エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸 -35ページ目

テラスド・ハウスの土地利用パターン

ロンドンの人口が増大し密度が高くなるにつれて、より土地の有効利用度が高い3住戸以上連接して1棟とするテラスド・ハウス(TERRACED HOUSE)形式による住宅開発が登場しました。テラスド・ハウス形式になっても、その建て方は、2住戸を1単位とするセミ・ディタッチド・ハウス(SEMI-DETACHED HOUSE)が多数連接した形をとり、どの住戸にもフロント・ガーデン(FRONT GARDEN)とバック・ガーデン(BACK GARDEN)を設けるパターンがそのまま踏襲されました。このディベロッパーによる住宅開発が行なわれ始めた初期の土地利用パターンが、ロンドン住宅街における街の形の雛形になっています。


ジョージアン・スタイル(GEORGEAN STYLE)のテラスド・ハウスが、ほとんど同じ顔づくりがされているのも、初期の効率を追求した結果、同じ間取りで、同じ外観デザインの住宅を大量につくっていた時代の名残といって良いと思います。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-テラスドハウス・サイトプラン

■ TERRACED HOUSE SITE PLAN


  上の地図は、マンチェスターのテラスド・ハウス・サイトの地図です。

  住戸が何10軒も連接して建てられています。

  フロント・ガーデンもバック・ガーデンも猫の額ほどの狭さです。

  それでも各住戸が庭付きの住宅です。

  郊外なら、ディタッチド・ハウス(DETACHED HOUSE)かセミ・ディタッチド・

  ハウス(SEMI-DETACHED HOUSE)に住みたいところすが、人口密度の高い

  中心市街地ではそれも叶いません。

  それでもロンドン市民は、各住戸が庭付きの長屋住宅に住むことを捨てきれ

  ないようです。


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-ヴィクトリアン・テラスドハウス

■ VICTORIAN TERRACED HOUSE SITE


  上の写真は、ロンドンのヴィクトリアン・スタイルのテラスド・ハウスが立ち並ぶ

  街並みの写真です。上の地図のサイト・プランによく似た街並みです。


セミ・ディタッチド・ハウスの土地利用パターン

ロンドン特有の集合住宅「エステート(ESTATE) 」の開発手法は、道路整備、宅地開発並びに住宅の建設、販売まで一手に同一のディベロッパー(建設業者兼不動産業者)によって住宅開発を行なう手法です。その手法によるハウジング・プロジェクトの一つに、セミ・ディタッチド・ハウス(SEMI-DETACHED HOUSE)の住宅開発があります。


ロンドンの住宅開発は、ロンドンの急激な人口増に呼応し行われたものであり、 

 当然のこととして投機目的で行なわれましたので、できるだけ大量の住宅を効率

 よく供給し、できるだけ多くの利益を出すことができる土地利用パターンが考案さ  

 れました。


それは、開発する敷地の中の道路の占める面積をできるだけ少なくし、その道路にできるだけ多くの宅地を張り付けることを工夫したものです。具体的には、開発するすべての宅地の形状を短冊状とし、一本の前面道路STREET)に接する各短冊状敷地の短辺の接道長をできる限り短くし、できる限り多くの宅地が確保できるように考案されたものです。ほぼ同じ形状の短冊状宅地に、同じ間取り、同じ外観デザインの住宅を、同じ住宅配置で建設することにより、効率的かつ安価に住宅を建設でき、多くの利益を生むことができました。

日本人にとって戸建て住宅に住むことがあこがれの的ですが、ロンドンの人々にとってもディタッチド・ハウス(DETACHED HOUSE)に住むことはあこがれの的です。ロンドンの住宅開発は、ディタッチド・ハウスの住宅開発から始まり、それがロンドンの住宅開発の理想形でした。


ディタッチド・ハウスの宅地内の土地利用の典型的パターンは、短冊状宅地のストリート側の住宅の前面に、お客を出迎えるパブリック的な空間となる小さなフロント・ガーデン(FRONT GARDEN)をとり、ストリートと反対側の住宅の裏面に、プライベートな屋外生活空間となるバック・ガーデン(BACK GARDEN)を設けます。


 ディタッチド・ハウスは戸建て住宅ですから、住宅建物の周辺にぐるりと空隙を設 

 けなければなりません。短冊状宅地にたつディタッチド・ハウスは必ず2辺の隣地 

 境界線をもちますが、その隣地境界線に接して、隣地境界線と住宅建物との間に

 フロント・ガーデンからバックガーデンに通りぬけられる細長い空隙を2か所もちま  

 す。ところが、セミ・ディタッチド・ハウスは、1辺は隣地境界線の上に戸境壁がある

 ため、この空隙が1か所しかありません。その分だけ、セミ・ディタッチド・ハウスの

 宅地はディタッチド・ハウスのそれより、短冊状宅地の形状をさらに細くできます。そ  

 のため、開発する宅地の数を増やすことができます。(下図のSEMI DETATCHED

 HOUSE SITE PLAN 参照)


