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とっても根が真面目な方で、子ども思いな方でした。
先輩の保育士や、周りの保育士が
子どもにたいして『先生の言うことを聞かせる保育』をしているのが気になって、
このままではいけないと思い、
子どもの自発性を尊重する保育を提案したところ
誰からも理解を得られず、苦しい立場に追いやられた…
という悩みでした。
この保育士さんは、自分の思いを伝えれば
周りの人たちも、きっと分かってもらえると信じていたので
自分が冷たい境遇に追いやられたことに
強いショックを感じていました。
自分の(同僚に対する)関わり方がいけなかったんだろうか?
もっと、うまく伝えられなかっただろうか?
ずっと自分を責めて、やってきたのだそうです。
この保育士さんは、
「もっと上手くやる方法があったのではないか?」
「自分に悪いところが、あったのではないか?」
と、自分のことを責めていましたが
夏河には、この保育士さんが
どうしてそんなにも自分を責めているのかが、分かりませんでした。
なぜかというと、
失敗したことや、上手くいかなかったことは
自分を責める理由にならないからです。
失敗した、上手くいかなかった
上手く伝えられなかった
怖くて言い返せなかった…
これらは、だからといって
自分を責める理由にならないのです。
失敗した、上手くいかない、怖くて言い返せない。
それがどうして、悪いことなのでしょう?
がんばって、上手くやろうとしたけれど、できなかった…
それだけのことではないですか?
どうして、自分を責める必要があるのでしょう?
むしろ出来なかったとはいえ、やるだけのことをやったのだから
自分のことを
「よくやったよね」
「立派だったよね」
誉めてあげてもいいハズです。
失敗したことや、上手くいかなかったことは
自分を責める理由にはならないんです。
話を聞いていくと、この保育士さんは
本当に頑張り屋さんで
「出来なくては、いけない」という思いが
とても強い方でした。
カウンセリングが進んでいくにつれて、
徐々に打ち解けてきた保育士さんに対して、
夏河は、次の言葉を言ってみることにしました。
保育士さんの話し方や、行動のパターンを見ていて
ふと感じたのです。
「あなた、まさか自分のことを、追い込まれなければ何もできない人間だと思ってませんよね?」
次の瞬間、保育士さんは
大声を上げて、笑いだしました。
人は、図星のことを言われると
感情が反応するようにできています。
泣く、笑う、怒る
感情が内側から、こぼれ出るのです。
どうやら、当たりだったのです。
この保育士さんは、
困難にぶつかるたびに
自分を追い込むことによって、乗り越えてきた方だったのでした。
なので、自分を追い込むことによって
問題を解決しようとする〝癖〟が
体に染みついていたのですね。
これは、頑張り屋さんの人が多くかかっている
ワナだと思います。
どうして自分のことを責めてしまうのか…
苦しいことが続くのか…
その経路が分かった保育士さんは、
力の抜けたような笑顔を見せてくれました。
「失敗してもいいし、仕事をクビになってもいいから、自分はよくやっていると思ってあげてください」
「もっと自分のことを信じてあげてくださいね」
私が言うと、
保育士さんは、力の抜けた笑顔で、うなづかれました。
私たちには、得意不得意があります。
たとえ何が得意で、何が不得意であっても
それが悪いということにはならないんです。
だって、仕方がないじゃありませんか。
たとえば、臆病で怖がりな子どもが
ドッチボールをして遊んでいる子どもたちの中に混ざれなくても
それが悪い、と言うことはできません。
高いところが怖い! という人が
ジェットコースターに乗れなくても
自分を責める必要はありません。
ただ、できない。
ただ、怖い。
それでいいんです。
それが、自分を責める理由にはならないんです。
〝できない〟ということを
排除するべき悪いことだと捉えなくいい。
できない、それを認めてあげる。
そんな自分を許してあげる。
そんな自分を愛してあげる。
それで、いいんです。
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