こんにちは。
モンテッソーリ教師のめぐみです。
ご訪問いただきありがとうございます。
子どもには優秀に育って欲しいですか?
それとも
主体的に動ける子どもになって欲しいですか?
優秀という言葉は
他に比べてまさっている
秀でているさま
を指します。
比較が入っているのですね。
ですから
周りと比較して
何かが優れている人という意味で
使っていると思います。
一方、主体的というのは
他の人から強制されるのではなく
自ら状況に応じた判断を行い
自分の意思で行動すること。
優秀VS主体的
ちょっと刺激的なタイトルですね
子どもが優秀になったらいいな~と
思っている親御さんは多いのではないかと思います。
私もその1人。
勉強やスポーツかどうかに関係なく
子どもが将来何か力を発揮できたらいいな~って
思っています。
でも、子どもに対して
優秀になってほしいと願うと
どんどん主体的でなくなっていくかもしれません。
本来は、
主体的であることと優秀であることは
密接な関係にあります。
だけど、優秀にフォーカスを当てると
主体性が見えにくくなると思うんです。
優秀なところ(その子が持っている才能や好き)を
力いっぱい発揮できるといいな~と思いながらも、
子どもの主体性の方にフォーカスをあてて
子どもを見守ったり、応援したり…サポートしていったら
優秀さも勝手に伸びていくかな
(伸びていかないかもしれないけど笑)
今回は、優秀VS主体的にならずに
優秀と主体性が仲良く成長していくには
どうしたらいいのかに
思いを馳せながら書いてみました。
優秀さは主体性の上に成り立っている
子どもが自分で考えて決めた選択が
大人から見るともったいないものだったら…
大人の経験から当てはまると
考えが足らず失敗しそうだと思ったら…
子どもの選択を
間違っているような
意味がないような気がすること
ありますよね。
それは
子どもに対して期待があるのかもしれないし、
親が培ってきた経験値と比べて
子どもの選択が未熟に思えて
批判的になってしまうのかもしれません。
子どもに優秀さを求めているのかな
とも思います。
この記事で書く優秀さは
勉強やスポーツができるだけではなくて
例えば色んな分野において
優れている部分であったり
才能があることだったりを指しています。
誰もがその人の優秀さを
発揮しながら生きていけたらいいなーって
思いながら書いています。
たとえば
中学生の子どもが
ピアノの実力があるのに
やめてバドミントンを習いたいと言ったら?
親はピアノをやめることをもったいないと思うかもしれないし
途中からバドミントンをやっても
幼少期からやっている子どもに比べて
不利になるのではないかと思って
その選択に批判的になってしまうことも
あるかもしれませんね。
以前の私だったら…
大いにありそう
と思ってしまいました。笑
ですが、よ~く考えてみると
本人はピアノが本当に好きなの?
本当に好きなら、
いつかなんらかの形で戻ってくると思います。
戻ってきたら
そのときは本気になって取り組むのではないでしょうか。
(本気になりたかったら、なるのでは??笑)
好きではなかったら
続けても本物の優秀さは発揮しないのではないかと思います。
また、バドミントンは
確かに幼少期からやっている子どもと比べると
出だしの遅れがあります。
感みたいなものや
反射神経のようなものは
年齢が上がると
身につくまでに時間が掛かりますからね。
でも本気でやりたい気持ちがあるなら
乗り換えられるでしょう。
(どこに目標を置くかによるかもしれませんが)
思考を使いながら主体的に取り組むことで
伸びていくと思うんです。
本当の優秀さは
主体性の上に成り立っているもの
なのではないかなぁと私は思います。
優秀さを求めると主体性が失われる
子どもにうわべの優秀さを求めることは
子どもの主体性を奪っていくことに
なりかねません。
確かに
一時的な優秀さは
主体性がなくても
達成するかもしれませんね。
でも、いつか子ども自身が気が付くと思います。
なんのために頑張っているのかって
疑問に思う日が来るかもしれません。
本当にやりたいことは何?って
そこから模索するかもしれません。
親の殻や、世間の殻など脱ぎ捨てて
そこから自分の人生を生き始めるかもしれません。
それでもいいのですけどね。
遅いなんてことはありませんし
そういう気づきも素晴らしいと思います。
ですが、先ほどの例でいうと
ピアノをやめることを子どもに認めず
続けさせたとしても…
きっと100%本気で練習することはないでしょう。
「ここまでやればいいや」と
子どもが自分で
上限を決めてしまうかもしれませんね。
決められたことを最低限やればいいかな
という思考や行動からは
主体性は育ちにくいと思います。
子どもによってはそこはうまく割り切って
必要最低限の省エネで行い
別にやりたいことへどうやれば関われるか
主体的に動いていくかもしれませんね。
子どもによりけり
でもどうせだったら
子どもの主体性が伸びていくように
関わりたい。
なぜなら…
主体的に生きていれば
より効果的に
より楽しみながら
力を出していくと思いませんか?
