寝たきりの人が

果たせる役割とは?


ガン末期の人が

果たせる役割とは?


徘徊を繰り返す人が

果たせる役割とは?


前回はこんな問で終わったんですが、

本題に入る前に、

たしかに例に挙げた人たちに

役割は見つけにくいものですし、

仮に本当に役割が見つけられなかったら

この人らの存在は忘れ去られてしまうでしょう。

ひどい言い方をあえてすれば

居ても、居なくてもよい存在。




ここで”役割”というものを

もう一度考えてみたいと思うんですが、

私たちは「何かの(誰かの)役に立っている」

というものを”役割”と考えています。


たしかにそういう視点で考えると

例に挙げたケースでは

”役割”を果たすことは難しい。


しかし、”役割”を捉え直すことで

これらの人たちの”役割”も

見つけられる可能性があります。




実は、

こんな”役割”というものがあることを、

とある本が教えてくれました。


~~~~~以下、引用


末期の親をもつ娘の正直な気持ち。世界中の母親たちに向かって言いたい言葉である。「ママが病気になって悲しくないといえば嘘になるけど。でも、ママは生きていてくれるだけでいいのよ」

私を抱きしめ、微笑みで安心させてくれた母。おしめを替えて、清潔に気を配ってくれた人だ。怖いときにしがみついた膝も、ご飯をつくって食べさせてくれたその手も懐かしい。その人が弱くなってしまい、もう何もできなくなってしまうのはとても悲しいことだった。でも、それでも生きていてほしかった。


~~~~~(『逝かない身体~ALS的日常を生きる』より)


”ALSの母親を介護する娘の手記です。

次回、”役割”との関係の解説を試みます。

人と人とをつなぐ”役割”って、

とても大事なことなんですが、

この世の中すべての人に

”役割”を与えることは

はたして可能なんでしょうか。




前回の記事のように

私にはいくつもの役割があり、

ほどほどに、その役割を

こなしているがゆえに

職場や家から認知されて

いるわけですが、

同じことを隣近所の

おじさんがやろうとしても

私の家族からは気持ち悪がられるし、

私の職場からは驚かれるでしょう。


反対にそのおじさんの役割を

私が引き受けることはできません。


ちょっと分かりにくい例えだったので(汗)

もう少し簡単な例にしますと、


包丁も握ったこともない男性に

夕食の調理をお願いする。


事務方一筋で30年やって来た人に

明日から介護の仕事をしてもらう。


人前で上がりまくる人に

講演会の講師をしてもらう。


芥川賞作家、又吉さんに

熱湯風呂に入ってもらう。

昔なら…という感じはするけど

今じゃ無理ですね(笑)




こんなふうに役割ってその人に

「合う」「合わない」があるし、

役割があることによって

心が満たされる、

存在が認められる、

活き活きする、

といったことになることが

大事ですね。


ま、先ほど言った例も

やっていくうちに

そうなっていく可能性は

否定できないですけどね。




さて、はじめの問、

「世の中のすべての人に

”役割”って与えることは

はたして可能でしょうか?」

ですが、それはこういうことです。


寝たきりの人が

果たせる役割とは?


ガン末期の人が

果たせる役割とは?


徘徊を繰り返す人が

果たせる役割とは?


こういう人たちは

まわりの人たちにとって

どんな役割を担うことが

できるのでしょうか。


これが非常に難しい問題。

「社会関係をどう築く?」シリーズから

またまたずいぶん経ってしまいました。

今日の記事が分かりやすくなるように

ちょっとふりかえりますが、


人間関係をつくるものは

”役割”だと書きました。

赤ちゃんを産んだ女性は

その瞬間から”母親”の役割を

担うんだ、というお話でした。




職場では「鬼上司」の私ですが、

家に帰ると「妻の僕(しもべ)」です(笑)

これは役割の使い分けですね。

相手が期待する”役割”を

私は演じているわけです。


私が職場で「部下の僕(しもべ)」だったら、

社長に「お前はクビだ!」と言われます。

部下だってそうですよ。ふだん恐くて

(もっと優しかったらいいのに)と思っても、

いざそうなったら、そうなったで

(どうしちゃったんだろう…)と

心配かけちゃうだけですから。


反対に、家で「鬼夫」になれば、

「離婚よ!」ということで

すぐに妻に三行半(みくだりはん)を

突きつけられてしまうのは明白(笑)


だからそうならないように

家庭ゴミ捨ては私の役割だし、

米研ぎや風呂掃除、

仏さんのお供え、花の水替え、

トイレ掃除、庭の草取り……って、

どんだけ役割こなしてんねん(笑)


とまあ、自分の役割って

いろいろあるんですが、

役割があることで、

(自分は家にいても許してもらえるな)

と思えるし、役割をこなさなければ

自分の家庭での立ち位置は

やばくなるわけです。




だいぶふざけて書いていますが

これってけっこう深刻なことで、

息子が結婚して同居が始まって

孫が生まれて子守りをしていたが、

やがて子離れならぬ孫離れがやってきて

いつのまにか家事も嫁に取って代わられ、

「私、いっぺんに老けてしまったわ」

なんて話、あまり聞きませんかね?




”役割”って、

その人がまわりの人たちに

期待されるもので

”役割”があることで

その人はいきいきと過ごすことができ、

役割から離れることで生活に張りがなくなり

同時に役割が繋げてくれていた

まわりの人との関係を解消させること

になっていきます。




なかには嫌々役割を引き受けることもあるけど

でも、役割はないといけないでしょ。


自分には何ひとつ役割がなく、

誰ともつながれない人生を

どうぞ、想像してみるが良い。




そう思って、今日も私は

ゴミを捨てに行くのです(笑)