが「あれだけのこと」と幽香らが言っているのだろうか。
 しかし、ここで疑問が出る。幽香らは魔理沙の中身が入れ替わっていると仮定して、その事実を知っているのだろうか?完璧に理解している上で付き合っているのか、知らなくても何か違和感を感じているか・・・恐らく後者だろうが、前者も否定できない。
 そこまで考えてから妹紅は首を振る。魔理沙を死んだ事にして話を進めるのはまだ早計だろう。
 妹紅は迷う。思ったより根が深い案件なので、ここは一旦手を引いて紫の件が終わった後にじっくり調べるか、それとも今、速攻で手を打つべきか・・・。
「妹紅、今日は帰らないで・・・。」
 落ち着き始めた魔理沙が女々しくそう口にする。普段の魔理沙からは想像できない言動だが、一人でいるのは寂しいと感じるのは人間なら当たり前である。今の魔理沙には一人で何でも出来る一人前の魔法使いというプライドは消えていた。
「ええ、一緒にいるわ。」
 このまま放ってもおけないので魔理沙の願いを素直に聞き届ける。魔理沙の調査の為になんとかして泊まる算段を講じていた妹紅だったので、この申し出は願ったり叶ったりである。
 魔理沙はしがみついている妹紅から離れ、2人は並んでベッドに腰掛ける。
 見せたくない姿を人に見せてしまった魔理沙の心は必ず何処かに傷を負っている。妹紅は魔理沙が落ち着いたのを受けて彼女の心のケアを始める。
「魔理沙は昔、大怪我とかしたのかしら?」
「・・・怪我かどうかわからないけど、自分がどうなったのか分からなくて・・・って事はあった。」
「人間は大怪我や大病の後に命を取り留めると人生観が変わったりするけど、魔理沙も同じように生き残れた事で世界観や人生観が変わったんじゃない?変わりすぎると記憶が曖昧になることはあるわね。」
「そうなのかな?」
 妹紅の説明は最もらしく、実際に嘘はついていない。人間は大きな事件を受けて人生観が大きく変化する。これと魔理沙の事を関連づけて、魔理沙の記憶を補填していく。
「魔理沙はその時一人だった?」
 何かがあったことを既成事実として妹紅は語る。何かがあったことは具体的に聞かされていないが聞くまでもなく絶対何かが起こっている。
「うん、あ、でも魅魔様と一緒だった・・・あ、違う、魅魔様と別れた後だった・・・。」
「魅魔様?」
「うん、魅魔様は私の師匠だったんだ。」
 魅魔という存在は幽香や霊夢の話しなどで知っている。紫らとも古い付き合いらしい。しかし妹紅は新しい事実を知った。魔理沙は魅魔の弟子だったのだ。
 魅魔は亡くなっていると聞いたが師匠だったという過去形はそういう意味での事だろうか?妹紅は魅魔について知らないふりをしてそのことを尋ねる。
「その魅魔様は今どこにいるの?」
 生きていると想定した質問をしてみる。
「あの世じゃないかな?」
「亡くなったの?」
「亡くなった・・・っていうのは正しくないな・・・元々悪霊だし。」
 悪霊が亡くなるという表現に思わず苦笑する魔理沙。成仏すると言うのが正しいのかもしれない。
「悪霊の師匠か・・・。」
「悪霊といってももう何に恨みをもっているかも忘れた大昔の亡霊で、博麗神社と仲が良くて神社の管理とかしてたみたい。強くて怖くて優しくてすっごくイイ悪霊だったぜ!」
「へー。」
 良い悪霊というのは物凄い悪い事じゃないのかと思いつつ妹紅は感心するふりをする。
 魅魔、魔理沙、霊夢の関係は見えてきた。霊夢の話では魅魔と魔理沙を討ち倒しているとの事だが、それで魅魔が死に、恐らく魔理沙も瀕死の重傷を負ったのかもしれない。魔理沙が自分が死んだと勘違いしているのはこの時の事だろうか?そして霊夢との戦闘があったにもかかわらず、未だに友達でいることに違和感を感じているのだろう。考えてみればこのような経緯があったにも拘わらず魔理沙と霊夢の仲が良いのは少しおかしい。それとも妖怪の様に勝負があった時点で和解が成立しているのだろうか?しかし、魔理沙の話だと和解があったにしても魔理沙自身それを記憶していないようだ。
