繭家の人生こぼれ繭

繭家の人生こぼれ繭

人にも自然素材にも優劣なんかない。『こぼれ繭』と呼ばれていたものに目をかけて、愛情を持って「カタチ」のある製品にする。そこから生まれる「やさしさ」から「人やモノ」を思いやる心が生まれるのだと思います。

インコのピーちゃんを我が家の直ぐ前の駐車場(ある会社の)で見かけて2週間程経ちました…毎日同じルーティンで朝8時頃に重役出勤?して来て、この駐車場の草の種をついばんでおります(スズメも一緒ですが、雀は朝5時頃に出勤しておりますが‥)ここ数日暑くなってきたので心配しておりましたが‥先ほど、うちのばあさんが隣保班のゴミ捨て場所から戻ってきて、、ピーちゃんが隣の畑の柿の木で休んでいるよって‥そっと見に行ったら、、柿の木の真ん中で涼んでおりました‥ピーちゃんたくましい、避難場所をちゃんと確保しておりました‥頑張れピーちゃん!!この柿の木は我が家の倉庫の裏にあって塀から1mくらいなので、室外機の上にボールに水を入れて置いておきました(飲むかどうか分かりませんが‥)北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしは なりたい‥(合掌)

1868年の明治維新によって徳川幕府から明治新政府に代わって起きたことといえば‥10年ごとに大きな戦争を繰り返していった‥1877年の西南戦争1894年日清戦争1904年日露戦争1914年第一次世界大戦1931年満州事変(1932年満州国建国宣言)1937年日中戦争1941年太平洋戦争1945年敗戦‥西南戦争後の国内各地で自由民権運動が盛んになっていく、政府の弾圧や社会不安の中で急進化し、その具体的な表れとして福島事件(1882年明治15年11月)群馬事件(1884年秩明治17年5月)秩父事件(1884年明治17年10月が起きていきます。福島事件は弾圧の強化、群馬事件は急進派の直接行動、秩父事件は民権運動と農民困窮の結合を示しています‥そして、群馬事件でありますが..明治17年5月、群馬県北甘楽郡妙義山麓陣場ケ原に、農民多数が集結し、同郡上丹生村の生産会社岡部為作方を焼討し、外数軒の富農を襲い、ついで、碓氷郡松井田警察署に突入した。さらに高崎に上り、兵営にも襲いかかろうとしたが、力尽き、参加農民の主たる者、次々と逮捕され、ついに挫折した事件である。参加農民三千といい、五千といい大変な数字で紹介されてはいるが、そのわりには、大事件あつかいされていない。もっとも、この数字は怪しいが、農民が武器をもって蜂起した事件は、明治17年代では、この事件と秩父事件以外にはない。人数については、最初の計画では甘楽郡近隣や長野県からの博徒二千五百と、甘楽、秩父(埼玉)群馬県内の自由党員、その他三千を総大将の小林安兵衛、三浦桃之助、湯浅理兵が指導して、合計五千五百が五月一日を期して、決起する手はずになっていた。5月1日というのは、上野、高崎間に鉄道が開通するので、その開業式に、明治天皇が政府の高官を連れて、高崎に行幸するという日であった。(福田薫著/蚕民騒憂録より)‥この群馬事件の舞台となった群馬県北甘楽というのは、私が住んでいる富岡市なんです。私の家から農民が蜂起した妙義山も車で10分ほどですし、焼討ちにあった岡部家は私の家の裏山の向こう側なんですよ..みんな私のテリトリーでした..総大将の一人の小林安兵衛は上信電鉄一ノ宮駅前の光明院というお寺の住職、そしてこの物語の主人公である湯浅理兵は高速上信越道の富岡IC出口に内匠(たくみ)という地名があるのですが..そこの戸長(今でいう区長さん)をしていました。明治6年の地租改正からはじまった明治新政府の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)にたいして、農民達の苦しみを、時の政治家や官吏たちはどう受け止めていたのか、140年前の出来事ですが歴史をひも解いていくとトランプや高市の政治がこのまま続けば..世界中で騒憂事件が起こるのではないでしょうか‥ちなみに苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)とは、税金などを情け容赦なくきびしく取り立てることを言います。特に、民を苦しめるような重税やむごい取り立てを非難する語です。

五木寛之と金子兜太の対談の中で…秩父人は反骨心があるというか、やはり秩父困民党(秩父事件)が大きく影響しているのでしょうかと、五木が金子兜太に聞く、金子が大いに喜んで、五木さんから反骨という言葉が出るとは…秩父生まれの私には大変な褒め言葉であります‥で、その秩父事件が起る半年前に、我が富岡市で群馬事件が起きる…結果はたった一日で終るのでありますが、その影響は山を越えて秩父に飛び火していったのでありました…142年前に、この町で起きた群馬事件については、明日書きます‥

