上げ百日下げ三日 | 繭家の人生こぼれ繭

繭家の人生こぼれ繭

人にも自然素材にも優劣なんかない。『こぼれ繭』と呼ばれていたものに目をかけて、愛情を持って「カタチ」のある製品にする。そこから生まれる「やさしさ」から「人やモノ」を思いやる心が生まれるのだと思います。

「東京証券取引所・日経平均株価は取引開始直後からほぼ全面安の展開となり、終値は先週末の終値に比べ4451円28銭安い3万1458円42銭と、世界的に株価が大暴落したいわゆる「ブラックマンデー」の翌日に当たる1987年10月20日に記録した3836円48銭安を上回り、過去最大の下落となった」と、ネットニュースで知りました‥私は株はやりませんが‥家業が糸繭商でしたので、取り扱う原料の蒟蒻玉も繭も、蒟蒻相場、生糸、乾繭相場に大きく左右されておりました‥親父のモットーが「成り行き千人力」でして、数量を大きく動かせばいい、手数料は薄くても、数をこなせが口癖でした‥若気の至りといいますか(というよりかは、この年に結婚をして2年目)親父の教えを忘れておりました‥結婚した年に、蒟蒻粉(20kg)を65,000円で200袋程を12月に仕入れをいたしました‥年が明け、相場は保合のまま5月が過ぎても一向に上がる気配がありませんでした‥ところが7月になって相場が上がり始めて、9月にはどんどん上がっていきました‥9月下旬に取引先の小沢産業の社長さんから電話があって、「アッちゃんが粉を持っているって聞いたのだけど、その粉を105,000円で売ってくれないって‥4万円の儲けで200袋で800万…この値段で手を打っておけばよかったものを、もう少し持っていれば、1,000万円儲かるって、虎の狸の皮算用‥11月になって、中国から緊急輸入の情報が飛び交って、下がる下がる、結局12月には50,000円まで落ち込みました‥これで逆に300万円の損が出てしまいました‥相場の恐ろしさは‥私は親父の損切りしてでも早く売って出直せという助言も、耳に入らず、ここまで下がったのだから、手持ち単価を下げるしかないと、また同じ数量を仕入れて平均手持ち単価を55,000円で400袋といたしました‥正月に親父から電話があり、この相場は腐るから、小沢産業に頭を下げて50,000円で買ってもらえ‥105,000円の値をつけてくれたのに、1年後に半値じゃ、恥ずかしさも先に立って‥結局、親父の言ったとおりに大暴落、この年の暮れに20,000円で処分いたしました‥結婚2年目で、いいところ見せようとしたばっかりに(トホホ)‥ほんと相場の恐ろしさを嫌というほど知らされました‥今から40年前のお話でした‥(合掌)『親の意見と茄子の花は千に一つも無駄は無い』…