大家さんが亡くなった。

具合が悪くなってから1週間。
42歳だった。

働き者で、勉強家で、家族思いで、得体のしれない私たちに
家族同然に接してくれた。

毎日毎日顔を合わせて、挨拶を交わし、私のつたない
ポルトガル語を諦めずに聞き取り会話をしようとしてくれた。
常に気遣ってくれ、真面目で、明るく、たのもしかった。

もう、あの日常は戻ってこない。

家族の想いは計り知れない。

人は死ぬ。

いつかは皆死ぬのだけれど、ここでは人は簡単に死ぬ。

日本などの医療技術が進んでいるところでは、人は簡単には死ねないように思う。
具合が悪くなれば、医者にかかり、治療が行われる。
通院や入院、手術などが施され、意識がなくとも体に穴を開け、
管や機器を通して生きながらえることができる。

ここモザンビークでは医療機関も医者も不足している

先日、マプトから帰ってきたら、大家さんが病気になっていた。
マラリアで血圧が高くなってしまっているという。
マラリアには5種類あり、ひどいものだと早期治療がなされないと死に至る。
大家さんは嘔吐や他の症状もあり、食事はおろか一人で歩けなくなっていた。

ナカラの公立病院に行き、事足りず州都ナンプラの病院に行き、
またしても事足りず
具合は悪くなる一方なので、伝統的な治療が受けられる病院へと向かった。

伝統的な治療というのが、東洋でいうところの中医学のようなものなのか、
祈祷師などが登場するものなのか分からないが心配でならない。

統計や本で学んだ、途上国での5歳以下の乳幼児死亡率や医療機関の少なさ、
医師不足などは知っているつもりだったけれど、それはただの情報として、
知っているに過ぎなかったということを改めて思い知らされる。
実際に、流産や乳幼児の死亡は珍しくないし、50代や60代で亡くなることも
平均寿命約
50歳のここでは珍しくないことである。

2
年という本当に短い期間だけだけれど、実際に生活してみると
今まで知っている気になっていたことが、
においを帯びてそこに現れる。

私は体が丈夫な方ではないのだけれど、今までは限界を超えても
病院に駆け込めばすぐに何とかしてもらえた。しかも3割負担で。

ここでは社会保障が整っていないので、お金がないと医者には診てもらえないどころか、
お金があっても必要な設備の整った施設が国内になかったりする。

どこに居ても、命ある限り生を全うすろことは権利ではなく、
義務に近いのではないかと思う今日この頃である。

 

ナカラでは手に入らない青梗菜と大根をマプトでいただきました。うめぇー!

23日(深夜便着、昼便発の実質滞在1日ちょっと)で、
首都マプトに
1年ぶりに行ってきた。
マプトは変わらず大都会であった。

マプトの中心部にあるビルの20階からはこんな眺め


モザンビークは東アフリカに位置しているが、北はタンザニア、
マラウィとザンビアに、南はスワジランドと南アフリカに、
西はジンバブエと国境を接していて、東側には海峡を挟んでマダガスカルがある。

首都マプトはモザンビークでも一番南に位置しているので、
北部であるナカラからは約
2,000km離れている。
ナカラでは連日35度を超える猛暑と灼熱の太陽がギラギラしているが、
マプトは少し曇り空で気温も
25度とかなり過ごしやすかった。
沖縄の離島で暮らしている人が東京に上ってきたような感じである。

まずナカラにはまだ空港がない(来年には開港予定)ので、
空港のある州都ナンプラまで車で2時間かけて移動する。

 
うちから15分も走ればこんな風景が延々と続く

 
ナカラからナンプラに近づくと、岩山が増える

 
国際線も就航する北部のハブ空港なので施設もそれなりに立派です

今回19時半頃に出発する便だったのだけれど、出発直前に突然の
雷雨がナンプラ空港を襲い、飛行機は当たり前のように遅れた。
結局出発したのは夜の
10時頃。
マプトのホテルに到着したのは夜中の
1時をまわっていた。


