メタメタの日
『受験算数 難問の四千年をたどる』 岩波科学ライブラリー 2012年
『かけ算には順序があるのか』 岩波科学ライブリー 2011年
『和算で数に強くなる!』 ちくま新書 2009年

(私は、被乗数に助数詞を付けて名数にすることで、被乗数と乗数は種類の違う数ということをはっきりさせることがありますが、助数詞を付けなくても以下のように議論ができます。)

 

        2+2=2×2を、

  ●●+●●●●×●●

と表すと、多分多くの人が違和感を感じると思う。

 違和感が生じるのは、掛算の二つの2を同じ●●で表すところだと思う。(私は、そう) 【後註1】

 足し算の二つの2と掛け算の内の一つの2は、何を1とした2かと言うと、●を1として数えた2です。しかし、掛け算の残りの2は、●●の集まりを1として数えた2です。前者の掛け算の2は被乗数と呼ばれ、後者の2は乗数と呼ばれる。被乗数と乗数の違いをはっきりさせるために、

  (●●)+(●●)=(●●)×2 

と書けば、違和感は減るでしょう。右辺の(●●)が被乗数で、×2の2が乗数です。(もちろん、

  (●●)+(●●)=2×(●●)と書いても可です)。

 

 加減数と被乗数を( )の中に入れて表すと、●●●+●●●は、(3)+(3)、あるいは掛算で (3)2または2(3)と表せるし、 (x)をy個加え合わすことを、(x)+(x)+…+(x) あるいは(x)yまたはy(x)と表せる。

この表記を使えば、乗法の交換法則(普通はxy=yxと表す)の証明は、次のようになる。

 

   (x)+(x)+…+(x)

  = (x)y

  =((1)+…+(1))y

  =(y)+…+(y)

  = (y)x

 つまり、(x)y= (y)x  【後註2】

交換法則xy=yx は、(x)y= (y)x となり、(x)y=y(x)ではないことになります。

 

 ( )を使う流儀は、被乗数・乗数の別を左右の位置の違いで表すのではなく、( )の有無で表すため、交換法則(x)y= (y)xは、(x)y=x(y)とも表せます。こう表わすと、交換法則が示しているのは、一つの数を被乗数とすることも乗数とすることも出来るということで、別に被乗数・乗数の別が無くなるわけではなく、x 、yのどちらかが被乗数とか乗数になるわけではないので、因数と呼ぶということが分かります。

 

 一方、(x)y=y(x)という式は、(x)をy個加えることを二通りの式に表せることを示しています。この式は、数学では伝統的に交換法則とは呼ばれることはなく、敢えて言えば、同一事態を表わす異なる式ということになるのでしょうが、被乗数×乗数の順で書く流儀が大勢を占めていた時代では、そもそもy(x)という書き方が認められていなかったということになります。

 

  以上の流儀は、被乗数に助数詞を付ける代わりにカッコで括った(括っただけとも言える【後註3】)わけですが、カッコを使う以外に、数字は、ローマ数字とインドアラビア数字で区別し、文字は、大文字と小文字で区別するという流儀も考えられます。

  Ⅳ×2=Ⅷ、3×Ⅴ=ⅩⅤ、Ⅵ÷Ⅲ=2、Ⅵ÷3=Ⅱ

などと、かなりのところまでは計算はできるようだが、煩雑になるのは避けられない。

 

  冒頭で触れたように、被乗数と乗数は、単位1とするものが異なるのに、その違いを意識することなく、小学校以来ずっと計算してきて、それで支障が生じなかったというのは、あらためて考えると不思議な思いに囚われます。

 

 

【後註1】

●●=●●×● と書けば、違和感はもっとはっきりする。

しかし、こういう書き方に違和感を感じない人もいる。R.クーラント、H.ロビンス共著『数学とは何か』(森口繁一監訳)3頁には次のようにあります。しかし、これに違和感を感じなくなることが、数学が分かるようになることではないようです。

 

 

 

【後註2】

交換法則の証明を、被乗数と乗数の区別にカッコを使わないと、次のようになる。

   x+x+…+x

  = xy       

  =(1+…+1)y

  =y+…+y

  =yx

 つまり、xy=yx。

 こう書くと、xのy個の累加で定義した2行目の式(被乗数x×乗数y)から、4行目の式が等式変形で導かれるということ、

   xy=y+…+y

は、(被乗数x×乗数y)の式が、乗数yの被乗数個x分の累加(乗数y×被乗数x)として表されているわけで、(被乗数x×乗数y)=(乗数y×被乗数x)の証明ではないのかという疑問が、やはり生じる。

  xyの代わりにabを使い、被乗数を大文字とローマ数字で、乗数を小文字で表すと、

     A+A+…+A

   = Ab        

   =(Ⅰ+…+Ⅰ)b

   =B+…+B

   =Ba

つまり、Ab = Ba。

2行目と4行目を見れば、

  Ab=B+…+B

だから、(被乗数A×乗数b)=(乗数b×被乗数A)の証明になっているのではないかという疑問は生じません。

 

【後註3】

2×3を、2(3)、または3(2)、とかく方式は、次のような展望も開ける。

2×3×4を、2(3(4))、または、4(3(2))、と書けるし、

1×m×nを、n(m(1))と書くと、m、nを関数や写像と看做せる。

 

 「被乗数×乗数=乗数×被乗数」すなわち【(a)b=b(a)】は、現実世界では成り立たないと困るし、そもそも「被乗数aに乗数bを掛ける」という同じ事を「乗数bを被乗数aに掛ける」と言い替えただけなのに、これが違うのでは、と問われると面食らはざるを得ない。

 しかし、数学では、成り立つかどうかを証明しなければならない命題である。(数学とはそういう学問であるらしい。)しかし、証明出来ないかもしれない。(乗法を定義し、被乗数、乗数を定義し、それらの定義から論理的に左辺から右辺を導くこと、に成功しないかもしれない。)

 

 しかし、証明が出来ないならば、「被乗数×乗数=乗数×被乗数」を数学に追加するという方法がある。(同じ事態の表現が違うだけだから、結果が同じになることは自明なんだから。)つまり、(a)b=b(a)を公理とするわけである。

 

 一方、(a)b=(b)aは証明すべき等式である。「被乗数aに乗数bを掛ける(aをb個加える)」ことと「被乗数bに乗数aを掛ける(bをa個加える)」ことは、異なる事態であり、その結果(積)が等しくなるかどうかは自明とは言えない。しかし、この等式は数学的に証明できて、定理として、昔から交換法則と呼ばれてきた。

