「ケアマネの正しい歩き方」 ~ケアマネタマゴに贈るケアマネ道!~ -60ページ目
週末、以前勤めていた職場の
後輩から連絡があり
飲みに行くことになりました。
会ったとたんに
(何か悩んでいる)と
言うことが分かりました。
はじめは、前の職場にいた
○○はどうしている、とか
そんなたわいもない話でしたが
お酒が入るとだんだん彼の
今置かれている境遇の話に
なりました。
どんな話かというと、
その法人の理事長が
体調を壊してその職を退き、
後任として、理事長の娘が
2年前から就いたということ。
その理事長の娘は
それまでは銀行に勤めていたが、
理事長が退くことになったので
銀行を辞めたのだとか。
後輩は私とともに介護職を
していたのですが、今では
長年の貢献を前理事長に評価してもらい、
法人を統括する部署に居ます。
ところが、新理事長とは
馬が合わないらしく、
彼の仕事はいつもダメ出しされて
部屋の隅に追いやられているとのこと。
また、人出不足のため、
ときには介護現場に
行かされることも。
「もともとやっていた介護だから
イやなわけじゃないけど」
と彼は言いました。
ただ、この年齢では
体力的にきつい、と。
将来のことを考えると
30年近く務めてきた今の職場も
辞めざるを得ないのかな、と。
彼からだけの話なので
真相は分かりませんが
この新理事長は、女性ばかり
重用しているのだとか。
理事長が変わって何人もの
男性が辞めさせられたのだとか。
後輩と一緒に仕事をしていた私
からみれば、彼はまじめでコツコツと
丁寧に、かつ正確に仕事ができる
タイプだと思っていました。
それがただ何となく馬が合わない
という理由で本来の仕事をさせないって
あるんだろうか。
50歳を目の前にして
奥さんと子供2人がいる立場で
今のポジションを捨てるのは
経済的にもリスクが大きいんじゃ
ないかと私は正直に言いました。
「時々は飲もうや」と
最後は声をかけて別れましたが、
後輩は私の職場を紹介してほしかった
のだろうか。
でも、彼の今のポジションに
見合うポストってやっぱり紹介
できないし。
「時々は飲もうや」が
社交辞令にならないように
また連絡とってみたいと
思いました。
自分はどう死にたいか、
あらかじめ意思表示している人は
そう多くないはずです。
私もこの前、TVで胃ろうを話題に
していたとき、
「お父さんは胃ろうはしないからね」
と、とりあえず今のところは
それだけしか意思表示していません。
「人生の最終段階における医療の
決定プロセスに関するガイドライン」
は、①自分が受ける最終段階の医療を
自分で決める、というのが
大きな目標となっています。
しかし、②自分の気持ちはその時々で
揺れることを前提にして
何度も繰り返し話し合いをして決める
ということを勧めています。さらに
③自分の意思を伝えられなくなる
前に自分の意思を推定する者を
明確にしておく、ということも
必要であると言っています。
頼まれた人にとっては、
それは重荷になりかねませんが、
そのためにも事前にしっかりと
話し合っておくことが大切です。
また、③の者は従来なら
家族が担うことが多かったですが、
「家族等」と表現されていて
④家族以外の親しい友人という者も
想定されています。(家族以外の)
とあるのは、今後増加するであろう
単身の高齢者に対する方法論
であろうと推測されます。
いっぽう、自分が受けたい医療を
正しく判断するためには、
⑤医療・ケアチームによる適切な
情報提供と説明が求められます。
ここで重要なことは医療だけに限らず、
⑥介護従事者やケアマネジャーも
チームとして参加することが
推奨されていることです。
決して医療や医師だけが
独断で決めることではないことを
表しています。それは何よりも
本人が受ける医療にも
⑦本人の人生観や価値観、
今まで生きてきた生き方を尊重する
という考え方を表しています。
私が大昔のブログで
「生活の中に医療がある」と
書いていたことありましたが
まさにそういう流れに世の中が
なっているわけですね。
最後にそういうプロセスを踏んでも
なかなか合意に至らない場合は
⑧複数の専門家からなる話し合いの場
を設けることを推奨しています。
