価値
時々思う。
俺は生きている価値があるのか
俺は生きている資格があるのか
生きるという本質を見抜けているのか。
精神的、感情的、具体的、合理的にそこに存在価値を見出せているのか。
金や地位、名声のために生きるという焦燥感
そんなもの気にしなくていいよ!っと言う歯車に乗らされている人々、もしくは自分自身。
政治、社会、生活、会社、バイト
人の顔色を伺う人々
すべてはシステム。
洗脳されて自分の進むべき道を見失い、気づいた時にはすでに遅く。
全てが後手に周り、チャンスを無くし、
失う
それらを嫌煙したい
が、多数がそれに当てはまる
抵抗する為に、遠ざける為に、自分は今まで行動をしてきたか?
全てを失う覚悟はあったか?
自分には無かった
一つ歯抜けな歯車に乗らされて歩いてきた。いや、そのシステムが嫌で一つ二つ歯抜けにして回転数を上げて楽に製造しようと試みて、自転車操業のようにいつ倒れてもおかしく無いような行動を繰り返し。
不良品や過剰在庫を抱えて、資金繰りもままならない。
しかしシステムに乗っ取り、システムの中で生きることは人間には1番居心地が良いものであり1番楽に製造することができるシステムであった。それが社会。
即ち現在のシステムとは単純で淡白で腹立たしいものであるが、それが一番人間というサークルの中には必要であるが故、人間はその微温湯に浸かろうと必死である。
自分は何てバカだったんだろう
もう逃げない
でも狂わずにもいられない
俺は生きている価値があるのか
俺は生きている資格があるのか
生きるという本質を見抜けているのか。
精神的、感情的、具体的、合理的にそこに存在価値を見出せているのか。
金や地位、名声のために生きるという焦燥感
そんなもの気にしなくていいよ!っと言う歯車に乗らされている人々、もしくは自分自身。
政治、社会、生活、会社、バイト
人の顔色を伺う人々
すべてはシステム。
洗脳されて自分の進むべき道を見失い、気づいた時にはすでに遅く。
全てが後手に周り、チャンスを無くし、
失う
それらを嫌煙したい
が、多数がそれに当てはまる
抵抗する為に、遠ざける為に、自分は今まで行動をしてきたか?
全てを失う覚悟はあったか?
自分には無かった
一つ歯抜けな歯車に乗らされて歩いてきた。いや、そのシステムが嫌で一つ二つ歯抜けにして回転数を上げて楽に製造しようと試みて、自転車操業のようにいつ倒れてもおかしく無いような行動を繰り返し。
不良品や過剰在庫を抱えて、資金繰りもままならない。
しかしシステムに乗っ取り、システムの中で生きることは人間には1番居心地が良いものであり1番楽に製造することができるシステムであった。それが社会。
即ち現在のシステムとは単純で淡白で腹立たしいものであるが、それが一番人間というサークルの中には必要であるが故、人間はその微温湯に浸かろうと必死である。
自分は何てバカだったんだろう
もう逃げない
でも狂わずにもいられない
長いのですが読んで下さい、すみません。
皆様に御報告させて頂きます。
ご存知の方もいらっしゃいますが、山籠もりと選手を引退すると同時に先シーズンまでお世話になったショップを辞め、
スノーボードを始めた時のキッカケや繋がりが強い地元にもどりました。
そして先日大阪、八尾市にある
RED'S snowboard shopの30周年記念PARTYが有りました!おめでとうございます。
そして、今期よりそのショップのライダーとして選んで頂きました。
色んな経緯があってここに至ったのでその時にお話しさせて頂きたかったのですが、いかんせんアガり過ぎて頭真っ白だったので笑 この場を借りて改めて報告させて頂きます。
僕がスノーボードを始めて、最初に行ったプロショップがこのRED'Sでした。
初めて参加したショップのキャンプで安亨君にコーチをしてもらったのがRED'Sでの最初の思い出です。
この時の安亨君は海外の大会でも群を抜いてレベルが高くて、その時初めて会った時のオーラは今でも忘れません。
キャンプでスノーボードの楽しさと何故スノーボードをするのか。を、学びました。(冗談でしょうがモテる為って言ってました笑)
この時の楽しさは過去のブログでも書いています。