セミ・ディタッチド・ハウスは、2住戸1棟で、ロンドン市民が理想とするディタッチド・ハウスではありませんが、庭付きの住宅であり、住宅規模が小さくても2住戸1棟でイギリス人が好きなシンメトリー外観にすることができ、一見ゴージャスな住宅のように見せかけることができ、それでいてディタッチド・ハウスより安く購入できますます。こうした利点もあって、それ程収入の多くないサラリーマンがロンドンの郊外の住宅を購入し始めた1900年代初頭のエドワード朝以降の住宅開発の多くは、このセミ・ディタッチド・ハウスの開発が主となりました。


下の写真(PHOTO-1~2)は、ロンドンの住宅公社が開発したセミ・ディタッチド・ハウス(SEMI-DETACHED HOUSE)のハウジング・プロジェクトの現場写真です。

1994年にローコスト・ハウジング公団の調査団の一員としてロンドン郊外の住宅開発サイトを訪問した時撮影したものです。この写真が示すように、現代でもまさに、17世紀後半にスタートしたディベロッパーによる住宅開発と同じ土地利用パターンで、同じ間取り、同じ外観デザインのセミ・ディタッチド・ハウスが何十軒も並んで建設されていました。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス2

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-1

  

  上の写真は、公団調査団の一員として見学したセミ・ディタッチド・ハウスの

  ハウジング・プロジェクト・サイトの写真です。このサイトには、2階建ての全く

  同じ形、同じデザインのセミ・ディタッチド・ハウスが並んでいました。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス1

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-2

   

   上の写真は、2住戸で1棟のセミ・ディタッチド・ハウスのストリート側、フロント・

  ガーデン側のファサードの写真です。セミ・ディタッチド・ハウスの典型的な左右

  シンメトリーのファサードになっいます。住戸プランもファサードの横幅の中心線

  部分に2住戸の戸境壁があり、戸境壁の中心線をミラー面として、左側の住戸と

  右側の住戸が左右裏返しの同じプランでできています。

   セミ・ディタッチド・ハウスのフロント・サイドには、タウンハウスの特徴である猫の

  額のような小さなフロント・ガーデンが付いています。フロント・ガーデンもファサー

  ドの中央戸境部分に煉瓦塀が設けられているのが見えます。

   デザインはモダン・スタイルですが、外装材料は、屋根が瓦葺き、2階外壁が

  ホワイト・スタッコ塗り、1階外壁は煉瓦積みででき、ジョージアンやヴィクトリアン

  の伝統様式のタウンハウスと同じ伝統的材料で仕上げられています。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス3

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-3


  上の写真は、セミ・ディタッチド・ハウスの裏側、バック・ガーデン側から見たファサ

  ード写真です。窓先にかたまっている人達は同じ調査団のメンバーです。バック・

  ガーデンのファサードの中央戸境部分に木製塀が設けられているのが見えます。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス4

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-4

  

  上の写真は、バック・ガーデン側を写したものです。バック・ガーデンの戸境に設

  けらている木製塀が、かなり近接して並んで設けられているのが見えます。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス6


■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-5

  

  上の写真は、バック・ガーデンの住宅とは反対側の端っこの木製塀を写したもの

  です。セミ・ディタッチド・ハウスのバック・ガーデンは幅が狭いが奥行きが深いこと

  この写真で判ります。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス5



 ■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-6 


このサイトを訪れた時、上の写真で示したセミ・ディタッチド・ハウスと同じセミ・ディ

  タッチド・ハウスで工事中のものがありました。この写真で、屋根が木造でできて 

  いることが判ります。1階外壁仕上げは煉瓦積みですが、2階外壁がコンクリー

  ト・ブロック積みでできていることが判ります。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス7

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT-7


  上の写真は、先の工事中のセミ・ディタッチド・ハウスの内部写真です。外部は

  煉瓦造に見えますが、内部を見ると、コンクリート・ブロック造であることが判り

  ます。床は、木造であることが判ります。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-セミ・ディタッチド・ハウス・サイト


■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT SITE-1

  

