最近「TSHの基準値はいくつが正しいのでしょうか」という質問がありましたので、妊活中および妊娠中の甲状腺機能に関する最新情報を調べてみました。
Thyroid 2017; 27: 315(米国甲状腺学会)doi: 10.1089/thy.2016.0457
要約:これまでに発表された論文から、現時点でのガイドラインを作成しました。甲状腺機能低下症と潜在性甲状腺機能低下症、妊活中と妊娠中、一般妊娠治療とART治療(体外受精、顕微授精)、TPO抗体陽性と陰性、それぞれ分けて考える必要があります。以下、妊活中〜妊娠中に関する部分のみ抜粋しました。
一般妊娠治療
RC16:妊活中の方全てにTSH採血を弱く推奨(エビデンス中)
RC17:妊活中の甲状腺機能低下症は、チラーヂン投与を強く推奨(エビデンス中)
RC18:一般妊娠治療、TPO抗体陰性、潜在性甲状腺機能低下症では、チラーヂン投与を弱く推奨(エビデンス低)
RC19:一般妊娠治療、TPO抗体陽性、甲状腺機能正常では、チラーヂン投与は推奨しない(エビデンス低)
ART治療
RC20:ART治療、潜在性甲状腺機能低下症では、チラーヂン投与を強く推奨(エビデンス中)TSH<2.5を目標
RC21:ART治療、TPO抗体陽性、甲状腺機能正常では、チラーヂン投与を弱く推奨(エビデンス低)
RC22:TPO抗体陽性、甲状腺機能正常では、ステロイドホルモン治療を弱く推奨(エビデンス中)
RC23:ART治療では、治療開始前に甲状腺機能検査を弱く推奨(エビデンス中)
RC24:ART治療では、刺激中にTSH増加した場合のチラーヂン投与を弱く推奨(エビデンス中)
妊娠中
RC25:妊娠中の甲状腺機能評価の際には、TSHの基準値を施設ごとに設定することを強く推奨(エビデンス高)
RC26:TSHの基準値の設定は、各施設の母集団から、甲状腺疾患がなく健康でTPO抗体陰性かつヨード摂取が正常な女性の妊娠中(前期、中期、後期)のTSH値から決定することを強く推奨(エビデンス高)。各施設の母集団からの検討が難しい場合は、異なる施設で同じ測定法を用いた類似の母集団からの数値で代用することを強く推奨(エビデンス高)。これも無理な場合には、TSH<4.0とすることを強く推奨(エビデンス中)
RC27:妊娠中の甲状腺機能低下症は、チラーヂン投与を強く推奨(エビデンス中)
RC28:妊娠中にTSH>2.5の場合は、TPO抗体を測定して評価する
RC29:妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症では、
TPO抗体陽性、TSH>施設基準値では、チラーヂン投与を強く推奨(エビデンス中)
TPO抗体陰性、TSH>10では、チラーヂン投与を強く推奨(エビデンス低)
TPO抗体陽性、2.5<TSH<施設基準値では、チラーヂン投与を弱く推奨(エビデンス中)
TPO抗体陰性、施設基準値<TSH<10では、チラーヂン投与を弱く推奨(エビデンス低)
TPO抗体陰性、TSH<施設基準値では、チラーヂン投与は強く推奨しない(エビデンス高)
解説:本論文は70ページを超える長編であり、この論文を元に2017〜2018年にかけて下記の論文のようなディベートが行われています。
Hum Reprod 2017; 32: 1779(英国)doi: 10.1093/humrep/dex240
Eur J Endocrinol 2018; 178: D1(英国)doi: 10.1530/EJE-17-0598
米国甲状腺学会のガイドラインからは、妊娠中の治療方針はある程度しっかり確立されたように見えますが、問題は施設基準の設定という表現が入っているためにガイドラインを取り入れられない、あるいは取り入れることに躊躇してしまう可能性が高いことが想定されます。また、上記のディベート論文では甲状腺内科医と産婦人科医のギャップが大きいことを指摘しており、甲状腺内科医としては治療しない方針であるのに、産婦人科医が治療をしてしまうことが多々あるとしています。
一方、妊活中のTSH基準値については、TSH<2.5と従来通りですが、一般妊娠治療とART治療で治療の重み付けが異なっています。ART治療では、採卵周期も移植周期もE2増加が生じますが、これによるTSH増加を考慮したガイドラインになっています。したがって、不妊症(妊娠前)と不育症(妊娠中)での甲状腺の取り扱いが若干異なりますのでご注意ください。
下記の記事を参照してください。
2018.3.21「☆ヨウ素低下と妊孕性の関係」
2017.9.19「甲状腺ホルモンと妊娠の関係」
2017.3.23「甲状腺機能と胎盤機能」
2015.9.24「甲状腺抗体と妊娠糖尿病の関係」
2015.9.21「☆潜在性甲状腺機能低下症の取り扱い」
2015.9.18「Q&A823 ☆TSHの変動について」
2015.2.7「TSHの基準値に関する新たな見解」
2013.12.17「☆甲状腺ホルモンとプロラクチン」
2013.5.6「☆甲状腺ホルモンと妊娠」