今日、雪の降りしきる中、初詣に行った。

中三の受験生である長男にとって

それは「合格祈願」というよりも

「おみくじを引きたい」という

目的が大きかったような気がする。

(勿論、旦那の病気回復祈願もあるのだが)


長男の引いたおみくじは「大吉」。

「学問」は「安心して勉学に打ち込め」というもの。

これは誠に縁起が良い、と喜んだのも束の間、

神社の笹の木の枝に結ぼうとした時、

“ブチッ”とおみくじが千切れた。

と、同時に先に買ったお守りが“ボタッ”。


長男は以前、公園の鯉を釣ろうと財布のチェーンを

池に垂らし、逆に鯉に財布を取られる、

という失態をやらかしたお馬鹿さんなので、

今回の事態も納得出来るが、

まるでコントの様なそのタイミングに

思わず笑ってしまった。

しかし受験を控え、これはあまりにも不吉!!


勿論、縁起を担ぎすぎるもの考え物だが、

今回の事が受験の合否に

吉と出るか、凶と出るか…




あけましてオメデトウございます。

昨年はいろいろあったけど、

過ぎ去ってしまえばアッという間だった

様な気がするから不思議。

病院で年越しした元旦の朝、

勤務を終え、男性一人を含むケア6人の朝食の後、

一時間近くお喋り。

その中で一番盛り上がった話題は、なぜか「嫁」

そういえば、この病院に勤める男性陣は

奥さんの事を「嫁」と呼んでいるような気がする。

しかし「嫁」と聞くと、最近流行の「鬼嫁」を連想してしまうのだが、

私の考えすぎだろうか。

準看護学校へ通っている、他の病棟のF君は

20代前半ながらもうすぐ二児の父。

でも、なかなか恐妻家らしい噂を聞いていた。

(料理担当らしく、この日もアボガドの凝った調理法を

嬉々として話していた)

昨夜、そのF君と正看護学校に通う30代のM君と

お互いの「嫁」の話題で盛り上がったらしい。

その様子を見ていたというFさんが

「F君とM君の奥さん同士、気が合いそうじゃない?」

と言うと、

「いや~、絶対Mさんの嫁とは会わせたくないです。」

とF君。

「お小遣いの話題が出たらヤバイですから。」

どうやらF君のお小遣いは月9千円らしく、

M君のお小遣いが月5千円(!?)だと知れたら

それに倣われる、と恐れたようだ。

それにしても大の大人のお小遣いが9千円でも驚きなのに

たったの5千円とは!!

今時の高校生より少ないじゃない!!と皆で驚いた。


しかも、M君、帰りがいつも遅い教師の奥さんに代わり、

幼稚園の子供の食事、入浴、歯磨き、という

大変な仕事を担っている、というのに。

弁当も作ってもらえず、昼はカップ麺らしい、と聞くと

ますます可哀想になってくる。

そういう話を聞くと、

「やっぱり『嫁』という単語には、『鬼』という

ニュアンスが含まれているのかも。」

と思わずにはいられない。

ところで、お正月といえば年賀状。

本来なら「あけましておめでとう」と伝えるべき年賀状だが、

我が家のこの状況でオメデトウ、と書くのも

なんとも抵抗がある。

かといって、我が家の今の状況を年賀状で伝える、

というのはもっと抵抗がある。

そこで私はこのブログのURL(ブログでもこう言うのか?)を

年賀状の隅の入れた。

いままで、私がこのブログを書いていることは

以前の、そして今の職場の

それぞれ一人ずつにしか伝えていなかったが、

年賀状を見て、このブログを訪れる人がいるかもしれない。

それによって、わざわざ言葉で伝えなくとも

我が家の現実を分かって貰えるのではないか、

そう楽しようと思ったからだ。

今まで私はこのブログ内で

旦那の病名をはっきり書いてこなかった。

旦那の気持ちを慮った、と言う事もあるが、

私自身、この現実が重く、公表する勇気がなかった、

と言えるかもしれない。

でも、このブログを、もし知人が読めば

「一体何の病気だろう?」と気になるだろう。

だから今まで言葉を濁してきた旦那の病名を

ここに書いておこうと思う。

病名は「線条体黒質変性症」。

症状的にはパーキンソン病に似ているが、

脳の黒質部分に変化が出てくる

100万人に3~5人という難病で、

今のところ発症の原因も、治療法も全く分かっていないらしい。

初めは(二年前くらい)左肩の痛みから「五十肩か?」

暫くゴルフをやめてみようか、程度だったのに、

徐々に身体の変調は広がっていった。

それでも病院の検査には何の異常も見られず、

病院を変え、疑われた病名はパーキンソン病。

(その時もかなりショック!?