 この時の妹紅は魔理沙の言う「魅魔の弟子だった」という過去形を死に別れた事による過去形と判断していた。そして幽香らの言う「あれだけのこと」とは魅魔、魔理沙と霊夢との戦闘によって魅魔戦死、魔理沙重症という結果の事だと考えた。
 

 妹紅はひとまず魅魔らの件はこれで自己解決したと判断し話を変えた。
「魔理沙、死ぬってどういう事か知ってる?」
「その話はいいよ、もう。」
 死についてナーバスになっている魔理沙。
「ダメよ。そうやって嫌な事から目を背けるから自分自身のおかれた状況を正しく理解出来ずに無知を未知と勘違いして恐れるのよ。」
「・・・でも。」
「死を身近に感じてる人ほど、命を大切にするものなのよ。魔法だって人を殺すわ。死とは何かを考えず殺傷力だけ身に着けてあなたは何をしたいの?あなたはさっき言ったわよね。私の弾幕、強いては私を尊敬するって。死から目を背けたい人に尊敬されたくはないわね。」
「ごめん・・・話し、聞くよ。」
 妹紅の説教に魔理沙はぐうの音も出なかった。死というものを意識的に遠ざけて考えていた。
「人間が死ぬってどういう状況でそう判断する?魔理沙なら・・・。」
「心臓が止まる時?」
「心臓を押して血液の流れを人工的に作り出したら?」
「じゃー脳みそが動かなくなった時?」
「そうね、心臓が止まるというよりそっちの方が正しいわね。」
「そっちの方がって事は、正確には違うってこと?」
 妹紅はベッドに腰を掛けると足が絨毯に届かず話をしながら両足をパタパタと動かしている。
「肉体、精神、魂の三位の繋がりが断たれる事よ。一番簡単に症状が見えるのが肉体の崩壊ね。」
「その逆に場合によっては肉体が無傷で健康でも死ぬってこともあるって事か?」
「ええ。強い精神的ショックで精神が破壊されたり、魂を奪われたり・・・。」
「色んなパターンがあるんだな・・・。」
「人間はどのような形であれ、死ぬと精神と魂が肉体から離れてあの世に旅立つ準備をするの。」
「準備?」
「ええ。準備というのは生前の肉体の執着を無くす事。」
「執着?」
「これが強いと未練を残して輪廻に旅立てずに亡霊になるのよ。」
「なるほど・・・。」
「この準備をする場所を私達は『選択の間』と呼んでいるの。そこで死者の精神は自分の遺体を上から眺め、死んだ事を客観的に見てそれを受け入れるの。そこで精神は生前の情報を魂に受け渡して輪廻に旅立つのよ。」
「何で、選択なんだ?選べないだろ?もう・・・。」
「実はそれが選べるのよ。特定の条件を満たしていれば・・・。」
「条件?」
「まず、肉体が健全な状態であること。そして、死ぬ事に対してそれを防ぎたいと願う者が存在すること。」
「?」
 妹紅の言っている意味、特に後半が理解出来ず難しい顔をする魔理沙。
「最後の何言ってる分からないぜ?」
「生前縁のあった人・・・簡単に言えばご先祖様の霊よ。」
「え?」
「亡くなった母親・・・とかね。」
 魔理沙の方を向いて意味ありげに語る妹紅。
「・・・妹紅は知ってるんだ・・・私の母親とかそのへんのこと・・・。」
 そのへんというのは勘当されているという霧雨家の事情も含めての事である。
「マルキと香霖堂経由で来たから・・・マルキで見たわ、魔理沙のお母さん。」
「綺麗な人だろ?私の自慢なんだけど・・・もう何年もあの絵見てないな・・・。」
「命日とかどうしてるの?」
「お墓には行けないから・・・そっちの方角見ながら家でお祈りだけはしてるけど・・・。」
