不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -33ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問ありがとうございます。






モンテッソーリ教育で大切な観察力。



モンテッソーリ教育では
まず子どもを観察します。




観察した結果、

子どもが何を求めているかを考えて
環境を用意していきます。




子どものやりたいこと
興味があるのは何かを探して、

それを繰り返し実現出来るような
活動を用意しておきます。




そのための観察。





この観察で大切なことは

観察側の主観を挟まないということ。





ただの事実を観察します。





例えば…


何を何回繰り返したか、

表情はどうだったか、

活動を何分続けたか、

前後はどんな行動をしたか、

次の日はその活動をしたか、

その次の日は…??



そんな感じで事実だけをみていきます。




そして観察が終わった後に
振り返ります。



子どもが本当は何を求めていて
何がダミーなのか。





例えば、
子どもが机をブラシで磨く活動を選んだとします。




ゴシゴシと擦るのが楽しいのか

水を注ぐのが楽しいのか

ピッチャーの水をこぼさずに歩くのが楽しいのか

お手伝いが楽しいのか


水や泡の感触が楽しいのか…



どこが楽しいのかを見つけていきます。




または、ただ目についただけで
大してやりたくないことだった。


誰かがやっているのをみてやりたくなった
だけだった。


…という子どももいます。


自分の能力に合わない活動ばかりに
魅力を感じる子どももいます。




自分のやりたい活動が何なのかわからなかったり


自分が、どれくらいのことが出来るのか
わからない子どももいます。




活動を選んで、取り組んで、繰り返して、止める



これを続けていくことは
子どもは経験を積んでいるということ。




少しずつ、または、突然に
子どもは変わっていきます。



自分の本当にやりたいことが見えてきて

自分で活動を選べるようになっていきます。






この観察。。。


つまり、
主観をなるべく挟まないで
子どもの心を見ようとすること。




これって、
我が子とのコミュニケーションで
とても大切なことなのでは…??




いや、大切なのはわかるけど

難しい、というのが本音。



私にとってはかなり難しかった。
実は今でも難しい。




主観を挟まないというのは
そもそも無理な話なので、

『出来るだけ』挟まないようにする
ということなのですが…




偏らずにニュートラルな心で観察することは、

意識していないと中々出来ないものですね。



いや、意識しても中々できないものですね(笑)




例えば…

最近の息子は結構落ちています。


これかな?っていう原因はいくつかあります。

でもそれは私の経験や、私の感覚から思うこと。


息子が同じように感じるとは限りません。



息子は私に当たってくるときもあります。


今までは反応しなかったところで
イライラしたり、嘆いたりしています。



かといえば、楽しげに話に夢中になったり
好きなことに熱中していたりします。



はたまた、何かを一緒にやりたいと
しきりに言ってきたり、
新しい趣味が欲しい、
どこどこに行きたい、
〇〇がしたい…
そういう話をしてきます。



そして、今までよりも
たくさん寝ている気がします。


疲れたと、よく言っています。




確かに息子は少し不安定かもしれません。




観察しても…

だからといって
どうしてこういう状態なのかはわかりません。



色んな原因は思いつきます。


でもはっきりとわからない以上、
それを追求しても仕方がないかもしれません。





アドラー心理学は
目的論を採用しています。



そういう行動をするのは
何かの目的を果たすため。





眠いのは(そして、疲れるのは)
身体を成長させるためなのかも??


私に当たるのは、
心身の不安定さを発散して
落ち着かせようとしているためなのかも??


何かやりたいというのは
自分をさらに成長させたいのかも??





私が今した方がいいのは、


息子の様子をみて
不安に感じることでも、

ましてや息子の現状を
否定することでもありません。



息子を無条件で愛すること。




どんな息子でも

息子であるということが、

そもそも最大級に素晴らしい

ということを実感しながら生きること。




私は、息子の状態ではなく

自分の心の調整に目を向けること。




そういう自分の内面に目を向けて

息子に対しては温かく接するのが

いいのでしょうね。




息子は成長期であって、

心の方も過渡期であるのでしょう。



ここ3ヶ月くらい夢中になっていた
読書が落ち着いてきた頃かもしれません。



次なるワクワクまでの待ち時間なのかな?