その過程こそが
人生にとっての学びになると思うんです。
幸せなんじゃないかな?
大人であっても
主体的に動くことって
難しいって私は思ってしまいます。
決められたこと(だと思い込んでいる)を
こなすことに時間を掛け、
うまくいかないことを嘆きながら
毎日を頑張っている。
主体的でない人のイメージです。
あ、以前の私ですけど…笑
主体的に生きると
決められたことなど何もない
ことに気が付きます。
(法律とかは別です)
うまくいかないなら
それは自分の責任です。
何か変えた方がいいという合図になります。
主体的に生きる中で
自分のやりたいことを見つけ
うまくいかなかったら
また一から探していく。
いつかどこかで
自分の力を発揮しやすい
「これだ!」というものが見つかるのではないでしょうか。
それをやっていれば、時間がたつのも忘れるし
パワーがどんどんあふれていく。
そういうものを見つけて
力を発揮していくのがいいな。
私はそこを目指したいと思っています。
だったら
最初から主体性が育つように
関わっていくのが近道です。
優秀さは主体性の上に
成り立っているのだと思うから…
子どもの主体性が育つには
子どもの主体性が育つ親の関わりとは
どんなものでしょうか?
これは簡単なようで難しい。
難しいようで簡単です。
笑
子どもが自分の課題を自分で解決
していったらいいと思います。
ピアノをやめたかったら止めたらいい。
バドミントンをやりたかったらやればいい。
幼少期からやっている仲間のように
うまくなるにはどうしたらいいのか
工夫したり、頑張ったりすればいい。
その過程でいろんなことを考えて
いろんな感情を感じて
成長していくのかなって
思います。
生活のすべてから
学ぶことができるのじゃないかな?
たとえうまくいかなくても
それも学び。
自分で決めたことだから
結果に関係なく
自分の肥やしになりますね。
(言い回しが古いかな?笑)
もし、何かしら援助が必要で
親にお願いしてきたら
手伝ってあげたらいいのだと思います。
親にできることは
子どもが相談したいと思える親になり
子どもが相談してきたら、話を聴いてあげることでしょうか。
また
食事を用意したり
家庭を安全基地にしておくこと。。。。
あととても大切なのが
親自身が主体的に生きること
かな~って思います!
自分が主体的に生きていたら
子どもの気持ちもわかりやすいでしょうし、
子どもの行動に
イライラしたりモヤモヤしたりが
少なくなってくると思いますから。。。
まとめ
大人になってから主体性を発揮することを学ぶよりも
子どもの頃から親のサポートのもとで
主体性を育てていったらいいと思います。
なぜなら、
今よりもさらに
主体性を発揮することが重要な世界
になっていくと思うから。。。
だって世界は…
「やりたくないけど生活のために働くスタイル」から
「自分の使命のようなものを感じながら
世界に貢献するように働くスタイル」に
移行していっていませんか??
我慢・努力の結果、優秀でいるのではなくて
楽しみながら力を発揮する方が
時代に合っているのだと思います。
いや~、子どもの時代は
どんな時代なのか分かりませんけれど。。。
目先の優秀さに惑わされずに
大切なものを見失わないようにしたいですね。
私自身も
主体性に生きられるように
自分を変えて生きたいと思います
ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。