だけど薬が効かず、その後の再検査で

やっと今の病名にたどり着いたのが今年に入ってから。

今はリハビリにも通い、なんとか自分で歩いているが、

その足元は正直おぼつかず、

椅子からの立ち上がりや歩き始めに

人の助けが必要となる。

日常動作もかなり緩慢になり、着替えや入浴なども

子供達の「介護」に頼っている。

でもなんと言っても大変なのは夜中の介護。

旦那は病気が原因で夜中に2回~4回もトイレに立つので、

布団から立たせてあげなければならないのだが、

これが結構重労働。(おまけに今は寒い!!

私が夜勤の時には、次男が私の布団に入り、

夜中の起き上がりを手助けしてくれているので本当に有難い。

正に“見直したぞ、次男!!だ。

(寝穢い長男は夜中起きられないし、

小学生の三男には、旦那の体重は重過ぎる)

この先、旦那の症状が進み、介護が大変になれば

このブログを書く余裕もなくなるかもしれないけど、

出来るだけ書いていこうと思っている今日この頃。

とうとうあと一日で新たな年を

迎えようとしている訳だが、

以前と違って年の瀬の切羽詰った気分もなく、

おせち料理などの特別な料理も

全くといって作る気にならない。


だって昔と違って今は元旦から初売りで

お店も開いている訳だし、

無理してお正月料理を作る意味がないではないか。


それになにより、今日は午前中仕事だったし、

明日も仕事(夜勤)なのだから。

という事で、今年は病院でお仕事しながら

年越しを迎えることとなる。

う~ん、家族には悪いけど、

何となく新鮮な気もしないでもない。


今日、仕事から帰る時、

Mさんが言った、

「さあ、早く帰られ。おいしいご馳走作るんでしょ。」と。

するとムーミンK君、

「えっ、ご馳走?mayoさん家に何時集合?」

と言うので、

「う~ん、その前に言っとくけど、会費は二万円ね。」

と言ってみた。

それに対し

「え~っ、二万円!?それは高すぎるよ!!

と声を揃える二人に、

「ア、それから料理はカップ麺ね。」

と、私が付け加えると、

「ボッタクリだぁ~!!


二人のその声を後に、私は帰っていった。

澄んだ青空を背景に、

吹き抜ける風に揺すられた木々が、

滑らかにその身をくねらせる。

すると、枝葉に積もったパウダースノーが

日の光を反射させながらサラサラと流れ落ち・・・・

連日の雪に、積雪は1メートルを超え、

周囲は真っ白な世界に様変わり

してしまったが、

見慣れてしまった今は、

それが当たり前の景色となりつつある。

ただ見る分には綺麗な雪も、

そこに生活が伴うとなると

とても厄介なもの、というのはご存知の通り。

そう、厄介な雪かきという重労働が待ち受ける。

昨日の朝、夜勤明けで帰ってくると、

車庫の前を雪かきする次男の姿が見えた。

「おぉ、エライじゃない!!と感激して、

「まあ、ありがとう!! 一人でやってくれたの?

チョウナンは?」

と聞いて、ジナンが指差す方向を見ると、

道路を挟んだ家の横の坂道で、

スコップをソリ代わりにして

遊んでいる長男の姿が見えた。

(三男は地域の行事で、昨晩から外泊中)

その姿に、“おい、本当にお前は中学三年生か!?”

と呆れてしまったけど、

その後、長男を見直した。

大屋根、二階の屋根の上に登り

雪下ろしをしてくれた、というのだ。

はっきり言って長男は情けない程の高所恐怖症で、

今までは弟達に馬鹿にされていた、というのに、だ。

俄かには信じ難いことだったが、

今日は二階建て納屋の屋根に登って

雪下ろしをしている姿を実際に目撃し、感激!!