もしそうだとしたら、

息子が話したいときに話してくれる
そんな話をとことん聴くことが大切だと思いました。




どこに、何に、
ワクワクが隠れているのか
宝探しのように。。。


息子が自分で発見できるといいと思います。


(もちろん、
悩みなどを話してくれるなら、
それも聴けるように
心の準備を整えておきます!)





私は、リビングの環境を
少し変えてみようかと思います。



世界の、とくに景色や町の様子に

興味を持ち始めた息子。




綺麗な景色の写真集や

旅の本でも、少しずつ集めてみようかしら。







おまけとして、

子どもの観察力について。



モンテッソーリ教育は、
観察する教育だと思います。



子どもが、です。




教具の使い方は、
教えられるのではなくて
目でみて覚えるのです。


だから、やりたい気持ちが強い子は
よく見ています。



また、
視覚以外にも
聴覚や触覚なども使いながら
小さな差異を観察したり、


花や虫などの部分に注目して
塗り絵のその部分だけ色を塗ったり、


色分け、分類、文字探し。。。



活動の全てに「観察」というキーワードを
入れても良さそうなほど
観察ばかりしているモンテッソーリ教育です。





幼少期からの観察力は

きっとその子どもの土台部分になって

その力を磨きながら

成長していくのかな〜と思います。




ちなみに息子は

メインでないような見逃しそうなところも

細かいところまで、詳しく見ていたりしますね。






羨ましいですが、

私は私なりの観察力がきっとあるはず。




私は、非常にふわっと観察しています(笑)



なんとなく、感覚的に…

色んな感覚と一緒に観察しているようですね。




人それぞれの観察力。


どれが良くて、どれが悪いなんて

そんな風に考えたらもったいない。




どんな風に観察しているかは

その人の特別な能力なのだから、

それを活かすような生き方が

できたらいいですよね。




あなたのお子さんは、

物事をどのように観察しているのでしょうか?



どうしたら、その観察力活かせそうですか?




息子の場合は、
実際や映像で見たり
文章でも頭の中で映像化してみると
記憶に残りやすかったり、
思考が働きやすかったりするようです。





観察力、1つとっても

みんながそれぞれの個性の中で生きている。



同じものを見ても、

見え方や感じ方が違うのも納得できますね。




だから、それぞれを認め合い
助け合いながら
生きていくことが、

みんなの視野を広げてくれるのだな〜と思います。



多様性がある人間って、

素晴らしいですね。




ここまで、お付き合いいただき
ありがとうございました。

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。




ついつい誰かと比較して、

喜んだり、ガッカリしたり

さらには、浮かれたり

絶望的な気持ちになったことはありませんか?




例えば…


不登校で家にいる我が子と

外で楽しそうに遊ぶ子どもを比べて

「あんな風に遊べたら楽しいだろうに」と

悲しくなったり。。。




不登校で勉強しない我が子と

受験勉強で必死になって
頑張っている子どもを比べて

実力を発揮出来ずに
挑戦する機会がない我が子を思い

不憫に思って辛くなる。。。




そんな体験ありませんか?



また反対に


遠い国のどこかには

学校に行きたくても行けない子どももいるのに

我が子は自分で選択して行かないのだから

幸せなことだよな〜って思ったり。。。




病気で入院している子どももいるのに

我が子は家で元気に生活しているから

それだけでも幸せなことなんだよねって思う。。。





子どものことを
不幸に思ったり、幸せに思ったり。。。



本当は一体どっちなの??

不幸なの?幸せなの?





状態はは全く同じだとしても

周りと比較することで

幸せに昇格したり

不幸せの烙印を押されたりする。





その幸せ、不幸せ、

まぼろしなんじゃないのかしら。




誰かと比較することで生まれるだけの

ただの感情なのかもしれません。






その感情に左右されて

落ち込んだり、傲慢になったり

する必要なんてないと思いませんか?





誰かと比べて
落ち込むことも、傲慢になることも

自分にとって、あまり良くない影響を
及ぼすかもしれません。





それは、
本当の幸せがわからないで生きるということ。



幸せが常に周りとの比較で
決まるということは

幸せを周りに委ねているということです。




そうすると

本当の自信だったり
本当の自己肯定感は
養われていかないのではないかしら。


そして、幸せも運まかせ??



