不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -17ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

 

いつも読んでくださり

ありがとうございますおねがい

 

 

 

 

 

 

子どもには反抗期があると言われています。

 

 

反抗期は、精神発達の過程で、他人の指示に対して拒否、抵抗、反抗的な行動をとることの多い期間のことである。

子どもから大人へと成長してく過程で誰もが通るものとされている。

 

Wikipediaから一部抜粋

 

 

 

幼児期に起きる第一次反抗期

 

 

そして

 

思春期前後に起きる第二次反抗期

 

 

 

誰もが通るものと言われていますが

 

本当でしょうか???

 

 

 

 

 

子どもに反抗期があっても別にいいのですが

 

ここでは

 

反抗期は存在しないというパラダイム

 

を採用して記事を書いてみます。

 

 

 

 

 

 反抗期は存在しない、というパラダイム

 
 
一般的には、子どもが成長する過程で
 
反抗期は必ず通ると言われています。
 
 
 
 
ときには
 
反抗期がない子どもがいるそうですが
 
逆に危険だ聞いたこともあります。
 
 
 
 
親に反抗する選択肢を
 
選ぶことができない子どもも
 
中にはいるのだと思います。
 
 
 
 
 
反抗すると
 
自分の安全が守られないかもしれない。。。
 
 
 
 
親が怖くて反抗できなかったり、
 
親が苦労しているから
自分の気持ちを言えなかったり
 
親に嫌われしまうかもと
不安だから反抗できなかったり。。。
 
 
 
 
そういう場合は
反抗期がないように見えます。
 
 
 
 
 
でも…
 
心の中には
いろいろな思いがたまっているのです。
 
 
 
悲しみや
 
癒されない思い、
 
寂しさ、恨み…
 
 
 
 
いつかその思いと向き合わないと
 
先に進めないような日が
 
やってくるのではないかと思います。
 
 
 
 
老齢になった親に
 
自分の思いをぶつけることに
 
なるかもしれませんね。
 
 
 
 
 
それは、
 
反抗期のときに親に思いをぶつけるよりも
 
かなり大変でしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
子どももそれまでの親との関係が
 
心の中で自分の制限となっていることに
 
苦しみながら気が付くのでしょう。
 
 
 
 
 
 
まあ、反抗期があっても、なくても
 
親から与えられた色々な制限
(リミッティングビリーフというそうですが)
 
と多かれ少なかれ
 
向き合うことになるとは思いますけれど…
 
 
 
 
 
 
話が逸れてきましたあせる
 
 
 
 
 
 
こういった状態とは違う
 
反抗期がないパラダイム。
 
 
 
 
反抗期がなくても
 
親と子どもがお互いを尊重しながら
 
子どもはしっかりと成長していく。
 
 
 
 
 
そういう道があるなら
 
そっちを選びたいと思いませんか?
 
 
 
 
だって、反抗期って
 
すごくエネルギーいりますよね。
 
 
 
 
もったいなくないですか??
 
 
 
そのエネルギーを
 
別のことに使えたとしたら…
 
 
 
たとえば
 
親と子どもが協力して
 
それぞれの人生のストーリーを
 
より素晴らしいものにしていけるのでは???
 
 
 
 
 
私は第一次反抗期も
 
第二次反抗期も
 
なくすことができると思っています。
 

 
 
 
 

 反抗したいのではなくて、自分を生きたい!

 
 
昨年度まで保育園では
 
2歳児クラスを担当していました。
 
 
 
 
2歳児には、イヤイヤ期なるものが
 
存在していると言われていますね。
 
 
 
 
何に対しても「イヤ!!」と
反抗してくる時期がある。
 
 
 
これを機に
 
第一次反抗期が始まるそうです。
 
 
2歳~4,5歳くらいまで、だそうですね。
 
 
 
 
「イヤ!」と言い始めると
 
大人が疲れて降参するまで
 
諦めない子どもたち。
 
 
 
 
自分がしたいことを主張し始めます。
 
ときには、床にひっくり返って大泣きします。
 
癇癪を起します。
 
 
 
代替案を提案しても
 
2歳児には却下されることも多いです(笑)
 
 
 
 
 
でも…

保育園でかかわった子どもたちを
 
よ~く観察してみると
 
気が付きます。
 
 
 
 
反抗したいのではなくて、
 
自分で決めて、自分で選んで、自分でやりたい。
 
 
 
それを邪魔されたくないんです。
 
 
 
ただそれだけ。
 
 
 
子どもが自分で選べるように
 
自分でできるように
 
大人が工夫すればそれだけで済みます。
 
 
 

そして
 
子どもの気持ちに
 
寄り添ってあげたらいいと思います。
 
 
 
 
 
子どもの気持ちをあれこれ考えてみて
 
「〇〇が嫌だったね」
 
「□□したかったんだね」
 
と気持ちに寄り添うと子どもは安心しますし、
 
反抗したい気持ちも引いてきます。
 
 
 
 
 
もし困ったことをする場合は
 
周りが困っていることを知らないからか、
 
必ず意味があります。
 
 
それをちゃんと聞いてあげたらいいと思います。
 
 
 
 
言葉がまだあまり話せない子どもでも
 
大人の方で色々と想像力を働かせて
 
あ~なのかな?こ~なのかな?と
 
考えてみるといいのかな。
 
 
 
私は、結構この過程が好きですね。
 
 
色々試してみる過程です。
 
 
失敗もありますけどね。
 
 
反抗されて大泣きガーン
みたいなこともありますが…笑
 
 
 
 
この子が求めていたのはこれだったんだ!
 
ってわかるとすごく嬉しいし
 
子どもとの距離が近づきます。
 
 
 
 
 
 
これは思春期と重なる
 
第二次反抗期も同じ
 
ではないでしょうか。
 
 
 
 
 
確かに、体の成長に伴う
 
ホルモンバランスの変化
 
イライラしたり、感情が揺れ動いたり
 
する時期と重なります。
 
 
 
 
ですから、八つ当たりされたり
 
感情が爆発したりする
こともあるかもしれません。
 
 
 
 
 
親に甘えているとも言えるし
 
親を信頼しているとも言えます。
 
 
 
 
 
八つ当たりしても
 
嫌われないと思うから
 
感情をぶつけられます。
 
 
 
 
 
 
ですので、こういう思春期特有の
 
感情の起伏はある意味仕方がないものです。
 
 
 
 
大きな心で受け止めてあげてください(笑)
 
 
 
イヤなときは
 
「そんな風に言われたら悲しくなる」
 
と伝えていいんですよ。
 
 
 
 
 
でもそれと反抗期は違います。
 
 
 
反抗期は、何かに反抗するものです。
 
 
 
その何かは
 
型にはめようとすること
 
押さえつけようとすること
 
動かそうとすること
 
です。
 
 
 
 
 
 
 
そういうことに対する
 
反応に過ぎないのではないかと考えます。
 
 
 
 
 
 
子どもは
 
なんでそれをしないといけないのか
 
納得していないことも沢山あるでしょう。
 
 
 
 
 
今まではそれが当たり前
 
だったかもしれませんが
 
 
本当は当たり前では
 
ないことに気が付いた!!
 
 
 
一方的に決められたものに
 
疑問が湧き、押し付けられたくないと思う。
 
 
 
だから反抗!!
 
 
 
 
 
例えばこんな風景はどうでしょうか?
 
 
 
 
 
今までは、親の言うことをきいて
 食事中にスマホや漫画を
見ないことを守ってきた。
 
 
 
 
でも、どうしてお父さんは
テレビや新聞を見て食事しているの?
 
 
友達の〇〇ちゃんは
食事中もスマホ見ながら食べてる
って言っていたよ!
 
 
 
 
「お父さんは大人だからいいの!」
 
「よそはよそ!うちはうち!」←古い??笑
 
 
 
 
小学生の低学年だったら
 
ここで怒りながらも諦めていたことでも
 
思春期になると諦めないかもしれません。
 
 
 
 
そりゃあそうですよね。
 
納得できないですよ。
 
 
 
 
テレビや新聞はよくて
 
スマホや漫画はダメ。
 
 
 
大人はよくて、子どもはダメ。
 
 
 
 
なんで???納得できない!
 
自分もやってるのに
 
私だけ変われっていうの?
 