「そう・・・魔理沙も人間なんだからそういう事は忘れてはダメよ?」
「・・・うん。そういえば少し前にコーリンにオヤジからあの絵譲って貰えないか相談しにいったらえらい剣幕で怒られたっけな・・・。」
「魔理沙のお父さんにとっても大事な絵でしょ?」
「コーリンに怒られて私も流石に反省したよ・・・。」
「お父さんの事どう思っているの?」
「今は別に怒ってないっていうか、私が悪いんだから私が怒る筋合いはないし・・・でも。」
「私も、勘当の場面は何度か見てきたけど・・・よりを戻すのはとても難しいわよ?年を取れば取るほどに・・・。まぁ他人の家の事に口を挟むつもりはないけれど、恨み言がないのなら早くなんとかしたほうがいいわ。」
「分かってはいるんだよ・・・でも、ガキの頃一人前の魔法使いになったぜ!って言ってぶんなぐられたからな・・・。今思ってもあの時は全然一人前じゃないし・・・そして今も一人前になったかといえばどうもそうじゃないみたいだ・・・。やっぱ一人前になってちゃんと認めてもらえるようになってからじゃないとな・・・なんてね。」
 一見何も考えていない様でしっかりしている魔理沙。そんな魔理沙を見て純粋に彼女を応援したくなる妹紅である。
 妹紅は霧雨魔理沙という人間に魅せられている事に気付きつつ、それを悪いものとは思っていなかった。
「私・・・守られてるのかな?」
 膝を抱えながら天井を見る魔理沙の誰に言ったわけでもない独り言に妹紅の気持ちは沈む。勘当されている魔理沙はもはや霧雨家となんの縁もない孤独な存在だ。母親が霧雨家の墓にいるなら魔理沙にその加護はないだろう。
 いろいろな意味で魔理沙については早く何とかしなければならない。そう思う妹紅だった。


 夕食に茸のフルコースをご馳走になった成り行きで今日は魔理沙の家に泊まる事になった妹紅は、食事中ずっと魔理沙の茸のうんちくを聞かされ続けたが、様々な面白いエピソードも交えての話しだったので、退屈することなく楽しい時間を過ごすことが出来た。
 これらの話しによくアリス・マーガトロイドの名前が出たが、新種の茸を他の食べられる茸と混ぜて毒味役をさせられるアリスに同情すると共に、そうした無茶のせいでアリスに嫌われている事に身に覚えを感じていない魔理沙も困ったものである。
「十中八九は美味しい茸なんだぜ?只で喰わせてやってるし、1回か2回ハズレひいたのいつまでも根に持つなんて妖怪らしくないぜ、あいつ。」
 これが魔理沙の言い分であった。確かアリスは最近種族魔法使い、つまり妖怪化したばかりで未だに人間として生きてきた生活習慣が抜けておらず規則正しい生活を送っている。これに関しては人間の魔理沙以上に人間らしいアリスなのである。胃腸など肉体的な面では人間よりはるかに丈夫だろうから、毒味にはぴったりではあるが、それにしても少し可哀想である。


「ふわぁ~・・・さて、そろそろ寝るかな・・・。」
 話しも一段落した魔理沙が大口をあけてあくびをする。今日はいろいろな事がありかなり疲れているようである。
「もう寝るの?」
「妹紅も一緒に寝ようぜ!」
「悪いけど・・・。」
「ええー!帰っちゃうのか?」
「大丈夫、今日は泊まっていくわ。ただ、もう少し呪符の作成したいんだけど・・・。それにあんまり眠くないし・・・。」
「ああ、それならいいよ。あ、でもかなりうるさくなるかな?」
「だから、先に台紙作ってしまいたいのよ・・・いいかしら?」
「ああ、いいよ!寝る準備に少し時間いるし。あ、骨とかはあそこから出ればすぐに見つかるから。」
 北側の勝手口を指さす魔理沙。
「ありがと。」
 魔理沙は会話をしながら寝間着に着替える。