  上の図は、典型的なセミ・ディタッチド・ハウスのサイトプランです。黒ずんで見え

  るのが、セミ・ディタッチド・ハウス、単線が各宅地の境界線です。ガーデン各宅地

  の形が短冊状であることが判ります。通りに面してあるフロントサイドには小さな

  フロント・ガーデンが、バック・サイドには奥行きの深いバック・ガーデンがあるの

  が見えます。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-ブレンサム・ガーデン・サバーブ・サイト

■ SEMI-DETACHED HOUSE HOUSING PROJECT SITE-2


  上の図は、ロンドンの郊外住宅地ブレンサム・ガーデン・サバーブのサイト・プラン

  です。通りと短冊状の各宅地があるのが見えます。最も多いのが3戸以上の住

  が連結して建てられるテラスド・ハウスで、その次に多いのが2住戸で1棟のセミ・

  ディタッチド・ハウスです。ディタッチド・ハウスはありますが稀にしかありません。










日本の土地と建物の投資のアンバランス

■ 土地に対する過大な投資と建物に対する過小投資のアンバランス


 「投機」という言葉を辞書で引くと、「自分が使う目的でものを買うのではなく、

最終的には転売することを目的でものを買うこと」と書いてあります。


日本の不動産業が現在のように発展する前、私が今の設計事務所に入社した1969年当時は、不動産の売買は現在ほど盛んではなく、不動産事業者の数も少なく、まだ不動産業そのものがまだ黎明期にありました。土地取引の大半が不動産業者を介さず、土地の所有者と購入者との直取引でした。


ものをつくる工業事業者やものを売る小売事業者が事業用地を購入する場合には、事業者は、購入した土地で自分の事業を行い、その事業で利益を追求することを目的とし、購入した土地を第3者に売却した時の利益を考慮して、土地を買うことは頭の中にはありませんでした。


また、個人が自分用の住宅用地を購入する場合についても、同じです。そこに建てる住まいでいかに家族が快適に過ごすことができるかを追求し、購入した土地の売却する時の利益については、全く考えませんでした。

その頃は、土地の購入者は即土地の使用者であり、転売を主目的とした土地の購入はほとんどありませんでした。従って、多くの土地取引で投機的行為が介在することが少なく、実質的な価値に近い必要最小限の土地価格で土地が売買されていました。


しかし、不動産業が発展した現在では、一般の事業者が事業用の土地・建物を求めるときや、個人が住宅を求めるときには、ほとんどの場合で不動産事業者がその売買に介在するようになりました。そのため、不動産事業者が自分で賃貸ビルや賃貸マンションを経営する場合を除いて、購入した土地に自分で建物を建て、自分で使用することが非常に少なくなっています。一旦購入した土地に建物を仕立てることによって付加価値をつけ、建物と一緒に土地をまた別の人に転売するケースが非常に多くなっています。この行為はまさに辞書に書いてあった「投機」そのものです。


そう言った投機的事業においては、仕立てた土地と建物に事業者の利益をどれだけ載せるかは事業者の匙加減一つに任されています。ここに土地・建物の転売する際の売値の実質的価値からの乖離が生まれます。不動産開発が目的のときは、売却時の土地価格は、購入時土地価格に土地に対する開発経費と事業者の利益分だけ価格が上乗せされますが、土地価格が右肩上がりの時期は、単なる転売目的だけの不動産事業者も土地取引に参入し、金融業者もその投機に相乗りしてきます。その場合には、ますます、土地が産み出す実質的利益とは関係ないところで土地の値段が決まります。バブルの到来です。穀物相場となんら変わらない投機による価格の上乗せが累積し、東京の土地価格を法外に高くしています。



日本のマンションは、不動産事業者もそれに相乗りする金融業者も実質的価値がそれ程ない土地に対して、あまりにも過大な価値を付与し、大量の金が注ぎ込み、多く人が汗水流した労働の対価であり、実質的価値を示す建設コストに対しては、充分なお金をかけない構造になっています。この結果が、前回の記事で紹介したように、日本のマンションは、ロンドンのタウンハウスと比較して、この土地にかけるコストと建設にかけるコストとのあまりにアンバランスな比率をもたらしています。不動産市場で売買される価格ほどには実質的価値がない土地に無駄に大量にお金を注ぎ込んできた土地本位制とも言える不動産事業体制が、個人の収入の範囲でしか購入できない住宅の外観を貧しくし、日本の住宅街の景観を貧しくしていると思います。

ロンドンと東京のマンション価格の比較

分譲マンション価格は、大雑把に分類すると、土地コストと建設コストから成りますが、ロンドンのタウンハウスの価格は、土地代が20%、建設費が80%と聞いています。それに対して、東京の分譲マンションの価格は凡そ、土地代が60%、建設費が40%です。もし、ロンドンの分譲タウンハウスと東京の分譲マンションがもし同じ価格ならば、ロンドンのタウンハウスの方がより建設コストをかけた実質的価値のあるものを買えることになります。