 
 
 
 
こういうちょっとしたことの積み重ねで
 
1つ1つのものごとに反抗していたのが
 
いつしか、親に対して反抗する
 
ようになるかもしれません。
 
 
 
 
 
 

 不登校経験が子どもの反抗期を終わりにしてくれた

 
我が家の話をします。
 
 
我が家には現在中1の息子がいますが
 
小5の夏から不登校です。
 
 
 
不登校になるまでの1,2年が一番大変でした。
 
 
ええ、反抗が!です。
 
 
 
世間では思春期が反抗期だというけれど
 
うちは10歳になる前から反抗期
 
なんだって嘆いていましたねえーん
 
 
 
 
 
親子喧嘩は日常茶飯事。
 
 
 
 
それでも、低学年のころは
 
言うことをきいてくれていた息子ですが
 
3,4年生の頃になると
 
だんたんと私の言うことに反抗する
 
ようになってきました。
 
 
 
 
悪態ついたり、キレたりしていたんです。
 
 
 
 
 
 
 
今ならその原因ははっきりしています。
 
 
 
 
息子を否定したり
 
動かそうとしていたからです。
 
 
 
 
私が理想とする方向へ
 
息子を動かそうとしていました。
 
 
 
だから
 
それをやめてほしいという目的
 
息子は怒っていたと思うんです。
 
 
 
 
 
 
例えば
 
人を思いやれる子どもになってほしい。
 
 
 
 
 
 
私は、息子の現状を否定して
 
理想ばかりを追い求めていたのだと思います。
 
 
 
 
 
息子の行動が気になって
 
現状や将来を不安視して
 
直さないと!と焦っていました。
 
 
 
このあたりは
 
思い出すと胸が痛いです。
 
 
 
 
本当はどれも
 
私が自分と向き合うべき課題だった
 
のに。。。
 
 
 
 
それに気づかずに
 
息子に変わってもらうことで
 
安心しようとしていたんです。
 
 
 
 
 
息子を通してみていたのは自分
 
 
 
 
息子が周りの人とうまく関われなかったら
 
色んな人に嫌われてしまう。
 
 
親同士のトラブルになったらどうしよう。
 
また先生に呼び出されて怒られたらどうしよう。
 
 
 
無意識に
 
自分が傷つくのが怖かったんだ
 
 
 
 
 
自分が傷つきたくないから
 
息子の課題に首を突っ込んで
 
息子を変えようと、動かそうとしていました。
 
 
 
 
 
 
そんな私と息子ですが…
 
 
息子が不登校になった出来事を境に
 
息子の反抗がなくなりました。
 
 
 
 
 
そりゃあ
 
最初の半年は大変でしたえーん
 
 
 
 
今まで私が息子に対してしていたことを
 
その半年間でチャラにしようと
 
してくれていたのかもしれません。
 
 
 
 
 半年間
 
泣いたり喚いたり
 
家出しようとしたり
 
怒りを爆発させたりして…
 
 
 
 
そして落ち着きました。
 
 
 
 
反抗してキレたりすることは
 
もうほとんどなくなりました。
 
 
 
 
それはなんで???
 
 
 
 
 
息子の人生を
 
息子自身に返したからです。
 
 
 
 
 

子どもの人生の主人公は子ども自身

 
 
子どもの人生というストーリー
 
主人公は子ども自身です。
 
 
 
 
親が脚本を書くわけではないのです。
 
 
子どもが自分で書けばいい。
 
 
 
 
親が子どもの脚本に
 
手を加えたくなったとしたら
 
それは
 
親自身が自分の課題に向き合っていない
 
という証拠かもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
子どもの人生の至る所に
 
親自身の課題に向き合うための
 
チャンスがキラリと光っています。
 
 
 
 
 
 
親がそのことに気が付いて
 
自分の課題に向き合ったなら
 
子どもからの反抗は
 
無くなっていくのじゃないかな。
 
 
 
 
 
 
子どもが反抗する
 
理由がなくなるから…。
 
 
 
 
 
 
例えば
 
先ほどの食事の例でいうと…
 
 
 
食事の際のスマホ使用。
 
 
 
 
 
もし、NGにするならば
 
親も止める必要があるし
 
今まで一方的に強制していたことを
 
子どもに謝る必要もあるでしょう。
 
 
 
 
 
 
その上で
 
食事のときには
 
どうしてスマホや漫画をみるのを
 
やめて欲しいのかを
 
きちんと説明して
 
わかってもらわないといけません
 
 
 
 
ちなみに我が家は
 
食事時のスマホはオッケーです。
 
 
 
 
息子はYouTubeを観ながら
 
食事をしていることはありますね。
 
 
 
 
でも
 
ゲームや漫画はないようです。
 
 
 
食べづらいし、読みづらい
 
ですものね。笑
 
 
 
 
 
どうして、
 
スマホや漫画を読みながらの
 
食事に不快感を感じるのか
 
自分自身と向き合ってみます。
 
 
 
 
 
 
行儀が悪いと思うから。
 
 
食事に集中してほしいから。
 
 
 
 
もし
外でも同じことをしたら
 
誰かを不快にしたり
 
非常識だと思われたら
 
本人も辛いだろうし
 
親の育て方が悪いと
思われるのが嫌だからガーン
 
 
 
 
自分がそのように育てられたから!!
 
 
 
 
 
しつけとはこういうものって
 
ただ自分が躾けられたとおりに
 
子どもを躾けようとしていただけでした。
 
 
 
 
 
しつけないと大変なことになる
 
そういう恐怖心もありました。
 
 
 
 
ですが…
 
家ではスマホを観ながら
 
食事をしている息子ですが
 
外食したとき
 
とくに他の家族もいるときは
 
スマホを見ることはほとんどない。
 
 
 
 
以前息子に伝えたことがあります。
 
 
 
 
 
スマホを観ながら食事をすることは
 
一緒に食べている人が
 
嫌な気持ちになったり
 
することもあるんだよって。
 
 
 
 
 
息子はそれを覚えているのかもしれません。
 
 
 
 
親が制限しなくなることで
 
子どもは自分で考えて
 
行動を変えようとしていくのですね。
 
 
 
 
 
 
 
 

反抗につかっていたエネルギーを別のものに使えるなら

 
 
親子の信頼関係が築けたなら
 
子どもは反抗せずに
 
自分の気持ちを
 
言葉で伝えてくれるように
 
なると思います。
 
 
 
 
 
最初はつたないかもしれません。
 
 
 
 
 
でもじっくり聴いたり
 
質問をしたりしていくと
 
自分の気持ちをたくさんみつめて
 
話していけるようになると思う。
 
 
 
 
 
また
 
親の体験談や知っていることを
 
聞きたいと思うようになるのかも。
 
 
 
 
 
そうやって
 
親との関係を作っていくことは
 
子どもの人生にとっては
 
プラスになると思っています。
 
 
 
 
親にとっても
 
子どもと本当に信頼し合え
 
尊重し合える関係になれたら
 
幸せじゃないですか?
 
 
 
 
 
子どもを成長させるのは
 
子ども自身。
 
 
 
親はわき役でオッケーです。
 
 
 
 
親がすることは
 
育児ではなくて育自??爆笑
 
 
 
そして
 
親自身の人生のストーリーを
 
描いていきましょう。
 
 
 
 

まとめ

 いかがでしたか?
 
 
 
子どもに制限を掛けていたことを
 
やめてみる。
 
 
 
もしやめたくなかったら
 
子どもと話し合って
 
お願いする。
 
 
 
 
でも、決めるのは子どもです。
 
 
 
 
親子の信頼関係が出来ていなかったら…
 
 
いざと言うときに
 
話を聞いてもらえないかもしれません。
 
 
 
 
 
危険なことをしようとしているときや
 
自分や誰かを傷つけようとしているとき
 
親の思いが届く状態になっていてほしいです。
 
 
 
 
そしてもし深刻な悩みがあるなら
 
親に聞いてもらいたいと
 
思ってほしい。
 
 
 
 
信頼関係は
 
いいに越したことないですねニコニコ
 
 
 
 
 
中1の息子は
 
不登校で家にいますが
 
反抗期はなくなりました。
 
 
 
毎日笑顔で色んなことを
 
話しています。
 
 
 
 
でも
 
きっと学校へ戻ったり
 
別の道へと進んだり
 
新しい環境へと入ったら
 
親子の関係性も
 
また変わるかもしれません。
 
 
 
 
ですから
 
これで大丈夫
 
なんてことはないですね。
 
 
 
 
子どもは日々成長しているので
 
それに気がつけるように
 
親も成長していけたら
 
いいな〜って思います。
 
 
 
 
 
反抗に使っていたエネルギー
 
反抗対応に使っていたエネルギー
 
何に使いますか?
 
 
 
 
 
 
ここまでお付き合いいただき
 
ありがとうございました。
 
 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。


 

畑の野菜、毎日採れています

 

 

 

私の住む地域では

 

既に夏のような気候です爆  笑あせる

 

 

 

そして、畑で毎日のように採れるインゲンと

 

格闘中であります(笑)

 

 

 

毎日インゲン。。。

 

メニューが思いつきません。笑

 

 

 

 

 

 

 

さて、本題ですウインク

 

 

 

 

子どもが不登校を脱出する道すじを

 

描いていますか??

