繭家の人生こぼれ繭

繭家の人生こぼれ繭

人にも自然素材にも優劣なんかない。『こぼれ繭』と呼ばれていたものに目をかけて、愛情を持って「カタチ」のある製品にする。そこから生まれる「やさしさ」から「人やモノ」を思いやる心が生まれるのだと思います。

ネットでこんな文章を見つけた‥『商品はそれにまつわる物語とセットにすれば、よく売れるという。消費者は価格や品質だけでなく、商品の来歴や開発の話にも興味を示すからだ』…売れる売れないはよくわからないけど、、開発話には事欠かないのが繭家だけど、世間からは見たらドウデモイイ商品開発に夢中ばっかしているからね、、全然売れません(大笑い)今も今日これからやる実験の用意で、ヘッドライトつけて準備してまいりました。まだ外は暗くて寒いのに、、脳溢血に注意しながら、もうそろそろ大化け商品が出てきてもいい頃なんだけどねえ〜
 

クロちゃん、午前中はお気に入りのマットの上で暖かい日差しを浴びてお寝んねしています。ニャースは悠々とカマクラでスヤスヤ〜

 

今までとは違った方法で今日も試作をしております。もうこの辺でいいのかもと思いながらも‥まだまだ改善の余地があるんじゃないかと、、妙な強迫観念といいましょうか、無間地獄にでも陥ったような、はたまたストリンドベリイの言葉ではりませんが『苦しみつつ、なお働け、安住を求めるな、この世は巡礼である』ほんと迷子状態であります。ある意味、擬革繭は哲学かもしれません‥世の中オミクロン株で二進も三進も進まないから、大いなる堂々巡りをしている自分に、、これでいいのだ、ニャロメ!!

 

楽しみにしていた鎌倉殿の13人が始まりました。学校の歴史でも北条氏の時代はあまり面白くない?マイナーなイメージだから、視聴率もイマイチみたいですが‥でも平安時代の藤原貴族の栄耀栄華が続く中で平将門の乱が起こり、ある意味武士の台頭が始まります。そして保元、平治の乱で平氏と源氏の争いから武士がだんだんと力をつけて、明治維新までの800年の間、武士たちがこの国を治めてきました。その武士の始まり鎌倉幕府をつくったのが源頼朝と北条一族です。私のご先祖様の三浦義村はまだ出番が少ないです、が、三谷幸喜さんが三浦義村をどう描くのかは、1回目の北条義時との会話でわかりましたね、、山本耕史さんの演じる義村は、策士のフィクサー的な人間像を浮き立たせるのではないでしょうかね?小島の血が『公』や「権力」に対して結構反発心が強いのは、、友人の間では有名な話であります(小笑い)

「失敗は成功のもと」って書いたのがわかりやすいかもしれませんが、、5年程前から繭から擬革を作ることにチャレンジをしております。もっといい方法があるのでないかと、トライアンドエラーの繰り返しの毎日であります。世界ではSDGsもあって、パイナップルの葉やヤシの皮、はたまたキノコの菌糸などから擬革を作っている会社があります‥私の場合は、祖父からの糸繭商ということもあって、副蚕糸を利用して擬革なるものを開発しようと考えておりましたが、、造るのに必要な機械がありまして、その機械を手に入れるのに随分と時間がかかってしまいました。やっとの事でその機械を購入できたのが6年前です。何しろ、国内で誰もやっていないことなので、ある程度のカタチが見え始めたのが一昨年で、それから試行錯誤の毎日です。まだまだ暗中模索五里霧中ですが、行きたい道に行けなくて、迷って反対方向に進んでいるかもしれませんが、これが逆に面白くて面白くてね、、今日もこれから昨日やった実験の結果を見て、失敗したら、また試みて、試みてみます‥

 

 

オミクロン株も変異種になって、また新たなコロナウィルスが流行する‥この繰り返しがいつまで続くのか、、同じ繰り返しするなら、運鈍根(うんどんこん)をしたいものです‥『鈍ということは、一回でわかってしまうことを、何回も何回も繰り返しやらないとわからない、繰り返しやっていると、一回でわかったものとは本質的に違ったものが掴(つ)かめてくる。木のかたまりの中から仏が生まれ、美しい器が生まれてくる、それが根(こん)ともいい根(ね)というものにつながっている。それを大きく包んでいるものが運である。運は偶然にやってくるものでなくて、コツコツ積み上げたものが運という気を招きよせるのである。』‥成功するには運と根気と、鈍いほどの粘り強さ、この3つが必要であるということで「運・根・鈍」と言われるが、運のよい人間になるには「鈍・根・運」の順番で事を為すのがいいと私は思う。何事も続けていくには粘り強さを示す「鈍」が必要である。だが、「鈍」に則って粘り強くやっていたとしても、そうそういいことも簡単には起こらない。そのうち、周りから「あいつはバカじゃないか」と言われるくらい、「根」を詰めてやっていると、そのうち少しずつ、いいことが起こるようになり、やがて「運」がやって来るというわけである。いい運がやってくるまで根気よく頑張りマッス!!

今日は寒いですね〜ニャースは事務所のストーブの前から離れません。

 

 

 

 

 

足掻く(あがく)って広辞苑で調べたら手足を振り動かしてもがく。じたばたする。」活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする。」「 馬などが前足で地面をかく。」などなどですが、、「何とかしようと必死に努力している様(さま)」っていうのが一番いいかなぁ‥若い時こそ足掻いて足掻いてジタバタしながらも、格好悪くても、悪足掻きと世間から云われようとも、足掻き続き通すことが美しいんじゃないかなと思う‥そうしていけばきっと違う何かが見えてくる、若いんだから大いに悪あがきをしてみればいい‥歳取ってからの悪足掻きは、年寄りの冷や水って云われそうなので、ほどほどにしておきましょうかねー

今年の抱負なんて大袈裟なことじゃないけど‥この2年間はコロナ禍の中で、じっとしてあまり目立たないようにしておりましたので、今年は、思い立ったら吉日、大いに悪あがきをして、尖って、そして企み(たくらみ)をしようと考えております。企みというより、企て(くわだて)と云った方がいいかな(もともと企ての「企」という漢字には、計画を立てる・良いことが起こるように願うという意味)作戦を練ったり、手立てを考えたり、いろいろと知恵をしぼって‥あと362日元気に頑張らないとね、、それに久しぶりに楽しみがあるんです、大河ドラマの「鎌倉殿の13人」主人公の北条義時の盟友の三浦義村は父方のご先祖様なのです。企て(くわだて)という意味では、、もしかして血筋は争えないかもしれません??

 

 

新しい擬革の作り方で造ったものです‥今までの方法より2工程少なくて済んで、より革に近い感触になりました。箱根駅伝を途中、途中で順位を確認しながらの作業なので、あまり身に沁みていない割には、昔取った杵柄と申しましょうか、、ツボが分かっている分まあまあの仕上がりです。明日の準備をしながらの水道水の冷たさが尋常ではありませんが、元旦早々からの実験三昧なので、家の中でゴロゴロしていない分、家族から(とくに女主人(おんなし)から)は大変評判が宜しゅうございます。