不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -18ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

我が家の息子中1は

 

小5から不登校です。

 

 

 

今春から

 

オンラインのフリースクールを

 

受講しています。

 

 

 

 

 

 

フリースクールの授業は

 

結構楽しいようですね爆  笑

 

 

 

 

 

つい最近まで

 

授業を受けたくないわ~

 

もう、ほんと無理!

 

と言っていたのですが、

 

心の中にはいろんな気持ちや感情がある

 

ようです。

 

 

 

人間の心は

 

1つの感情しかない

 

1つの気持ちしかない

 

なんてことはないですね。

 

 

 

 

授業を受けたくない気持ちと

 

授業が楽しい気持ちが

 

混在していても、なにもおかしくありません。

 

 

 

 

 

むしろ、どちらか1つしかないと思う方が

 

偏っているのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

ところで

 

先日息子が

 

「将来なんの仕事をしようかな

 

みたいな話をしていたので

 

制限がないとしたら何したい?」と質問し

 

思考を広げて自由に考えて遊んでみました。

 

 

 

 

 

 

そのときに

 

「これって9点破壊と同じだね」と言って

 

スクールで習ったことを教えてくれました。

 

 

 

 

 

どうやら

 

今までの思い込みを捨てて

 

新しい思考の方法を見つけること、

 

らしい。。。

 

 

 

 

 

例題は、算数の頭の体操のような問題で

 

 

・ ・ ・

・ ・ ・

・ ・ ・

 

 

の9点を、一筆書きで

 

4画ですべての点をつなけるにはどうする?

 

 

といった問題を教えてもらいました。

 

 

 

 

 

この問題は、息子が小学校の

 

算数の授業の一環でやっていた

 

頭の体操の1つにありました。

 

 

 

 

「算数」という授業の中でやった問題を

 

今度は、思い込みを外すことについて

 

考えるための教材に!!


 

 

 

 

私は、自分で勝手な枠を作って

 

その中で思考していたんだな~って

 

気が付きました。

 

 

 

 

 

だって、算数で使った問題だったので

 

算数をするための準備体操や

 

予備知識位にしか思っていませんでしたよ・・・

 

 

 

 

 

 

それが、思考の思い込みを外すための

 

教材になるのですね。

 

 

 

 

 

おお!これは!と思いましたね。

 

 

 

 

算数(数学)は

 

その科目内だけのものではなくて

 

日常生活の中の思考に応用できるもの

 

私と息子の中に

 

そういった認識が生まれました。

 

 

 

 

 

ここまでが前置きで(笑)

 

 

 

 

書きたかったのは

 

自分の感情や思考についても

 

思い込んでいるかもしれない

 

…ということに先日気が付いた話、です。

 

 

 

 

 

 子どもが批判された!

 
中1の息子は
 
家にいることが多いのですが
 
勉強以外で何をしているかというと
 
 
ゲーム、YouTube、読書、スライム
 
 
以上。(笑)
 
 
 
見かけ上、ほぼこんな感じです。
 
 
 
緊急でない、かつ、重要でない
 
無駄』の2文字がチラつきそうな
 
時間の過ごし方です(笑)
 
 
 
 
 
 
見かけ上は無駄見えるのですが

細かく見ていくと
 
色んなことを学んでいます。
 
 
 
 
実際にはそうなのですが
 
こうやってみられるようになるには
 
少し訓練がいりまして(笑)
 
普通にみたら
 
批判したくなる要素がたっぷり。
 
 
 
 
 
 
先日、こんなことがありました。
 
 
 
息子が友達の家に遊びに行ったのですが
 
自然派志向のその家で
 
スマホでゲームばかりしていたことを
 
その家庭の親が気になったらしく
 
息子に対して
 
ゲームはこんなによくないところがある
 
と熱く語ったらしいです。
 
 
 
 
だから、やめた方がいい、という批判?忠告?アドバイス?
 
 
息子は最後まで聴いていたようですが
 
特に意見を言わなかったみたい。
 
 
 
 

 ネガティブな意見に自分がどう反応しているか感じる

 
後から、その親にその話を聴きました。
 
 
 
ただ単にその人の意見を言っているのか
 
息子のことを批判しているのか
 
はたまた私たち親のことを批判しているのか
 
私はよくわからずに
 
ただ聴いていました。
 
 
 
 
私はこのご時世なので
 
マスクをしていました。
 
 
 
 
ですから
 
目くらいしか見えていないので
 
分からなかったかもしれませんが
 
結構ひきつっていたのではないでしょうか(笑)
 
 
 
 
意見を求められたらいやだな~って
 
思いながら聴いていましたが
 
特にそんなことはなく
 
話し終わって
 
それで息子は何か言っていた?」と聞いて終わり。
 
 
 
息子は特に何も言っていなかったそうです。
 
 
 
 
ちなみに、その家族とは
 
大の仲良しなので
 
息子の行動の、ある部分を否定していても
 
息子自体のことは、リスペクトしてくれていると思います。
 
 
 
 
 
その話を聴いているときの自分の感情を
 
結構冷静に観察できました。
 
 
 
 
あ~、ひきつってるな~。
 
 
この場を逃げ出したいわ~。って思っているな。
 
 
意見を求められたら嫌だな~。って思っているね。
 
 

と、気持ちを冷静に見ている自分。
 
 
 
 
その人の意見を
 
確かにそうかも
 
と聞いている自分も発見。
 
 
 
 
でも「その意見大分偏っていない??
 