インコのピーちゃん、今日も元気に餌をついばんでおります‥ピーちゃんの近くにスズメが数羽いて一緒に飛び回っておりますので、行動を同じくしているのかな?(であれば一安心なのですが‥)ピーちゃんを探すのが早朝からの日課となっております‥ちょっと見かけないとこれはこれで心配のタネではありますが、、ピーちゃんが元気に飛び回っている姿を見つけると、、ホッとするのであります‥広い野原にある松林のかげに 小さなかやぶき屋根の小屋に住んでいて 東に病気の子どもがいれば 行って看病してあげ 西に疲れた母がいれば 行ってその稲の束を背負ってあげる 南に死にそうな人がいれば行って「怖がらなくてもいい」と言ってあげ 北に争いや訴訟があれば 「そんなことはくだらないからやめよう」と言う‥合掌

私の大好きなTVドラマがあります..BS5チャンネルの「新・京都迷宮案内」です。京都日報社会部遊軍記者の杉浦恭介役の橋爪功さんがいいんです..昨晩このドラマを見ていたら杉浦恭介が倒木更新について語るシーンがありました。ウィキペディア/倒木更新(とうぼくこうしん)は、寿命や天災、伐採などによって倒れた古木を礎にして、新たな世代の木が育つこと。主に、エゾマツやトドマツ、スギなどの針葉樹林に多くみられるが、ブナなどでもみられる。すでに周囲に多数の樹木が生育している森林の地面上では、笹などの下草などにより針葉樹の新芽は太陽光を浴びられず、うまく生育ができないことが多い。また暗色雪腐病菌に侵されて死滅してしまうことも多い。 しかし、倒木の上に芽を出すことによって下草などによる日照不足を緩和でき、また倒木自身が養分の供給元となり、その表面に生えたコケが湿度を保つ。そのため養水分の供給といった面でも有利に働く。そして、養分としての役割を終えた古木は朽ちてなくなり、あとには「根上がり」という、その礎とした木の形に地面から浮き上がった根が残る..倒木の上にトドマツやエゾマツなどのタネが落ちて、次の世代の森がつくられていくことを..親から子へのバトンタッチみたいな..年月が過ぎて子供が成長し、親は消滅していく..自然界に起きている現象から..自分もこうありたいと願うのですが‥我が家は、まだまだ「親の心子知らず」であります? 下記は新潮社「木」幸田 文著『えぞ松の更新』から一部を引用させてもらいました。『北海道の自然林では、えぞ松は倒木の上に育つ。むろん林のなかのえぞ松が年々地上に送りつける種の数は、かず知れぬ沢山なものである。が、北海道の自然は厳しい、発芽しても育たない。しかし倒木の上に、着床発芽したものは、しあわせなのだ、生育にらくな条件がかなえられているからだ。とはいうがそこでもまだ、気楽にのうのうと伸びるわけにはいかない。倒木の上はせまい、弱いものは負かされて消えることになる、厳しい条件に適応し得た、真に強く、そして幸運なもの僅か何本かがやっと生き続けることを許されて、現在三百年四百年の成長を遂げているものもある。それらは一本の倒木のうえに生きてきたのだから、整然と行儀良く、一列一直線にならんで立っている。だからどんなに知識の無い人でも、人目で倒木更新だとわかる。』…合掌
 

1週間程前から我が家の前の草むらにインコが現れました‥草の種をついばみながら元気に飛び回っております。時たまカラスが現れると逃げますが、また戻ってきます‥昨日は雨が強く降ったりしていたので、インコはどうしたのかと心配でしたが‥今朝、隣の畑の柿の木から我が家に飛んで来て、またいつもの場所の草の種をついばんでおります、そして、お気に入りの場所で休んでおります。ここは道路に面しているのですが、、全く動じません‥6月頃に玄関前の紅葉の木にオナガドリが巣をつくりました。先月無事に巣立って一安心したばかりですが‥これから毎日、インコのピーちゃんの動静に一喜一憂することになりそうであります‥台風15号にこのところのゲリラ豪雨でありますが、ピーちゃんのたくましい姿を見ていると、こちらもなんか元気が出てまいります‥雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体をもち 欲は無く 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きしわかり そして忘れず‥頑張れピーちゃん!!