その専門家とは、医療倫理に精通した
専門家や国が行う「本人の意向を尊重した
意思決定のための研修会」を受講した者
とあります。はたしてそのような研修会が
本当に行われるのかどうか分かりませんが
動向に注目です。
というわけで、この先、医療も進歩するし、
人間の寿命も延びていくことも想定される中、
はたして自分はどのような医療を
どこまで望むのか意思表示するプロセスをとる
というのは確かに大切なことだと思います。
こういうガイドラインをきっかけに
自分の最終段階の医療を話し合う、
というムーブメントが広がればいい
と思いますが、私たちも仕事の中で
そういう自己決定のお手伝いができればいいな、
と思って記事を書かせていただきました。
まだ連日、日大アメフト悪質タックル事件が
ワイドショーを中心に報道されています。
「アメフト」の文字がTVに映るだけで
心躍る”アメフト観るだけオヤジ”ですが、
だんだんと日本大学の伏魔殿ぶりばかりが
クローズアップされてしまってますので
私もそろそろ関心を他に向けようと思いますが、
一つだけ、宮川君にお願いしたいことだけ
書いておきたいと思います。
宮川君の堂々として勇気ある発言は
その後の部員の発言などを聞くと
おそらくその通りなんだろう、
今でも日大は、体育会系の悪い部分を
継承してるんだろう、と思いました。
ところで、宮川君の会見の中で
「フットボールはもうしない」と
言っていたことが気になります。
あの場面で「続けたい」という発言は
到底言えない言葉だったと思うし、
本心なのかそうでないか、は分かりません。
しかし、結論を言えば私は続けてほしい。
その理由を4つ書きたいと思います。
①怪我をさせた関学QB、その保護者や
関係者のため
相手を故意に傷つけたことへの反省なのでしょうが、
相手は宮川君からフットボールを取り上げたい
と思っているでしょうか。宮川君がこれを機に
フットボールを辞めることで、「宮川君から
フットボールを取り上げた人たち」になって
しまいます。被害者-加害者が
逆転してしまうのではないだろうか。
せめて、この件で宮川君がフットボールを辞めた、
ということじゃないタイミングで辞めないと
被害者の方たちにも悪いのです。
②自分自身のため
これで宮川君がフットボールから足を洗ってしまうと
宮川君の最後の試合のプレーはTVで何度も流された
あのプレーになる。私自身の経験から言っても
最後のプレーというものは思い出深いものです。
一生宮川君はあのプレーを最後のプレーと思って
過ごさないといけなくなる。それでいいのか。
続けることより酷な人生だと思うのですよ。
③日大のため
これだけ叩かれている日大を、
どんな義理で宮川君が守らないといけないのだ、
と思う人もたくさんいると思います。
もちろん、今の体質の日大のために
続けてくれ、と言うつもりはさらさら
ありません。
でも、これから日大アメフト部は
生まれ変わると思います。
アメフトのルールにのっとって
スポーツマンシップあふれる
新しい日大アメフト部の象徴に
宮川君にはなってほしい。
そして、アンチ日大ファンの私としては、
強い日大としのぎを削っている
関学を見続けたいのです。
それとも、宮川君が活躍している日大の
ファンになってしまうかもしれない?
④日本のフットボールのため
最後は”アメフト観るだけオヤジ”の
エゴな願望なのですが、
宮川君の復帰戦は、
絶対に注目されるはずです。
宮川君の素晴らしいプレーを
たくさんの人に観てもらうことを通じて、
アメリカンフットボールというスポーツの
楽しさ、面白さを知ってほしいな、
ということなのです。
フットボールを続けるのも辞めるのも、
宮川君次第なんですけど、もし万が一でも、
(会見ではああ言ったけど本心は続けたい)
と思っているなら、「続けてよ」という声を
周りが上げてあげないと、彼は戻れない。
こんな微力ったらないんですけど、
以上の理由で私は続けるべきだと思っています。
”アメフト観るだけオヤジ”として、そして
「よりよい人生を送るお手伝いをする」
ケアマネジャーとしては、
今ここで辞めることはどうなのかな?
と思った次第で。
宮川君、より良い選択をしてくださいね。

