ブログではあまり取り上げたことがなかったと思いますが、

私はアメリカンフットボールファン歴43年の

アメフトを観るだけオヤジです。

小学校2年生の時に大学4年生のジョー・モンタナ(元49ers QB

が日本にやって来て大学オールスター戦で大活躍したのを

TVで目にしてからのファンです。

アメフトファンから言わせれば「モンタナなんてミーハーだよ」

と言われるのは承知ですが、まったくその通りです。

フットボールを体験したこともないし、

43年間、外野から観てただけですから。しかし、

今回世間を騒がせている日大の悪質タックル事件には

やっぱりひと言、物申したい。

 

ケアマネ・介護とはまったく関係ありませんが

どうぞおつきあいのほどを。

 

外野で観る限りの私の思うアメフトの特長とは、

「モメンタム(勢い・はずみ)のスポーツ」と

繰り返し言われる解説者がいるほど、

そういうのが大事なスポーツだと思います。

非常に緻密で戦略的な作戦を遂行する一方、

大胆で、荒々しく、どう猛なプレーが

試合の魅せ場を創るということもあります。

あるときは戦略で相手の裏をかき、相手を混乱させ、

あるときは激しいタックルで相手の闘争心を削ぐ。

その両方でモメンタムを引き寄せ、

「相手の心を折る」ことがアメフトの試合で

勝利するためのポイントのひとつだと

そんなふうに試合を観ています。ただ、

そのモメンタムが行きすぎてしまうと

スポーツの範疇を超えた、

ただのラフプレーになってしまい、

命に関わるようなことも

現に起きていたこともあり、

それを防ぐために先人たちは

あの、いかつい鎧のような防具を開発したり、

選手のケガを最小限にとどめるための

細かなルール改正を現在も続けています。

そのおかげで、現役最高のQBと言われる

トム・ブレイディが40歳になっても

健康体でいられ、モンタナの生涯成績を

軽く超えてても、オレは認めんからな!

 

失礼、ちょっといらついてしまいました(苦笑)

 

さて、今回の事件で監督・コーチ陣達が

「1プレー目からQBを壊せ」と指示したのも、

彼らはモメンタムを引き寄せるための

方法論のひとつ、という認識だったのでしょう。

QBというポジションは野球で言うところのピッチャー。

機能しなければチーム全体が機能しなくなりますから

それが1シーズン続けば日大2連覇の可能性も

広がると思ったのではないでしょうか。

現にこの事件への対応の遅さを見ると

今もそのような認識でいるように思えます。

 

日本のアメフト界を牽引してきたのは、

「東の日大、西の関学」のライバル関係でした。

実力では社会人には叶わないものの、

みんな大学のアメフト部を経験しますから。

私もアメフト好きが高じて、大学生になったら

(関学でプレーしたい)と思っていたことも

実はあります。

中学生だったでしょうか、関学のQB

猿木さんという方がいらっしゃいました。

この方は試合中の事故で歩けなくなり、

現在は分かりませんが、車イス生活を

余儀なくされることになりました。

この人の自伝を図書館で借りて読んで

アメフトと関学への憧れが募った時期が

ありました。

 

当時から関学と日大はライバル同士の

関係でした。それぞれのチームカラーは、

関学はスマート、さわやか、キラキラ。

一方の日大はバンカラ、体育会系、汗臭い、

という感じ。

 

私が日本のアメフトに燃えていたとき、

日大は篠竹幹夫さんという、

日大黄金期を築いた監督がいました。

どれだけすごい監督だったかというと、

私基準で申し訳ありませんが、私自身、

好きな関学のほうの監督を忘れてしまっているほど、

それほど名の通った監督だったのです。

すみません、すごさが伝わりにくいですね^^;

 

まあ、篠竹さんの時に日大のチームカラーは

できあがったんだと思います。

そう思うと、昨日の選手の発言内容を聴いても

(日大は今もそういう指導をしてるんだな)

(多分そういうこともあったんだろうな)

と深く納得できます。

 

ただ、誤解のないように補足しておくと、

篠竹さんは事件を起こした監督と違い、

ライバル・関学をリスペクトする姿勢も

持ち合わせていたようですし、

私は強すぎる日大アメフト部が大嫌いで(苦笑)

したが、篠竹さんのキャラクターは

未だにその名前を覚えているぐらい、

親しみの持てる人だったと思います。

 

最後に43年来のアメフトファンから

今回のことを物申させていただければ、

連日ニュースでアメリカンフットボールをいう

文字が流されると、正直高ぶってしまっている

(だからブログも書こうとする)のですが、

その内容があまりにも残念。

 

アメフトは本当に面白いスポーツなのに

そういうことが伝わらず、ただの

「野蛮なスポーツ」としか取られない

のではないか、という心配を

外野の私でさえ思うほどですから、

日本のアメフト関係者や篠竹監督など

先人たちもあの世で嘆いておられるのでは

ないかと憂います。

 

