お姑さんは、

医者が予測した「今夜が峠」を、

そして次に言った「この一週間が山」を生き抜き、

二週間が経った今もまだ

意識が戻らぬまま眠り続けている。

そしてバイタルもかなり落ち着き、

昨日などは、

病院のベッドのお姑さんは目を見開き、

口をもごもごと動かす素振りさえ。

勿論全く見えておらす、対光反射も無く、

手足の浮腫みかなり進んできているのだが、

その顔だけを見ると植物状態とは信じられず、

不思議な気分になってくる。

お姑さんが倒れた事で、

子供たちと一緒に行くはずだった

立山アルペンルート・黒部ダムの日帰り旅行もキャンセル、

長男が行くべきだった「あしなが育英基金」の合宿も

万が一を考えキャンセルしてしまった。


(病状が落ち着いた今となっては

「行けばよかった!! 行かせれば良かった!!!」と思ってしまう)

それに、旦那が元気な頃、決まって子供達と行っていた海。

海は面倒だが、せめてレジャープールにでも

連れて行ってあげたかったし、

私自身もクラスメート達と遊びたかった。


(みんな海に行ったり、飲みに行ったりしている。羨ましいゾ)

きっと倒れたあの日、逝ったのなら

私達のショックは大きく、悲しみも深かっただろう。

でも今は「お姑さんさえ倒れなければ」と

ついつい思ってしまうし、

「どうせ助からないのなら早く決着がついて欲しい」

とさえ望んでしまう。


(私ってやっぱり人でなし?)

お姑さんが倒れてから2週間が経った。

安定したまま眠る続けるお姑さんの姿が

私達親戚一同にとって見慣れた姿となり、

それが自然な姿となりつつある。

一体いつまでこの状態が続くのか・・・?

どうせ意識が戻らないのなら、

早くお姑さんにもラクになって欲しいし、

「いつか」を待つ緊張を強いられる周囲の者も、

早くこの状態から逃れたい、

というのが正直なところだろう。

あと10日程で学校が始まる。

新学期初日から早速テストがあるし、

今まで家事はお姑さんに助けられていたが、

これからはそうはいかない。

学校と家事、そして介護とちゃんと

両立していけるのだろうか?

(ま、パソコンなんかに時間をかけなければ

大丈夫なんだろうけど・・・)

取り敢えずは宿題を終わらせなきゃ、です!!

(と思いつつ、月日が過ぎていく・・・)(-"-;A

今日、久しぶりに大笑いした。

最後にこれだけ笑ったのはいつだっただろう。

休憩時間だというのに、

笑うことで逆に体力を消耗してしまった。



話の発端はムーミンK君の子供の話だった。

以前にも書いたが

スズちゃんとクニコさんの会話を

ムーミンK君に説明すると、

「そうだよ、クニコさん結構細かいし、厳しいだよね。」

とムーミンK君。

「えっ、何、指導受けたことあるような言い方!!

と私が突っ込むと

「まあね、ちょこっとだけね。

“そこ、立ち居地が違う!!”“角度が浅い!!とかさ。」

「そうそう、それから

“リズムを一定に、1秒に1!!とかさ。」

としらっとた口調でスズちゃんも言い出した。


オイオイ、スズちゃん、

どこが『私なんにも知らないし』!! (;)ヲイヲイ

やっぱりムーミンKくんとスズちゃんは

笑いと下ネタのゴールデンコンビだわ。

その後も、更に下ネタは過激さを増し、

(このネタは流石にここには書けない)

二人の会話に

「私とてもついていけな~い!!

意味を教えて!!」 (~~;)ウーン

と言っていると、


「これが分かったらきっとレベルアップできるゾ、

頑張ってレベルアップするんだ!!


結局その謎が解けた私は

レベルアップできたかしら?

(誤解が無いように書いておけば、

クニコさんはノリがいいだけで、とってもいい人で

スズちゃん達の会話はフィクションです)

息子たちも少しずつだが調教の甲斐があって

掃除や選択を手伝い始めてくれている。

二日間の連休も

あれよあれよと言う間に過ぎて行く…と思った時に

事件は起こった。

午前中は私の実家の墓参りに行き、

昼食を食べて一息ついた後、

2時過ぎにお姑さんの病院に行く事となったのだが、

道路を挟んだ車庫に向かう道路で

旦那が見事にべッシャリと転倒してしまったのだ。


確か難病の少女のドラマ1リットルの涙」でも

同じような場面があった。

転んだ時、普通なら出てくる手が出ず、

顔から転倒してしまったのだ。

慌てて子供達と助け起こすと

手や足、そして顔には血が滲み、

特に目の下からは血が流れている。ショック!

