署名お願いします 以下文の転載を大いに歓迎します。ここへのリンクも不要です。


・・・・・・・以下記事・・・・・・・・


 ニカラグアにて行なわれたイベントに、恥知らずにして暴虐な見世物が出た。コスタリカ出身のギジェルモ・アバクク・バルガスなる“自称”芸術家が、飢餓に苦しむ犬をアート作品として展示したのだ。見かねた人が犬に餌や水をやろうとすると、この“自称”芸術家とその一味が、当然のように阻んだ。なんの罪もない哀れな犬は、この展示会場で死んだ(正確には、殺された)。

 この犬は、バルガスなる極悪非道な男が、数人の少年に金と引き換えで捕獲させたものだった。
 なお呆れたことに、犬が死んだこのイベントにおいて、バルガスは『ホンジュラス中央アメリカ・ビエンナーレ2008』(ホンジュラス共和国にて開催予定)の自国代表に選ばれた。


 下記の署名運動サイトは、この男をボイコットし、ビエンナーレに参加できないようにすることを意図とする。

 バルガスの『ホンジュラス中央アメリカ・ビエンナーレ』参加取り消しを求める署名運動サイト
Boicot a la presencia de Guillermo Habacuc Vargas en la Bienal Centroamericana Honduras 2008http://www.petitiononline.com/13031953/petition.html


上記サイトでの署名の仕方(アルファベット)
Name:(required)     →名前
Email Address:(required)→メルアド
Ciudad / Localidad:(required)→町名
PaA-s:(required) →国名

 上の四項目を満たしてから「Preview your signature」をクリック
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・・・・・・・・記事終了・・・・・・・・


 自分も署名してきた。家族の分も署名した。パソコンを持っていない友人の賛同を得、その人達の分も自分のアドで署名した。

 さて、当のギジェルモ・アバクク・バルガスは、このように語っているらしい。
「犬の死については語りたくない…。重要なのは路上で餓死する動物についてはまるで無関心であるにも関わらず、こういうイベントになるとこぞって観にくるって事。Natividad Candaについても同様の事が云えたのに、人々が同情するのは彼が死んでからではないか?」
 自己正当化を図っているのだろうが、論点のすりかえにしかなっていない。路上で餓死する動物が実際に多かろうと、わざわざそれらに便乗し殺す権利なぞ、誰にもない。


 件のイベントでの「犬虐殺」が“好評”だったため、この男は次の犬を物色しているという。変態趣味を実行したければ、己の身を使うがいい。弱い立場の動物を使うな。こうした驕り高ぶった残虐非道をのさばらせるのが「芸術界」というものなのか。こんな悪辣外道を国代表として選ぶなど、狂気の沙汰、文化の腐敗、人間性の堕落としか思えない。

 以下、関連サイト

Snopes.com」

http://www.snopes.com/critters/crusader/vargas.asp

Out of Tokyo-犬と鼠」 http://www.realtokyo.co.jp/docs/ja/column/outoftokyo/bn/ozaki_179/


 そもそも「ゆとり教育」なるものの実施が審議されたとき、諸手を挙げてとまではいかないでも、概ね賛成していた人は、どれぐらいいたのだろう。

 少なくとも、自分のまわりでは見事に反対派がほとんどだった。一人、

「ゆとり教育を反対する人々の多くは、詰め込み教育を受けた世代だろう。彼らは次世代にラクをさせるのがおもしろくないんだ」

と言っている人がいたが、説得力はあまりなかった。

 ともあれ、国中から聞こえる反対派の懸念を無視し、強行された「ゆとり教育」のおかげで、教育現場は混乱をきたした。


 この朝令暮改ぶりに対し、ある中学教諭は、苛立ちを露にしている。

「そりゃ、子供たちに『生きる力』だ何だと抽象的なことを教えるよりは読み書きと基本を教えるほうが楽ではありますが、こうもコロコロと変えられては上に対して不信感を抱きますよ」
 気持ちはわかるが、上に対する「不信感」なぞ、なにも今回に限ったことではないだろう。しかも上の人間は、自分らの決定によって現場で働く者がどれほどの影響を受けるかなど、まるで考えていない。

 小学校で301時間、中学校で360時間、主要科目を増やすという。まったくもって、無能な者ほど極端から極端に走るものだ。増やすじたいはいいとしても、「ゆとり教育」に心身とも浸かりきった生徒らに、「普通教育」を受ける能力があるのだろうか。

