侍ホリタンの続続100名城訪問記

侍ホリタンの続続100名城訪問記

惜しくも日本の100名城や続100名城に入らなかった隠れた名城が日本にはまだまだあります。
侍ホリタンが独断と偏見で選んだ続続100名城を紹介していきます。


お城巡りの旅5日目は、京都市中京区にある二条城本丸御殿の訪問です。

7年前の平成29年から耐震補強などの工事が行われていた世界遺産二条城にある本丸御殿、この度工事が完了、9月1日より18年ぶりに一般公開されています。一般公開はwebによる事前予約(別途拝観料も事前支払い)が必要で、予約した少人数のグループ毎に建物の中を見て回ります。事前予約は二条城のホームページで受け付けています。

JR京都駅下車、33番ホーム、嵯峨野線ホームへ向かいます。
平日にもかかわらず人が多く、特に海外からの観光客の方で溢れかえっています。

京都駅から3駅目、二条駅で下車、時間は15分程です。改札を出て左側、東出口にでます。ここから二条城までは徒歩15分です。


駅前を左折して押小路通りの交差点に出ます。押小路通りを東へ進んで行き2つ目の信号を左折します。途中、2つの櫓と外堀を見学しながら歩いて行きます。


1つ目の交差点前、西南隅櫓


南門


2つ目の交差点前、東南隅櫓



東大手門、

東大手門横の券売所で入城券を購入してからの入城になります。二の丸御殿を見学するには別途拝観料が必要です。



東南隅櫓


唐門




二の丸御殿、

慶応3年(1867年)、江戸幕府15代将軍徳川慶喜公が政権を朝廷に返上することを申し出た大政奉還が行われた場所として知られています。


本丸櫓門、

ここを潜ると本丸庭園、本丸御殿のある本丸になります。


【二条城本丸御殿】

本丸御殿は、明治27年(1894年)に明治天皇の命により京都御所の北東部にあった桂宮御殿を移築したもので、後の大正天皇、昭和天皇の宿泊所として使用されました。
江戸時代から近代にかけての宮廷文化、建築を知ることのできる貴重な建物で国の重要文化財に指定されています。


御常御殿


本丸御殿玄関、

御殿内は写真撮影禁止、靴を脱いで中に入るとすぐ右手にある部屋のロッカーに荷物を預けて時間まで待機、待機後に隣の部屋へ移動、10分程度のビデオ鑑賞後に各自順路に沿っての見学になります。見学時間は15分〜20分程度です。