 

 すると、公理 (a)b=b(a)が無条件に成り立ち、定理 (a)b=(b)a が証明されて正しいとされた世界では、b(a) =(b)aも成り立つ。(A=B、A=Cならば、B=Cである。)この等式の左辺のaは被乗数、右辺のaは乗数だから、aは被乗数であり且つ乗数である。aを被乗数とか乗数と区別する必要がなくなる。実は既に、(a)b=(b)aが成立したときに、その区別をする必要はなく、故に、昔から、a、bを区別せずに共に因数と呼んできた。

 

 ……数学的にはこういう理路になるのだろうか。つまり、自然数の乗法として、aのb個の和を、(a)bという積で定義するとき、(a)b=(b)a は証明できる交換法則であるが、(a)b=b(a) は証明できない(ような)ので、これを公理として追加すれば(追加した時に初めて)「被乗数×乗数=乗数×被乗数」を安心して使うことが出来る、と。

 

  しかし、そうなると、初めから、2+2+2も3+3も2×3と書いても3×2と書いてもよいことになり、交換法則(a)b=(b)aも証明する必要がなくなるのではないだろうか、という疑問が生じるし、実際に、最近の中国の小学校の教科書には、かけ算を教える最初からアレイ図を見せて、被乗数・乗数という概念を使わず、因数×因数として教えるものがあるが、生徒たちの理解に不具合があって、教師が工夫しているという報告もあった。

https://ameblo.jp/metameta7/entry-11162549314.html

  「単価×個数=個数×単価」は社会の常識であるが、算数では教えない。

 

    教えないどころか、小学校では「個数×単価」の式に×を付けることもある。「交換法則を認めないのか!?」とクレームが上がるところだが、教科書ではちゃんと、小2で掛算を教えるときに交換法則にも気づかせることになっている。

  しかし、この式(一般化すれば「被乗数×乗数=乗数×被乗数」の式)は、交換法則の式とは認められていない。 算数だけでなく、数学でも!

 と言うより、日本では、明治に洋算を学んだときから、交換法則の式は、このような式ではなかった。それが算術(当時の「算数」)での扱いであり、算術が算数となり、用語が変わり(「一つ分の数・いくつ分」が主流となり)、量の考え方が取り入れられるようになっても、算数の中では生き続けてきたと言える。

 

 数学的には、交換法則ab=baは証明する必要がある定理である。

 証明するには、乗法abを定義しなくてはいけない。

 (b+b+…+b)とbをa個累加することをabの定義とすると、aが乗数、bが被乗数であり、baの式は、bが乗数、aが被乗数となる。

  つまり、( )内を被乗数とすれば、交換法則は、a(b)=b(a)であって、a(b)=(b)aではない。これが数学の伝統的な交換法則の理解であった。

  もっとも西洋での最初の理解は「(a)b=(b)a」(被乗数×乗数=被乗数×乗数)であって、これが洋算として日本に移入され、定着して広まった。

  「a(b)= b(a)」(乗数×被乗数=乗数×被乗数)という解釈は、欧米でも20世紀になってから主流になったらしい。

  しかし、どちらにしろ、「a(b)=(b)a」あるいは「(a)b=b(a)」(被乗数×乗数=乗数×被乗数)という解釈は、西洋でも日本でも社会では通用していただろうが、数学の内部でも算数の中でも交換法則として正当化されることはなかったようだ。(交換法則を証明するときに、自然数の場合は、数学的帰納法を使う。無理数では、√2・√3=√3・√2の証明を幾何学的な直観に逃げずに初めて証明したのは、本人の言によればデデキントということになるようだ。)

 

 一方、算数教育では、交換法則は「証明」するものではなく、九九表などから「発見」するものであった(小2の段階で)。発見した交換法則が、個別の数の場合だけではなく、一般的にも成り立つことは、アレイ図などで「説明」される。アレイ図を使う交換法則の説明は、「一つ分の数(被乗数)は、aにしてもbにしてもいいね」だから、(a)b=(b)a である。(あるいは、a(b)= b(a) である。)

 たとえば、10円玉を縦に3個、横に4個ずつ並べたアレイ図による説明を式で書くとすると、30円+30円+30円+30円=30円×4=(10円+10円+10円)×4=40円+40円+40円=40円×3 と等式変形されることになる。つまり、「30円×4=40円×3」であって(あるいは、4×30円==3×40円であって)、どちらにしろ、「30円×4=4×30円」とはならない。(*註1)

 

 かくして、社会の常識の「単価×個数=個数×単価」(一般化すれば「被乗数×乗数=乗数×被乗数」)は、乗法の定義から始めて、算数・数学の交換法則として導けるものではないようだ。(*註2)

つまり、この等式が成り立つことは別に確認する(定義する)必要があるらしい。だったら、社会では昔から通用しているのだから、算数・数学としてもちゃんと正当化して、小学校でもきちんと教えてほしいと思う。

 

 

(*註1)10円玉を1円玉に替えても同じことである。3円+3円+3円+3円=3円×4=(1円+1円+1円)×4=4円+4円+4円=4円×3  しかし、被乗数を無名数にすると、3+3+3+3=3×4=(1+1+1)×4=4+4+4=4×3  となり、途中式を取り出すと、3×4=4+4+4 となっている。これは、3×4の式が「乗数×被乗数」を表わしていることになり、「被乗数×乗数」で定義した式が「乗数×被乗数」の意味にもなることを表わしているのではなかろうか。

(このこと自体は、https://ameblo.jp/metameta7/entry-12570650602.html をめぐって、攻守所を変えて、twitterで、台風@taifu21さん午前0:07 · 2020年3月1日から指摘を受けたことがあり、その時は、私は否定する立場だった。)

 

(*註2)上記(註1)のアイデアを基に、数年前に、「被乗数×乗数=乗数×被乗数」は証明できるのではないかと試みたことがある(「「社会の常識」は数学的に証明できるのか」)が、コメントを求めた紙つぶてさんからは、「数学的に証明出来る筈がないではないか」と一笑に付された。https://ameblo.jp/metameta7/entry-12297154871.html