 ことに、小学校で甘やかされた生徒らを新たに指導する中学教諭には、大変な労力が強いられるだろう。

「疲れないよう、無理せず適当にのっそりやって、嫌ならやらなくていい」

という扱いを受け、大事に大事にされてきた生徒らの「怠慢正当化癖」を矯正する手間暇は、授業以前の問題である。

 小学校と高校の間にある中学校は、生徒の入学前に振りまわされ、卒業後の心配もしなければならない。真面目な教師ほど、神経を消耗するのは目に見えている。「ゆとり教育」を廃止し、勤勉な学生を育成するにおいて、この点が最も危ぶまれるのだ。


「一番の被害者は何が何だか分からないままシステムだけを押し付けられる子供たち」

という意見もあるが、そんな同情は必要ない。なにしろ彼らは、「怠慢正当化術」をしかと身につけているのだ。

「ボク達、被害者なのー。かわいそうなのー」

なぞというポーズをとりさえすれば、なんでも(むろん殺人さえも)許されることを知っている。

 昨今のガキ犯罪を見るがいい。漢字をろくに知らなくても、小数点の計算ができなくても、学ぼうという意欲すらなくても、「いかにトクをするよう振舞うか」という技だけは全身で覚えこんでいる。「ゆとり教育」がもたらした真の弊害は、こうしたえげつないガキ(あえて子どもとは呼ばない)が激増したことである。

 甘やかされたガキどもとて、おとなになってから困るのだという理屈も通用しない。それはもういついかなるときでも、ゴリッパに自己正当化、責任転嫁を重ね、己だけはこの世の飯をおいしく平らげる才能を持った連中なのだ。

 本当に気の毒なのは、無能で頑迷な中教審や融通の利かない上司に振りまわされ、なま狡い怠慢生徒に消耗される、教育現場の真面目な面々であろう。


             


ゆとり教育見直し 高校教師は歓迎で中学教師は困惑
 中央教育審議会は学習指導要領の改定作業を進めており、国語や算数、数学など主要科目を小学校で301時間、中学校で360時間増やすことを決定した。..........≪続きを読む≫


(前回の続き)


 上司も部下も人間どうしだが、あえてこれを動物の場合で考えたほうが、わかりやすいかもしれない。疲労困憊し、さらに病気になった牛や馬を、休息も滋養も摂らせずに、人間が酷使しつづけたとする。これを見れば、誰もが

「動物虐待だ」

と言うはずだ。

 しかるに、この店長の部下に対する一連の言動が明らかな「虐待」であると気づく人はめったにいない。なにより、貴紀さん自身がだまされていた。「店のために」「信頼してくれる店長のために」という純粋な気持ちを裏切られた本人、ご遺族の無念も加えると、憤ろしい限りである。


 上司と部下の関係は、主従(下の者が絶対服従)であると勘違いしている人間が、今なお多い。特に上司の中には、部下の生殺与奪を自在にする権利があるとでも思っている輩さえいる。

 店長という名を振りかざしたこの「虐待者」も、貴紀さんの不幸を前に体裁よく涙を浮かべ善人ぶるだけで、なんの責任も取ろうとしていない。この上司は、臭いセリフで若者をだまし、自分の都合どおりにこき使っていたのだ。こんな都合のいい役に立つモノ(貴紀さんは品物、道具扱いだった)が他へ転勤されると困るから、ぬかりなく本人を丸め込んたうえ、上層部にはうまいぐあいに工作までしている。

「そうそう、あともう少し、もう一歩。すごいすごい、おまえは(おれのために役立つ)素質がある。期待してやるから、一生懸命頑張って死んでくれ

と言いつづけたに等しい。


 貴紀さんは、配属当初から、重責と多忙による疲労を強いられていた。この店長は、励ますふりをして実は死の谷へ突き転がす準備を進めていたのだ。そんなつもりは決してなかった、結果としてそうなっただけだと、言うには違いない。なるほど、そうして起こるべくして不幸が起きたとき、こうした輩は決まって、こうも言うのだ。

「まさか本当に死ぬとは思わなかった」

 現段階では、この店長の名前すら公表されていないが、どう考えてもキナ臭い人物である。この人物こそ法の下で具体的制裁を受けるべきだが、おそらくなんの咎めもないだろう。


 以上を読んで、

「そんなのはおまえの僻目、妄想だろう。そんなひどい人間がいるはずがないじゃないか」

などと善人ぶる人々がいるに違いない。実際、このブログで採りあげた他の事件についても、何度かそうしたことを言われている。

 しかし、ここに書いてあることを

「信じられない」

「妄想だ」

と決めつけられるような人は、たまたま身近にそうした不幸を見たことがなく、自身も理不尽なめにあったことがないという、まことに幸運な立場にいるだけなのだ。


《了》

(前回の続き)


