先日書いた「補聴器はいいよ」、その続報です。

 

聞こえがとてもよく、購入されて良かったと思ったのですが、

次の日職員から報告を受けました。

「ご本人が『もうつけん』とご立腹です」とのこと。

なんでこんなに高い物を買ったのだ!、と言われたそうです。

 

今は補聴器を見ると、ご本人の怒りがこみ上げてくるので、

職員のいる事務所に持って帰っています。

少し理解力が低下されている方なので、

補聴器を作った経緯や効果を話しても、

いったん「もう、ええ」と思われてしまうと、

再びつけることは難しいものです。

 

少し冷却期間を置いてと思ったら、

職員が「実は」と。

 

「前よりよく聞こえるみたいで、

筆談までしなくてもいいんです」と。

 

ちょうど1年前にも補聴器を購入された、

別な方の話なんですが、

その方も今は使ってないんですが

やっぱり以前より聞こえが良いのです。

 

これはたまたまの偶然か、

はたまた(聞こえが良くなった)と思ったのは

錯覚なのか。もし、そうでないなら、

ノーベル医学賞ものの、すごい発見です!?

 

このような仮定を立てました。

加齢の変化のひとつとしての難聴は、

補聴器のような器具を使って聴覚に

刺激が加わることによって、

再び活性化する(聞こえるようになる)と。

 

高齢者のリハビリとして

定着してきたパワーリハビリも、

筋肉を増やすのではなく、

加齢で使わなくなった筋肉を

使うことによって再活性化を図る、

というものです。

 

加齢による難聴だって

聴覚神経が壊れてしまったのではなく、

年老いて休んでいる状態だから

刺激を与えることで回復する

のではないか、と。

 

そう考えると、

補聴器は障害を受けた耳を

補完する物ではなく、

治療する器具になるのではないか、と。

 

同じようなことを経験した人はいませんか?

 

 

 

 

 

これが本当なら世紀の大発見ですぞ!

誰か、この仮定を証明してくれる人は

いないだろうか(いたって真剣)

思い込みが晴れたというか、

やっぱり偏見があったというか、

「補聴器ってすごいな」と

思ったのでした。

 

今まで私は、

お年寄りたちが耳が遠くなっていくことを

さほど気にも留めてなかったようです。

 

私の思い込みというのは、

「補聴器しても聞こえはよくならない」

ということでした。

聞こえがよくならないばかりか、

高価なので買うのがもったいない、とか、

耳元ではっきり大きな声で話せば聞こえる、

ダメなら筆談という方法もある

ということで、あまり積極的に

誰かに補聴器を勧めてみたことが

今までありませんでした。

掃除や電池交換など、日々の管理も

けっこう大変ですよね。

お年寄りが自分で管理すると

「なくしてしまった」という例も

たくさん知っています。

だから敬遠していたような気がします。

 

「おばあちゃんにどうしても作ってあげたい」

というご家族がおられたので、

ほぼ初めてぐらいの感じで

補聴器の作成に携わりました。

 

ご家族は遠方にいるので、こちらで

耳鼻科の受信や補聴器取扱店に

行く段取りをとったり、

耳鼻科の医師や補聴器店の店員さん

たちといろいろ話をさせていただきました。

 

そして実際に出来上がったものを

おばあさんに取り付けてもらったところ、

補聴器なしでは耳元でしゃべっても

聞こえるか聞こえないか、ぐらいだったのに

正面から話しかけても

(静かなところで、という限定で)

会話ができました。

びっくりするぐらい聞こえていました。

 

念のためにお伝えしておきますが、

身体障碍者手帳の申請も行って

医師からは「6級ぐらいですね」と

言われたぐらいの聞こえの方です。

6級って聴覚障害の中では

いちばん軽い等級です。

 

「これで6級か…」というぐらい

聞こえが悪い方でしたが、

でも、補聴器を作って正解でした。

 

また、この方は耳鼻科に行って

耳垢を取ってもらっただけでも

取らない時よりは聞こえが

良くなりました。ですから、

補聴器を作らないまでも

聞こえが悪くなったら

耳鼻科受診はお勧めしたほうが

良いな、と思いました、本当に。

 

ということで、補聴器って

義歯やメガネなんかと違って

やっぱり普及してないと思うので

もっと見直したほうが良いな、

と思った出来事でありました。

私が勤務している事業所は

サ高住の事務所の中にあります。

 

この間、おばあさんのご家族が

遠方からはるばる、半年ぶりぐらいに

面会に来られました。

 

玄関まで一緒にそのおばあさんと

そのご家族を見送ったのですが、

この季節、夕方も5時を過ぎると

かなり暗くなってきます。

 

秋も深まり、寒さも厳しく、

ご家族を見送るおばあさんの

背中を見ると、別れの寂しさが

すごく伝わってきます。

はるか遠く、車が見えなくなるまで見送り、

振り向くと、「さぶいね~、タナカさん」

と言って、建物の中に入りました。

 

 

認知症の方が夕方になると

しきりに「帰りたい」と訴える

ことって結構あると思いますが

その気持ちがなんとなく分かるような

気がします。

 

「こんなところで遊んでる場合じゃない」

「ごはんの用意をしないといけない」

「小さい子が腹を空かしている」

「あんたは帰るか。乗せて帰ってくれんか」

 

おばあさんはどこに帰りたいのだろう。

今の家族の元に、か。

元気だったあの頃に、か。