 今回のこの論考も、紙つぶてさんの指摘から考え続けていることの成果であるが、数学的におかしな記述があったら、私の責任であり、結論部分(小学校でもきちんと教えてほしい)には、紙つぶてさんは、必ずしも賛成ではないかもしれない。

https://ameblo.jp/metameta7/entry-12297786523.html

 加法(たし算)を定義する前に乗法(かけ算)を先に定義する数学があることは以前に聞いたことがあり、そういう数学なら、乗法の定義に被乗数・乗数の概念は必須ではないだろうと思っていた。

 しかし私達がよく知っているように、乗法とは、同じ数(m)が複数(n)あって全体の数を求めるときに、m+m+・・・+mと、mをn個足した結果を記した「九九表」を利用して、m(被乗数)のn(乗数)倍を求める同数累加の簡約法だから、被乗数・乗数の概念は乗法に必須だろうと思っていた(註1)。

※(註1) 4+4+4+4=4×4 という、左辺たし算、右辺かけ算の式では、4という数が6つ出てくるが、すべて同じ4というわけではない。単位を付けてみると分かるが、たとえば、4m+4m+4m+4m=4m×4 だから、元の式の4つの4と右辺の1つの4は、4mという量を抽象した4であり、右辺の残り1つの4は倍数(比)を表わす4と分かる。つまり、このかけ算では、4mが被乗数で、4が乗数である。

 

 被乗数・乗数の概念は、歴史上、乗法の誕生において必須だったし、乗法を教えるときに(特に導入段階で)必須であり、数学という学問においては乗法を定義する上で必須だろうと思っていた(註2)。交換法則導入後は、被乗数・乗数は、共に「因数」と呼ぶが、それは、被乗数・乗数という概念が無用になったのではないことは、https://ameblo.jp/metameta7/entry-12570650602.htmlに書いた。

※(註2) たとえばペアノは、1889年の論文「算術原理」では、乗法を以下のように再帰的に定義している。「×」の左のaが被乗数、右のb、(b+1)が乗数となる

 1891年の論文「数の概念について」(共立出版『現代数学の系譜2』小野勝次・梅沢敏郎訳・解説)では、以下のように、同数累加で定義している。4行目位以下は訳者の解説。aが同数(被乗数)、bが累加数(乗数)となる。

  

   というわけで、「かけ算に被乗数・乗数という概念は必須だろう」という発言を「twitter#掛算」でしたところ(註3)、必須ではないという意見が噴出して、アレアレと思っていたら、被乗数・乗数が必須でないことを示すには、被乗数・乗数を使わない定義を一つでも示せばよい、たとえば乗法をアレイ図で定義し、そのドット数をひとつひとつ数えることにすれよいという意見が出てきた。

※(註3) 発言の切っ掛けは、twitterで「「かける数」「かけられる数」という概念自体がナンセンス。ちゃんと理解している人は、「かける数」「かけられる数」を理解しない。」という発言を目にしたことだった。

 

 7行8列のアレイ図を描いて、7と8のペアを数値56と結びつけるのに、56を、

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

   ●●●●●●●●

7+7+7+・・・+7(被乗数が7、乗数が8)あるいは8+8+8+・・・+8(被乗数が8、乗数が7)と同数累加で求めるのではなく、一つ一つ数えるというなら、確かに被乗数・乗数の概念を使わずに乗法を定義できるかと思ったが、「数える」際には、記数はインド・アラビア数字の10進法位取り記数を使うのだろうし、命数は日本では漢数詞(十進法)で口誦するのだろう。

 すると、1(一)、2(二)、……と数えて、9(九)、10(十)までは、確かに「一つ一つ」数えているが、11(十一)、12(十二)となると、足し算の概念を使っているし、19(十九)の次は、110(十十)ではなく、20(二十)、つまり2×10(二つの十)(乗数が二、被乗数が十)と掛け算の概念を使っているし、56(五十六)は「五つの十と六」と、掛け算の概念と足し算の概念を併用している。

 つまり、数えるときに使っている数の表現には被乗数・乗数の概念が使われているのだから、「7と8」から「56」を導出するときに「一つ一つ数えるのだから被乗数・乗数の概念を使わなくても乗法を定義できる」というのは無理だし、掛け算(同数累加)の概念を使っている数を使うのに掛算(同数累加)を使わないで一つ一つ数えるというのも「不自然」な話である。

 それとも、m行n列のアレイ図の積をmnと定義し、mやnに数値を代入しない。数を抽象(捨象)した文字を記号として使うのであって、0や1を使っていたとしても、それらを単なる記号として使う体系なのだ、ということだろうか。

 

以下、最近、twitterの発言の再録。

 

#掛算 戦前の算術(小学校、中学校で教えられ、実社会でも日用算術としてある程度通用していた)の掛算の流儀は,現在の日用算数とかなり違い、次のようなものだった。

 

① かけ算の式は、被乗数×乗数の順序だった。「Aをn個加え合すことを、Aにnを掛けるという。Aを被乗数、nを乗数、加え合せて得た和を積という。積を式にて表すには A×n と書く」高木貞治『師範教育数学教科書(算術及び代数)』明治43、https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/13

 

② 被乗数は名数(単位・助数詞の付いた数)でも不名数でもよいが、乗数は必ず不名数。「乗数は必ず不名数なり」高木貞治『新式算術教科書』明治44、 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1087461/16

 

③ かけ算の交換法則を適用するときは、被乗数が名数だったらその単位を取って不名数としてから交換し、その答に単位を付けて名数とする。「被乗数が名数なるときは、その単位の名を去りて後、この法則を適用すべきこと勿論なり」高木貞治『広算術教科書・上巻』明治42、https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826655/33

 

 しかし、現在の実用算数では、(1)乗数×被乗数の式も書く。というか、被乗数、乗数の区別を意識することはほぼ無い。人数の何倍か、単価の何倍かなどと「倍」を意識するときは、乗数を意識していることになるが。(2)名数・不名数が死語となったから、その区別を意識しない。(3)2m×3m=6㎡という単位を付けたままの計算もする。(4)60㎞/時×2時間=2時間×60㎞/時という交換法則を当然と思っている。等々。

 

 ところが、実社会で通用していることが算数では×にされるのを知るとびっくりする。しかし、算数の淵源は算術にあり、小学校というガラパゴス島で生き残ってしまったものなのだ(さらに進化したものもある)。明治の算術は、和算の伝統を断ち切って、当時の西洋のArithmeticに倣ったものであり、その算術を確立したのは、洋書で学んだり西洋に留学した数学者達であり、高木貞治というビッグネームも含まれるのだが、何故か高木貞治だけは例外扱いしたい心情は何なのだろう(分かるけど)。