 店長がつけてくれたとかいう、あの査定『A』が何のためのモノであったか、貴紀さんは最期まで気づかなかったかもしれない。

 あれは、部下の勤務状態、能力に対する正当な報酬を表すものなどではなかった。貴紀さんをおだて、気を良くさせるための小道具にすぎなかった。そうしておけば、多少のことにも文句を言わず(実際、貴紀さんは不満点があっても店長に口答えひとつしていない)有難がって働くという計算だったのだ。目の前に「査定A」をちらつかせておきながら、その評価にふさわしい報酬が支払われることはなかった。初めからそんなつもりはなかったに違いない。


 さらに気になることがある。「ドラッグスギヤマ」従業員の給料を管理するのは、まさかこの店長ではあるまい。にもかかわらず、貴紀さんの給与やボーナスが不当に低かったというのは、どういう経緯なのか。

 貴紀さんと同期である他支店勤務の薬剤師(貴紀さんより勤務時間が少ない)より低いとは、貴紀さん自身も気づいていた。それに対し母親は、店長に確認してみるよう勧めたが、おそらく貴紀さんはそれをしていないだろう。あるいは、「自分を認めてくれる」店長の舌先三寸にだまされたのかもしれない。


 査定Aの従業員が、給料もボーナスも低いということに、店長より上の人間が変に思わないはずがない。(もし気づかなかったというのなら、杜撰な限りである)この店長が途中工作して、貴紀さんの給与を詐取していたのではとすら、疑いたくなる。

 また、貴紀さんはよく親元から栄養剤や薬を送ってもらっていた。ドラッグストアーに勤めていながら、なぜわざわざ離れている親にそんなものを頼む必要があったのか。薬すら買えなかった、つまりそれほど少ない給与だったのか、あるいは理不尽な天引きや徴収があったのではとも、疑わざるを得ない。

 理不尽な多忙により心身をすり減らしながらも、自分を信頼し慕ってくれる部下に対し、この店長はどう思っていたのだろう。まともな神経、血の通った精神を持つ人間ならば、けっして粗略に扱いはしないはずだ。まして相手は、若い単身生活者である。日々の様子、状態にも気を配って当然である。

 毎日同じ職場にいたのだから、疲労し病相さえ呈している部下の苦しみには、当然気づいていたはずだ。実際、本人も遺族に対して

「そうです。わかっていました」

などと言っている。わかっていながら、なんの対処もせず、こき使うだけだったのだ。遺族の前で涙をたたえて見せたのも、演技だったのかもしれない。

 具合の悪そうなときには「命令」してでも、休息をとらせるべきだ。一人暮らしで懐の寒い若者に、薬ぐらい持たせてやり、滋養のある食べ物も買ってやるのが上司の器というものだ。にもかかわらず、この店長は、ベタベタした臭い世辞を使うだけで、貴紀さんの立場などまるで慮ろうとしなかった。

 さらに言うと、この「ベタベタした臭い世辞」こそが、若者を手なづけ己の都合通りに動かすための手段だった。この店長は口先だけは達者だが、貴紀さんのために何をしてくれたわけでもない。疲労のたまった様子をわかっていながら、栄養剤のひとつも買ってやらず、休日の調達もしてやらなかった。それどころか、自分だけはまとめて休暇をとり、その分の穴埋めを貴紀さんに押しつけていたのだ。

 貴紀さんの転勤のチャンスを勝手な都合で奪った暴挙に加え、この虐待だ。まさしく外道たる行いに他ならない。なぜこんな外道のために、貴紀さんが死ななければならないのか。


(続く)

 2001年6月7日、一人の若い薬剤師が過労のため急死した。杉山貴紀さん(当時24歳)である。

 スギヤマ薬品(ドラッグスギヤマ)に入社し、新任研修を終えた貴紀さんは、永覚店へ配属になってすぐ、全薬品の担当を一任された。不慣れな仕事に全責任を負わねばならず、人員も足りないという環境である。過労や精神疾患の懸念は当然予見されて然るべきである。


 ご遺族が立ち上げたHP、

http://www12.ocn.ne.jp/~sugiyama/index.htm

にもあるとおり、新任の部下を管理、指導すべき立場の直属の上司は確かに存在したが、どうもこの上司(永覚店店長)の言動に不信な点が目立つ。
 貴紀さんに対するこの店長の言動を、上記のサイトをもとに以下に並べる。

2000年 5月
 研修終了後、永覚店へ配属になったときの店長のセリフ、

「新人としたら大変な仕事の量だが、1年間頑張ればきっと他の同期入社社員より、ずっとすばらしい、価値のある社会人して評価されるようになるだろう。大変だけど頑張ってくれ!」


