不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -19ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

鏡のような田んぼ

 

 

 

 

 

突然ですが

 

「うちの子ども学校に行っていないんです」

 

って、久しぶりに会ったママ友や

 

初めて会った人に言いますか??

 

 

 

 

 

 

 

 

私は言っていますね爆笑

 

 

 

「家にいるんですよ。」

 

「学校は通信制です。」

 

 

など笑顔で言います。

 

 

 

 

 

 

でも以前は言えませんでした。

 

 

隠したり、嘘をついたり

 

していましたえーん

 

 

 

 

 

 

何も気にせずに

 

子どもが不登校であることを言えることと

 

なぜかはわからないけど言えないことには

 

大きな隔たりがありました。

 

 

 

 

少なくとも私はそうでした。

 

 

 

 

 

言いたくなかったら

 

言わなくていいのですよ。

 

 

 

無理しないでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

「うちの子ども学校に行っていないんです」

 

 

って悲観的でも楽観的でもなく

 

ただ事実として言えるということは

 

色々なことを手放していることになります。

 

 

 

 

 

他人軸から自分軸へ

 

 

 

 

そんなステップも

 

含まれている気がするのです。

 

 

 

 

たかが子どもの不登校。

 

 

 

ですが結構奥深いかな〜って思います。

 

 

 

 

見える世界が変わります。

 

 

 

もしかして

 

関わる人や関わり方も

 

変わってくるのかも??

 

 

 

 

 

「うちの子ども学校に行っていないんです」

 

とニュートラルに言えることのメリットや

 

言えるためにはどんなステップが必要かを

 

考えてみました。

 

 

 

 

 

 最大のメリットは課題の分離

 

 

先日、息子が保育園にいたときの

 

ママ友に偶然会ったときに

 

 

「元気〜?

 もう中1だね〜!」

 

 

なんてお互いの近況報告を

 

簡単にしました。

 

 

 

 

 

 

「うちは通信だから、家にいるよ〜」

 

「いつも家で遊んでいるわ〜」

 

と伝えました。

 

 

 

 

 

 

こちらの気持ちが

 

ポジティブにもネガティブにも偏らずに

 

ニュートラルな状態でいると

 

相手からはあまり何も言われない気がします。

 

 

 

 

 

そんなんでも別に大丈夫なのね

 

って思われているんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

でも…

 

学校に行けていない我が子を悲観していたり

 

親の育て方が悪かったのかもと

引け目を感じているときや

 

よそのお子さんの活躍をうらやましく思っていると

 

 

相手の反応が変わってくるんですよ、

 

 

面白いことに…。

 

 

 

 

 

 

「大変だね。

 早く学校行けるといいね。」

 

 

 

「元気だったのにね。

 何か手伝えることある?」

 

 

などと心配してくれたり

 

 

 

 

「〇〇って塾は

 個人で見てくれるし、

 不登校の子どもも見てくれるらしいよ」

 

 

 

「少しでも何かやる気になることを

 親が見つけてあげることも必要じゃない?」

 

 

 

とアドバイスしてくれたりします。

 

 

 

 

さらには

 

「きっかけを作って学校へいけるように

 働きかけた方がいい」

 

「今頑張らないと将来大変なことになるかも」

 

と不安を掻き立てるようなことを

 

言われることもありました。

 

 

 

 

 

こちらがニュートラルでいても

 

そういうことを言われるこもあります。

 

 

 

 

 

言われたら言われたで

 

「そう思っているんだね~」

 

「そういう考えもあるかもね~」

 

ってさらっと流しておけばいいのですよね。

 

 

 

 

 

 

こちらが悩んでいたり

 

逆に「不登校有利説」を唱えなければ(笑)

 

大抵は、相手もニュートラルに考えられるものです。

 

 

 

 

 

不登校が課題だとすれば

 

それは子どもの課題です。

 

 

 

 

または、不登校の子どもを育てている

 

私や家族の課題ですからね。

 

 

 

 

 

その境界線が引けるんです。

 

 

 

 

お互いの領域に入り込まず

 

認め合える関係性を

 

築きやすくなるのではないかな~?

 

 

 

 

 

 

もしこちらが境界線を引いているのに

 

侵入してくる人がいたら…

 

 

 

 

 

それはその人の課題です。

 

 

何かザワザワ、モヤモヤポイントがあるはずです。

 

 

 

 

 

自分の価値観を正当化したかったり

 

自由な生き方に実は憧れていたり。

 

 

 

 

 

そういうものがあるのかもしれないですから

 

そうっとしておいたらいいですね。

 

 

 

 

 

応戦しなくも、悲観しなくても

 

全然いいです(笑)

 

 

 

 

 

嫌だったら、離れても全然いいと

 

私は思っています。

 

 

 

 

 

自分の価値観が変わると

 

過ごしたい場所、行きたい世界が変わっていきます。

 

 

 

 

また新しい世界の人間関係を

 

築いていったらいいと思います。

 

 

 

 

相手の方から離れていくかもしれませんけれど…(笑)

 

 

 


 

 主体的に生きる

 

 

子どもが学校に行っていないことを伝えたときに

 

同情されたり

 

問題視されたり

 

不安を押し付けられたり…

 

 

 

 

そういうときでも相手の価値観に合わせずに

 

自分の価値観を選択することは

 

主体的に生きることだと思います。

 

 

 

 

 

気にしない、以上(笑)

 

 

 

 

そうは分かっていても

 

気になるし、心がズキズキするんです。

 

 

 

傷ついたり、悲しくなったりしちゃう。

 

 

 

 

 

それはそれでいいんです。

 

 

 

 

 

そんな自分を認めてあげます。

 

 

 

 

「かわいそうって思われて

くやしいって思っているんだね」

 

 

 

「アドバイスされたけど

そんなの出来たらもうしているよ!