いつかRED'SのDVDを見たときにこの人のライディングは凄いな!と感じ、奥田さんにこの人と滑りたいと良く話したライダーポッキー君。それが僕が最初に知ったポッキー君でした。
その後一緒にスケートしたり御坂いったりRED'Sでなかった時期も面倒見てくれました。
僕が迷ってチャラチャラして間違った人生歩いた時を思いっきり正面から叱ってくれて、スノーボード以外も見守ってくれたポッキー君。あの時にこの人が、向き合ってくれなければ今の僕はいません。本当に感謝しています。
矢野君や、同い年の翔ちゃんと唯ちゃんがプロになりライダーになり、その活躍や活動を見ていて本当にプッシュされました。
ポテトはよく山で一緒にだったし2人で色んな事件笑 が、あったりと色々思い出がありますが、最近の上達具合には本当にヤバイなと思います。
シーズン中は僕は勝手にメラメラ ライバル意識燃やしてました笑 ありがとう。
そして、僕が白馬に住むにあたって向こうのショップに移りたいという時も、快く押し出してくれ、そしてまた迎え入れて頂いた奥田さん。
スノーボードに悩んだり、また違う道を歩いた時も親身になって相談を聞いてくれ、また新しい道標を見せてくれた、本当にかけがえの無いショップです。
本当に心から感謝致します。
本当にRED'Sにライダーに、お客様にお世話になっていました。
スノーボードが大好きです。
一生辞めません。いや、辞めれないです。
ただ単純に楽しみたいと思っています。
そうでなくちゃダメだと、最初に教わったのはこのショップです。
これからのシーズン。沢山の方と滑れる事を願っています^ ^
長くなってしまいましたが、こんな僕ですがじっくりゆっくりと見守って頂けたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します!
ryoji
About me 2
僕のことをもっと知ってもらう為に書いてみました。
生い立ちから現在に至るまで
About Me
1986 大阪府羽曳野市でこの世に生を受ける
1988 二輪補助輪無しデビューを果たす
1989 わずか3歳で原動機付き二輪を父親の会社前にて転がす(後に畑にダイブ)
1995 9歳でモトクロスの世界に魅せられ、父親と共に関西のコンペに参加しだす
1997 11歳この頃には各近畿地区大会を転戦し、数々の入賞を果たす。
1999 ~ 2004 多感な時期を過ごす
2005 大学に入学し自動二輪部を設立
2006 レオタニモトキャンパスオフロード西日本大会R-1 エキスパートクラス 第3位
2007
・OKAYAMA ロードレースシリーズ 第2戦
オープン4H耐久レース(ST600)
準優勝
・鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース
(ST600) 壮絶な大クラッシュを3度も経験したが何とか完走58位 完走後、脱水状態と熱中症にて意識を失い救急車で病院へ搬送
2008 鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース (ST600)昨年の大クラッシュが頭をよぎり無難に走り続けた結果46位笑
2008 近畿モトクロス選手権シリーズ参戦
R2 NB2クラス 第3位
R4 NB2クラス 準優勝
openクラス 第6位
R7 NB2クラス 第6位
openクラス 第5位
R8 NB2クラス 第3位
openクラス 準優勝
昇格ポイント獲得により
国内A級ライセンス獲得
これにてバイク競技から退く
◎スノーボードとの出逢い。
2009 大学を卒業し、留学の為貯蓄を行う。
2009-2010
スノーボードを始める。
その冬に高校の同級生に誘われ長野県白馬村にスノーボードをしに宿へ居候
シーズンを白馬乗鞍で過ごす。
2010夏
シーズンの終わりにはスノーボード熱も冷め、むしろ嫌いになっていた。
しかし、このとき室内スキー場にて行われていたプロライダーとのセッションをきっかけに再度加熱する。(後にこのライダーと2014年に再会し、握手を交わした。最高に嬉しい出来事)
留学そっちのけでスノーボードの為に貯金を始める
REDS Pro snowboard shopと出逢う
2010-11
白馬乗鞍head cosmo snowboard school に研修生として勤務
