ウインのワクワク「LIFE」

ウインのワクワク「LIFE」

            琴線に触れるものを探して

 

本書より

 

鎌変貌する「アメリカ」自由の限界について 浜崎洋介

90年代のクリントン政権下、ワシントン(政治)と、ウォール街(金融)と、シリコンバレー(IT)とを結び付けた利潤獲得戦略を推し進めていくことになる。

 

中産階級による「ファミリー」を解体したアメリカは、そこでバラバラとなった個人を、新たに「市場」(カネ)へ向かわせようとしたわけだ。

 

皮肉なのは、ほかでもない「ポスト工業化社会」が到来した1970年代頃から、アメリカの中産階級が移り住んでいた「郊外」がキリスト教原理主義=福音派が拡大していく根拠地になっていったという事実だろう。

 

キリスト教的「家族の価値(Biblical family values)」を大義名分に掲げ、現代のアメリカ政治にーそして、今、現にあるトランプ政権にー圧倒的な影響を与えるアメリカの「宗教右派」が登場してくるのである。

 

今、アメリカで力を持つ福音派は、果たして、新たにアメリカの「ファミリー」を作り出す思想的基盤になり得るのか否か、それが問われなければならない。

 

トクヴィルは、アメリカ人の生活に一定の道徳的枠組みを与える「宗教」が、世俗的喧騒から離れた場所に簡素で自然な「ファミリー」を作り出し、人々はその秩序と平和に支えられて初めて、政治における「自由」を、その権利を行使することができる~。

 

現在、アメリカの宗教(福音派)は、私の目にあまりに「現世の利害」と、それに塗れた「政争」の道具と化しているように見える。

 

今のアメリカにおいて、宗教そのものが、「儚い権力」に堕してしまっている可能性があるということである。

 

イラン攻撃の背景として語られている福音派に、政治的喧騒から離れた場所に「教会」を立ち上げ、その秩序と平和のなかにアメリカの「自由」を鎮め、その議論に規範を与える力は期待しにくいということである。