って悲しくなっちゃったんだね」

 

 

 

 

さらには

 

どうして相手の言葉に反応しちゃうのか

 

気が付くかもしれません。

 

 

 

 

 

どうも思っていなかったら反応しないんですよ、多分。

 

 

 

 

自分がまだ手放していない思いがあるから

 

反応してしまうのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

まだまだ心の深いところでは

 

子どもの不登校を認められていない自分

 

 

だったり

 

 

子どもには主体的に動いてほしいのに

 

やりたいことが見つからずに

 

ゲームばかりしている姿を不安に思っている自分

 

 

を見つけたりします。

 

 

 

 

 

 

 

こんな風に、表面上は

 

子どもが学校へ行かなくてもいいと思っていても

 

本心は違うかもしれませんね。

 

 

 

 

 

こういう本心の部分に向き合っていくといいと思います。

 

 

 

心の深い部分で思っていることだったり

 

無意識の領域に含まれることかもしれませんね。

 

 

 

 

 

私の場合は

 

その他にも自分の本当にやりたいことや

 

自分はどう生きていきたいかを

 

考え、そうなれるように動いたりしています。

 

 

 

 

自分が本当に大切にしたいことを

 

本当に大切にしながら生きていったら

 

誰かの言葉は気にならなくなります

 

 

 

 

なぜならば

 

自分軸があるからです。

 

 

 

 

 

 

 

私はまだまだ途上ですけれど…

 

少しずつ少しずつ

 

焦らずに、自分のペースで変わっていっています。

 

 

 

 

 

 

「うちの子どもは学校に行っていないんです」

 

って言ったときに

 

どんな反応が返ってきても

 

傷ついたりしないと思うし

 

たとえ傷ついても復活できると思うから

 

言えるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 まとめ

 

 

子どもの不登校は

 

私にとっては自分軸を取り戻す

 

大切な大切な機会となりました。

 

 

 

 

 

 

以前は、子どもが不登校だって言ったら

 

 

心配されちゃうかな?

 

母親失格だと思われるかな?

 

気まずくなるかな?
 

 

・・・と考えると言えませんでした。

 

 

 

 

 

色々と不自由だったな~って思います。

 

 

 

 

今は大分楽になりました。

 

 

 

他人軸から自分軸へ。

 

 

 

 

 

不登校に関わらず

 

いろんな場面で

 

新しい世界に行ったとしても

 

自分軸があるといいな~って思います。

 

 

 

 

 

不登校はそのきっかけになる

 

というお話でした。

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。
 

ご訪問ありがとうございます。

 

 

新緑と桜の花びらとワンコ
 
 
 
子どもが不登校で家にいると
 
主に怒りや苛立ちなどの
 
負の感情をコントロールする力が
 
育ちにくいのではないかと
 
以前は思っていました。
 
 
 
 
 
ですが、そんなことはありません。
 
 
 
 
 
不登校で家にいても
 
自分の気持ちに向き合いながら
 
生活していたら、
 
 
そしてその機会を
 
親が大切にしていたら…
 
 
 
 
 
きっと不登校で家にいても
 
怒りや苛立ちとうまく付き合う方法を
 
身につけていくのではないかと思います。
 
 
 
 
 
 
今回は子どもが負の感情と
 
いい付き合いをしていく方法を考えてみます。
 
 
 
 
 
 

 息子が感情をコントロールしている

 
 
先日1年半ぶりに別荘に行きました。
 
 
記事はこちら↓
よかったら読んでみてくださいね♡
 

 

 

 

 

 

不登校になる直前(今から2年前)にも

 

別荘に行ったのですが、

 

そのとき遊んだパターゴルフで

 

うまくいかないときに

 

感情を爆発させていた息子。

 

 

 

 

ここで書くのもはばかれる位…

 

大荒れなこともありましたガーン

 

 

 

 

 

そんな息子でしたが

 

今回も連日パターゴルフをしましたが

 

うまくいかなかったときに

 

感情を爆発させることは全くありませんでした。

 

 

 

 

 

逆にネタにして場を盛り上げたり。

 

 


 

誰かと比べるのではなくて

 

前回の自分のスコアと比較して

 

目標スコアを目指して頑張ったり

 

良くなっている点に注目して喜んだり…

 

 

 

 

 

 

 

以前だったら感情をコントロールできないで

 

苛立ちを爆発させるような場面でも

 

全くそのようなことはなく…

 

 

 

 

 

 

あまりにも自然過ぎて見逃すところでしたびっくりあせる

 

 

 

 

 

 

 

 

2年という年月で

 

大きく成長していることが分かりましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

でもこの2年間、学校に行っていないので

 

感情をコントロールする力は

 

不登校期間中に身につけた

 

ということになりますね。

 

 

 

 

 

 

 

感情のコントロールは

 

年齢とともに身に付くもの?