 魔理沙の大きなベッドは、枕から足の縦方向の敷マット半分が木枠ごと上に開ける蓋のようになっており、その裏面が衣装棚になっていた。
 木枠ごと敷マットを上に開く事でベッドの下に足を踏み入れるスペースが出来る。
 開いた敷マットの裏側の木組みには細工がなされており、幾つかの棚が水平に並んでいる。このまま閉じれば水平の棚は垂直に下を向くのでその上に置いてある衣類等が全部下に落ちてしまうが、マットが閉じている状態でも中の棚が常に水平になるよう棚の両端に可動機構が備わっており、開けば直角の壁棚に、閉じれば中で吊り棚になるという仕掛けになっている。
 その開いた敷マット枠の向かって左側に仕掛け棚で、そして右側は開き戸が付いており、魔理沙はその開き戸を開いて中から薄い大きな板のような物を取り出すと、それを本の様に左右に開いて脱いだ服をそこに綺麗に並べる。
 並べ終えると元の様に閉じて薄い一枚の板状のパネルにすると開き戸に本を本棚に差し込む様にしまう。衣類は中で軽くプレスされてシワが伸び、プレスされているのでどの方向を向いても中の衣類が動かないというわけである。
 妹紅は流れような魔理沙の一連の動作を見ながらベッドの仕掛けに感嘆する。 
「これすげーだろ?」
 妹紅の視線を感じて魔理沙が振り向いて自慢する。
「誰がこんなベッド発明したの?」
「コーリンだよ。自分で発明したかどうかわからないけど、図面書いて里の大工に部品作ってもらって、中で組み立ててもらったんだ。仕掛けが多い分無駄にでかいけどな。」
 マットも含め開く部分はかなり重くなるはずだが、女性の力でも開くようにある一定の力をかけるとバネが働いて開く工夫がなされている。
「向こう半分は開かないけど、ベッドの下が引出になってるから色々収納ぜきるぜ。」
「へー。」
 香霖堂の建物の採光なども工夫されており、店主には創作能力もあるようである。
 魔理沙が寝る準備をしている間に、妹紅は骨などの使えそうな有機素材を集めて、先程と同じように呪符の台紙の作成を続ける。


 寝間着に着替え、妹紅の様子をあくびをしながら美しい金髪をブラッシングする魔理沙。終えると何箇所かリボンで髪の毛を縛って纏める。何故そうするのか妹紅が尋ねると、朝になると髪の毛が爆発してしまうから・・・とのことで、癖毛の魔理沙にとって身支度で一番手間なのが寝癖の始末とのことである。
 いつのまにか髪の毛のブラッシングから歯のブラッシングになっていた魔理沙は眠い目を擦りながら、夕食の準備に使ったミニ八卦炉を暖炉の鍋の下に戻し、そのまま台所に向かうと水瓶からコップで水をすくってうがいをしてそのまま飲み込む。そして、ベッドに移動しベッドを椅子替わりにして足をパタパタ交互に振りながらしばらく妹紅の作業を眺める。
 テーブルを叩く音や妹紅の気合いの声がうるさいものの、魔理沙は睡魔に負けてコロンとベッドに横になり間もなく寝息をたてはじめる。
 その様子を横目に作業を続けていた妹紅は一段落して手を休める。
 魔理沙の部屋に静寂が訪れる。
 妹紅は足音を立てず魔理沙に近づく。
 穏やかな表情で寝ている魔理沙を見下ろす妹紅の表情は険しく、まるで戦いに挑む時の様である。
 魔理沙の中に何かが潜んでいる・・・妹紅はそう断定している。それが風見幽香らの言う「あれだけのこと」と関係するかは今の段階では分からない。魅魔と霊夢との戦いとの関連性も想像の域を出ない。全てはこれから解明していく。
 魔理沙の中にいる存在がなんらかの意図を持って隠れているなら、魔理沙が眠りについたときになんらかのシグナルを送ってくるはずだと妹紅は予測する。しかし、そうしたものは何も感じない。
