新コロニュースで最近話題なのが

「ワクチンパスポート」。

海外でそんなニュースが出始めた頃から

「イヤだな、日本もマネするだろうな」

と思っていましたが、やっぱり。

 

私が知る限りでは、とあるプロ野球球団が

観客にそういうのを求めたのが

日本では最初だったと思います。

 

国としては、民間からこういう動きが

始まったのは大歓迎でしょうね。

国は責任とらなくて良いですもんね。

私みたいなパスポート反対派は

不満のぶつけ場所を見失いますから。

この流れはどんどん広がるでしょうね。

 

しかし、私はプロ野球を球場で観る

機会などありませんし、今のところは

まったく問題ないのですが、

地元のスーパーや飲食店などで

「パスポート必要です」などと

言われてしまったら、とんでもなく不自由な

生活になってしまうでしょう。

 

ただ、妻に買い物頼まれなくなって

ラッキー!みたいなこともあるか?(笑)

 

しかし、今までにない貴重な体験が

得られる機会にもなる可能性があります。

 

行きたいところへ行けない不自由さは

いわば、車イスの人が段差のある店舗へ

入れない、という不自由さにも通じるのでは

ないか、と思うんです。

 

家の近くで便利なのに、段差があって

入れないので、遠くのスーパーまで

行かなくてはいけない、みたいな不自由さを、

もしかしたら実体験できるかも?

と思うのです。

 

障害者の生活の不自由さを

健常者である私は本当の意味で

知ることはできません。

自分が同じ障害を持たない限り、です。

 

「年寄りの気持ちは年取ってからでないと分からん」

と、何度も利用者さんに言われました。

いくら、お年寄りの気持ちに寄り添おうとしても

それはあくまでも仮定の話です。

 

親の気持ちは人の親にならないと分からない。

子供を想う気持ちとか。そう思います。

 

パスポート、接種証明。それらで

生活が制限されることは、本当に

してほしくないんですけど、

自分が不利益を被る辛さを体験するには

またとない貴重な機会だと思います。

 

とんでもない歯痒い気持ちになるだろうなあ。

 

 

 

 

 

もちろんこの記事、全体的に今の日本の

世の中を皮肉ってるわけですけど(苦笑)

 

(前回記事「おじいちゃんの被害妄想」を

読んでいない人は、こちら。)

 

ホルスタイン柄になってしまったガラケーを

替えたくなかった理由はこういうところにもあった。

ガラケーの中にはたくさんの思い出、

ガラケーで撮った写真があったからだ。

 

ガラ・ケー子を初めて手にした当時、

もちろん最新機種なので、カメラ性能も

ガラケーの中では最高位にあった。

 

手軽に写真が撮れるのは

スマホもガラケーも同じ。

「撮りたいときに撮る」。

ユーザーの欲求を満たしてくれる

手軽さがうれしかった。

 

ガラ・ケー子の後年は、

さすがに性能は劣ってしまい、

ケー子で写真を撮ることは

まったく無くなっていた。

しかし、8年前の思い出は

しっかりとケー子のなかに

保存してある。

 

この思い出たちを失ってしまうことが

この上なく、寂しいものだったのだ。

 

 

 

 

 

まあ、自分でPCに移し替えれば、

写真は残るんだけど、ちょっと

おっくうなんだよね(苦笑)

 

 

 

 

ガラ・ケー子と別れることになる前日、

PCの前で感慨にふけっていた。

8年前からの思い出をながめていた。

 

長男がスポ少で大阪へ行ったとき、

スタンドで友達とピースサインをしている。

長女が大雪が降った日に近くの坂道で

そりを楽しんでいる。

次女が夏休みの自由研究で

模造紙に字とイラストを描いている。

末っ子が保育園の運動会で踊っている。

家族みんなで行った水族館で

カメの前で並んで写真を撮っている。

 

みんな、ガラ・ケー子が

残していてくれた写真だ。

 

ケー子からPCへ、移動するのに

要した時間は3分半だった。

思ったより早く移動できた。

 

ケー子の中にいた思い出は

すべてPCの中に保存された。

 

 

 

 

少しモヤモヤが晴れた気持ちで

予約していた時間にショップへ行った。

 

この間とは違う店員さんから説明を受けて

データの移動をしてもらった。

ガラ・ケー子の重さが少し

軽くなっているような気がした。

 

 

 

 

あれから1週間がたち、

妻や娘にやいやい言われてLineを始め、

Facebookやこのアメブロも

スマホから見られるように設定した。

手に入れた初日はまったく苦戦したが、

スマホからの投稿もできるようになった。

 

見たか、俺の順応力。

おじいちゃんスマホじゃなくても

十分使いこなしてるだろ?

 

 

 

 

ところで、ガラ・ケー子のほうは

どうしているかというと、

やっぱり捨てられなくて

スマホを買って、もらった袋の中に

入れて、物置に置いている。

たぶん、もう充電もしないだろうし、

「パカッ」って開くこともないんだろうけど、

即、不燃物ともいかないような気がして。

 

 

 

 

(おわり)

 

(前回記事「おれって、そんなもん?」を

読んでいない方はこちらから。)

 

 

「では、見積もりを取りますので

こちらへどうぞ」。

言われるままに、対面式の

テーブルにつかされた。

 

てきぱきと、そして軽やかに

ipadを操作する男性社員。

(おめ~がここまでできるには

あと10年は必要だろうな、フフッ。)

言葉には出さないが、

私には君がそう思っていることが

手に取るようにわかるぞ。

 

被害妄想が止まらない認知症老人のことが

今ならすべて受け入れられるような気がした。

 

7~8分待たされただろうか。

「それでは説明いたしますね。

これがあ~で、あれがこ~で…」。

 

お世話になる身で大変失礼な話だが、

セキュリティーや保険やなんやかんやで

支払総額が膨らんでしまうのではないか。

どう考えても、売り上げを上げる方向で

話を進めるはずだろ?

 

ましてや君はおれをおじいちゃん扱いしとる。

ぜ~ったい、俺のことをカモに見てるだろ?

私の口先がくちばしに見えてるだろ?

 

詐欺にはぜったい騙されないと気張ってる

独り暮らしおばあちゃまの気持ちが

今なら完全に分かるような気がした。

 

「ちょっと、ちょっと待って。

こ、こ、これはどういうこと?」

「これは、と言いますと?」

「ほら、あれでしょ?だから、

必要ない…」

「はあ。」

「だからいいわ。」

「いいですか?そうですか。」

「いや、ちょっと待って。

もうちょっと考えてみるわ」

 

説明された内容が多すぎて

頭パンパンになっとる。

つまり、よう分からん。

 

データ移行するのに

最大2時間半見てくれと言われて

「あ、じゃあまた来週来るわ」と言い残して

ショップを後にした。

 

調子の戻らない

ガラ・ケー子との付き合いが

1週間延びた。

 

画面がおかしいだけで

電話もメールもできるもんな。

 

何かの拍子で元に戻ってくれないかな?

 

(つづく)