 

 

#掛算 名数を使おうが使うまいが、高木であろうが誰であろうが、明治時代に西洋から学んだ洋算の掛け算の流儀は、「①被乗数×乗数②乗数は不名数③交換法則は不名数に適用」であり、これを国民皆教育の「算術」で注入した。和算(珠算)の流儀とも、「五を三倍する」という日本語の慣習とも整合する面があって受け入れられたのだろう。珠算では算盤の右に置いた数「実」に、左に置いた数「法」を掛ける。どちらの数を左右に置くかは有効桁数の少ない方を左に置けばよかった(Limg凌宮「掛け算の言い方/塵劫記」一覧表の「桁数」の欄を参照。)http://limg.sakura.ne.jp/LimgMath/index.php?%B3%DD%A4%B1%BB%BB%A4%CE%B8%C0%A4%A4%CA%FD%2F%BF%D0%B9%E5%B5%AD)から、

 

 洋算では不名数(抽象数)に交換法則を適用するように、和算ではソロバン珠(半具象)に交換法則を適用していた。当時は九九も半九九で交換法則は自明のことだった。かくして、算術の流儀は戦前日本でパラダイム化していったのだが、面積の式などに窮屈なところがあったし、また本家の欧米では「乗数×被乗数」が主流化していき、名数・不名数の区別も廃れて、今の日本では、教科書の「掛順こだわり」に残っているぐらいとなった。日本の「掛順」への最初のクレームは、海外で別の順番を教わった帰国子女の親たちから1965年に上げられることになる。(佐藤俊太郎『算数・数学教育つれづれ草』2010年、46頁)

 

 戦前、この掛算流儀を算術の内から突破しようとしたことは無かったのだろうかとちょっと探したことがあって、林鶴一の明治32年(1899年)の『算術教科書・上』45頁に「積=被乗数×乗数=乗数×被乗数」https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826833/27 を見つけて、紙つぶてさんから興味深いコメントをいただいたことがあった。戦前の算術教科書の中で稀有(唯一?)の林鶴一のこの記述(被乗数×乗数=乗数×被乗数)をどう評価すべきか保留だったのですが、4年ぶりに見直し、算術の掛算パラダイムを内から突破しようというものではなく、掛算パラダイムの変則的な説明だという紙つぶてさんの理解が妥当ではないかと思い至りました。

 

 

♯掛算 被乗数・乗数の概念が大事だということは、足し算と比べれば分かる。5と2の和を、(●●●●●)(●●)と見れば、5が1とするのは●、2がと1とするのも●で、同じということがわかる。というか、同じと見ることで足し算ができるわけである。5と2の積を(●●●●●)(●●●●●)と見れば、5が1とするのは●、2が1とするのは(  )で、異なる。5と2の積を(●●)(●●)(●●)(●●)(●●)と見れば、5が1とするのは(  )、2が1とするのは●で、やはり異なる。このような被乗数・乗数の違いは昔から指摘されてきた。かけ算の式で×の左右の数が被乗数とも乗数とも解釈できるので、それらを共に因数と呼ぶということは、被乗数・乗数の概念が不要になったということではない。

 

#掛算 交換法則を、例えば2行5列のアレイ図で5×2=2×5を説明するときには、横に(●●●●●)(●●●●●)とも、縦に(●●)(●●)(●●)(●●)(●●)とも見れるとしますね。前者は被乗数5、乗数2、後者は被乗数2、乗数5。だから5×2=2×5の式は、被乗数先書なら、被乗数5×乗数2=被乗数2×乗数5という理解になる。もしも、乗数5×被乗数2=被乗数2×乗数5と理解すると、(●●)(●●)(●●)(●●)(●●)=(●●)(●●)(●●)(●●)(●●)ということになり、アレイ図を使う必要がない。

 

 

#掛算 小学2年生が掛算九九を習う時、決して出来上がった九九表を丸暗記するのではなく、九九を自分で構成していくように学習します。

 

(添付は東京書籍『新しい算数2下』平成23年)

8の段で言えば、8×2は8+8だから16、8×3とかける数が1増えると、答はかけられる数だけ増えるから24と。九九の学習は九九の歴史的成立過程を追体験してゆく面もあるわけです。そして各段九九の暗唱を終えた最後のまとめとして九九表全体を見ながら規則性をいろいろ見つけます。3の段の答と4の段の答を足すと7の段の答になるとか、かけられる数とかける数を取り換えても答えは変らない(交換法則)とか、3と7と9の段の答の一の位には1から9までの数字が全部出てくるとか。そうやって、九九暗唱も九九表も自家薬籠中のものとなると、被乗数・乗数の概念も「忘れて」しまうということはあるのでしょう。

 

 

#掛算 明治の日本が洋算を学んだ時、西洋では「被乗数×乗数の順」が主流だったから、そう教わった。最初期の文献に属する塚本明毅『筆算訓蒙』(明治2年)には、「乗者(というものは)原数あり、これに某数を掛て、其総数を求むる事にして、其原数を実と称し、掛くる所の数を法といふ、(略)其実数は必名数にして、法は姑く(しばらく)これを不名数と見て可なり、(略)凡(およそ)乗者、実数を上に置き、法数をその下に置き、」とある。後年、「実数」は被乗数、「法数」は乗数と訳語が定まった。(明治14年、東京数学会社 訳語会)。上・下に置くとは縦書きだからで、横書きなら左が被乗数、右が乗数となる

  次に添付したのは『小学算術書』(小山健三、明治15年)。これを、2×3と書いたら、左の2が被乗数、右の3が乗数と理解するのは「誤読」なんですかね。

 

  続いて、藤沢利喜太郎『算術教科書 上』(明治29年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826836/22

には、第一の数に第二の数を掛けるというときに、第一の数を被乗数、第二の数を乗数と称すとあるし、藤沢の『算術小教科書』と採択率のトップを競った寺尾寿・吉田好九郎『中学校数学教科書 算術の部』上(明治36年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1083213/29 には、5が被乗数、4が乗数のとき、5×4と書くとあるが、これを「被乗数×乗数と書く」と理解すると誤読なんですかね。

 

 そして高木貞治の『師範教育 数学教科書 算術及代数』(明治43年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/13 には、Aが被乗数、nが乗数のとき、「積を式にて表すには A×n と書く」とあるが、これも「被乗数×乗数と書く」と理解すると誤読なんですかね。