本丸西南隅にある天守閣跡、

二条城の天守閣は1626年に伏見城から移築されたと考えられています。

5階建ての天守で寛永行幸の際に後水尾天皇が天守閣を登られ、ここが天皇が唯一登った天守閣として知られています。


天守閣跡からの本丸御殿の眺め



こちらは2021年12 月28日の工事用シートに覆われた様子


天守閣跡からの西橋と内堀の眺め


本丸御殿公開記念版御城印(左)と御城印帳、

御城印帳は3000枚限定品です。


お城巡りの旅4日目は、知多市にある大草城と常滑市にある大野城です。最寄り駅はいずれも名鉄常滑線大野町駅です。

金山駅から常滑駅までは名鉄利用のため18切符は使えず別途料金が必要です。


昨日は朝倉駅近くのホテルに宿泊のため朝倉駅よりスタートです。お昼前には帰路に着く必要があるため早起きしました。


中部国際空港行き急行に乗車、大野町駅までは3駅、8分で到着です。


大野町駅


駅ホームをまたぐ橋の上から最初に訪問する大野城が見えます。


【続続100名城No.70大野城】


大野城は徳川3代将軍、徳川家光公の生母である浅井三姉妹お江の最初に嫁いだお城(夫は佐治一成公)として知られています。


駅から徒歩20分で城山公園駐車場に到着です。


駐車場にある案内板


ここから主郭にある展望台(模擬天守)までは5分程です。


急な階段が続きます。


展望台が見えて来ました。


模擬城門


展望台と模擬城門、

展望台へは9時にならないと入れないのが残念、この後、大草城を訪問して時間があれば戻って来る事にします。大草城は大野城から徒歩20分の位置にあります。




主郭東側にある「大野城趾」の石碑


主郭南端に城主であった佐治氏を祀る佐治神社があります。




主郭西側からの眺め


再度の訪問


1階の様子

3階の様子

3階からの展望、伊勢湾の眺め


3階からの展望、大草城方面の眺め



佐治氏代々の菩提寺、齊年寺

齊年寺山門、

大野城内にから天正16年(1588年)に移築されたものです。


御城印は常滑駅構内にある常滑市観光プラザにて購入しました。


【続続100名城No.71大草城】


大草城は織田信長公の弟である織田長益(有楽斎)公の築いた城として知られています。しかし実際は本能寺の変の勃発によって築城が中断、完成する前に廃城となっています。


大草城のある大草公園の遠望、

模擬天守の屋根が確認できます。


本丸跡に建てられている模擬天守、

9月30日まで展望台手すりの改修工事中のため工事用足場とネットで覆われていました。





本丸北側の土塁

本丸東側の土塁


本丸北側の二の丸


本丸と二の丸の間の空堀と土塁



土塁上の散策路


二の丸北側の内堀



御城印を販売している慈光寺、

大草公園から西に徒歩5分です。

数種類の御城印が販売されていますが、キャラクター版と有楽斎武将印を購入しました。


先週末の台風接近で取りやめた18切符お城巡りの旅、本日より再会します。

お城巡りの旅3日目は、1泊2日で岐阜県中津川市にある苗木城と知多半島にある大草城、大野城の訪問です。


【苗木城


続100名城にも認定されている苗木城、木曽川の右岸にそびえる高森山(432m、木曽川との標高差170m)に築かれた山城です。岩山に築かれている為、敷地の確保が困難なことから長い柱や貫で床下を固定してその上に建物を建てる懸造りの建築様式が用いられています。また自然の巨石を巧みに石垣として取り入れています。

1526年遠山氏により築かれ、本能寺の変後に森長可公により城を追われますが、関ヶ原の戦い前に城を奪い返し、以後明治まで12代に渡り遠山氏が苗木領を治めました。


JR名古屋駅にて7番ホーム中央線区間快速中津川行きに乗り換えます。17駅、1時間20分程で中津川駅に到着します。


中津川駅


駅前にあるモニュメント、

栗きんとん発祥の地だそうです。


苗木城行きバス乗り場、

改札を出て左側、観光案内所の前にあります。


北恵那バス、1番乗り場より付知峡線「付知峡倉屋温泉」行きまたは「加子母総合事務所」行きに乗車、6つ目のバス停「苗木」で下車します。所要時間は12分料金は400円です。