 このまま隠れ続けるつもりなら無理矢理引きずり出すしかない。妹紅は魔理沙に背を向けてテーブルの方に戻る。そして、悪い物を取り除く退魔除霊の呪符など必要なものを作り始める。
 戦闘になっても対応出来る様に、様々な状況を想定して分身に予め命令を書き込み、新たに命令を上書きできるようにもしておく。先程魔理沙に見せた様な簡単な呪符ではなく、1枚作るのに10分以上かかる様な高度な術ばかりである。複製は簡単に出来るので量を作るのは大変ではないが数多くの種類を用意しようとすればおのずと時間はかかる。
 部屋の隅や天井にある魔法の発光体によって部屋は明るく寝ている魔理沙はその光を嫌がる様子もない。恐らく明るくして寝るのはいつもの事なのだろう。憑き物を静かにさせるにはいい方法なのであるが、魔理沙は闇夜を恐れてそうしているのか、単なる好みで無意識にそうしているのかはわからない。
 部屋をもう少し暗くしたいと思うのだが、この発光体の光度の調整をどうやるのかわからない妹紅。
「部屋をこのままにしておくなら・・・魔理沙を一旦昏睡させてしまうか・・・。」
 魔理沙の意識を奪い一種の仮死状態にしてしまえば潜む者に隠れる場所がなくなる。
「それを待っているのかもね・・・蛇(じゃ)が出るか、ヘビが出るか・・・。」
 妹紅は1枚の呪符を新たに作り、その完成を合図にして行動に出た。


 妹紅は先程作った呪符を魔理沙の胸にそっと置くと、少し離れて指を組んで印を結び通常は投げて発動させる呪符を遠隔操作によって発動させる。近づき過ぎて思わぬ不意打ちがくるかもしれないためにこうするのである。
 魔理沙は静かに寝息をたてながら呼吸で胸を上下させていたが、術の発動とともに魔理沙のそうした動きが止まる。
 妹紅は静かに魔理沙に近づき首筋に指を当て脈を診る。ほとんど脈がなく魔理沙の肉体は生命維持ギリギリまで活動が弱まった。この呪符は元々仮死状態にする事を目的とした呪符ではなく、負傷して危険な状態になった肉体の症状の悪化を極限まで抑える遅滞の効果を持つ呪符である。血流を止める即効性があり出血の多い傷に対して治療までの時間稼ぎが出来、生存率をかなり上げる事が出来る。
 前戦の戦闘員はこれを必ず携帯して付近に負傷者が出れば貼って任務は継続しながら後続に負傷者を任せるという使い方をする。


 仮死に近い状態になった魔理沙を観察しながら、何らかの事態が起こる事を静かに待つ妹紅。
「・・・。」
 変化はすぐに現れた。突然耳鳴りがして気圧の急激な変化を確認した。
 部屋を照らす魔法の光が消え完全な闇になる。妹紅は咄嗟に瞳孔を開いて暗視モードに眼球を切り替えすぐに視界を回復させた。
 魔理沙の体にも異変が起こっていた。体から何かが噴き出している。妹紅は警戒しながらその様子を伺う。
 体から噴き出すものは最初煙の様な気体に見えたが、よく見るとゲル状の粘性の高い流体物の様にも見える。全身から少しずつそれらの物質が魔理沙から抜け出る様にして天井方向のある一点に集束していく。
 小さな塊から次第に大きな塊へと成長していくその流体物質は高速に回転して球形に安定し始める。魔理沙の体から無数に発生する小さな物体がその球状の物体に飛び込み混ざり合う。そしてどんどん大きくなっていく。
 妹紅はその様子を固唾を呑んで見守っていたが、次第に焦りが出てくる。
 部屋の内側が結界の中にあるように完全に外界と遮断され、この場から逃げる事が出来なくなっているのに気付く。
 そしてその球状の物体が成長するごとに、邪悪な気が加速度的に上昇していく。冷や汗が氷の様に冷たく全身を襲い体が震え出す。凍える様に寒く感じるのは、気温が下がった為ではなく完璧にびびってしまっているからだ。
 妹紅は後悔した。魔理沙の中に居る存在は自分の手に負える相手ではなかった。
