永陵 : ヌルハチの先祖への想い - 2/2
永陵は、規模は小さいものの、凝縮された密度の高い空間です。
当時のこの地方にある霊廟建築は、ここが原型となっているようで。
永陵 Yongling はヌルハチ自身が建てた作品。
さすがに、文化にも高い意識を持っていた武将。
建築にも素晴らしい力をみせてくれます。
啓運門与啓運殿 : The Qiyun Gate and The Qiyun Hall
屋根と壁、柱の間隔のプロポーションが美しい建築です。
優れた建築に必要な条件は、美しいプロポーションではないでしょうか。
永陵の建物は、どれも見事な均整を保っています。
前庭の低い樹木は刈り込まれ、
英国庭園の herbaceous border をイメージしました。
内部は、大きな仏壇といった印象。
奥には垂れ幕のかかった4つの玉座があります。
それぞれの玉座に、祭礼のための聖具が並べられていました。
ホウロウで仕上げられた、5台の聖具が、4組並んでいます。
意外と明るく、霊廟の重々しさは感じません。
やさしく迎えてくれる雰囲気でした。
梁や天井にはカラフルな装飾が。
日光東照宮や、仙台の大崎八幡宮を思い出します。
いつまでも眺めていたい美しさですが、残念ながらこのときは時間がありません。
今、この写真で、改めて鑑賞しています。
大胆な色彩は、どこからきているのでしょうね?
八旗という組織を、カラフルな旗のもとに編成したヌルハチのことですから、
色に意味があっても不思議ありません。
さまざまの色彩が、美しく調和することを願っていたのでしょうか・・・
啓運殿と、裏山のあいだに、先祖が埋葬された墓所がありました。
上下両層的宝城 : The Two-tier Treasure City
ヌルハチの先祖が、静かに横たわっている様子です。
空気はかわいていました。
この素朴な土饅頭は、メンテナンスしているのでしょう。
400年このままではない筈ですが・・・
墓所は、 塀と裏山を背に、南に開いています。
街道からの、あの長い軸線はここまで伸びていました。
正面には楡の大木が植えられています。
御神木とのことでした。
夏には、大きな木陰をつくってくれるそうです。
啓運殿前から、前庭(中庭)を観ました。
10月の太陽は、西へ向かっています。
時刻は14時半くらい。
緯度は、北海道にあたります。
明るく、力強く、静かな空間でした。
東配殿 : The East Side‐hall
中庭の両サイドには、東配殿と西配殿が、まったく同じ形で対称に並んでいます。
平面的には、柱間が 3:2 。
黄金分割へと通じる数列、1:1:2:3:5:8:13:21 のはじめの比率です。
立体的にも美しい建築ですね。
東配殿には、祝祭のために銘版・絹織物・金銀製の祭品などが、
収められています。
西配殿は、決まった用途がなく、予備のスペース。
啓運殿の修繕のときなどに、収蔵品を格納しておくために使われるようです。
このかわいい建築は、祭品を焚くためのもの。
燎炉 ; Incense-Burning Pavilion
清王朝の式典では、紙を10,000枚、金と銀の箔を10,000片、
ここで焚いて捧げたそうです。
10,000 という数の多さに、中国を感じますね。
永陵は、福陵の原型ともいえる霊廟で、
アプローチ~門~石碑~中庭~拝殿~埋葬丘
という構成が明確につくられています。
ここの建築は、規模は小さくとも、極めて美しいものでした。
整ったプロポーションは、見事なものです。
ヌルハチが故郷にこの霊廟を建築したのは、
・先祖への想い
・周辺部族の結束を図る
・満州文化の総力を集め、高め、アピールする
このような、考えだったのではないでしょうか?
そして、これは、同時代を生きた徳川家の将軍たちにも共通する背景では?
あまりに日光東照宮のイメージが重なるため、
両者を比べずにはいられません。
この2枚の写真は、日光の二荒山神社脇にある徳川家光の廟。
いずれ、日光について、書いてみたいと願っています。
mic
永陵 : ヌルハチの先祖への想い ー1/2
瀋陽郊外の福陵で感動したまま、ヌルハチの故郷まで来てしまいました。
撫順市内とはいえ、満州族自治県の新賓:Xinbin から、
車で20分ほど戻った街道筋に、
清王朝の先祖を祀った、永陵:Yongling Tomb があります。
街道を通る車は、皆この門をくぐることに。
新賓と瀋陽を結ぶ動脈ともいえる街道ですが、
まるで舞台装置のように、おおらかにそびえています。
Yongling と言えば、バスも留まってくれました。
永陵は、この航空写真のように、街道からまっすぐに続くアプローチが。
門に着くまで、歩いて10分ではすまなかったですね。
まっすぐにのびる軸線が、中国の建築らしい配置。
山と河にはさまれた、美しい自然環境に恵まれています。
小高い丘を背に、オレンジ色の瓦屋根を載せた門が見えてきました。
空気の澄みきった場所です。
1598年、ヌルハチはこの地に先祖の霊廟を建てました。
日本では、関ヶ原の戦いをむかえる頃ですね。
正紅門 : The Main Red Gate 。
陵の、南端に位置しています。
オレンジ色の瓦に、壁は赤。
門は、3つのスパン(柱間)による構成で、福陵と同じです。
中央が、神門、稜に祀られた魂が出入りします。
右手東側が、君門、皇帝の門。
そして、西側が、臣門、皇帝に仕える者たちの門です。
門をくぐると、4人の先祖をたたえた石碑を収めた記念館が並びます。
四祖碑亭:The Pavilion of Tablets of Military Achievements
and Imperial Merits of the Four Ancestors 。
左から、ヌルハチのお祖父さん、6代前の祖先、曾祖父、そしてお父さん。
どれも同じ形、同じスケールでした。
アーチが開けられた赤い壁と、大きくえぐれた入母屋の屋根。
力強く美しい建築が、4つも揃うと、大変な迫力です。
内部は、美しい装飾と色彩が、石碑をつつみ込んでいます。
石碑には、軍事での業績や皇室の功績が、3つの文字で、記されていました。
例によって、亀の背に載っています。
四祖碑亭を抜けると、墓陵の前の拝殿が見えてきます。
石畳の中央に走る軸は、建築のシンメトリーを強調します。
いよいよ永稜のメインゲートに差し掛かりました。
華美ではありませんが、整然とした空間構成の中庭です。
とても懐かしい気持ちになりました。
激しい耳鳴りとともに、胸がジーンと高揚してきます。
この記事は、続きます。
mic
最近観た映画から・・・・8
マイレージ、マイライフ : UP IN THE AIR
ジョージ・クルーニーの役は、企業にかわって、解雇を告げる仕事。
過度な反応や、訴訟を防ぐため、通告を専門家に依頼するということですが、
USAでは、本当にこのような仕事があるのでしょうか?
