繭家の人生こぼれ繭

繭家の人生こぼれ繭

人にも自然素材にも優劣なんかない。『こぼれ繭』と呼ばれていたものに目をかけて、愛情を持って「カタチ」のある製品にする。そこから生まれる「やさしさ」から「人やモノ」を思いやる心が生まれるのだと思います。

先週土曜日から水回りのリフォーム(築50年)が始まりました…まずは台所から、倉庫の実験室(擬革繭の研究をしている場所)には、流しとガス代と古い冷蔵庫があるので‥そこに仮のキッチンとして使用しております‥朝、昼、夕方の三食は外での食事となりますが、これがキャンプをしているみたいでとてもいい‥最初の日はカレーをつくりました、次の日は焼きそば、、外で食べると一段と美味しさが増し増しであります…昼は、業務用の扇風機で暑さをカバー、でも不思議と、暑いといっても木陰と自然の風とのマッチングで、これもまた心地いいのです‥朝はTBSラジオの生島ヒロシのおはよう一直線を聴きながらの朝食はたまりません‥これからお風呂とトイレと、、今月いっぱいかかりそうですが‥リフォームはヤマダ電機じゃなくて‥地元の同級生の大工さんとサッシ屋さんにお任せしております…気心知れているから安心です(息子さんたちが跡を継いで頑張っております)

今朝は久しぶりに小雨が降っていて、ちょっと涼しいかな‥世界中の指導者が、ほんのちょっとでも微笑んでくれたら‥こんな朝に、ふとチャップリンのキッドの主題曲スマイルが聴きたくなりました‥人生はまだまだいいことがあると思えてくるさ、ほんの少しでも微笑めば‥

 

「東京証券取引所・日経平均株価は取引開始直後からほぼ全面安の展開となり、終値は先週末の終値に比べ4451円28銭安い3万1458円42銭と、世界的に株価が大暴落したいわゆる「ブラックマンデー」の翌日に当たる1987年10月20日に記録した3836円48銭安を上回り、過去最大の下落となった」と、ネットニュースで知りました‥私は株はやりませんが‥家業が糸繭商でしたので、取り扱う原料の蒟蒻玉も繭も、蒟蒻相場、生糸、乾繭相場に大きく左右されておりました‥親父のモットーが「成り行き千人力」でして、数量を大きく動かせばいい、手数料は薄くても、数をこなせが口癖でした‥若気の至りといいますか(というよりかは、この年に結婚をして2年目)親父の教えを忘れておりました‥結婚した年に、蒟蒻粉(20kg)を65,000円で200袋程を12月に仕入れをいたしました‥年が明け、相場は保合のまま5月が過ぎても一向に上がる気配がありませんでした‥ところが7月になって相場が上がり始めて、9月にはどんどん上がっていきました‥9月下旬に取引先の小沢産業の社長さんから電話があって、「アッちゃんが粉を持っているって聞いたのだけど、その粉を105,000円で売ってくれないって‥4万円の儲けで200袋で800万…この値段で手を打っておけばよかったものを、もう少し持っていれば、1,000万円儲かるって、虎の狸の皮算用‥11月になって、中国から緊急輸入の情報が飛び交って、下がる下がる、結局12月には50,000円まで落ち込みました‥これで逆に300万円の損が出てしまいました‥相場の恐ろしさは‥私は親父の損切りしてでも早く売って出直せという助言も、耳に入らず、ここまで下がったのだから、手持ち単価を下げるしかないと、また同じ数量を仕入れて平均手持ち単価を55,000円で400袋といたしました‥正月に親父から電話があり、この相場は腐るから、小沢産業に頭を下げて50,000円で買ってもらえ‥105,000円の値をつけてくれたのに、1年後に半値じゃ、恥ずかしさも先に立って‥結局、親父の言ったとおりに大暴落、この年の暮れに20,000円で処分いたしました‥結婚2年目で、いいところ見せようとしたばっかりに(トホホ)‥ほんと相場の恐ろしさを嫌というほど知らされました‥今から40年前のお話でした‥(合掌)『親の意見と茄子の花は千に一つも無駄は無い』…

アイリスオーヤマのキャットハウスをさっきホームセンターで購入しました‥組み立てが終えたら、ゆきちゃんすぐ中に入って、2段、3段を行ったり来たりしておりました‥どうも真ん中がお気に入りのようです‥水回りのリフォームが今日から始まりました、大工さんの出入りなどで、ゆきちゃんの廊下での運動会も当分の間できそうもないので、このハウスでしばらくの間辛抱してください‥というよりも、ゆきちゃん、なんかリラックスしております‥