待たされる人々

 
ホテルもクリスマス仕様

短い滞在だったけれど、中華料理も食べられたし、
久しぶりの都会の雰囲気を感じることができて楽しかったです。


都会は空が狭い


不便でも、やっぱりナカラが好き

もうすぐクリスマスということで、少し前から
ハイパーなマーケットではオーナメントなどが売り出されている。



もちろん、サンタもいます。

小さい少女を連れた親子がサンタの前に来て、
お父さんが怖がる少女の手を無理矢理サンタと握手させ、
「ほーら、よかったねぇ」と言っていた。
少女は怯えすぎて微動だにせず、笑顔もなかったけれど。


このサンタは約
6万円で買うことができます。

話は変わって、岬の(未来の)リゾートエリアにSol&Marという
週末は大賑わいのコテージもあるレストラン(プール付き)があるのだが、
そこの店内のデザインがかなりアーティスティックなものとなっている。


イルカの目がどうしたって怖い

酔っぱらいにもわかりやすいトイレ

ここのSol&Marと市内下町にあるCasarãoというカフェ(菓子パンとか軽食)、
その隣の
Marisqueiraという(ナカラでは)少し高級なシーフードレストラン、
上町にある安宿と大衆向けレストランの
Bela Vistaは、
4兄弟が一つずつオーナーとして経営しているものなのだけれど、どこも美味しい。

日本にいるときは、仕事が経理だったこともあり、
師走というものは誠に走り去るかの如く過ぎていった。

11
月まではまだ暖かいような日もあるけれども、
12月にも入ると気温もぐんぐんと低くなり、クリスマスだ
年末だと言っているうちにあっという間に年が明けてしまう。

その後は仕事では決算、決算で
3月までは本当に毎日全力疾走で
あれよあれよという間に過ぎていった。

モザンビークのここナカラでは、今が一番暑い。
ちょっと動くだけでも汗が滝のように流れる。
というか、動かなくても汗が流れる。

家では昼間は日によっては風が通ることもあり
エアコンも付けないので、こちらに来てから
新陳代謝がものすごくよくなった気がする。

暑くて、汗をかくと、健康的なだけでなく、
その後のビールがうますぎるのが嬉しい。

ここモザンビークでもいくつかのビールを製造しているが、
低所得者向けに作られているというキャッサバから作った
ビールというものがある。

味はほんのり甘く、すっきり薄味で飲みやすい。
濃い味のラガーがお好みの方には少し物足りないとは思うが、
ビールとしてあまり違和感は覚えない。

アルコール度数が他のビールが
5%なのに比べて、
このキャッサバビールは
6.5%なのも特徴である。
一番の魅力はその価格であり、通常のビールが小瓶(
330ml
45MT(レストランで飲むと90MTほどする)なのに、
このキャッサバビールは
500ml27MT(約80円)となっている。

低価格でアルコール度数が強い、
少量で手っ取り早く酔っぱらうことができるビールである。


ラベルに価格が表記されているインパラビール

ここモザンビークの税金には、ラジオ税なるものがある。

車を所持していると毎年払う義務が発生する。
もちろん、ラジオを聞くか聞かないかは問題ではない。
払わないといけないのである。
そして納税証明のステッカーを、車のフロントガラスに
見えるように貼っておかないといけないのである。

赴任して半年後ぐらいの
20133月頃に車が手元に到着した私たちは、
早速ナカラの市役所に出向き、税金ならなんやらを支払いに行った。
その時にもちろんラジオ税も払おうとした。すると、
「ラジオ税の納税証明ステッカーを今切らしているから、
ナンプラまで払いに行ってください」と言われた。
その後、ナンプラに行く機会もなく、なんだかうやむやになっていた。

そして迎えたこの年末。
クリスマス前は何かとお金が入用なので、犯罪も増えるし、
警察も張り切って働き、罰金を取ろうとする。
毎日どこかしこでやっている検問をくぐり抜けるのは至難の業である。