 

 

 

 

 

何がどうなったら

 

不登校状態が終了すると思いますか??

 

 

 

 

 

今回は

 

不登校の子どもが

 

いわゆる不登校の状態を脱出して

 

生き生きと生きていくための

 

大まかな道すじについて考えてみます。

 

 

 

 

 

 

いや、学校へ行くことが

 

その子どもにとっての

 

唯一の輝かしい道

 

というわけではありません。

 

 

 

 

 

もちろん色んな道があっていいのです。

 

 

 

 

学校には行かずに働き始めたり

 

アルバイトしながら好きな活動に熱中したり。

 

 

 

 

なんでもいいのですが

 

ここでは

 

不登校の状態から社会へ出て

 

社会の中で生活していくことを言っています。

 

 

 

 

 

 

 

ですが、どんな道を選ぶにしても

 

きっと同じようなことが

 

子どもの中では起きているような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

大まかな道すじが見えると

 

親がやった方がいいことや

 

やらない方がいいことが

 

見えてくると思います。

 

 

 

では、どうぞ〜♪

 

 

 

 

 

 

 不登校→〇〇→登校 「〇〇は何?」

 

 

 

不登校の子どもは

 

こんなことを考えているかもしれません。

 

 

 

 

 

「学校に行きたくない」

 

「学校に行けない」

 

「学校に行く必要がない」

 

「自分には無理」

 

 

 

 

 

 

そんな風に思っているから

 

学校に行かないんですよね、きっと。

 

 

 

 

 

 

ではどうしたら学校に

 

行くようになるのかというと

 

 

 

 

学校に行きたくない

 

 

学校に行きたい

 

 

 

 

 

このように

 

価値観がガラッと

 

変わればいいのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

当たり前ですけどね(笑)

 

 

 

 

〇〇に「価値観の変化」を入れてみました。

 

 

不登校→価値観の変化→登校

 

 

 

 

こういった価値観の変化がないと

 

多分、学校へ行くのは

 

難しいのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

行きたくない気持ちがありながら

 

学校へ行くようになることも

 

あるかもしれませんが、

 

それはいつまた不登校になっても

 

おかしくない状態のような気がします。

 

 

 

 

 

では、

 

「学校へ行きたくない」

 

 

「学校へ行きたい」

 

にどうやったら変わるの??

 

 

 

 

どうやったら価値観が変わるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 価値観が変わるような出会い

 

 

不登校になったAくん。

 

 

周りのみんなが

 

普通に学校に行っているのに

 

自分はどうしても行きたくない。

 

 

 

 

そんな自分を責めて、絶望して

 

人生どうでもよくなりました。

 

 

 

 

家の中では荒れ、

 

泣き叫んだり

 

家族に怒りをぶつけたり。。。

 

 

ときには暴言、暴力も…。

 

 

 

 

暗い部屋に閉じこもることもありました。

 

 

 

 

 

何にもやる気が出ません。

 

 

 

 

唯一、ゲームやYouTubeが

 

自分を楽しませてくれる。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

そんな不登校中のAくんがいます。

 

 

 

 

 

 

このAくんが不登校を脱出する

 

物語を描くとしたら

 

どんな話になるでしょう。

 

 

 

 

 

心身ともに癒されて

 

元気になる必要はあると思います。

 

 

 

 

でもそこから何が起きれば

 

価値観がガラっと変わるのでしょう?

 

 

 

 

 

 

恐らく何らかの

 

新しい出会いのようなもの

 

あるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

その出会いは、人でなくてもいいんです。

 

 

 

本との出会いでもいいし

 

漫画の主人公の生きざまかもしれません。

 

 

 

 

 

好きなことを思いっきりやって

 

結果を出して自信をつけた

 

自分との出会いかもしれません。

 

 

 

 

 

たった一度きりの、何かの体験かもしれません。

 

 

1人でキャンプに行ったこと。

 

海外旅行に行ったこと。

 

そういうものかもしれません。

 

 

 

 

 

何かはわかりませんが

 

誰か人だったり、体験だったり

 

新しい出会いがあることで

 

価値観が変わりやすいと思います。

 

 

 

 

 

自分に当てはめてみると

 

分かりやすいかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

私は子どもが不登校になって

 

不登校=不幸

 

だった価値観が

 

不登校=幸せ

 

にガラッと変わりました。

 

 

 

 

 

 

 

子どもが不登校になった当初は

 

朝起きるのが嫌でした。

 

 

 

 

窓の外に見えるおひさまの光が

 

目に痛くて、

 

また苦しい思いをする1日が始まる。

 

 

 

 

息子がどんどんおかしくなっていくので

 

今日が最後の日になるのではないか

 

また息子が暴れたら

 

今度こそ私1人で止められるのか

 

不安で心配で

 

生きた心地がしませんでした。

 

 

 

 

 

 

そんな状態の私でしたが

 

新たな出会いがあったことで

 

少しずつ少しずつ変わっていったのです。

 

 

 

 

 

 

 

朝、お布団の中で感じる朝日が

 

柔らかく暖めてくれるようになりました。

 

 

 

 

 

毎朝、外の空気を全身で感じながら

 

お気に入りの散歩道を探して

 

お気に入りの散歩アイテムを見つけて

 

帰ってくれば

 

息子が「聞いて聞いて!」と

 

好きなゲームやYouTubeのこと

 

を話してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

目がつり上がって

 

顔が引きつっていた夫も

 

優しい笑顔で「おかえり」と言ってくれる。

 

 

 

 

 

 

そんな風に変わって行ったんです。

 

 

 

 

 

 

だから、

 

子どもが不登校で

 

学校に行かずに家にいても

 

幸せを感じながら生きていくことができます。

 

 

 

 

 

お互い分かり合えずに

 

怒りをぶつけあうような関係から

 

お互いを思いやり笑顔あふれる関係へ。

 

 

 

 

 

不登校かどうかよりも

 

家族が仲良いことの方が

 

私にとっては幸せなことだったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてそのような変化があったのかというと

 

やはり出会いがあったからです。

 

 

 

 

木村優一さん主催

 

SIA PROJECTのサポートに出会ったこと。

 

 

そして、佐伯和也さん主催

 

親のためのコミュニケーション講座BASEに出会ったこと。
 

 

 

 

 

今まで知らなかった考え方や価値観に触れ

 

沢山の仲間が出来たことで

 

不登校だって幸せだな~って

 

いや、不登校かどうかなんて

 

幸せでいられることには関係ない

 

気が付いたんです。
 

 

 

 

 

 

まあ、実際に幸せを実感して

 

生きられるようになるまでには

 

少し時間はかかりましたけれど…。爆  笑

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもだって同じ

 

なのではないかと思ったのですよね。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら

 

学校に行かない自分を

 

否定しているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

例えば

 

普通の人ができることを

 

なんで自分は出来ないんだって。

 

 

 

 

 

でもその考えは、変わるものです。

 

 

 

 

 

先ほど書いたような

 

色々な出会いやきっかけによって

 

あっさりと塗り変わることも

 

あるかもしれません。

 

 

 

 

 

  

 

 どんな新しい体験がいいの?

 

 

 

こんな風に

 

新しい体験や新しい出会いによって

 

今までの価値観がガラガラと崩れて

 

新しい考え方に変わるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら

 

 

学校に行きたくない

 

 

学校に行きたい

 

 

に変わったり、

 

 

 

 

 

自分には無理

 

 

自分には出来る

 

 

に変わる。

 

 

 

 

 

 

新しい体験や出会いは

 

ときにすごい力を発揮すると思います。

 

 

 

 

 

 

では、どんな体験が子どもにとって

 

転機となる体験になるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

私の場合は

 

子どもが不登校になってから

 

私が変わらないと

きっと大変なことになる!!

 

いわば未来への恐怖、

 

現状を変えたい一心で出会いを探していました。

 

 

 

 

強く変わりたい!!と思ったことで

 

自分で出会いを引き寄せたのかもしれません。

 

 

 

 

 

でも反対に

 

ワクワクすること、やりたいことを

 

ひたすら追求していたら

 

その延長線上に素晴らしい出会いがある

 

こともありますね。

 

 

 

 

 

いずれにしても

 

本人の心が揺さぶられている

 

のかな~なんて思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子どもが新しい体験をするために、親ができること

 

 

もし

 

親が子どもに体験を提案するとしたら…

 

子どもの気持ちや状態に沿ったもの

 

あることが大切です。

 

 

 

 

 

親が自分の考えで選んだものを

 

ただ提案することは

 

あまり意味がないどころか

 

悪影響になります。

 

 

 

 

 

本人が望んでいなかったら

 

それは押しつけになってしまいますね。

 

 

 

 

 

子どもはそれを

 

否定されている

 

と受け取るかもしれません。

 

 

 

 

今の自分を否定され

 

動かそうとされたと

 

思ってしまうのかも。

 

 

 

 

そう感じながら新しい体験をしたとしても

 

心が揺さぶられるような出会いにはならないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

では、親ができることは

 

何があるのでしょうか?

