繭家の人生こぼれ繭

繭家の人生こぼれ繭

人にも自然素材にも優劣なんかない。『こぼれ繭』と呼ばれていたものに目をかけて、愛情を持って「カタチ」のある製品にする。そこから生まれる「やさしさ」から「人やモノ」を思いやる心が生まれるのだと思います。

ここ数日間、雛鳥が巣立つ準備をしているらしく、親鳥も何度も何度も近づいては何か話しかけております‥一昨日の雨の中が一番の動きがありました‥雛鳥が羽ばたいては飛ぶのを諦める、その動作を窓の隙間から除いては、ハラハラドキドキであります。一昨日の群馬県は太田、桐生市などで激しい雨が降っていて、富岡市は長野県よりなので、雨量はそれ程ではなかったですが、雛鳥の巣立つには危険でした‥巣があるモミジの木からすぐ隣のサンシュの木に飛び移ってみたものの地面に落ちてしまいました‥それでもまた這い上がって木の上まで登りました‥親鳥は雛鳥のそばに来ては励ましていました‥一昨日は、それで日も暮れて静かになりました。昨日、朝早くから親鳥の声がしたので、静かに玄関を出て観察しておりましたら、その数分後に雛鳥がサンシュの木から玄関屋根に飛び移り、雨樋にしがみつきました‥そこで小一時間ほど休んでから、雨樋から羽ばたいて玄関屋根瓦の上に、そして玄関の鬼瓦の上に登ったと思ったら大きな声で鳴き始めました‥玄関前には山法師の木がありますが、そこに親鳥がいるらしく‥何度か飛び立つ様子を見せておりましたが、まだどんだけ飛べるのかがわからないので、心配で心配で、そうこうしていると、雛鳥が大きく羽ばたいた思った瞬間、三メートル先の山法師の木に移ることに大成功‥それからは小枝の中で休んでおりました‥昨日は、山法師の木に移動してそのままのようです‥そして、今朝早く外に出て、山法師の木を見ても、オナガドリの形跡はなし(オナガドリの鳴き声が(親鳥も含めて)聞こえませんでした)‥これで無事に巣立ったのかどうかわかりませんが、親鳥と一緒に棲家に帰ったのかなと思っております‥「花は根に 鳥は古巣に帰れども 人は若きに戻ることなし」‥(合掌)

 

一昨日の雨の中、親鳥が必死に声をかけておりました‥

サンシュの木から玄関屋根に飛び移りました‥

雨樋にしっかりとしがみついています‥

まずは雨樋の中でひと休み‥

屋根瓦に飛び移りました‥

玄関屋根瓦の上で大きな声で鳴いておりました‥

ここから三メートル先にある山法師の木に飛び移りました‥

この山法師の木に親鳥がいるようです‥まずは一安心です

 

御名御璽(ぎょめいぎょじ)とは‥憲法で定められている天皇の国事行為の一つとして、法律や政令には陛下の『御名御璽』をいただくことになります。“国民の理解が得られていない”ような改正案に、天皇陛下が署名し、御璽の押印をある意味“強いる”わけで、いっそう高市政権が“皇室を軽んじている”と批判されても仕方ありません」 高市政権による改正が、皇室と国民の未来に大きな陰を落とすことになってしまった(女性自身皇室担当記者)‥もし御名御璽を拒否したらどうなるのかなど、いろんな意見が飛び交っておりますが‥憲法上は天皇陛下は、御名御璽の拒否は出来ないとありますが‥であれば、高市首相とこの法案に賛成した全ての国会議員の名前をよく覚えておくべきです‥そして3年後には必ずある総選挙までに、自問自答?を繰り返しながら、この国の方向性が怪しくならないように注視していくしかありませんかね、、そして市井に活きる我々庶民としては‥今のところは手立てがありませんが(高市自民党を大勝させた責任は大きい(私は入れておりませんがね)、まずは来年の地方選挙でしっかりとした立候補者を見極めてまいりましょう‥自民党と維新と国民民主党は反対で、ついで参政党と公明党と中道、立憲、未来、保守は議員本人をよく見て投票するなんてどうですか?…でも日本共産党が残っておりました‥

今朝早くから、巣立ちの準備なのか雛鳥がバタバタと羽ばたく練習をしていました‥まだ安定感がなくて小枝につかまりながらバランスが悪いので、落っこちそうで、見ていてヒヤヒヤであります。親鳥が心配そうに近寄っては話しかけておりますが‥まだ羽ばたく力が弱いようです。

午後3時頃から雨が降る予報なので、今日は巣に戻って休んで体力を温存してください‥それにしても、玄関側の紅葉の木に巣をつくったので、元気に巣立つまで心配であります‥

