2001年6月7日、一人の若い薬剤師が過労のため急死した。杉山貴紀さん(当時24歳)である。

 スギヤマ薬品(ドラッグスギヤマ)に入社し、新任研修を終えた貴紀さんは、永覚店へ配属になってすぐ、全薬品の担当を一任された。不慣れな仕事に全責任を負わねばならず、人員も足りないという環境である。過労や精神疾患の懸念は当然予見されて然るべきである。


 ご遺族が立ち上げたHP、

http://www12.ocn.ne.jp/~sugiyama/index.htm

にもあるとおり、新任の部下を管理、指導すべき立場の直属の上司は確かに存在したが、どうもこの上司(永覚店店長)の言動に不信な点が目立つ。
 貴紀さんに対するこの店長の言動を、上記のサイトをもとに以下に並べる。

2000年 5月
 研修終了後、永覚店へ配属になったときの店長のセリフ、

「新人としたら大変な仕事の量だが、1年間頑張ればきっと他の同期入社社員より、ずっとすばらしい、価値のある社会人して評価されるようになるだろう。大変だけど頑張ってくれ!」


2000年 7月
 貴紀さんの6月分の給与には、実際に残業した分の半分しか残業手当がついていなかった。これについての、店長のセリフ、

「来月からは付けられないぞ、これ以上付けるとまずいから」(注・どう「まずい」のかは不明)


2000年 8月

 店長が言った通り、貴紀さんの給与に(実際には何十時間もあるはずの)残業手当が付かなくなった。

 その疑い一方、他の店に配属になった貴紀さんの同期入社員(貴紀さんより早く帰宅)は、もっと多くの給料を得ている。これについては、貴紀さんも納得いかないふうを見せている。
 その後、貴紀さんの給与には、毎月同じだけの残業時間しか付けられなくなった。

2000年 11月  

 貴紀さんと同期入社した人達が、すでに半分近く辞めた。薬剤師の資格を持っているのに、普通の従業員の人達と同じ仕事ばかりさせられるので、馬鹿らしいのだろう、と貴紀さんは推察する。そういう仕事配分、管理をしているのは店長である。

 加えて、仕事が大変過ぎる。新しい靴を買って履いても一週間で『ボロボロ』になるほど、店中を走り回らなければならない。休日には朝から晩まで食事もせずに寝ていないと疲れがとれない。そんな貴重な休日にさえ、店長からの急な呼び出しに邪魔されることがある。
            

2000年 12月

 ボーナスの査定で、店長が貴紀さんに全部『A』判定をつけた。そのときの店長のセリフ、
「お前は性格が素直だ。言った事に必ず答えるそして嘘がない。お前の後ろにいる親はどんな親だろうか想像がつく。きっと親の育て方が良かったのだろうよ、お前を見ると分かる」

 貴紀さんは、素直すぎるほどにまで感激し、この店長と両親に感謝を捧げる。

 後日、貴紀さんに転勤の話が持ち上がる。そのときの店長のセリフ、

「もう少し俺の下でやってほしい、上の人に俺から話すけどいいな」

 これに対して貴紀さんは、

「嬉しかった。要らないと言われる人もいる中でここまで言って貰えて、すごく店長に感謝している」

と喜ぶ。しかし、貴紀さんのボーナスは、期待はずれに少なかった。

2001年 2月
 店長のセリフ、

「売上さえ上がれば薬剤師を2人にしてやる(その分、貴紀さんの負担が減る)」

2001年 4月

 店長のセリフ、

「新人で、これだけの仕事をやりこなしているのは凄い。お前は店長になれる素質を持っている。店長候補だ」

 貴紀さんはそれを母親に報告し、

「僕は店長を目指すよ!」

と希望に燃える。

2001年 5月

 店長が連休を取ったため、そのしわ寄せで貴紀さんが連日の深夜残業を強いられた。

 この頃から、貴紀さんの心身疲労が急激に頂点に向かっていったらしい。

2001年 6月7日

 心停止した貴紀さんが担ぎこまれた病院の控え室にて、

母親「貴紀がお世話になって・・・。とてもいい

  だと聞いておりました。でも貴紀はすご

  せてしまってましたよね。」
店長「そうです。わかっていました。私がもっと

  く何とかしてあげればこんな事にはならな

  たのに・・・。申し訳ありません。

  (頭を下げる)杉山には、どれだけ助けられ

  いたか・・・」(涙を溜めている)」


 いったいこの店は、なにゆえにこんなに多忙を強いられるのか。貴紀さんの靴は、いくら新調しても「一週間でボロボロになる」状況だった。「一日中走り回らないとならないくらい仕事の量が多い」からだった。

 売り上げさえ上がれば新たに薬剤師を雇える、と店長は言ったらしい。しかし、同期の薬剤師が既に大勢辞めていったのだから、新しく入る人がいても、またすぐ辞めてしまう率は高い。根本(業務内容や管理体制)から改善をしなければ、同じ事の繰り返しであろう。

 少なくとも、店長にはそれぐらいわかっていたはずだ(よほどのバカでない限り)が、社会人経験が浅く、素直な性格の貴紀さんは、簡単にだまされていたらしい。ひたすら、店の為、店長の為にと身を粉にしていた。


 過労を心配する母親が「(そんな職場は)辞めなさい」と勧めても、

「辞めるのは簡単だけど、店長が期待してくれているし、途中で挫けるのは悔しい。頑張れるだけ頑張ってみるよ」
と答えるのだった。本人はそうとも気づかずに、店長という毒蜘蛛が織り成すまやかしの糸に縛られていたのだ。



(続く)