 

 

 

 

答えはイエスでもあり

 

ノーでもあると思います。

 

 

 

 

 

 

 

確かに成長過程で

 

感情をそのまま表現することを

 

恥ずかしいと思うようになるかもしれません。

 

 

 

 

感情を抑える力も身についていくのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

また

 

学校などのコミュニティでは

 

いつでも自分の意見が通るわけではなく

 

うまくいかないことなんてきっと山ほどあります。

 

 

 

 

 

そんな中で、

 

自分の感情に折り合いをつけて

 

周りとうまくやっていくことが

 

出来るようになっていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ですが、自分のことを振り返れば

 

大人になったからといって

 

学校などのコミュニティに所属していたからといって

 

怒りの感情をうまくコントロールできるようになった

 

なんて決して言えなかったことがわかります。

 

 

 

 

 

 

 

でも今は怒りの感情をコントロールできます。

 

 

 

意識して変えていったからです。
 
 
 
 
 
 
子どももトレーニングすれば
 
怒りやイライラをコントロールできると思います。
 
 
 
 
ですが…
 
怒りを爆発させる癖のある子どもに
 
トレーニングさせようと思っても
 
中々できるものではありませんね。
 
 
 
 
 
なぜならば
 
本人が怒りを爆発するのを
 
どうにかして止めたい!!!
 
 
 
と自らコントロールを学びたいという
 
意思がないと難しいからです。
 
 
 
 
 
 
だから…
 
トレーニングなどしなくても
 
自然と出来るようになっていくために
 
ある程度の親の関わりは必要かな~と思います。
 
 
 
 
 
息子は、現在その途上にいるのかなって
 
思います。
 
 
 
少しずつ感情をうまく扱えるように
 
なってきたところもあれば
 
これからかなってところもあります。
 
 
 
 
 
ですが、学校に行っていなくても
 
身に付けられるものだということが分かりました。
 
 
 
 
 
 

 

 

子どもが怒りや苛立ちなどの感情と

 

うまく付き合っていけるようになるために

 

 

 

  • 自分の気持ちに気が付き、認める
  • 沢山経験する。

 

 

 

 

親としては

 

  • 子どもの気持ちに共感しようとしてみる。
  • 子どもの話をただただ聴く。
  • でもときには離れてみる。
  • 親自身も自分の気持ちに気が付いて認めていく。

 

 

 

 

我が家では、こんなことに注目して

 

過ごしてきました。

 

 

 

 

 

 

 子どもが自分の気持ちに気が付き認める

 

 

息子は感情を言葉で表すことが苦手です。

 

 

 

苛立ち、怒りが湧いているときに

 

その裏側にある気持ちにまで

 

中々たどり着けません。

 

 

 

 

 

怒りの感情は、二次感情と言われていて

 

怒りの裏には本当の気持ちが

 

気が付いてくれるのを待っています。

 

 

 

 

 

自分に対してのくやしさだったり

 

満たされない気持ちだったり

 

悲しみだったり。。。

 

 

 

 

 

 

そういう怒りの裏側に隠れている気持ちに

 

気が付いて、認めていくことで

 

怒りの感情は消えていくんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

私が怒りの感情を感じたらやることは

 

まずその場を離れて、

 

自分の気持ちをめっちゃ素直に感じます。

 

 

 

 

 

例えば

 

誰かに言われた嫌な一言には

 

かなり正直に感じていることを言葉に表します。

 

 

 

まあ、独り言だったり、心の中で、なんですけどね。

 

 

 

 

 

「こんなこというなんてひどい!」

 

「私ってかわいそう!」

 

「本当の私はこうなのに、勘違いされて悲しい!」

 

 

・・・

 

 

 

出尽くすまで言葉にするのですが

 

あるときふと

 

「あれ?誰かの一言にめっちゃ左右されてる」

 

ことに気が付きます。

 

 

 

 

 

誰かに言われたことで

 

傷つくかどうかは自分で決められます

 

 

 

傷ついてもいいし、傷つかなくてもいい。

 

どちらも自分で決められる。

 

 

 

もし傷ついているとしたら

 

それは自分がそう思っているということです。

 

 

 

 

だから、その自分の気持ちの方を解決すれば

 

怒りも、その裏にある悲しみも消えていきます。

 

 

 

 

その一言を言ってくれた人は

 

自分にそのことを気づかせてくれた

 

貴重な存在になりますね。

 

 

 

 

 

 

 

話が脱線しかかっていますが…

 

 

子どもの怒りの裏側には

 

同じように気持ちが潜んでいると思うんです。

 

 

 

 

 

 

課金までしたゲームのデータが

 

全部消えてしまったとき…

 

(実話です笑)

 

 

 

最初はただただ怒りが湧いてくるかもしれません。

 

 

 

 

 

でもその裏には

 

あんなに頑張ったのに

 

おこづかいを課金したのに

 

時間と労力とお金のすべてが

 

無駄になったように感じて

 

悲しい!!!