正直言って、長男の情けなさを心配していたが、

ちょっとしっかりしてきたのかしら。

思わずその勇姿を、成長の証を残そうと

カメラを持ち出したが、

それに気が付いた長男は、照れたのか雪の陰に身を潜める。

何度か空振りの(雪だけの)写真を撮ってしまった後、

二階の窓のカーテン越しに隠し撮りに成功したことを

長男は気が付いていない。

「介護」というこの仕事に転職してから

はや10ヶ月が過ぎた。


他人のおむつ交換などをしなければならない

この仕事に、自分自身が就くことになるなんて、

以前は全く想像もしておらず、

「仕事にしている人は偉いなぁ。私には絶対無理」

と思っていた。

そう、“旦那が病気”という事態に陥らなければ

決して就かなかったと思う。


介護の経験も知識も全く無かった私は

本当に初めのうちは体力的にも精神的にも

「ゲゲゲ~ッ」、たったが、

今では仕事にも慣れ、

結構楽しく仕事をこなしている。

そう、ここでは仕事仲間に恵まれている、と思う。


この仕事に就く前、本当は事務系の仕事に

人の紹介で就いていた。

パソコン入力を主とする仕事自体は良いのだが、

一秒たりとも時間は無駄にはするな、

という職場のピリピリした雰囲気が私には合わず、

結局、正社員になる前にとそこは辞した。


そこに比べ、ここでは体力仕事だが、

雑談で大いに盛り上がったり、人間性がある。

そのキャラクターで、周囲を爆笑させ、和ませるSさん、

いつも優しいTさん、とっても真面目で良い子のトミー、

かっこよくて優しいT君・・・

同じ病棟のケアだけでも15人いるが、

その中でも、スズちゃんとムーミンK君は

特に話が弾むので、私のお気に入り。

スズちゃん達とシフトが一緒なら、ウキウキしてくる。


例えば、

患者さんから、蛍光灯で飛び回るカメムシが気になる、

と言われたある時の事。

ムーミンT君、椅子に乗って

カメムシを捕まえようとするが飛び回って無理。

そこで「カ~メ~ハ~メ~ハーッ!!と私が

ポーズをつけると、

「ガシャーン!! パリパリパリ…」

とT君すかさず蛍光灯が割れる音をつける。

「一体貴方たちは何をしているんです!?

と私が総師長さんの真似をすると、

「すいません。やってみたらでちゃったもんで…」

とT君は私の真似。

そして二人で

「カメハメハが本当に使えたらいいのにね。」

と溜息。

・・・なんて会話を楽しんでいる。


という事で、楽しんで仕事をしている今では、

体力もついたし、ここで覚えた仕事は

旦那の介護に生かされるし、

この仕事に就いて、ホント良かったと思う今日この頃。








今日買い物に行く時、子供たちは車庫の前で

雪かきをしてくれていたが、

車のエンジンがかかると慌てて車に乗り込んできた。

「ま、久しぶりだしいいか。」

とそのまま連れて行ったが、

その帰りの車中で


「帰ったら、ユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」

と、節をつけて言ってみた。

すると間髪いれず

「帰ったら、ユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」

と次男と三男が声を揃えて繰り返した。

(因みに長男はボーッとしていた)


二人の息のあったコンビネーションに

心の中で笑いながらもう一度

「帰ったら、ユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」

と言うと、すかさず

「帰ったら、ユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」


そこで今度は

「シュウ、ヒロ、キョウ、三人でユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」

と言ってみると、

「シュウ(長男)、一人でユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」


おぉ~凄い!!

打ち合わせも無いのに合っている。

二人はしっかりシンクロしているではないか!!