 

 

 

 

 

子どもが自分で新しい体験に出会えるような

 

そんな関わりができたらいいなって思います。

 

 

 

「こんなことをやってみたい」

 

「こんなところに行ってみたい」

 

 

 

子ども自身が何かに対して

 

興味をもって向かえるように

 

なったらいいですね。

 

 

 

 

出会いはどんなところから現れるのか

 

どんな風に発展していって

 

別の出会いへとつながるのか

 

未知数なところがあります。

 

 

 

どこから子どもの興味が広がるのか

 

それはわかりません。

 

 

 

 

ですから、子どものすることに

 

あまり制限を掛けたくないですね。

 

 

 

 

特に遊びに関する制限は

 

取っ払いたいです。

 

 

 

 

それがゲームやYouTubeであったとしても

 

そこから広がったり、繋がったりするかもしれませんから。

 

 

 

 

 

 

また、子どもの話を聴きながら

 

視野が広がったり、思考が深まるような

 

効果的な質問をすることもいいですね。

 

 

 

 

でも、そんな質問をしなくても

 

ただただ話を聴くだけでも

 

ただただ子どもを信じて見守るだけでも

 

きっと子どもは自分で色々と探してくると思いますよ。

 

 

 


 

また

 

そもそもの

 

「やりたい」、「面白そう」

 

という気持ちが育つように関わりたいです。

 

 

 

 

 

私の話ですが

 

妻や母親、義理の娘として生きていくうちに

 

どんどん自分を見失い

 

自分の「やりたい」も「面白そう」も

 

よくわからなくなっていました。

 

 

 

 

だから

 

まずは自分の気持ちに

 

気が付く過程が必要だったのです。

 

 

 

 

難しいことは考えずに

 

自分の気持ちや感覚に

 

素直になってみました。

 

 

 

「あ、これをやっている自分を想像したら、なんだかわくわくする」

 

「あ、これをやっていると心が洗われる気がする」

 

 

 

そんな気持ちをちゃんと感じるようにしたんです。

 

 

 

すると、最初は見つからなかったワクワクも

 

少しずつみつかり

 

どんどんフットワークも軽くなり

 

まるで転がる雪だるまのように

 

ワクワクが大きく大切なものへと変わっていきました。

 

 

 

 

 

 

子どもも

 

自分の感覚や感情、

 

気持ちに素直になることが大切です。

 

 

 

 

自分の気持ちを見失っている子どももいますので

 

 

まずは親が子どものそのままを

 

認めて受け入れてみるといいですね。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで書いて、ふと思いました。

 

 

子どもに対してやった方がいいと思うことは

 

自分に対してまずやった方がいいのかもしれないと。。。

 

 

 

 

 

 

人はそれぞれ違う感覚をもって

 

違う気持ちを抱えていますが、

 

根本的には似ています。

 

 

 

 

 

ワクワクしながらだったり

 

変わりたいと思いながら出会った

 

新しい体験が

 

人生の転機になる可能性はとても大きい。

 

 

 

 

 

まずは自分がその体験をしてみれば

 

子どもへの共感力に繋がりますし、

 

自分の人生を振り返って思い出してみることも

 

いいかもしれませんね。

 

 

 

 

 

親子それぞれが

 

新しい道へと飛躍していく道すじ。

 

 

 

 

なんだか、考えるとワクワクしてきますね。

 

 

 

 

 

 

 まとめ

 

 

いかがですか?

 

 

 

 

ここで書いたことは

 

考え方の1つです。

 

 

 

子どもが不登校から脱出するのに

 

とても大切になるものは

 

親や先生からの働きかけではありません。

 

 

友達からの誘いや応援ではありません。


 

勉強を続けていることでも

 

ないと思っています。

(もちろん、ワクワクしながらする勉強だったら話は別ですが…

 

 

 

それよりも大切なのは

 

子ども自身の価値観や考えが変わること。

 

 

そして、そのパラダイムシフトが起こるための

 

何か出会いや体験をするということ。

 

 

 

誰かの言葉だったり、

 

新しい自分への出会いだったり

 

感動体験だったり。。。

 

 

 

そういうものが必要なのではないかと考えると

 

今親である自分がやった方がいいことが見えてきますね。

 

 

 

未来が楽しみです。

 

あなたも、お子さんも。

 

そして私も。

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

紫陽花の季節になりましたね♡

 

 

 

私は子どもを生んでから

 

寂しさを抱えながら生きてきました。

 

 

 

 

それは今思うと不思議な位なのですが

 

私はやりたいことを我慢して

 

ひたすら子どものためになるようなことを

 

頑張っていたのです。

 

 

 

 

 

だからいつも

 

なんだか寂しいな〜と感じていたのに

 

気がつかない振りをしていたんです。

 

 

 

 

 

それは、

 

自分の人生を生きていない寂しさ

 

だったのだなと今ならわかります。

 

 

 

 

 

 

子どもが自分の能力を

 

最大限に伸ばしながら

 

育っていくことを目標にしていました。

 

 

 

自分を犠牲にしながら…。

 

 

 

 

 

それは間違った目標だったんです。

 

 

 

 

それに気がつかせてくれたのは

 

子どもの不登校。

 

 

 

 

 

子どもの不登校は

 

間違った目標に向かって突っ走る私に訪れた転機。

 

 

 

今回はそのことについて書いてみます。

 

 

 

 

 間違った目標に突っ走ることになった理由

;

 

 

子どもを妊娠する前は

 

毎日それなりに楽しく生きていた私。

 

 

 

 

通信機器メーカーで働いていた私は

 

少しずつ任される仕事も多くなり

 

残業続きではありましたが

 

資格取得の勉強が趣味でもありました。

 

 

 

夏は登山とサーフィン(ボディーボード)

 

冬はスノボを楽しんでいました。

 

 

 

大型連休は

 

旦那のバイクの後ろに乗り

 

キャンプをしながら転々と全国を回っていました。

 

 

 

 

他には、ダンスを習ったり

 

美術館やコンサート、ライブや映画が好きでした。

 

 

 

 

お気に入りの部屋で

 

お気に入りの家具を集めて

 

毎日生活を楽しんでいたんです。

 

 

 

 

そんな私が子どもを妊娠した途端に不自由に。。。

 

 

 

切迫流産、切迫早産で

 

動けない!

 

 

 

動けないので、仕事を在宅ワークに切り替え

 

家で仕事するものの座ることもきつくなり。。。

 

 

 

産休に入るずいぶん前から休職することにしました。。。

 

 

 

 

リーダーとして初めて任された仕事は

 

最後までやりきらずにフェードアウト。

 

 

 

 

寝たきりで何もできず。

 

 

 

 

 

しまいには入院することになり

 

そのまま早産で出産。

 

 

 

 

 

NICUに入った息子に心臓病の疑い。

(半年後の検査で、正常であることがわかりましたが)

 

 

 

 

 

自宅に帰ったものの

 

1人で心臓病かもしれない息子と日中は2人きり。

 

 

 

 

早産で生まれたときに

 

いくつか問題があったこともあり

 

呼吸が心配だったんです。

 

 

 

 

ときどき苦しそうに息をしている(ように見えた)息子。

 

 

 

泣きながら、NICUや小児科に電話を掛ける私。

 

 

 

ちょっと精神状態がおかしかったのかも???

 

 

 

 

 

息子は息子でとっても繊細で

 

私がいないとずーっと泣いているような人。

 

 

 

 

それでも最初は赤ちゃんの息子を

 

義理の両親や親に見てもらいながら

 

夫婦で山へ行ったり、映画に行ったりしたのです。

 

 

 

 

でも…

 

いつからか罪悪感を感じるようになりました。

 

 

 

 

遊ぶことは楽しいはずなのに

 

外にいても誰といても

 

息子のことを気にしている私。

 

 

 

 

 

遊ぶことを全然楽しめていない。

 

 

 

 

次第に、自分の生活を

 

楽しむことを諦めていきました。

 

 

 

 

 

でも、そんな私にも運命の出会いがありました。

 

 

 

それは

 

モンテッソーリ教育

 

 

 

 

息子が入った保育園が

 

たまたまモンテッソーリの保育園で

 

興味を持った私は、本を読み漁り

 

しまいには会社を辞めて学校に通い

 

モンテッソーリの保育士に転職しました。

 

 

 

 

 

 

これなら、罪悪感を感じずに

 

楽しみながら

 

息子のためになることができる!!