どうやら倒れた時に

壊れたメガネのレンズの端で傷つけてしまった様だ。

結局、お姑さんが入院する病院で

診て貰う事が出来たのだが、

レントゲンを撮ったり、傷口を縫ったり

病院に着いてから2時間以上かかってしまった。


私はある程度旦那の病状の進行を覚悟している。

今回の転倒に関しても

「いよいよやったか…」

と言う気持ちだったが、

本人は「何で転んだんだろう?」

かなりショックを受けていた。

子供達もショックを受けているかと思いきや、

帰りの車中ではいつもと全く変わらず、

賑やかさを取り戻していた。

これだけ皆で笑えれば、まだまだ我が家も大丈夫、

とホッと一安心。ニコニコ

旦那は三人兄弟の長男で、

我が家はいわゆる「本家」

旦那より先に結婚した弟さんたちにも

それぞれ43の子供がおり、

子供たちが小さい時は、たまに遊びに来て、

かくれんぼやビンゴゲームなど、それは賑やかだった。

(特にお盆には親戚一同が集まり、

庭先でバーベキューをしていたものだ)

でも今や、すぐ下の弟さんの上は大学3年、

一番下でも小学5年。

中学に上がった頃から皆それぞれ忙しく、

全員が集まるという事はなかなか無くなっていた。汗

でも今、お姑さんが入院してから

親戚の皆さんが協力して病院につめてくれるので、

子供達を含め、皆に会う機会が多くなった。

でも今日の昼前、病室に見舞いに集まったのは

私たちを含めて14人。正直、

『少しだけ顔を見て帰るつもり』だったのに、

結局2時間近くいろんな話をして過ぎていった。

旦那が病気になってからは特に

親戚の皆さんは気を使うのか

我が家に来ることは少なくなってきたように思う。しょぼん

その事を嘆いていたお姑さんにとって

これだけいつも皆さんが来てくれる、というのは

きっと嬉しい事に違いない。得意げ

呼吸も落ち着き、顔だけ見ていると

ただ熟睡しているだけのように見えるお姑さん。

でもタオルケットの下の両足は浮腫み晴れ上がっている。

足に引き続き、浮腫み始めたお姑さんの手。

その指に食い込んでいたのは、指輪だった。

もう痛みは感じないのだろうが、傍から見ると

それは痛々しく、先に気付いて

外してあげなかった事が悔やまれた。

「もう指輪を切るしかない」と思っていたが、

今日仕事の帰りに寄ると

指輪は跡だけ残して無くなっていたので、ホッとした。

何処のどなたか存じませんが(たぶん観技師さんか?)

本当に感謝!!

浮腫みは日々ひどくなってきているが、

いままでにも病院で死期を間近にした患者さんの浮腫みを

見てきているので、これからの進行状態が予想に堅い。

もっと皮膚は弾けんばかりの透明なものとなり、

毛穴からも水が染み出てくるのだ。

他人の患者さんを見ていてもつらいのに、

親族のそんな姿を見なければならないとは……



長男の保育所の卒業式で歌われた歌が大好きだった。

その歌詞にいたく感動し、

その歌のせいで涙を流していたといって過言ではない。

(三男の時には歌が変わっていたので、ガッカリした)

それはこんなような歌詞だった。

(うろ覚えなので多少違うだろうが)



人は誰でも広い心を持っている


どんな空より広い心を持っている


だからもうダメだなんて


諦めないで


信じてごらん 見つめてごらん


君の心よ広くなれ 空より広く広くなれ


空より高く高くなれ



人は誰でも深い心を持っている


どんな海より深い心を持っている


だからもうイヤだなんて


逃げ出さないで


信じてごらん 感じてごらん


君の心よ深くなれ 海より深く深くなれ


海より強く強くなれ



あぁ、今こうして思い出してもジワッと来る。

当時、子供に対する願いとして

「逃げ出さず、諦めず、広くて強い心を持って欲しい」

ものすごく共感したものだが、

今、自分自身に対しての応援歌のように思えてくるから不思議。

昨日、改めて親族が呼ばれ、

お医者さんからの詳しい説明があり、

これからの治療方針を問われた。

「完全に、ではないですが、脳死に近い状態で、

植物状態と言えます。」

とはっきり、でも気の毒そうに告げられ、

痰を出しやすくするために喉を切開する、とか

栄養摂取の為に心臓に管を入れる、とかの

治療法を提示されたが、

植物状態のまま、死期を引き伸ばしたくない

お舅さんは現状維持を望んだ。

(先に親族の間でその答えはまとまっていたが)

このまま何ヶ月単位で生を繋ぎとめるかもしれないし

今日、明日のうちに急変してしまうかもしれない。

それは神のみが知る、だ。

(実際、夕方私が帰ってすぐに急変して、

一時危ない状態になった)

私達家族もお姑さんのいない生活に徐々になれ、

(お姑さんが旅行に出ているような感覚だが)

