原子力発電について考える
原発がメルトダウンしたら50~100年はその地に人間が住むことはできないどころか草も生えないと言われています。
しかしながら、広島でも長崎でも被爆後10年で草も木も生えました。被曝された方々のなかで生き延びている方も大勢います。
太陽は巨大な原発といえますが、やはり大量の放射線を地球に降り注いでいます。太陽のみならず、宇宙には大量の放射線が放出されており、それらの一部が地球に届いています。
動植物の進化は、こうした放射線がDNAを変化させることによって起こったというのが定説です。
東北地方が仮に最悪の事態となって放射能で汚染されたとしても、10年後には必ず従来以上に復興できると信じています。
ところで、放射線は超高周波の電磁波。つまり、携帯電話やETC、電子レンジで活用されている同じ電波の仲間です。
一般に、低周波の電磁波は電波と呼ばれ、また光も電磁波です。さらに高周波のγ線等の電磁波は放射線と呼ばれています。
携帯電話や電子レンジも一時期危険なものとして批判されたことがあります。レントゲンやCTも周波数は大きく異なりますが電磁波を使っており、現代社会にはなくてならないものとなっています。
といっても放射線が危険であることに違いはありません。電磁波は波長が短くなればなるほど(高周波になればなるほど)、生き物にとって厄介なものになります。
しかしながら、もはや日本では原発への依存度は30%。原発なしではIH調理器や照明も使えません。今話題の電気自動車だって絵にかいたモチになってしまします。資源に限りのある重油や石炭を燃料とする火力発電だけで将来にわたって必要量をまかなうこともできません。
どんなものでも、使い方を誤れば危険なものになります。技術が及ばないままで活用しても、今回の様な危険な事態になってしまいます。
バイオ発電等が盛んに研究されていますが、原発に代わる発電方法がなかなか見つからない中で、今回の事故を機に一方的に「原発は危険だから止めろ」というのは、現実を無視した論理ではないかと思います。
日本では毎年自動車事故で亡くなる人が1万人弱(24時間以内の死亡のみ。実際は1.5~2倍いると言われています)もいますが、誰も自動車をこの世から消してしまえという人はいません。
「津波の高さが予想を超えていた」というのは、我が国の地震の歴史をよく理解していない無知がもたらしたミスにしか過ぎず、許すことはできませんが、原発そのものを否定することは、少なくともその恩恵を被っている我々にはできないことだと思います。
世界中の原発の関係者が今回の事故を機に、原発の安全基準を見直し、絶対に安全な原発を企画・開発することに邁進していただくことを祈念したいと思います。
なお、全く当事者意識の無い発言を繰り返す東電の経営者には即刻退場してほしいと思いますが、彼らよりおそらくかなり薄給でありながら危険な現場で頑張っている社員の方々には、大いなる敬意を払いたいと思います。
第2の故郷 仙台を想う
学生時代、仙台で過ごしましたが、その時 宮城県沖地震に遭いました。
現在の地震の規模と比べると小さいものでしたが、それでも商店や食堂が閉まってしまい、友人宅ですすったインスタントラーメンのなんとも上手かったことを思い出します。
2年前に出張した際、当時と今では町並みもすっかり変わり、仙台駅も大変立派になっていたことにびっくりした記憶があります。仙台空港も地方空港にしては立派な建物で、市街まで電車がつながっていました。
学生時代に、家族や友人、高校時代の恩師が仙台に遊びに来た時に連れて行った松島も大変懐かしく思い出されます。
大学2年の時に亡くなった祖母も亡くなる半年前に母と仙台に遊びにきてくれました。その後、クルマで東京に行く途中の高速道路で、郡山付近でネズミ捕りに捕まったことも今となれば懐かしい。
そういえば、大学時代の友人の結婚式に妻を連れて行った時も、松島に行ったっけ。焼きたての笹かまぼこやサザエの壺焼きの味も懐かしい。荘厳な瑞巌寺もどうなっているのだろうか・・・