 

 

 

期待を胸にスタートしたんです。

 

 

 

 

 

ところが…

 

 

子どもに関わる仕事は初めて。

 

 

 

全然うまく子どもと関われないんです。

 

 

 

いるだけで、子どもにとって悪影響な保育士。

 

 

 

先輩保育士にそんなことを言われたり

 

自分でもそう思っていました。

 

 

 

 

自分の無力感、無能感、劣等感などを

 

感じながら仕事をしていくことになったんです。

 

 

 


 

楽しくて、大好きで始めたことなのに…。

 

 

 

 

 

息子が小学生に上がると

 

友達とのトラブルが多くなりました。

 

 

 

 

学校の先生に呼び出されたり

 

相手の親とのトラブル。

 

 

 

 

 

このあたりで、間違った目標へと向かって

 

スパートをかけ始めました。

 

 

 

 

 

ひと様に迷惑かけないようにしないと!!

 

 

 

たとえ、苦手な部分があったとして

 

それをあまりある長所で補えるようにしてあげないと!!
 

 

 

コミュニケーションは苦手でも

 

考える力があり、じっくりと学びを深めていくことができる息子。

 

 

 

とにかくそこを伸ばしてあげよう。

 

 

 

 

息子の知的好奇心を伸ばしてあげることに

 

執着し始めました。。。。

 

 

 

 

 

 間違った目標を突き進むとどうなるの?

 
そのときどきに分かれ道があり
 
それを自分で選んできたんです。
 
 
 
次の道は、それ以前の経験から得た
 
情報や教訓の積み重ね。
 
 
 
今までの私は
 
過去と今と未来は一直線だと思っていました。
 
 
 
 
だから、大きな人生の岐路というよりも
 
小さな分かれ道の積み重ねで
 
どんどん間違った目標・未来へと
 
近づいていきました。
 
 
 
 
 
自分の楽しみを選べずに、幸福感を感じない生活
 
 
子どもへの心配を払拭できずに積み重ねたこと
 
 
無力感、無能感、劣等感に向き合わなかったこと
 
 
 
 
そういった心の状態をそのままにしてしまったから
 
 
間違った目標
 
 
「息子のよさを伸ばしてあげて」
 
 
「ダメな親として思われないこと」
 
 
に向かって突き進んでいったんです。
 
 
 
 
間違っていることに気が付かずに。
 
 
 
 
 
”間違っている”と書いているのは
 
この目標を目指しても
 
本当の幸せだったり
 
エネルギーが湧いて溢れるような人生へは
 
向かえないからです。
 
 
 
 
 
 
なんでうまくいかないんだろう
 
 
 
なんか疲れてきた
 
 
そんな風に思い始めたころに
 
息子が不登校になりました。
 
 
 
 
 
 
こうやって書くと破滅の香りしかしないし
 
ひどい母親です。
 
 
 
 
だから
 
息子は不登校になって私に教えてくれたのかもしれない
 
ってそういうパラダイムを採用するとなんだかしっくりきますね。
 
 
 
 
10年くらいかけて進んできた道が
 
本当に望む方向ではなかったことに
 
やっとやっと気が付いた私です。
 
 
 
 
 

 転機だと思うことが大事!次のチャンスにも乗れる

 

 

息子の不登校は私にとっては転機となりました。

 

 

 

 

この10年でため込んだ

 

自分を否定する気持ちや

 

寂しさを少しずつ手放していきました。

 

 

 

 

子どもに対する過度の心配や不安に

 

さようならと手を振りました。

 

 

 

 

良い母親でいなければいけないという執着心や

 

息子の教育に対する執着心を

 

べりべりと剥がしていきました。

 

 

 

 

こうやっていろんなものを少しずつ手放していきました。

 

 

 

 

するとどうなったかというと

 

手放した分、新しいチャンスが舞い込んできたんですよね。

 

 

 

 

 

 転機だと思うことが大事!次のチャンスにも乗れる

 

 

これはもしかしたら転機なんだろうか???

 

なんて思わなくても

 

 

これは転機なんだ!!!!!

 

って決めればそれは転機になります。

 

 

 

 

私も妊娠してからの出来事を振り返ると

 

ここは分かれ道だった

 

とか

 

ここでもう少し真剣に考えたらよかった

 

とか

 

逆にここは逃げてもよかった

 

とか…

 

 

 

 

今思えば

 

もっといい道を行けたかもしれないな~なんて

 

思います。

 

 

 

 

 

 

 

私がまず向き合った方がいいのは

 

置き去りにしてきた自分の心

 

ワクワクすることだって。

 

 

 

 

 

 

とは言っても

 

失敗は成功への過程です。

 

 

 

 

こうやって色々考えて乗り越えていくことで

 

他の誰かに対しての共感力を手に入れたんです。

 

 

 

 

実体験したことは、貴重な宝物ですよね。

 

 

 

 

これからは

 

人生の選択が必要な場面で

 

「もしかしたらこれは人生の岐路?」

 

だって、アンテナを張ることができるでしょう。

 

 

 

そうしたら、パッとチャンスに

 

飛び乗ることができるかもしれません。

 

 

 

気が付かないで通り過ぎたとしても

 

また学びが増えて、それもOK!

 

 

 

 

そんな物語も楽しめたらいいですよね。

 


 

 

 

 まとめ

 

 

いかがでしたか?

 

 

私は、知らず知らずのうちに

 

間違った目標に向かっていました。

 

 

 

 

人生は過去の積み重ねだと思っていました。

 

 

 

システムエンジニアから保育士に転職したときに

 

今までの経験が一つも使えない!

 

なんて感じたのです、そのときは。

 

 

 

 

でも今思うとまったくそんなことはなく

 

システムエンジニアをしていたときに親しんだITは

 

苦手意識を感じずに使うことが出来ますし

 

こうやって文章を書くことが楽しいのも

 

過去に沢山書いてきたからです。

 

 

 

 

なにより、

 

子どもを預ける親側の視点に立つことができる

 

 

 

 

それが自然にできることは

 

大きな力になっています。

 

 

 

 

 

 

未来は、過去の積み重ねではなく

 

今の自分が作っていく

 

 

そんな考え方も少しずつ

 

採用できるようになっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

私は本当には望んでいない方へと

 

向かっていたかもしれませんが

 

ものすごく頑張っていたことはわかります。

 

 

 

 

人生の中で

 

こんなに必死で頑張ってきたことなんて

 

もしかしたらなかったかもしれないってほどに。

 

 

 

 

確かに苦しい思いを

 

抱えていたかもしれないけれど

 

今思えば

 

キラキラ輝いています

 

 

 

 

今ならできないであろう

 

体力ギリギリの生活を

 

必死にやっていましたよ。

 

 

 

ストレスギリギリの時期も

 

なんとか通り過ぎてきた自分。

 

 


 

そんな自分に

 

「いいね!」

 

「すごいね!」

 

って言葉を贈ります。

 

 

 

 

 

誰もがそんな時期、きっとありますよね。

 

 

 

 

頑張ってきたね。

 

 

自分に対してそんな風に声を掛けられたら

 

なんだか癒されていきますね。

 

 

自分が一番

自分のことをわかってあげたいですね。

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。
 

 

 

 

 

子どもが不登校になる親御さんの特徴を

 

よくネットでみます。

 

 

 

特徴なんてどうでもいいじゃーんって

 

思いながら見ていました。

 

 

 

 

だってどれもこれも

 

親を責めているように思えたから。

 

 

 

 

例えばこんな特徴です。

 

 

 

過干渉だったりとか

 

否定的だったりとか

 

感情的だったりとか…

 

 

 

 

まあ、私は

 

どれも当てはまりましたけど(笑)

 

 

 

 

でもこれって

 

めっちゃ表面的じゃないですか??

 

 

 

 

 

 

こういった表面的なところにだけ注目しても

 

根本的には解決しないと思うし

 

逆効果なんじゃないかなぁ〜って

 

私は思います。

 

 

 

 

 

 

私はこんな風に言われても

 

到底受け入れられません。

 

 

 

 

 

だからこういう情報は

 

見ないし、知らんぷりしていましたてへぺろ

 

 

 

 

 

 

もし、こういう特徴があるとして

 

それを直そうと頑張っても

 

難しいんじゃないかなぁ〜なんて

 

思ってしまいます。

 

 

 

 

 

 

なぜならば

 

こういう特徴は

 

別の色々なことが原因で

 

無意識のうちに

 

表面に出てきてしまったもの

 

だと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

根本的には

 

別の課題があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで!!