と感じる自分も発見。
 
 
 
 
 
一番びっくりした発見は
 
私は息子のゲームに対して
 
バランス感覚を保ちながら見ているんだな
 
と気が付いたことです。
 
 
 
 
 
ゲームはそれ自体は
 
悪でもなく、善でもない
 
ただのツールです。
 
 
 
 
だから
 
ゲームの悪いと思われる側面だけを
 
取り出すことに
 
あまり意味がないことを知っています。
 
 
 
 
 
批判されることが嫌なので
 
ひきつったり、いやだな~とは思いましたが、
 
最後まで聴いたら
 
そう思っているんだね~」で終わりです。
 
 
 
 
 
意見を求められたら
 
なんでそう思うの?
 
〇〇が良くないところだと思っているんだね
 
と返そうかと考えていました。
 
 
 
 
 
ゲームやYouTubeの
 
いい側面や、わるい側面を
 
この2年間で沢山考えてきましたから。。。
 
 
 
 
 
またそれは
 
自分の中のもやもや、ザワザワや苦しみを
 
解放してきた過程でもあります。
 
 
 
 
 
だから、ゲームやYouTubeを
 
良くも悪くも
 
見られないんです爆  笑
 
 
 
 
 

 自分の思考に対しての思い込みを外す

 
でも、こんな風に
 
めちゃくちゃ冷静に
 
ものごとを見ている自分には驚きました。
 
 
 
ちょっと自信にもなりました。
 
 
 
ものごとは色んな側面から成り立っている。
 
 
 
何かを見るときに
 
1つの側面でなく
 
色んな側面に思いを馳せながらみるといい。
 
 
 
日ごろ、そのことを意識しながら
 
生活しています。
 
 
 
 
そうしていれば
 
誰かに批判されたとしても
 
冷静に受け止められるような気がしてきました。
 
 


 
なぜなら

その批判は

ものごとの一部分に対してしている

ことが多いと思うからです




ものごとには

上下左右360度広がっているのに

その一点を批判されても

大したことないじゃないですか?





 
 
そして、
 
私はその親が息子に熱く語ったことを
 
ありがたいな~って思っています。
 
 
 
 
 
普段私が語ることがないアンチ意見です。
 
 
 
その人の感性は
 
私が持っているものとは異なっているので
 
息子はその人から貴重な意見を聴けて
 
良かったんじゃないかと思います。
 
 
 
 
 
これで
 
私は誰かに批判されても
 
大丈夫な人になっていけるかもしれません(笑)
 
 
 
 
自分に対しての思い込みを1つ
 
外せた気がしました。
 
 
 
 
 

 まとめ

 

 

今回の記事では2つのポイントがあります。

 

 

1つ目は、思い込みを外すこと。

 

 

そして2つ目は、ものごとを360度的な視野で見ること。

 

 

 

この2つを意識していたら

 

生きるのが楽になりますね。

 

 

そして、楽しくなりそうです。

 

 

 

日ごろの思考の癖を変えていくと

 

色んな思い込みも外しやすくなるのかもしれませんね。

 

 

 

 

よかったら試してみてくださいね。

 

 

私もチャレンジしていきますウインク



 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

子どもには優秀に育って欲しいですか?

 

 

 

それとも

 

主体的に動ける子どもになって欲しいですか?

 

 

 

 

 

優秀という言葉は

 

他に比べてまさっている

 

秀でているさま

 

を指します。

 

 

比較が入っているのですね。

 

 

 

 

ですから

 

周りと比較して

 

何かが優れている人という意味で

 

使っていると思います。

 
 
 
 
 
 
一方、主体的というのは
 
他の人から強制されるのではなく
 
自ら状況に応じた判断を行い
 
自分の意思で行動すること。
 

 

 

 

 


 

優秀VS主体的

 

 

 

ちょっと刺激的なタイトルですね爆  笑

 

 

 

 

子どもが優秀になったらいいな~と

 

思っている親御さんは多いのではないかと思います。

 

 

 

 

私もその1人。

 

 

 

勉強やスポーツかどうかに関係なく

 

子どもが将来何か力を発揮できたらいいな~って

 

思っています。

 

 

 

 

 

でも、子どもに対して

 

優秀になってほしいと願うと

 

どんどん主体的でなくなっていくかもしれません。

 

 

 

 

 

 

本来は、

 

主体的であることと優秀であることは

 

密接な関係にあります。

 

 

 

 

 

だけど、優秀にフォーカスを当てると

 

主体性が見えにくくなると思うんです。

 

 

 

 

優秀なところ(その子が持っている才能や好き)を

 