 

 

 

 

なんでもっと慎重にデータ移行しなかったのかと

 

自分を責めたり

 

何もかも失ったような気持ちになったり

 

また1からやり直すことを考えると気が滅入ったり

 

他に楽しみがない自分に嫌気がさしたり。。。

 

 

 

 

 

子どもが怒って感情的になっているときに

 

話を聴いていると

 

結構いろんな情報が出てきます。

 

 

 

 

 

 

感情を言葉にすることが苦手だと

 

思っていた息子ですが

 

このように自分の気持ちを言葉に出しています。

 

 

 

 

 

 

「なんでもっとやり方を調べなかったんだ!!」

 

「もう何もかもなくなった!!」

 

「他に楽しいことなんて何もない!!」

 

「また1からやり直すと思うと、もう嫌だ!!」

 

「せっかく課金したのに、無駄になった!!」

 

 

 

こんな感じの言葉ですが

 

しっかり気持ちを表現できていますね。

 

 

 

 

そして言葉が出きったら

 

1人で落ち込む時間や

 

現実逃避するような時間を経て

 

 

 

「もう一回1からやってみる」

 

「運営側にデータ復帰できないか相談してみる」

 

「どのくらいで取り戻せるか考えたんだけど。。。」

 

「1週間は集中して取り組むわ。」

 

「やり方のコツがわかったから、最短時間で成果を出すわ。」

 

 

 

などなど、自分で解決策を見つけていました。

 

 

 

 

落ち込んだりする気持ちを

 

無理やり切り替えるのではなくて

 

気持ちは切り替えつつ

 

でも落ち込んでいる気持ちも抱えながら

 

進んでいるような息子です。

 

 

 

 

 

 

 

 たくさん経験する。ゲームで!?

 
このように
 
ゲームは、アンガーマネージメントの
 
いい練習台になります。
 
 
 
 
 
新しいゲームを始めると
 
最初は中々勝てないと思います。
 
 
 
自分の技術力が足りなく
 
すぐに負けてしまいます。
 
 
 
 
 
 
うちの息子は
 
やり始めのゲームではよく怒っていますね。
 
 
 
 
PCのキーボードに当たり
 
壊れてしまったこともありますえーん
 
 
 
 
 
仲間のことを罵ったり
 
敵に怒りを表したり
 
自分のミスではキーボードに当たる(笑)
 
 
 
 
 
しばらく布団にくるまって泣いていることもありました。
 
 
 
 
 
でもいつしか
 
ゲームで感じるいろんな苛立ちや怒りを
 
うまくコントロールできるようになってきました。
 
 
 
 
 
今回のデータが消える事件(笑)でも
 
容赦ない状況に
 
めっちゃ落ち込んではいても
 
自分で気持ちを立て直してきたのは
 
いい経験になり
 
成長の一過程になりました。
 
 
 
 
 
 
ゲームは感情コントロールをトレーニングする場に
 
ちょうどいいのでは???
 
 
なんて思いましたよ。
 
 
 
 
 

 まとめ

 
子どもが不登校だからって
 
感情をコントロールする力が育たない
 
なんてことはありません。
 
 
 
 
 
自分の感情を感じて受け入れていくことで
 
怒りなどは少しずつ
 
コントロールできるようになっていきます。
 
 
 
 
 
 
不登校のお子さんは
 
感情のセンサーが繊細で
 
色んなことを敏感に感じることも多いかもしれませんね。
 
 
 
 
 
だからこそ
 
そういった自分の感情に向き合って
 
感じられるようになることは
 
これからの人生でとてもとても
 
貴重な力になると思うんです。
 
 
 
 
 
自分の気持ちを大切にしながら
 
生きていってほしい。
 
 
 
 
その上で周りの人のことも
 
大切にすることができるのだと思います。
 
 
 
 
 
 
学校などのコミュニティで学ぶことは
 
本来ならばそういうことが理想だと思うんです。
 
 
 
 
でも実際には反対です。
 
 
周りに合わせることが先です。
 
我慢が先なんですよね。
 
 
 
 
まずは自分を大切にする。
 
 
 
 
 
 
 
 
ここまでお付き合いいただき
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

小さな小さな別荘を持っているのですが

 

久しぶりにやってきました。

 

 

一年半ぶりになります。

 

 

 

 

 

コロナにより移動を控えていたのですが

 

流石に家のメンテナンスにいかないと

 

まずいかな…ということで

 

家族でやってきましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

前回来たのが約1年半前なのですが

 

そのときと今を比較してみたら

 

色々変わってきているな~って感じました。

 

 

 

 

 

 

1年半って目に見えて

 

変わったことがわかるくらいの年月なのですね。

 

 

 

 

 

 

 1年半前にやっと見つめた現実

 

 

 

息子の1年半前は

 

不登校になって数か月経ったころでした。

 

 

 

 

本当に外に出たくないんだ。。。

 

 

家の中にいたいんだ。。。

 

 

 

って、私が息子のことを

 

やっとわかろうとし始めたころだったのかも。

 

 

 

 

 

遅いですよねえーん

 

 

直視したくなかったのかもしれません。

 

全然受け入れることができなかったのです。

 

 

 

 

 

 

でも、1年半前にやっとやっと

 

受け入れようと思えたのですよね。

 

 

 

そこから私自身が変わっていったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘に来たらいつもだったら

 

「あそこに行きたい」

 

「あれをしてみたい」

 

って動き回っていた息子。

 

 

 

 

 

 

1日中パターゴルフをやっていた時期や

 

ゴーカートばかりしていた時期

 

自転車、リアル宝探し、

 

虫取り、植物探し、観音巡り。。。

 

 

 

 

 

 

 

でも、1年半前は

 

