本論文は、子宮移植術中の静脈血栓の回避術式に関する症例報告です。
F&S Rep 2024; 5: 223(米国、イタリア、UAE)doi: 10.1016/j.xfre.2024.02.002
要約:2016年2月から2022年1月までに、クリーブランド クリニックで8件の死体ドナーからの子宮移植が行われ、そのうち5名で健常児が出産しました。患者は全てMayer-Rokitansky-Kuster-Hauser(MRKH)症候群による子宮欠損でした。
今回紹介する症例は、出産歴がありHLA組織適合のある27歳脳死ドナーの子宮を30歳のレシピエントに移植したものです。移植子宮は左右の下部子宮動静脈と左右の内腸骨動静脈を含めて摘出しました。なお、上部子宮静脈は両側とも結紮しました。血管吻合開始前にヘパリン5,000単位を投与し、ドナーの内腸骨動静脈とレシピエントの外腸骨動静脈を端側吻合によって両側とも血行再建を行いました。術中超音波検査により移植子宮全体の血流が良好であることを確認し、ドナーの腟とレシピエントの腟を縫合しました。腟吻合完了後の術中超音波検査により、動脈抵抗の上昇と静脈血流の低下が認められ、移植片はひどくうっ血していました。移植子宮の両側の下部子宮静脈と内腸骨静脈に血栓が存在していました。移植片左側の下部子宮静脈内と内腸骨静脈内の血栓を除去し、左上部子宮静脈を使用することにし、移植片の左内腸骨静脈は結紮し吻合部で切断しました。同じ脳死ドナーから、総腸骨静脈と内腸骨静脈と外腸骨静脈を含んだY字型静脈グラフトを採取し、Y字型グラフトの内腸骨静脈は移植子宮の上部子宮静脈に端々吻合し、Y字型グラフトの外腸骨静脈は移植子宮の内腸骨静脈に端々吻合し、Y字型グラフトの総腸骨静脈はレシピエントの左総腸骨静脈に端側吻合しました。血行再建後、移植子宮全体の血流は良好であり、うっ血も見られませんでした。最終的には、移植子宮には動脈の流入が両側からあり、静脈の流出は左のみとなりました。また、動脈抵抗指数は正常化し、静脈血流も改善しました。
推定出血量は2,000mLで、術中はヘマトクリットを約30%に維持するためにセルセーバー(術中血液回収)を使用しました。術後経過は良好で、術後15日目に退院しました。子宮移植後はアスピリンとエノキサパリン(低分子ヘパリン)を使用しました(出産まで継続)。子宮移植後20日で最初の月経が起こり、7か月間子宮頚部生検で拒絶反応がないことを確認し、妊娠許可がおりました。2019年7月に単一胚盤胞移植を行い、妊娠が確認され、妊娠34週で帝王切開により健常児を出産しました。なお、ドナー、レシピエント共に血栓性素因はありませんでした。
解説:子宮移植は、2011年にトルコで死体ドナーによって初めて行われ、その2年後にスウェーデンのチームが生体ドナーで9件実施したとの報告がありました。現在、世界中で死体または生体ドナーからの子宮移植が約80件実施されており、40名を超える生児出産が報告されています。子宮移植の普及を妨げる大きな要因の1つは血栓症の発生率が高いことであり、全症例の約20%で移植不全を引き起こします(結果的に移植子宮の摘出となる)。血栓症は通常、子宮移植後2週間以内に発生します。術式の工夫については徐々に確立されてきましたが、術中の血栓症に対するアプローチは現在のところ定まっていません。本論文のアプローチ、片側の静脈流出路のみを使用した子宮移植は、世界で初めての報告です。本法により、移植片の救済が可能になります。このような臨機応変な対応が成功を導いたのは貴重な報告だと思います。
ヒト子宮移植については下記の記事を参照してください。
2023.6.25「子宮性不妊の治療は子宮移植か代理母か:紙面上バトル」
2022.3.14「ドナー子宮をロボット手術で摘出:ビデオ論文」
2021.4.4「子宮移植の際の新しい子宮膣吻合法:ビデオ論文」
2020.12.12「子宮移植で中国初の出産報告」
2019.7.21「ヒト子宮移植の現状」
2017.10.13「子宮移植に備えて:温虚血時間の検討」
2016.8.20「子宮移植での出産報告2件」
2015.2.3「子宮移植後1年」
2014.8.19「☆子宮移植の現状」
2014.1.24「子宮移植で妊娠に成功!」
2013.4.13「ヒト子宮移植に成功した女性が妊娠」
2013.3.7「☆ヒト子宮移植の成功」