私が住んでいた東勝山は山沿いなので多分大きな被害は無いだろうけど、良く行ったお寿司屋さんや天麩羅屋さん、そして中華料理店、とんかつやもどうなっているだろうか・・・
ところで、学生時代に地震に遭遇した私は、本業の法律の勉強をほおっておいて、地震に関する勉強も沢山しました。
東海沖地震が迫っていると主張した東大の石橋氏や、琉球大の木村氏その他の学者の本も沢山読みました。
プレートテクトニクス理論についてはテレビでも散々解説されていますので、素人の私が解説するまでもありませんが、結局、割り箸を曲げていくといつかは割れるけどどこで割れるかはだれも予想がつかない・・・ということで、プレートが動いている限りは地震は必ず来るがいつくるかは分からないというのが定説。
日本の歴史上、こうした海洋性地震は60~150年の周期で必ず発生しており、その度に多くの犠牲者を出してきた訳ですが、その度に日本は復興し立ちあがってきた訳です。
そして、海洋性地震のみならず、内陸型地震(直下型地震)も日本では数多く発生しています。
鳥羽地震、福井地震、鳥取地震、丹後地震、三河地震等、歴史に記録の無いものまで含めると、20年に一度位は、悲惨な被害をもたらす地震は必ず発生します。
ざっくり日本人の5人に一人は、一生のうちに一度は大きな地震に遭遇する運命なのです。
私自身、学生時代の宮城県沖地震、そしてあの阪神大震災にも遭遇しています。
阪神大震災の際にも、それなりの非常食の蓄えや、家具の転倒防止も施してあったので、周りで多くの人が亡くなった中でも、なんとか生き延びることができました。
阪神大震災をまともに受けた妻も、日頃から非常食や懐中電灯、携帯電話の手回し式充電器などを非常用持ち出し袋に常備してくれています。昨日も、飲料水を入れる携帯用ポリ袋を新たに購入し、懐中電灯も2台買い足しました。
といっても、いつも地震におびえて過ごしている訳ではありません。賢者は 「最悪の事態を想定し、そして楽観的に行動する」 のです。
地震は必ず来ます。日本人が地震に遭遇する確率は世界的に見ても一番高いというのが事実です。
でも、地震に遭っても日本人は必ず復活します。
これから数年間、東北地方の見事な復興の様を見るのが大変楽しみです。
アルツハイマーの父とショパン
伯父の葬儀と初七日に参列しに田舎に行ってきました。
その前後は父の看病です。といっても、入院中なので実質なにもすることがなく、せいぜい、起きている時に絶えず不調を訴える父のお腹をさすったり、足をさすったりする程度。
肉体的にはまったくどうということは無いのですが、絶えず唸り声や苦痛に耐えられず怒声を発する父と一緒に居ることは精神的には大変な重圧です。
いつも面倒を見てくれている姉夫婦と母には本当に申し訳なく思います。
先週父の所に行った際、アイフォンでショパンを聴かせたところ、父が多少楽になったような表情を見せたので、今週は古いアイフォン3Gを持って行きました。ネットにはつながりませんが、私がPCから入れたショパンのワルツ、マズルカ、ノクターン、バラードを聴くことができます。
父が気に入ってくれたのは、ノクターンの9-2と20番(遺作)。完璧という訳ではないけれど、これを聴いている間は多少精神が安定するようです。
父は、看護師さんからも、「素敵な曲を聴いて気分が落ち着くでしょう」と言われていました。
ところで、今週のピアノのレッスン。てっきりお休みの日だと思っていたところ、先生から 「今日はお休みですか?」のメールが・・・。
私がお休みの日を勘違いしていたようです。おまけにソフトバンクの電波が弱く、返信するのも遅くなってしまい、先生にはご迷惑をおかけしてしまいました。
なお、父の場合は、プロの演奏家のノクターン遺作を聴いて安寧が得られましたが、私の下手な演奏を聴かねばならない先生にとってきっとこの曲は苦痛以外の何物でもないはず。
先生には待ちぼうけをさせてしまったけど、私の下手な演奏を聴かないで済んだ安寧の一日だったかもしれません。