五輪サッカー初戦を0-1で落とす
反町ジャパン、米に0―1で敗れる 五輪サッカー初戦
第29回オリンピック北京大会は7日、8日の開会式に先だってサッカー男子1次リーグが開幕。
68年メキシコ五輪の銅以来40年ぶりのメダルを目指すB組の日本は米国との初戦に臨み
0―1で敗れて勝ち点を獲得することはできなかった。
日本は前半、運動量で相手を上回り、DF内田が右から再三にわたって好クロスを供給。
主導権を握ったが、DF森重が決定機を外すなどシュートの精度を欠いて0―0で試合を折り返した。
そして後半2分、左サイドで突破を許し、米国のホールデンにシュートを決められた。終盤は李、豊田
岡崎と立て続けにFWを投入して攻勢をかけたが、最後の詰めが甘く得点できなかった。
同組のオランダ―ナイジェリアは引き分け、日本は次のナイジェリア戦(10日)で敗れると
1次リーグ敗退が決まる。
ガンバレ!!ニッポン!!
63回目の広島原爆忌
ヒロシマ、学び伝える=「核兵器、廃絶だけに意味」-63回目原爆の日
広島は6日、63回目の「原爆の日」を迎えた。
広島市中区の平和記念公園では市主催の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれ
被爆者や遺族、市民、福田康夫首相ら約4万5000人が参列した。
秋葉忠利市長は平和宣言で「核兵器は廃絶されることだけに意味がある」と強調。
子供代表は「何も知らなくて平和は語れない。ヒロシマで起きた事実に学び、伝えていく」と誓った。
式典は午前8時に始まり、この1年間に死亡が確認された5302人の名前を記した原爆死没者名簿2冊を
秋葉市長と遺族代表が慰霊碑に納めた。
名簿は計93冊、死没者は25万8310人となった。原爆投下時刻の同8時15分
「平和の鐘」が打ち鳴らされ、参列者が1分間の黙とうをささげた。
千堂あきほ、待望の第1子を出産
千堂あきほ、39歳で無事に第一子を出産
自身が番組キャスターを務めるラジオ番組を通して2月に第一子を妊娠している事を報告していた
女優の千堂あきほが、3日(日)に女児を出産したことを公式ホームページで明かした。
ダイアリーには「8月3日 無事女の子を出産しました。母子共に健康です(^O^)V」と綴っている。
2月に放送されたNHKラジオ第一放送『かんさい土曜ほっとタイム』で、第一子を妊娠中で7月末に
出産予定であることを放送中に明かした千堂あきほ。
「2008年、私はパワフル母ちゃんになることになりました!」と元気一杯にご懐妊を番組内で報告。
千堂は2000年に31歳の時に結婚しており、これまで、なかなか子宝には恵まれなかったため
不妊治療などを行ってきた事を打ち明けていただけに、自然な形での妊娠に喜びを隠せない様子だった。
4日付けとなる今回の公式ホームページへの書き込みでは「お医者様や助産師さんが おどろく程
超!スピード安産でした。この経験、体験をこれから又色々とお伝えしたいと思いますが、まずは
ご報告まで」と結んでいる。
参考資料=(オリコン)
山本昌、史上最年長200勝達成!
山本昌、史上最年長200勝達成 中日投手では半世紀ぶりの快挙
中日の山本昌広投手(42)が4日、ナゴヤドームで行われた巨人戦に先発し、通算200勝を完投勝利で
飾った。 200勝は04年の工藤公康投手(当時巨人、現横浜)以来4年ぶり史上24人目で
42歳11カ月の達成は、工藤投手(41歳3カ月)を抜いて史上最年長。
中日の投手としては、1957年の杉下茂氏以来51年ぶりになる。現役で200勝に最も近いのは西口文也
投手(西武)の155勝(3日現在)で、当分次の達成者は出ない快挙。
この日の試合で中日は一回表に1点を先制されたが、三回に中村紀選手の適時打で逆転。五回には
井端選手の4号ソロなどで3点を追加し、バックももり立てた。山本投手も二回以降は巨人打線を抑えた。
山本投手は1965年8月11日生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高から83年ドラフト5位で入団。
93、94、97年にセ最多勝、94年に沢村賞を受賞。
06年9月の阪神戦で史上最高齢のノーヒット・ノーランを記録するなど、長年、左腕で中日を支えてきた。
大声援の中、9回のマウンドに立った山本昌は、高橋由にヒットを許したものの、最後の打者・ラミレスを
ライトフライに打ち取り、完投勝利。勝利の直後、心なしか目を赤くした山本昌は、ナインに胴上げされ
喜びをかみしめた。
試合後のヒーローインタビューでは「よくぞ自分がここまでこれたな、と思う」と感激を隠せない様子で話した。
参考資料=(毎日新聞)