そこで今度は

「三人で、力を合わせてユ・キ・カ・キ・オネガイネ。」

と言ってみると、

「一人で、力を合わせて・・・・」

フッ、フッ、フッ、引っかかったな。

一人じゃ、力を合わせられないでしょ。

と思っていると、三男が

「シュウ、一人で力を発揮して・・・」

と言い直してきた。


オヌシなかなかやるな、キョウ。









最近、頼まれたことがあったので(今日やっと終わった)、

ブログの更新もサボっていた。

という事で、今更なのだが、

21日は病院のクリスマス会の事を書いておこう。

今年の2月からこの仕事に就いた私にとって、

クリスマス会は勿論初めて。

他の病棟は、男性のバレエ「四羽の白鳥」や

ドリフのひげダンス等、殆ど全員参加で練習していると聞き、

大変そうだな~、と思っていたが、

私達の病棟の出し物は「赤ずきんちゃん」の劇。

よって、登場人物はたったの5人。

私は参加しなくてもいいので、心底ホッ。

当日、患者さんを会場になるリハビリ室に送った後は

衣装を着けたSちゃん(赤ずきんちゃん姿、ホントとっても可愛かったわよん。

う~ん、馬子にも衣装だわ!!と、ムーミンK君とで

写真を撮ったりして遊んでいるうちに、

ゲストのオペラ調の「素晴らしすぎる」歌に眠ってしまった患者が、

病棟に次々と送り返されてきた。

延々40分続いた歌がやっと終わった後、

時々会場を覗きに行ったが、

リハ科の「書初め」に大受け。

忘年会でもランニング、短パンに赤白帽でヤングマンを熱唱し、

盛り上げてくれたN先生が、

(実はこのN先生は旦那を診てもらっているリハビリの先生)

全身茶色のタイツで“筆”になりきり、

身体を抱えられ、頭髪を筆先代わりに

書初めしているではないか。

果ては、顔や身体の前面に墨を塗りたくられ、

全身を紙に身体を押し付けられている。

このパフォーマンスには、患者さんも大喜び。

さすが若者パワー!!

他の病棟の力の入った出し物を観られたし、

おやつにケーキがあたったし、

(ケーキを喉に詰まらせて、死に掛けた患者さんもいたが)

「観るだけで良かった」病院のクリスマス、最高!!

12月としては20年ぶりの積雪らしい。

周囲はあっという間に真冬の形相を呈した。

でも、夜勤明けだったりして、雪かきもせず

ごろごろしていた私・・・。

だってこの前の夜勤もYちゃんとヤブちゃんの

20代、30代のおしゃべりパワーに

1時間しか寝れなかったもの、と言い訳。

(結局二人は貫徹だ~)

そして今日、午前中は旦那を病院に連れて行き、

午後からは子供達の懇談会。

時間を有効に使おうと計画して

懇談会時間の希望を出したが、

結局決まったのは時間ギリギリ。

そしてやっぱり長男・中三の懇談会は

30分以上遅れ、慌てて次の予定の次男の先生に

時間変更の直談判。

その後、他の保護者の人達を喋っていたら

突然「ズキーン!!と奥歯に激痛が。

こんな、何の予兆も無く虫歯が痛み出すなんて

今までに無かったゾ。

その後の懇談会では、先生の話中、時々襲ってくる

神経を細い針で突かれるような痛みに

表情を保つのが精一杯。

いつも先生に対しても多弁な私が

大人しかった訳、それは歯痛でした。

(勿論、その後歯医者に走ったのは

言うまでもない。)

昨夜は猛烈な睡魔に襲われた為、ダウン。

早々に布団に潜り込んだ。

この眠気の原因は、一昨日の夜勤にある。

3時間強の仮眠時間にお喋りしていたため、

1時間ほどしか眠れなかったのだ。


おしゃべりの相手は1病棟の子。

この病院に勤めだして、初めて彼女を見た時、

「こんなにキレイな子がこんな田舎の病院にいるなんて。」

と正直驚いた。

以前勤めていたショッピングセンターの

インフォメーションの派遣の女の子達なんかより、

よっぽど綺麗!!もったいないな~、と思ったものだ。


夜勤明けの翌日は、基本的に休み、なのだが、

それが本人の了承もなく、

師長さんに「日勤にしといたから!!

と言い放たれたらしい。

その日は既に友達との約束が入っている、というのに。

「もう、頭にきて眠れない!!と興奮。

う~ん、彼女の怒りはもっともだ。


考えれば、私たちケアは病院内でこき使われる存在だ。

それについては、ケア仲間の間では

いつも不満が噴出している。


先日もカンファレンスに出席した時、

会議室は暖房を入れたばかりだった。

隣に座った、セーターの上に白衣を着た若い栄養士さんに

「この部屋寒くないですか?」と聞かれた私、

「私は涼しくて丁度いいですよ。」と正直に答えた。


そう、忙しく動き回る私達は、半袖ポロシャツだって

暑いんですよぉ~だ。

あなた方はいいですよね~、ラク~な仕事で、

私たちの倍近いお給料を貰っているんだよねぇ。


でも、病院で仕事をしていると、冬でも汗をかく私だけど、

家では「寒いよ~」と身体を丸め、

薪ストーブに張り付いていたりする。

ン、と言う事は、私は家では全く動いてない、ってことかしら・・・。