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-ロンドンと東京のマンション価格


■ ロンドンと東京の同じ4,000万円の価格のマンションを購入したと想定しまし

  ょう。同じ4,000万円の価格のマンションであるにも係わらず、土地コストと建

  設コストの占める割合の違いから、ロンドンのタウンハウスの建設にかけるコス

  トは、3,200万円、一方東京のマンションのそれは、1,600万円です。ロンド

  ンのタウンハウスの方が東京のそれより、2倍の建設コストをかけたものとなり

  ます。ロンドンのタウンハウスの方が東京のそれより、見栄えがよく、実質的価

  値が高くなるのは至極当然の話です。



ロンドンのタウンハウスの建築材料が、日本のそれと比べてうらやましくなるような煉瓦や石等の本物の天然素材に近い伝統的材料が使われているのは、土地代にあまりコストをかけずに、建設工事にほとんどのコストを振り向けることができた当然の結果とも言えます。


ロンドンの住宅販売価格のうち土地代の占める割合が低いのは、次の事情によると推察されます。


1) 住宅開発が始まった黎明期から、タウンハウスが定期借地方式で分譲され、

分譲価格の内の土地代が、土地を所有する形態の日本より安価に設定されて

いること。


2) ロンドン市民に100年以上の耐用年限の長い堅牢な住宅をつくり、適切なメイ

ティナンスを繰り返す行うことで、できるだけ長く住み続けようとする意識が強

く、一軒の住宅を長く使い続けることで、マンション譲渡価格に占める土地代の

ウェイトを低く抑えることができること。


3) 中古住宅の市場が充実し、中古住宅のストックが豊富なことから、ジョージアン

やヴィクトリアンの伝統様式の中古住宅をリニューアルをすることにより、中古

宅であっても購入時よりも高い価格で販売できること。それほど、伝統様式の

古住宅が住宅市場において人気が高く、モダンスタイルのそれより高値で取

引されていること。


4)古い伝統的建築様式のタウンハウスに住むことが ロンドン市民にとって、ステイ

ス・シンボルになっており、古い伝統様式の住宅とそれらが織りなす街並みに

する強い愛着心があること。また、それらを継続して守って行こうとするコモン・

センスがあること。


 イギリス人は生地の良い仕立ての良いスーツを好みます。スーツは自分の性格や好みをあらわす顔の一部になります。安での生地で、仕立ての良くないデザインの良くないスーツを着た場合には、自分の普段の顔とは異なる顔をつけているようで着心地の悪さはこの上ないものになります。


 ロンドン市民の自分の住む住宅や街に対する思いは、このスーツに対する思いに重なります。良い材料を使った優れたデザインの住宅、街並み景観の良い落ち着いた雰囲気の住宅街に住むことは、自分の気に入ったスーツをまとうことに似ています。自分の住む住宅や街並みに対する好みや強い愛着心がロンドン市民の意識の底流にあり、それが、ロンドンの美しい街並みをかたちづくり、いまなお古い伝統様式の街並みを壊すことなく守リ続けているのだと思います。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-パーククレセント


■ PARK CRECENT



  上の写真は、全面ホワイト・スタッコで化粧された後期ジョージアン・スタイル

  のテラスド・ハウス(LATE GEORGIAN STYLE TERRACED HOUSE)です。

  ロンドンには三日月形(CRECENT)をした公園が各所にあります。

  上のテラスド・ハウスもこうした三日月形をした公園に面したところにあること

  から、名前がPARK CRECENTとなっています。


ロンドンの集合住宅エステート(Estate)の開発手法

(1)ロンドンの人口爆発


ロンドンの住宅の本格的な開発は、1666年のロンドンの大火以降、ロンドンの中心市街地での木造建築が禁止され、火災に強い街づくりが始まった17世紀後半に始まります。大英帝国の世界進出と資本主義経済の発展に伴い、その中心であったロンドンに、地方の失業者および海外からの移民が集中し、人口の急激な増加を見ました。これに呼応して、ロンドン及びロンドンの近郊地域は、大規模な住宅開発が行われてきました。その開発を主に支えてきたのが、いわゆる建設業者兼不動産業者の手になる「エステート(Estate) 」と呼ばれるイングランド特有の投機的な集合住宅開発です。


