ドイツ語の"Auf, auf!"とは英語なら"Up, up!"や"Come on!"、"Let's go!"という意味だそうだ。その言葉を冠したアルバムを2021年にリリースしたのは大好きなドイツの面白前衛民族音楽的プログレジャズバンドのEmbryoだ。

 

【2021年】Auf Auf/Embryo

 

Embryo

 

『Auf Auf』を聴くに至った経緯を以下に書く。

 

先日、Organic Musicのホームページを覗いていたら、1983年にドイツのECMからリリースされたCharlie MarianoとKarnataka College Of Percussion、R. A. Ramamaniの共演盤『Jyothi』が有った。

 

【1983年】Jyothi/Charlie Mariano & The Karnataka College Of Percussion featuring R. A. Ramamani

 

Charlie Mariano & The Karnataka College Of Percussion “Jyothi” – PHYSICAL STORE

 

Charlie MarianoとKarnataka College Of PercussionはEmbryoと共演しており、1981年にドイツのSchneeballから『Life』というライヴ・アルバムを残している。

 

【1981年】Life/Embryo, Charlie Mariano & Karnataka College Of Percussion

 

久し振りにEmbryoを思い出し、『Jyothi』と『Life』はどちらも未聴だった事も有ったので聴いてみたら、やっぱり面白い!

 

Karnataka College Of Percussionはインドのグループだが、『Life』ではちょっと中東っぽさも感じる。『Life』のB面1曲目「Tala Tarangini」はパーカッションの楽しいワーク・ショップという感じで、コナッコル(Konakkol)(インドの口(くち)ドラム)がリードして各パーカッションと即興演奏するのだが、このコナッコルがとても面白く、聴いていて楽しい。また、意外にインドの口琴であるモルチャン(Morchang)の演奏も面白い。

 

Charlie Marianoはジャズのサックス奏者で、ジャズ・ファンには渡辺貞夫との共演盤で知られていると思うが、彼はインドのナーガスヴァラム(Nagaswaram)というダブル・リードの木管楽器(その音は韓国のホジョクの音に似ている)も演奏しており、Atlanticから1972年にリリースされた目玉ジャケが強烈な『Mirror』収録のラストのB面3曲目「Madras」でナーガスヴァラムを吹いている。『Mirror』は全体的にジャズ・ロック・アルバムなのだが、「Madras」だけ強烈に民族音楽っぽい曲で、その後のCharlie Marianoの行き方を示唆しているように思う。

 

インドの口琴のモルチャン(Morchang)

 

【1972年】Mirror/Charlie Mariano

 

Charlie Mariano

 

インドの管楽器(ダブル・リード)のナーガスヴァラム(Nagaswaram)

 

実際、この『Mirror』の後にEmbryoと共演し、1973年にドイツのBASFから卵の殻ジャケで有名な『We Keep On』をリリースする。

 

【1973年】We Keep On/Embryo

 

『We Keep On』も未聴だったので聴いてみたのだが、A面1曲目「No Place To Go」を聴いたら、ジャズ・ロックというよりハード・ロックかと思った。曲の冒頭にはまるでハード・ロックなヴォーカルが入っているもんね。しかし、A面2曲目以降はちょっと民族音楽的なジャズ・ロックだったので安心した。後期のアルバムと比べると、民族音楽的な感じはそれ程濃くないけどね。後期のアルバムは、恐らく世界各国をツアーして各国のミュージシャンと共演し、そこで吸収したものがEmbryoやCharlie Marianoの中で消化/昇華され、徐々に彼らの音楽に表れていったんだろうね。

 

さて、『Jyothi』だが、こちらはインドっぽさが強い。意外な事にCharlie Marianoの名前が最初に有るにも関わらず、彼は全編で演奏していないのだが、時々出て来る彼が拭くフルートはともかくソプラノサックスが意外な事にインド音楽に合っていて、特にR. A. Ramamaniのヴォーカルとの掛け合いが素晴らしい。R. A. Ramamaniのヴォーカルはアルバム全編に於いて前面に出ているのだが、彼女の声質を含めてこのヴォーカルがとにかく素晴らしいのだ。R. A. Ramamaniはフューチャリングという記載だが、Karnataka College Of Percussionのメンバーのようだ。しかし、こういうアルバムがECMから出ていた事に驚いた。意外だと思わない?

 

Karnataka College Of PercussionとCharlie Mariano (右から2番目)

 

『Jyothi』が素晴らしかったので、他にCharlie MarianoとKarnataka College Of Percussionの共演盤が無いか調べたら、有った!2005年にSchneeballからリリースされた『Om Keshav』だ。

 

【2005年】Om Keshav/Charlie Mariano, R. A. Ramamani, Karnataka College Of Percussion & Amit Heri

 

『Om Keshav』は『Jyothi』と比べるとポップな感じがするのは、ギター奏者のAmit Heriが参加しているためだろう。2曲目「Krishna Hare」を聴くとメロウという言葉を使いたくなる。3曲目「Guru'v Govinda」は日本のジャズ/ブルース歌手の浅川マキが1971年にExpressからリリースした2ndアルバム『Maki Ⅱ』のA面5曲目「ゴビンダ」の原曲をミニマル・ファンク化したような曲だ。ちなみに『Jyothi』収録のB面2曲目「Bhajan」はどうも「Govinda」のようだ。4曲目「Rhade Shyam」ではシタールの速弾きのようにギターを弾いている。