常に上はいるし
常に下もいる。



自分の幸せは
常に変動していきます。



そう、偏差値のように。。。





では、

どうしたら比較した結果の幸せや不幸せに

振りまわされずに済むのでしょうか。




本当の幸せを見つけて

いつでもハッピーで

どっしりと安定して過ごせるのでしょうか。






比較することは、

そもそも人間に備わっている能力だと

モンテッソーリは言っています。




3歳頃には、比べてみて
大きい、小さいを感じたり
薄い、濃いを感じたり…

そういう頃から比較して
分類することを楽しむと言います。




比較して、分類するのは
もはや人間のサガ。


どうしても比較してしまうものだと思えば
気が楽になりますね。





その上で
誰かと比較して
感情が揺すぶられているなと気がついたら

それ以上感情を暴走しないし
それ以上そのことは考えません。




これ以上は立ち入り禁止の札が
立っていると思ってストップします。



それだけ(笑)





これは、まぼろしの幸せ、
まぼろしの不幸なのだと
ちゃんと認識してみるだけです。





すべてのものごとは

いい面も、悪い面も

合わせ持っているものです。





ある1つの面から見れば
良く見えることも
別の面から見ると懸念材料に変わる。



だから、ある1つの面に注目して
優れていると思っても
別の面から見れば劣っている可能性もあり、
そこに一喜一憂しても
あまり意味はないのではないかなぁとも思います。




比較することは、
人間がどうしてもしてしまう能力ですし、
子どもの頃から周りと比較されてきたのだから
自然と比較してしまうのですよね。


仕方のないことです。



だからそこに立ち入り禁止の札を
立てていきましょう。





そして、比較するなら

自分の過去がいいかなぁと思います。




自分がどのくらい成長しているのか

そういう比較って、

逆に必要なのかなぁと思います。




昨日より〇〇が成長している。


明日は△△が出来るようになりたい。





毎日そうやって、

自分の成長を比較して実感することができたら…



自信にもつながると思うし

モチベーションが上がるのじゃないかなと思います。





子どもについてもそうですよね。



我が子を他の子どもと比べて
落ち込んだり、舞い上がったりするよりも、、、


以前の子どもと比べて
成長したところを探してみる。


どんなに些細なことでもいいのです。



きっとたくさん見つかることでしょう。






そんな風に昨日の自分と比較して

成長できたらいいなぁ〜。



そして、

子どもの幸せは

子どもが自分で決めていけばいい。




親が誰かと比較して
子どもの幸せや不幸せを感じていたら、

子どもは自信を無くすでしょうし、

その思考はそのまま
子どもにコピーされるかもしれません。



だって子どもは親のことをよく見ているから。。。



同じような思考をするようになるか

親を否定したり、反抗するようになるかもしれませんね。




本当の幸せとは、なんでしょうね。



人によって違うのでしょうが、今の私は

充足感と、貢献感と、ワクワクかなと思います。




子どもの幸せも、
きっと子どもが考え感じるのでしょう。



子どもが、自分の幸せの基準で
生きていくためのサポートをしたいです。



それが出来るのは
やはり自分が幸せであることが
大切だと思うのです。



あなたの幸せはどんな幸せですか?


今、幸せですか?




幸せに生きるのは

意外と簡単なのかもしれませんね。




ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。



あけましておめでとうございます。

2021年になりましたね。



年が明けるとワクワクします。

どんな1年にしたいですか??


あなたにとって素敵な1年に
なりますように。゚✶ฺ︎.ヽ(*´∀︎`*)ノ.✶゚ฺ︎。




予告した「怒りの付き合い方」について
書こうと思っていたのですが…


新年明けたばかり、おめでたいので
「怒り」はやめようかなと思いました。

待っていてくださった方がいらしたら
申し訳ありません。

また機会をみて、書いてみたいと思います。




今回は、ワクワクについて書こうかな、と思います。



ワクワクすることをしていますか??