力いっぱい発揮できるといいな~と思いながらも、

 

子どもの主体性の方にフォーカスをあてて

 

子どもを見守ったり、応援したり…サポートしていったら

 

優秀さも勝手に伸びていくかな

(伸びていかないかもしれないけど笑)

 

 

 

 

 

 

 

今回は、優秀VS主体的にならずに

 

優秀と主体性が仲良く成長していくには

 

どうしたらいいのかに

 

思いを馳せながら書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 優秀さは主体性の上に成り立っている

 

 

 

子どもが自分で考えて決めた選択が

 

大人から見るともったいないものだったら…

 

 

 

 

 

大人の経験から当てはまると

 

考えが足らず失敗しそうだと思ったら…

 

 

 

 

 

子どもの選択を

 

間違っているような

 

意味がないような気がすること

 

ありますよね。

 

 

 

 

 

 

それは

 

子どもに対して期待があるのかもしれないし、

 

親が培ってきた経験値と比べて

 

子どもの選択が未熟に思えて

 

批判的になってしまうのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもに優秀さを求めているのかな

 

とも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事で書く優秀さは

 

勉強やスポーツができるだけではなくて

 

例えば色んな分野において

 

優れている部分であったり

 

才能があることだったりを指しています。

 

 

 

誰もがその人の優秀さを

 

発揮しながら生きていけたらいいなーって

 

思いながら書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば

 

中学生の子どもが

 

ピアノの実力があるのに

 

やめてバドミントンを習いたいと言ったら?

 

 

 

 

 

親はピアノをやめることをもったいないと思うかもしれないし

 

途中からバドミントンをやっても

 

幼少期からやっている子どもに比べて

 

不利になるのではないかと思って

 

その選択に批判的になってしまうことも

 

あるかもしれませんね。

 

 

 

 


 

以前の私だったら…

 

大いにありそうガーン

 

と思ってしまいました。笑

 

 

 

 

 

 

ですが、よ~く考えてみると

 

本人はピアノが本当に好きなの?

 

本当に好きなら、

 

いつかなんらかの形で戻ってくると思います。

 

 

 

戻ってきたら

 

そのときは本気になって取り組むのではないでしょうか。
(本気になりたかったら、なるのでは??笑)

 

 

 

好きではなかったら

 

続けても本物の優秀さは発揮しないのではないかと思います。

 

 

 

 

 

また、バドミントンは

 

確かに幼少期からやっている子どもと比べると

 

出だしの遅れがあります。

 

 

 

感みたいなものや

 

反射神経のようなものは

 

年齢が上がると

 

身につくまでに時間が掛かりますからね。

 

 

 

 

 

でも本気でやりたい気持ちがあるなら

 

乗り換えられるでしょう。

(どこに目標を置くかによるかもしれませんが)

 

 

 

思考を使いながら主体的に取り組むことで

 

伸びていくと思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

本当の優秀さは

 

主体性の上に成り立っているもの

 

なのではないかなぁと私は思います。

 

 

 

 

 

 優秀さを求めると主体性が失われる

 

 

 

子どもにうわべの優秀さを求めることは

 

子どもの主体性を奪っていくことに

 

なりかねません。

 

 

 

 

 

 

確かに

 

一時的な優秀さは

 

主体性がなくても

 

達成するかもしれませんね。

 

 

 

 

 

でも、いつか子ども自身が気が付くと思います。

 

 

 

なんのために頑張っているのかって

 

疑問に思う日が来るかもしれません。

 

 

 

 

 

本当にやりたいことは何?って

 

そこから模索するかもしれません。

 

 

 

 

 

親の殻や、世間の殻など脱ぎ捨てて

 

そこから自分の人生を生き始めるかもしれません。

 

 

 

 

 

それでもいいのですけどね。
 

 

 

 

遅いなんてことはありませんし

 

そういう気づきも素晴らしいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

ですが、先ほどの例でいうと

 

ピアノをやめることを子どもに認めず

 

続けさせたとしても…

 

きっと100%本気で練習することはないでしょう。

 

 

 

 

 

「ここまでやればいいや」と

 

子どもが自分で

 

上限を決めてしまうかもしれませんね。

 

 

 

 

 

決められたことを最低限やればいいかな

 

という思考や行動からは

 

主体性は育ちにくいと思います。

 

 

 

 

 

子どもによってはそこはうまく割り切って

 

必要最低限の省エネで行い

 

別にやりたいことへどうやれば関われるか

 

主体的に動いていくかもしれませんね。

 

 

 

 

子どもによりけり爆  笑

 

 

 

 

 

 

 

でもどうせだったら

 

子どもの主体性が伸びていくように

 

関わりたい。

 

 

 

 

 

なぜなら…

 

 

主体的に生きていれば

 

より効果的に

 

より楽しみながら

 

力を出していくと思いませんか?

 

 

 

その過程こそが

 

人生にとっての学びになると思うんです。

 

 



 幸せなんじゃないかな?