また9月から11月の土日祝限定で苗木城行きの期間限定直行バスが1日3便出ています。乗り場は3番乗り場、苗木遠山史料館近くの「苗木城」バス停での下車になります。


行きは定期運転の路線バス利用、「苗木」で下車、バス停前の信号を左に曲がって行きます。ここから苗木遠山史料館まで徒歩20分、

案内板が多数設置されているので迷う事はありません。


苗木遠山史料館、

続100名城スタンプは入口左に設置されています。御城印は入口左側の窓口で購入できます。



史料館内休憩所前の展示物

史料館内の苗木城復元模型


史料館内に展示されている風吹門、

明治4年に解体された苗木城で石垣以外の唯一残る遺構です。

当時は大泉寺に移築されていました。


史料館を出ていよいよ苗木城攻略開始です。


史料館右手奥の遊歩道を進んで行きます。



A1駐車場近くにある御城印の購入できる自動販売機、オリジナルシール付きで500円でした。




足軽長屋跡からの苗木城の眺め



風吹門跡、

左側は大矢倉跡の石垣



大矢倉跡の石垣、

3階建ての苗木城では最も大きな櫓が建てられていました。



大矢倉跡からの苗木城本丸の眺め



大門跡、

ここから本丸、天守展望台へ向かって登って行きます。


坂下門跡


二の丸跡の眺め、

領主遠山家の住居や家臣が集まる部屋がありました。


本丸口門跡と千石井戸、

千石井戸は苗木城内で最も高位置にあり今でも水が湧き出ています。



本丸口門跡からの大矢倉跡の眺め


武器蔵・具足蔵跡、

礎石や縁石は当時のまま残されています。



天守展望台まであと少しです。



天守展望台、

天守の柱があった穴を再利用した展望台です。

ここにはかつて二つの巨石にまたがる形で3層の天守が建てられていました。


展望台からの眺め、

木曽川、恵那山、建設中のリニア新幹線の橋を見ることができます。



馬洗岩、

この岩の上に馬を乗せて洗ったと言い伝えられています。



笠置矢倉跡、

笠置山に向かって設置されていた3層の物見矢倉跡です。




苗木遠山史料館南西側にあるB1駐車場からの苗木城の遠景


B1駐車場から続く登山道途中にあるビュースポットからの苗木城の遠景



帰りは苗木遠山史料館南側にある「苗木城」バス停から期間限定直行便を利用しました。史料館からの時間は徒歩10分です。


日本のマチュピチュと呼ばれているだけあって自然の地形を巧みに利用した魅力的なお城でした。秋シーズン、春シーズンにも再度訪れたいと思いました。

訪問日:2024/9/1

【場所】兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町

【築城年】永享年間(1429年〜1441年)

【築城者・改修者】赤松祐尚

【城郭様式】平城

【主な城主】赤松氏、三木氏

【見所】①土塁②石碑

【廃城年】1580年

【御城印の有無・販売場所】

通販のみ

【アクセス】

JR山陽本線英賀保駅徒歩10分

山陽電鉄網干線西飾磨駅徒歩5分

【駐車場情報】

なし

【周辺観光施設】

姫路城


英賀城は別所氏の三木城、小寺氏の御着城と並び播磨三大城と呼ばれています。永享年間初期に赤松祐尚公により築城、赤松氏以降は三木氏に支配が移っています。1578年から始まった三木合戦においては海路を使って三木城に籠る別所氏を支援しましたが、1580年1月に三木城が落城すると同年2月、三木氏9代当主三木通秋公が籠る英賀城も織田軍の猛攻を受けて落城しています。



英賀保小学校東隣、清水公園前に立てられている説明板。



英賀薬師堂、

薬師堂の裏手に土塁の一部が残っています。

またここには、英賀城城主三木一族のお墓があります。

土塁

薬師堂入口の説明板


本丸跡の石碑




英賀神社、

本殿の裏手に土塁が残っています。


土塁跡に石碑が立てられています。

神社北側の土塁、

この時期草木が生い茂っていて写真ではわからずらいです。写真のいちばん奥に「岡芝口之跡」の石碑が立てられています。


英賀神社北側にある英賀城跡公園の様子、

ここには復興石垣があったはずですが、令和6年6月28日より始まった構造物撤去工事にて撤去されていました。写真の真ん中辺りにあったと思われます。

城跡公園に立てられている石碑


城跡公園の西隣、矢倉公園に立てられている石碑

普段は公開されていない「トの櫓内部、との一門、とのニ門、との四門」及び「搦手周辺」が本日より期間限定(2024年9月1日〜9月30)で公開されています。今回公開されるエリアは姫路城東側、戦いの備えを意識した搦手周辺となります。2022年3月にも公開されましたが、「との四門」に関しては2015年3月以来9年ぶりの公開です。入城料(1000円)の他に別途拝観料(200)が必要になります。


姫路城東側からの眺め、今回の公開エリアは写真右側、白漆喰でない素木造りの門がとの一門、その左がトの櫓です。


との四門、

特別公開エリアの退城口になります。

特別公開エリアの入口は備前丸東側の井郭櫓です。特別公開エリアに入ると元には戻れず、との四門から城外への退城となりますので大天守、西の丸を見学される方は事前に済ませておく必要が有ります。パンフレットにも注意書きが有りますが、数名の方が直接見学に来られてたので注意が必要です。


トの櫓入口


トの櫓内部、

床板を貼って高くする事により、格子窓からの有効な射撃ができるようにしています。

トの櫓内部、

奥はとの一門内部、中には入れませんが階段を登って入口からの見学となります。


との一門内部


トの櫓からの枡形虎口の様子、

との一門(左側)、とのニ門(右側)、土塀で構成された枡形虎口です。


トの櫓付近からの大天守の眺め


との一門(内側)