出向いて話すことの時間と経費を節約するため、
アイビ-リーグの大学を首席で卒業した若い女性が、インターネットを利用した、
遠隔対面を企画するところから、この映画は展開します。
彼女は、実地訓練で出張中に彼氏にふられてしまいます。
メールで別れを告げられたわ!
ネットで解雇を伝えられるのと同じだろ
メールの使い方が難しいのは、私もジョージ・クルーニーに同感。
クルーニーは30代の「ガールフレンド」 と一緒に、23歳の主席嬢を慰めます。
彼は、ホワイトカラーで、大学卒で、スポーツマンで、背が高く、
金融関係の仕事で、週末はアウトドアで過ごす、やさしい男。
条件がよかったの・・・
私のように34歳になると、男は、やさしい笑顔だけでよいのよ。
妹の結婚式に出席したクルーニーは、
結婚が不安になった新郎を、説得するよう命じられます。
人生で一番幸せだったときを思い出せ、ひとりでいるときだったか?
名文句で新郎はたち直りますが、あまりに説得力があり、
独身貴族のクルーニー自身が説得されてしまいます・・・・
私も時々過去の自分のブログを読み直しますが、
拙文にも、思わず納得させられることがあります。
イエスも天国で、福音書に目を通しているのでしょうか?
しあわせの隠れ場所 : THE BLIND SIDE
だから好きよ
USA中部の町に住む、リッチな奥さまサンドラ・ブロックが、
住む家もない黒人の高校生を家に引きとり、家族同様に育てます。
家族の不安を認めながらも、決めたらやりとおす性格。
サンドラ・ブロックはオスカーを手にして不思議ない、
「ナチュラルな熱演」 をみせてくれました。
少年の後見人になろうと調べてみると、
すでに高校の緊急連絡先がわが家になっている。
驚く彼女に、
ご主人がなさったのですよ。
そこで、出たセリフが、冒頭のものです。
ホームレスだった少年も、玉ねぎの皮をむくように、少しずつ勉強にも
フットボールにも慣れてきます。
それとともに、実の家族の絆も強くなり、やさしく暖かくなってきました。
彼(少年)は変わってきたわね。
友人の言葉に,サンドラ・ブロックは応えます。
変わったのは私よ。
フットボールはあまり詳しくないので、blind side という言葉があるのか、
私は知りません。
水泳用語ですと、クロールで息をしないほうの側を、blind side といいます。
反対に、息をする方は、open side、 私は左です。
両方で息のできる器用な選手もいます。
新しい人生のはじめかた : LAST CHANCE HARVEY
娘の結婚式で、ロンドンへやってきたダスティン・ホフマン。
しかし、式は別れた元妻に仕切られており、
バージンロードも元妻の夫と歩くという。
仕事もなくし、飛行機にも遅れ、最悪のやけ酒を飲んでいるパブで、
アラフォーのシングル、エマ・トンプソンと出あいます。
本を読むのが好きかい?
ええ、静かに読めるときわね
はじめは、すげない彼女も、少しずつうちとけてきます。
どちらがみじめか競争しよう、僕は・・・・・・
負けたわ
さて、これからどうやってハッピーエンドにもっていくかという、
展開がわかる作品ですが、
そこは脚本家と、芸達者な俳優たちの腕のみせどころ。
散歩でもしよう
これが、今回の口説き文句ですね。
テームズ川のほとりを歩く二人ですが、注目するのは、ロンドンの今の姿。
NYのような活気と人種の混在です。
昨年味わったロンドンの街そのものが描かれていました。
ロンドンの風景の描写は、40年前の 「フォロー・ミー」 のころとは大違い。
貴族口調について、エマ・トンプソンは言います。
ダイアナが死んでから、英国人も変わったのよ
人も、街の様子も、変身をしているロンドンをさりげなく描いています。
mic

