ワクワクするような楽しいこと。



そんなにすごいことでなくてもいいんです。


ちょっとしたことでも十分。



例えばお気に入りのカフェで
コーヒーを飲むこと、だったり

朝日と共にお散歩すること、だったり

買ったばかりの本を読むこと、だったり…




そんな風にワクワクする時間を
少しでも過ごすようにしていくと

人生変わっていく、と思いませんか?




心に余裕が生まれます。



余裕がある状態になって初めて
不登校の子どもをサポートする体勢が
整う気がするのです。




子どものちょっとした言動に
イライラしにくくなりますし、

子どもが落ち込んでいても
一緒に落ち込んだりせずに、

温かく包み込んであげられるように
なるのではないかしら。




子どもの言動に細かく反応していると
サポートするのは難しくなると思います。



親のそんな姿を見て感じて
子どもは、不安に感じたり
絶望したり
自信を無くしていくのではないかしら。


だから、親のこころが安定していることが
とっても大切です。


だからこそ、ワクワクすることは
親のメンタルにとって
とってもとっても大事だと思います。




そして、もしかしたら…

ワクワクすることは
私たちの人生をも
変えていく力を持っている??




ワクワクがワクワクを呼ぶこともあります。



1つのワクワクが呼び水になって
世界が広がったり深まったり
違うワクワクに結びついたりします。



そう、人生が動き始めます。




なんで動き始めるかって
その1つの理由は、

心で感じたワクワクが
行動の動機になっているから。



もちろん、頭で考えて
どう動くか考えた方がいい場面も
きっと沢山あると思います。



ですが、
頭で、ああだこうだと考えていると
中々動けなくなってしまうこともありますね。



「やりたい」気持ちが原動力になると
結構簡単に動けるし、

だからこそ新しい世界に飛び込みやすいし、

たとえ失敗したとしても、
ワクワクして楽しいなら別にいいかな。





私は、神社仏閣が好きなのですが
最初は好きな気持ちに気がつきませんでした。



でもワクワクすることはなんだろうと
子どもの頃の記憶を辿っていくと

その1つは「お祈りすること」だと
気がつきました。




理由は、心が静かになるから。

神聖な空気感が好きだから。

不思議な世界と
繋がれたような感覚が楽しいから。




毎日、神社やお地蔵さまに
会いに行っていますが
それだけで楽しい。




だけど、それが少しずつ広がり
色々な神社に参拝に行ったり、

正式参拝やご奉仕などに誘っていただいたり…

世界がどんどん広がっていっています。



ワクワクが広がっている。


だからとても楽しいです。

幸せも感じています。





そう、これは

子どもも同じだということ

に、気がつきます。





不登校になって
元気がなくなってしまった子どもが
ワクワクすることを見つけたら、、、

元気になっていくと思います。




ワクワクが世界を広げていき
熱中するものを見つけ
力を注ぐようになったら…


楽しくてしかたないでしょうね。




学校に行かなくったって
人生楽しんでいいことに
気がつけるかもしれません。





そして…
そういった活動を通して
誰かを喜ばせたり、幸せにすることができたら、


それはきっと
大きな自信につながるのかもしれませんね。




不登校の子どもの中には
自己肯定感が低くなっている
子どももいるかと思います。




だけど、好きなことに力を注ぐことで


達成感だったり


コツコツ積み重ねていく力だったり


誰かに認められる気持ちだったり。。。




そういう力を取り戻して

自信をつけていくと思うんです。



だから、親も子どもも

ワクワクすることが力になっていく。




まずは親から。


その姿を身近で見ている子どもは
多かれ少なかれ
影響を受けるものですからね。




この1年の初めに

今年はどんなことをしたいのか

どうなっていきたいのか

自由に制限なく考えてみませんか??




