「社会関係をどう築く?」シリーズから
またまたずいぶん経ってしまいました。
今日の記事が分かりやすくなるように
ちょっとふりかえりますが、
人間関係をつくるものは
”役割”だと書きました。
赤ちゃんを産んだ女性は
その瞬間から”母親”の役割を
担うんだ、というお話でした。
職場では「鬼上司」の私ですが、
家に帰ると「妻の僕(しもべ)」です(笑)
これは役割の使い分けですね。
相手が期待する”役割”を
私は演じているわけです。
私が職場で「部下の僕(しもべ)」だったら、
社長に「お前はクビだ!」と言われます。
部下だってそうですよ。ふだん恐くて
(もっと優しかったらいいのに)と思っても、
いざそうなったら、そうなったで
(どうしちゃったんだろう…)と
心配かけちゃうだけですから。
反対に、家で「鬼夫」になれば、
「離婚よ!」ということで
すぐに妻に三行半(みくだりはん)を
突きつけられてしまうのは明白(笑)
だからそうならないように
家庭ゴミ捨ては私の役割だし、
米研ぎや風呂掃除、
仏さんのお供え、花の水替え、
トイレ掃除、庭の草取り……って、
どんだけ役割こなしてんねん(笑)
とまあ、自分の役割って
いろいろあるんですが、
役割があることで、
(自分は家にいても許してもらえるな)
と思えるし、役割をこなさなければ
自分の家庭での立ち位置は
やばくなるわけです。
だいぶふざけて書いていますが
これってけっこう深刻なことで、
息子が結婚して同居が始まって
孫が生まれて子守りをしていたが、
やがて子離れならぬ孫離れがやってきて
いつのまにか家事も嫁に取って代わられ、
「私、いっぺんに老けてしまったわ」
なんて話、あまり聞きませんかね?
”役割”って、
その人がまわりの人たちに
期待されるもので
”役割”があることで
その人はいきいきと過ごすことができ、
役割から離れることで生活に張りがなくなり
同時に役割が繋げてくれていた
まわりの人との関係を解消させること
になっていきます。
なかには嫌々役割を引き受けることもあるけど
でも、役割はないといけないでしょ。
自分には何ひとつ役割がなく、
誰ともつながれない人生を
どうぞ、想像してみるが良い。
そう思って、今日も私は
ゴミを捨てに行くのです(笑)