head snowboardのテクニカルアドバイザー人見氏にワンシーズン徹底的に学んだ。
ここで学んだ事が現在のスノーボードの基礎となる
そしてこの年にJSBA C級インストラクターライセンス取得。
2011-12
この年より新しい挑戦をする為、スノーボードクロスに参戦。
ベースを白馬乗鞍
修行に八方尾根。
スノーボードクロス
・oxess cup 4位
・第30回 全日本スノーボード選手権大会 32位
JSBA total rank 89位
2012-2013
ベースをhakuba47に移し、パークライドを楽しむ
スノーボードクロス
・oxess cup 9位
・4th CSBA on SNOWFESTA 5位
・第31回 全日本スノーボード選手権大会 西日本地区大会 25位
・静岡CUP スノーボードクロス in たかつえ 51位
・Hakuba47スノーチャレンジ2013 ヨンナナカップ 準優勝
JSBA total rank 88位
2013-2014
白馬スポーツのライダーとなり活動を始める。
ベースを栂池・岩岳に移す。
今シーズンは大会、ジャッジ、試乗会、パーティ、イベントなどでワンシーズンを濃密に過ごした。
これからのショップライダーとして活動をして行く中で、可能性や想像力の視野をグッと広げて貰った良いシーズンであった。
第32回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 中止 (前年のポイントランキングにより全日本出場決定)
第32回 全日本スノーボード選手権大会 49位
2014 4/2 鎖骨骨幹部骨折 シーズン終了となる
2014-15
昨年に続き白馬スポーツと契約。
SP-desingと契約。
この年はシーズンイン前の11月にkingsで練習中に鎖骨を二度目骨折し、シーズンインの時点では全く骨がくっついてい無い状況での苦いスタートとなった。
第32回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 17位
第32回 全日本スノーボード選手権大会
27位
ポイントランキング 94位
練習もでき無い、大会も攻めれ無いで、全く自分の力を出し切れず終わり一番つらいシーズンであった。
2015-2016
昨年の鳴かず飛ばずのスノーボードとはおさらばしたくオフには体力作り、室内、オフトレ、体幹トレーニングと、冬に向けての身体作りを真剣に考え、実践した年である。
筋整流法 TAKAHIRO Memorial CUP in 車山 第10位
7th CSBA on SNOWFESTA 準優勝
第33回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 第3位
第33回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 16位
年間ポイントランキング 11位
この年は前半大会で苦戦を強いられて、上手く流れに乗れなくて滑り出しは悪かったが、中盤の中部地区2連戦でW表彰台に上がり、調子は過去最高だった。
モチベーションも良く、全日本に全力をぶつけて行ったがクオーターファイナルにてミスを犯し16位と涙を飲んだ。中部予選で調子良かっただけに悔しくて堪らなかった
結果、ポイントランキングでは日本で11位と過去最高位にランクアップしたのは嬉しい事だった。が、やはり日本一になりたかった
この年にて大会を引退。
2016 6月
地元大阪に戻り、Casual BAR PLACEの経営に携わる
ルーツであるバイクのレーサーから始まり、スポーツマンとして、インストラクターとして、選手として、パフォーマーとして、ライダーとして。本当に辛くて楽しくてかけがえの無い30年だった。
選手としては今年で終わっちゃうけど、人生のチャレンジはまだまだこれからだし、妥協なんかしたく無いと思っています。
やっぱ負けたく無いやん。
負けず嫌いなんだけど、決めた事は通したいし、結果は受け止めたい。
挑戦はやめたら終わりだからこれからもオモロイ事メッチャ考えてます^ ^
つらっと書いてみましたが如何だったでしょうか?
