先週火曜日、仕事終わりの掃除をしているとき、

突然、事務員のAくんがやってきました。

「田中さん、今度の日曜日、空いてませんか?」

 

なんだろう、と思って尋ねると

「ソフトボールの試合があるんです」と。

参加資格は地元の部落や企業。

親睦や交流を目的に、

ソフトボールがあるとのこと。

 

娘の吹奏楽のコンサートがあったので

逡巡しましたが、スケジュール帳を見ると

11:00からの開始だったので

朝イチの試合なら大丈夫かと

参加させてもらいました。

 

野球をやっていた子供の

親子野球以来だったでしょうか、

グローブを使ったのは。

年寄りの新参者だったので

現役時代には考えられない

8番ファーストでしたが(苦笑)。

 

守備機会はフェアフライ2つと

ショートからの送球を捕球した3つ。

打撃はショートフライ2つ、

ファーストライナー、

センターオーバーの2塁打。

最後の打席で、ようやくの面目躍如。

8番ファーストで良かったあ。

 

試合には勝ち、次の試合もありましたが

人数も余ってて試合に出られて

いない人もいましたので

「田中さんがいないと次勝てませんよ」

と言われることもないまま、

無事に帰ることができました(笑)

 

職場に来て1ヵ月と少しなのに

声をかけてくれたことに感謝!

私が介護現場を希望した

ほかの理由とは、

介護現場のマネジメントを

経験してみたかったからです。

 

介護以外の、どこの業界からも

聞こえてくるのは「人材不足」です。

この少子化の問題をここまでほおっておいた

国の問題は大きいと思いますが、

それが改善するようには思えません。

 

働き手は外国からの労働者を頼る

ということが現実的な解決策として

挙げられています。

 

その昔、上司から

「介護の業界は不景気だと人が集まり、

好景気だと人が来ない」と言っていました。

介護という仕事が他の仕事と比べて

それだけ下に見られているという

ことなのだと思います。

 

この田舎で好景気を実感することは

ありませんが、人材不足で真っ先に、

そして一番困るのは介護業界でしょう。

AI化、ロボット化の恩恵が得られるとも

思えません。介護にはどうしても人の手が

必要です。そして言葉が通じず、文化の違う

外国人には大変難しい仕事だと思います。

 

もうひとつの理由としては、

 

私は志を高く持ってこの業界を

選んだのでは、ありません。

これからは高齢化社会が到来するから

定年までは食いっぱぐれることは

ないだろう、というところが

主な動機なんです。

 

やりがいを感じてこの仕事をしている

人にとっては、私のような動機で

関わっていることを苦々しく思う

ところもあるのかもしれません。

 

でも、この仕事を選ぶ人みんなが

志の高い人ばかりではないことも

確かです。……こういうこと、

たしか前にも書いたな(笑)

 

そういう、ただの勤め先として

たまたま介護の現場を選んだ人にも

気持ちよく長く働いてもらうためには

どうしたら良いか、ということを

実際の現場で考えて実践してみたい、

そう思ったのです。

 

いろいろな職業がある中で

介護の現場を選んでくれた人は

もちろん、今、働いている人にとっても

より働きやすい環境にしていくことを

やっていかないと、少子化の波の中で

人材はどんどん流出する、

新しい人材は入ってこない、じゃ

この業界はもたないでしょ?

 

もちろん入ったばかりの

ペーペーの私が、そういう管理的な

仕事をいきなりするのは

難しいことでしょう。

ただ、今までの実績を考慮して

そういう場に参画させてもらうことも

できるようにしてもらいました。

 

ケアマネをやっていた時には

分からなかった現場の実態も

少しだけですけど、見えてきた

ところもあります。

 

いつ、どの時点から

そういう仕事できるようになってくるか、

分かりませんが、そういう目標を持って

今の仕事に没頭したいと思います。

 

なぜ、私が介護職員に転職したのか、

その理由を今日はお話します。しかし、

1回だけじゃ終わらないかもしれません。

 

あ、おとついから私の名前を

「【ケアマネ職人】田中大造」

から

「介護人 エレファント」に

変更しました。現在はケアマネではないし、

新しい職場ですので、実名では

差し障りがあるかもしれないので。

 

ちなみに「エレファント」というのは、

「大造(ダイゾウ)」の(ゾウ)に

かけました(笑)

 

さて、私の転職後の職種に対して

まわりからどんな反応があるかな?

と思っていましたが、だいたい予想通り

多くの人がビックリされていました。

 

「田中大造=ケアマネジャー(それも有能な 冗談)」

というイメージがついていたんでしょうか、

元職場はもちろん、お付き合いしていた事業所からも

そして、現職場からも、「あの、大造さんが…」的な

驚かれ方でした。私がデイサービスのレクを

一生懸命やっているのを覗きに来た知り合いの

ケアマネがいましたからね(笑)

ブログの読者にみなさんも、

(beermanさん以外は)そんな感じだったでしょうか。

 

ただそればっかりじゃない気もします。

それは何かというと、

「この歳で介護現場の仕事するの?」

という驚かれ方がです。

その昔、あるケアマネジャーに

「ケアマネジャーになった理由」を聞いたら、

「歳とってからも介護の現場を続けられないと

思ったから」と言ってました。

 

ケアマネジャーになるには、

5年間の現場経験が必要です。

したがって、ケアマネジャーは

介護現場の職員より、平均年齢では

上になると思いますし、

いったんケアマネジャー業務に

就いていた人が介護現場に

戻るケースは少ないはずです。

 

また、ケアマネジャーになることは

介護現場からのキャリアアップの

ひとつの方法として

位置づけられていたこともありました。

そういうところからも、私の決断は

意外だと感じた人が多かったのだ

と思います。

 

ではなぜ、介護現場に身を置こうと

私は思ったのか。その理由の一つは

ケアマネジャーとしての知識や経験を

介護業務に活かせないだろうか、

と思ったからです。

 

20代の頃にやっていた介護業務は

先輩から言われたことを言われたように

やっていただけのような気が、

ずっとしていました。

もちろん、その時代の介護でしたから

今から見たらoldタイプの介護でしょう。

経験年数もわずかでしたし、

介護技術には本当に自信がないのです。

 

そういうところを埋め合わせしながら

ケアマネジャーとしての知識や経験という

武器を活用して介護業務に就いてみたら

どうなるだろう、と考えたのです。

 

もしかしたら何も起こらないかもしれません。

もしかしたら新しい発見があるかもしれません。

 

年齢のこともありますので、

介護現場に戻ることは

ラストチャンスだと思いました。

もしかしたら、もう遅いのかもしれない。

 

 

 

 

 

実際、体はすごくきついです(苦笑)