 

 

私の知っている

 

不登校の子どもを持つ親御さんは

 

素敵な方ばかりですよおねがい

 

 

 

 

 

特徴があるとしたら

 

こういう特徴かなぁって思います。

 

 

 

 

 

繊細なところをもっている。

 

 

すごくがんばりやさん。

 

 

頭がいい。

 

 

優しい。

 

 

 

 

 

 

周りにいる不登校の親御さんを

 

眺めてみてください。

 

 

 

 

こんな方が多くいませんか??

 

 

 

 

 

 

 

だから…

 

親が自分の素敵なところを再発見して

 

子どもの不登校をきっかけにして

 

今まで以上に輝いて生きられたらいいな〜

 

なんて思ったりしていますおねがい

 

 

 

 「過干渉、否定的、感情的」はどこからくるの?

 
ここに1人の母親がいます。
 
名前はリカ。
 
 
リカさんは、とてもがんばりやさんです。
 
 
子育てしながら
フルタイムで働いています。
 
 
大好きだった仕事ですが、
子どもを育てながらなので
残業はほとんど出来ません
 
 
出来る範囲で頑張ってはいますが
同僚に比べ仕事量は少ないようです。
 
 
同僚がチームリーダーになり
リカさんはリーダーを支えるように
仕事をしています。
 
 
身体が弱い子どもが時々病気になるので
周りの人に頭を下げながら
休みをもらうこともあります。
 
 
仕事をどうしても休めないときは
義理の両親に子どもの看病を
お願いすることもありました。
 
 
「こんな時まで働くなんて
 子どもがかわいそう。
 私が子育てしていたときは
 子どもの看病は
 誰も手伝ってくれなかったわよ。」
 
と嫌味を言われることも時々あります。
 
 
 
会社では、
「母親は、いいよね。
 子どもを理由に休めて。」
なんて陰口を叩かれながらも
仕方ないと我慢しています。
 
 
夫は多忙過ぎて
家事や育児を頼めません。
 
 
 
そんなとき
 
子どもが大好きなハンバーグを
頑張って作ったリカさん。
 
子どもを呼びに行くと
子ども部屋は散らかり放題!
 
文句を言いそうなところを
グッと我慢して
「ハンバーグよ♪食べにおいで!」
というと、子どもが驚きの返事を!!
 
「えー!!またハンバーグ?
 今日はカレーが食べたかったのに!!」
 
 
リカさん、一気に怒りが湧いてきました。
 
「じゃあ、食べなくていい!!!ムキー
 
と言って、カレーを皿ごとゴミ箱へ
投げ捨てました。。。
 
 
 
 
゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜
 
 
これを読んで…
 
 
リカさんを酷い母親だと思いますか?
 
 
感情的になる特徴があると言えますか?
 
 
感情的な特徴を直したら
 
すべてが解決すると思いますか?
 
 
 
 
私は思えないんですよね。
 
感情的になるのは
 
性格じゃないのだと思います。
 
 
 
感情的になるのは
 
とても頑張って頑張って
 
生きていて、
 
心の中に沢山のものが
 
溜まっているからです。
 
 
 
 
 
こんなに頑張っているのに
 
どうしてそんなこと
 
言われないといけないの?
 
 
 
誰も私のこと、わかってくれない。
 
 
 
なんでもっと上手く出来ないんだろう。
 
 
 
私って駄目だなぁ。
 
 
 
私ばっかり頑張ってる。
 
 
 
もう疲れた。。。
 
 
 
 
 
こんな思いを抱いているかもしれません。
 
 
 
とてもとても
頑張っているのじゃないかなぁ。
 
 
 
 
リカさんの例で
 
最後に爆発する怒りを抑えたとしても
 
それはただ先延ばしにしているだけです。
 
 
 
きっと近いうちに爆発するんです。
 
 
 
 
もし感情的にならないようにするのなら
 
自分に対して癒しが必要だと思います。
 
 
 
 

 「過干渉、否定的、感情的」は自然と消える

 
リカさんは私です爆笑
 
 
違うところもありますが
 
大体こんな感じの体験はしましたね(笑)
 
 
 
感情的になるのは
 
性格だと思っていました。
 
 
 
だから、
 
感情的になることを我慢しようと
 
頑張っていたこともありましたよ。
 
 
 
でも無理でしたえーん
 
 
 
 
次こそは!!
 
次こそは怒らないぞ!!
 
 
 
固く決意するものの
 
また怒ってしまう。
 
 
 
どうにもならない。
 
なんてダメな母親なんだろう。
 
 
って思っていました。
 
 
 
 
 
無理なことをしようとしていたから
 
出来なかった。
 
 
 
 
 
怒ることをやめようとするのではなくて
 
心に溜め込まない方が大切です。
 
 
 
 
自分の心を癒やして
 
いくことの方が大切です。
 
 
 
 
 
 
 
 
頑張り過ぎなくて大丈夫です。
 
 
 
 
目上の人に嫌味を言われたら…
 
大声で怒鳴り散らしてもいい。
 
 
 
会社で嫌なことがあったら
 
上司や人事部に、相談したっていい。
 
 
 
仕事を変えてもいい。
 
 
家事をやらなくてもいい。
 
 
部屋が散らかっていてもいい。
 
 
レトルトのカレーだっていい。
 
 
旦那さんに泣きついてもいいし
 
実家に帰ってもいい。
 
 
 
やりたいようにやっていいんです。
 
 
 
私は
 
自分の「ワクワク」を最優先する
 
時間をとりました。
 
 
 
食事も洗濯も掃除も
 
手を抜きました。
 
 
 
 
そして、
 
自分の気持ちを見つめて
 
そこを癒やしていきました。
 
 
 
 
「私ばっかり頑張っているようで
 
 悲しいって思っているんだね。」
 
 
 
「酷いこと言われて
 
 傷ついているんだね。」
 

 

自分が自分のことをわかってあげる。

 

 

 

誤魔化さずに

 

悲しんで

 

悔しがって

 

怒りの気持ちだって感じていい。 

 

 

 

悲しいね

 

悔しいね

 

怒りたくもなるよね

 

 

 

そんな風に自分の1番の理解者に

 

なってあげるといいですね。

 

 

 

 

そうしているうちに

 

自分の気持ちを俯瞰して見られるように


なってくるかもしれません。

 

 

 

 

同僚などの心ない言葉に

 

どうしてこんなに傷つくのか???

 

 

 

義理の両親の

 

ダメ母扱いにどうしてこんなに

 

罪悪感と怒りを感じるのか???

 

 

 

 

一番、自分が自分のことを

 

許せていないのかもしれない

 

な~って思いました。

 

 

 

 

母親としても

 

社会人としても

 

妻としても

 

個人としても

 

何一つ満足にできていない自分を

 

許せていないのは私。

 

 

 

 

 

自分を受け入れて

 

肯定していくことが必要

 

なのじゃないかと気が付いたんです。

 

 

 

 

 

 

自分は自分を一生懸命生きている

 

その時点で100点満点なんです。

 

 

 

 

いつも一生懸命生きてくれて

 

ありがとう!!!

 

 

 

 

一番最初に感謝した方がいいのは

 

自分自身に対して、かもしれませんね。

 

 




ここでは「感情的」を書いてきましたが


過干渉も否定的も感情的も


いつの間にか


消えていることに気がつきましたよ。





 

 まとめ

 

リカさんの現状はどんな感じでしょうか。ウインク

 

 

 

 

仕事は同僚に感謝しながら働いています。

 

 

できる範囲の仕事を一生懸命しています。

 

 

仕事で多忙の夫に感謝し

 

夫が喜ぶことをしようと心がけています。

 

 

義理の両親へは感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

でも、いやなことを言われたら

 

「嫌だ」と気持ちをはっきりいいます。

 

 

家事は楽しんでできる範囲のことをしています。

 

 

苦手な部分は、

 

楽しくなるように、楽できるように

 

工夫しています。

 

 

子どもは、自分のことは自分でできるので

 

ほうっておきます。

 

 

 

子どもはメニューが気に入らなくても

 

露骨に嫌だとは言わないようになりましたが

 

もし言ったとしたら

 

「せっかく作ったのに、悲しい~」と気持ちを伝えます。

 

 

 

自分のワクワクするような楽しい時間を

 

毎日過ごせるようにしています。

 

 

 

でも、落ち込んだときは

 

大声で泣いたり

 

誰かに話しを聴いてもらったりします。

 

 

 

 

 

あ、このリカさんも、ほとんど私です。笑

 

 

 

状況があまり変わらなくても

 

自分で変えられる部分は沢山あるし

 

マインド1つで180度変わったりします。

 

 

 

 

不登校の親の特徴なんてものは幻想です。

 

 

私は、断固認めません!!笑

 

 

 

でももし

 

思い当たる部分があったとしたら

 

それはとってもとっても頑張っている証です。

 

 

 

 

そこまで頑張っている自分を

 

誉めてあげてくださいね。

 

 

 

 

 

そして、

 

自分の気持ちに目を向ければ

 

簡単に変化することも

 

忘れないでくださいね。

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

子どもが不登校になったとき…

 

 

 

焦りや不安、絶望感を感じ

 

どうして私だけこんな目にあうの!?