 このように文献では「被乗数×乗数」とするものしか見当たらないが、「乗数×被乗数とは書いてはいけないと明記してある文献があるのか」と問われることがある(今回もそう)。

 何度も引用したが、高木貞治が、交換法則を適用するときは名数の単位を外せttps://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826655/33と言っているのは、単位を外さないと「不名数×名数」となり、それでは乗数が名数になってしまい、「乗数は必ず不名数なり」という算術の常識から駄目だということ。つまり「×」の右は乗数であって、「被乗数×乗数」の順であることが自明の前提だったということがわかるのではないですか。

 

 次の論点の「乗数×被乗数」という記法の是非については、本家の欧米でこれが主流になっているように、戦前の算術では許されなかったこの記法を、今では禁止する理由はない。しかし、交換法則を、「被乗数×乗数=乗数×被乗数」と理解すると、2個×4倍=4倍×2個となり、両辺は、同じ事の同じ解釈の異なる記法ということになる。しかし、従来、交換法則は、アレイ図やトランプ配りを利用して、2個×4倍=4個×2倍と、同じ事の異なる解釈として説明されてきた。これは「被乗数×乗数=被乗数×乗数」という理解だから、「被乗数×乗数=乗数×被乗数」は伝統的な理解とは異なることになる。だから、学校教育でも、アレイ図による交換法則の説明だけでなく、記法の交換も交換法則として(そして当然「乗数×被乗数」という記法も)ちゃんと教えるべきだというのが私の持論です。

 

「私は前科者で失業者でインポテンツです」

パソコン通信で知り合った男は言った。

 

――相方の森恵子が本を出しました。

 

『いつか愛した』 (めでぃあ森、2月12日刊)

恋愛、青春、R18、ホラー、時代小説、……

多彩な展開、達意の文章

――短編小説の醍醐味を堪能あれ!

 

私もモデルにされています。よろしかったらご笑覧を。

 

(右写真は、ブックファースト新宿店)

 

  2+2と2×2が同じ4になることに違和感がある友人がいるという書込みがtwitterにあった。

 「同じ数」に「違う計算」をしているのに「同じ答」になることが釈然としないということだろうか。 

   https://twitter.com/earlayFCA404/status/1173063814532624384

 

 「違う数」に「同じ計算」をして「同じ答」になることはある。

     1-1=0

     2-2=0

      3-3=0

      ……

     1÷1=1

     2÷2=1

      3÷3=1

      ……

 「違う数」に「違う計算」をして「同じ答」になることもある。

       8+8=4×4

    18+18=6×6

       32+32=8×8

             ……

 「同じ数」に「違う計算」をして「同じ答」になる他の例を探すと、

                  2+2=2×2

               3+3+3=3×3

            4+4+4+4=4×4

      A+A+A+A+A=A×A     ではなく、5A

 5は、(任意の)Aを1として、(Aを)1,2,3,4,5と数えた5を表す。

 

では、2+2と2×2は、どこが違うのか? どこも違わないのだろうか。

        2+2=2×2

        3+3=3×2

        4+4=4×2

        5+5=5×2

       A+A=A×2

           ……

   と並べてみると、2+2=2×2の4つの2の違いが見えてくる。最後の2だけが、他の3つの2と違うのだ。

   最後の2が1としているのは、足し算の2で、その2が2つあるということなのだ。3×2の2が1としているのが、足し算の3で、その3が2つあるということのように。

 

   *

 

  かけ算(被乗数×乗数、乗数×被乗数)の乗数は曲者なのだ。

         3+4=7    3×4=12 

  同じ3と4から生じる7と12の違いは何に由来するのだろうか。

 「3+4」では、3が1とするものと、4が1とするものは同じである(同じでなければ「足す」ことができない)し、足した結果の7が1とするものも、当然同じである。

 かけ算はどうか。3×4は「3の4倍」と解釈できるが(3が被乗数、4が乗数)、3×4を「3倍の4」(4の3倍)と解釈することもできる(3が乗数、4が被乗数)。

 どちらも積は12だから、

       3(被乗数)×4(乗数)=3(乗数)×4(被乗数)

 

 この式の両辺を「被乗数×乗数」の順序に整えると、

       3(被乗数)×4(乗数)=4(被乗数)×3(乗数)

 これが数学的に正しい伝統的な「交換法則の式」の理解だった。

 

 つまり   3個×4=4個×3   が交換法則の式で、

        3個×4=4×3個   

    被乗数×乗数=乗数×被乗数   は、正統な交換法則の式とは認められていなかった。

 

  しかし、実用数学(日常算数や受験算数)ではそんなことは知っちゃいないし、現在の欧米では、むしろ「乗数×被乗数」の順序が主流となっているようだし、被乗数・乗数の区別をせずに、因数として、

       3(因数)×4(因数)=4(因数)×3(因数)

と理解することもある。 乗法の交換法則の理解としては、これが正解らしい。

 しかし、この式の意味を理解するには、被乗数・乗数の概念は必要となる。

 (直前アーテイクルで既述)

   

 3×4を「3の4倍」と解釈する場合、被乗数「3」の1倍は3、つまり、3を1つ分(1あたり量)として、その4つ分(4倍)は12と理解する。つまり、乗数の「4」は3を1と数えていることになる。被乗数の「3」が1とするものと、乗数の「4」が1とするものは違うことになる。

 「3+4=7」の加法の3つの項(3、4、7)の数は、1とするものが同じである。

 しかし、「3×4=12」の乗法では、×の左右の2つの因数(3、4)が1とするものは異なる。異なるから、被乗数、乗数と言う異なる性質の数となり、積の12が1とするものは、被乗数が1とするものと同じになる。

  つまり、かけ算の答の単位は、×の前の数の単位と同じになるわけで、最近の算数教育では、これを「サンドイッチ方式」と呼んで、一部から失笑を買っているが、戦前の算術では、「積の名数は被乗数の名数と同じになる」ことは常識であって、高木貞治も書いていることである。

 

 (『新式算術教科書』1911年21頁  https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1087461/16  )

 

        *  

 

  2㎝×3㎝=6㎠ のように、2つの因数が1とするものが同じで、積が1とするものが異なる場合も、4㎞/時×3時間=12㎞ のように3つとも1とするものが異なる場合もある。

  しかし、かけ算の3つの項(被乗数、乗数、積)がそれぞれ1とするものが同じになることはないのだろうか。

  アレイ図はどうか。

 