この文章で少しでも峠 諒司の事を知って頂ければ幸いです^ ^
こんな文才の無い文章を最後まで読んで貰えた事に感謝いたします。
これからもこれを読んでくれた皆さまと同じ時間を少しでも共有出来れば良いなと思います^ ^
本日も人生に感謝おおきに。
ありがとうございました!
ryoji
2016/07/29
じりじりと日差しが照りつけて肌が焼けるのと汗が蒸発する匂いが懐かしく思うけど
四季の中で一番苦手とする季節、夏。
体調の管理がとてもシビアだし、部屋と外の気温が異常に違うと、身体はその変化にとても敏感であって直ぐにそれは現れる。
元々幼少期よりそんな身体は強い方では無いが、自分の店を始めてからWORK HARDな毎日を過ごし過ぎて(ちょっと飲み過ぎたのは秘密)
胃腸炎になりました。
見る見る間に体重は落ちていき、65キロを切り、遂には64キロ台に突入
高校生以来の体重に自分でも心中穏やかでは無かったけど得れるものもあった。
昨日くらいからようやく普通のご飯が食べれるようになり、食べれて飲めて寝れるコト、当たり前に生きてるコト、それがどんなに素晴しく、尊いコトか今回ホンマに感じたな。ご飯一口一口かメッチャ美味しくて、とろろご飯にこんな感動して食べたのは初めてやった。
久々にランニングもやった
平地を4.5キロ20分てとこかな。
動けるて汗かいてるのが生きてるって一番感じれる瞬間やわ昔から
体調崩して痩せて筋肉落ちてガリガリやから良い機会だしまた身体を作ろうと思う
体調崩して少し自分と見つめ直す時間ができて良かった。
やっぱどんな環境になろうが支えてくれる人がいるコトにもう一度感謝して、日々軌道修正して生きて行こう。
本日も人生に感謝おおきに。
ryoji
2016/07/18
こんにちわ。
あーブログ書こう
そんな事を考えてたら忘れ
考えてたらまた忘れ
今ちょっと考えてたらええ加減やなーと思い書き始めた。
でも、今綴る事ってあんまりないって言うよりも何から先に書いたら良いのか解らない。
いつもブログの事を考え出したら難しく考え過ぎて迷走する。
自分がしっかりそこに居ない
そんな感じを今までどうしてたんかな?と、思い昔のブログを読んでみた。
少し自分の事を思い出した。
その昔は毎日を自分の為に自由に過ごして、毎日に何かを見つけようとして、一生懸命考えてたな。
今、自分が何を思ってるか。
そんな簡単な事が複雑になる理由は、毎日の顛末を特筆しないからだろうな。
それを簡単にさせるのがブログと言う媒体であるのだからそれを生かそう。
そう思う。
また始めよう
しれっと
涼しくて暖かい
そんなこの時季が結構好きやったりする。
結構前にシーズンも終わって今は一時的に大阪に帰阪中
帰ってきたら子供が増えてた。
友達たちのね。
そらそうやんな、もう えぇ歳ですから周りの友達も子供の一人や二人は普通やったりする。
小ちゃい手や足、目 鼻 口。
これからいっぱい新鮮な色んなもん刺激して感じて育つんやでー
なんか赤ちゃんが羨ましいわ。
今年は新鮮を求めて色々やってみる歳にするわ
また楽しみになってきたで。
ブログもスタイル見つけて書いていこうと思う。
それではしれっと更新
秋やな
まいどです。
ホンマに結構前からFBもアメブロも更新してへんかった
夏も忙しかったからね。
特にアメブロは自分の日記感覚でしか書いてなかったり、活動のレポートを綴る位にしか使うて無かったから
FBは自分の行動、活動の発信方法に使ってるだけやったし。
最近は回りくどい記事とか広告で溢れてて嫌気が指すし。
プライベートは載せへんな そっちはinstagramばっかりやし。
