「ケアマネの正しい歩き方」 ~ケアマネタマゴに贈るケアマネ道!~ -145ページ目
とうとう、という感じですが、
今朝の新聞でこんなニュースが
一面に出ていました。
ご存じの方も多いでしょうね。
介護保険 軽度者の分離検討 厚労省
(クリックすると飛びます)
介護保険は火の車だと何度も耳にしましたが、
いよいよ要支援者への給付が介護保険から
外されそうです。
保険給付がなくなる代わりに
市町村事業でカバーする、
という方向になりそうですが、すでに
「地域格差が出るのではないか」という
意見もあるようです。
ま、そもそも、介護保険ができた頃は
「地方分権」が主張されてた頃でしたから
地方によって格差があるのは当たり前である、
と、受け入れなければならないでしょうね。
私の考えは、格差があることを
良しと思いませんし、社会保障が
縮小されるということなので、
立場的には反対ですが、
財政のことを考えると消極的賛成、
ということにしないといけないかも
しれません。
昔のブログのコメント欄
にも
書いていました。
「要支援者の給付を外す」ことから
「コミュニティーをつくる」ということまで
書いています。
「コミュニティー」というのが、
市町村事業の役割なんだと思います。
さて、地域包括支援センターの
「要支援者のケアマネジメント」機能が
後退することになりそうですが、
そのかわりに、どんなアイディアで
市町村事業を創り上げていくか。
それこそ、市町村の力が必要に
なってきます。
はたして互助の土壌が崩れそうなこの時代に
どんなコミュニティーが創造されるでしょうか。
もちろん、私も高みの見物ということではなく、
必要とされれば、意見も言うべきと思いますが、
ケアマネジャーの立場としては、軽度者への
支援がなくなるとなると、重度者・医療依存度が高い
人たちへの支援が主な役割となり、よって、
「介護につかえる体のしくみとはたらき」
を、どうぞこれからもよろしくお願いします。
という宣伝で、今日も終わりですm(_ _)m
「記事、よかった!」という方、クリックを。
↓↓↓ ↓↓↓
(前回は>>>こちら。)
私が無力だと思ったのは、
以前書いたブログにあります。
「夢のプロジェクト」
要約すると、当時、私は
障害者施設に勤めていました。
障害のある人たちに仕事のやりがいを
知ってもらうことが一番の仕事でした。
しかし、その仕事をやりとげることなく
挫折してしまいました。
それは私に力がなかったからです。
授産作業のノウハウも、
障害のある人への支援も、まったく
中途半端で終わってしまいました。
この時、私がしたことは
障害のある仲間を右往左往
させただけ。
ほんとうに何もできなかったのです。
障害のある人たちと一緒に仕事をして
仕事のやりがいを感じてもらう。
それを支援する。
言葉では簡単に表現できて、
さも素晴らしいことをやっているように
聞こえても、その実態は…。
こんなことなら、福祉から足を洗って
自分で企業を立ち上げて、利益を上げて
障害のある人を1人でも雇うことのほうが
よっぽど、世のため、人のため、です。
しかし、
まったくそんな度胸も
力もありません。
つまり、自分が福祉にたずさわって
仲間と一緒に仕事をしていたのは、
「自分がメシを食うため」
だったのです。
そんなふうに理解した時、
自分に本当にガッカリしました。
涙を流したい気持ちになりました。
でも、泣けませんでした。
自分のことより、仲間たちに
申し訳なくて。情けなくて。
この時に思ったのが
「支援する人間は力を持っていないと
いけない」ということです。
無力ではいけない、支えられない
ということでした。
支えるつもりが支えられてしまうのです。
医療のことを知らない職員が
支援している最中に、
その人が急変したとしましょう。
そのときに適切な対応がとれるかどうか。
適切な対応で人の命を救えるか。
それができなければ、その人の力は
そこまで、です。
「無力」というのは、そういうことです。
無力では人の役には立たないのです。
もちろん、私も自信がありませんから
今でも学んでいるところです。
自分の力に謙虚に。でも、前向きに。
医療知識を知っておくことは
その人にとっての武器であり、
力です。
介護職員が医療知識を持つ・
技術を身につけることは
医療の下働きをすることでもないし、
医療が上、介護が下
という意味でも何でもない。
ただ、介護するにあたって
その力が必要なんだという、
とてもシンプルな話なんです。
というスタンスで、
「介護につかえるからだのしくみとはたらき」
にもお付き合いいただけたら幸いです。

介護関係者の意見の中に
”医療と介護の連携”や
”介護職員の痰吸引”の
ことなどを例に上げて
「介護保険が医療重視になってきている」
「介護職員が医療の下働きをする」と、
否定的な考えを表明している
人たちがいます。
人には色々な考えがあるのは当然だし、
それを否定するつもりはありませんが、
「介護につかえる体のしくみとはたらき」
なんて、
モロ医療的なことを書いている身としては、
肩身が狭い思いです(苦笑)
ただ、
私がそんなブログを書く理由は
はっきりしているので、
書き記しておこうと思います。
私は学校を卒業してすぐ、
介護職としてはたらき、それ以後も
現在まで高齢者、障害者関係の仕事を
続けているわけですが、
そこで気づいたもののひとつは
「無力であってはいけない」
という気持ちです。
高齢者、障害者、いわゆる社会的弱者と
いわれる人たちの支援者として
「自分が力をつけなければ
支えることはできないのだ」
ということです。
始めの頃は勘違いしていました。
弱者の代弁者として、弱者の立場を
強者に伝えることが自分に与えられた
仕事だと思っていました。
それがすべて、と思っていました。
役所の人たちに、使いにくい制度の
不満をぶちまけたこともあります。
介護施設内でも、半分遊びみたいな
職員さんたちに、説教みたいなことを
していた思い出もあります。
「お年寄りたちを見てみろ、
そんなことじゃダメだろ!」って。
「正義の味方」ぶっていたんですよ(苦笑)
あ、誤解しないでくださいね。
医療重視に批判的な意見ををする人が
「正義の味方ぶっている」
ということではなく、若かりしの私が
青臭い正義感をふりかざして
(今思えば恥ずかしいことをしていた)と
単に回想しているだけですから。
では、どこでその考えが転換したか
ということを続きで書きたいと思います。
(つづく)

