(前回の続き)
店長がつけてくれたとかいう、あの査定『A』が何のためのモノであったか、貴紀さんは最期まで気づかなかったかもしれない。
あれは、部下の勤務状態、能力に対する正当な報酬を表すものなどではなかった。貴紀さんをおだて、気を良くさせるための小道具にすぎなかった。そうしておけば、多少のことにも文句を言わず(実際、貴紀さんは不満点があっても店長に口答えひとつしていない)有難がって働くという計算だったのだ。目の前に「査定A」をちらつかせておきながら、その評価にふさわしい報酬が支払われることはなかった。初めからそんなつもりはなかったに違いない。
さらに気になることがある。「ドラッグスギヤマ」従業員の給料を管理するのは、まさかこの店長ではあるまい。にもかかわらず、貴紀さんの給与やボーナスが不当に低かったというのは、どういう経緯なのか。
貴紀さんと同期である他支店勤務の薬剤師(貴紀さんより勤務時間が少ない)より低いとは、貴紀さん自身も気づいていた。それに対し母親は、店長に確認してみるよう勧めたが、おそらく貴紀さんはそれをしていないだろう。あるいは、「自分を認めてくれる」店長の舌先三寸にだまされたのかもしれない。
査定Aの従業員が、給料もボーナスも低いということに、店長より上の人間が変に思わないはずがない。(もし気づかなかったというのなら、杜撰な限りである)この店長が途中工作して、貴紀さんの給与を詐取していたのではとすら、疑いたくなる。
また、貴紀さんはよく親元から栄養剤や薬を送ってもらっていた。ドラッグストアーに勤めていながら、なぜわざわざ離れている親にそんなものを頼む必要があったのか。薬すら買えなかった、つまりそれほど少ない給与だったのか、あるいは理不尽な天引きや徴収があったのではとも、疑わざるを得ない。
理不尽な多忙により心身をすり減らしながらも、自分を信頼し慕ってくれる部下に対し、この店長はどう思っていたのだろう。まともな神経、血の通った精神を持つ人間ならば、けっして粗略に扱いはしないはずだ。まして相手は、若い単身生活者である。日々の様子、状態にも気を配って当然である。
毎日同じ職場にいたのだから、疲労し病相さえ呈している部下の苦しみには、当然気づいていたはずだ。実際、本人も遺族に対して
「そうです。わかっていました」
などと言っている。わかっていながら、なんの対処もせず、こき使うだけだったのだ。遺族の前で涙をたたえて見せたのも、演技だったのかもしれない。
具合の悪そうなときには「命令」してでも、休息をとらせるべきだ。一人暮らしで懐の寒い若者に、薬ぐらい持たせてやり、滋養のある食べ物も買ってやるのが上司の器というものだ。にもかかわらず、この店長は、ベタベタした臭い世辞を使うだけで、貴紀さんの立場などまるで慮ろうとしなかった。
さらに言うと、この「ベタベタした臭い世辞」こそが、若者を手なづけ己の都合通りに動かすための手段だった。この店長は口先だけは達者だが、貴紀さんのために何をしてくれたわけでもない。疲労のたまった様子をわかっていながら、栄養剤のひとつも買ってやらず、休日の調達もしてやらなかった。それどころか、自分だけはまとめて休暇をとり、その分の穴埋めを貴紀さんに押しつけていたのだ。
貴紀さんの転勤のチャンスを勝手な都合で奪った暴挙に加え、この虐待だ。まさしく外道たる行いに他ならない。なぜこんな外道のために、貴紀さんが死ななければならないのか。
(続く)