あちらからすると外国人=お金持ちなので、どうにもこうにも面倒くさいのである。

何度か警察の検問にもあったが、その度に
やれここは今週から一方通行(標識など皆無)になったから、
特別な通行証がないと通れない(から通りたければ通行料を
払え)だの、免許証を見せろだの、身分証明書を見せろだの、
車両登録証を見せろだのと言われ、この免許証は見たことがないからと
いちゃもんをつけられて、警察署まで連行されたこともあった。

そして昨日また、検問にかかった。
その時はポルトガル語の家庭教師
Lurdes先生とその友人と、
先生の友人の見舞いに病院へ行く途中であった。

検問で何台かの車がすでに止められていた。
見舞いの時間は決められていたので、止まりたくなかったが仕方ない。
すると、警官が寄ってきて、免許証、車両登録証その他もろもろの書類を全部見せろと言う。

面倒くさいので、ポルトガル語が話せない外国人を装うことにした。
Lurdes先生が代わりにその警官とやり取りをしてくれて、
「この人こっちに来て
1か月ほどだから、言葉も何も分からないのよ」
と言ってくれている。書類をすべて渡し、フロントガラスの
車検シールなどを確認したところ、警官はもちろん気づいた。

「ラジオ税の納税シールがないじゃないか!」
と、ほいきた!とばかりに攻めてきた。
私は無言を貫き、
Lurdes先生はしきりにこの人(私)は
何も分からないから、分かる人(旦那)に払うように言いますと
何度か警官とのやり取りをした。
Lurdes先生がうまいこと言ってくれたので、警官もあきらめ開放となった。

その後
Lurdes先生に「ラジオ税払ってないの?」と言われたが、
すっかりうやむやになったことを失念していた私は、
「いやー払ったと思うけどな~」と言い、女子
3人で
「やーねぇ、警官って!あんな偉そうにしちゃって!」と言い合った。

ところが、その後フロントガラスや他のガラスを確認するも、
ラジオ税のステッカーはなく、支払った証明もどこにも見当たらず、
旦那さんに聞いたところ、あっけらかんと
「え、払ってないよ?」と言い放つではないか!

私は払ったもんだと思い込み、自分に否はないので、
警官に対しても堂々とした態度を取っていたのに、
なんとこちらに否があったとは・・・
早速、今朝市役所に支払いに行った。

わたし:「あのー、ラジオ税支払いたいんですけど」

職員:「ああ、ラジオ税?今、シール切らしてるから、ナンプラで払ってきてください」

・・・
3月と同じ回答である。
座って楽しそうに談笑している暇があったら、
シールぐらい発注しやがれってんだ!と心の中で叫びながら、
「あーはい、分かりましたー」と静かに言ってその場をあとにした。

車で
3時間ほどかかる州都ナンプラに、ガソリン代約6,000円ほどをかけて、
わずか
500円もしないラジオ税を払いに行く。

なんてこったい。である。

大家さんの娘(14歳)がマラリアになってしまった。

こちらでは風邪っぽくて、熱が出たら、まずマラリア検査をするような感覚で、
何度もかかるうちに抗体ができていくので、体力や抵抗力のある人なら
まずいきなり死ぬということはないのだけれど、
幼児や老人は注意が必要である。

マラリアはハマダラ蚊の唾液に含まれるマラリア原虫が、
人の血を吸う時に感染しておこる病気であるが、
予防接種がまだ存在しないので、対策としては
蚊に刺されないことにつきるのだが、
そのハマダラ蚊が活発に活動するのが夜間なので、
特に日が暮れている間の防蚊対策が重要である。

日本の蚊取り線香を焚いてはみるものの、そのすぐそばを
蚊が悠々と飛んでいる。その煙によって被害(喉をやられる)
を被っているのが自分だけかと思うと、むなしくなる。
防蚊対策の様々なものは、その国で売られているものが
一番効果が高いような気がする。

ここナカラでも最近ようやく南アフリカの会社が作っている
Tabardという、クリームタイプの虫除けが売られるようになったので、
早速試してみると、効果覿面であった。まったく刺されない。
スプレータイプもあるのだけれど、個人的には
むらなく塗れるクリームタイプが好みである。