私は今年は

『ほぼ日手帳』

というものを買いました。



毎日1ページ、書くスペースがあります。


どんなワクワクで埋めていこうか
今から楽しみです。



楽しみながら、ワクワクしながら
継続出来るように
思考を働かせていきたいと思います。



さあ、ワクワクした年を始めよう。





ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。




今年もどうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。




子どもに怒ってしまう自分を
変えたいと思っている方は多いかもしれませんね。



感情的に怒ることのデメリットは、
大きいですから…




私も今の職場に入りたての頃
毎日のように怒られていましたから
そのデメリットが身に染みてわかります。



最初に怒られたときは
言われたことを直そうと
自分なりに考えて工夫するのです。


ですが、またうまく出来ないと怒られる。



次第に自分の頭で考えなくなり
その人に怒られないように
神経を集中するようになります。




顔色を伺いながら過ごします。


もしかしたら怒られるかもしれないと
恐怖心でいっぱいになります。


どんなパターンで怒られるか、
怒られてもダメージが少ないように
シミュレーションや心の準備をしておきます。




本来仕事に使うはずのパワーを
怒られ対策に取られ、
心身すり減ります。



感情的に怒ることで
相手のパワーをかなり奪っていることに
なると思います。





ですが…


そうはわかっていても
今度は怒らないようにしようと決意しても

怒りの感情が湧いてしまうと
それを制御するのは
本当に大変だと思います。




本当は怒りたくないのに

頭ではわかっているのに

怒ってしまう…




その場では我慢できたとしても
また何かのきっかけで
更に感情が爆発してしまう。




そして、怒ってしまってから
後悔の嵐。



なんで怒ってしまうのだろう。

こんな自分はダメな母親だ。



そんな風に自分を責めてしまうかもしれません。





私もそうでした。


ちょっとしたことで感情が爆発して
抑えられないんです。



自分のことを
意思が弱いのだと思っていました。




でも本当に??




怒りのエネルギーって凄いんです。


それを飲み込んで我慢するのって
かなり難しい。



漫画とかだと、
両手の握り拳をワナワナと震わせて
あとで壁に穴を開けてしまうほどのパワー。笑




怒りは抑えるのが難しい感情だと思います。





でも怒らなくなる方法はあります。


ただその方法を知らないだけ。



私は残念なことに
怒ってしまう母親でしたが
今はほとんど怒らない人になりました。





ここでは、

私が怒る人から怒らない人になるまでに

有効だったと思うことを
書いてみたいと思います。





怒らないようになるには

次の3つのことをするといいかと思います。





1つ目

普段どのくらい我慢したり、

頑張っているのかを知り、

そんな自分を認める。




2つ目
解消されていない悲しみ、

苦しみがあることに気がつき

それを癒していく。




3つ目

怒りの裏側にある感情を知り、

そんな自分を認める。







普段頑張りすぎている

我慢し過ぎている

だから余裕がないんです。



余裕がないと、
ちょっとしたことで
怒りが爆発したりします。






私は外でものすごく気を使う人でした。


その場所その場所で
自分を周りに合わせて
変えていたのだと思います。


そこで受け入れてもらえるような
自分を演じていたのかもしれません。



ですから、もうそれだけでヘトヘトです。



そして、良くも悪くも
愚痴を言わない(言えない)人なのですよね。



だから、どんどん自分の中にたまっていきます。


心の中の
ストレスコップがいつもいっぱい。



そこに、
唯一リラックスできる家の中で

ちょっとしたストレスが掛かると

ブワーっと怒りとなって溢れてしまうのです。




外でしたら、
そこで我慢機能が働くのですけど

我慢機能を解除している家ですから…

もう制御が出来ません。




ですので、

普段頑張り過ぎていることや

普段我慢し過ぎていることを

まずは知ることが第一歩かな〜と思います。




そして、

頑張り過ぎていたり
我慢し過ぎていることを止めるなり、

頑張らない、我慢しないに変えていきます。



私は、
ひとつひとつ気がついたところから
変えていきました。




嬉しくないのに、楽しくないのに
笑わない。


本当は思っていないのに賛同しない。


嫌な気持ちになったら、
そのままにしない。


無理して〇〇しない。
(〇〇=やりたくない事)

