その人の真実を知るには
その人の「行い」を見よ
(ブッダの教え)
え~、世の中には、例えばですが死刑囚等の重犯罪者やカルト宗教の教祖etc.の、親族である人に対して、単に「あの人の親族だから」というのが理由の形で疎外をしたり迫害的な行為をしたりという系の人が、珍しくないと存じます。
実はつい先日、某教祖の実子であるが教祖・教団側と離反状態にて先頃から政治活動を始めたという某氏について、ある知り合いの方が「悪い人じゃないのかもしれないけど、あの人の子供だから信用できない」と仰っているのを聞いたのがきっかけとなって当記事を上げさせて頂いたというわけなんですけれども…
その見方は、非常に危うい見方であるのだという事を知らなければなりません。
実は、原則として、よくありがちな「産んでくれと頼んだ覚えはない」というのは「産んでくれと頼んだのを覚えてないだけ」であるのが正確なところであり、両親と自分のどちらもまだアチラの世界にいる時(この世に出てくる前)に約束を結んでいるものなんです。
「原則として」というのは、例えば戦争や事故等によって親となる予定の側が子を儲ける前に逝去してしまったという様なパターンにおいて、臨時の形で他の両親の元を選んで行く場合があるから、或いは稀にそれら以外のパターンによる場合もあるからってわけなんですけれども、いずれにしても自分の両親は自分が選んで来るには違いがありません。
そして、その両親を選ぶ理由は「今の自分にとってこの両親の元に生まれるのが最良の学びになるから」…つまりは「最も大きな魂の進化・向上に繋がり得るから」って事なんです。
そこに例外はありません。
人間的に著しい問題がある親の元を選んだ人も、その目的は同じであるという事です。
人間には、大きな負によってこそ、大きな悟り・成長を得られるという面があります。
だからそこを選んだのだというわけなんですね。
ただ、上手い具合に行かない場合が往々にしてあるものなんですよねぇ…。
しかしながら、上手い具合に行って問題が大きい親と反対側…つまりは善良さがそんじょそこらの人よりも大きい人柄になる場合も決して珍しくはないのです。
言うなれば「親の振り見て我が振り直した」ってとこですかね。
その様な人に対して「あの人の子供だから…」というだけが理由にて悪いレッテルを貼る様な事は、明らかに不当です。
(写真はイメージです)
もしも、それによって真実は善良である人に害を生じさせたとしたならば、それは神意の下においてかなり重い罪を犯してしまった事になるのを知らねばなりません。
まずは、人なり物事なり対象となるものの真実を正しく見る目を持つ事が重要です。
それは、あのゴーダマ様(お釈迦様)をして人が生きる上においての基本として示された事であり、我が亡き師達におかれてもしつこいくらいに説かれていた事であります。
なぜならば、まずは真実を正しく見きれていなければ、あとの全てがおかしくなってしまうからです。
(写真はイメージです)
人の事を見る時には、上の絵のマイトレーヤー(弥勒菩薩)さんの様なイメージで心を落ち着けたうえ「あの人の身内だから…」「あの人は〇〇人だから…」「あの人は男性だから…」といった類の表面的なところを取っ払い、その人の「行い」をよく見る様にしましょう。
「行い」には必ずその人の真実が現れますので…。
以上、Mahaloより愛をこめて。
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