      ● ● ● ●

      ● ● ● ●

      ● ● ● ●

 

 縦一列に3個ずつ、横一行に4個ずつ、全体で12個おはじきが並んだアレイ図で、かけ算の式は、

       3×4=12

 3が1とするものも、4が1とするものも、12が1とするものも、おはじき1個という同じもののように見える。しかし、問題が二つある。

  縦3個、横4個を数えるとき、どの列、行を数えても、必ず1個はだぶって数える。だぶって数えていいのか、という疑問が生じる子供はいる。(私は、そういう子供だった。)

  二つ目は、単位(助数詞)を付けて式をかくと、3個×4個=12個々。積の12は個々数というわけのわからないものになる。

正しい単位(助数詞)の付け方は、

      3個/列×4列=12個

      3行×4個/行=12個

なのだ。3が一列のおはじきの個数なら、4は列数にしなくてはならず、4が一行のおはじきの個数なら、3は行数にしなくてはいけないのだ。だから、おはじきをだぶってかぞえることにはならない。だぶってかぞえてはいけないのだ。

 最近の教科書は、行ごと、列ごとにおはじきを囲って、そういうことをちゃんと教えている。

 (東京書籍『新しい算数2下』平成23年発行、20頁)

 

  このように、どちらかの数は、列数か行数でなくてはいけないということは、並んでいるのがおはじきではなく10円玉にするとよくわかる。縦に10円玉3枚30円、横に4枚40円並んでいるとする。全部でいくらか。30円×40円=1200円、ではない。(単位の「円々」は不問)30円/列×4列=120円、または、3行×40円/行=120円などと計算しなくてはいけないのだ。

  アレイ図の見た目は、被乗数、乗数、積の3つの数が同じ1を数えたもののように見えるが、実はそうではなかった。

 

      *

 

  被乗数、乗数、積の3つの数が1としているものが同じ1ということはありえないのだろうか。

  デカルトの『方法序説』を序論とした本論の一つ『幾何学』の冒頭に、乗法の積を作図で求めている図がある。  (原亨吉訳『幾何学』ちくま学芸文庫8頁)

 AB=1とし、BD=m、BC=nを実寸でとれば、BE=m×nも実寸で求められる。このとき、m、n、m×nが1としているものは同じである。

 しかし、AB=1、BD=mを実寸でとり、BCを任意の値Pとすると、BEは、Pのm倍、P×mとして表される。Pが被乗数で、mが乗数で、mは、P×mのPを1としたときの値となる。つまり、乗数mは被乗数P「を」1としているから、P「が」1としているものとは異なることになる(P=1でなければ)。

          *

 

 つまり、かけ算の式で、乗数は被乗数「を」1とした数だから、被乗数「が」1とするものとは異なる(被乗数が1でなければ)。例えば、被乗数×乗数の順とすると、3.2×2.4=Xの式で、乗数2.4は被乗数3.2を1としたときの倍数(比の値)を示しているから(X:3.2=2.4:1)、被乗数3.2が1とするものとは異なる。

 2×2の式でも、乗数の2が1としているのは被乗数の2だから、被乗数の2が1としているものとは異なる。同じ2でもそれぞれの2が1とするものが違うことになる。

 このことは、ヘーゲルが『論理学』で夙に指摘していたことで、私もヘーゲルを読んで気づかされたことだった。

 

 ヘーゲルは、「数の概念の規定は集合数と単位であり、数そのものは両者の統一である」(岩波文庫『小論理学』松村一人訳309頁』)と言い、さらに「(乗法では)掛け合わす二数のいずれを単位とし、いずれを集合数とするかは、どうでもよいことである。例えば三の四倍(引用者註:原文はviermal drei 四倍の三)といっても(この場合には四が集合数で、三は単位である)、また逆に四の三倍(引用者註: dreimal vier 三倍の四)といっても、どちらでもよいのである。」『大論理学上巻の二』武市健人訳39-40頁。

 「単位」が「1あたり量」「被乗数」であり、「集合数」が「いくら分」「乗数」ということになる。

 この後ヘーゲルは、集合数と単位の二つの規定から、算法は、加減と乗除と乗冪の3種類しかないと叙述を進めるのだけれど、よくわからない。加法、乗法、ベキと帰納的な定義で構成してきた方式を延長できるのでは、と思ったし、『現代数学小事典』(講談社ブルーバックス、1977年)の94頁に同じようなことが書いてあったのを見つけたときは嬉しかった。

 

  2+2=2×2に対する違和感の考察から、ずいぶん遠くに来たもんだ。

 乗法の交換法則を導入した後は、被乗数・乗数の用語は因数という用語にとって代わられます。このとき、被乗数・乗数の概念も無用になるのでしょうか。(註:「被乗数」の語で、「かけられる数」「1つ分の数」「1あたり量」などを代表させ、「乗数」の語で「かける数」「いくつ分」「いくら分」「倍数」などを代表させます。)

 

 交換法則は、小学2年の教科書で、「かけられる数と、かける数を入れかえて計算しても、答えは同じになります。7×8=8×7」などと説明されます。(平成23年発行、東京書籍2下39頁)

 

 高木貞治『数学教科書:師範教育.算術及代数』1911年23頁では、「二つの整数の乗法にて被乗数と乗数とを交換しても積は変らず掛け算の意味を離れて、唯其結果のみを考ふるときには、被乗数と乗数とを区別する必要なきなり。是故に被乗数及び乗数を共に因数といふ。」とあります。(原文カタカナ) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/16

 

 

 

 ここで「掛け算の意味」とありますが、高木は、乗法の節の見出しを「倍すること」として、次のように始めています。

 

「12.倍すること。

或数Aをn倍すること、即ちAをn個加へ合することを、Aにnを掛ける(乗ず)といふ。加へ合せらるる数Aを被乗数、加へ合する個数nを乗数、加へ合せて得たる和A+A+………+Aを積といひ、此積を式にて表すには

      A×n

と書く。    」   https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/13

 

 つまり、高木は、「掛け算の意味」とは、「倍すること」即ち「同数累加」であり、この同数を「被乗数」、累加される個数を「乗数」と言っているのですが、別に高木に拠らずしても、「被乗数と乗数」は掛け算の本質に関わることでしょう。

 