ここ数日前からのアメリカの大統領選挙に関わるニュースの中で‥「銃撃事件でトランプ前大統領の求心力が高まり、「ほぼトラ」とまで言われた状況が一転。バイデン氏の大統領選撤退を受け、一気に旋風を巻き起こしているのがカマラ・ハリス副大統領です」‥要するに「ハリス旋風」が起こってきたということらしいですが‥ハリス旋風??この文字を見て、私たち年代(70歳以上)は、『石田国松だ!!』って、すぐに思い浮かべるんじゃないかな‥ちばてつや原作の少年マガジンで連載していた、頭は悪い、けんかぱやい、大飯ぐらい(おっちょこちょいだけどほんと人がいい奴)スポーツ万能でいろんな運動部で大活躍する学園マンガ‥ドンドンドンカラカッタ国松様のお通りだい!!の主題歌はすぐに出てくる!!それくらい石田国松のハリスの旋風は面白くてワクワクする漫画だった!!石田国松が倒す相手は、大体がトランプさんみたいな強烈な奴でしたね…1965年から連載が始まったハリスの旋風ですが、60年経った今、旋風を巻き起こせますか?ハリスさん‥乞うご期待!!

さっき体重を測ったら、1,000gを越えておりました‥4時に起床して、1時間たっぷりと廊下で遊んでから、朝ごはんを食べて‥お休みタイムをしてもらっているうちに、私たちの用事を済ませます、、今のところは、ゆきちゃんタイムで、我が家の一日が回っていきます‥じい&ばあのどちらかは留守番をしなければならい不便さはありますが‥(99%は、私が留守番です‥でも、これもまた楽しい)、パリオリンピックにドジャースに韓国ドラマ(馬医)と‥この暑さなのでなるべく外には出かけないようにしておりますが、明後日から水回りのリフォーム(築50年なので、私と同じで血管がボロボロ?)も始まるので、何かと忙しくなる8月であります‥

「敗るれば即ち新たなり」‥息子が小中高と剣道をしていた頃に、道場に掲げられていた言葉です‥勉強も仕事も、誰でも失敗(負け)はつきものです、人生なんて上手くいくことなんて、、あんまり無いからね、失敗の方が多い‥相撲でいえば、七勝八敗は負け越しだけど、また稽古して次の場所を頑張ればいい‥まさにトライ&エラーの繰り返しでいいじゃないか‥18 世紀に、現在の長崎県の平戸藩主であった松浦静山(1760~1841)の言葉です‥『負けるときは、負けにつながる必然的な要因があるが、どうして勝ったのかどうも思い当たらないという不思議な勝ちがあると、松浦清山がある客人に話す‥『勝つときには不思議の勝ちがある。しかし、負けるときには不思議の負けということはない』と‥客は『なぜ不思議の勝ちと言うのか』と質問をすると‥『本来の武道の道を尊重し教えられた技術を守って戦えば、たとえ気力が充実していなくても勝つことができる。このときの心の有り様を振り返ってみれば、不思議と考えずにはいられない』と返答した‥そうすると客は、『どうして不思議の負けはないと言うのか』と質問してきた‥『本来の道から外れ、技術を誤れば、負けるのは疑いのない事だから、そう言ったのだ』と答えると‥客は恐れ入って平伏した‥という逸話があるという‥負けたことを認めたがらないベネズエラ大統領がおりますが(不正選挙で勝利宣言をしたので国内で抗議のデモが起こっている)‥11月にはアメリカ大統領選でトランプ支持者が(トランプが負けた場合)抗議のデモどこじゃなくて、内戦になるかもしれません‥世界中で、なんか潔さがなくなってまいりましたかね…

 

 

 

