第2の故郷 仙台を想う
学生時代、仙台で過ごしましたが、その時 宮城県沖地震に遭いました。
現在の地震の規模と比べると小さいものでしたが、それでも商店や食堂が閉まってしまい、友人宅ですすったインスタントラーメンのなんとも上手かったことを思い出します。
2年前に出張した際、当時と今では町並みもすっかり変わり、仙台駅も大変立派になっていたことにびっくりした記憶があります。仙台空港も地方空港にしては立派な建物で、市街まで電車がつながっていました。
学生時代に、家族や友人、高校時代の恩師が仙台に遊びに来た時に連れて行った松島も大変懐かしく思い出されます。
大学2年の時に亡くなった祖母も亡くなる半年前に母と仙台に遊びにきてくれました。その後、クルマで東京に行く途中の高速道路で、郡山付近でネズミ捕りに捕まったことも今となれば懐かしい。
そういえば、大学時代の友人の結婚式に妻を連れて行った時も、松島に行ったっけ。焼きたての笹かまぼこやサザエの壺焼きの味も懐かしい。荘厳な瑞巌寺もどうなっているのだろうか・・・
私が住んでいた東勝山は山沿いなので多分大きな被害は無いだろうけど、良く行ったお寿司屋さんや天麩羅屋さん、そして中華料理店、とんかつやもどうなっているだろうか・・・
ところで、学生時代に地震に遭遇した私は、本業の法律の勉強をほおっておいて、地震に関する勉強も沢山しました。
東海沖地震が迫っていると主張した東大の石橋氏や、琉球大の木村氏その他の学者の本も沢山読みました。
プレートテクトニクス理論についてはテレビでも散々解説されていますので、素人の私が解説するまでもありませんが、結局、割り箸を曲げていくといつかは割れるけどどこで割れるかはだれも予想がつかない・・・ということで、プレートが動いている限りは地震は必ず来るがいつくるかは分からないというのが定説。
日本の歴史上、こうした海洋性地震は60~150年の周期で必ず発生しており、その度に多くの犠牲者を出してきた訳ですが、その度に日本は復興し立ちあがってきた訳です。
そして、海洋性地震のみならず、内陸型地震(直下型地震)も日本では数多く発生しています。
鳥羽地震、福井地震、鳥取地震、丹後地震、三河地震等、歴史に記録の無いものまで含めると、20年に一度位は、悲惨な被害をもたらす地震は必ず発生します。
ざっくり日本人の5人に一人は、一生のうちに一度は大きな地震に遭遇する運命なのです。
私自身、学生時代の宮城県沖地震、そしてあの阪神大震災にも遭遇しています。
阪神大震災の際にも、それなりの非常食の蓄えや、家具の転倒防止も施してあったので、周りで多くの人が亡くなった中でも、なんとか生き延びることができました。
阪神大震災をまともに受けた妻も、日頃から非常食や懐中電灯、携帯電話の手回し式充電器などを非常用持ち出し袋に常備してくれています。昨日も、飲料水を入れる携帯用ポリ袋を新たに購入し、懐中電灯も2台買い足しました。
といっても、いつも地震におびえて過ごしている訳ではありません。賢者は 「最悪の事態を想定し、そして楽観的に行動する」 のです。
地震は必ず来ます。日本人が地震に遭遇する確率は世界的に見ても一番高いというのが事実です。
でも、地震に遭っても日本人は必ず復活します。
これから数年間、東北地方の見事な復興の様を見るのが大変楽しみです。