 上の文章の直前には、

「第12節の公式(2)を被乗数が1なる場合に適用するときは

    (1×m)×n=(1×n)×m

即ち     m×n=n×m

を得。    」   https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/16

とあり、公式(2)では、項が3つある場合について、次のように言っています。

「 Aなる数m個の和のn倍はAのn倍をm個加へ合せたる和に等し。

    (A+A+……+A)×n=A×n+A×n+……+A×n

  即ち

       A×m×n=A×n×m   」   https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/14

 

 そして、この公式のAを1として、

        m×n­=(1+1+……+1)×n=n+n+……+n=n×m

 つまり、  

      m×n­=n×m

を導いているわけですが、

      m×n­=m+m+……+m ですから、mが被乗数、nが乗数

      n×m=n+n+……+n ですから、nが被乗数、mが乗数

です。

 左辺の乗数を被乗数、左辺の被乗数を乗数として、右辺の式を書いていいということであり、被乗数×乗数の順を守っています。

 

  交換法則の説明によく使われるトランプ配りを、高木は本書の例題にも出題しています。「例題1.果実をa個づつb人の児童に与ふるには、b人に一個づつa度与ふればよし。この実例によりてa×b=b×aなることを説明せよ。」  https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/18

  a×b=b×aも、被乗数a×乗数b=被乗数b×乗数a の順序で書かれていることが確認できます。

(もしかするとトランプ配りを日本で初めて利用したのは高木貞治かもしれません。確認できた高木の初出は、『新式算術教科書』(1904年初版の28頁。 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1087461/20 )

 

 さて、「m×n=n×m」の式は、「被乗数と乗数とを交換しても積は変らず」の交換法則を示している等式なのですが、私もそうだったのですが、少なからぬ人が、この式を、そして小学校で教わった交換法則を、かけられる数とかける数を入れかえてもいいんだ、被乗数m×乗数n=乗数n×被乗数mなんだ、と理解したし、しています。しかしこれは、数学的には誤解です。なぜなら、mは被乗数、nは乗数に固定されているからです。

 

 数学的に正しいオーソドックスな理解は、既述してきたように、

     被乗数m×乗数n=被乗数n×乗数m

です。式の順序が「被乗数×乗数」の順序を守っているからこそ、mもnも被乗数にも乗数にもなるのであり、したがって、m、nについて、被乗数、乗数の区別をする意味がなくなったので、共に因数と言う、ということになります。だったら、 

   因数m×因数n=因数n×因数m

と言えよ、と言いたくなりますが、因数×因数では意味があいまいです。

 因数4×因数3=因数3×因数4の積を10や14ではなく、12とする理由は何か、積の12は、因数の3や4とどういう関係があるのか、と問われたら、3+3+3+3と3を4個加えるか、4+4+4と4を3個加えると答えるでしょう。要は、どちらかの因数を残りの因数個分だけ加えるのですが、3+3+3+3なら、3が被乗数で、3を1として数えた4が乗数、4+4+4なら、4が被乗数で、4を1として数えた3が乗数です。

 

 被乗数・乗数という言葉をやめて因数に替えたのは、決して被乗数・乗数という概念が無用になったのではなく、どちらを被乗数・乗数にするのも可能だから、という理解が正解でしょう。そして、実用数学では、乗数×被乗数という理解も広まったことも、被乗数・乗数という概念が無用になったということではないでしょう。

 

 4万年前から1万年前の氷河時代にヨーロッパの洞窟に描(掻・書)かれた幾何学的記号は、整理すると32個になるという。一つひとつの洞窟に全ての記号が描かれていたわけではないが、3万年間を通じて32個のサインを書き続けていた事実が収集の結果判明したという。

   ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー著『最古の文字なのか』(2016、文藝春秋)

   彼女のプレゼンは、https://www.ted.com/talks/genevieve_von_petzinger_why_are_these_32_symbols_found_in_ancient_caves_all_over_europe?language=ja

 

 しかし、最近それより古い洞窟壁画が見つかったという。

https://www.asahi.com/articles/ASL2P5K87L2PULBJ00Y.html

 

 6万年も前、ホモ・サピエンス・サピエンス(現生人類)がヨーロッパに進出するより2万年も前にネアンデルタール人が描いたものらしい。

 こういう壁画を描いていたのなら、ネアンデルタール人は物を数えていたのではないか?

 直前の発言で,かけ算の式を「被乗数×乗数」の順序で定義しても,「乗数×被乗数」の順序は証明できるのではないかと証明を試みたが,コメント欄で,紙つぶてさんから「被乗数×乗数=乗数×被乗数ナド(左辺から出発して)数学的に証明出来る筈がないではないか」と一笑された。また,「何が証明されたのかわからない」というコメントもあった。

 

 それらも踏まえて考え直した結果,私としては,次のようなところに落ち着いた。

 

 前発言でも紹介したが,ペアノの公理に基づく数体系での積の交換法則の証明は次の通りです。(遠山啓『代数的構造』(新版1996年,日本評論社)109頁以下)

========(引用開始)==================

和 Nの任意の2要素x,yに対して,

(1)  x⁺をx+1と定義する。

(2)  (x+y)⁺ をx+y⁺ と定める。  

【x⁺ は,xの後続者。中略。】

積 x・y(xyとも書く)をつぎのように定義する。

 x・1=x,

x・y⁺=xy+x. 

【中略。分配法則(x+y)z=xz+yzの証明】

交換法則:xy=yx.

まず y=1 に対してx・1=1・x を証明しよう。

x=1のときは 1・1=1・1 で正しい。

xに対して正しいとすれば,x+ については,

1・x⁺=1・x+1=x・1+1=x+1=x⁺=x⁺・1 

したがって,すべてのxに対して1・x=x・1が成立する。

 yに対してx・y=y・xが成り立つと仮定しよう。

 y⁺x=(y+1)x    (分配法則によって)

=y・x+x=x・y+x=xy⁺

したがって,すべてのyに対して成り立つ。 

========(引用終り)==================

 

 ペアの公理系の構成は,和から積に進んでいて,積の定義は同数累加です。つまり,同数累加の同数xを積の被乗数xとし,累加数yを積の乗数yとし,積の式は「被乗数x・乗数y」の順で書き,xyは「xのy倍」の意味になります。

 交換法則は,

     被乗数x・乗数y=被乗数y・乗数x

となります。(上の引用で遠山は,同数,累加数,被乗数,乗数などの用語を使っていませんが)