との一門(外側)、

姫路城の櫓門で白漆喰の塗られていない唯一の門です。「昭和の大修理工事」の解体によって漆喰を塗っていなかったことがわかったため、素木造りに戻されています。置塩城から移築されたとの説があります。


とのニ門(内側)

とのニ門(正面)


長壁神社遺趾、

とのニ門東側、姫山の地主神・長壁神社が祀られていた場所に建てられている石碑。


との四門(内側)

との四門(正面)、

かつては内側に穴蔵が設けられて火薬が収められていました。


との四門付近からの大天守の眺め


訪問日:2024/8/24


天守と小天守、南側より撮影

ここから時計回りに見て行きます。










多聞櫓・隅櫓



櫓門







10分もあれば1周して戻ってこれます。

風がない日であれば堀に映り込む「逆さ岸和田城」を見る事ができます。

訪問日:2024/8/17

【場所】鳥取県日野郡江府町

【築城年】1484年

【築城者・改修者】蜂塚安房守

【城郭様式】山城

【主な城主】蜂塚氏、毛利氏

【見所】①曲輪②石垣③土塁④天守台⑤石垣

⑥模擬天守

【廃城年】1564年

【御城印の有無・販売場所】

道の駅奥大山

【アクセス】

米子道江府ICより車で約5分

JR伯備線江尾駅より徒歩約5分

【駐車場情報】

本丸裏手に無料駐車スペース有り

【周辺観光施設】

大山


江美城は、大山の火山活動でできた火石流台地が日野川に接する、舌状に突き出した断崖に築かれています。この地の国人であった蜂塚安房守公が築城し、以後蜂塚氏4代の居城でした。尼子氏の伯耆侵攻に伴って尼子氏の支配下におかれるも、1564年毛利方杉原盛重公の猛攻を受けて落城しています。落城後は毛利方吉川広家公の支配下で近世城郭に改築され、1615年の一国一城令が出されるまで存続していたと考えられています。また城跡からは山陰地方で唯一となる金箔の装飾が施された鯱瓦が出土しています。



江美城跡近く国道181号線からの大山の眺め、左手が日野川です。


最寄り駅の江尾駅前、

訪問時は「江尾十七夜」と呼ばれる祭りの開催日で多くの人で賑わっていました。「江尾十七夜」とは、戦国時代に滅んだ江美城城主蜂塚氏を偲んで毎年8月17日に開催されている五百年続く伝統的な夏祭りです。久連山に浮かぶ火文字、花火などが行われます。


江美城への案内板


江美城跡案内図




八幡丸跡に建てられている模擬天守(江府町歴史民族資料館)


本丸跡への階段


本丸跡は畑となっています。奥に天守台跡が見えます。




本丸跡からの西ノ丸跡の眺め、

本丸跡と西ノ丸跡の間は空堀となっています。


天守台上の様子



天守台横に設置されている案内板


本丸跡からの眺め


西ノ丸跡からの眺め



こちらは江美城攻略のご褒美、「美宝堂」さんのピリ辛ラーメン700円、この値段でご飯とコーヒーが無料で付いてきます。お目当ての江尾城ラーメンは10食限で食べれませんでしたが美味しく頂きました。



久連山に浮かぶ「十七夜」の火文字


花火の様子

訪問日:2024/8/15〜2024/8/17


お盆休み、2泊3日で浜田城、津和野城、大内氏館・高嶺城を訪問しました。これで中国・山陰地方にある100名城13城、続100名城7城の計20城全て訪問、中国・山陰地方統一です。次は近畿地方統一を目指します。


先ずは浜田城で見つけたレアな自動販売機の紹介です。


浜田城山公園駐車場に設置されている自動販売機、浜田藩初代藩主である古田重治公が描かれている以外は普通の自動販売機に見えます。


飲料水陳列最下段、右端に注目して見ると、


藩主印を購入できる商品ボタンが2箇所設置されています。



お金投入時、ボタン押下時等イベント発生に応じた音声が流れます。


とりあえず飲料水を購入するのと同じく330円を投入して購入してみます。


冷えた瓶の中にチラシのような物と藩主印が入っています。


初代浜田藩主、古田重治公出ました。A6サイズで通常販売されている御城印と同じサイズです。種類は6種類、浜田藩を治めた18名の藩主の中から5名の藩主と浜田藩の財政を救った「会津屋八右衛門」の計6名の藩主印がランダムに出てきます。