とはいえ、まだまだ修行が足りず、一杯やりつつ
ソファで寝ころびながらテレビを観て、
そのまま寝てしまう煩悩にはいまだ勝てないでいる。

とんがりコーンが好きです。


子どもの時は一個ずつ指にはめてから、
魔女の爪みたいにしてから食べていました。
今は手が汚れるので、指にははめずに食べます。

先日、スーパーなマーケットでとんがりコーンに
激似の商品を見つけました。(チーズ味)


BUGLES
というUAEから来た外国版とんがりコーン。
と思いきや、実は
BUGLESが本家でした。

とんがりコーンと出会ってから今まで、
日本のオリジナルだと思って疑わなかったこの商品は
実はアメリカの
General Millsという会社が1965年に
発売したものが世界で初めてのとんがりコーン
(商品名:
BUGLES)だったらしい。

その約
10年後に日本のハウス食品が発売したものが
我らがとんがりコーンなのだそう。
私が今回食べたのは、
UAEの会社が作っている
BUGLESだったが、味はとんがりコーンである。
ちなみに
BUGLESとは「ラッパ、角笛」の意。

General Mills
1866年に設立された、ハーゲンダッツを
ブランドに抱えている大手の食品会社であるが、
この
BUGLESに始まったとんがりコーンの異母兄弟たちは
他にも名を変え味を変え、イギリスやフランス、
韓国やスウェーデンなど世界中で広く発売されているらしい。

世界にはまだまだ知らないことがたくさんあります。
豆腐は大豆から作りますね。にがりが必要です。

昨年
9月の赴任時に首都マプトにいる日本人の方から豆腐作り方と、
にがりのもとになる
Epsom Saltという塩が売っているお店を教えていただいきました。

その時に買いだめしておいた
10袋(豆腐110回分)を
今日までもったいなくて使わずにきたのだけれど、
もう残りの日数の方が少なくなった今日この頃、
今でしょということで、豆腐を作ってみました。


乾燥大豆を一晩かけてふやかし、ミキサーにかける


クリーム状になった大豆を火にかける


それをひたすら濾す(熱い)


大量のおからと少しの豆乳になる


にがりのもとEpsom Saltsを水に溶き、
豆乳に投入、火にかける(70℃~75℃をキープ)


さらに水を落として、これが固まると豆腐

実は料理用の温度計がうちにはなく、豆乳が固まらなかった…
ので、今回は豆腐作りは失敗に終わり、大量のおからだけが残ることとなった。

 

大量にできたおからで卯の花とおからコロッケ


ちなみにこちらイニャンバネ州にあるTofoというリゾート地


ジンベイザメと泳げるというので、いつか行ってみたい

ここナカラはただいま夏真っ盛りである。

夏といえば、海!プール!アイス!に加えて、ここでは停電の季節である。

日曜日はだいたい終日、停電となる。だが、休日はまだいい。
発電機完備のレストランや海に遊びに行ってしまえばいいことだから。

平日の昼もまだましである。
まだ外が明るいし、家はドアが開けっ放しのため、
風が通って涼しいからである。

問題は平日の夜である。
夜、ドアや窓は閉めてしまっているので、まず暑い。
停電なので、クーラーや扇風機は使えない。
暑いので汗をかくと、蚊がどこからともなく寄ってきては、
耳元を「ぷぅん」とかすめる。

一番困るのは、夕飯の支度の途中で起こる停電である。
コンロが電気なので、まず火が止まる。
水道もタンクからモーターで汲み上げているので、水も出なくなる。

そうなるともう、復旧を待ちながらろうそくの灯りで本でも読んで待つしかない。

なかでも一番困るのは、鍋で炊いている米が停電により、
米とご飯の合いの子になってしまうことである。
停電復旧後、芯の残る米をどうにかご飯に昇華させようと
水を追加して、再度火にかけるもおかゆ状態になってしまう。

だが、何度かそういう目に遭っているうちに、
停電したら一度鍋を火からおろすと再度火にかけた時の
失敗が少なるということに気付いた。・・・日々、勉強です。


停電の時に役立つ、ろうそく。
非常用のは味気ないので一度溶かして成型し直す。