どうしてもしないといけないときは
「やりたい」に変えてから取り組む。

・・・
 

このように気がついたところから
行動を少しずつ変えていきました。



もしできないときがあっても
自分を責めないようにしました。



そうしていくと徐々に、
頑張り過ぎがなくなり
我慢し過ぎがなくなって
自分を大切にしながら過ごせるようになりました。



それにより
無駄に使っていたパワーを
好きなことに使えるので
余裕が出てきたのですよね。



ストレスのコップが
あまりたまらなくなってきました。





我慢していると他のデメリットもあります。


自分は我慢しているのに、
好きなことを楽しんでいる
子どもを見ると、
怒りが湧いてくることです。


それはもう
嫉妬に似たような感情かもしれませんね。





次に…

まだ解消されていない
悲しみや苦しみに気がつき
癒していくことですが。。。



そういう悲しみや苦しみを抱えていると

それが地雷となることがあります。



例えば…


周りに馬鹿にされたような経験があり
その悲しみをまだ心に抱えていたりすると、

思い込みだとしても
馬鹿にされたと感じた瞬間
怒りが湧いてくるかもしれません。



だから、この例だと
馬鹿にされて傷ついた心を
癒やしていくとよいのだと思います。



癒し方は、きっと色々あるのでしょうね。

プロのカウンセラーさんや
コーチの方に頼るのも1つの方法。



ですが、私はこんな方法で癒しています。


想像上で過去の私に戻って
そのときの感情を再び感じて
悲しかったことを吐き出します。


(シチュエーションなど
出来るだけ具体的に思い出すと
効果も高い気がします。)



そして、ノートや口に出して
悲しかったことを言葉にしていきます。



そして、もう1人の私が
辛かったね、悲しかったよねって
寄り添ってあげます。



スッキリするまで何度でも。。。



たったこれだけでも
効果ありです。




ですが、癒し方は
きっと人それぞれだと思います。


あなたにいい方法が見つかりますように。






そして、最後は…


怒りの感情の裏側にある
気持ちに気がつくことです。


これは結構面白いです。




怒りの裏側には
色んな感情がぐるぐるしています。



怒りは2次感情だって言われています。



怒りの裏には
必ず何かの感情(1次感情)が
隠れているらしいのです。



その1次感情に誘発されて
湧いてくるのが2次感情です。




1次感情は、

悲しみ、寂しさ、恐怖、不安、孤独、罪悪感…

といった、ネガティブな感情です。




ですので、
悲しみなどの1次感情に気づき
マインドを転換出来たなら、
怒りが湧いても消えていきます。




相手ではなく、

自分の心に意識を向けてみる

ということです。




これは、怒っているその瞬間に
やると効果的です。



そして、面白いです。



色んな感情が渦巻いていたことに
気がつくかもしれませんね。




分かってもらえない悲しみ

蔑ろにされたような寂しさ

軽い存在だと思われたような傷ついた気持ち

言いようもない不安

なんとかしなければという焦り

先が見えない絶望感・・・



こんな感情が渦巻いているかもしれません。




怒っているときに
自分の感情の渦から少しだけ離れて
1次感情を見つめてみると



自分の感情のパターンや仕組みが
少しずつ見えてきます。




怒りの裏に隠れていた感情に気がつけば

それを認めてあげれば

いいのではないかなぁと思います。




先ほど書いたように

悲しいね、寂しいね、辛いよねって。。。




怒りは6秒過ぎれば、
冷めてくるらしい。



ってことは、
1次感情に向き合っているうちに
怒りがだんだん冷めてきます。



私がよくやるのは
怒りが湧いてきたときに
トイレなどに退避しながら
1次感情を見つけます。



するとトイレから出るときには
怒りはどこかへ行っちゃっていますよ。




意外と簡単に
怒りんぼ母さんとはおさらばできました。



この先には続きもあります。

 

相手への共感。

 

自分の感情に向き合ったあとは

相手を許す段階へいくかと思います。

 

 

そのお話は、次回書きます。

 