今まで全く「家の手伝い」というものをしなかった子供たちも

やっと最近になって自分のお皿を洗う、とか

自分の洗濯物を取り込む、とかしてくれるようになった。

以前、簡単な洗い物などの必要最低限の家事が

出来るように、と

子供に教えようとしたことが何度かあったが、

「この子達に出来るわけない。

男の子はこんなことしなくてもいいんだ。」

との考えのお姑さんに止められ、

その都度、激しい言い合いになっていた。

(ある時はあまりにも腹が立ち、実家に帰ろうかと思ったほど)

でも、これから子供達は否が応でも

家族の一員として家事を手伝うことになり、

いつ必要最低限の家事を覚えていってくれるだろう。

そういえば、二日目前、職場でムーミンT君と

いつもの様にくだらない冗談を言い合っているうち、

途中から「幸せとは」という真面目な話になっていった。

お金だけでもない、愛だけでもない、

「じゃあ、結局幸せの定義って何?」と聞かれ、

「う~~~ん、結局はその人の心の持ち方、だよね。」

と言うと、

「おぉ~~!! ちゃんと答えは出てるじゃん!!

うん、わかっちゃいるけどね、

その心がなかなか定まらないのが人間ってもんよ。

お姑さんが倒れて、明日で丁度一週間になる。

酸素マスクの下、大きく規則正しい呼吸を

繰り返すているお姑さんは

ただ深い眠りについているだけのように見えるが、

タオルケットの下、

手足の浮腫みがまた見られるようになってきた。

相変わらずの病状に、病院側からも

付き添い不要言い渡され、

今夜から病室に宿泊する人も

とうとう無くなった。

日々、この厳しい現状に適応していく私。

特に日中の職場では、

私がおかれた残酷な現実に対する実感は薄まり、

今まで通りに振舞っている。

だもんで今日は特に、

「大変だねぇ…可哀想にねぇ…」

と言ってくれる人に、

「同情するならカネをくれぃ!!

と言ってみることにした。

でも、それを聞いた人達は

誰も笑って取り合ってくれない。

どうやら私のもの言いが大変そうに見えないようで

「同情なんてしてやんないよ。」

ということらしい。

ま、腫れ物に触るように扱われるより、

ポンポン言い合う方が

お互いに気が楽で良いってことで。

お姑さんの容態は相変わらず。

お姑さんが倒れた2日の夜勤明けから

4日ぶりになるのだろうか、

久しぶりに仕事に出た。

風邪をひいたのか、喉が痛くて眠気がひどいが

働かなくっちゃ!!だ。

職場の皆は心配して優しい言葉をかけてくれる。

すごく気持ちは嬉しいけど、

あまりにも同情的、というか真剣に

「神様はなんて不公平なんだろうね。」(ノ_-。)

と涙ぐみながら言われたりすると、

自分自身が可哀想になって、ついジワッっときてしまう。

本気になって心配してくれるその優しさは

本当にありがたいんですよ、実際。

でもなんというか、自分の不幸さを再認識してしまう

とでも言うのでしょうか…

逆にムーミンT君やスズちゃんは

「久しぶり~~~!!」(^∇^)と普段と全く変わらず、

“S君って日焼けサロンで素っ裸で肌を焼いているって”

“じゃあ、「あそこ」もちゃんと日焼けしてるの?

「あそこ」の皮とかって剥けるのかな?”

等とくだらない会話に興じ大笑い。

忙しくしていたり、おしゃべりする間は

現実を忘れていられるのは事実。

普段と変わらず接してくれているが、

「ちゃんと栄養のあるもの食べなきゃダメだよ。」

などという言葉がふと口から漏れるのを聞くと、

「本当は心配してくれているのね」

と、さりげない優しさを感じ、有難くなってくる。

とにかく皆さん、アリガトです。

とにかく十看護師の資格をとるまでの

これからの2年間、頑張らなくっちゃ、ね。

今日もお姑さんは意識不明のまま

時を刻んでいる。

朝8時、長男を交代要員に従え

昨夜病院に泊まりこんだ旦那と三男を迎えに行った。

これで旦那も万が一のことがあっても

思い残すこともないだろう。

そして今日は久しぶりに日中のんびりし、

夕方、我慢できずに駆けつけてきた

神奈川と大阪のおばさん(お姑さんの姉妹)達が

今夜から泊り込む、というので、

お礼かたがた挨拶しようと

旦那や子供達を連れ、病院に行った。

久しぶりに会うおばさん達とも

話が弾んだが、その話の中で驚いたのは

大阪のおばさんが大声で話しかけた時、

お姑さんは目に涙を浮かべた、という事だ。

(お姑さんと一番仲の良かった神奈川のおばさんが

話しかけても反応なしだったらしいが)

CTスキャンの画を見ると

脳の殆どが出血を示す白色にうめられており、

痛み刺激に対しても全く反応が無い状態だというのに。

私達が病室で喋っていること、もしかして

全て分かっているのだろうか???

なんだかとっても不思議で、

人間の精神の複雑さを感じてしまう。


取り敢えず、生活もかかっているので

明日から仕事に出ることになった。

(唯、ケリがつくまでは夜勤は

外してもらうこととなったが)