私のような者が声高に言うべきでは

ないのかもしれませんが、

アメリカンフットボールという競技を

ただの暴力みたいな認識でいる

勘違いも甚だしい監督・コーチ達は

この日本アメフト界から

いっせい退場してほしい、というのが

1アメフトファンの正直な思いです。

 

今回の介護保険制度改正と

ほぼ同時期の平成30年3月に

「人生の最終段階における医療・ケアの

決定プロセスに関するガイドライン」

というものが厚生労働省から示されました。

 

本人の意思・主体性が第一と考える

現状に沿って、人生の最終段階を

どう迎えたいか、その意思決定を

どのように支援していくか、という

ガイドラインです。

 

医療職のみならず、介護従事者も含めた

ケアチームが、本人や家族等と話し合いを

積み重ねながら意思決定のプロセスを

共有する「アドバンス・ケア・プランニング」

略して「ACP」の重要性を強調したもの

になっています。

 

もともとこのガイドラインが作られたきっかけが

2006年に医師による人工呼吸器取り外し事件

だったそうです。たしかあの事件では

取り外した医師は、殺人罪に問われた

(問われそうになった?)かと記憶しています。

 

一度延命的な処置が施されると

それを中止するということは

なかなかのエネルギーを要します。

やめられないのです。

 

そういう状態になっていると、

ほとんど自分の意思を表明できない

わけですから、家族を含めた周りの

親族が医療職の説明を聞きながら

決断することになります。

 

私も両親を見送りましたが、

とくに母親の時は、あれほど母親は

延命治療を望まなかったにも関わらず、

急変して呼吸困難に陥ったとき、

医師から「気管切開しますか?」と

聞かれ、大きく心が揺れ動いた記憶が

あります。

仕事で多くの人の最期に触れる機会があり、

「人はいつか死ぬ。生に執着はしない」

と日ごろから思っている私でさえ、です。

 

ケアマネジャーの報酬に

「ターミナルケアマネジメント加算」

という終末期のケアマネジメントに対して

報酬が付与されるようになり、

これから迎える多死時代において

人生の最終段階のことは

仕事でもプライベートでも

死ぬことに対して

準備しておく必要があります。

 

次回はこのガイドラインをつまみに

少し解説してみようと思います。

先回、セクハラの話の

続きになりますが、この前、

『BLACK BOX』伊藤詩織著)

という本を読みました。

 

著者の名前をご存知の方は

いらっしゃるでしょうか。

 

2年くらい前になるでしょうか、

著者は強姦の被害者として

名前と顔をマスコミに公開して

記者会見を開かれました。

(その時は苗字は伏せられてた

と記憶しています。)

 

どういう会見だったかというと、

著者に危害を加えた男性に対して

逮捕状まで出ていたのに

直前になって何かの力が働き、

逮捕が取りやめられた、

そこで、著者は検察審査会に

申し立てを行うタイミングで

この会見を開かれたのです。

 

どうして逮捕が取りやめられたか、

ということがひとつのテーマに

なっているんですが、実は

危害を加えたこの男性は

今の首相の太鼓持ちをしている

ジャーナリストで、この事件の

直後に『総理』という本を上梓

しているほどです。

 

そして逮捕が取りやめられた

理由というのが、実はそういうこと

ではないのか、それだけこのことが

あまりにも不自然なタイミングで

おこなわれたのです。

 

官邸が官僚の人事権を握っていて

その弊害が起こしている(だろう)出来事が

「もり・かけ」問題をはじめ、

噴出しています。

 

それは警察組織においても、

と考えると、逮捕直前の取りやめ

という異常な出来事の理由も

そうではないか、

と邪推してしまいます。

 

このほかにも、被害に遭った

女性のその後の苦しみ・痛みが

男性の私にもグサグサ突き刺さりますし、

強姦被害を受けた女性に対して

けっして優しくない日本の仕組みも

書き込まれていて、本当に早急に

改善しなければいけない問題だと

思いました。

 

 

 

 

ただ、セクハラ問題で辞任した

事務次官のおこなった行為と

この著者が受けた性被害とは

質がぜんぜん違うとも思いました。

 

今言われているセクハラ問題は

受けた当事者が「いやな気持になった」

という主観的な感情も含めたもので

それで相手が社会的制裁を加えられる

というのは、伊藤氏の著書を読んで

改めてちょっと違和感を感じた次第です。

 

「本人が嫌な気持ちになったらセクハラだよ」

という論調があるのは知っていますが、

そういうことから強姦まで、

一緒に論じられると問題の所在や

解決方法までがぼやけてしまうような、

そんな気がしました。

 

 

こんなこと書いたらセクハラだろうか。

 

 

 

 

一応、こういう論調があることも

掲載しておいて、逃げ道を確保

しておきます。

 

 

 

 

ともあれ、いろいろな事情でマスコミにも

あまり取り上げられていない感じの

『BLACK BOX』が多くの人の目に留まり、

これらの問題を考えるきっかけに

なればいいと思って記事を

書かせていただきました。