怒りについて

こんなことを言っている方がいました。


怒りのパワーって物凄いから、

それを何かに生かせたらいいよねって。




そんなこと考えたことありませんでした。


床磨きとか、窓磨きとか
トイレ掃除とか…


そういうのに生かしてみようかな。


めっちゃピカピカに磨けそう|* ̄∇︎ ̄|ニヤッ




ここまでお付き合いいただき

ありがとうございました。

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。




私は左利きです。

書道の筆を握るときは右だったり
ピアノを弾く際は右手の方がよく動きます。



ですが、基本は左手をよく使い、
箸や鉛筆などは左で持ちます。




小学校に入学した最初の方の授業で
鉛筆を持って線をなぞることを
した覚えがあります。


もちろんそれまでのように気にせずに
左手で鉛筆を持っていたら、
先生に直されました。


「右で持ちなさい。」と言われました。



そのときの気持ちと言ったら…

否定された気持ち

無力感

理不尽感

ガッカリ感


色んな気持ちを感じましたね。

今でも覚えています。



「左利きです。」って言ったのに
聞いてもらえなかった。



初めて右で鉛筆を持って描いた線は
不恰好で、悲しくなりました。


左手なら上手に書けるのに。。。

先生に対する信頼や尊敬心は、
ガラガラ崩れ落ちていきました。


だって、学校で書けるようにって
嬉々として練習していたのだから。。。



そして、別の日に
また鉛筆の授業がありました。


私は懲りずに左手で書きました。



だけど、先生に注意はされませんでした。



あれ?左手で書いていいの??



それ以来、今まで一度も左利きを
直されたことはありません。




今思うと…
もしかして母が先生に電話でもして

「左利きなので、左手で書かせてください。」

なんて伝えていたのかもしれません。



当時は、左利きは直した方がいいと
言われていたそうです。


私の夫も左利きなのですが、
鉛筆も箸も右手で持っています。

やはり、子どものときに矯正したと言っていました。


昨今、利き手はほとんど直さないと思います。


園でも10人に1人くらいの割合で
左利きの子どもがいます。


ときどき右に直してくださいと
親御さんに言われることがありますが、

直さない方がいいことを
やんわりと伝えると
諦めてくれることがほとんどです。


幼少期は、自然と動かしたい気持ちから
手を使うようになり、
食べるときも、最初は手づかみ、
次にスプーンで握りもち、
そして3本指でスプーンを持つことを経て
箸を使えるようになっていきます。



これは、子どもの「やりたい」気持ちが
あるからこそ楽しい気持ちとともに
トレーニングがうまくいくのです。



ですが、ここで子どもに我慢させて
反対の手で練習させることは
精神的ダメージが大きいです。


やりたくないことをさせるのですからね。


当然うまく出来ないでしょうし。


自分への信頼や、
周りへの信頼を失いかねません。


劣等感、自己肯定感の低さなども
生まれてしまうかもしれません。




今では当たり前のようになっている
「左利きは矯正しない」という考え。


私が子どもの頃は
まだ当たり前ではなかったのです。



当たり前ではなかったのに
直さないでいてくれた母に感謝します。




左利きでしたが、習字の授業では
右手で書くことを自ら選びました。


そのために習字を習いはじめ、
右手でもそれなりに書けるようになっていきました。


さすがに書道の筆は
左手では難しいと思ったからです。


克服しようと思えば、自分から動き始めるし
努力もするのだと、そのときに経験したことは
今でも覚えています。




左利きのままでいさせてくれたことで
私は母から大切なことを教えてもらいました。


それは…
『苦手なものは克服しなくていい』
ということ。



苦手なことを克服することのデメリットを
母は、知っていたのかもしれません。


もし、たとえ克服できたとしても
得意な人と比べて、
上手くなることは、多分ないのでは…?




苦手なことをやるってことは
やはり苦痛だと思うんです。


苦痛な時間を過ごし、
頑張って克服したとしても
大した結果は出ない。


楽しみながらやっている人とは、
比べものにならないと思います。




このことは、左利きの矯正だけでなく
他のすべてのことにも当てはめて
考えています。



勉強、スポーツ、習い事、
日々の生活の一つひとつ。



苦手克服に時間と労力をかけるなら
好きなことを伸ばした方が
いいんじゃないかなぁ。


その過程で、苦手なことを
克服した方がいいこともあるかもしれない。


そしたら、克服すればいいし、
もしかしたら、好きなことを通して
自然と克服しているかもしれない。



好きなことを伸ばしていけば、
それにつられて
他のことも引き上げられていく。


そんな気がしませんか?


苦手なことに関わる時間がもったいない。


好きなこと、得意なことを
どんどん伸ばして
色んな才能を開花していくと
いいかな、と私は思います。


時代も確実に変わっていっていると思います。


想像ですが…

得意なことを生かして
個人がいくつもの仕事を掛け持ちしながら
働くような、時代がすぐそこまで
来ているのではないかしら。



だったら、

仕事に出来るくらい
得意なことを作った方がいいし、

1つではなく、複数あるといいですよね。



もはや、苦手なことを
克服している時間はない??