2回目は12代藩主松平康定公でした。


【浜田城】

1619年、松坂藩から古田重治公が浜田に転封し浜田藩が誕生、無城地であり毛利氏の長州藩と接する要衝であったため浜田城が築かれました。1866年の第二次幕長戦争で長州軍に敗れ落城、以後浜田は長州藩の支配地となりました。


浜田県庁の門、

昭和42年に浜田城跡へ移築されています。

三の丸の高石垣

ニノ門跡と枡形虎口

本丸の様子、

左手奥に天守(三重櫓)がそびえていました。

本丸からの外ノ浦の港の眺め、

瀬戸内方面と北陸方面を結ぶ北前船の中継地点として栄えました。


【津和野城】

標高362mの霊亀山上に築かれた山城です。鎌倉時代末期に吉見氏が築いた中世城郭を関ヶ原の軍功により津和野藩主となった坂崎直盛公が総石垣の近世城郭に改修しました。


観光リフト乗り場、
山麓から城跡までの標高差は200mあります。遊歩道も整備されていますがリフト利用で城跡まで20分の位置まで登れます。

天守台石垣、

天守台は本丸より低い位置に築かれています。

本丸石垣

本丸石垣(太鼓丸より撮影)

本丸からの眺め(津和野の街並み)

本丸からの眺め(三の丸方面)

人質櫓台の石垣(三の丸より撮影)

津和野城の遠景、

夜にはライトアップされます。


【大内氏館・高嶺城】

室町時代、周防・長門の守護大内氏が築いた館跡です。高嶺城は大内氏最後の当主、大内義長公が毛利氏の進行に備え1556年より築城を開始しましが、完成を待たずに長門国に逃れ自刃しました。その後、毛利氏の支城として築城が再開、完成しました。


築山跡

大内氏館の復元西門

大内義隆公の菩提寺龍福寺

池泉庭園

枯山水庭園



高嶺城主郭部設置されている石標と説明板


主郭部からの山口市内、大内氏館跡の眺め

主郭部の石垣

お城巡りの旅2日目は東海地方のお城訪問です。


【続続100名城No.66 西尾城】


金山駅までは18切符で行けますが、金山駅からは別途料金を払い名鉄名古屋本線に乗り換えて西尾駅まで行きます。所要時間は約45分です。駅から西尾市歴史公園までは徒歩15分です。


二之丸丑寅櫓




土塀と二之丸丑寅櫓、

土塀は敵を攻撃するために屏風折れとなっているのが特徴です。


天守台石垣



天守台に設置されている案内板



天守台からの本丸丑寅櫓の眺め


鍮石門(ちゅうじゃくもん)

鍮石門(ちゅうじゃくもん)と二之丸丑寅櫓


本丸丑寅櫓


本丸表門跡と石垣



本丸丑寅櫓入口



本丸丑寅櫓内部、

三階建てで中には入れますが展示物などはありませんでした。

三階部分


旧近衛邸と枯山水庭庭園、

旧近衛邸は、京都の公家で摂家筆頭であった近衛家邸宅の一部を移築したものです。御城印はここで購入できます。



庭園からの本丸丑寅櫓の眺め


西尾市資料館


資料館からの本丸丑寅櫓の眺め、

銅像は西尾市市長を務めた杉浦喜之助、

工場誘致や文化・体育活動に尽力を尽くされた方だそうです。


資料館内に展示されている西尾城城下のジオラマ



こちらは西尾城攻略のご褒美、

名古屋名物味噌カツ定食、西尾城近くの「とんかつ錦」さんで頂きました


【続続100名城No.67 田原城】


こちらも18切符は使えないので、別途料金が必要となります。西尾駅から名鉄西尾線で新安城駅、名鉄名古屋本線に乗り換えて豊橋駅下車、ここから豊橋鉄道渥美線に乗り換えて終点の三河田原駅まで行きます。西尾駅からの所要時間は約1時間50分です。駅から田原城跡までは徒歩15分程です。


