辛い現実をうけて悩まれる方も多い今の時代

人生を考えるヒントになればと想い過去記事を再掲載させていただきます

 

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傷だらけの人生の意味は

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    こんにちは うぐいすです

 

私は小学校の4年生の頃に 両親が始めた信仰がきっかけになって

 

毎朝 毎晩 仏壇の前に座って 読経をするという生活を過ごしてきました

 

 

私の家は 5人の兄弟なので 全員が同じ信仰をすることになったのです

 

勿論 親からの押し付けに近い習慣でもあったのですが 私の記憶としては

 

それまでの 余りにも不運な生活ぶりを 子供の立場とはいえ 冷静に分析していたのか

 

母に こんな質問をしたことを 今でもハッキリと覚えています

 

『毎日 ご本尊様に拝んだら 幸運になれるん?』

 

 

当時の母の希望的観測も手伝っての返事が 直ぐにかえってきました

 

『あ~絶対に幸運になって 幸福になれるんやで~(^^♪』

 

その日から エネルギーの世界に気づくまでの約40年間 信仰を基本にした

 

生活を過ごしてきましたが いつも正しい生き方が出来ていた訳でもありませんし

 

苦労が無かった訳でもありません

 

 

今人生の 締めくくりの時期を迎える年齢になって想うことは

 

傷だらけの人生を過ごしてきた日々を 一味違った視点からみると

 

その一つひとつには重要な意味が含まれていたのが よく理解できます

 

 

私の苦労なんて まだまだ楽な方だと思うので 「傷だらけと」表現するのも

 

恥ずかしいのですが 話の展開上の表現とご理解ください

 

 

子供の頃の私には大きな疑問がありました

 

なぜ人は生まれた瞬間に差別されるという環境にいるのか?

 

そんな難問を考えるきっかけになったのは 当時の私は周りの人よりも

 

あらゆる面で劣っていると考えていたからだと思うのです

 

 

産まれた瞬間から 差別があるには何か原因があるはず・・・

 

その考えを ず~~っと突き進めていくと どうしても過去世があるということを

 

認めなければ 疑問の先行きが見えてきません

 

そこで 小学生の知恵でたどり着いたのがカルマという問題でした

 

ここからは 過去記事を 少し修正を加えて再掲載させていただきますね

 

 

私は以前から カルマについて 書いてみたいと思っていました

 

このテーマは とても深くて 理解不能な部分が多いので今まで

 

書くのをためらっていましたが 凛さんのブログにそのヒントを感じ

 

何とか 表現してみたいと思います

 

 

凛さんのブログ  に こう書いています



 

例えば、人の愛を受け取ることを学ぶために不自由な体に生まれてこられる方もいるでしょう。
同じように不自由な体に生まれてくるのにも、

周りの人に愛を教えるためにその方が都合が良いから
そう生まれてくることを選んだ人もいるでしょう。

 

 

 

この部分から思い出した事があります

 

私は 人生の長きにわたって 仏教思想を中心に生きてきました

 

そうは言っても 若い頃は短気な性格から 人に迷惑をかけたりしたので

 

決して 立派な生き方をしてきた訳では無いのですが

 

 

「人の役に立つ生き方がしたい」  そして 

 

「生きているうちに 仏の境涯を感じてみたい」

 

なんて だいそれた事を考えていました

 

 

そんな訳で 普通の人が 聖人と呼ばれ 多くの人を救っていくようになる

 

いちばん最初の過程(子供の時代)に興味がありました・・・

 

 

私の信仰は「日蓮聖人」が宗祖なのですが 今はエネルギーの仕事が

 

中心なので お経を唱える事はしていないのです

 

 

その聖人が 自分の産まれについて書かれた こんなお手紙が残っています


 

「日蓮は、日本国 東夷(とうい)東条・安房の国、海辺の旃陀羅(せんだら)が子なり」

 

 

この「せんだら」 と言うのは インドでは最も低い身分のようで

 

自分は いちばん最低の身分で 産まれたという事を言われているのです

 

うり坊 当時のインドでは馬や牛のような家畜よりも低い身分だったようですよ

 

 

私が 当時不思議に思ったのは そんな普通の人が 聖人になれるのか?

 

という疑問だったのです

 

勿論 頭も良くて 人一倍の努力もしたのでしょう

 

 

でも 当時でも そんな人は 何人もいたのではないでしょうか

 

私も 不思議な世界を感知できるようになってから 感じるのですが

 

修行の途中で 気が狂って 死んでしまった 私の過去世の修業僧の

 

ように 道半ばで終わった人や    修行僧の嘆き を参考にして下さい

 

 

又は 悟りを開いて 真理を感じながらも 次代の後継者に恵まれずに

 

想いを 今に残している 魂の集団があります

 

その話は 今回は触れずに 先に進めます

 

 

その聖人が 当時の弟子に残した お手紙の中で書いているのですが

 

「願顕(がんけん)於業(おごう)」と書いています

 私の手元には 専門の資料が無いので 記憶だけで書いています 字が間違っていたらご存知の方 教えて下さいね

 

 

これは 自分から願って業(ごう)を積んで 身分の卑しい人間として

 

産まれて来る為の原因を 自らが望んで作ったと理解しているのですが

 

 

 聖人が言うには

 

自分は あえて身分が低く 貧乏な漁師の子供に産まれる為の下準備に

 

過去に何度も 産まれなおして カルマ(業)を自らが望んで魂につける事

 

を繰り返してきたので 今回 底辺からの数々の学びをするようになった

 

と言われている部分があったのです

 

 

私は 今までに この部分の意味を何度も 考えるのです・・・

 

 

ひょっとして 過去にも 聖人と呼ばれた人や キリストのように

 

歴史に名を残すような 偉人達は 元々はとても 純粋で綺麗な

 

エネルギーを持った「魂」であって あえてこの地球上での学びと

 

布教の為に 苦難の道を選ぶように

 

自らがプログラムして 産まれてきたのではないか?

 

 

そう考えると 私の過去世の修行僧も 何処か納得するのではないか

 

などと 都合の良い事を 思ったりします

 

 

(´Д`;)ヾ ドウモスミマセン 頭から湯気があがってきました・・・

     もっと 賢くなりた~~い!!

 

   また 明日までに 頭を冷やしておきますね  (・・。)ゞ

 

この続き カルマなんて2 ご興味があれば見て下さいね

 

 

 

 

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