ひと月程前に、我が家の玄関前の紅葉の木にオナガドリが巣をつくりました‥4羽がせっせと巣に餌を運んでいて、玄関の開け閉めを静かにしたりしながら気を遣っての生活です。ヒナが巣立つ8月ごろまでは注意しがら見守っております‥ですが、早朝五時ころに、オナガドリがギャーギャーと大きな声で何かを威嚇している様子、1時間経っても泣き止みませので、ばあさんと二人で、紅葉の木をよく観察しておりましたら、1羽のオナガドリがある枝を見ながら‥「おじいさん、ここ、ここにいるよ〜」って知らせている感じでした、私は、どこ、どことその先をよくみたら‥アオダイショウが枝に絡まっておりました‥すぐにばあさんに剪定用のノコギリを持って来て!!アオダイショウが逃げないように長い棒で押さえている間に、ばあさんがその枝を切り落としました‥アオダイショウは地面に落ちて、そのまま逃げていきました‥その後は、オナガドリも落ち着いて、餌を運んでおります‥ひとまず、よかったよかったであります。

親父からよく云われていた言葉が、「段取り八分の仕事二分」でしたね‥若い時分はこれがよく分かりませんで、もっと早く気付いていれば‥終わりが見えて来たこの歳になってから、よりいっそう段取り仕事が面白くなっております‥昨日から仕込みをしておいた原料を明日の作業行程に合わせての段取り仕事が先ほど終えました‥話は変わりますが、トランプも高市も「段取り八分の仕事二分」をほとんど理解していないようであります‥「力と数」で押し切った政治の末路は、歴史がよく教えております‥(合掌)

「思い立ったら吉日」は、私の好きな言葉です。先日、知人から小澤征爾さんの言葉を教えてもらいました、「Not Tommorrow today 」早速、事務所に飾りました‥「明日に引き延ばすな‥」って訳せばいいのかな?まあそんなこんなで、深夜にちょっと気づいたことを「思い立ったら吉日」で、朝から実験をしておりました‥結果は失敗でしたが、これはこれでなんか安心している自分がいる(この方法で出来ないとすれば‥類似品の心配が当分先無いかも?)次の一歩につながる失敗は面白いのであります‥

『皇室典範改正案が衆議院通過』‥この法案に反対したのは共産党とれいわ新撰組だけ、中道改革連合は公明党が賛成しているからと賛成にまわった、これで中道は解体ですね…イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー博士が「人間は愚かだから80年ごとに大きな戦争を繰り返す」と著書に書かれておりましたが…梅原猛「京都発見」をここ数日かけて読んでおります‥「仁和寺と維新・終戦秘話」p 121からの引用であります‥『この仁和寺に甚だ興味深い終戦秘話が伝えられている。昭和二十(1945)年一月二十日、五摂家の筆頭にあたる近衛家の嫡男であり、総理大臣を務めたことのある近衛文麿が、表向きは聖戦完遂の祈願のため突然仁和寺を訪れ、歴代の法親王の位牌が安置されている霊明殿を参拝した。その時、仁和寺の岡本慈航門跡と数時間密談し、その後、岡本門跡は仁和寺から西へ二百メートルにある近衛家の別荘の陽明文庫に向かったが、そこには、二・二六事件当時の首相であった海軍出身の岡田啓介と、時の海軍大佐米内光政、それに近衛文麿が待っていて、四人でひそかな会談が行われた。その議題の中心は日本が無条件降伏し天皇の戦争責任が追求された場合に、天皇の安泰をいかに図るかということであった。そして宇多法皇の例に倣って昭和天皇を仁和寺に迎え、落飾を願ってはという案が真剣に討議されたという。昭和二十年一月といえば、すでに日本の敗色は濃厚であると思われたのに声高に英米撃滅が叫ばれたころである。そのころに無条件降伏が政府要人によって議論されたいうのは意外である。もしこの案がいち早く用いられていたら、沖縄戦もなく、特攻隊による多くの若者の死もなく、焼夷弾投下による日本のほとんどの都市の焼き払いもなく、広島や長崎への原爆投下もなく、何百万人の日本人の命が助かったと思われる。近衛文麿や岡田啓介や米内光政はこの提案の実現に努力したと思われるが、力足らずで終戦が原爆投下になってしまっことは誠に残念である。そしてこの案のように昭和天皇が落飾されなかったのは、運命といえば運命であるが、日本人が長い間信じてきた仏教を取り戻さねば、日本人の心の再生はないという考えを持つ私には、戦争に対する深い反省の心を持つ落飾した昭和天皇の姿が望ましいように思われる。』この昭和20年1月は小磯内閣で4月5日に総辞職、鈴木貫太郎内閣となり8月15日の終戦となる。そして、たぶん高市と麻生の密談?から始まった皇室典範改正法案ですが、今上天皇がどうお考えなのかは知る由もありませんが…戦後80年が経って、この法案に賛成した国会議員の皆さんは、ただの烏合の衆??そう云えば、幕末に長州藩士が孝明天皇を『玉と玉‥たまとぎょく』と、使い分けていた‥石破さんたちは、まだ行動を起こさないの‥石破グループ(そもそが石破グループが今でも存在しているのかどうか知りませんが)って、もしかしてただの十把一絡げ??(村上誠一郎議員は体調不良理由に欠席) ちなみに、落飾(らくしょく)を辞書で引くと「髪をそり落として仏門に入り、出家すること」を意味します。特に、天皇や公家、大名などの身分の高い人が出家する場合に使われる言い方です。

