明治40年に創刊された

食生活

という食の専門誌があります。「食生活」では以前私も「もやし」がテーマの時に

で取り上げていただいたこともあり、編集部の食に対する真摯な姿勢に好感を持ちました。以来、今でも時々お付き合いをしています。

昨年、編集長のS様から

「何か書いてもらえないか」

と執筆の依頼がありました。私はあくまでももやしを育てて売るもやし屋なので、しばらく迷いましたが、今年に入り深谷のもやし屋の回顧録を書いておきたいという思いに駆られ、引き受けました。創業から55年、深谷市の小さなもやし屋、飯塚商店および飯塚家の印象深い出来事を中心に語っていきます。

タイトルは「それでももやしは伸び続ける」にしました。

納得できないものには妥協できない性分故、飯塚商店は波乱の道を辿ってきました。そんな中、もやしだけはまわりで何が起きようと変わらずに伸び続けます。
時代の潮流に何もかもが流されていく中、全く変わらないもやしの生命の力。
もやし生産者たる私はそんなもやしから多くの希望をいただいてきました。

…もやし屋エッセイ「それでももやしは伸び続ける」は現在発売中の「食生活」8月号より、全7回の連載です。読んでいただけると嬉しいです。

 私が秩父への早朝配達からもどるのが、午前10時前です。その時間は妻も配達に出ているので朝食はいつも一人、家にあるものをいただいてます。

 そして今日、冷めた味噌汁の具は油揚げだけ。これではちょっと寂しいのでムロ(もやしの栽培室)へいって、生育中のブラックマッペもやしをひとつかみしてきました。生産者はこれができるのがいいですね(笑)。

 味噌汁に中火で温め、いい感じで、もう少しで沸騰するくらいになってきたら、もやしを投入して20秒ほど加熱して出来上がりです。



 一口啜ってみて、あらためて「もやしとはなんて強く激しい野菜」なんだと再認識しました。この僅か20秒間の参加で味噌汁の風味そのものが一気に変わってしまいましたから。サッカーで言えばロスタイムに入って投入されたサブの選手がいきなり点を決めてしまう、そんな感じでしょうか(笑)。
 そしてシャキシャキを越える、弾力の非情に強い、顎が疲れるくらいの食感。噛みしめるたびにもやしの旨味と味噌の旨味が染み出てくるようです。

 もしかしたら「もやしの味噌汁」はもやしの旨さを最大限に味わえる最も簡単で身近な料理かもしれません。もっともそれだけもやしの味の違いが如実に現れてしまう、もやし屋にとっても緊張の料理なのかもしれません。

 本日(6月22日)、深谷の豆腐屋さん「とうふ工房」の店舗がある、旧七ッ梅酒造跡では「沖縄フェア」というイベントがありました。

「沖縄じゃ市場でもやしを『量り売りしているんだ』」

…今から20数年前、沖縄のもやし屋さんを訪れた父がそう話していたのをよく覚えています。

 その頃はとうに量り売りなどは廃れていましたので、あの暖かい沖縄でもやしの量り売りをしている光景を思い浮かべるとなんだか、こちらとは違う時間の流れを感じてしまいます。なので今回「とうふ工房」のFさん(沖縄へ何度も行ってる)から「沖縄フェア」の時に、「もやしの量り売り」をやりたい、と言われたときに、これは楽しそうだ、と私自ら気分は沖縄で「もやしの量り売り」を実演しました。

 沖縄語(ウチナーグチ)では、もやしのことを「マーミナー」と呼び、「マーミナーチャンプルー」(もやしと豆腐の炒め物)は沖縄の定番料理です。豆腐屋さんでもやしの量り売りするなら、もう「マーミナーチャンプルー」でしょう。Fさんがレシピをつくってきて、さらに七ッ梅内の飲食店「二兎三兎」の中座店主にレシピを渡し、とうふ工房の豆腐と深谷もやしを使った「深谷マーミナーチャンプルー」を作ってお店で出していただきました。オリオンビールといただく「深谷マーミナーチャンプルー」は幸せでした。

「沖縄フェア」でのもやしの量り売りは成功し、午後3時前には持ち込んだ20kg分の深谷もやしは完売しました。

 私はよくもやしのイベントをする際にあえて直接もやしと関係のなさそうなイベントに入り込み、もやしとの繋がりを表現することで、もやしを理解していただく手法をとります。これまでも、

原画展

ゴジラ(笑)

「戦争」(反戦映画と共に)