 逃げなければと思ってもどこにも逃げる場所などなかった。しかも体が全く動かない。物理的にも精神的にも何もかも完全に場に呑まれている。
「魔理沙・・・すまん・・・。」
 妹紅は動かない口の中でそう呟き魔理沙に謝罪しながらその姿を見る。
 魔理沙を見た時何故か体の中に不思議と力が沸く。このまま魔理沙を放ってはおけない。自分の身に変えても魔理沙を守らなければ。そう思うと恐怖心が消えた。
「クソがっ!」
 妹紅は自分自身を罵った。気圧されて完全に萎縮し、魔理沙を見捨てようとした自分が情けなく、そして激しく憤った。
 気持ちがリセットされ状況が正確に把握出来る様になると、今起こっている事に対して冷静に判断出来る様になった。
 強い邪悪な力を感じる。しかし邪悪な力の根拠になる強い怨念がまったく見えてこない。自分でそう決めつけた邪悪とは何を以て邪悪なのかと妹紅は思わず自問する。強い怨念によって生じる邪悪な気と同じ感覚。でも怨念は全く感じない。邪悪なのに邪悪ではないという初めての感覚。今までの経験の中で邪悪な存在は強い負、陰の力を持っていた。陰の力といのは「表」に対して「裏」という対立構造の一方であり、怨念とは基本的に別物である。
 怨念の力は強い負の力が基礎になる。負の力を感じた時は、それはほとんどの場合邪悪な存在がそこにあったため、負の力=邪悪と勝手に思い込んでしまう。
 妹紅は強い陰の力を邪悪な力と勘違いしてしまい、自分で勝手に恐怖して絶望していたのである。


 妹紅は身構えながら目の前の球状の物体を凝視していると、やがてその球形が人型へと変化していく。
 強い陰の力は膨らみ続ける。体は強く警戒するが妹紅の心は何故か危機感を感じない。魔理沙と同じ感覚。
 やがてその人型は顔の輪郭から服装、髪型まで人間と同じになっていく。濃い緑色の髪、整った彫りの深い顔立ち、肌がほとんど露出しない異国の服、その服装によって体型が見れなかった為、最初は男性かと思っていたが胸の膨らみから女性と判断出来た。
 完全にそれが人間と同じ姿になったが、表面が濡れたゴムの様な質感に見える。
 空気が完全に入れ替わった。それと同時に妹紅の視界が白い闇に包まれ目に激痛が走る。部屋の明かりが戻った事で全開の瞳孔に大量の光がなだれ込んで網膜を焼き潰した事を理解し、損傷を受けた網膜を瞬時に修復し瞳孔の絞りを調整する。
 引き続き強力な結界の中に閉じこめられてはいるが穏やかな雰囲気で、魔法の発光体が何事もなかったかのように部屋を暖かく照らしている。
 魔理沙の上に宙に浮いた状態の謎の人物は天井すれすれに頭を置いて妹紅を注意深く見下ろし、やがて静かに移動して妹紅と魔理沙の間に立つ。まるで魔理沙を外敵から守ろうとしているかのようだ。
 衣服の形状で手足も胴体も完全に隠れて見えないが、地に足を着けて立っている様子はない。荷重による床の僅かな軋みが感じられないのは、宙に浮いたままか、あるいは体重がないからだ。
 先程みっともなく取り乱して一人で勝手に絶望した妹紅だが、今は別の意味で絶望を感じている。この目の前の存在にどうあがいても勝てる気がしないのだ。戦闘、知恵比べ、話術、経験・・・全てで。
 妹紅と謎の女性は1分ほど見つめ合っていたが、その女性が体ごとゆっくり傾け魔理沙を見た後、向き直って恭しく妹紅に頭を下げる。
 すると、濡れたゴムのような質感を持つその姿が一気にリアルになる。服の生地、髪の一本一本、瞳の潤い、唇の艶、全てが妹紅や魔理沙と同じ現実の質感になる。そして、それと同時に絨毯に何かが着地する感触が妹紅の足の裏に伝わる。恐らくこの女性が絨毯に接地し荷重が床にかかったからだろう。
 この現象は幽体から実体に変化したといえばいいのだろうか?