午前1時頃にNHKラジオを聴いていたら前に聴いたような内容?‥それは再放送でした。昨年の9月に、この放送を聴いた感想をブログにしておりました‥BSテレビは再放送ばかり、そこで私も再ブログいたしました‥「ラジオ深夜便の江上剛さんの話が面白かった(作家井伏鱒二との出会いから松茸の佃煮の話などなど)‥ただ途中から聴いたので、「ほうさんずんで小説は書け」と井伏鱒二から何度も云われていたとか…この「ほうさんずん」がどんな意味なのかが分からずじまいでした‥そこで放送が終わって調べましたが‥なかなかヒットしなくて、AIに尋ねたら「方寸」という言葉が出てきました‥方寸には、「1寸(約3cm)四方の広さ」と「胸の中、心」の二つの意味があると‥もっと詳しく尋ねたら、、こんな答えが帰ってきた『心、胸中:昔、心臓の大きさが1寸四方と考えられていたことから、胸の中や、心を意味するようになりました。感情や考えが心の中にある様子を表す際にも使われます。』だとすると‥三寸は約10センチとすれば、方三寸は10センチ四方となるから、人の胸の内は計り知れないけど、ちょっとした人情の機微に触れながらも、そうしたことを忘れないようにと‥いうことなのかなあ??で、もっと調べていたら、横井小楠にたどり着きました‥横井小楠は、方寸について『すなわち「側隠の心無きは、人に非ざるなり。差悪の心無きは、人に非ざるなり。辞譲の心無きは、人に非ざるなり・郵の心無きは・人に非ざるなり・側隠の心は、仁の箏り。差悪の心は、義の端なり。辞譲の心は、 礼の端なり。是非の心は、智の端なり。人の其の四端あるは、猶其の四体あるがごときなり」‥ちょっと難しくなりましたが、要するにトランプ大統領のような人間には、なるなって事と理解いたしました‥惻隠(そくいん) ある対象に同情、あわれみの心を抱くこと。差悪(しゅうお)悪を憎む心 自分や他人の不善を恥じ、憎む心。辞譲(じじょう)謙遜して他人に譲ることを意味します。」‥合掌

 

明日、高市首相は皇室典範改正法案を衆議院でむりくり強行採決するようです‥この法案が通れば、今後30年間は皇室典範改正についての会議は開かれないようです‥『大鏡』(おおかがみ)は、平安時代後期の白河院政期に成立したとみられる紀伝体の歴史物語。成立は万寿2年(1025年)以降。作者未詳。花山天皇は冷泉天皇の第一皇子として生まれ、十七歳で即位した若き天皇です。しかし『大鏡』によれば、寛和二年(986年)六月二十二日の夜、ひそかに内裏を出て花山寺へ向かい十九歳で出家しました。『大鏡』ではこの出家は藤原兼家・道兼父子の策略として描かれています。道兼は一緒に出家すると見せかけながら実際には戻ってしまい、花山天皇は「私をだましたのだな」と泣いたとされています。原文を口語訳にしたものです‥寛和二年丙戌の年陰暦六月二十二日の夜、意外でございましたことは、(花山天皇は)人にもお知らせあそばさないで、こっそり花山寺においでになって、ご出家、入道なさってしまわれたこと(でございます)。(そのときの)お年は十九歳。(天皇として)国をお治めなさること二年。その後二十二年御存命でいらっしゃった。天皇を騙して落飾させた藤原道兼ですが、弟はあの藤原道長です‥落飾(らくしょく)を辞書で引くと「髪をそり落として仏門に入り、出家すること」を意味します。特に、天皇や公家、大名などの身分の高い人が出家する場合に使われる言い方です。そう云えば、海音寺潮五郎に「悪人列伝」という著書がありますが、蘇我入鹿、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は、奈良でしたね‥藤原薬子(くすこ)も悪い女でした‥

 

これからベルギーとアメリカの試合がありますが‥残念ながら2ヶ月に一度の病院の検査が9時からなのでテレビ観戦が出来ませんが、ベルギーに頑張って勝利してもらいたいです。世界中でアメリカを応援する人たちは、多分いないでしょう‥それにしても、FIFAの会長はどうしようもないクズだ!! 追伸、今病院から帰って来ました。4対1でベルギー快勝!! トランプの政治介入によって、選手たちのメンタリティがおかしくなった(余計なことをしやがってと思っていたた選手がいても不思議ではない‥)今晩は、病院の検査結果も良かったので、お酒のおつまみをいっぱい準備しての晩酌であります、、ベルギーに乾杯!!