初めて乗る豊橋鉄道、豊橋から渥美半島を通って終点の田原市を結んでいます。



終点の三河田原駅


駅前の大きな道をまっすぐ進んで行くと現れる時計台、城下町の雰囲気を醸し出しています。この時計台のある交差点を左に進んで行きます。


桜門



堀跡(袖池)


堀跡(枡池)



桜門(内側から撮影)


案内板①


案内板②

案内板③



二の丸跡に再建された二の丸櫓



二の丸櫓隣には田原市博物館が建てられています。ここで御城印購入できますが、訪問時は休館日でした。



本丸跡に建てられている巴江神社、さらに三の丸跡には護国神社が建てられています。


駐車場入口、

50台程停めれる無料駐車場です。


駐車場から城内へは冠木門を潜り、空堀跡を通って行きます。

井戸跡


二の丸跡へと続く階段


空堀跡


こちらは田原城攻略のご褒美、

豊橋のB級グルメ、カレーうどんです。チーズとエビ天をトッピングしてみました。とんぶりの底にとろろご飯が入っていて麺とご飯両方が味わえます。豊橋駅地下にある「みかわの郷カルミア店」さんで頂きました。


暑い日が続きますが、18切符お城巡りの旅は山城からスタートです。


【新高山城】


最寄り駅はJR本郷駅、駅から本郷橋を渡り沼田川沿いに進んで行き約25分で登山口に到着します。

標高は197.6mで登山口から本丸までは20分程です。新高山城は毛利元就公の三男小早川隆景公が高山城の副塁として築かれていた城を本拠地とし修築した城です。



沼田川を挟んで右が高山城、左が新高山城になります。両方の山の下を新幹線が走っています。


沼田川沿いに進んで行くと左手に「新高山城跡大手道入口」の案内板が見えてきます。先には無料駐車場も有ります。

こちらは無料駐車場


登山道入口の案内板


登山道入口に設置された案内板、パンフレットもポストの中に入っています。


「番所跡」、

全部で3段あり、土塁も残っています。



「匡真寺跡」、

小早川氏の菩提寺跡です。隆景公が父元就公の七回忌、母妙玖尼の三十三回忌の為に建立しました。



「中の丸(二の丸)跡.」、


三原城築城の際、新高山城の石垣の大石を残らず運んだ言われていますが、一部残っています。


「本丸跡」、


本丸跡に残る礎石


「詰の丸跡」、

本丸の先に突き出すように設けられた詰の丸跡には石造物が多く残っています。


石を切り出すために掘られた矢穴跡の残った巨石


詰の丸跡からの展望その①、

高山城跡、隆景公が新高山へ城替えするまでの約350年間の小早川氏の居城でした。

高山城、新高山城の案内をしてくれる音声説明機が設置されています。


詰の丸跡からの展望その②、

沼田川、本郷の町並みが望めます。左側にJR線が走っています。


詰の丸跡からの展望その③、

高山城下に掘られたトンネルから出てくる新幹線を撮影できるスポットも有ります。


「釣井の段(井戸郭)跡」、

石積みの井戸が多数残っています。




釣井の段(井戸郭)跡には石垣も多く残っていました。



下山してから対岸にある高山城を攻略したい所ですが、さすがの暑さで断念、観光に切り替えます。


【呉観光】


本郷駅から海田市駅まで行って呉線に乗り換えて1時間40分程で呉に到着します。


先ずは定番の大和ミュージアムへ、3回目の訪問になります。来年の2月から1年間リニューアル工事のため休館となるそうです。


館内に展示されている1/10スケールの戦艦大和




零戦も展示されています。


大和ミュージアム訪問後は食事タイム

呉と言えば海自カレー、呉駅周辺に数十店の海自カレーを提供するお店があり、観光案内所に行けばお店の詳細がわかる冊子がもらえます。


海自カレー1件目


海自カレー2件目


それぞれのお店ではオリジナルのシールが配布されていて、冊子に貼って観光案内所に持って行くと枚数に応じたグッズが貰えるます。


シール2枚でもらえた缶バッチ