外で何かをすることが辛くてたまらない。

 

 

 

早く自宅に帰りたい。

 

 

 

 

そんなどう見ても元気がない様子の息子でした。

 

 

 

 

 

 

 

場所を変えても意味ないんだ。。。

 

 

 

上辺だけ気分転換するようなことをしても

 

意味がない

 

 

 

 

 

心の底から元気にならないと

 

意味ないのだと

 

やっとやっと気が付きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

そんな元気のない息子が

 

心の底から元気になるためには

 

母が一緒に元気のない状態でいても

 

ダメなんだと分かったんですよね。

 

 

 

 

 

 

なので、息子が不登校になってから初めて

 

自分が楽しむために

 

自分だけのために

 

遊びに出かけたのでした。

 

 

 

 

 

別荘の近くにある教会へ

 

パイプオルガンを聴きに行きました。

 

 

 

 

教会に響き渡るパイプオルガンの音色を

 

身体の隅々まで浸透させるように

 

聴いたことを思い出しました。

 

 

 

 

 

 

そんな1年半前。

 

 

 

 

 

 

さて、1年半経ってどうなったでしょうウインク


 

 

 

 

 息子のことを信じられる

 

 

 

息子は、マイペースに

 

自分の行動を決めています。

 

 

 

 

 

外に遊びに行きたいときもあれば

 

家でYouTubeを見ていたいときもあるようです。

 

 

 

 

 

あのときのような

 

青白い顔はもうしていません。

 

 

 

 

 

 

 

私は

 

行きたいところがあれば

 

1人でも行けます。

 

 

 

 

 

息子が行きたくなければ

 

息子1人を家に残して

 

夫と2人で出かけることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

そのことについて

 

悲しい気持ちや寂しい気持ちはありません。

 

 

 

 

 

 

一瞬感じたときは

 

息子と一緒に行きたかったって思っているんだね

 

と、そのことを受け入れます。

 

 

 

 

 

でも

 

罪悪感を感じずに

 

今を楽しんじゃいます爆  笑

 

 

 

 

 

 

その裏側には

 

息子の生き方を尊重している気持ちがあります。

 

 

 

 

 

 

息子は自分の『今』を

 

自分で選べる、決められる、

 

自分で責任を持てるって

 

思っています。

 

 

 

 

 




 疲れなくなった私



 

 

また

 

私が変わったことの1つに

 

別荘を整えようと思えるようになったことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

お恥ずかしい限りですが

 

別荘を時間と労力を使って

 

キレイに整えようという気持ちになったことが

 

今までありませんでした。

 

 

 

 

 

折角遊びに来たのだから…

 

片づけに時間を取られたくないって

 

無意識に思っていたんですよね。

 

 

 

 

 

いつも必要最低限のメンテナンスを

 

「仕方ないか」という気持ちで

 

行っていました。

 

 

 

 

 

 

でも今回は

 

別荘にあるもう使わなくなった色々なものを

 

大量に整理して、ごみ処理場へ持ち込みました。

 

 

 

ゴミ袋30袋分にもなりました。

 

 

 

 

掃除しているときも

 

楽しかったんですよ。

 

 

 

 

 

 

どうして??

 

何が変わったの??

 

 

 

 

 

 

 

それは

 

日ごろ疲れすぎなくなったから

 

だと思います。

 

 

 

 

 

毎日沢山歩くようになって

 

体力が付いたこともあるかもしれません。

 

 

 

ですが一番は

 

心が疲れなくなったから

 

 

 

 

 

 

 

私は

 

他人の感情を感じ取りやすいというわれる

 

HSP体質なのですが

 

 

誰かの感情を感じたとしても

 

 

「自分はどう思っているのか。

 

自分はどうしたいのか。」

 

 

自分の気持ちの方を大事にするように

 

変えていきました。

 

 

 

 

 

 

無意識に誰かの期待に

 

応えようとすることを止めたんです。

 

 

 

 

 

 

誰かの期待に応えようと

 

自分の気持ちを見なかったことにして

 

我慢してしまうのは

 

無意識のうちの行っていたことです。

 

 

 

 

子どもの頃からの積み重ね。

 

 

 

 

 

 

だから、そこに気が付いて

 

例え誰かの期待に応えられないとしても

 

自分の気持ちを1番に考えるようになったんです。

 

 

 

 

 

今でも無意識にしていることも

 

きっとあるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

でも、気が付いたところを変えるだけでも

 

全然違います。

 

 

 

 

 

心の疲れ具合が全然違います。

 

 

 

 

心が疲れていないと

 

身体も元気なような気がします。

 

 

 

 

 

 

そして

 

余裕が生まれます。

 

 

 

 

 

 

余裕があるからこそ

 

「本当はすっきりした別荘で

 

心底気持ちよく過ごしたい」

 

という心の声に気が付くことが出来ます。

 

 

 

 

 

 

そのためには

 

別荘を片付けることが必要なんです。

 

 

 

 

 

 

 

別荘を片付けることが

 

時間と労力を奪うものではなくて

 

幸せ時間のための充実した活動

 

に変わったのです。

 

 

 

 

 

 

 

自分の気持ちを大切にする

 

 

心が元気

 

 

身体も元気

 

 

余裕が生まれ

 

 

さらに自分の気持ちを大切にする行動ができる

 

 

 

 

 

 

 

まさに好循環爆  笑

 

 

 

 

 

 


 まとめ

 

1年半で変わったこと。

 

 

 

 

 

 

それは

 

 

自分を大切にすることが

 

できるようになってきたこと。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ

 

息子や夫など

 

周りにいる人も

 

大切にできるようになってきた

 

 

 

 

 

 

かな~って思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

不登校の息子の状況は

 

ほとんど変わっていないように見えますが

 

それは表面上だけですね。

 

 

 

 

 

本当はいろんなことが変わっています。

 

 

 

 

 

思考の癖や、習慣を1つでも変えるだけで

 

現実は変わっていくのだな~って

 

今書いていて思いました。

 

 

 

 

 

今日から何を変えていこうかな?