 

『Jyothi』と『Om Keshav』のインドっぽさが強い主な要因はR. A. Ramamaniのヴォーカルの他に彼女が演奏するタンブーラのサウンドだろうね。『Life』に彼女は参加していないからね。

 

それにしてもCharie Marianoのサックスはインド音楽に合うなぁ。これは本当に意外な発見だった。こういう発見が有った時に幅広く音楽を聴いていて良かったなぁ、なんて思う。

 

さて、前置きはこれくらいにして、『Auf Auf』に話を移そう。

 

私はEmbryoのリーダーだったChristian Burchardが好きだった。彼が亡くなる前のEmbryoのスタジオ・アルバムは本当によく聴いていて、2016年にドイツのTrikont-Our Own Voiceからリリースされた彼の生前最後のスタジオ・アルバム『It Do』はハイブリッドになったなぁ、と感じたものだった。

 

Christian Burchard

 

It Do/Embryo

 

Christian Burchardが亡くなった後もEmbryoがアルバムをリリースしていた事は何となく知っていたが、今まできちんと調べて来なかった。しかし、また、Embryo関連の音楽を聴き始めたので、そう言えばどういうアルバムが出ていたのかな?と思ってDiscogsで調べたところ、『Auf Auf』を見つけた訳だ。

 

実はこの話、『Auf Auf』を見つけて聴いただけでは終わらなかった。リリース元を見るとMadlib Invazionと書かれている。"え、ヒップホップのMadlib?EmbryoとMadlib?"と頭に"?"が灯ったのでMadlib Invazionからリリースされたアルバムを調べていたら、何と!ずーーーっと探していたジャケットのEPがリリースされていたではないか!それはDeclaimeの『Illmindmuzik』というEPだった。なぜ今まで見つけられなかったかと言うと、私はずっとMadlibのEPだと思っていたんだよね。『Illmindmuzik』はGood Vibe Recordingsからリリースされているので、Madlib Invazionはディストリビュートしているという事かな?

 

【1999年】Illmindmuzik/Declaime

 

『Illmindmuzik』のプロデュースはMadlib、EmbryoからMadlib経由で長年探していたDeclaimeの『Illmindmuzik』に繋がった。こういう繋がりが有ると、またまた幅広く音楽を聴いていて良かったなぁ、と思う訳だ。

 

Madlib (左)とDeclaime

 

そして、『Illmindmuzik』を聴いてから、実は今の私の音楽耳は久し振りにヒップホップ・モードになり、久し振りにヒップホップのアルバムを聴きまくっているんだけど、その話は別の機会に書こう。今は『Auf Auf』の話を書かなきゃ。

 

『Auf Auf』のクレジットを見ると、MadlibはEgonと共にエグゼクティヴ・プロデューサーとなっている。Bandcampのアルバム紹介を見ると、MadlibはEmbryoのファンである事を公言しており、どうもMadlibとEgonは過去にEmbryoとセッションした事が有るようだ。これにはびっくりだ。どこかに音源は無いのかな?そういう経緯で今のEmbryoを率いているChristian Burchardの娘のMarja BurchardはMadlibに『Auf Auf』をMadlib Invazionからリリースしないか?と持ち掛けたところ、Madlibは即座に引き受けたという事だ。

 

↓Bandcampの『Auf Auf』の紹介ページはこちら。

Auf Auf | Embryo

 

『Auf Auf』とChristian Burchard時代のアルバムと比べると、『Auf Auf』はそのサウンドが柔らかくしっとりした感じを受けた。最初、Marja Burchardが女性だからかな?と思ったが、よく聴くと『Auf Auf』は"今のジャズ=Madlibが手掛けそうなジャズ"的要素が強く、民族音楽的要素が少なくなっていると感じた。サウンドについて具体的に書くとドラムはバスドラの音は控えめで、管楽器や弦楽器、シンセサイザーの音、どちらかと言うと中音域が強く出ていて、管楽器や弦楽器の音がメインなので、メロディーでグルーヴを作っているように感じた。"今のジャズ"を強く感じたのは2曲目「Yu Mala」かな。民族音楽的要素が少なくなっているように感じたのは、民族音楽によく使われるパーカッションをあまり使っていないという事だ。その所為か、Christian Burchard時代のサウンドと比べると祝祭的な感じが無くなったように感じた。また、ユーモア的な部分がちょっと無くなった感じも受けた。アルバム最後の6曲目「Alphorn Prayer」は亡くなったChristian Burchardへの追悼と言うか葬送曲のように聴こえた。『Auf Auf』だけでMarja Burchardが率いるようになってからのEmbryoの音楽性を判断する事はできないと思うので、彼女が率いるようになってからのEmbryoのライヴ・アルバムも聴いてみようと思う。私は中国は上海に住んでいるので、これからゆっくりデジタル・アルバムが無いか探す事にしよう。

 