 

台風15号が今夜遅く群馬か埼玉を通過するので、家の周りの片付けをしております‥ただ事務所の前で寝起きしているグレちゃんの段ボールの家を事務所内に引っ越しをしてグレちゃんもそのまま事務所に避難してくれればいいのですが‥台風による大きな被害が起きないことを願いながら‥地域猫のグレちゃんの避難場所の確保をこれから考えます‥このところトランプと高市のことばかり書いておりましたが‥熊本地震や台風などの天変地異がどこでも起きる可能性が高いこの国です‥まずは地域の安全と自分の周りの確保に努めていかないとなりません‥その小さな一つが、グレちゃんを守らないと…

P.S お昼頃にグレちゃん事務所に避難してくれました‥気圧の変化を感じているのでしょうか?

ニクソン、フォード大統領時代の国務長官をしていたヘンリー・キッシンジャーの有名な言葉が「アメリカの敵になるのは危険だが、友人になるのは致命的だ‥」そもそもがトランプ大統領は、ただのキャッシュディスペンサー(現金引き出し機)としか思っていないのでは?先日の円安日米介入に至っては、ベッセントから高利でドルを借りて円を買って155円になったが、3日経って158円であります‥他の国は米国債を売って資金調達しているのに…1997年に当時の橋本龍太郎首相が訪米した際の現地発言を受けて、NY市場が混乱したことを、過去の事例として挙げていた。ニューヨーク・タイムズは、当日の模様を以下のようにまとめている。「日本は、米国債を売り、金を買いたい衝動に駆られることがあるかもしれない、との橋本首相のコメントにより、ダウ平均はブラックマンデー以来、最大級の下げを記録した。日本政府は、その後、同発言を否定している」この問題発言は、1997年6月23日、米コロンビア大学での講演のあとの質疑応答で飛び出した。質問者「日本や日本の投資家にとって、米国債を保有し続けることは損失をこうむることにならないか」橋本首相「ここに連邦準備理事会やニューヨーク連銀の関係者はいないでしょうね。実は、何回か、財務省証券を大幅に売りたいという誘惑に駆られたことがある。ミッキー・カンター(元米通商代表部=USTR=代表)とやりあった時や、米国のみなさんが国際基軸通貨としての価値にあまり関心がなかった時だ。(米国債保有は)たしかに資金の面では得な選択ではない。むしろ、証券を売却し、金による外貨準備をする選択肢もあった。しかし、仮に日本政府が一度に放出したら米国経済への影響は大きなものにならないか‥30年経っても、いまだにアメリカのポチであります‥(ポチに対して失礼でしたね‥ぜんぜん可愛くないもんね?今の◯◯さんは‥)ちなみに、1997年頃の我が国の米国債保有額は3,160億ドル(120円/3,800億円)です‥そして2026年5月で1兆1,143億ドル(158円/176兆円)‥(合掌)

 

このアウト老(ロー)って、あの「ゆるキャラ」を生み出した、みうらじゅんさんがこしらえた言葉です(マイブームもそうでしたね‥)1週間程前に軽いギックリ腰をやってしまい、安静にしておりますが、これがなかなか回復しないのであります。作業も大分滞っているので、今朝から無理をしない程度に動き出しました‥思い立ったら吉日だと、毎日が実験を繰り返して、から元気をフル回転でしたが、さすがにロートルでポンコツでは、アウトローを気取っていても様になりません‥これぞアウト老かもしれません、でもみうらじゅんさんのアウト老は歳を重ねれば重ねる程、凄みが増すアウトローがいいのだ!!って事なんだけどね‥

深夜ラジオを聴いていたら、阿久悠作品集で「あの鐘を鳴らすのはあなた」が流れていた‥「あなたに逢えてよかった あなたには希望の匂いがする つまづいて 傷ついて 泣き叫んでも さわやかな希望の匂いがする‥」ラジオのニュースで国連事務総長が記者会見で「私たちの足下に火がついています。異常な暑さが、人々と地球に極度の影響を及ぼしています。世界は、気温上昇という課題に立ち向かわねばならないのです。」‥トランプや高市のようなろくでもない政治家(自分の支持率を上げることしか頭にない‥)が跋扈している今、私たちはどうすればいいのだろうか‥答えは? 私は徹底的に歯向かいますよ‥それが所詮、負け犬の遠吠えだとしてみてもね‥歳を取れば取るほど‥世間一般では大人しくするのだろうけれど、私は敢えて流れに逆らってみたい‥もっといえば抗ってみる‥希望の匂いがする政治家は、果たしていつ現れるのだろうか‥(合掌)