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

 


 

こんにちは。


モンテッソーリ教師のめぐみです。


ご訪問いただきありがとうございます。





先日、外野から期待されるとキツいという


記事を書いたのですが、


『HSPママ必見!周りの期待への応え方』こんにちは。 モンテッソーリ教師のめぐみです。 ご訪問ありがとうございます。  ブロッコリーが芽を出しました。すくすく育って欲しいと思うのが親心…かな?   …リンクameblo.jp


そのあと偶然にも


期待されていることが嬉しい


そういう場面に出くわしたのです。





期待されていることがキツい



期待されていることが嬉しい





同じ期待をされることなのに


何が違うのでしょう??




どういうときに


期待されて嬉しい気持ちに


なるのでしょう??





その違いを考えてみました。






 期待されたのに嬉しかった出来事



息子には親友がいます。




年下なので親友というより


兄弟とか、師弟(笑)に近いのかな??




息子が気を許している存在です。






幼児の頃からの友達なのですが


その友達Aくんは


息子のことをとても尊敬しています。





そして


息子はAくんのことを


信頼しています。






それは、不登校前も


不登校になってからも


全く変わりません。





息子が不登校になって


元気がなくなって


何もできなくなったかのように


見えていたときも


全く変わらず


息子のことを尊敬し


大好きでいてくれました。






Aくんのお父さんもお母さんも


息子のことを尊敬してくれているのが


伝わってきます。






「〇〇(息子の名前)はすごい!」



と会うたびに言ってくれています。






そんなAくんのお父さんが


昨日息子に



期待してるからなー!



と大きな声で言っていました。





その言葉を聞いて


私は「キツい」なんて思うこともなく


期待してくれているんだなと


嬉しい思いでした。





そして息子の顔を見ると


明るくはにかんで


「うん!」


と言っていました。





 尊敬と信頼がキーワード



Aくん家族はみんな


息子のことを尊敬し


信頼してくれているんです。





今不登校という状態でも


否定していないし


心配していない。







息子がまだ小さい幼児だった頃から


息子がどんな性格で


どんな力があって


どんな頑張りをしてきたか


一緒に見て語り合ってきたから


かもしれません。







子どもはみんなすごい力を


持っているように、


息子には息子のすごい力があることを


明確に見てきた仲間。







その力って


なくなるものではないですからね。






試行錯誤しながら


これからまた伸ばしていけばいい。






息子が自分のすごい力を


伸ばしたり


発揮したり


活躍することを


信じてくれている。







赤ちゃんが


歩き出すまでの過程を思い出すと


最初から出来ていたことなんて


ひとつもないことに気がつきます。





ものすごい努力を


繰り返してきた子どもたち。






子どもそれぞれの個性や性格により


努力してきたことは違いますが


そういう過程を知っている人が


息子にはいるのですね。






そういう努力の過程を


見てきてくれた人なら


「すごい!」という尊敬や


「大丈夫!」という信頼する気持ちを


持ってくれていても不思議ではありません。






表面だけではない


奥の方にある気持ち、マインド、魂?


そういうものにフォーカスを当てて


見てくれる人がいることは


ありがたいですね。







 言葉よりも根底にある思いが大切



言葉が同じでも


それを言う人の思いが


大切だとわかります。






その人が自分のことを


どう見ているのかということが


言葉に乗って伝わるのだなぁと


改めて思いました。






いくら言葉だけを意識しても


その裏側にある思いが


自分の今の状態を

受け入れていなかったり


自分のことを

情けなく思っていたり


もっとこうなってほしいと

思っていたり…





そういう思いが乗った言葉だと


「キツい」とか「しんどい」とか


そんな風に感じるのかもしれません。







でもその思いが


心からの尊敬や信頼であれば


言葉が素直に伝わるのだなぁと


実感した出来事でした。





 信頼するにはどうしたらいい?



では心から


子どもを尊敬し信頼するには


どうしたらいいのでしょうか。






先ほども書いたのですが…






子どもは努力し続けて


自分の力で色んなことを


習得してきたことを


思い出したらいいのではないかと


思いました。







話せることや


歩けること


トイレに行けること


箸を使って食べること


字を読んで書けること


計算が出来ること


友達と仲良くできること


ゲームが上手なこと


学校に行かない生活をしていること


苦しみから立ち直ってきたこと




もちろん


他にもたくさんたくさんあります。





全部子どもが自分で努力して


自分で習得してきたことです。





当たり前に出来ることなんて


何ひとつなかったんです。





人間には


生まれたときから


これらができる可能性だけあるんです。




でも決して最初から出来たわけでもないし


自然に出来るようになったわけでもない。





常に努力し続けてきたから


出来たんです。





すべてのお子さんは


そういう子どもなんです。






やりたいことを

努力する喜びだったり


やりたいことが

出来るようになった喜びを


子どもは全員知っています。





だから大丈夫だって


私は思いますね。






子どものことを尊敬していますし


信頼できるなって思います。






 まとめ



いかがでしたか?