2000年 7月
 貴紀さんの6月分の給与には、実際に残業した分の半分しか残業手当がついていなかった。これについての、店長のセリフ、

「来月からは付けられないぞ、これ以上付けるとまずいから」(注・どう「まずい」のかは不明)


2000年 8月

 店長が言った通り、貴紀さんの給与に(実際には何十時間もあるはずの)残業手当が付かなくなった。

 その疑い一方、他の店に配属になった貴紀さんの同期入社員(貴紀さんより早く帰宅)は、もっと多くの給料を得ている。これについては、貴紀さんも納得いかないふうを見せている。
 その後、貴紀さんの給与には、毎月同じだけの残業時間しか付けられなくなった。

2000年 11月  

 貴紀さんと同期入社した人達が、すでに半分近く辞めた。薬剤師の資格を持っているのに、普通の従業員の人達と同じ仕事ばかりさせられるので、馬鹿らしいのだろう、と貴紀さんは推察する。そういう仕事配分、管理をしているのは店長である。

 加えて、仕事が大変過ぎる。新しい靴を買って履いても一週間で『ボロボロ』になるほど、店中を走り回らなければならない。休日には朝から晩まで食事もせずに寝ていないと疲れがとれない。そんな貴重な休日にさえ、店長からの急な呼び出しに邪魔されることがある。
            

2000年 12月

 ボーナスの査定で、店長が貴紀さんに全部『A』判定をつけた。そのときの店長のセリフ、
「お前は性格が素直だ。言った事に必ず答えるそして嘘がない。お前の後ろにいる親はどんな親だろうか想像がつく。きっと親の育て方が良かったのだろうよ、お前を見ると分かる」

 貴紀さんは、素直すぎるほどにまで感激し、この店長と両親に感謝を捧げる。

 後日、貴紀さんに転勤の話が持ち上がる。そのときの店長のセリフ、

「もう少し俺の下でやってほしい、上の人に俺から話すけどいいな」

 これに対して貴紀さんは、

「嬉しかった。要らないと言われる人もいる中でここまで言って貰えて、すごく店長に感謝している」

と喜ぶ。しかし、貴紀さんのボーナスは、期待はずれに少なかった。

2001年 2月
 店長のセリフ、

「売上さえ上がれば薬剤師を2人にしてやる(その分、貴紀さんの負担が減る)」

2001年 4月

 店長のセリフ、

「新人で、これだけの仕事をやりこなしているのは凄い。お前は店長になれる素質を持っている。店長候補だ」

 貴紀さんはそれを母親に報告し、

「僕は店長を目指すよ!」

と希望に燃える。

2001年 5月

 店長が連休を取ったため、そのしわ寄せで貴紀さんが連日の深夜残業を強いられた。

 この頃から、貴紀さんの心身疲労が急激に頂点に向かっていったらしい。

2001年 6月7日

 心停止した貴紀さんが担ぎこまれた病院の控え室にて、

母親「貴紀がお世話になって・・・。とてもいい

  だと聞いておりました。でも貴紀はすご

  せてしまってましたよね。」
店長「そうです。わかっていました。私がもっと

  く何とかしてあげればこんな事にはならな

  たのに・・・。申し訳ありません。

  (頭を下げる)杉山には、どれだけ助けられ

  いたか・・・」(涙を溜めている)」


 いったいこの店は、なにゆえにこんなに多忙を強いられるのか。貴紀さんの靴は、いくら新調しても「一週間でボロボロになる」状況だった。「一日中走り回らないとならないくらい仕事の量が多い」からだった。

 売り上げさえ上がれば新たに薬剤師を雇える、と店長は言ったらしい。しかし、同期の薬剤師が既に大勢辞めていったのだから、新しく入る人がいても、またすぐ辞めてしまう率は高い。根本(業務内容や管理体制)から改善をしなければ、同じ事の繰り返しであろう。

 少なくとも、店長にはそれぐらいわかっていたはずだ(よほどのバカでない限り)が、社会人経験が浅く、素直な性格の貴紀さんは、簡単にだまされていたらしい。ひたすら、店の為、店長の為にと身を粉にしていた。


 過労を心配する母親が「(そんな職場は)辞めなさい」と勧めても、

「辞めるのは簡単だけど、店長が期待してくれているし、途中で挫けるのは悔しい。頑張れるだけ頑張ってみるよ」
と答えるのだった。本人はそうとも気づかずに、店長という毒蜘蛛が織り成すまやかしの糸に縛られていたのだ。



(続く)