「驚かせて済まなかった。名のある賢者とお見受けする。お名前を伺ってもよろしいだろうか?」
 威厳に満ちた低めの声で謎の女性は賢者と呼んで妹紅に敬意を示す。しかしその口調から上位存在が格下の相手を持ち上げるためにへりくだっている態度にも見える。これは存在としての格は向こうが上だが、状況を進める立場はこちらにあることを示している。
「貴女は?」
 妹紅はここは敢えて立場が上であることを意識して格上の相手に対して少し無礼に振る舞う。下手に下手に出ると付け入られる可能性が高いからだ。あらゆる妖事に精通している妹紅は、過剰な腰の低さは相手を増長させ問題をややこしくする事を知っていた。
「これは失礼した。私は魅魔と申す者。」
 名を名乗るべきはこちらと判断した謎の女性は、一言詫びて衝撃的な名前を告げる。妹紅は一瞬頭が真っ白になった。
「魅魔?」
 妹紅はその名前を聞いて思わず上擦った変な声で聞き返してしまう。まさか、魔理沙の中にいた存在が魅魔だとは全く想像していなかった。
「どうやら私の事を知っているようだな・・・しかし、私の記憶を辿ってもそなたの顔に該当するものがない・・・。」
 会ってはいないが良く知っている。幽香や魔理沙、霊夢と深い関係があり、そして500年前、八雲藍を討伐したその藍の仲間の一人。
「(こいつが魅魔か!)」
 幻想郷最強の一角と誉れ高いその噂に違わぬ圧倒的な存在感。それが目の前にいる。死んだとされた存在が今目の前にいる。ずっと魔理沙の中で生き続けている。何か理由があるに違いない。しかし、なぜ?
 妹紅は混乱していた。どのように名乗ればいいか迷った。妖の狩人と名乗れば藍を討ち取った妹紅を魅魔はどう思うだろうか。
「私は・・・藤原妹紅・・・かつて、妖の狩人と呼ばれていた。」
 妹紅は敢えて自分の正体を明かした。そして、その通り名を聞いた瞬間、魅魔の目が細くなる。
「ほう・・・。」
 その後しばらく見つめ合う2人。魅魔の見る目が先程とだいぶ違う事に気付く。名乗る前は明らかに様子見の顔だったが、名乗ってからはこちらに強い興味を示している感じである。
「一つ教えてもらえないだろうか?」
「何を?」
「八雲藍を殺したのはそなたか?」
「ええ、そうよ。」
 妹紅はやはりそうきたかと、気を強く持ちつつ恨み辛みの言葉を浴びる覚悟をした。しかし、魅魔からは意外な返答が来た。
「そうか・・・先に礼を言わねばならなかったな。博麗に変わって礼を言おう。」
 魅魔はそう言うと、妹紅に恭しく頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、どういうこと?私は藍を殺したのよ?」
 深々と頭を下げられた妹紅は狼狽えた。
「その事で歴史は動き、幻想郷が生まれた。八雲藍の力は歴史の流れすら強固に止めてしまうからな・・・。」
「でも・・・。」
 ポケットに手を入れ戦闘体勢を崩していなかった妹紅は、思わず一歩足を踏み出しポケットから手を抜く。
「幻想郷を創ろうとする博麗神社側にしてみれば、結束し変化を嫌う八雲藍の能力が足かせになっていたのだ。」
 ベッドを背にして妹紅と正対する魅魔は当時の情勢を八雲一家の視点ではなく博麗神社の立場から語る。
「八雲と博麗は仲間ではなかったの?」
「目的を同じにする一蓮托生の間柄ではあったが、完成品のイメージにはそれぞれに希望や主張があり、それは考案者と実行者の意見の食い違いからくる対立関係になっていた。そして私の立場は完全なる博麗の僕なのだ。」
「しもべ?」
「元々私は、八雲紫と博麗神社の対立の中で、紫の切り札として異国から召喚された悪霊魔法使いなのだ。しかし、紫の尖兵となって攻め滅ぼすべき博麗神社によって私は悪霊となった怨念の根源を正され改心出来たのだ。当時は何に恨みをもっていたかも忘れる程激しい憎悪に駆られ悪鬼悪霊となっていたが、このことで正気を取り戻した私はそのまま成仏することをよしとせず恩に報いる為に博麗神社に仕える守護者としての道を選んだのだ。召喚されただけなのでその気が無かったが、私は多くの博麗の命を奪ったのは事実。この罪は死んで許されるものではない。私は博麗の元で善行を詰むことで贖罪とすることを選んだのだ。」
