☆インスリン過剰は胎盤に毒? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、インスリン過剰は胎盤にマイナスに働き、メトホルミンはそれを抑制することをインビトロ(生体外)の実験で示しています。

 

Fertil Steril 2019; 111: 489(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2018.11.032

要約:妊娠6〜8週で中絶手術を行った方の胎盤を提供していただき、インスリン(1nM)and/orメトホルミン(10μM)を添加・培養し、胎盤の細胞(トロホブラスト)のDNAダメージ、アポトーシス、細胞生存率を評価しました。なお、インスリン抵抗性の方の血中インスリン濃度は0.2〜1.0nMであり、メトホルミン治療中の血中濃度は10μMです。1nMのインスリン添加によりトロホブラストのDNAダメージが3.86倍に有意に増加し、アポトーシスが増加したため細胞生存率が0.34倍に有意に低下しました。メトホルミンはこの変化を抑制しましたが、特に事前に投与したメトホルミンが最大の効果を発揮しました(悪 インスリン単独>>インスリン+メトホルミン>メトホルミン事前投与してインスリン+メトホルミン 良)。

 

解説:米国人の33.9%インスリン抵抗性(耐糖能異常、HOMA-R増加)がありますが、インスリン抵抗性は、胎児奇形増加、胚発生遅延、周産期の疾病増加と死亡率増加、反復流産(不育症)のリスク因子であることが知られています。かつては、血糖値の増加がその要因ではないかと考えられていましたが、動物やヒトでのデータから、最近ではインスリン増加がその要因であると考えられています。例えば、マウスでは血糖値が正常でも高インスリンにより胚盤胞のアポトーシス増加と異常が生じることが報告されています。また、ヒトでは1型糖尿病(高血糖)より2型糖尿病(高インスリン)で周産期合併症が増加します。かつてはインスリンが妊娠にプラスに働くと考えられていましたが、その根拠はありませんでした。本論文は、ヒトの妊娠初期の胎盤を培養したインビトロの研究ですが、インスリン過剰は胎盤にマイナスに働き、メトホルミンはそれを抑制することを示しています。もちろん、動物での生体内での研究とヒトでの実際の検討が必要ですが、大変興味深い研究です。

 

なお、日本では、妊娠中のメトホルミン投与は禁忌になっていますが、諸外国では使用可能です。それどころか、妊娠糖尿病の第1選択あるいは第2選択の薬剤に適応が取れており、世界各国のガイドラインにも記載されています。本論文の著者は、妊娠を目指す女性は全てインスリン抵抗性の検査を受けておき、メトホルミン使用により妊娠初期の高インスリンを防ぐべきだとしています。

 

私は、つわり(悪阻)が妊娠初期にあることは、何かしらの意味があるのではないかと考えていました。胎児の脳は血液脳関門ができていないため、血液中の様々な物質の影響を受けやすい状態です。酸化や糖化は細胞にとっては毒(害)になります。つわりは、妊娠初期に食べられない状態を作り、血糖値を上げない(つまり糖化をさせない)仕組みが働いているのではないかというストーリーです。本論文の結果を踏まえて考え直すと、血糖値が増加しなければインスリンは増加しませんので、万一インスリン抵抗性だった場合でも高インスリンによる悪影響は起こらないことになります。

 

下記の記事を参照してください。

2016.1.1「Q&A956 インスリン抵抗性

2015.12.24「メトホルミンの効能

2015.9.22「☆PCOSでのメトホルミン治療:Cochrane review」
2015.8.20「☆メトホルミンの妊娠中の使用」
2014.2.8「メトホルミンの妊娠中の使用は?」