 

大人であっても

 

主体的に動くことって

 

難しいって私は思ってしまいます。

 

 

 

 

決められたこと(だと思い込んでいる)を

 

こなすことに時間を掛け、

 

 

うまくいかないことを嘆きながら

 

毎日を頑張っている。

 

 

 

 

主体的でない人のイメージです。

 

 

あ、以前の私ですけど…笑

 

 

 

 

 

 

主体的に生きると

 

決められたことなど何もない

 

ことに気が付きます。

 

(法律とかは別です)

 

 

 

うまくいかないなら

 

それは自分の責任です。

 

 

何か変えた方がいいという合図になります。

 

 

 

 

 

主体的に生きる中で

 

自分のやりたいことを見つけ

 

 

 

うまくいかなかったら

 

また一から探していく。

 

 

 

 

いつかどこかで

 

自分の力を発揮しやすい

 

「これだ!」というものが見つかるのではないでしょうか。

 

 

 

 

それをやっていれば、時間がたつのも忘れるし

 

パワーがどんどんあふれていく

 

 

 

 

そういうものを見つけて

 

力を発揮していくのがいいな。

 

 

 

 

私はそこを目指したいと思っています。

 

 

 

 

 

だったら

 

最初から主体性が育つように

 

関わっていくのが近道です。

 

 

 

 

優秀さは主体性の上に

 

成り立っているのだと思うから…

 

 

 

 

 

 子どもの主体性が育つには

 

 

子どもの主体性が育つ親の関わりとは

 

どんなものでしょうか?

 

 


 

これは簡単なようで難しい。

 

 

難しいようで簡単です。

 

 

 

 

 

 

子どもが自分の課題を自分で解決

 

していったらいいと思います。

 

 

 

 

ピアノをやめたかったら止めたらいい。

 

 

 

バドミントンをやりたかったらやればいい。

 

 

 

幼少期からやっている仲間のように

 

うまくなるにはどうしたらいいのか

 

工夫したり、頑張ったりすればいい。

 

 

 



その過程でいろんなことを考えて


いろんな感情を感じて


成長していくのかなって


思います。





生活のすべてから


学ぶことができるのじゃないかな?





たとえうまくいかなくても


それも学び。





自分で決めたことだから


結果に関係なく


自分の肥やしになりますね。


(言い回しが古いかな?笑)





 

もし、何かしら援助が必要で

 

親にお願いしてきたら

 

手伝ってあげたらいいのだと思います。

 

 

 

 

 

親にできることは

 

子どもが相談したいと思える親になり

 

子どもが相談してきたら、話を聴いてあげることでしょうか。

 

 

また

 

食事を用意したり

 

家庭を安全基地にしておくこと。。。。

 

 

 

 

 

あととても大切なのが

 

親自身が主体的に生きること

 

かな~って思います!

 

 

 

 

 

自分が主体的に生きていたら

 

子どもの気持ちもわかりやすいでしょうし、

 

子どもの行動に

 

イライラしたりモヤモヤしたりが

 

少なくなってくると思いますから。。。

 

 

 

 

 

 

 まとめ

 

大人になってから主体性を発揮することを学ぶよりも

 

子どもの頃から親のサポートのもとで

 

主体性を育てていったらいいと思います。

 

 

 

 

なぜなら、

 

今よりもさらに

 

主体性を発揮することが重要な世界

 

になっていくと思うから。。。

 

 

 

 

だって世界は…

 

 

やりたくないけど生活のために働くスタイル」から

 

自分の使命のようなものを感じながら

 

世界に貢献するように働くスタイル」に

 

移行していっていませんか??

 

 

 

 

我慢・努力の結果、優秀でいるのではなくて

 

楽しみながら力を発揮する方が

 

時代に合っているのだと思います。

 

 

 

 

いや~、子どもの時代は

 

どんな時代なのか分かりませんけれど。。。爆  笑

 

 

 

 

 

目先の優秀さに惑わされずに

 

大切なものを見失わないようにしたいですね。

 

 

 

 私自身も


主体性に生きられるように


自分を変えて生きたいと思います爆笑



 


ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

ご訪問いただきありがとうございます。




何かうまくいかないことがあったときに


自分の中に鍵があるのじゃないかと


心の中をのぞいてみると結構面白い!!






無意識の心の動きなので


気がつかないときが多いのですが


一旦気がつくと


みるみるうちに解決していきます。





今回はそんな自分の中の変化を


書いてみようと思います。





 子どもへうまく対応出来ない



勤務先の保育園での出来事です。




4月から担当するクラスが変わりました。




すでにあるクラスに


今回新しく入っていった感じです。






クラスには暗黙のルールが存在します。




それは子どもへの接し方だったり


生活の流れだったり…




細かいルールが


たくさん存在すると思います。





そのクラスに新しく入った


子どもたちと同様に


私も1つ1つ覚えていきます。





そのクラスはとても素晴らしいクラスで


子どもに対して怒ったりせずに


子どもも怒ったりしません。






先生も子どもも穏やかです。





私は、毎日緊張していました。




素晴らしいクラスを


乱さないようにしないと!