 以上の理解は,西洋から数学を学んだ日本で,明治の算術から戦後の算数まで,かけ算を同数累加の簡便形として導入してきたものと同じです。(1950年代後半から,数教協が「量の理論」で算数教育を革新しようとして一部成功した内容には触れない。)

つまり,

  7+7+7+7+7=7×5 の式では,左辺の同数累加の同数7が右辺の被乗数7であり,左辺の累加数5が右辺の乗数5であり,積は「被乗数×乗数」の順で書く。

 

 私の前記事の証明は,7+7+7+7+7の式を,かけ算の式の定義より,被乗数7×乗数5と書いても,7×5の式が,5+5+5+5+5+5+5の式と等しいことが証明されたら,つまり,

      7×5=5+5+5+5+5+5+5 

が成立したら,5が同数(被乗数),7が累加数(乗数)となる。

だから,

    5+5+5+5+5+5+5=5×7

    7×5=5+5+5+5+5+5+5  より,

        5×7=7×5   

  被乗数×乗数=乗数×被乗数

が証明されたのではないか,という論理構成だったのだが,定義より,

    5+5+5+5+5+5+5=5×7  

だから,けっきょく,

   7+7+7+7+7=7×5=5+5+5+5+5+5+5=5×7

が証明されたのであり,これこそが,交換法則(被乗数7×乗数5=被乗数5×乗数7)だと批判されたのでした。

 

 実際,遠山の引用の後半4行に具体的な数値を入れてみると,

=====(はじめ)========================

6×5=5×6が成り立つと仮定しよう。

 7×5=(6+1)×5    

=6×5+5=5×6+5=5×(6+1)=5×7

したがって,7に対して成り立つ。 

=====(おわり)========================

途中で,

   7×5=(中略)=5×6+5   ‥‥(イ) 

5×6は,定義より,5の6倍だから,

   7×5=5+5+5+5+5+5+5  ‥‥(ロ)

が成立している。

 (ロ)の式を見れば,5は,右辺の同数累加の同数だから,左辺の積の被乗数であり,7は右辺の累加数だから,左辺の積の乗数になっている。ここで話を止めれば,7×5は「乗数×被乗数」となるところだが,そもそも,乗数,被乗数という用語を用いていない。

 

 また,前発言で思い出したかつてのSparrowhawk氏の発言によれば,

 3×4の式は, 

     3×4=3×(1+1+1+1)=3+3+3+3 と書けば,被乗数×乗数だし,

        3×4=(1+1+1)×4=4+4+4 と書けば,乗数×被乗数である。

 

 かけ算の式を「被乗数(同数)×乗数(累加数)」で定義しても,

    3+3+3+3=3×4=(1+1+1)×4=4+4+4

と式変形すれば,「乗数(累加数)×被乗数(同数)」の式になるのではないか。

 ×の前が被乗数,後が乗数と定義することにどれほどの意味があるのだろうかという話になる。

 ということは,7×5=5×7 を,

     被乗数7×乗数5=乗数5×被乗数7

と捉えて,それを交換法則の適用とするのがおかしいというなら,

     被乗数7×乗数5=被乗数5×乗数7

を,交換法則の適用と捉えるのもおかしいのではないか。

 

 戦前の算術の教科書は(高木貞治の教科書も含めて),交換法則は,

     因数7×因数5=因数5×因数7

と捉えていた。

 つまり,交換法則では,被乗数,乗数という区別をせず,共に因数と名付けている。

元の式の被乗数が名数であるときは,名数の単位(助数詞)を取り除いて,不名数としてから交換法則を適用していた。

 1時間に12里走る汽車の4時間で進む距離12里×4の式に交換方式を適用するときは,里の単位を取り除いてから,

    12×4=4×12

とする。つまり,

    12里×4=4里×12  とも,

    12里×4=4×12里  とも書かなかった。

 なぜなら,上の式では,左右両辺が表す状況が異なること,下の式では,被乗数×乗数の順序からすると,不名数であるべき乗数が名数になることを嫌ったのだろう。

 つまり,かけ算を,被乗数×乗数で導入しても,交換法則の適用では,因数×因数と捉える。数学的にはこれが正解ではないのか。

 

 前の記事で交換法則の理解に4通りあることを挙げた。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-12297150391.html

 3×5=5×3 の式については,

   (甲)3の5倍=5の3倍

   (乙)3の5倍=5倍の3

   (丙)3倍の5=5倍の3

   (丁)因数3×因数5=因数5×因数3

 

  数学的には,(丁)が正しいということだろう。

 (甲)(乙)(丙)は,日本や世界の実社会で利用され,(甲)または(丙)が義務教育で教えられてもいるが(日本では(甲)),それらを交換法則と呼ぶのは,数学的には問題があるだろう。

 ネットでも,(乙)は交換法則ではないと発言してきた人はいたし,銀林浩さんの「数については交換法則が成り立つが,量については交換法則が成り立たない」という,私が吃驚し当惑もした発言の底にはこういう問題意識があったのだ,ということがあらためてわかった。

 

 数学的当否が如上であっても,教育的にはどう教えるべきだろうか。

 社会生活では,1個5円の商品を8個買う場合のレシートは,店によって

     単価5円×個数8   か

     個数8×単価5円   のどちらかが使われている。

 総額を求める式はどちらでもよいことを確認する(教える)べきだと思う。時期は,小2のかけ算の単元のまとめのところで。

 かけ算が使えるようになって,実生活で戸惑うことがあるのは,絶対にまずい。

 単価×個数=個数×単価 を確認するということは,

     1つ分×いくつ分=いくつ分×1つ分

     被乗数×乗数=乗数×被乗数

を確認することになる。

 つまり「交換法則の理解(乙)」を確認することになる。

 

 小学2年の子供は,ここに至るまでに,九九を各段ごとに暗唱する途中で,アレイ図を使って,被乗数と乗数を入れ替えても,全体の数は変らないこと(甲)を確認してきている。

 そして(乙)を確認したわけだから,かけ算を使う場面だ(同じ数量の集まりがいくつかある)とわかったら,どちらの数を×の先に書くかは気にしなくてよいと気が付くことになる。それが,小2のかけ算の学習の仕上げの一つとなるだろう。

 それは全然問題ないどころか,むしろ目指すべきことだろうし,どちらが先かを気にするよりずっとやさしい(少なくとも私はそう思うし,子どもの私もそう思っただろう)と思うのだが,今まで発言してくれた小学校の先生の発言を振り返ると,多分違う意見でしょうね。