ダニー・ハサウェイの「愛と自由を求めて」は 「33歳でその生涯を閉じた天才アーティストの遺作であり、ブラック・ミュージック孤高の高みとなる最高傑作」です。ハサウェイは3枚しかソロ・アルバムを残しておらず、これが遺作にしてソウル界の最重要アルバムです。

 ハサウェイに賛辞を贈る人は多く、中でもソウル・ミュージックに造詣が深い音楽評論家ピーター・バラカン氏は「黒人のシンガー・ソングライターの中でももっとも偉大だと思っている人です」と最上級の言葉で讃えています。

 「黒人であるということを、攻撃的ではなく、とても肯定的に歌った人」であり、「ストイックながら明るい彼の歌はトンネルの向こうの遠い明りをようやく見せてくれたかのようで、本当に良い形でそれまでの伝統と新しい要素を混ぜ合わせていた人でした」。

 ハサウェイは音楽一家に生まれ、3歳の時からゴスペルを唄っています。英才教育を受け、名門ハワード大学で音楽を学んだ人です。伝統的なブラック・ミュージックのみならず、クラシックなどの素養もあるところが彼のサウンドをユニークにしています。

 本作品は全米3位の大ヒットとなったロバータ・フラックとのデュエット・アルバムに続くアルバムです。この頃のハサウェイはアレサ・フランクリンのアルバムでも演奏するなど、スタジオミュージシャンとしても活躍しており、まさに脂がのった時期でした。

 分かりにくい原題に代えて、邦題は「愛と自由を求めて」とされました。ハサウェイは社会問題にも踏み込んだアーティストで、マーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドなどとともにニュー・ソウルと呼ばれており、この邦題はそこら辺も加味したうえでのものでしょう。

 最初の曲はいきなりオーケストラによるインストゥルメンタル曲「神わが声をきき給う」です。音大で学んだハサウェイの面目躍如たる一曲です。ドビュッシーやラヴェル、そしてガーシュインなどに影響を受けたという本格的な管弦楽曲です。

 オーケストラは続く「いつか自由に」に続き、ここからシャウトに至らない抑制された力強いハサウェイのボーカルが堪能できます。♪いつか自由に♪と繰り返すハサウェイは、人種差別問題をソフィスティケートされた形でしっかりアドレスしています。

 自作曲の他にはブラッド・スウェット&ティアーズの「溢れ出る愛を」、「ホワッツ・ゴーイング・オン」の作者レオン・ウェアの「アイ・ノウ・イッツ・ユー」、シンガーソングライターのダニー・オキーフの「マグダレナ」を取り上げています。これがまた最高です。

 演奏はハサウェイ自身のピアノに加え、ウィリー・ウィークスやリック・マロッタ、コーネル・デュプリーなどのスタジオ・ミュージシャンが行っており、スタンリー・クラークの参加も話題になりました。さすがはニュー・ソウル、一味違います。

 ラテン、ファンク、ゴスペル、R&B、そしてクラシック。あらゆる要素を混ぜ合わせた、洗練されたハサウェイのサウンドは、ブラック・ミュージックの範疇を越えて、たしかに遠い明りをみせてくれるものでした。彼がもう少し生きていれば、明りはもっと近づいていたでしょうに。

参照:「魂のゆくえ」ピーター・バラカン(ARTES)

Extension Of A Man / Donny Hathaway (1973 Atco)