うまく対応しないと!





そんな風にガチガチになって


視野が狭くなりました。





そうすると


もう子どもへの対応など


うまくいきません。






子どもの気持ちに寄り添う


余裕がなくなっていきました。





そんな4月のある日


子どもが怒り始めたんです。





とても些細なことです。


おかしなことをしていたんですよね。



だから私は声を掛けたんです、その子に。




そうしたら


「自分のやり方でやりたかった!!


  言われるのが嫌!」


と子どもは怒り出してしまいました。






そして。。。



このときの自分の気持ちに


気がついて、ハッとしました。






 複雑な心の動き



私が無意識に思っていたことは




ちゃんとやらなきゃ


他の保育士に迷惑かけないようにしなきゃ


クラスを乱さないようにしなきゃ



私のせいでクラスが乱れると

思われたくない


ダメなやつって思われたくない




子どもにないがしろに扱われたくない



私って、尊重されないんだ



私ってダメなやつ





びっくりびっくりあせる






こんな感情が隠れていたんです。





子どもに共感できるところまで


心が安定していないんです。




子どもへ寄り添おうとする気持ちが


入り込む余地がなかったんですよガーン






子どもがおかしなことをしているのは


どんな気持ちからしているのかな?



つまらないのかな?


面倒なのかな?


疲れちゃったのかな?




…そんな風に子どもの気持ちを


まずは考えてみたらよかったのです。






昨年までいたクラスでは


子どもに共感しようとしていました。




それが自然と出来ていたのです。




なぜはらば


私にとって安全基地だったから。





他の保育士と意思疎通が取れていて


認め合っていたから、


承認欲求のようなものが


ネガティブな形で


出てこなかったんですね。







気がつけてよかったと思います。




気がつくことさえ出来れば


もう変えていくことができますからね。






 まずは自分の気持ちを認める



周りに合わせようと頑張っていたんだねえーん



だから

認めてもらいたいよね。




「ダメなやつ」って思われたら


自分の存在価値が


なくなるような気がしたんだね。







だけど、結局


自分自身が自分のことを


ダメなやつと思っていて



誰にも尊重して


もらえないって思ってる。






だから


周りの人にだけは


ダメなやつって思われないように


頑張っていたんだね。








私は自分のことを


認めていなかったのですね。




自分のことを尊重していなかった




…ということがわかりました。






自分の色んな思いに向かい合わずに


周りに合わせることに


全集中していたのですから…。





そりゃ、尊重していないですよね。






周りを安全基地にする



「私はこう思う」


「私は子どもにこう接したい」



そういう思いがあったのに


それを段々と感じないように


していた気がします。





自分の気持ちや感情に蓋をしないで


ちゃんと感じてみよう





自分がしたいと思っている


子どもへの対応をしてみよう。






周りに全集中までして


合わせなくていいんですよね。






私は私のままで


私の気持ちや感情


思考を大切にしていたら


子どもたちのことも


そのクラスのことも


大切に出来ると思う!





大切にする順序は


自分 ------->      まわり


ですね。




その順序が反対になると


中々うまくいかないのじゃないかな。




我慢や、犠牲心が生まれ


自責の念や、自己否定へと


つながる気がします







そのまんまの私でいこうと思いました。





失敗したら


変えていけばいいだけです。




ただそれだけ。




上手な対応の仕方を


ただ純粋に、学ぼせていただこうと


素直に思えました。





そして、初めて


このクラスに入って


子どもの気持ちが見えてきたんです。





 まとめ



うまくいかないときは


その原因を外に求めたり


自分のせいにしたりするかもしれません。





原因を見つけて


解決することもあるでしょう、





ですがそれはきっと


一時的な解決かもしれませんね。






なぜなら


無意識のうちに感じていることが


自分の行動となって表れているからです。






私は無意識に


周りに合わせていたから


自分を尊重できなくなったんです。





だから、


周りのことを逆に


考えられなくなっていきました。





自分を大切に出来なければ


本当の意味で


周りを大切には出来ないでしょうから。






解決方法は簡単です爆笑



一瞬立ち止まって


本当の思いに気がつきましょう。





青天の霹靂!!



そんな瞬間を感じることも


あるかもしれませんねウインク





でもそれは新しい自分へのスタートです。





より楽しく


より生き生きとした


あなたに変わっていくかも爆笑





自分探察の旅はまだまだ続く(✿︎´ ꒳ ` )♡︎




ここまでお付き合いいただき


ありがとうございました。



こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

不登校の子どもが

 

進級や進学のタイミングで

 

復学したり、新しい学びの場に入っていった場合

 

GW明けの今頃にもしかしたら

 

5月病のような様子を見せるお子さんも

 

いらっしゃるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

5月病って、病名は正式ではないそうです。

 

 

 

4月に新しい環境で緊張の中頑張っていた糸が

 

GWを境に切れてしまうことってあるんですよね。

 

 

原因はストレスだって言われています。

 

 

 

 

 

GWは元気に遊んでいたのに…

 

 

「なんだか疲れちゃった。」

 

「学校や授業が嫌になっちゃった。」

 

 

心や体調に不調を訴える子どもが多い時期です。

 

 

 

 

 

 

子どもが5月病になったら…???