住宅開発が本格的になった18世紀以降のロンドンの人口増加の状況は、次のようなものでした。現在のグレーター・ロンドン市域に当たる部分の人口は、1801年に110万人であったものが1939年には860万人、実に8倍もの増加を見ました。この時期が、ちょうど大英帝国が隆盛を極めたジョージアン朝とヴィクトリアン朝に重なります。ロンドンの街並みで、最も多く見かける建築様式が、ジョージアン・スタイルとヴィクトリアン・スタイルのタウンハウスです。このことは、ロンドンが急激な人口増加を見たこの時期に、その需要に呼応して大量のタウンハウスが建設されたことを示すの証しでもあります。



    2)集合住宅「エステート(Estate) 」の開発手法


この大量のタウンハウス開発を支えてきたのが、17世紀後半から始まるロンドン特有の建設業者兼不動産業者の手になる集合住宅「エステート(Estate) 」の開発手法です。


この「エステート(Estate)」の原型は、1661年、サウスハンプトン卿によって、彼の領地ブールムズベリーで提案されたものです。彼が許可する“ビルディング・リース”とは、年単位の借地と交換に、契約期間が満了するまで住むあるいは貸すことができるもので、その後、土地とすべての建物は所有者の手に帰す。このシステムは、後に契約期間を42~99年として“リース・ホールド”と呼ばれるようになりました。


こうした型の投機的開発手法は、不動産の分割を防ぐ効果があり、街区あるいは街区全体を単位とする住宅開発を可能にしました。17世紀には大地主と建設業者が土地の有効利用を目的に手をつなぎ、ジョージアン・スタイルのエステートの実用化を促進し、効率優先主義がそれを速やかに纏めてゆきました。


この住宅開発手法は、建設業者兼不動産業者が住宅地の道路整備、宅地開発とともに集合住宅の建設を行い、定期借地方式によって住宅の分譲を行なう手法ですが、こうしたディベロッパーによる投機的な住宅開発は、ロンドンがヨーロッパで最も歴史が古く、17世紀後半から現在まで日本の「建売住宅」と同じ方式で住宅開発が行われてきたことは驚きの一語につきます。


ロンドンの住宅地は、道路整備、宅地開発から集合住宅の建設・販売まで一貫して同一業者が行う方式で行われ、現在もなお同じ方式で継続して行われています。この開発手法が、街区単位の開発を可能にし、タウンハウスの各街区まとまりのある外観デザインを可能にしたと言うことができます。


一方、日本は、公団や公社による住宅団地開発の場合を除き、ほとんどの個人住宅や民間の集合住宅の建設は敷地単位で行われています。このため、タウンハウスの外装材、建築様式、外観デザインのいずれをとっても、自分の敷地の中だけしか統一できず、他人の敷地までその影響を及ぼすことはできません。日本には、各敷地のタウンハウスの材料の選定や外観デザインにまで影響を及ぼす景観規制の制度がありません。そして、建築様式もほとんどないに等しいため、結局、日本の住宅街の街並み景観は、敷地の所有者個々人が好き勝手につくったものとしかなりえません。ばらばらの街並み景観ができあがって当然のことと言えます。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-マルケスロード

■ Marquss Road Estate in Islington-1


  上の写真は、ロンドンの北の郊外マルケス・ロード・エステートという1970年代に

  開発された郊外のタウンハウスの写真です。私達の事務所の創業者圓堂政嘉が

  1979年12月に撮影したものです。広尾ガーデンヒルズを設計するときに参考に

  したロンドンのタウンハウスの一つです。この住宅地の名前に「エステート」という

  言葉が使用されている通り、17世紀に始まったエステートの開発手法が現代の

  住宅開発にも使われている証拠として示しました。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-マルケスロードー2


■ Marquss Road Estate in Islington-2


  マルケスロードは11.3haの敷地に1,185戸の住戸が建設されています。

  この敷地全域の全棟が、この写真の材料とデザインで統一されています。

  これだけの規模のハウジング・プロジェクトが、一つのディベロッパーによって

  開発が行われ、設計もDARBOURNE & DARKEという設計事務所一社に

  よって行われています。




エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-マルケスロード猫

■ Marquss Road Estate in Islington-3


  この写真を3年前、事務所の本棚で探し物をしていた時偶然、見つけました。

  30年前に圓堂正嘉が撮影したロンドンのピムリコとマルケスロードの写真の

  アルバムを見つけ、その最後のページの最後の写真が、この猫の写真でした。

  この写真を見つけた時は、生前常に私にとっては怖い存在であった圓堂の、

  私達所員にはめったに見せなかったかわいいものに対する愛好心を垣間見る

  思いがし、うれしくなりました。