子どもには期待されて


嬉しいときもあります。






なぜならその根底には


相手が自分のことを尊敬し、信頼している


気持ちがあることを知っているからです。







どんな言葉を言うかよりも


どんな思いがあるかが大切ですね。






子どものことを


尊敬し信頼することは


簡単に出来ます。





子どもの今までの努力を


思い出してくださいね。





そこには


努力し続けてきた


子どもの姿が見えますね。






そして、それは


親である私たちにも


当てはまりますね。





生まれたときから


子育てができるわけではなく


大人になったから


子どものことがよくわかる


わけでもありません。






悩みながらも


試行錯誤して


頑張ってきたのですね。




努力してきたんですよね。




素直にすごい!って思いませんか?




私は思います!!




だから、自分のことを


信頼して尊敬しちゃっても


いいかもしれませんねウインク






ここまでお付き合いいただき


ありがとうございました。


こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

 

ブロッコリーが芽を出しました。
すくすく育って欲しいと思うのが親心…かな?
 
 
 

新年度、不登校の子どもに

 

何か良い変化があると

 

外野の期待が上がるかもしれません。

 

 

 

 

そんなとき

 

どう対応したらいいのか

 

考えてみました。

 

 

 

 

 

 期待されるのがキツい理由

 

 

オンラインですが

 

フリースクールに通うようになった中1息子。

 

 

 

これを機会に勉強が出来るようになってほしい。

 

やりたいことを見つけて意欲を出してほしい。

 

もっともっと元気になってほしい。

 

 

 

 

親戚や祖父母の期待

 

学校の先生などの期待

 

息子を知っている知り合いからの期待。

 

 

 

 

 

息子は色んな人に

 

愛されているのだなぁと感じるのですが、

 

周りの人は息子の変化を喜び

 

もっと、もっと

 

…と期待するのです。

 

 

 

 

 

これって親にとっては

 

結構キツいのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

息子がフリースクールの

 

授業を受け始めたときに

 

親である私は

 

 

この機会に勉強はじめないかなぁ?

 

色んなことに挑戦しないかなぁ?

 

そしてめちゃくちゃ元気にならないかな?

 

 

なんて期待したのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

…ということは

 

他の身近な人が親の私と同じように

 

息子に期待することもあるということです。

 

 

 

 

 

 

 

自分の中に過大な期待が

 

あることに気がついて

 

そんな気持ちがあるんだなと

 

自分の気持ちに寄り添ったとしても

 

他の人から同じような期待を受けると

 

キツいものです。

 

 

 

 

 

 

私だってそう思うよ〜。

 

 無理なことを言われても

 

 どうしようもないでしょう〜

 

 

って思ったり

 

 

 

 

 

今のままでは

 

 ダメだって思っているんだね?

 

 そのままの息子は

 

 愛していないんだね?

 

 

などと深読みしてしまうんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに…

 

 

HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)

 

 

敏感にセンサーを働かせすぎる

 

HSPと呼ばれる人だったりすると

 

相手の期待に応えないと!

 

思ってしまう人もいるかもしれません。

 

 

 

 

私もそうなんです。

 

 

 

 

 

 

相手の期待に応えられないと

 

相手をガッカリさせてしまう。

 

 

 

 

今までの私の思考回路からすると

 

相手の失望の感情を

 

察知するのが嫌だからと

 

相手を失望させないように

 

動こうとしてしまうのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外野の期待には応えなくていい

 

 

だって、嫌な気分になりたくないんです。

 

 

そのためならなんでもします!

 

 

 

 

そうやって我慢してきたHSPママもいます。

 

 

 

 

自分だけのことであれば

 

何も考えずに

 

相手の期待に応えようと

 

するかもしれません。

 

 

 

 

 

我慢してでも。

 

 

その場限りのことだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

それが子どものことになると

 

自分だけでなく

 

子どもにも我慢するように

 

動かしてしまうのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

先日中学校の先生から

 

書類を受け取りに行くときに

 

出来れば息子の顔をみたいと言われたんです。

 

 

 

 

数日前に子どもと登校したばかりでしたから

 

「えー?またぁ?」と思いました。

 

 

 

 

息子に聞くと

 

「わかった」と言っていましたが

 

いざ当日になると

 

「やっぱり行くのやめる」

 

 

 

 

 

そのときに私が1番最初に思ったのは何か??

 

 

 

 

先生が期待しているのにどうしよう!!

 

 

 

でしたえーん トホホです…。

 

 

 

先生を失望させてしまうかも。

 

息子よ~助けてくれ~。

 

 

 

という気持ちだったんですよね(笑)

 

 

 

 

 

あれ?先生の課題に

 

 私が応えなくていいじゃない?