 

 

 

親はどう対応したらいいのでしょうか?

 

 

 

 

今回は、

 

「子どもが5月病になったことを

 

 意味あるものにする」

 

ために私がやっていることを書いてみます。

 

 

 

 

 

 息子が5月病に!?

 

 

なんでこんなことを

 

考えるようになったかというと

 

中1息子が5月病予備軍だからです。

 

 

 

 

 

 

 

数日前に

 

「学校(じゃなくてフリースクールだけど)本当嫌だ」

 

「もう授業受けたくない」

 

・・・と言っていました。

 

 

 

 

 

 

その言葉が真実味を帯びているのは

 

「授業に出たくない。」

 

「でも、休んだらまた出られなくなりそうで怖い。」

 

という言葉を聞いたから。

 

 

 

 

 

あらら。これは本気かもしれない。

 

 

 

 

 

私は、息子の言葉に反応して

 

焦ったんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

復学するかしないかには関係なく

 

不登校状態から脱っするためには

 

何かやりたいことを見つけて

 

それによって学んだり

 

一生懸命になったりしながら

 

自分に自信をつける過程が必要だと思うんです。

 

 

 

 

 

そのやりたいことを見つけて

 

やる気になるタイミングはいつなのか

 

想像していませんでした。

 

 

 

 

 

フリースクールでやりたいことを

 

見つけるのかもしれないな

 

って1つの道筋しか想像していなかったんです。

 

 

 

 

 

 

 

そうするとどうなるか…??

 

 

 

 

 

私のようにあたふたするんですよ、きっと。

 

 

 

 

 

 

その一点に掛けていたんだから、

 

それが叶わない=一生不登校

 

という図式の出来上がりです。

 

 

 

 

 

 

本当は、そんなことは全くなくて

 

不登校を脱する道はいくつも存在するんですよね。

 

 

 

 

それを考えていなかった。

 

 

 

 

フリースクールでやってみたけど合わずに

 

別の道を行くことをあまり考えていなかったから

 

あたふたしたんです。

 

 

 

 

 

そして

 

ここで私がずっとあたふたしていたら

 

息子の5月病が

 

本物になっていくかもしれません。

 

 

 

 

 

 

なぜなら

 

親が心配で、不安で、悲しんでいたら

 

子どもも自己否定が進むだろうし

 

自信もパワーも失われて

 

疲れ切ってしまうだろうからでです。

 

 

 

 

 

私は、ハッとして

 

まずは自分のマインドを安定させました。

 

 

 

 

 

 

 子どもが自由な選択をすることが大切

 

息子は4月からフリースクールで

 

オンラインの授業を受講しています。

 

 

 

でも、フリースクールのやり方が合わない可能性は

 

大いにありなんですよね。

 

 

 

 

 

先生が教えてくれるという形式の授業が

 

そもそも苦手な息子ですので

 

やっぱり面白くなかったというのは

 

大いにありますね。

 

 

 

 

 

また、

 

授業って自分にとって

 

楽しくて面白い時間ばかりではありません。

 

 

だから、まだまだパワーが十分たまっていないのなら

 

そんな時間を過ごすことで

 

折角たまったパワーを使い果たしてしまうかもしれません。

 

時期が早すぎたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

でも、その決断は息子がするからこそ

 

意味があるものだと思うんです。

 

 

 

 

 

 

もう少し続けながら様子をみるのも

 

早めの決断で進路を変えるのも

 

自分でした方がいいと思います。

 

 

 

 

 

正直私にはわからないですもの。

 

 

 

他人の人生の大きな選択を

 

私はできません。

 

 

 

 

 

息子は、多分そういう人生の選択を

 

自分でできると思います。

 

 

 

 

 

なぜなら、不登校期間の約2年

 

自分で選択を続けてきたからです。

 

 

 

 

 

 

フリースクールを選んだのは自分です。

 

 

 

親が事前に調べてはいましたけれど

 

説明会に出たいと言ったのも

 

通学ではなくてオンラインコースに決めたのも

 

息子自身です。

 

 

 

 

だから選択できると思います。

 

 

 

 

 

 

そのためには

 

親が敵ではなくて

 

味方でいることが大切ですね。

 

 

 

 

 

息子の選択を

 

ある意味大したことない選択と

 

同じレベルにとらえるといいかと思いました。

 

 

 

 

 

「本当にいいの?」

 

「勉強どんどん遅れていっちゃうよ」

 

なんてことは、口にしない(笑)

 

 

 

 

 

 

そのために

 

色んな道筋を想像しておくといいな~って

 

思ったんですよね。

 

 

 

 

 

 

沢山の道すじを

 

ありありと想像出来ていれば

 

子どもが今目の前のルートを進まなくても

 

ルート2かな?ルート3かな?

