About me 2 | Ryoji Brook Togeのブログ

About me 2

僕のことをもっと知ってもらう為に書いてみました。
生い立ちから現在に至るまで


About Me


1986 大阪府羽曳野市でこの世に生を受ける

1988 二輪補助輪無しデビューを果たす

1989 わずか3歳で原動機付き二輪を父親の会社前にて転がす(後に畑にダイブ)

1995 9歳でモトクロスの世界に魅せられ、父親と共に関西のコンペに参加しだす

1997 11歳この頃には各近畿地区大会を転戦し、数々の入賞を果たす。

1999 ~ 2004 多感な時期を過ごす

2005 大学に入学し自動二輪部を設立

2006 レオタニモトキャンパスオフロード西日本大会R-1 エキスパートクラス 第3位

2007 
・OKAYAMA ロードレースシリーズ 第2戦
オープン4H耐久レース(ST600) 
準優勝

・鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース
 (ST600)  壮絶な大クラッシュを3度も経験したが何とか完走58位 完走後、脱水状態と熱中症にて意識を失い救急車で病院へ搬送

2008 鈴鹿・近畿選手権シリーズ 鈴鹿4時間耐久ロードレース (ST600)昨年の大クラッシュが頭をよぎり無難に走り続けた結果46位笑

2008 近畿モトクロス選手権シリーズ参戦
R2 NB2クラス 第3位
R4 NB2クラス 準優勝
     openクラス 第6位
R7 NB2クラス 第6位
     openクラス 第5位
R8 NB2クラス 第3位
     openクラス 準優勝

昇格ポイント獲得により
 国内A級ライセンス獲得



これにてバイク競技から退く




◎スノーボードとの出逢い。

2009 大学を卒業し、留学の為貯蓄を行う。

2009-2010
スノーボードを始める。
その冬に高校の同級生に誘われ長野県白馬村にスノーボードをしに宿へ居候
シーズンを白馬乗鞍で過ごす。

2010夏
シーズンの終わりにはスノーボード熱も冷め、むしろ嫌いになっていた。
しかし、このとき室内スキー場にて行われていたプロライダーとのセッションをきっかけに再度加熱する。(後にこのライダーと2014年に再会し、握手を交わした。最高に嬉しい出来事)
留学そっちのけでスノーボードの為に貯金を始める

 REDS Pro snowboard shopと出逢う


2010-11
白馬乗鞍head cosmo snowboard school に研修生として勤務
head snowboardのテクニカルアドバイザー人見氏にワンシーズン徹底的に学んだ。
ここで学んだ事が現在のスノーボードの基礎となる
そしてこの年にJSBA C級インストラクターライセンス取得。


2011-12
この年より新しい挑戦をする為、スノーボードクロスに参戦。
ベースを白馬乗鞍
修行に八方尾根。

スノーボードクロス

・oxess cup 4位
・第30回 全日本スノーボード選手権大会 32位

JSBA total rank 89位



2012-2013
ベースをhakuba47に移し、パークライドを楽しむ

スノーボードクロス

・oxess cup 9位
・4th CSBA on SNOWFESTA 5位
・第31回 全日本スノーボード選手権大会 西日本地区大会 25位
・静岡CUP スノーボードクロス in たかつえ 51位
・Hakuba47スノーチャレンジ2013 ヨンナナカップ 準優勝


JSBA total rank 88位



2013-2014
白馬スポーツのライダーとなり活動を始める。
ベースを栂池・岩岳に移す。
今シーズンは大会、ジャッジ、試乗会、パーティ、イベントなどでワンシーズンを濃密に過ごした。
これからのショップライダーとして活動をして行く中で、可能性や想像力の視野をグッと広げて貰った良いシーズンであった。


第32回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 中止 (前年のポイントランキングにより全日本出場決定)

第32回 全日本スノーボード選手権大会 49位

2014 4/2 鎖骨骨幹部骨折 シーズン終了となる


2014-15
昨年に続き白馬スポーツと契約。
SP-desingと契約。
この年はシーズンイン前の11月にkingsで練習中に鎖骨を二度目骨折し、シーズンインの時点では全く骨がくっついてい無い状況での苦いスタートとなった。

第32回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 17位

第32回 全日本スノーボード選手権大会 
27位

ポイントランキング 94位

練習もでき無い、大会も攻めれ無いで、全く自分の力を出し切れず終わり一番つらいシーズンであった。





2015-2016
昨年の鳴かず飛ばずのスノーボードとはおさらばしたくオフには体力作り、室内、オフトレ、体幹トレーニングと、冬に向けての身体作りを真剣に考え、実践した年である。

筋整流法 TAKAHIRO Memorial CUP in 車山 第10位

7th CSBA on SNOWFESTA  準優勝

第33回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 第3位

第33回 全日本スノーボード選手権大会 中部地区大会 16位

年間ポイントランキング 11位


この年は前半大会で苦戦を強いられて、上手く流れに乗れなくて滑り出しは悪かったが、中盤の中部地区2連戦でW表彰台に上がり、調子は過去最高だった。
モチベーションも良く、全日本に全力をぶつけて行ったがクオーターファイナルにてミスを犯し16位と涙を飲んだ。中部予選で調子良かっただけに悔しくて堪らなかった
結果、ポイントランキングでは日本で11位と過去最高位にランクアップしたのは嬉しい事だった。が、やはり日本一になりたかった
この年にて大会を引退。

2016 6月
地元大阪に戻り、Casual BAR PLACEの経営に携わる


ルーツであるバイクのレーサーから始まり、スポーツマンとして、インストラクターとして、選手として、パフォーマーとして、ライダーとして。本当に辛くて楽しくてかけがえの無い30年だった。
選手としては今年で終わっちゃうけど、人生のチャレンジはまだまだこれからだし、妥協なんかしたく無いと思っています。
やっぱ負けたく無いやん。
負けず嫌いなんだけど、決めた事は通したいし、結果は受け止めたい。
挑戦はやめたら終わりだからこれからもオモロイ事メッチャ考えてます^ ^


つらっと書いてみましたが如何だったでしょうか?
この文章で少しでも峠 諒司の事を知って頂ければ幸いです^ ^
こんな文才の無い文章を最後まで読んで貰えた事に感謝いたします。

これからもこれを読んでくれた皆さまと同じ時間を少しでも共有出来れば良いなと思います^ ^

本日も人生に感謝おおきに。
ありがとうございました!

ryoji