 

 

と気がついたのは

 

少し時間が経ってからでした。

 

 

 

 

 

 

 課題の分離をしよう

 

 

前述の例で考えると

 

息子に会えることを期待しているのは

 

先生です。

 

 

 

 

もし息子が学校に行かずに

 

先生が息子に会えない場合

 

先生はがっかりするかもしれません。

 

 

 

 

 

先生が登校しなかった息子に

 

がっかりしたのだとしたら…

 

 

 

 

放っておいてオッケーな案件です爆笑

 

 

 

 

 

がっかりした気持ちを

 

他人のせいにしているのは先生。

 

 

 

その失望した気持ちを立て直すのは

 

先生の課題なので

 

私が先生を失望させないように

 

動かなくてもいいんです。

 

 

 

 

 

ちなみに、実際には

 

息子の学校の先生は

 

がっかりなどしていませんでしたけどね(笑)

 

 

 

 

先生はニコニコしながら

 

「そうですか!」と言って終わりです。

 

 

 

 

はい気にしすぎでしたびっくり

 

 

 

HSP、いわゆる敏感さんにとっては

 

日常茶飯事な出来事です。

 

 

 

 

 

最悪なパターンを想定して

 

ああでもない、こうでもないと

 

先の先まで考えてしまう思考の癖が

 

私にはあることが分かっています。

 

 

 

 

 

今回もそれなんですね。

 

 

他人はそこまで気にしていない。

 

 

 

 

たとえ気にしていたとしても

 

それはその人の課題かもしれません。

 

 

私がそこまで気にしなくても大丈夫なのでした。

 

 

 

 

 

自分や息子の気持ちを大切にしていいんだ

 

改めて感じた出来事でした。

 

 

 

 

 

 

 親の後ろ姿から学ぶ

 

 

そうやって

 

嫌なことは嫌だと、断っていいんだと

 

私は息子にしっかりと見せたいと思いました。

 

 

 

 

不登校の子どもの中には

 

 

他の人が普通に出来ることを

 

自分は出来ていない。」

 

 

だから、自分はダメなんだ。

 

 

そう思っている子どもが沢山いるんです。

 

 

 

 

 

そう思ってしまうような機会は

 

なるべく少なくしたいですよね。

 

 

 

 

 

だって、自分はダメなんだと思わなくていいのですから。

 

 

 

 

 

 

ただ学校に行っていないだけで

 

別にダメな人間ではないのですよ。

 

 

 

いいも、悪いもなにもない。

 

 

 

 

 

でも、周りががっかりしていたら

 

やっぱりがっかりさせちゃうほど、ダメなんだ

 

って思いますよね。

 

 

 

 

 

だから外野の期待や失望には

 

応えない姿を見せたいです。

 

 

 

 

 

周りをそういう気持ちにさせているのは

 

子どもの責任ではありませんから…。

 

 

 

 

 

(愛してくれているんだな)と

 

さらっとスルーしたり、

 

そのときどきの自分の気持ち、

 

子どもの気持ちをしっかりと感じて

 

自分たちを優先して行動していきたいです。

 

 

 

 

 

周りの期待や失望を感じて

 

そこにモヤモヤしたり、ザワザワしたりするときは

 

反応する何かが自分の中にまだあるということです。

 

 

 

 

 

「もっともっと元気になってくれたらいいね!」

 

と言われたときに

 

モヤモヤするなら

 

自分も子どもに対して

 

もっともっとって期待しているんだ

 

ということに気が付きます。

 

 

 

 

 

そうしたら、

 

その期待をどうやって手放していけばいいのか

 

そのことにフォーカスして

 

変えていけるようにしたらいいんです。

 

 

 

 

 

例えば

 

 

自分が思いっきり生きていないのかも?

 

だから子どもに期待するのかな?

 

 

とか、

 

 

子どもの話を十分すぎるほど聴いてあげていたっけ?

 

もう少ししっかり聴けるようになりたい

 

 

と何か思いついたことから

 

自分を変えていったらいいんです。

 

 

 

 

 

そうしたら、何かが必ず変わります。

 

 

 

 

 

そういうことを積み重ねていくと

 

いつの間にか子どもに期待を抱かなくなり

 

そのままの子どもを認められるようになり

 

だれかからの期待もさらっと受け流せるようになります。

 

 

 

 

 

 まとめ

 

 

いかがでしたか?

 

 

 

子どもが少し良い変化を見せると

 

外野からの期待も大きくなりますね。

 

 

 

 

でも、外野からの期待には

 

応えなくても大丈夫です。

 

 

 

 

自分の気持ちや、子どもの気持ちを

 

一番に考えて、選択していきましょう。

 

 

 

 

でももし

 

外野の期待にモヤモヤ、ザワザワするなら

 

自分自身を少しだけ変えていくといいと思います。

 

 

 

 

 

それは少しだけでいいんです。

 

 

 

 

やろうと思っていたことにチャレンジしてみるとか

 

 

子どもの話をじっくり聞いてみるとか。

 

 

 

 

 

そうやって、思いついたことをやっていくうちに

 

いつの間にか、いろんなことが変わり始めます。

 

 

 

 

 

モヤモヤザワザワが少なくなって

 

自分の気持ちに気が付くようになって

 

外野の期待もサラッとスルーできるようになります。

 

 

 

 

 

大きな変化より

 

毎日の小さい変化を大切にしています。

 

 

 

 

確実に自分が変わるからです。

 

 

 

 

 

もしよかったらやってみてくださいね。

 

 

 

 

 

親も子どもものびのびと

 

楽しみながら生きていきたいですね。

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。