 

って余裕を持って見られると思います。

 

 

 

 

 

 

 子どもの気持ちに共感しようとする

 

 

 

自分の心を落ち着かせたら

 

そこから子どものサポートができます。

 

 

 

フリースクールをやめてもいいと思えたなら

 

子どもの話はどんな話でも

 

落ち着いて聞けると思います。

 

 

 

 

 

子どもが話をしたいと思えるように

 

話しやすいような温かい雰囲気を心がけてみます。

 

 

 

子どもが話して来たら

 

どんな話でも一生懸命聴こうと思います。

 

 

 

そして、子どもが見ているものを

 

一緒に感じたり、考えたりしようと思いました。

 

 

 

 

 

もし授業を受けることで

 

パワーをすり減らしているのだとしたら

 

反対にパワーを充電できるよう

 

関わっていこうと決めました。

 

 

 

 

 

 

 まとめ

 

きっと5月病予備軍のお子さんは沢山いるでしょう。

 

 

親の方も、気持ちが揺れる時期です。

 

 

 

 

ですが、この時期を

 

子どもにとっても

 

親にとっても

 

有意義な時間として過ごす

 

ことは可能だと思います。

 

 

 

 

 

親子ともに

 

色んな感情をしっかりと感じて

 

色んなことを考えて

 

親子の信頼関係をよりよいものに

 

していけたらいいですよね。

 

 

 

 

 

一時的な対処でなく

 

未来の笑顔へ向かいやすい対応

 

をしたいものですねウインク

 

 

 

 

 

 

私も楽しみながら

 

気楽にやっていきますよ爆  笑

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

小川がキラキラ

 

 

 

パラダイムシフトという

 

言葉をご存知ですか?

 

 

 

wikipediaによると

 

時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。

 

と書かれていました。

 

 

 

 

 

 

社会全体などと書かれていますが

 

そこまで大げさではなくて

 

自分の当たり前たと思っていた

 

考えを変える

 

という意味で私は使っています。

 

 

 

 

 

 

パラダイムシフトとは

 

自分の中で常識に思っていた

 

考えを変えること

 

 

 

 

ようはものの見方を変える

 

考え方を変えるってことです(笑)

 

 

 

 

 

 

息子が不登校になってから

 

私はこのパラダイムシフトを

 

やり続けてきたんですよ爆  笑

 

 

 

 

 

 

パラダイムシフトをすると

 

 

今まで見えなかったことが

 

見えるようになりますし

 

 

出来なかったことが

 

出来るようになります。

 

 

 

 

 

 

怖かったことが怖いことではなくなり

 

ダメだと思っていたことが

 

むしろよいことになります。

 

 

 

 

見えるものが違うと

 

住む世界も変わりますね。

 

 

 

 

 

今日は

 

パラダイムシフトをすると

 

どう変わっていくか

 

 

自分の中のパラダイムシフトを

 

どうやって起こすのか

 

について書こうと思います。

 

 

 

 

それは誰でもできるような簡単なことです。

 

でも、子どもも自分もハッピーになれるような

 

効果大なものなのです。

 

 

 

 

 

 不登校を問題から過程に変える

 

 

大きいものから小さいものまで

 

色んなパラダイムを変換しています。

 

 


 

 

 

大きなものでいうと

 

子どもの不登校を

 

ネガティブなものから

 

ポジティブなものに変えていきました。

 

 

 

 

 

それは子どもにとってだったり

 

親の私にとってもだったり。。。

 

 

 

 

 

 

不登校を大問題としてみていたのを

 

大きな目標や理想のための必要な過程

 

として考えるようになりました。

 

 

 

 

 

 

そうするとどうなるか?

 

 

 

見えるものが変わっていきます。

 

 

 

 

今までは不登校は直すべきもので

 

学校へ戻すためには何をしたらいいか

 

・・・と狭い範囲で考えていました。

 

 

 

 

 

それが

 

学校に戻ることではなくて

 

っと先の大きな理想に焦点を当てて

 

そのために今の不登校の経験が

 

必要なんだって考えると

 

見えるものが変わってきませんか?

 

 

 

 

 

 

私は見えるものが変わりました。

 

 

 

 

不登校が有利になる場合も

 

あるのではないかと考えました。
 

 

 

 

不利になることがあれば

 

有利になることもあります。

 

 

 


 

学校の範囲にとらわれずに

 

大きなものに目を向けることができます。

 

 

 

自由に動きやすいので

 

主体性が身に付きやすいかもしれません。

 

 

 

 

 

もしそういう有利な点があるとしたら…

 

 

 

では、親である私はどう動いたらいいか?