「・・・。」
 幽香などから聞いた昔話は基本的に八雲一家の更に言えば幽香視点で語られていたため、それぞれの立場は単純に仲間というシンプルなものと感じた。しかし、魅魔の立場から聞く話はそれとは多少意味が異なっている。興味深い事である。
 妹紅は魅魔の経緯を興味深く聞く反面、内部事情を語る魅魔を少し警戒する。
 敵対及び中立的な側から積極的に情報が提供される事にはなんらかの意図があるものである。普通は知らない相手に対して余計な事は語らない。
 そして、そういった事があるその後は、決まって無理難題を押し付けられるのだ。
 妹紅は相手に分かるように敢えて表情を硬く見せ魅魔の反応を待った。
 妹紅の目に警戒心が見えた事に気付いた魅魔は、心の内を素直に告げる。
「そなたとは因縁がある。この危機的状況にこうして再び私の前に妖の狩人が現れた。最初の件もそなたが解決してくれた。ならば次も・・・そなた以外に頼れる者はいない。」
 危機的状況と頼れる者というキーワードに妹紅はやはり何か頼まれるのだと内心うんざりする。魔理沙の秘密、霊夢の秘密、幻想郷の秘密、様々な情報が得られるチャンスではあるが、八雲紫の起こす異変と時期的に重なる恐れがあり悩みどころである。個別に対処出来るなら魅魔の頼みは吝かではないが・・・。
 この時妹紅は魅魔の頼みが何であるか言われなくても理解できていた。もちろん魔理沙の事である。
 妹紅としては魔理沙を助けるという事に関しては既に確定事項だったが、魅魔という存在が現れた事で簡単に終わらないだろうと容易に想像出来、頭を切り換えざるを得ない。
「妹紅でいいわ。それにしてもその危機的状況ってのはどういう事?」
 そなたなどと言われると何だかくすぐったい妹紅。
「魔理沙の件だ。この娘をどうか救って欲しい。」
 やはり魔理沙の件である。
「救う?」
 今すぐ助けが必要な状況ではないと見立てをする妹紅。
「そなたの・・・妹紅殿の術によって今魔理沙はほとんど停止している状態だが、普通の状態で私が魔理沙から離れればたちまち魔理沙の魂は輪廻に旅立ってしまうのだ・・・。」
「え?」
 妹紅はその話を聞いてベッドで寝ている魔理沙に近づこうとする。それを受けて魅魔は場所を譲る。
「全然気付かなかったわ・・・。」
 魔理沙の額に手をあてて、魔理沙の様子を見る。確かに魂との結びつきが希薄になっている。先程まではまったく気付かなかった。
「私は肉体と魂を繋ぐ鎖の役目を果たしていた。私は、私という存在を外部に知られないために魔理沙から出る私の気を極限まで抑えていたのだ。だから気付かなくて当然といえば当然・・・いや、本来なら気付かれてはならない事だった。しかし、そなた・・・妹紅殿は気付かれた。八雲紫や博麗霊夢ですら気付かなかったのに・・・。」
 褒められているのか責められているのかわからない言い様だが、気付いた事を称賛する一方で自らの渾身の術が見破られてプライドが傷ついたという事だろう。
「救いたいのはやまやまだけど・・・でも、原因がわからないとなんともしようがないわね・・・。」
 そう言って妹紅は魔理沙から目を離し横にいる魅魔を見る。
「もちろん、こうなった経緯は全て話す。その上で改めて頼みたい。」
「先ずは話して。」
 頷く魅魔。


 ベッドに腰を下ろした魅魔は魔理沙の頭を優しくなでている。その横顔は母親のそれである。魅魔もまた魔理沙に魅せられてしまったのだろう。自分にはこんな顔は出来ないと思う妹紅には、魅魔との差は出産の経験の有無かもしれないと思い至る。妹紅は出産の経験はなく、魅魔には生前出産の経験があったのだろう。
「魔理沙と霊夢の出生に関しては知っておるか?」
 魔理沙の頭をなでながら妹紅に向き直って話を始める魅魔。
「ええ、10歳以前までは・・・。」
 マルキの番頭や幽香、香霖堂の店主などからそのあたりは聞いている妹紅。
「そうか、だが10歳の時に起こった事は何も聞いてなさそうだな・・・。」
「ええ、みんな言いずらそうにしてたわ。」
「そうか・・・では、そこから話そう。」


 妹紅の知らない霊夢と魔理沙と魅魔の関係が明らかにされようとしていた。