ただ、記事は携帯のメモにいっぱいあるねんな
その場で感じた事。閃いた事。なるべく綴るようにはしてんねん
でもまだ考えていることをシッカリ文書化出来ていなかったりするし、中途半端なものを発信するのは止めようと。
ハイテンションで、勢いの有る記事はウケるやろ?でも僕はボールは投げ分けたいし、伝えたい事は的を得た言葉のチョイスをしたい。
もっとウケる記事書いても良いんやけど これからそれを始めたかて一過性のもので過ぎひん気がするし、無知っぽいやん。
ただ僕はインテリでも無いし、まだまたクオリティの高いプレーヤーでは無い。
色々勉強するために沢山の活動を起こして行きたいと思っているねん。
療養とばかりに大阪に帰ってきていっぱい色んな人と出会えて、関われたし凄まじい経験もさせて頂いた。それについてはホンマ感謝しかないんやわ。
ほんま大阪が嫌いで、身体が受け付けない土地やったけど大阪は大阪でええとこ有る。ましてや大阪捨てる言うてるクセに大阪弁ベラベラ喋りますし笑
大阪あったかいな~
大阪捨てがたいな~
人と人の繋がりは土地や無いな。
心と心の繋がりやねんな。
そう思た。
そのうち東京と静岡と長野と大阪を行ったり来たりする生活が始まるし、それを待ってて期待してくださる方々にも報告したいしな。
だからまたちょくちょく更新します。
僕が書いた記事で何かアクションが起きること、それは受け身でも働き掛けでも感情的な事でもええから そんなんあったらええなぁ。
そんなこんなで ふと思た現在を書いてみました。
最後まで読んで下さりありがとうございます。また更新します。
下が僕のSNSです暇つぶしにどうぞ。
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アメブロ(about me)
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About Me
~最初に公開した時よりも少し追記編集が施されています。二回目以降の方は最初に公開した時と違う箇所が何点かありますゆえお手隙でしたら最後までお付き合い下さい^ ^
僕のことをもっと知ってもらう為に書いてみました。
生い立ちから現在に至るまで
About Me
1986 大阪府羽曳野市でこの世に生を受ける
1988 二輪補助輪無しデビューを果たす
1989 わずか3歳で原動機付き二輪を父親の会社前にて転がす(後に畑にダイブ)
1995 9歳でモトクロスの世界に魅せられ、父親と共に関西のコンペに参加しだす
1997 11歳この頃には各近畿地区大会を転戦し、数々の入賞を果たす。
1999 ~ 2004 多感な時期を過ごす
2005 大学に入学し自動二輪部を設立
2006 レオタニモトキャンパスオフロード西日本大会R-1 エキスパートクラス 第3位
2007
・OKAYAMA ロードレースシリーズ 第2戦
オープン4H耐久レース(ST600)
準優勝
・鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース
(ST600) 壮絶な大クラッシュを3度も経験したが何とか完走58位 完走後、脱水状態と熱中症にて意識を失い救急車で病院へ搬送
2008 鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース (ST600)昨年の大クラッシュが頭をよぎり無難に走り続けた結果46位笑
2008 近畿モトクロス選手権シリーズ参戦
R2 NB2クラス 第3位
R4 NB2クラス 準優勝
openクラス 第6位
R7 NB2クラス 第6位