 

と嘆きました。

 

 

 

 

でも…

 

あれから2年が経って

 

今はどうかというと

 

めっちゃ楽しいし

 

幸せを感じながら生きています。

 

 

 

子どもとの関係は穏やかです。

 

 

他の家族との関係も

 

穏やかで幸せなものになっています。

 

 

 

 

 

2年前も今も

 

不登校であることに変わりはないのに。。。

 

 

 

 

 

 

 

子どもの不登校は

 

親が自分自身の人生を思いっきり

 

楽しんで生きるための

 

チャンスだったんだな~って

 

今ならわかります。

 

 

 

 

 

 

チャンスととらえるも

 

厄災ととらえることも

 

どちらもできると思います。

 

 

 

 

 

ですが、私はチャンスととらえたいです。

 

 

 

 

 

 

それは一体どんなチャンスなの?

 

 

 

その1つは

 

子どもに対する執着心を手放すチャンス

 

 

 

 

 

子どもに対する執着心というのは

 

中々気がつかないものですが

 

『不登校』という現象が起きたこと

 

沢山の執着心を抱えて生きてきたことに

 

気がつく人もいるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

この子どもに対する

 

執着を解いていくと

 

自分自身の人生が

 

動き始めるかもしれません。

 

 

 

 

 

今回はそんなお話をしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子どもに対する執着って?

 

 

子どもが不登校になったとき

 

このように思ったことが

 

あるのではないでしょうか?

 

 

 

学校に戻ってほしい

 

 

 

 

 

いやいや、

 

まずはしっかりと心身共に

 

疲れを癒やした方がいい。

 

 

好きなだけ休むことも必要。

 

 

 

…と思っている方も

 

今後ずっと学校や同等の機関に

 

行かなかったらどうでしょう。

 

 

 

 

 

 

高校まではいかなくてもいいけれど

 

大学は行ってほしい。

 

 

 

 

 

学校でなくてもいいから

 

フリースクールや塾や

 

何かコミュニティに所属して欲しい

 

思ったことはないでしょうか?

 

 

 

 

 

私はあります!!

 

 

 

少し前までも

 

フリースクールで授業を受けることに

 

こだわっていました。

 

 

 

 

 

 

こういう子どもに対して

 

〇〇してほしいという気持ち

 

ここでは執着心ということにします。

 

 

 

 

 

 

学校に行ってほしい

 

という以外にも

 

きっと色々な執着心を

 

持っているのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

私は子どもに対して

 

こんな執着心を持っていました。

 

 

 

 

 

 

 

ひとつ目は知的好奇心への執着

 

 

 

現在中1の息子は

 

幼少期から知的好奇心が

 

強かったのではないかと思います。

 

 

 

 

 

何か興味があることがあれば

 

本を読み、辞書や図鑑で調べて

 

現地に向かい、紙にまとめる

 

 

 

 

 

親が何も言わなくても

 

こういうことをする子どもでした。

 

 

 

 

 

 

私は、息子のそういう一面に

 

執着していたと思います。

 

 

 

 

 

 

不登校になって

 

なんにもやる気が起きずに

 

ゲーム&YouTubeばかりの息子から

 

知的好奇心が消えたしまったんだと

 

嘆きましたよガーン

 

 

 

 

 

 

多分学校に行かないことよりも

 

ゲーム&YouTube生活よりも

 

勉強をしないよりも

 

外へ行かないことよりも…

 

何よりも知的好奇心があることに

 

執着していました。

 

 

 

 

 

 

学校へ行かなくても

 

ゲーム&YouTubeばかりでも

 

勉強をしなくても

 

外へあまり行かなくても

 

知的好奇心があればどうにでもなる

 

 

 

 

 

 

それさえあれば、なんとかなるし

 

むしろ個性的に成長しそうで

 

それもありかも??

 

位に思っていたのかもしれません。

 

 

 

 

 

ですが

 

息子の姿から

 

その知的好奇心が全く見えない!!

 

 

 

 

 

今思うと

 

本当は息子の中から

 

知的好奇心が消えたということは

 

ありませんでした。

 

 

 

 

当時私が思っていた

 

知的好奇心の範囲が狭すぎただけ。

 

 

 

私が見ていたのは、表面上のことだけ

 

 

 

 

 

もっと、視野を広げて

 

もっと、よ~く子どもを見れば

 

知的好奇心がず~っと

 

息子の中にあったんです。

 

 

 

 

 

 

でもそれに気が付いたのは

 

私が息子の知的好奇心への

 

執着を手放した後のことです。

 

 

 

 

 


 

他にも執着していたことがあります。

 

 

 

自分のことは自分でやってほしい

 

自分の生活は自分で整えてほしい

 

 

という気持ち。

 

 

 

 

 

当時小学生の子どもにとって

 

結構ハイレベルなことを求めていました。

 

 

 

 

そりゃあ、できるお子さんもいるでしょう。

 

 

でも、人によってですよね。

 

 

 

苦手な子どももいるし

 

どうすればいいのかわからない子どももいる。

 

 

 

 

でも、できる子どもだって

 

最初からすべてできる子どもなんて

 

そうそういないのでは???

 

 

 

 

 

 

 

理想的な子どもの姿を求め

 

実際の子どものことは

 

置いてけぼりにしていました。

 

 

 

 

 

 

不登校になって

 

今までで息子が苦手だった

 

片づけや時間管理はおろか

 

すべて何もかも

 

お風呂、歯磨き、着替えすらできなくなって

 

執着を手放す以外にありませんでした。

 

 

 

 

 

 

こうやって強制的に

 

執着心を手放さないと

 

どうにもならない状況まで

 

追い込まれて初めて

 

手放すことができたんです。

 

 

 

 

 執着心を手放すと何が起きるの?

 

 

執着しなくなるとどうなるのでしょう。

 

 

 

1つのパラダイムをお話します。

 

 

 

 

何かに執着しているということは

 

自分のエネルギーを

 

そこに注ぎ続けていることになります。

 

 

 

 

それを断ち切ると

 

その注ぎ続けていたエネルギーは

 

どこへ行くのだろう?と

 

考えてみると面白いのじゃないかなって

 

思うんです。

 

 

 

 

 

もし、そのエネルギーを断ち切ったときに

 

スッキリした気持ちになったなら

 

スッキリしたエネルギーになって

 

自分に戻ってくるのではないか??

 

って。

 

 

 

 

 

 

 

また、執着という

 

ある種負のエネルギーを

 

注がれ続けていた子ども自身も

 

ふわっと軽くなるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

だから、執着心を手放した途端

 

子どもが元気になった

 

なんて現象が起きます。

 

 

 

 

 

 

本当に不思議です。

 

 

 

 

我が家では、

 

私が息子の知的好奇心に

 

執着しなくなって数日後、

 

息子がパソコンを自作するために

 

動き始めました

 

 

 

 

私が、息子が自分で生活を整えることに

 

執着しなくなったら

 

息子が自分のことは自分で

 

なんとかし始めました

 

 

 

 

 

食べ終わった食器を片付けたり

 

リビングのものを寝る前に片づけたり

 

自分の洗濯や服の管理をするようになりました。

 

 

 

 

 

今では、生活リズムを整え

 

授業や勉強などは

 

自分で管理してやっているようです。

 

 

 

 

 

 

 

先日

 

息子がフリースクールを通して飛躍してほしいという

 

執着心を握りしめていたことに気が付いたのですが、

 

それを「もういいや~」って手放したら

 

息子が変わってきたことと共に

 

私も自分の人生が夢に向かって一歩動き出したんです。

 

 

 

そのチャンスがやってきたんです。

 

 

 

 

不思議不思議照れ

 

 

でも、こうなるだろうって思っているのと

 

思っていないのとでは

 

結果が変わってくるというのも事実です。

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう現象を

 

エネルギーの流れとして

 

考えるのも楽しいですが

 

もっと現実的な説明もできます。

 

 

 

 

 

 

執着しなくなると

 

子どものことをそのままでOKだと

 

受け入れることができるようになるんですよね。

 

 

 

受け入れるということは

 

無条件の愛情を注ぐようになるということ。

 