モンサント

クリスマス

などなど、そして今月は「肉」、


そして次に「萌え」

ともやしの絡みを計画中です(笑)。

 何事にも理解する、というのは

「ああ。そうか。そういうことなのか」

を気づくことだと思います。「そうか、もやしが~と繋がっているんだ」とお客様が気づけば、それは理解した、というわけです。その繋がりを理解したときはじめて「価格だけでないもやしの価値」が生まれるわけです。

 本日の、「沖縄フェア」におけるもやしの量り売りではフェアに来た多くの人に「もやしの理解」を促せることができた、はずです。
本日の夕方のことです。一本の電話が会社にはいりました。
県内の高校生からでした。

「研究で大豆もやしをつくっています、埼玉県の在来種で作ってみたいので何種類かお分けいただけますか」

ということでした。

私も興味が湧いたので聞いてみました。

「もやしはもう作ってみたのですか?」

「はい。緑豆と北海道の大豆で。緑豆は売っているもののように太くならないんです」と答えたので、

「緑豆は、普通に育てたら“絶対に”太くはならないんだよ。あれはエチレンという物質を混ぜた特殊な栽培室で作るんだ。もし太くしたいのなら近くにリンゴでも置いてみてごらん。もしかしたら太くなるかもしれないね」

「そうなんですか~」

と、納得した様子です。さらにいくつかのもやしのことを話します。

「もやしは絶対に乾かしちゃだめだよ。基本、暗いところだけれど、水をあげるくらいの時間なら明るいところでも大丈夫。在来大豆はね、もやしに適しているのとそうでないのがあるんだ。いろいろ試してみるといいよ」

…そう話して、最終的に3種類の在来大豆と栽培のポイントを送ることになりました。そして清々しい気持ちのまま電話を切りました。

彼女たちのもやしを学ぼうとする気持ちに対して、儲かる儲からないの話とは別に、きちんと伝えるのはもやし屋の義務だと思います。

現在大きく流通している食のほとんどは「情報不足の食」であると感じています。そのために表示があるじゃないか、と思われるかもしれませんが、小さな紙に書き込まれた添加物含む原材料名の羅列は、実は情報のほんの一部、それも上辺の一部でしかありません。

今日、高校生と話したほんの少しの時間のなかで、原材料表示ではとても書ききれない多くのもやしの情報を私は伝えたはずです。
もう本当に長い間、「もやし」は物価の優等生とされてきました。

 ただこれは自ら進んで優等生になったわけでなく、お客様(特に量販店バイヤー)の希望に沿うように、ていうか言うことを聞かないと今後の取引ができない、と脅されて、値引きに応じ続けて、その結果生まれた「物価の優等生」であり、見方を変えれば「物価のいじめられっこ」のようです。

 結果として現在のスーパーでの小売価格、「もやし1袋17円(税別)」というとんでもない価格が“通常”となってしまいました。卸値は15円以下であることは間違いありません。
20年前の小売価格は1袋48円くらいでしたのに。この「通常低価格」のため、毎年各地のもやし屋さんがバタバタと廃業、倒産をしています。

 残っている大手もやし会社でも、すでにこのもやしの低価格では、どれだけ量を出しても

「もやしだけでは採算が合わない」

状態となっており、「カット野菜」といった別事業に力を入れてようやく「もやし生産業」を続けているのが現状です。
このような状況は、別に値下げを要求するジャイアンのような取引先だけの責任ではなく、

「もやし生産者が自分で自分の首を絞めた」

結果であると私は思います…。

 そんな苦しい立場にある、もやし屋だからこそ私は基本「値引きで集める」やり方には反対なのです。適正な価格で安いのならとても良いことです。しかし「普段よりも安くすること」で、お客を呼ぶのはいかがなものでしょうか。

 ここで紹介するのは名古屋のお弁当屋さんのブログです。この方とはかつて名古屋の公園で男二人、一緒に弁当を食べたこともあります(笑)。そして私は、このお弁当屋さんの考えに全面賛成しています。

お弁当屋さんは言ってます。

「モノやサービスを安く買い叩くクセがつくと、いずれ自分自身も安く買い叩かれます」

まったくそのとおりであり、付け加えるのなら

「モノやサービスを安売りするクセがつくと、いずれ自分自身も安売りせざるを得なくなる」

となります。これは、今のもやし業界を見れば明らかです。

 特に中小の事業者は、なるべくもやし屋と同じ轍を踏んでもらいたくない、というのが本心です。