openクラス 第5位
R8 NB2クラス 第3位
openクラス 準優勝
昇格ポイント獲得により
国内A級ライセンス獲得
これにてバイク競技から退く
◎スノーボードとの出逢い。
2009 大学を卒業し、留学の為貯蓄を行う。
2009-2010
スノーボードを始める。
その冬に高校の同級生に誘われ長野県白馬村にスノーボードをしに宿へ居候
シーズンを白馬乗鞍で過ごす。
2010夏
シーズンの終わりにはスノーボード熱も冷め、むしろ嫌いになっていた。
しかし、このとき室内スキー場にて行われていたプロライダーとのセッションをきっかけに再度加熱する。(後にこのライダーと2014年に再会し、握手を交わした。最高に嬉しい出来事)
留学そっちのけでスノーボードの為に貯金を始める
REDS Pro snowboard shopと出逢う
2010-11
白馬乗鞍head cosmo snowboard school に研修生として勤務
head snowboardのテクニカルアドバイザー人見氏にワンシーズン徹底的に学んだ。
ここで学んだ事が現在のスノーボードの基礎となる
そしてこの年にJSBA C級インストラクターライセンス取得。
2011-12
この年より新しい挑戦をする為、スノーボードクロスに参戦。
ベースを白馬乗鞍
修行に八方尾根。
スノーボードクロス
・oxess cup 4位
・第30回 全日本スノーボード選手権大会 32位
JSBA total rank 89位
2012-2013
ベースをhakuba47に移し、パークライドを楽しむ
スノーボードクロス
・oxess cup 9位
・4th CSBA on SNOWFESTA 5位
・第31回 全日本スノーボード選手権大会 西日本地区大会 25位
・静岡CUP スノーボードクロス in たかつえ 51位
・Hakuba47スノーチャレンジ2013 ヨンナナカップ 準優勝
JSBA total rank 88位
2013-2014
白馬スポーツのライダーとなり活動を始める。
ベースを栂池・岩岳に移す。
今シーズンは大会、ジャッジ、試乗会、パーティ、イベントなどでワンシーズンを濃密に過ごした。
これからのショップライダーとして活動をして行く中で、可能性や想像力の視野をグッと広げて貰った良いシーズンであった。
第32回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 中止 (前年のポイントランキングにより全日本出場決定)
第32回 全日本スノーボード選手権大会 49位
2014 4/2 鎖骨骨幹部骨折 シーズン終了となる
現在大阪の実家にて療養中
こんなことやってたんだー。って思って観てもらえれば幸いです。
今までそんな過去まで遡って書いたことが無かったんで自分自身の確認の為にも書いた
常に新しい挑戦をする事が自分の生きがいであり、学習であるんだな。って思える
まだまだ、やることはいっぱい有って 今の環境で満足することは無い。
人生は楽しまなきゃ損やから
自分がこうなりたいと言うビジョンがある限りは、絶対に歩は止めてはいけないんだと思う。
だから生きる意味が有るんやし
だから生きる事が楽しいんやわ
まだまだ歩き始めたばっかりでゴールなんか見えてないから色んな所に寄り道してそれを自分の財産として歩んで行きます。
いつかみた夢と、理想と現実。
その狭間でどこに行き着くかわからんのがめちゃくちゃ面白い。
何か特別な事をやりたいんやなく、何か自分に出来ることをやりたいんや。
長くなりましたがこれが「About me」僕についてでした!