副産物を辞書で調べたら‥「あるものを生産する過程で、それに付随して必然的に得られる他の産物、副製品」ってありました、が、なんかつまらない…そこで英語でも調べてみました‥「by-product 「副産物」と訳され、思いがけない結果、予想していなかった産物」という意味でした、、こっちの方がチャレンジで断然にいい!!そこで『魅力的な廃材をから副産物』を探求する‥昔からの食べ物でいえば、豆腐の「おから」日本酒の「酒粕」が、横綱みたいな感じだけど‥どんな仕事でも、足元をよくみて、観察を怠らなければ、魅力的な廃材がきっと眠っているはずです‥その副産物から思いがけない結果が生まれることだってある‥私も、蒟蒻と繭の仕事に関わって50年近く経ちましたが、、へそ曲がりの性格が幸い(災い)したのか??若い時から保守本流が性に合わなくて、流れに逆らってばかりでした‥生糸よりも副蚕糸の研究をしたり、蒟蒻でいえば、精粉よりも格落粉、舞粉などに興味がありました…だからなのか?私の人生は、落ちこぼれ…(合掌)

地球も人間も壊れてきました…この暑さでは、なかなか寝付かれないのでアイスノンを枕にして、応仁の乱についての歴史本を読んでおります、、その中に何度も「為政者の無為」と「悪政と天災」という言葉が出てまいります‥この時代の将軍は足利義政ですが、京都の半分が東軍と西軍の争いで焼けても、自分は東山の銀閣寺にこもって知らんぷりしていた‥なんかこのところ大国と称される国の為政者の無為とはいいませんが、つまらないことでお互いを牽制して、自分たちだけが良ければと、、どんどん世の中を悪くしております‥応仁記に「只、天下は破れれば破れよ、世間は滅びば滅びよ、人はともあれ、我が身さえ富貴ならば‥」と言いあらわした一説があります‥当時の人たちは人心の荒廃をほんと痛感していたんでしょうが‥600年程前のこの言葉のようなどうしようもない為政者と似たり寄ったりの政治家のオンパレードです‥司馬遷の史記に『游俠』という言葉が出てきますが‥「弱いものいじめは絶対しない、助けても決して自分がやったとはいわない」‥このところの中国のリーダーを観ていると、ほんと懐の深さが無くなりましたよね‥そういえば『天人相関説』という言葉が中国にあるという‥ウィキペディアで調べました‥「前漢の儒学者、薫仲舒は『春秋繁露』で森羅万象と人の営みには密接な関係があると説き、それを1年の月数は人体の12節に、五行は五臓に、昼夜は覚醒と睡眠に対応すると論じた。天文で人の運命を読むのも即ち天人が相関関係にあるがゆえであり、帰する所、人体は全宇宙の縮図にして小宇宙であると説いた。天子が行う政治も天と不可分のものであり、官制や賞罰も天に則って行うべきであるという。」続いて『天子の所業は自然現象に象られ、悪政を行えば、大火や水害、地震、彗星の飛来などをもたらし、善政を行えば、瑞獣の出現など様々な吉兆として現れるという。こういった主張は君主の暴政を抑止するために一定の効果があったと考えられる。天変地異や疫病流行などの災害を防ぐため、君主は善政を布くことが模範として求められ、特別に行うそれらの施策は「徳政」と言われた。中国の過去の王朝の歴代皇帝は、地震や干ばつが長引いた場合など、災害が起きた時には、必ず「罪己詔」を発し、自らを才の無い、徳の無い人間であると称し、正殿を避け、食を減らし、己を罪とし、助言を求め、罪を犯した者を赦し、隠すことのない直言を求める詔を下し、誤ちを補った。天人相関説はやがて俗信と化し、占トの域を出なくなる。後漢では王允により「天文は純然たる気の運行にすぎず」として批判された。』‥昨日のパリオリンピックのIOCバッハ会長のどうでもいいクソ長い挨拶はさておいて‥エッフェル塔からのセリーヌディオンさんの「愛の讃歌」は素晴らしかったですね、歌声を聴いていて涙がこぼれました(感謝、感激、感動)

我が家に来てひと月が経ちました‥ご飯もいっぱい食べて、体重も900グラム(保護した時が250グラム)近くなりました‥おてんばゆきちゃんは、カーテンをよじのぼり、椅子から机の上ぴょんぴょんであります‥廊下を走るスピードはケガをしないかと心配するくらい、当然ながら、、あっちこっちにゴッツンコであります‥午前中は廊下の涼しい場所で、午後は茶の間でスヤスヤ〜していてくれればいいんですが、ジッとしてはくれませんので、猫じゃらしでお付き合いをしております(大相撲の取り組みのいい時間帯は、ちょっとお家に入れて、ほんの少しガマンのお時間です)夜の7時過ぎには、静かにお眠りしてくれるので、ほんといい子であります‥そして朝4時には、私と廊下での運動会から、また暑い暑い一日が始まります‥