あるブログから、こんな文章を
見つけました。
 
以下、
 
「あなたの一番大切なものは何ですか?
と訊(き)かれたら、私は迷わず『記憶』と答える。
私の心の中に詰まっている様々な記憶は
過去からの優しい風のように、今の私を慰め、
励まし、奮い立たせてくれる。
良い事も、悪い事も全部が愛(いと)しい大切な思い出。
私の記憶は私が私であることの証明みたいなものだ。
…自分のことを好きだと感じることは簡単そうで難しい。
生きていれば次から次へと
新たなステップを超えなければならないから
自分を見失いそうになる。
大切な思い出はそんな時、
頼もしい道標になってくれる」

 

ここまで。

 

この文章は、芸能人の

小泉今日子さんが書かれた

ものだそうです。

 

「記憶」と「思い出」、

2つの書き方がされていますが、

「過去の自分」が「今の自分」を

慰め、励まし、奮い立たせてくれる

ということだと理解しました。

 

今まで歩んできた自分の振舞いが

今の自分の振舞いや判断の

根拠となってくれるわけです。

 

今まで頑張ってきた人生を

歩んできた人は、

今の自分にそびえたつ壁を

目の前にしても頑張れるし、

避けてきた、逃げてきた人生を

歩んできた人は、

今もこれからもそういう態度で

やり過ごしてしまう。

 

そういう話を子供たちにしますが

なかなか伝わらないものです(苦笑)

 

親としては、頑張っている背中を

黙って見せるしかないですね。

 

見ててくれないかなあ~。

けっこう意思疎通の難しいおばあさんがいます。

ず~~っと「しゅっ、しゅっ、しゅっ、…」と

言いながら、自分の手をさすったり、

テーブルの表面をなでたりしています。

 

職員がトイレやお風呂の声かけしても、

「ごにょ、ごにょ、ごにょ…」と言いながら

やんわり拒否します。

イスから立たせようとして両手を引くと

腰が引けたようになって、みけんにしわが

寄ります。

 

しかし、私の言うことは聞くんです。

それはどうしてか。

「田中」という名字だから、でした。

 

ややうつむき加減で座っているおばあさん

の前に私が立つと、ちょうど名札が見えます。

おばあさんに声をかけるときは、ベルトの

ちょっと上あたりに名札をつけます。

 

その名札を見ると、おばあさんは必ず

「あら~、田中さんだって、うふふ」と

笑って私の顔を見つめます。

「そうです~、お迎えに来ましたあ」と

私は手を差し伸べます。

すると、おばあさんは手を取って

すっくと立ち上がるんです。

「はい~、どうぞ、どうぞ」と言って

目的の場所へ案内するのです。

 

「私も田中でしたのに。」と

お決まりの会話を始めます。

そうです、そのおばあさんも

旧姓「田中さん」なのでした。

 

「へえ~、そうなんですか!」

と言ってみたり、

「知ってますよ~、米屋さんですよね」

と言ったり、その日の気分で

言葉を変えてみます。

 

「田中って、なかなかないですよね」って

言われるけど、う~ん、全国で4番目に多い

名字なんですけど(笑)(2018年どこだか調べ)

それにデイサービスの職員さんにも、

もう一人いるじゃないですか。

 

そんな感じで会話を楽しんでいます^^

この頃、だいぶ暑さも

最盛期よりも、少しだけ

和らいできたような気が

します。

お盆を過ぎて秋に向かう

優しい風が心地よいです。

 

ところでお盆には

都会から一時帰省する

ご家族と話をする機会があります。

休みの日ですか、これを逃すと

また、しばらく会えないので

会ってほしいという家族がありました。

 

その家は息子と2人で暮らすおばあさんです。

息子さん(次男)は、親の介護のため、

定年間近で早期退職されました。

このたびは、東京にいる長男夫婦が

私に会いたいと言ってこられました。

 

どういうことかと聞いてみると、

どうも弟の世話が気に入らないらしい。

仕事もせずに時間があるはずなのに

母親の住む家が荒れていく、

というのです。

 

たしかにあまり部屋は片付いていませんし、

広い庭木も伸び放題なところはあります。

でも、息子さんのおかげでおばあさんも

家で暮らすことができているのも事実。

介護に関わらない身内が、もちろん

親のことを思って言っているはずですが、

介護者を非難することだけは

ご遠慮願いたいところであります。

「文句があるなら、戻って介護したら?」

なんて本音を漏らしてしまう案件か(苦笑)

 

ただ、信頼関係ができていない相手に

正論をぶつけても通じないことのほうが

多いのも事実です。

こういうときは、まず傾聴。

気が済むまで相手の話を聞くことです。

そうして、だんだんと

長男さんの思っている心配が

ひとつひとつ分かってきました。

 

なるほどお~、そういうことか。

長男さんの言い分も分かります。

 

ひととおり話されたころを見計らって

心配を一つひとつ解消してもらえるような

話をしました。

長男さんは「誤解していました」と

言って、最後はすっきりした顔で

お母さんの家へ向かわれました。

 

「文句があるなら、戻って介護したら?」

なんて口が裂けても言っちゃいけまあせんよ(笑)