僕の事を知っている人も、初めましての人も
最後まで読んでくれてありがとうございました。
今後もコツコツやって行きたいと思いますので応援よろしくお願いします^ ^
13-14シーズン終了
やーまん
このブログ始めた頃からやーまんって言ってますが、普段の生活にジャマイカンな要素は一切ない僕です。←
またこの季節がやってきましたね。
今シーズンは晩秋位から白馬入りして、朝からスノーボードをし、梅民に誘ってもらい、働き。夜はパーティと、飲み会。
毎日その繰り返し。
まぁ何とも白馬らしい生活でした
それが身体に染み込んで、あっとゆう間にハイシーズンを通り過ぎ、3月も過ぎ。
気付けば病院のベッドの上でした笑
まさか自分が怪我して入院するとは思って見なかったのですが、またコレとも向き合わなきゃいけ無くなってしまいました(´_`。)
はっきりいって僕はケガしていてもしていなくてもメンタルや活動に関係が有りません。
スノーボードだけでは無く、スポーツ全般に対する気持ちは同じであって、ケガしてどうこう。ケガしてもうスノーボード出来ない。ケガして怖くなって嫌だ。
一切思いません。
幼少の頃よりモータースポーツに明け暮れ、23歳になった時にはバイク歴20年となっていた程モータースポーツがライフスタイルでした。
かと言って僕はメンタルが強い訳では無く
過去にモトクロスやロードレースで走ってきた時にも何度も苦い思いもし、悔しいほうが多かったバイク人生でしたし、
活動する為の資金提供がある訳でも無い
ケガから生まれる副産物は如何なる物か。
例えば
・やる気が無くなる
コレは自分がやってるスポーツに対して、スポンサードして貰っている関係者に対しての侮辱ですよね。
ケガしてやる気が無くなるなら始めからスポーツなんかできっこ無い。
・怖くなった
確かにケガは痛いし辛いもの。
ただ、これ故にジャンプアップ出来るチャンスだと思う。
僕は3年ほど前に今回と同じようなトリックで頭を打ち付け、外傷性くも膜下出血で入院しました。
この時も手術こそしませんでしたが、ヘルメット無しでは死んでたと告げられる酷いケガでした。
僕はこのケガをした時に思いました。
「痛い。でも何故失敗したのだろう?原因は何だったんだろう。何故いまそのトリックだったのだろう。悔しい。みんなに迷惑かけた。みんなに謝りたい。でも悔しい。次は出来るかな?みんなに恩返し出来るかな?みんなと滑りたい。よし、みんなと滑ろう。」
一ヶ月
やーまん


今日はピーカンで岩岳を滑った
パークディガー隊長のタクミくんと初セッション。
フリーランメインで滑ってもらってスイッチや地形のこなし方、カナリ勉強になった。ありがとうございます!
ところで
13-14シーズンインしてからはや1ヶ月が経ち、身体も限界を超え
上半身と腰が崩壊してしまい
調整しながら滑ってましたが
メンテしてもらってカナリ改善されました!
メンテしてもらってから
並行して行なっているのがコレ

過去にお世話になっていた職場の上司から贈って頂いたものです。
かれこれ3年前?かな。
その上司もサッカーをやっている兼ね合いで、『身体のインナーマッスルを鍛えて強い体幹を作るコトが大事だ。』と、勧められて腰痛持ちの僕に贈って下さいました。
それからずっと愛用しています。
トレーニングが嫌でもこれに載っているストレッチを行うだけでもパフォーマンスが全然違う
怠け者の僕もが身体がダメになりそうになったら必ず読んで実施しています。
まだまだシーズンは3ヶ月はあるし、無理と疲労は天敵
もちろん疲労は身体だけではなく心も疲れます。
身体が疲れたらマッサージ
メンタルが落ちたら友や仲間と温泉にいったり呑みに行ったり。
人の笑顔を見れば自分も笑顔になる。
自分が笑顔でいれる環境が宝物だと本当に思える。
全部みんなに助けられていると実感しています。
イギリスの詩人の言葉
Adversity is the first path to truth.
逆境というのは、真理に到達する第一番の道である。
(苦しい境地を越えてこそ、本当にあるべき世界が見えてくる)
正解は遠くに有るとは思ってない
近くに有るからこそ見落とし忘れてしまうんだと思っています。だから逆境という波が近くにある正解の砂を掻き乱してしまいバラバラにされてしまう。そして辞めてしまう。
僕はどうせバラバラになるならその波に板キレ一枚で思っ切りぶつかって乗り越える。
その環境は整っている
自分の力やない
皆とのチカラ。
だから頑張れる
最後に笑っていられるように明日もしっかり雪踏んで行きます。

ryoji brook toge
peace.



