子宮移植に備えて:温虚血時間の検討 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、子宮移植に備えて、温虚血時間をサルを用いて検討したものです。

 

Hum Reprod 2017; 32: 2026(日本)doi: 10.1093/humrep/dex250

要約:18頭カニクイザルを3頭ずつ6群に分け、生体内での子宮の虚血時間とその後の回復度を検討しました(0、30分、1時間、2時間、4時間、8時間虚血)。虚血は子宮動静脈及び卵巣動静脈をクリップすることにより行い、クリップ解除により血流再開としました。子宮組織サンプル採取は、虚血前、虚血解除直後、虚血解除後3時間で行い、採血は、虚血中、虚血解除直後、虚血解除後5分、15分、30分で行いました。術後は、月経時期を確認しました。軽度の子宮筋組織の変性が、虚血時間4〜8時間で認められました。血液検査では代謝パラメータ(乳酸、アニオンギャップ、塩基過剰、カリウム)に異常を認めませんでした。また、虚血時間4時間までは月経周期が再開しましたが、虚血時間8時間では月経再開がなく、子宮は萎縮していました。

 

解説:現在までにヒト子宮移植により世界中で6名の赤ちゃんが誕生しています。子宮は生命予後に影響のない臓器ですので、拒絶反応や免疫抑制剤使用のリスクを鑑み、移植子宮は出産後に摘出されます。したがって、子宮移植は一時的な移植となります。移植には様々なハードルがあり、特に温虚血時間(warm ischemic time)冷虚血時間(cold ischemic time)が重要です。温虚血時間は、ドナーでは血流遮断から臓器摘出まで(第1温虚血時間)、レシピエントでは体内へ入れてから、血流再開まで(第2温虚血時間)の合計の時間です。一方、冷虚血時間は、臓器を冷蔵して運ぶ間の時間になります。こちらは冷蔵中のため、代謝低下及び酸素需要低下により臓器のダメージは最小限になります。したがって、温虚血時間の長短が重要になります。脳死や生存者のドナーの際には、第1温虚血時間を考慮する必要はありませんので、第2温虚血時間のみが問題になります(つまりレシピエントの手術時間)。温虚血時間は羊の子宮では3時間との報告がありますが、ヒトでは不明です。本論文は、ヒトに近いカニクイザルを用いて温虚血時間を検討したところ、4時間であることを示しています。なお、これまでに報告されたヒトの子宮移植での第2温虚血時間は平均1時間23分です。本論文は、慶應義塾大学と滋賀医科大学の共同チームによる報告です。