さて、Christian Burchardは"Auf auf"という言葉が好きだったそうで、この精神を胸に抱き世界中を巡り、飽くなき探求心で新たなサウンドやインスピレーションを求めながら、他に類を見ない独自の音楽を作って行ったそうな。彼が好きだった言葉を娘のMarja Burchardは自身が率いる事になったEmbryoの最初のスタジオ・アルバムのタイトルにしたという事に、彼女の決意を感じる事ができるかな。"さあ、行こう!"、"前に進もう!"と。

 

そんなMarja Burchard率いるEmbryoは『Auf Auf』に続いて新しいアルバム『Embryo feat. Mishra』をドイツのKryptoxから今年の10月9日にリリースするようだ。Bandcampのアルバム紹介を読むと、このアルバムにはインドのシタール奏者でDeobrat Mishraとその甥のタブラ奏者Prashant Mishraが参加しているようだ。さて、このアルバムで今のEmbryoは『Auf Auf』より前に進んだサウンドを聴かせてくれるのだろうか?今から聴くのが楽しみだ。

 

【2026年】Embryo feat. Mishra/Embryo

 

ところで、私は『Embryo feat. Mishra』のリリース情報もこのホームページで知ったのだが、ホームページにはEmbryoの最新動向も記載されている。それを読むと、現在、彼らのツアー・バスは修理不可能な状態になっていて、ツアーに出られないそうだ。今まで何度も何度も修理してきた事により、彼らは資金面で困難な状況に陥っており、中古バスの購入費用をクラウド・ファンディングで資金を募っている。彼らが各国を巡り、各国の彼らのファンに音楽を届けるだけでなく、各国のミュージシャンと共演するという事は、彼らの音楽がどんどん新しくなって行くという事だと私は思っていて、私はこれからも彼らの音楽を聴きたいと思っているので、初めてクラウド・ファンディングで寄付をした。彼らが早く安い中古のバスを見つけて買い、早くツアーに出られる事を祈っている。

 

↓Embryoのホームページはこちら。

Home | embryo

 

↓今のEmbryoの状況は彼らのInstagramでもわかる。

Instagram

 

話は変わるが、先日、先月の一時帰国に合わせて買っておいた日本のディジェリドゥ奏者/画家のGomaの著書『失った記憶 ひかりはじめた僕の世界』を読み終わった。

 

 

この本のサブ・タイトルは"高次脳機能障害と生きるディジェリドゥ奏者の軌跡"で、この本は、Gomaは交通事故により脳に損傷を受け、高次脳機能障害、記憶が保持されなかったり、突然意識を失ったりする等の障害を抱える事になり、事故からリハビリを開始、家族と一緒に奮闘する様子をGomaと彼の妻が日記に書いたものを纏めたものだ。そこには、今まで描いた事が無かった絵(点描)を描き始めたり、ディジェリドゥの練習も開始し、ライヴに復帰する迄の様子も書かれているが、事故のマイナス面、記憶が保持されない事への不安や、無意識化でGomaの妻が言うところのデンジャラスGomaに変貌した事を知らされた後の後悔等も書かれている。しかし、Gomaはこれ以上落ちる事は無いし、家族のために必ず復帰するという強い意識を持ち続け、今では皆の助けを借りながら、今では点描画の個展を開催したり、ライヴも再開、ゆっくりだがアルバムのリリースも再開するに至っている。私はこの姿が"Auf, auf!"だと思った。少し前からGomaの音楽を聴いていたが、『失った記憶 ひかりはじめた僕の世界』を介して、私の中でGomaとEmbryoが繋がった。いつか、GomaとEmbryoが共演しないかなぁ。

 

最後に…Marja Burchard率いるEmbryoの最新の演奏動画が無いかYou Tubeを探したところ、2021年のX JAZZ Festivalの演奏動画が有った。この演奏動画はカメラがミュージシャンに寄っていて演奏風景をよく見れるので、これを貼る事にした。これを観てEmbryoの音楽に興味を持ったら、先ず、『Auf Auf』を聴いてみて、気に入ったらChristian Burchard時代のEmbryoのアルバムを最近のアルバムから遡って聴いたら良いと思うな。

 

 

【9月7日追記】

 

その後、2020年にPermakultur Schallplattenからリリースされた『Behind The Green Door』を聴いた。このアルバムは新型コロナのパンデミック中にライヴ・ストリーミング・セッションを行なった時の音源だそうで、参加メンバーはMarja Burchardの他、サックスとベース奏者のMaasl Maierとパーカッションとドラム奏者のSebastian Wolfgruberの2人のみ、トリオ演奏の記録である。そして、やはりジャズ的な感じが強いと感じた。Embryoが自主リリースした2020年の『Live In Kaschemme Basel 01.12.2018』と2021年の『Rochuskapelle 13.10.2018』の2枚のライヴ・アルバムも聴こうと思って検索したのだが、以前はBandcampに有ったのかな?今は"お探しのページがみつかりません"と表示される。今後、この2枚のアルバムがまたBandcampにアップされるのかわからないが、仕方無し、もう少し待つ事にしよう。

 

【2020年】Behind The Green Door/Embryo