潰しがきくように、

万遍なく出来た方がいい

保険のために学校に行っていた方がいい

などはよく聞く言葉ですけれど

本当に??





潰しがきくように、

考える力をつけておいた方がいい

好きなことを見つける力をつけておいた方がいい

集中して向かえる力をつけておいた方がいい



こっちの方が重要な気がする今日この頃。



でも…
苦手なことも克服しないと
社会で生きていくのは大変かもしれない。



そう考えたりもします。



本当にそうだろうか。。。


自分のことを思い浮かべると
小学生や中学生のときに苦手だったこと、
別にやらなくても良かったな…と。


理科の実験、歴史、地理、そろばん、球技


う〜ん、どれも困ってない。


歴史や地理は、大人になってから
興味が出てきて、
本を読んだり旅に出たりするうちに
詳しくなっていきました。


理科の実験は、何をやっているのか
よくわかっていなかったけれど、
高校では化学が結構好きでした。


そろばんが出来なくても、
頭の中で概算ができればあまり問題はなく
正確な計算はスマホにお願い。





自分にとってベストな時期
というものがあるのだと感じています。



今、苦手なことを克服するよりも
いずれベストなタイミングでそのときが来るなら…


そのときに自発的に
向かい合えばいいのではないかな。



そのタイミングを見逃さない力も必要なのかな。


でもそれって別に難しいことではなくて
自分の心をいつでも知ることができれば
「やりたい」って思ったタイミングで動いたらいい。


だけど、苦手なことを克服するような
生き方をしていると、
自分の「やりたい」に気づきにくくなってしまうかも。



なぜならば、
「やりたい」ではなく
「やらなければいけない」や
「やっておいた方が得」だって
頭で考えて動く癖がついてしまうから。。。



「やりたい」気持ちを無視しているうちに
「やりたい」気持ちを感じられなくなっていき

いつしか「やりたい」気持ちも生まれなくなります。


そして、
苦手なことや、やりたくないことも
義務感でやるようになります。


するとどうなるか…

「自分だけ頑張ってる」
と被害妄想に取り憑かれたり、

「〇〇してほしいのに、してくれない」
と周りの人に不満を抱くようになったり、

我慢して頑張っていない人を
見下したり、馬鹿にしたりするように
なるかもしれません。






長くなりましたが…


だから苦手なことを克服するよりも
もっと大切なことは、

好きなこと、得意なことを伸ばすこと。



もし苦手なことをやってみたいと思ったら
無理して頑張るのではなくて、

無理しなくても楽しんで出来るように
そのために必要な力をつけてから
取り組むのもいいかと思います。




苦手なことは、
他の人に助けてもらいましょう。


得意なことで社会に
貢献していけばいいのです。


そうやって
助け合いながら生きていくことが
できたらいいなぁと思います。


これをアドラー心理学では
「共同体感覚」といいます。


自分も他人もそのままでよく、
そのままの自分で助け合っていけばいい。


それこそが、幸せな生き方だといっています。



苦手なことは、克服しなくていい。


それが、幸せな生き方の第一歩。



不登校の子どもたちは
そういう面で
幸せに近いのではないかと思います。



もし、不登校期間中に
好きなことをどんどん伸ばして
その能力を使って
誰かに貢献できるようになれたとしたら。。。


失われたと思っていた自信を取り戻し
キラキラ羽ばたいていくかな。


どのように不登校期間を過ごすかで
子どもの人生は変わっていくでしょうね。



「出来ない」「やりたくない」「苦手」
親がそういった不足している部分にばかり
目を向けて、苦しんだり不安になったりするよりも、


子どものいいところや
得意なところに目を向けて
親がどう関われば
子どもの力や喜びが伸びていくのか
思考を動かしたり
心を砕く方がいいのではないかな〜って思います。



そうすれば、
不登校のこどもの未来は(今も)
幸せなものになるのではないかな。



私はそう思っています。



ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました(✿︎´ ꒳ ` )♡︎