 

 

 

子どもの生活が乱れまくっていても

 

知的なことには興味を示さず

 

1日中無駄と思えるような

 

時間の過ごし方をしていても

 

そんな子どもも素晴らしい、愛している

 

と心から思えるということです。

 

 

 

 

そうすると、親がそう思っていることが

 

言語、非言語から子どもに伝わるんですよ。

 

 

 

認められている

 

受け入れられている

 

そのままで素晴らしいと思われている

 

 

 

 

こういう気持ちを感じると

 

子どもの自己受容は進みやすいです。

 

 

 

自己受容が進むと

 

自己肯定感もあがります。

 

 

 

自己肯定感があがると

 

自分には出来ることがあるかもしれない

 

何か自分でやってみたい

 

やってみようという気持ちになるんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

また別の角度からも説明できます。

 

 

 

 

誰か他人が

 

たとえば自分の親が

 

自分に対して

 

今はできていないけれど

 

 本当はこうなってほしい

 

って強く思っていたら…

 

 

 

 

 

絶対やるものか!!プンプン

 

 

 って思いませんか??笑

 

 

 

 

動かされている感じがして

 

嫌悪感すら抱くかもしれません。

 

 

 

 

親の思う通りには動きたくないのが

 

子どもなのじゃないかなぁ〜。

 

 

 

 

 

 

 

また、先ほどとは逆に

 

親の期待に応えたい

 

でも応えられない自分を

 

ダメな奴」と感じたとしたら…

 

 

 

どうせダメなら、そのままでいいや

 

って思うかもしれませんね。

 

 

 

 

少し良くなると

 

もっと良くなりたい

 

自分を磨こうとする気持ちありませんか?

 

 

 

それが反対に働くことがあります。

 

 

 

今がダメだって自分で思っちゃったら

 

良くなろうって中々思えない。

 

 

 

なりたいと思っても出来なくて

 

「やっぱり自分はダメだ」と自分を責める。

 

 

 

どうせダメだし、頑張る必要ないじゃん

 

 

って拗ねてしまうのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれにしても

 

親が子どもに執着心を抱いていると

 

子どもは中々進み出せません。

 

 

 

 

 

不登校でない子どもで

 

頑張れちゃっている子どもでも

 

いつかどこかで

 

親の執着心に苦しんだり

 

向き合う必要が出てくるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

執着心を手放すことができると

 

自分自身は軽やかになりますね。

 

 

 

今まで心の多くを占めていた

 

ものがなくなると

 

新しいことを感じたり、考えたりする

 

余裕ができますね。

 

 

 

 

実際に何かワクワクすることをしてみると

 

執着していたことがうそのように

 

気にならなくなるのではないかな~爆  笑

 

 

 

だって、執着してもしなくても

 

親には子どもの人生を生きることはできないのですから。

 

 

 

 

だったら

 

より子どもの気持ちに寄り添ったかたちで

 

サポートするためには

 

親が幸せで余裕をもって

 

生きていないと難しい。

 

 

 

執着を手放した方が

 

親にとっても子どもにとっても

 

いいんです。

 

 

 

 

 執着心の手放し方

 

 

ではどうやって執着心は離れていくのでしょうか?

 

 

 

子どもに対しての執着心の手放し方は

 

アイデア次第です!!笑

 

 

 

 

ぎゅっと握り締めていた手のひらを

 

ふわぁ〜と開けばいいんです。

 

 

 

 

どうやって開くか??

 

 

 

ここでは2つの方法をお伝えします。

 

でも本当はもっとあります。

きっと無限にあるんじゃないかな?

 

 

 

 

 

1つ目は

 

自分自身の

 

不安や恐怖心に向き合うこと。

 

 

 

 

 

 

知的好奇心がなくなってしまったら

 

息子自身の良さが少なくなってしまう…。

 

 

 

そうしたら、他の人に追いつけなくなるかも。

 

将来苦労するかも。

 

 

漠然とした不安がありました。

 

 

 

 

そういった不安をしっかり感じてみます。

 

 

 

 

「〇〇って思って不安なんだね。」

 

 

そうやって気が付くことが

 

俯瞰的に見ることへとつながっていきます。

 

 

 

 

認識しているということは

 

おぼれていないってことです。

 

 

 

 

そんな不安に感じる自分もOK!

 

って自分に許可を出してあげましょう。

 

 

でも許可を出せなくてもOKです。

 

 

 

「もし同じ状況だとしても

 

不安に感じないことがあるとしたら

 

私は何をしたらいいんだろう?」

 

 

 

なんて質問してみて

 

アイデアを沢山だしてみます。

 

 

 

例えば

 

将来ゲーム関係の仕事につくなら

 

今は英才教育(笑)ですよね。

 

 

だったら、もっとゲームのことを知って

 

もっと楽しめるように

 

親の自分にできることがあるのかもしれない

 

って考えて実行すると変わってくるかもしれません。

 

 

 

 

 

また、

 

自分自身の不安を

 

子どもに投影しているだけなのかもって感じたら

 

自分自身の本当にやりたいことはなにか

 

模索していったらいいんじゃないかな。

 

 

 

子どもが将来働かなくても

 

なんとかなるような収入や

 

仕組みを作ったらどうだろうって

 

考えても面白いですよね。

 

 

 

そのためにした方がいいことは

 

それだけの収入を得るために

 

何をしたらいいのか。

 

 

仕組みを作れるほどの影響力を持つには

 

どうしたらいいのか。

 

 

 

執着している場合ではないことに気が付きます(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目は

 

子どものことをもっと細かく

 

よ〜くみてみるのもいいですね。

 

 

 

 

 

ゲームとYouTubeばかりの生活。

 

でもそれをもっと細かくみてみるんです。

 

 

 

私が好きなのは

 

そこから何を学んでいるのか。

 

それが将来役立つとしたらどんなことか

 

 

 

そういうことを考えるのは楽しいですね。

 

 

 

 

 

子どもは

 

YouTubeを分析的に見ていたりします。

 

 

有名ユーチューバーの

 

チャンネルを追っていると

 

どんなチャンネルを作っていて

 

どんなキャラクターなのか

 

どこが他と違うのか

 

ブレイクした理由はなんなのか…

 

よほど暇らしく

 

そういう分析をしているんですよ。

 

 

 

 

これってめっちゃ学んでいますよね。

 

 

これって知的好奇心ですよね。

 

 

 

 

 

 

ゲームをするときも

 

YouTubeがあるおかげで

 

初めてのゲームでも

 

やる前に全体像を把握してからやるんです。

 

 

 

 

ゲーム実況を観て

 

解説動画を観て

 

どんな世界観なのか

 

どんな武器やキャラクターがあるのか

 

どんな戦い方がいいのか

 

どのくらい流行っているのか

 

流行っているのは日本だけなのか

 

どこの会社のゲームか。。。

 

 

 

 

こういう情報をなんとなくでも

 

仕入れてから

 

ゲームを初めているんですよ。

 

 

 

 

これって、何かを学ぶときの

 

方法を自分なりに見つけている

 

ってことになりませんか??

 

 

 

まずは全体像を把握してから

 

取り組むんです。

 

 

 

 

こういう姿が見えると

 

知的好奇心なんてものは

 

どうでも良くなります。

 

 

 

何からでも学べるんだな、この子は

 

 

 

って信じることができるようになりますね。

 

 

 

 

むしろ、

 

気にした方がいいのは自分の方です(笑)

 

 

 

 

子どものことに執着している間に

 

歳取ってるじゃんガーン

 

 

 

 

執着している場合じゃない!

 

 

ことに気がついちゃいますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まとめ

 

 

子どもに対して

 

適度な不安を感じるのはいいと思うし

 

必要なことだと思います。

 

 

 

 

ただただ大丈夫!って思い込んでいたとしたら

 

それは危険だと思います。

 

 

 

大丈夫でない状況になったときに

 

パニックになったり

 

手遅れになることだってあるかもしれません。

 

 

 

 

 

でも、それは適度な、正常な範囲の不安です。

 

 

 

 

鍵を掛けないで外出したら

 

盗難にあうかもしれない。

 

 

 

赤信号で飛び出せば

 

車に轢かれるかもしれない。

 

 

 

 

そういう不安です

 

 

 

 

 

ですが執着心は

 

できるだけ手放した方が

 

親も子どもハッピーに生きられます。

 

 

 

 

 

不登校だろうが登校だろうが

 

ハッピーがいいですよね爆  笑

 

 

 

 

 

中々気が付かない執着心ですが

 

もし気が付いたらチャンスです!

 

 

 

 

そのときはまた

 

新しい扉を開けるときですね。

 

 

 

 

 

 

執着していること

 

ありませんか??

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。