 

 

 

 

そこを考えていきます。

 

 

 

 

科目の勉強にとらわれずに

 

色んなものから学ぶことができるように

 

 

親の思い込みや制限を外す

 

 

私自身がいろんなことに

目を向けて学んだり動いてみる

 

 

こんなことが思い浮かびました。

 

 

 

 

 

こうすると子どもが勉強にこだわらず

 

色んな興味あるものから話を広げたり

 

深く学んだりしやすくなります。

 

 

 

 

 

YouTubeからでも

 

アニメからでも

 

小説や漫画からでも

 

なんでも学べますからね。

 

 

 

 

 

そして、私自身が学んできたり

 

経験してきたことを

 

雑談として話したり

 

子どもを巻き込んで手伝ってもらったり

 

考えてもらったりできます。

 

 

 

 

 

実際に親の背中を見ていれば

 

それだけでも色々な情報が入ってきます。

 

 

 

百聞は一見にしかず

 

ですからね。

 

 

 

 

 

他にも

 

1つ1つの事や、気持ちに

 

子どもが向き合って

 

自分で選択し行動していくことを

 

サポートしていくように変えていきました。

 

 

 

 

 

 

 

学校へ戻すことを目標にしていたら

 

そんな悠長なことしていられませんよね。

 

 

 

 

学校へ行くことが

 

いかに大事か分かってもらうことが

 

第一優先事項になりかねません。

 

 

 

 

 

そうすると

 

自分で学校へ行くことの必要性に気づいて

 

自分から学校へ行くことを選択する子どもへは

 

きっとならないでしょう。

 

 

 

 

 

 

長いスパンでみると

 

失敗もたいしたことじゃなくなりますね。

 

 

 

 

このパラダイムシフトで

 

子どもも私も

 

伸び伸びと過ごすことが出来るようになりました。

 

 

 

 

 

まず第一は

 

お互い好きなこと、ワクワクすることを

 

見つけるところからスタートですから爆  笑

 

 

 

 

 

 

 日常的なパラダイムシフト

 

 

日常的にも当たり前に思っていた常識を

 

変えていきました。

 

 

 

 

1つは人の期待に応えないということ。

 

 

 

人の期待よりも

 

自分の気持ちに応えることを

 

優先して考えるように

 

パラダイムをシフトしました。

 

 

 

 

 

期待に応えたくないのに

 

本当は自分の気持ちは別のところにあるのに

 

我慢するようなことはやめました。

 

 

 

 

例えば身内の

 

「学校に行ってほしい」

 

「もっと元気になってほしい」

 

期待には応えません。

 

 

(そもそも応えられませんけど…)

 

 

 

 

学校からの

 

「本人の顔を見たい」

 

 

 

友達家族からの

 

「一緒に遊びたい」

 

 


 

本人の気持ちや私の気持ちを優先にして

 

断ったりするのも平気になりました。

 

 

 

 

 

以前はそのプレッシャーを

 

無意識に子どもにぶつけて

 

子どもを動かそうとしていました。

 

 

 

 

 

今は、無理なものはただ無理。

 

 

 

そこに罪悪感を持つこともなければ

 

自分たちを否定する気持ちも起きません。

 

 

 

 

もし、そういう気持ちが浮かんだら

 

そこは向き合った方がいいところかもしれませんね。

 

 

 

自分のこと責めちゃうんだね。

 

なんでかな?って。

 

 

 

 

そうやって向き合っていくと

 

理由が見えて来るかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

他にも、

 

家族で食卓を囲まなくてもいい

 

朝食を食べなくてもいい

 

というような日常的なこともあります。

 

 

 

 

初めて会った人と話すときに

 

沢山話題を考えなくてもいい

 

話を聴くことに徹してもいい

 

というような自分の苦手なコミュニケーションに

 

縛られなくてもいいと考え方を変えました。

 

 

 

 

 

料理に苦手意識を持っていたのですが

 

料理を義務感でやるものから

 

楽しんでもいいんだって

 

パラダイムを変えたら

 

楽しむ方法を思いついたり

 

自分の不快になることを取り除いたり

 

するようになりました。

 

 

 

 

 パラダイムシフトの起こし方

 

 

こんな風に本当に些細なことでも

 

パラダイムをシフトすると

 

見えなかったところが見えるようになって

 

生活がガラっと変わっていきますね。

 

 

 

 

パラダイムシフトによって

 

私は楽になりましたし

 

未来への希望が見えるようになったり

 

毎日ハッピーになりました。

 

 

 

 

どうやって変えるかは

 

自由です(笑)

 

 

 

 

 

自分がしんどくなったり

 

嫌だな~って感じたら

 

 

あれ?

 

もしかしてこの気持ちを

 

感じないでも済むんじゃない?

 

 

って思いつきさえすればいいんです。
 

 

 

 

真逆なことを発想する

 

やりやすいかもしれませんね。

 

 

 

簡単に思いつくことから変えていったらいいのだと思います。

 

 

 

 

 

 まとめ

 

 

いかがでしたか??

 

 

パラダイムシフトはとっても簡単です。

 

 

 

 

簡単ですが

 

今まで思い込んでいたことを

 

手放す勇気がいるかもしれませんね。

 

 

 

 

ですが、その効果は絶大です。

 

 

 

 

 

考え方が変われば見える世界が変わります。

 

 

すると行動も変わってきますね。

 

 

 

行動が変われば、未来も変わってくるのでしょう。

 

 

 

 

 

そんな未来が楽しみですね。

 

 

もちろん、今も楽しんでいきましょう。

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。